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    日本と米国の現金給付「格差」が示す、コロナ後の経済復活予想図

    小倉正男(経済ジャーナリスト) 米国の新型コロナ禍に対する経済対策だが、「家計支援」というか、「個人支援」に重点が置かれている。米国が行っているのは、個人への一律の現金給付(直接給付)というシンプルなやり方である。財政支出は半端ない規模にならざるをえない。だが、それはいわばフェアに最も近い、国民に不満や不平等を生まないからにほかならない。 家計支援、あるいは個人支援では、バイデン大統領、それにトランプ前大統領とも手法は一致している。ほとんど差異らしいものはない。米国民の多くも現金給付を望んでおり支持している。2人の大統領とも破格の“大盤振る舞い”で要望に応えている。 バイデン大統領の1・9兆ドル(207兆円)の新型コロナ対策法案(アメリカン・レスキュー・プラン)では、4千億ドル(43兆6千億円)相当が「家計支援」、あるいは「個人支援」にあてられている。 家計への支援の中身だが、1人あたり1400ドル(15万2600円)の現金給付が行われる。富裕層を対象外とする所得制限は強化されたが、一般の4人家族では5600ドル(61万400円)の支給になる。 「失業給付」は、当初案は失業保険に上乗せして週400ドルだったが、週300ドルに縮小された。失業給付は失業者に限定されるが、これも結果としては家計支援、個人支援につながる。失業給付も2千億ドルを超える予算規模だ。 家計支援でいえば、バイデン大統領の1400ドル支給は3回目になる。トランプ前大統領は、20年3月に1人当たり1200ドルを給付、さらに12月に600ドルの給付にサインしている。3回の家計支援を合計すると、米国民は1人当たり3200ドル(34万8800円)、4人家族では1万2800ドル(139万5200円)の給付となる。 トランプ前大統領の場合は、失業者に対して、失業保険に上乗せして週600ドルの追加給付を行っている。この追加給付は、失業者急増のピークの2020年3~7月に実施された。米労働統計局によると、20年4月にはレイオフ(一時解雇)などで非農業雇用者が前月比2050万人消滅した。過去最大の雇用減=失業者増を記録した(4月=失業率14・7%、5月=13・3%)。 期間工など一部失業者などでは、「失業しているほうが仕事を得て働いているより収入が多い」という現象が生まれた。失業保険と週600ドルの追加支給で、合計すると週1千ドルに匹敵する収入を得ることができた。「就業意欲を失わせる」と揶揄(やゆ)された。厚遇過ぎるというわけである。小規模企業を重点支援する方針を発表するバイデン米大統領=2021年2月22日、ワシントン(ロイター=共同) トランプ前大統領としたら、新型コロナ禍の状況でも“大盤振る舞い”で懐が潤っているのによもや大統領選で遅れをとるなどあり得ないと思っていたに違いない。バイデン大統領にとっても、トランプ前大統領に負けてはいられない。景気過熱でインフレが懸念されると批判を浴びても大型経済対策「アメリカン・レスキュー・プラン」に踏み込んでいる。米国の景気は回復兆候 米国が、家計給付、あるいは個人給付という支援を行っているのは、不満や不平等感といった「分断」を生まないからとみられる。(サンダース上院議員など民主党左派は、新型コロナが終息するまで毎月2千ドルの現金給付を主張している)。米国でも、中小企業の従業員雇用に対する助成や運輸、医療業界への支援などが行われている。だが、これらはレアケースで限定されたものになっている。 企業、業界などに助成金などで支援を行えば、従業員の家計や個人に行き渡る途中で消滅してしまう可能性もある。特定の業界・業種に支援が偏れば、業界・業種間で大きな不平等が生まれる。家計や個人をベースに直接給付するのがいちばんフェアで分かりやすい。いわば、「分断」の中で国民にとって軋轢(あつれき)の少ない、揉めないやり方になる。 家計給付は、富裕層を除いて国民の85%内外に支給される。経済を活性化させる最大ファクターである消費への“原資”になる。家計給付をやっているのだから、日本のようにGoToトラベル、GoToイートなどの特定産業を使った景気刺激策を考える余地はない。 米国は世界最多の新型コロナ感染者を出したが、ようやく急速に終息傾向を見せている。ワクチン接種でも先行している。そこに加熱気味といえる経済対策が追加される。バラまきによるインフレ懸念への指摘はあるが、景気は急速に立ち直る可能性を持ち始めている。 米国景気の好転機運やインフレ懸念から10年物国債利回りが1・5後半~1・6まで急上昇した。長期金利の上昇気配は、バブルの兆候を見せていた株式市場を痛撃して大きな波乱を呼んでいる。直近の米国雇用統計では、2月の非農業部門雇用者数は37万9千人増(1月は4万9千人増)に好転。失業率は6・2%と高止まりしているが、大枠では景気回復の兆しが見える。 問題は日本経済の先行きである。中国は経済ではすでに順調に再スタートを決めている。米国は遅れをとっていたが、経済のエンジンを吹かすとなれば世界経済には大きなプラス要因になる。米国、中国の経済大国は、合計すれば世界のGDP(国内総生産)の4割強を占めている。世界の経済覇権を相争っているその米国、中国が揃って経済を再始動すれば、日本経済にもプラスに作用するのは間違いない。 だが、日本経済は「アベノミクス」でゼロ金利政策まで動員しても、デフレを克服できなかった低成長体質を引きずっている。体質改善は進んでいないばかりか、長期に渡るゼロ金利の恩恵で「ゾンビ企業」も温存されているきらいがある。資本主義の本質といえる新陳代謝は進んでいない。 現状は一般に新型コロナ禍できわめて保守的な企業マインドになっており、工場、商業ビルなどの設備投資は減退している。「コロナ後」をにらんだ事業投資はなされているようには見えない。 日本の名目GDP成長率は、通常ベースでいうと1~2%成長できれば上出来の部類だ。2021年は、新型コロナによる緊急事態宣言の長期化もあって、何とか回復軌道に入るのは年後半になる。日本経済が2019年レベルに戻るのは、早くて2022~23年になるとみられる。※画像はイメージ(ゲッティイメージズ) 日本経済が新型コロナ以前のレベルに復旧するには、米国、中国の回復に依存して後追いする格好にならざるをえない。だが、それとて先行きに何が起こるか分からない。一筋縄ではいかないのが常だ。「withデフレ」という宿痾 新型コロナ禍の米国では、企業のレイオフなどで大量解雇が表面化したが、大量失業のピーク時に「起業ラッシュ」という現象が起こっている。企業には死ぬ権利もあり、誕生する権利もある。「起業ラッシュ」の中から、“千三つ”あるいは“万三つ”かもしれないが、新しい成長産業が生まれてくる。米国の「GAFAM」(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフト)は、いずれもそうしたガレージ企業から誕生している。 解雇された失業者の多くは、成長分野に労働力として移動する。市場メカニズムの作動による米国のダイナミズムは、新型コロナ禍でも健在だ。新型コロナ禍という未曾有の危機だからこそダイナミズムが草の根ベースで巻き起こっている。大量失業の反面で「起業ラッシュ」現象が見られるところに米国資本主義の根底的な強さがある。 日本の場合は、企業が雇用調整助成金などの国家支援を受けて、「潜在失業者」を企業内に抱えている。失業率は現状でも2・9%。ただし、非正規社員、パートなどは雇い止めなどが行われており恩恵は及んでいない。企業はもらえるものはもらって、本社ビルなど売れるものは売ってキャッシュ化し、生き残りを図っている。「起業ラッシュ」のような動きは顕在化していない。 あくまで「緊急避難」とはいえ、雇用調整助成金は失業者を表面化させない政策である。米国の失業者増加を前提とした失業給付上乗せとは対照的だが、雇用調整助成金は失業を企業内に押しとどめる作用をもたらしている。日本型ということなのか、市場メカニズムではなく、国が労働力を管理し、むしろ労働力の流動化を止めているのが現状だ。 日本と米国の対比でいえば、家計給付の在り方は対極をなしている。さらに対極にあるのは、「逐次投入」「小出し」の特徴が顕著であることだ。政治の決意、決断という問題なのか、あるいは民意という問題なのか。 日本では、緊急支援として、最初に中小零細企業、個人商店などの事業継続に持続化給付金が支給された。そして国民1人当り10万円の給付金(予算12兆円)の家計支援がそれに続いている。 結局、国が景気テコ入れ策として傾斜していったのはGoToトラベル、GoToイートといった特定業界への支援である。緊急事態宣言下では時短営業の飲食店に特定して一律6万円の協力金による支援がなされている。家計、個人への直接給付が十分ではないという下地があるため窮乏する特定業界を救済するという名目で景気テコ入れ策を追加せざるをえなかった。 麻生太郎財務相は、2度目の家計への現金給付について「国の借金を増やすのか」「子孫にツケを回すのか」と否定的だ。家計、個人に対する直接給付は国にとっては巨額支出になる。それが何よりも否定的な理由とみられる。だが、米国はインフレ懸念が惹起されるほどの巨額な財政出動で現金給付を実行している。そうしたものは政治の決意、決断の問題だ。衆院本会議で財政演説をする麻生財務相=2020年6月 米国の1・9兆ドルの経済対策による分厚い家計給付とは比べようもない。コロナ禍のいまの日本の経済対策が、日本の「コロナ後」の経済にどう影響するか。日本はデフレを克服できているわけではない。一筋縄ではいかない。コロナがいずれ終息するとしても、日本経済には「withデフレ」という宿痾(しゅくあ)の大敵が再び待ち構えていることを忘れてはならない。

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    落ち込みは限定的?やり方次第で希望が残るコロナ不況回避シナリオ

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 新型コロナウイルス対策で2回目の緊急事態宣言が1月7日に発令されてから、延長も含めると1カ月半が経過した。日本経済は相変わらず厳しい環境に直面している。パートやアルバイトなどを中心にした雇用の悪化、企業や個人事業主、フリーランスの経済的な苦境は深刻だ。では、どのくらい厳しい経済環境なのかを簡単に推計してみよう。 経済の困難の尺度を見る一つの目安に「需給ギャップ」がある。これは「(実際のGDP-潜在GDP)/潜在GDP」で定義される。GDP(国内総生産)は直観的に言えば経済の大きさ、実際のGDPは現時点での経済の大きさであり、潜在GDPは言ってみれば経済の潜在能力である。 例えば、需給ギャップがマイナスの値をとるということは、日本経済がその潜在能力をうまく活用していない状況であり、冒頭に書いた日本経済の現状があてはまる。労働や資本(機械や設備など)を完全に利用していないのだ。つまり、潜在GDPとは、日本経済が有する労働や資本を完全に利用したときに実現される経済の大きさ(GDP)のことである。 需給ギャップを知ることは、経済政策を評価する上でも重要である。最近、バイデン米政権の1・9兆ドルの経済対策を巡って経済学者が論争をしている。日本でよくあるような、財政緊縮派と財政積極派の争いでなはい。むしろ財政積極派の中で、やりすぎかやりすぎでないかの論争である。正直、うらやましい論争である。 この論争では、ローレンス・H・サマーズ元財務長官とオリヴィエ・ブランシャール元IMFチーフエコノミストのコンビに、2008年にノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン教授が対立して意見を交わしている。特にサマーズ氏とブランシャール氏は、米国経済の需給ギャップに対して、米政権の経済対策が大きすぎてインフレが加速しすぎてしまい、連邦準備制度理事会(FRB)が金利引き締めで対応すると経済への反動が大きいと主張する。繰り返すが、経済が過熱するほどの景気対策の見通しがない日本からするとうらやましく思える。GDPなどの公表を受け、記者会見する西村康稔経済再生相=2021年2月15日、東京都千代田区(永田岳彦撮影) 論争の決着はともかくとして、需給ギャップが重要なのは分かるだろう。日本の直近の需給ギャップは、2020年10~12月期のものを見なければいけないが、まだ正確な数字は分かっていない。西村康稔経済再生相は、「ざっくり言って20兆円程度(年率換算、マイナス値)」と最近の記者会見で話している。前期(7~9月期)はマイナス34兆円だったので、かなり需給ギャップは縮小した。つまり、それだけ経済が回復基調にあったということだろう。 第3次補正予算の追加歳出は19兆1761億円であり、規模感だけ見るとほぼ10~12月期の需給ギャップの大きさに匹敵する。実際には追加歳出には「乗数効果」だとか支出のタイムラグだとか、深刻な論点として政府からお金を支援してもらう枠組みを国民が認知していない問題がある。ただ、規模感としては、第3次補正予算で、ほぼ昨年10~12月期の年率換算した需給ギャップは「埋まる」。 さらに、今年に入ってからはどうだろうか。冒頭のように、緊急事態宣言の再発令で経済は落ち込んでいる。この落ち込み(=需給ギャップのマイナス方向への拡大)を簡単に推測してみよう。「敵」はいつだって… 論点は、緊急事態宣言の再発令(と延長)で、どれだけ個人消費が落ち込むのか、である。内閣府の推計では2020年4~6月で266兆1265億円(前期比24兆8741億円減)という悲惨な落ち込みだった。ただし、第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣氏によれば、緊急事態宣言再発令の10都府県は、家計消費全体の約57・8%である。また、延長と同時に栃木県での解除も決まり対象の地域が減っている。 前回は全般的な休業要請だったが、今回は飲食中心の営業短縮であることにも注意が必要である。繁華街やビジネス街などの人通りを調査すると、前回ほど劇的な低下を見せていない。人の移動と月次GDPの高い相関を考えると、経済の落ち込みが今回はかなり限定的なものになるというのが、多くのエコノミストらの推測である。 代表例として永濱氏の推測をあげると、人出が前回の宣言時よりも2・1~2・7倍などを根拠にして、3兆円ほどのGDPの減少を計算している。ご本人に直接聞いたことがないので間違っていたら申し訳ないが、日本でも「絶滅危惧種」扱いされている筆者と同じリフレ派であることに敬意を表して、永濱氏の推計を採用しよう。 ちなみに筆者の推計は、動画番組の「Schoo(スクー)」で解説したが、だいたい4・7兆円から6・2兆円の幅になる。幅が出るのは、宣言下での経済活動の不確実性が大きいからである。実際に、延長してからのほうが繁華街など賑わいを見せている。が、それを事前に予想できた人は少ない。 永濱氏の約3兆円の落ち込みに対して、政府が採用した政策は協力金や支援金などの支出増約1兆円であるので、まだ2兆円(筆者の推計だと3・7兆円以上)不足する。このままそれを放置すれば、雇用や経営の困難は増してしまうだろう。 2020年度予算の予備費がまだ3兆円近く残っているので、これを企業や低所得層に直接に支援するのがいいだろう。緊急事態宣言における企業の売上損失を補償する政策、あるいは低所得層への直接給付でもいい。永濱氏の推計では、予備費残額を早急に使えば需給ギャップは「埋まる」。 前回も書いたが、話はこれだけでは終わらない。もともと新型コロナ危機が始まる前に、日本経済は消費増税と米中貿易戦争で景気が減速していた。経済を安定化させるには、インフレ目標を達成するまで、積極的な金融緩和と財政出動が求められる。緊急事態宣言発令中でも多くの人出が見られる東京・新橋=2021年2月8日 今回は求められる財政政策の規模感だけを指摘しておく。ワクチン接種の本格化によって、国民の多くが新型コロナ危機の終焉(しゅうえん)を予想できた段階で、少なくとも10兆円程度の追加歳出を伴う財政政策を行うべきだろう。ただ、10兆円がたとえ倍になったとしても、米国で議論されている財政積極派同士の経済の過熱か否かをめぐる政策論争が起きる心配はまずない。残念ながら「敵」はいつだって財政緊縮派である。

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    この期に及んで緊縮思想、薄っぺらい「民主党的なる」懲りない面々

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 旧民主党政権が誕生したのが2009年9月、崩壊したのが12年12月。その期間はリーマンショックによる経済危機、11年3月11日の東日本大震災を含む、日本にとって困難の時代だった。 筆者は民主党政権前後から、民主党が採用するであろう経済政策を厳しくメディアで批判していた。簡単にいうと、当時の民主党政権には、デフレ不況を脱却して日本経済を成長させる具体的な政策に欠けていた。むしろ、成長を否定し、デフレ不況を前提にしたうえで、経済のパイの取り分を切り分けるという「再分配」政策だけに傾いていた。 例えば、リーマンショックによる不況で苦しむ家計への経済援助に重点を置いた政策を当時の民主党は提唱していた。このこと自体はいいが、その「財源」を他の予算を削って捻出しようとしていた。これでは予算の総額は変わらないので問題だ。 なぜなら不況のときは、民間が消費や投資で使うお金が減るので、その分、政府が支出を増やさなければいけない。当時の民主党の発想では、政府から出るお金の総額は変わらず、単にその支出する先が変わるだけにすぎないからだ。また、金融政策についても極めて無理解であり、日本がなぜデフレに直面して長期停滞に陥っていたかの理解していなかった。 それに対して、筆者は、金融政策をインフレ目標付きの超金融緩和に転換し、積極的な財政政策で協調してデフレ脱却し、日本経済の経済成長を安定的なものにすべきだ、というものであった。もちろん、成長と再分配は矛盾しないので、大きくなったパイを切り分けるほうが政策的にも自由度が膨らむ。 だが、民主党政権発足前から「一度はやらせてみよう」という雰囲気がワイドショーなどでまん延し、民主党ブームが起きている中では、筆者のような主張は少数派だった。例外的に、現在、政策委員会審議委員をしている安達誠司氏らが、民主党の経済政策を筆者と同様の視点から批判したのが目につく程度であった。 筆者らの懸念は、民主党政権で現実化し、日本経済にとってまさに「悪夢」の日々が到来してしまった。お断りしておくが、この事態を外野で傍観していたのではない。実際に、民主党の中にも、上記した金融政策の転換と積極財政との協調を理解していた極々少数の国会議員らがいて、その方々と連絡をとり、どうにか当時の与党の政策を変更できないか、試行錯誤していた。 東日本大震災当日の午前中には、民主党議員を含む超党派議員の方々に帯同して、国会においてすべての政党に対してデフレ脱却政策を陳情し、記者会見を行った。民主党内にデフレ脱却議連ができれば、準備段階で講演などもした。民主党代表選に出た馬淵澄夫議員の政策立案にも関与したこともある。衆院本会議で消費税増税関連法案が可決され、拍手する野田佳彦首相(右)と岡田克也副総理(いずれも肩書は当時)=2012年6月26日(酒巻俊介撮影) だが、残念ながら多勢に無勢、民主党政権はデフレ脱却政策を採用するどころか、真逆の緊縮政策にまい進していった。その象徴的な出来事が、民主党が音頭をとり、野党だった自民党と公明党との間で決定した消費税の引き上げ政策である。社会保障と税の一体改革の一環であるが、財務省としては宿願の消費増税を、民主党政権で決めた政治的意義は大きい。 この「消費増税の呪い」とでも言うべきものに、結局、政権が交代し、安倍政権となりアベノミクスになってからも縛られてきたことは、本連載の読者に説明するまでもないだろう。今も続く「呪縛」 「呪い」をかけたのは12年当時の首相、野田佳彦議員(現立憲民主党)である。当時の日本経済は長期停滞を脱していなかったが、そんなことお構いなしに増税路線に傾斜したことは大きな批判を招いた。結果的には、民主党政権の下野にも影響したと言える。 その後、さまざまに分派したり、名称だけ変更したり、あるいは内輪もめなどを繰り返したが、この「民主党的なるもの」たちは、いまだに国会の中で大きな勢力を維持している。新型コロナ危機で日本経済の痛みがひどい中で、やるべき政策は、積極的な金融・財政政策であることは世界的な常識である。だが、そんな常識とは違う次元で「民主党的なるものたち」は国会の中で「棲息」しているようだ。 2月15日の衆議院予算委員会で、野田氏は「党首討論のつもりだ」として、菅義偉(すが・よしひで)首相にさまざまな質問を行った。報道で注目されたのは、菅首相が公邸に住まないことによる危機管理や税金の無駄遣いなどの論点だ。率直に言って、ワイドショー受け狙いや「民主党的なるもの」に魅(ひ)かれ続ける人たち向けの話題でしかない。 だが、注目すべきなのは、野田氏が緊急事態宣言での積極的な財政政策によって、財政が緊急事態を迎えていると財政規律の必要性を強調したことだ。相変わらずの緊縮思想である。問題なのは、立憲民主党が野田氏にこの質問を認め、それをさせたことだろう。要するに、立憲民主党もまた、新型コロナ危機において財政規律を求める姿勢を優先させているのだ。 同日、国民民主党の岸本周平議員(元民主党)も上記の緊縮思想と共通する発言をしている。「復興増税」のように、今回のコロナ対策を「コロナ税」的なもので行うことを求めるものだった。岸本氏は「コロナ(対策)のお金をなんとか私たちの世代で払う、その覚悟をみんなで持つべきだ」と述べ、国民の負担増を伴う議論を避けないよう首相に迫った。SANSPO.COM 2021.2.15 岸本氏も国民民主党を代表しての質問なので、同党のスタンスがこれで明瞭だろう。民主党政権の経済政策思想は、立憲民主党、国民民主党に引き継がれているのだ。懲りない面々である。 もちろん、与党にも課題はある。現時点で必要な経済政策は3つの段階に分かれる。緊急事態宣言のような感染拡大が懸念されている時は、雇用や企業を維持する支援策の拡充に努めること、これが第1の段階である。このときに検討されるべき政策は、持続化給付金のような、コロナ危機に起因する企業の売上減少を補塡(ほてん)する政策だ。 感染抑制が行われて、しかしまだ経済活動を本格化できない「過渡的な状態」では、慎重にターゲットを絞った景気刺激政策がさらに要請される。これが第2の段階である。具体的には、GoToキャンペーンや公共事業などの実施と拡充である。さらに、この2つの段階では、同時並行的にコロナ対応の病床と医療従事者の確保と待遇改善などの医療支援体制の充実が求められるし、また、予備費の積極的な活用がないといけない。特に予備費については、20年度予算で計上した予備費残高約3兆円の早期支出が求められる。また、来年度予算の予備費5兆円も早期に支出しなければいけない。 ワクチン接種が本格化し、人々の間で新型コロナ危機の本格的な終焉(しゅうえん)が期待される中で本格的な景気刺激策を採用するのが3段階目の政策対応である。もちろん、新型コロナとはこれから何年かにわたり「共存」していく可能性があるが、ワクチン接種とその効果が顕現することは、国民に「新型コロナ危機の終焉」を期待させるに十分だろう。衆院予算委員会で答弁する菅義偉首相=2021年2月15日、国会・衆院第1委員室(春名中撮影) この段階での景気刺激政策は、消費や投資の拡大に貢献するに違いない。減税、給付金、防災インフラへのさらなる投資など、さまざまな具体策が考えられるだろう。肝要なのは、「民主党的なるもの」たちが主張するような、早期の増税による財政規律のスタンスを見せないことだ。特に、消費増税や「コロナ税」は禁物である。 そのような政府のスタンスが明らかになる段階で、国民の消費への姿勢がしぼんでしまい、景気回復が後退してしまうだろう。また、金融緩和政策との連動も必要だ。政府と日本銀行はさらに協調関係を強化し、インフレ目標到達までその積極的な姿勢を示すべきだ。

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    渋沢栄一の「士魂商才」儲け第一主義の日本が忘れた箴言

    岩田温(政治学者) 受験勉強の弊害について批判されることが多いが、私は受験勉強には一定の意味があると考えている。若いうちに数学の問題を解いて論理的思考を養うことや、世界史や日本史の暗記によって記憶力を鍛えることには意味があると考えるからだ。将来、学力がそのままの形で活(い)きることは少ないかもしれないが、知性を鍛えておくことは無駄にはならない。 そうは思いながらも、やはり受験勉強には弊害もあるというのが事実である。思想家の思想を極端に単純化し、有名な一節を諳(そら)んじるだけで思想家の全てを理解したと思い込む弊があるように思えるのだ。 誤解の最たるものは福澤諭吉の言葉だろう。『学問のすすめ』は「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」との言葉から始まることは余りに有名だ。この一節を覚えただけで、福澤諭吉は単純な平等論者であったと結論付ける人たちが結構存在するのである。だが、福澤は『学問のすすめ』で単純に平等を説いたのではない。元来、平等に生まれた人間の中で差が生じるのは、畢竟(ひっきょう)、学問の差であり、それゆえに学問を為さねばならぬと説いたのだ。 これほど極端な誤解はされていないが、思想家の思想の一部分だけが切り取られて理解されていることは多い。例えば、アダム・スミスと聞けば、主著は『国富論』であり、その思想内容は「神の見えざる手」によって、市場経済の万能性を説いたかのように思い込んでいる人も多いのではないだろうか。それぞれが我欲を追求しても、結果的には神が調和をもたらしてくれる。したがって、公益の追求ではなく、我欲を求めていればよいと説いた人物だと勘違いしている人も多いのではないか。 確かにアダム・スミスは『国富論』の著者であり、市場経済の重要性を説いた思想家である。しかし、同時にスミスは『道徳感情論』の著者であり、人間における道徳を深く考究した思想家でもあったのだ。NHK大河ドラマ「青天を衝け」完全読本(産経新聞出版) 人間の多くが富裕な人々、有力な人々に感嘆し、崇拝する一方で、貧しく、力のない人々を軽蔑したり、無視したりする性向があることをアダム・スミスは指摘する。こうした人間の性向は身分の区別や社会秩序を確立することに必要であることを認めつつも、彼は、これらの性向が「われわれの道徳諸感情の腐敗の、大きな、そしてもっとも普遍的な、原因である」とも述べている。 市場経済の擁護者といえば、「儲ければ勝ち」といった俗悪な拝金主義者であったかのように思われがちだが、アダム・スミスは人間における道徳の重要性を説いた思想家でもあった。 市場経済の擁護者が道徳の研究者でもあったという事実は極めて興味深いが、わが国でも商業と道徳との両立を説いた資本家が存在した。渋沢栄一である。彼は名著『論語と算盤』において、何度も「論語」すなわち、「道徳」と「算盤」すなわち「商業」を両立させる重要性を説いている。和魂洋才ではなく「士魂商才」 例えば、渋沢は「士魂商才」との言葉を用いる。「和魂漢才」、「和魂洋才」といった言葉は、日本人として大和魂を維持しながら外国の優れた思想、技術を取り入れて活用する重要性を説いたものだ。これを真似て渋沢は「士魂商才」を説くのだ。 渋沢は次のように説く。人間の世の中に立つには、武士的精神の必要であることは無論であるが、しかし、武士的精神のみに偏して商才というものがなければ、経済の上から自滅を招くようになる。ゆえに士魂にして商才がなければならぬ。出典:論語と算盤(角川ソフィア文庫) 渋沢は自分自身が大蔵省を辞し、民間人として商人として生きることを選択した際、多くの人々に「賤しむべき金銭に眼(まなこ)が眩み、官を去って商人になるとは実に呆れる」と批判された。だが、渋沢はこれらの批判を意に介することはなかった。明治日本において改めるべき点は多々あるが、商売が振るわないようでは日本の将来はありえないと信じていたからであり、商業そのものを卑しめる思想から脱却せねばならぬと考えていたからでもある。 儲かれば何をしても構わないという強奪、詐欺のような商売は、長続きしない。「真正の利殖は仁義道徳に基づかなければ、決して永続するものでない」との信念があったのだ。それゆえに、渋沢は「論語の教訓に従って商売し、利殖を図ることができる」と考えた。 また、「士魂商才」を説く渋沢は明治人の気概として、国家の行く末を考え続けた人物であったことも忘れてはならないだろう。商業こそが明治日本に必要だと考えた渋沢ではあるが、商人が国家の存在を閑却(かんきゃく)すべきではないと指摘しているのだ。如何に自ら苦心して築いた富にした所で、富はすなわち、自己一人(いちにん)の専有だと思うのは大いなる見当違いである。要するに、人はただ一人(ひとり)のみにては何事もなし得るものでない。国家社会の助けによって自らも利し、安全に生存するもできるので、もし国家社会がなかったならば、何人(なんぴと)たりとも満足にこの世に立つことは不可能であろう。出典:同上  渋沢の哲学に従えば、国家なくして商人の成功はあり得ない。したがって、成功した商人ほど国家、国民に還元することを考えるべきであるということになる。それゆえに、渋沢は次のように続けている。富の度を増せば増すほど、社会の助力を受けている訳だから、この恩恵に酬ゆるに、救済事業をもってするがごときは、むしろ当然の義務で、できる限り社会のために助力しなければならぬ筈と思う。出典:同上発表された新紙幣の見本=東京都千代田区の財務省(宮崎瑞穂撮影) 近年、株主資本主義から公益資本主義への転換がさかんに主張されている。「論語」と「算盤」の両立を説いた渋沢の哲学が今こそ見直される時期ではあるまいか。

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    マツダが示す中小企業のDX「スモール」を強みに変えた慧眼

    片山修(経済ジャーナリスト) 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は、サプライチェーン(供給網)の機能停止などの混乱を引き起こし、製造業にも甚大な被害が出た。それを受けて、経済産業省は2020年5月、サプライチェーンの国内回帰を促す一方で、東南アジア各国での新たなサプライチェーンの確立を促すことを発表した。 そのカギとなるのがDX(デジタル・トランスフォーメーション)だ。サプライチェーンのDX化はもとより、エンジニアリングチェーンのDX化が必須だ。 経産省は、20年8月、「デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会」を立ち上げ、DX推進に向けた取り組みをスタートさせた。 世界のDX競争に置いてけぼりを食えば、日本のモノづくりはピンチに陥る。というのも、2025年以降、年間12兆円の経済損失が生じかねないという「2025年の崖」が指摘されているのだ。 つまり、日本の産業を支える自動車メーカーは、エンジニアリングチェーンとサプライチェーンのすべてをDX化し、開発、市場、工場すべてのデジタル連携を目指す必要がある。 中でも見逃せないのが電動化、自動化が、クルマの高性能化、複雑化を加速していることだ。自動車産業をめぐる事業環境が大きく変化する中で、自動車メーカーや部品メーカーは、限られた資源で、開発負荷の大幅な増加に対応することが求められている。背景には、「CASE(コネクテッド、自動化、シェアリング、電動化)」と呼ばれる100年に1度の大変革がある。マツダ防府工場の組み立てライン=2018年5月、山口県防府市 クルマの開発はこれまで、実機を試作して実験を繰り返してきた。量産型モノづくりの典型である。 ところが、クルマに求められる機能、性能の要件が変化し、対応すべき領域が拡大するなかで、このやり方を続けると、開発リードタイムは限りなく長くなり、コストは積み上がっていくばかりだ。開発にかかる時間を短縮 実は、この問題の解決策をいち早く見い出したのがマツダである。数理モデルを用いてコンピューター上でシミュレーションし、さまざまな性能を高める「MBD(モデルベース開発)」という手法に取り組んだ。 マツダは1996年、MBDの先駆けとなる「MDI(マツダデジタルイノベーション)」をスタートした。いわば前史である。このとき、マツダはフォード傘下にあり、経営再建の真っただ中だった。 実物を作らない、シミュレーションでの技術検証は、資金力も人員も足りないマツダにとっては、文字通り苦肉の策だった。資金力も人員も足りなかったからこそ、マツダはMBDにたどりついたといえる。つまり、年間生産台数150万台の「スモールプレーヤー」であるからこそ、MBDを生み出したのだ。 マツダのMBDは、経産省内部に発足した「自動車産業におけるモデル利用のあり方に関する研究会」においても、日本の自動車産業全体の国際競争力強化に寄与していると、高く評価された。 MBDの利点は、初期工数がかかるのを覚悟の上で、図面精度の向上を徹底的に図ることにより、開発リードタイムを短縮し、これまでのように設計後の検証段階での「手戻り」の非効率が避けられることにある。各階層でモデルを駆使し、設計段階からシミュレーションを行いながら、迅速にフィードバックを行い、確かな設計仕様を完成していく仕組みだ。 ただし、その際、開発の早い段階から部品メーカーとの間ですり合わせをし、足並みをそろえて開発を進めていく必要がある。となれば、当然のことながら、部品メーカーにも完成車メーカーと同等レベルのDXへの取り組みが求められる。 問題になるのは、中小部品メーカーでDXへの取り組みが遅れていることだ。中小企業は、資金や人材が不足しているため、DXに消極的だ。 要するに、自動車サプライチェーンのDX化を進めるには、完成車メーカーと部品メーカーの二人三脚が必須だが、中小部品メーカーがDX化に二の足を踏む限り、困難がともなうわけだ。 その点、マツダには強みがある。いや、弱みを強みへ転換することに成功したのだ。マツダ本社=2018年7月、広島県府中町 マツダには、広島周辺の部品メーカーとの強い結びつきがある。ご存じのように、マツダは1920年に広島市で東洋コルク工業としてスタートして以来、地場の部品メーカーと強い結びつきを築いてきた。 その上、「ひろしま自動車産学官連携推進会議(ひろ自連)」のバックアップ体制が大きい。常任団体は、ひろしま産学振興機構、マツダ、広島大、経産省中国経済産業局、広島県、広島市だ。つまり、地元が一体となってDX化に取り組んでいるのだ。DXの具体例 その中で、力を注いでいるのは、DX人材の育成だ。中小企業を対象にしたMBD/CAE(computer-aided engineering、コンピューターを用いてシミュレーションなどをする作業)研修カリキュラムを開発し、研修を実施しているほか、この1月15日には、「ひろ自連」主催のWEBセミナー「DX・第4次産業革命の機会と脅威」を開催している。 ここで、広島周辺の地場企業の具体的なDXの取り組みを見てみよう。 東広島市のティア1サプライヤー(1次下請け)のダイキョーニシカワは、クルマの内外装およびエンジン関係樹脂部品の開発から生産までを一貫して手掛ける。 同社は、2016年にMBD推進部門を発足。ひろ自連の技術面のバックアップや「ひろしまデジタルイノベーションセンター」のCAEソフトやスーパーコンピューターなどの計算機環境を活用するなどして、DX化を進めている。 具体的な事例として、インストルメントパネル(計器盤)の衝突性能の開発が挙げられる。従来は、インストルメントパネルとその周辺部品だけでCAE解析をしていたが、車体も含めた大規模モデルを作成し、さらには衝突時の速度を想定した材料物性を織り込んでCAE解析をすることにより解析精度を上げ、設計変更ロスを大幅に削減している。現在、MBDのティア2サプライヤーへの展開を計画している。 さらに、自動車用ドアと排気系部品の設計から量産を手掛ける広島市のヒロテックは、MBDの導入によって、開発型部品メーカーへの転換を果たした。 完成車メーカーだけで行ってきた機能設計に、パートナーとして参画する技術を身に着けた結果、排気系部品のモデルを車両モデルに組み込み、クルマ全体の燃費性能を予測し改善案を考えるなど、システム全体を俯瞰(ふかん)した高度な技術提案企業に変身した。 指摘したいのは、部品サプライヤーにとってもDX化は大きな成長の機会だということである。日本の中小部品メーカーの中には、まだまだDX化の取り組みに躊躇(ちゅうちょ)しているところが少なくない。しかし、ダイキョーニシカワやヒロテックの事例に見られるように、DX化は大きな飛躍の機会であるとともに、それによって国内外の受注を拡大する絶好のチャンスでもある。 意識しなければいけないのは中国の部品メーカーである。とりわけ、中国におけるサプライチェーンのDX化には目覚ましいものがあり、国内の部品メーカーは中国の部品メーカーの動きに戦々恐々としている。その動きについていけないと中国市場で生き残れないので、国内メーカーも必死だ。 トヨタはもともと、中国におけるサプライチェーンのDX化を図ってきた。トヨタの中国市場向けの自動車開発拠点であるトヨタ自動車研究開発センター(TMEC)は、試作車開発に向けた調達業務の管理をインターネット上で行う仕組みを開発し、すでに運用を開始している。開幕した北京国際モーターショーのトヨタのブース(奥)=2020年9月26日、中国(共同) 「CASE」による自動車環境を取り巻く変化は待ったなしだ。また、新型コロナウイルスの世界的拡大も、製造業のサプライチェーンに深刻な影響を与えている。 これをチャンスととらえ、自動車サプライチェーンのDX化を進めることができるかどうか。DX化によって新たなモノづくりの在り方を構築し、飛躍のステップにすることができるどうか。それは、自動車産業をより強くするための試金石と言っていいだろう。

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    楽天0円プラン戦略の穴、携帯料金「官製値下げ」の行く末

    佐野正弘(ITライター) 2020年9月の首相就任後から、菅義偉(すが・よしひで)氏は力を注いできた携帯電話料金の引き下げに「政権公約という思いで取り組む」と意欲をあらわにしていた。そして、菅首相は武田良太総務相を通じて携帯電話業界に強いプレッシャーをかけ、値下げを迫った。 その結果、同年12月3日に打ち出されたのがNTTドコモの「ahamo(アハモ)」である。アハモは、街中のドコモショップで契約申し込みやサポートを受け付けない、オンライン専用の料金プラン。複雑な割引条件がなく、月額2980円(税抜、以下同じ)で20GBのデータ通信と1回当たり5分間の国内通話が無料で使えるという、非常に高いコストパフォーマンスでたちまち大きな評判となった。 アハモの評判を受ける形で、ライバル他社も相次いで対抗プランを打ち出している。ソフトバンクは同月22日、傘下のLINEモバイルを吸収して提供する新しいブランドコンセプト「SoftBank on LINE」を明らかにし、やはり月額2980円で20GBというプランを提供すると発表した。 KDDIも21年1月13日にオンライン専用の新料金プラン「povo(ポヴォ)」を発表。1回5分の無料通話を月額500円のオプションとすることで、20GBのデータ通信を含む基本料を月額2480円にした。スマートフォン上で手軽にオプションを追加できる「トッピング」という仕組みの導入で2社との差別化を図ったのだ。これだけ急ピッチに各社が対抗策を打ち出したことからも、アハモが業界に与えたインパクトは非常に大きかったことが分かる。 これらのプランが料金を安く抑えられたのは、先にも触れた通り「ドコモショップ」「auショップ」などの店舗でサポートしない、オンライン専用の料金としたためだ。携帯電話ショップの運営には大きなコストがかかることから、それをカットすることで大幅な料金引き下げを実現できたわけだ。 これだけ安価で大容量の料金プランが出てきたとなると、高額で大容量である従来のプランから契約者が「流出」し、携帯各社の業績が悪化することは避けられないだろう。各社はここ数年、料金引き下げによる業績の下落に備えて通信以外の事業拡大を推し進めていたのだが、今回は政府の圧力があり、急ピッチでの料金引き下げが求められたことから、想定以上に業績を悪化させる企業が出てくる可能性もある。 となると、推し進められるのがコスト削減であり、とりわけ矛先が向けられそうなのが携帯電話ショップである。オンライン専用プランが一般化し、携帯電話ショップを訪れる人が減るとなれば、無駄なコストを省くためにもショップの整理が避けられないからだ。東京・大手町のドコモショップ 携帯電話ショップはこれまで、シニアを中心としたスマホ初心者をサポートし、社会のデジタル化を推し進める上で重要な拠点の役割を担ってきた。スマホが使えない人がデジタル時代の社会弱者となってしまうだけに、サポートの場とコストを誰が用意するのかという問題が新たに浮上してくることになるだろう。 他にもコスト削減の影響は、ネットワーク整備や今後の研究開発などさまざまな部分で出てくるだろうが、致命的な影響が出るほどには至らないのではないかと筆者は見る。実際、ドコモはアハモを1年前から企画していたとしているし、20年には日本電信電話(NTT)の完全子会社化となっており、強力なバックアップを得ている。KDDIもポヴォに類するサービスを、同年11月に設立した子会社を通じて仮想移動体通信事業者(MVNO)として提供する計画を立てていた。各社は料金引き下げに備え、ある程度は態勢を整えていた。「ツケ」は消費者に むしろ、より大きな影響を受けるのは大手3社以外、具体的には楽天モバイルやMVNOなど下位の事業者である。そもそも、契約やサポートをオンライン中心にすることで店舗にかけるコストを減らし低価格を実現するという戦略は、下位の事業者が取り組んできたものだ。その戦略を大手が採用し、料金を安くしたとなれば、下位の事業者が圧倒的に不利となってしまう。 例えば、アハモなどの月額2980円という料金設定は、楽天モバイルが提供してきた料金プランのシリーズ「Rakuten UN-LIMIT(ラクテンアンリミット)」と同額である。楽天とパートナー企業の回線を使うラクテンアンリミットは、楽天の回線エリア内であればデータ通信が使い放題になるなどの優位性を持ってはいるのだが、同社のネットワークインフラは整備途上で、全国で使い放題となるわけではない。消費者が重視するエリアカバーの面で弱みがあると言える。 それだけに楽天モバイルは、月額2980円という料金の安さでエリアの弱みをカバーし、加入者獲得を進める間にエリア整備を急ピッチで進め、3社に追いつこうという計画を立てていたようだ。だが、3社が同水準の料金プランを打ち出してきたことで、そのシナリオが崩れ戦略の見直しが必要になった。 そこで楽天モバイルは21年1月29日、新料金プラン「Rakuten UN-LIMIT VI(ラクテンアンリミットシックス)」を発表。データ通信量に応じて料金が変わる段階制を採用し、20GB使うと月額1980円、それ以上利用すると月額2980円だが、1GB以下だった場合は通信料金が0円になるという大胆な施策を打ち出している。通信量が少ないユーザーを確保する狙いがあるとみられるが、利用者によっては値下げ、それどころか収入が得られないことにもなりかねない。 楽天モバイル代表取締役会長兼CEOの三木谷浩史氏は、通信料が伸びなくても、楽天の他のサービスの利用につながることで収益が拡大するとの考えを示した。だが、今回のプラン提供によって、黒字化を実現するためには、契約者数を当初予想していた700万より増やす必要があるとも話していた。料金引き下げで携帯大手からの流出減が予想されるだけに、楽天モバイルが厳しい状況にあることに変わりないだろう。 そして、より窮地に立たされているのがMVNOだ。MVNOは携帯大手からネットワークを借りて低価格でモバイル通信サービスを提供している事業者であり、近年では「格安スマホ」などの名称でその存在が知られるようになった。 MVNOがネットワークを借りる際に支払う料金は、データ通信の接続料に関しては電気通信事業法で決められており、急に変わるものではないし、音声通話に関しては「卸」という扱いにはなるが、料金の見直しが長年なされていない状況にある。サービスを提供する上で必要な固定費を大きく変えられない現状では、携帯大手がMVNOと同じ、あるいはそれ以下の料金水準でサービスを提供したとなれば、MVNOに勝ち目がなくなってしまうのだ。プレゼンテーションする楽天モバイル代表取締役会長兼CEOの三木谷浩史氏=2021年1月29日、東京都港区(三尾郁恵撮影) 立場が弱いMVNOを支援するため、総務省は接続料を3年で5割減らしたり、音声卸料金の一層の低廉化を図ったりするなどの方針をまとめた「モバイル市場の公正な競争環境の整備に向けたアクション・プラン」を20年10月に公表している。しかし、大手3社が想定を上回る安価なプランを投入したことで、アクションプラン通りのスケジュールではMVNOの支援が間に合わない状況が生まれてしまったのだ。 そこで、MVNOなどが組織する業界団体、テレコムサービス協会MVNO委員会は21年1月18日、データ接続料を「可及的速やかに」引き下げるなどの緊急措置を求める要望書を総務省に提出するに至っている。3社の新料金プランが、いかにMVNOにとって深刻な事態をもたらしたかを見て取ることができるのではないだろうか。 実は総務省は元々、楽天モバイルやMVNOなどが大手3社と公正に競争できる環境を整え、下位の事業者の競争力を高めることで大手3社の料金引き下げを促し、競争を加速させる方針だった。しかし、19年10月に電気通信事業法を改正し、スマホの値引き規制を強化し、いわゆる「2年縛り」を有名無実化するなどの商習慣を大きく変える規制をかけてもなお、下位の事業者が急には育たず料金競争は加速しなかった。 そのことに業を煮やした菅氏が政権トップとなって圧力をかけた結果、携帯大手の料金は大幅に下がった。確かに下がったのだが、下位の事業者が競争力を失い窮地に陥る事態を招いてしまったと言える。もし、その影響で楽天モバイルや多くのMVNOが撤退する事態となれば、大手3社の寡占は一層強固なものとなり、将来的にはむしろ携帯料金の引き上げが進められる可能性も出てきてしまうだろう。 政治の圧力による携帯料金引き下げを歓迎する消費者は少なくないと思うが、それが健全な競争とはほど遠い状況を生み出してしまったことを忘れてはならない。将来、そのツケを払うことになるのは消費者なのだから。

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    財政規律に拘泥、マスコミの「トンデモ」が日本の足かせになる日

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 新型コロナ危機が1年以上も続く中で、ポストコロナというべき経済論点が注目を浴びている。それはデジタルトランスフォーメーション(DX)を志向した社会の変革や「新しい生活様式(ニューノーマル)」というものではない。コロナ危機以前からある二つの問題、「財政危機」と「バブル崩壊」という論点だ。今回は特に前者の問題について書いておきたい。 例えば、朝日新聞は昨年末、社説で「追加経済対策 財政規律を壊すのか」「来年度予算案 財政規律のたが外れた」と連発して、菅政権の第3次補正予算と令和3年度予算案の批判を展開した。最近では毎日新聞も「コロナ下の財政見通し 現実に向き合わぬ無責任」という社説で「暮らしを守る支出は惜しんではならない。だが、それに乗じて財政規律を緩めるのは許されない」と批判している。 バブル崩壊のほうは、ここ数日の米国株式市場でのゲームストップ株を中心とする、株価の乱高下が、「米国含めて先進国の株価は実体経済と乖離(かいり)したバブルではないか」という懸念をいっそう強めている。 「財政危機」も「バブル崩壊」も新型コロナ対策で、先進国を中心にして世界が積極的な財政政策と金融緩和を継続していることを背景にしている。日本もそうだが、医療支援制度の拡充やワクチン接種の体制の構築、そして各種給付金や資金援助などで巨額のおカネが政府から出されている。 国際通貨基金(IMF)の最新の論説では、「世界全体の財政支援は2020年12月末時点で14兆ドル近くに達した。2020年10月以降、約2・2兆ドル増加したことになる。内訳は追加支出あるいは(規模はそれより少ないが)歳入の見送りが7・8兆ドル、政府保証、融資、資本注入が6兆ドルを占める」と指摘されている。 日本はなぜか「緊縮スタンス」という批判を浴びることがあるが、国内総生産(GDP)比でみても国際水準でみてもトップクラスの成績である。 ただし、それだけの巨額でも新型コロナ危機では、飲食や観光業その関連業種を中心にダメージは大きく、またそこで働く非正規の人たち、特に女性層に強く悪影響が出てしまっている。特定の部門に悪影響が強く出て、それが経済全体を低迷させているという図式は、日本だけでなく世界の主要国で共通している。世界共通の課題 また、金融緩和も積極的に行われている。日本を含め、主要国はマイナス域からゼロ近傍まで金利を低め、積極的に自国通貨(おカネ)を市場に積極的に投じている。財政政策と方向性を合わせて、雇用の安定、銀行など金融システムが不安定化しないこと、そして新型コロナ危機で運転資金が危うい企業に貸出を行うことなどである。そのため先進国の金利は長期間にわたって低金利環境にあると予測されている。 このような積極的な財政政策や金融緩和の環境が続くことは、新型コロナ危機で傷んでいる経済を救済する上で極めて重要だ。日本では緊急事態宣言の再発令がさらに1カ月ほど延長されるのではないか、という見方がある。財政・金融ともにいっそうの積極的な介入が必要であり、それ以外の選択肢はない。 それは世界の流れでもあり、この10年でかなり変化したとはいえ緊縮政策の牙城のイメージも強いIMFが、前述の論説の題名を「各国がワクチン接種を急ぐ中でも政府支援は重要」としていることでも明瞭である。 もちろん、一部の極端な論調にある「自国通貨を発行できる国は政府の予算制約を考えること自体が間違いである」として、どんどん政府支出を増やせ、というロジックを持ち出す人がいる。だが、これは極端な論である。 新型コロナ危機対応を超えて、経済の不平等という長めの問題に積極的な財政・金融政策の必要を訴えている米国のジャネット・イエレン財務長官も、米国の債務水準について危機感を抱いている。だが、それは冒頭に挙げた朝日新聞や毎日新聞の社説に見られる典型的な「財政規律」の要求とはおよそ違う視点だ。そして「政府の予算制約」を無視した議論とも異なる。 イエレン財務長官の視点は、国際的には「ふつう」の経済学に視点でもある。景気や経済の安定を図る中で、結果として「財政規律」を生み出すというのが標準的な思考だ。「財政規律」が目的ではない。あくまで経済が良くなる結果として生み出されるものだ。このときの「財政規律」問題を考えるには以下の式が便利である。似たような式はいろいろあるが、その一例である。 この名目純国債残高は、政府と公的機関そして日本銀行が有する資産と負債から求められる、言ってみれば広い意味の「政府の借金」である。それが日本経済の規模(名目GDP)との比率で左辺は表現されている。簡単に表現すると債務GDP比率といわれるものだ。この比率がどんどん大きくなると「財政危機」的な状況であり、反対に縮小していくか安定していると「財政規律」的な状況である。衆院本会議で新型コロナ特措法改正案について答弁する菅義偉首相=2021年1月29日、国会(春名中撮影) 新型コロナ危機前のアベノミクスの期間では、上式の意味で「財政規律」が守られていた。名目GDP自体は、民間の経済活動の帰結であるが、ただし金融政策、財政政策の影響を受ける。特に金融政策の影響は顕著であり、インフレ目標2%を目指してからの名目GDPの増加、すなわち上記の債務GDP比の安定は顕著であった。「トンデモ」に異議あり 政府支出-税収がプライマリーバランス(基礎的財政収支)と呼ばれるものだが、この式の右辺第2項をみるように名目GDPの成長率が利子率を上回れば、プライマリーバランスにかかわらず国債の新規発行分・名目GDP比率はある一定の値に収束する(=財政危機の回避)。 逆に名目GDPの成長率が利子率を下回ると発散する(=財政危機の到来)。すなわち、しばしば「財政規律」論議で話題になるプライマリーバランスの構造的な改善よりも財政危機を回避する際に極めて重要なのは、名目利子率と名目GDP成長率の大小関係ということになる。 もちろん、名目利子率と名目GDP成長率が安定していても(例えば、後者が前者を上回っても)プライマリーバランスの赤字によって「財政危機」が発生する恐れがないわけではない。日本や米国などでは極めて蓋然性が低いだろうが、債務GDP比率が発散する可能性はあるかもしれない。 そのために「長期的」には、このプライマリーバランス、成長率、金利をバランスよく見ていかなければならない。こうした議論は、田代毅経済産業省経済産業政策局企画官の「日本経済 最後の戦略」(日本経済新聞出版社)や、経済学者のオリビエ・ブランシャール氏と田代氏の「日本財政政策の選択」を参照されたい。 他方では、新型コロナ危機や、経済格差の深刻さが解消されるまでは、そんな「長期」の問題を心配するのは間違いだというのがイエレン財務長官の認識であろう。 それは「ふつう」の経済学の視点であり、筆者も共有する。新型コロナ危機を脱し、経済が安定化する前に(この実際の時間はかなり長期間だろう。数年、10年単位かもしれない)、増税などでプライマリーバランス黒字などを追求すれば、経済や雇用は不安定化し、むしろ「財政規律」は達成できなくなるだろう。今の政府のように2025年の黒字化維持などという経済の実体で判断するのではなく、単なる年限で切る発想は「財政規律」を本当に達成する上で、極めて危険である。記者会見するイエレン前米連邦準備制度理事会(FRB)議長=2017年、ワシントン(ロイター=共同) 簡単な議論がお好みであれば、今、プライマリーバランスの黒字化などを議論するのは「トンデモ」である、と言い切ってもいいだろう。ただし、少しだけ複雑な議論に興味がおありなら、現在、「財政規律」を持ち出すマスコミや政治家・官僚、識者がいかにトンデモだろうと、プライマリーバランスのことも少しは忘れないで心にとどめてね(=嫌いにならないでください)、というのが財政危機問題を考えるポイントになる。

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    最悪想定なきコロナ戦略にみる危機管理「憂国」ニッポン

    小倉正男(経済ジャーナリスト) 「一寸先は闇」、江戸期から謡曲などで使われていたとされている。だが、おそらくは戦国期にはすでに用いられていたという見方もある。先の大戦後は、政界で「寝業師」といわれた川島正次郎(自民党元副総裁)らが「政界、一寸先は闇」と使っていたとされる。 何が起こるか分からない。思ってもいない最悪のことが起こる。「一寸先は闇」にはそうした含意が込められている。「一寸先は闇」は、危機管理というか、有事管理(クライシスマネジメント)と親和性がある言葉にほかならない。 有事の危機管理では、勃発した事件や事故対応の基本なのだが、「情報収集」が極めて重要である。最近では、「知見」という概念も使われるが、これは経験・体験を経たうえでの情報(インテリジェンス)ということになる。この情報収集というものも傍目には簡単に見えるのだが、意外なことにそう簡単ではではない。 事件や事故も、現在進行形で動いており、知見を含む情報を正確に捉えるのは案外難しい。実際、事態がどう転がるか、明日、明後日の先行きすらも定かではない。そのような極限状態でも、不祥事など事件、事故を起こした(企業などの)当事者は、情報を自分に都合のよいようにしか取り入れない。 一般的に人間は誰しも自分に甘いから、情報というものをどうしても自分に都合よく解釈する傾向がある。情報収集そのものが難しい。加えて情報の理解・解釈で齟齬(そご)が生じる。 「最悪の想定」というものも簡単なようで簡単ではない。危機管理では、最悪の想定をするのが必須要件なのだが、これも当事者が自分たちの都合をどうしても優先させるから例外なくといってよいほどできるようでできない。日本では、不祥事を含む事件、事故で成功した危機管理はほとんどない。 菅義偉(すが・よしひで)首相は、この通常国会で施政演説を行った。11都府県に「緊急事態宣言」再発令という状況の中であり、施政演説では菅首相の看板である「新型コロナ対策と経済との両立」というワードは一切使われなかった。「コロナと経済との両立」という持論を菅首相がにわかに修正したわけではないが、およそ1万1000字の演説では“封印”されたわけである。 「コロナと経済との両立」は、安倍晋三前首相時に発令された緊急事態宣言(2020年4月7日~5月25日)の解除に合わせて表明された政策である。「withコロナ」、コロナと共存しながら経済活動を行う、という「新しい生活様式」が突然提案された。コロナを徹底的に抑え込んだ確証はなかった状況だけに唐突な感じを受けたものである。 「コロナと経済との両立」は、いわば用意された国の既定路線だったとみられる。この両立モデルでは、コロナ再燃のリスクや不安を払底できないが、ともあれ経済活動を再開して倒産、失業などによる社会的な不安を除去することを優先。「経済が持たない」「新型コロナよりも自殺者の増加に目を向ける必要がある」―。そうした要因を重視したわけだが、事実上コロナ封じ込めより経済活動を優先するという面が否定できない。衆院予算委に臨む菅首相=2021年1月25日 緊急事態宣言の総括、コロナの状況、経済の状況、コロナ特措法などの問題点、さらには国や地方自治体の財政状況などの説明、先行きなどについては明らかにされなかった。「コロナと経済との両立」という重要政策は、その必要性、リスクを含めての問題点などはほとんど語られることはなかった。ダメージなき危機管理などない 説明責任による「見える化」、「コロナと経済の両立」によるリスクなどの検証などは素っ飛ばされたに近い。緊急事態宣言は終了したのだから、疑うことなく「はい次は経済」という進め方だった。西村康稔経済再生相らからも、あくまで当然のことのように説明らしい説明はなく、総括を棚上げする格好での提案だった。 「コロナと経済との両立」は、菅首相に引き継がれ、2020年後半のGoToトラベル、GoToイートの実行につながっている。菅首相はどういうことか、当初には「新型コロナ感染が落ち着いたら特措法を改正する」とコロナ封じ込めに自信を見せていた。どのような見通しがあったのかコロナ感染はすぐに落ち着くと判断していた気配がある。 知見を含めて情報収集はなされていたはずだが、コロナ感染に無邪気なほどの楽観論、いわば最善の想定で走ったわけである。そこまで強気になれたのは何だったのか。 問題だったのは「ダメージコントロール」。これも危機管理では重要なのだが、なかなか理解されない。深刻なダメージが想定されるから有事の危機管理であり、ダメージなしで終われるなら危機管理は本来的に必要ない。危機管理においては、ダメージがどうしても避けられない。 ダメージが避けられないとすれば、どう受けるべきかダメージを設計しなければならない。想定されるダメージを極力コントロールして、致命傷となるダメージだけはもらわない方策を施して、最終ゴールである生き残り(サバイバル)を果たす。それが有事の危機管理の使命になる。 新型コロナでいえば、経済活動を以前の状態に再生・再開するのが最終目標ならば、一時的には経済にダメージが出ても極力じっと我慢する時期や期間を設計する方策を持つべきである。安倍首相時の緊急事態宣言では、解除後もしばらくは最悪の想定を堅持して、慎重に警戒姿勢を維持すべきだった。 新型コロナ感染に対する「初期消火」を行うとすれば、ここがせめても最後の時期だったとみられる。だが、そそくさと「コロナと経済の両立」に突入した。経済は息を吹き返すが、2020年8月のいわゆる第2波などコロナのぶり返しの余地をつくることになった。 菅首相のGoToトラベル、GoToイートは、経済にはテコ入れ効果があるのは間違いない政策である。だが、これも闇雲に急ぎ過ぎた感がある。経済が活性化しても、それに伴って人々が動いて警戒が緩む可能性が生じる。しかも季節は冬場を迎えており、コロナ蔓延を呼び込む余地を生み出す。コロナ蔓延を長期化させれば、肝心の経済を殺しかねない。経済を救うのは使命にほかならないが、拙速に急げば経済を壊滅させることになりかねない。 現状は2度目の緊急事態宣言(1月8日~2月7日)に突入している。何のための緊急事態宣言なのか。コロナ蔓延を封じ込めて、経済を再生するために、飲食店の営業に午後8時まで時短営業という規制を実施している。企業にはテレワークを要請している。しかし、今回の緊急事態宣言では、国民にコロナ慣れなのかやや緊張感が失われている。首都圏の盛り場などの人出は必ずしも減っていない。緊急事態宣言の発令に伴う菅義偉首相の記者会見を報じる新宿駅前の街頭ビジョン=2021年1月7日、東京都新宿区(松本健吾撮影) 緊急事態宣言を行えば、経済にダメージが出る。だが、そのダメージはコロナを封じ込めて経済を再生するために必要なプロセスである。一時的なダメージは受け入れる。ただ、そのダメージを極力コントロールして、最終的に経済の再生に導くというプロセスを丁寧に説明する。場合によっては強いメッセージを使って、経済再生のために国民の行動に我慢を要請し、コロナ感染封じ込めを進める。教訓は脆弱性の露呈 2020年半ばに筆者は「コロナと経済の両立」は二兎を追うもので一兎も得ることができない結果となりかねないと数回指摘している。(「コロナ戦争新フェーズ、政府と企業が陥る『二正面作戦』の罠」ほか参照) 先の大戦時のミッドウェー海戦に例えれば、日本はミッドウェー島攻略なのか米空母を叩くのか、作戦使命が曖昧な二正面作戦で敗北した。「コロナと経済の両立」は、もともと相矛盾する、ブレーキとアクセルを同時に踏み込む政策で簡単に行えるものではない。しかも、そうした二兎を追いながらも実体上の軸足は経済に踏み込んでという二重の曖昧さが混在するものだった。 ミッドウェー海戦では、日本の4隻の空母は同一の海域に集中して配置され全滅の結果となった。米国が必死に間に合わせる格好で投入した空母は3隻、分散して配置された。1隻は沈没したが2隻は生き残った。虎の子のダメージを極力低減した。ダメージは伴うが、ダメージを極力コントロールして最小化し、生き残るという最終目標を達成した。 いわゆるコロナ第2波を2020年8月に経験したが、それが収まると「コロナと経済との両立」という政策の延長でGoToトラベル、GoToイートが促進された。GoToは菅首相の肝煎り政策であり、経済活動のアクセルが踏み込まれた。GoToを進めてもコロナ感染増を呼ぶという相関関係はない、という判断があったとみられる。 だが、年末年始にいたるとコロナ感染が急拡大した。日本の医療の脆弱性が露呈し、首都圏など大都市部では、コロナだけでなくコロナ以外の心不全などの病気でも入院が容易ではないという事態になっている。コロナでは自宅療養者が増加し、自宅待機しているうちに重症化して死亡するなど、病床不足という医療逼迫が現実のものになっている。 「コロナと経済との両立」、これは二兎を追う「二正面作戦」であると同時に、「ダメージコントロール」の設計がなされていないという特徴があったように見える。その傾向は現在の緊急事態宣言にも継続されている。 「1カ月後には必ず事態を改善する」(緊急事態宣言再発令前日の1月7日実施の菅首相記者会見)。コロナ感染はピークを打ったようにも見えるが、医療逼迫は依然として続いている。変異株の感染発症も伝えられている。どうやら緊急事態宣言は3月7日まで延長やむなしという状況になっている模様だ。 現状は飲食店のみならず、電通のようなトップ企業が東京・汐留の本社ビル売却を検討するなど、経済は傷んでいる。コロナ禍により経済は「地滑り現象」を起こしかねないところまで追い込まれている。 コロナという有事に、誰がリーダーでも上手くいかないというような議論がある。やさしい慰めだが、少し言い訳めいていている。そうしたあきらめで「総懺悔」に終わってはならない。おカネ(税金・財政)と時間をできるだけセーブして、最終ゴールである経済の生き残りを図るというプロセスを追うべきである。参院予算委で答弁する菅首相=2021年1月28日 新型コロナという厄災は、一国のリーダーのみならず、国民全体を揺さぶっている。この厄災をどう克服するのか、日本の叡智が問われていると受け取るべきである。コロナが炙り出したのは、日本が有事の危機管理に脆弱であるということだ。知見から学んで、急速に不備を改善、修正する対応力でも問題を残している。日本が有事対応力を蓄えるという備えを怠っている国であることを露呈させたことが、コロナの最大の教訓ではないか。

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    政府のしくじり優先、娯楽的に「反ワクチン」を煽る偏向報道の罪深さ

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) マスコミの報道は、一つの娯楽の提供だと考えたほうが分かりやすい。真実の追求や社会的問題の提起という側面はあるが、それでも営利的な動機からニュースという娯楽を供給し、それを視聴者や読者が消費していく。 娯楽には日ごろのストレスを発散する効用がある。今の新型コロナ危機の感染対策や経済対策を巡る報道を見ていると、まさに国民の不満解消を狙いすぎているのではないか。 この種の報道のパターンは簡単で、①悪魔理論②全否定か全肯定かの判定、である。 ①の悪魔理論は、単純明快な二元論で、善(天使)VS悪(悪魔)という二項対立で物事をとらえる。例えば、現在の第3波の拡大は政府の「GoToトラベル」が原因だった、と「悪」として見なしてしまう。今日、その「悪」のイメージは「第3次補正予算にはGoToトラベルが入っているが、今はそれよりも優先する政策があるので予算組み替えが必要だ」という議論に結びついている。 また、政府は「悪魔」になりやすく、政府のやることはすべて失敗が運命づけられているような報道を好む。さらに、この悪魔理論では、政策ベースで議論することよりも「人間」そのものやゴシップを好む。面白い娯楽になるからであり、それ以外の理由はない。菅義偉(すが・よしひで)首相の言い間違いや会食などが極めて大きくクローズアップされるのもその一例であろう。衆院予算委員会で答弁する菅義偉首相=2021年1月25日、国会・第1委員室(春名中撮影) ②の全否定か全肯定か、という報道の手法は、「あいまいさの不寛容」と言われている。最近の新型コロナのワクチンに関する話題は、反ワクチン活動かと思うほどに偏っていた。例えば、週刊誌「アエラ」(朝日新聞出版)のツイッター公式アカウントが投稿した見出しが偏ったものであったことは明瞭である。医師1726人の本音 ワクチン『いますぐ接種』は3割さらに、「米国内でのワクチン接種でインフルエンザワクチンの10倍の副反応が出ていることをどう評価するか」「世界一多いといわれる病床を活用できないのはなぜか」についても記事を掲載しています。「AERA」公式アカウント アエラだけではなく、他のマスコミ報道やテレビなどでも、副反応が過度な注目を集めている。もちろん、副反応が「ない」などと言っているのではない。確率的には生じるのが低いとされる問題に、今の日本の報道が偏っていることを言いたいのだ。不毛な「GoToたたき」 ここには確率的な事象への無関心がある。バランスを欠いたのは見出しだけで、記事の中身では中立的な議論がなされているという指摘もあるだろう。だが、その種の批判は妥当ではない。記事の中身のバランスがいいのならば、見出しもバランスよくすればいいだけなのだから。 「日本で接種が予定されているワクチンは新型コロナに対してかなりの効果があり、副反応があったとしても確率的にわずかなものである」という話が、いつの間にか「副反応があるので、ワクチン接種はするよりも慎重になるか、しないほうがいい」という話になってしまっていないだろうか。 このような「反ワクチン」的な報道や世論の一部の動きに対しては、政府も何もしていないわけではない。ネットなど情報発信に優れている河野太郎行政改革担当相をワクチン担当相に指名したのは、マスコミの報道姿勢への対抗でもあるだろう。 ところで、「第3次補正予算にはGoToトラベルが入っているが、今はそれよりも優先する政策があるので予算組み替えが必要だ」という発言を考えてみる。GoToトラベルたたきは今も盛んであり、「悪」の象徴のように扱われている。 GoToトラベルの経済効果はかなり顕著であった。感染拡大が抑制され(感染がゼロになるわけではないことに注意)、経済の再起動に重点を置くときに必要な政策である。 政府の非公式な経済効果試算では約1兆円。明治大の飯田泰之准教授は規模は示していないが、いくつかの統計データからGoToトラベルの経済効果が大きいことを指摘している。 現状では経済の活発化に伴い、感染も次第に再拡大していく恐れが大きい。医療体制支援の拡充や、一人一人の感染対応が重要なのは変わらない。 今は緊急事態宣言の真っただ中なので、感染抑制に人々の視点が集まってしまいがちだが、第3次補正予算が順調に審議、可決され、予算が執行されるのは緊急事態宣言が解除になっている時期である。 最悪、再延長されたとしても感染拡大期が無限に続くわけもない。感染拡大期が終わって、経済活動を刺激するときに、このGoToトラベルの予算を確保していることは十分な「備え」になる。参院本会議で答弁する河野太郎行政改革担当相兼ワクチン接種担当相=2021年1月22日、国会(春名中撮影) しばしば、野党やマスコミは「緊急事態宣言は後手にまわっている」と菅首相を批判してきた。だが、昨年の補正予算の審議で、予備費を計上したときに、その金額が巨大である、国会を軽視しているなどと批判を展開してきた人たちがいた。現在の緊急事態宣言の中で、予備費から飲食店への一時協力金が出ているが、この人たちは「備え」を否定していたことになる。 予備費を批判した同じ口で「自粛と補償は一体」と言う人も多い。まさに反政権が優先しているだけで、国民の生活目線とはとても言えないだろう。

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    性風俗の淘汰もやむなし?コロナ「根絶」に不可欠な議論のツボ

    平野和之(経済評論家) 私は早い段階から、本サイトでも経済的視点を中心に新型コロナ対策がどうあるべきかを論じてきたが、第2波、第3波を見ていると、効果的な対策が見られない。 やはりという感だが、菅義偉(すが・よしひで)首相は、仕事始めの1月4日、ついに2度目となる緊急事態宣言(4都県)の発令に向け検討を始めたことを明らかにした。 だが、緊急事態宣言を発令しても、一時的な終息にとどまるだけで、コロナウイルスの変異種なども踏まえれば、永遠に続くと危惧している。ゆえに、本稿では、感染拡大の真の要因と対策について、きれいごと抜きで論じたい。 昨年の第1波は、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に象徴されるように、海外を往来する人たちが主要因とみられ、一気に感染者が増加した。 これを受けて4月に緊急事態宣言を発令(7都府県)したが、発令時点ですでにピークアウトしていた。専門家の見解は後出しジャンケンだが、あまり意味がなかったとの意見が大半を占めた。 また、第2波以降は、20~30代の若者が主要因とされ、特に風営法の管轄となるキャバクラやホストクラブがターゲットになり、この分野を押さえ込めば効果が上がると勘違いした。  さらなる間違いは、第2波の際に政府や国民が楽観してしまったことだ。シニアはあまり感染しない、重症化しにくくなったといった雰囲気が広がり、経済最優先に方針転換してしまった。 ご存じの通り「GoToトラベル」と「GoToイート」によって、若者だけでなく高齢者も一斉に動き出した。そして昨年秋以降、感染が急拡大した結果、野党とメディアはこぞって「GoTo」を念頭に、観光と飲食店での会食を槍玉に挙げた。 大企業を中心に会食禁止の大号令を出したことは理解できるが、メディアが連呼、表記したのは「観光」「飲食店」だ。これについては、外食産業や観光産業は営業妨害として訴訟を起こすべきレベルだ。 要するに、クラスター(感染者集団)が多発しているのは、風営法管轄のキャバクラやホストクラブなどかもしれないが、こうした店にコロナウイルスを持ち込む根本の議論が抜け落ちている。 キャバクラやホストクラブなどでクラスターが起きたのは事実だが、性風俗業従事者との「アフター」などで濃厚接触した場合などが大半だ。これはラブホテルなどを利用する不倫関係や出会いサイトなどによる行きずりの性交渉も含めてだが…。 つまり、本格的に規制すべきなのは、違法やグレー、合法も含めた性産業なのだ。さらに調査を進めると、先に不倫関係などの男女に触れたが、感染者の多くは出会い系サイトなどに端を発した交際のほか、大学のナンパ系サークルでの乱痴気騒ぎなどの要因も多いようだ。歌舞伎町の繁華街=2020年12月21日、東京・新宿(酒巻俊介撮影) 食中毒の対応を含む食品衛生法が象徴的だが、保健所は食中毒を出した店を調査し、行政はそこにペナルティーを科す。だが、その魚は漁師が獲って仲買が持ち込み、市場を通して最後に行きつくのが飲食店である。買った魚が流通段階で食中毒を起こす菌などが付着しても、行政処分を受けるのは食中毒を出した店になる。 この原則こそ見直さなければ、私は抜本的なコロナ対策はできないと考える。なぜなら、今までの休業や時短営業要請は、感染が拡大している店を抑えるだけで、真の「感染源」の撲滅にはつながらないからだ。テロにも利用される? 要するに、性風俗店や出会い系サイト、ナンパ、不倫などで感染した人々が飲食店を利用したり、市中を歩き回ったりした結果、家族や会社、大学のサークル内などでまき散らしクラスターにつながるわけだ。 こうした経路で感染し、正直に申告する人がいるわけがない。ゆえに、だれが考えても分かることだが、中国や韓国、台湾などで感染抑制が比較的うまくいっていくのは「デジタル感染経路追跡」を取り入れた部分が大きい。基本、プライバシーよりも感染撲滅を優先するからにほかならない。 日本は「プライバシー保護」の名の下に、やりたい放題であり、感染拡大を防げるわけがない。 そもそも出会い系サイトの匿名利用はさまざまな事件に発展する要因にもなっており、政治家はこうしたツールの利用者のトレーサビリティ(追跡可能性)などを、この際議論するべきだ。 また、風営法そのものも改正すべきで、公衆衛生の徹底だけでなく、トレーサビリティの法制化も検討すべきではないだろうか。 とはいえ、「こんな法整備をすれば客が激減して業界がつぶれる」と批判が集中するだろう。さらには、反社会的勢力が背景にあることが予想され、法制化は困難を極めるに違いない。 だが、戦後に遊郭などが売春防止法施行で姿を消したように、社会情勢に合わせて淘汰される性産業は歴史の常である。コロナで経済が停滞し、大混乱を起こさないようにするためなら、一部の「犠牲」は致し方ない。こうした法整備によって、反社会勢力の資金ルートを根絶することもできるなら一石二鳥でもある。 一方、ワクチンの普及に期待しすぎている風潮も危険だ。そもそもインフルエンザワクチンが出回っていても、接種する人は限定的であり、毎年多くの人がインフルエンザウイルスに感染し、重症化した高齢者を中心に死亡しているのが現状だ。新型コロナに対応したワクチンが普及したところで、根本解決にはならないだろう。 コロナの感染拡大が始まっておよそ1年が過ぎても根本解決に至らないもう一つの要因は、言わずもがな水際対策だ。少々現実離れした話になるが、私が日本を貶めるために派遣される外国のスパイなら、コロナに感染した上で日本の甘い検査をすり抜けて入国させ、性風俗店をハシゴする。年頭記者会見をする菅首相。4都県を対象に緊急事態宣言発令の検討に入ると表明した=2021年1月4日、首相官邸 そうすれば、ほかに何もしなくて性風俗店の従業員や利用客が勝手にウイルスをばらまいてくれる。先に記したように、日本はプライバシーを重視するあまり、性風俗店などでの感染はたどれないからだ。 日本はテロに弱い国だと指摘されて久しいが、まさにそれがコロナ禍で露見したかたちだ。 再度念を押すが、どこまでプライバシー保護を優先するのか、そしてきれいごとを抜きに「火元」を消す議論をするかが、コロナ終息のカギとなるのではないだろうか。

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    「2021」も失われた一年になるのか

    2020年は、新型コロナウイルスに翻弄された一年だった。東京五輪・パラリンピックが延期になったほか、業界によっては大打撃受けた。とはいえ、課題はこれだけではない。強力な与党から派生した政治の歪や米中覇権争いのあおりなど、日本は苦境のどん底だ。2021年も「失われた一年」になるのか。

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    米中覇権戦争の挟間で喘ぐ日本、「失われた経済大国」に陥るなかれ

    小倉正男(経済ジャーナリスト) 国の経済にも、何をやってもうまくいく時期があれば、何をやってもうまくいかない時期もある。世阿弥が風姿花伝に「男どき女どきとてあるべし」と書いているのだが、今どきは使ってはいけない言葉になっている。確かにそうしたことは経済でもあるものだ。 「米中貿易戦争」が本格化しておよそ4年を経たが、一方の主役であるトランプ大統領はその座を降りることになった。ただ、大統領がバイデン氏に代わっても「米中貿易戦争」は継続されるとみられる。 だが、どう継続されるのか、その中身が問われる。バイデン氏の思考がどうあれ、2021年以降の世界は、米中の「経済覇権戦争」にフェーズを変えて展開されることになる。 2020年の世界経済は、新型コロナ禍でマイナス5%を超える。08~09年のリーマンショックは100年に一度の恐慌といわれたが、それを大きく上回る最悪な事態だ。米国やドイツなどのEU諸国だけではなく、わが日本なども軒並みに大幅マイナス成長を余儀なくされる。だが、紛れもなく新型コロナの発生源である中国は、なんと一人だけプラス成長(2%内外)に達する状況である。 なんとも納得できないというか皮肉なことだが、中国は新型コロナ禍を機に米国との経済覇権戦争で先手を打てるポジションを確保している。中国は「ロケットスタート」で世界経済のトラックに戻りすでに走り出している。だが、米国は新型コロナ禍でトラックにまだ十分に立てないでいる。 トランプ大統領は「チャイナウイルス」と中国を非難してやまなかった。だが、新型コロナ禍で順風満帆だった米国経済がまさかの大変調に陥り、大統領の座も失うことになった。新型コロナ禍で政権を降りることになったのは、安倍晋三前首相に次いで2例目である。 トランプ大統領には厄災そのものだが、新大統領となるバイデン氏には思わぬ追い風になったことは否定できない。新型コロナの抑え込みに必死に取り組み、これを取り除かないと経済はまともに立ち行かない。ひいては政治権力トップの座も吹き飛ぶ。 菅義偉(すが・よしひで)首相にとってもこれは重要な教訓である。危機管理(クライシスマネジメント)をにわかに身に付けて、この有事に当らなければ安倍前首相、トランプ大統領の轍(てつ)を踏むことになる。 コロナ禍直前の2019年、米国の国内総生産(GDP)は21・4兆ドルで、それに対し中国のGDPは14・7兆ドルだった。米国のGDPに対して中国は7割弱(69%)の経済規模に追い付いたことになる。中国の経済統計は、一般にカサ上げされているという疑念が伴っているが、それを割り引いても中国はトップに君臨する米国をピッタリとマークする位置まで攻めのぼっている。※画像はイメージ(ゲッティイメージズ) ちなみに日本のGDPは5兆ドル規模であり、中国の3分の1。日本企業の世界化(国内空洞化)もあって日本のGDPは小さく表示される面がある。もちろん、中国とは人口の違いもあるのだが、リーマンショック後のわずか10年でずいぶん引き離されたものである。中国軽視は禁物 中国は言うまでもないが、共産党一党独裁国家であり、ウイグル、香港に見るように民主主義や人権などの抑圧を「国内問題」として断行している。南沙諸島海域の人工島、尖閣諸島への領海侵入など露骨な領土拡大の野望を隠さない。新型コロナ感染症では、勃発時に遺伝情報などを隠蔽する愚も行った。そうした国が世界経済の覇権を争う一方の雄にのし上がっている。これは脅威であり、問題であるのは間違いない。 日本は、モノマネ癖など「模倣経済」や極端な「不動産バブル」などから、中国経済をことさら軽視してきた。日本の矜持(きょうじ)といえば矜持であり、「新興の中国経済などいずれ破裂する」、と。 だが、いまや中国を軽視ばかりしていては大きく間違うことになる。イデオロギーや好悪感情に任せるのは極力抑え、プラグマティズムでリアルに見ていく必要がある。仮に間違うにしても、過小に評価してではなく、過大に評価して間違うべき対象になっている。 中国は2021年には8~9%内外の成長を目指すとみられる。米国が新型コロナ禍でもたつけば、21~23年には中国のGDPは米国のそれの75~80%近辺にまで膨張する可能性がある。 そうなれば、ほぼ米国経済に肩を並べることになる。ハイテク産業育成策「中国製造2025」の遂行で半導体など先端技術製品の「自国化生産」能力も徐々に追い付いてくれば、軍事覇権の膨張にも一段と拍車がかかる。 中国の習近平国家主席が進めているのは、中国のサプライチェーン(供給網)への「依存関係」を強化するという戦略である。「国際的な産業チェーンのわが国との依存関係を強め、外国が供給を止めようとすることに対する強力な反撃・抑止能力を作らなければならない」(20年10月31日 共産党理論誌「求是」)と指示している。 習主席はこの指示を2020年4月10日に共産党中央財政委員会で発令している。この指示は、湖北省武漢市の「都市封鎖」、その解除と関係している。武漢は、新型コロナの世界最初の発生源であり、都市封鎖は1月23日~4月7日の長期に及んで行われた。武漢の都市封鎖解除がなされたのは4月8日午前0時。習主席の指示発令があった4月10日は、武漢の都市封鎖解除からわずか3日後ということになる。PCR検査を受ける市民ら=2020年5月、中国・武漢(共同) 武漢では強権的に大規模検査を行って成り振り構わず新型コロナの抑え込みを終了させた。習主席は、いわば「後顧の憂い」を絶って、中国のサプライチェーンへの「依存関係」強化に歩を進め「有効な反撃能力」を備えよと指示をしている。 この時期、原油価格は大底値に低迷していたが、中国はいち早く原油購入再開を行った。4月後半には原油は徐々に底入れ気配に転じている。中国の反転攻勢はここから開始されていた。 トランプ大統領は、中国は米国の資本、技術、雇用など「富」のすべてを盗んだとして、中国に高関税を課し、通信関連事業などからファーウェイ(華為技術)を全面的に排除するなどの封じ込め政策をとった。「リーマン」も乗り越えた中国 米国以外の企業、例えば日本企業も米国製製造装置で作った半導体はファーウェイに供給してはならないといった規制が行われている。いわば、市場経済に一部規制をかける格好で、デカップリング(米中経済の切り離し)を断行した。 同時に過剰なほど集中している中国へのサプライチェーン見直しも進められた。中国へのサプライチェーンの依存・集中は、各国の安全保障からみて危険性が内在している。日本も日系企業の中国から本国への回帰、あるいは中国以外のアジア、すなわち東南アジア諸国連合(ASEAN)、インドなどへの移転に補助金を出すことで見直しを推し進めた。 高関税、さらにはデカップリングによる中国封じ込めという孤立化政策、加えて中国のサプライチェーンへの依存・集中を見直すという動きは、中国にとっては大きなピンチにほかならない。中国の「富」の源泉、成長力の原動力をそがれる恐怖がよぎる。中国はその危機感を持っていたからこそ武漢の都市封鎖を長期断行した。 武漢は、中国の自動車やその部品、半導体産業のサプライチェーンの一大拠点である。復旧を「大返し」で果たさなければサプライチェーンの「依存関係」は弱体化され分断される。中国にはそうした恐怖があり、いわば中国包囲網のピンチに立たされていたからこそ成り振りを捨てて新型コロナの封じ込めに取り組んだとみられる。 08~09年のリーマンショック時、中国は内需拡大を行い、ピンチをチャンスに切り替えた。中国は、遅れていた高速道路、高速鉄道、空港など国内インフラ投資に4兆元(57兆円)を投入。これにより10年には、中国はGDPで日本を追い抜いて2位に躍り出た。 この時点では中国と日本のGDPは大きな差はなかった。だが、その後の成長率は大きく違っていた。「失われた20年」、日本は長らくデフレに苦しんだ。安倍前首相による「アベノミクス」はデフレ克服に果敢に挑戦したが低成長を脱却することはできなかった。 一方の中国は、人為的計数による底上げが一部あるにしても二桁台の高成長が続いた。「不動産バブル」破裂などでいずれ行き詰まるという予測が一般的だったが、潜在的な成長力が勝った。 そして貧富の格差が拡大し、富裕層も形成された。巨大な国内インフラ投資で鉄鋼、セメントなどの生産能力が膨大化した。それが米国への超安値輸出などに回り、米国の製造業に打撃を与え、雇用を喪失させた。それが「米中貿易戦争」の引きがねになった。 米中の経済覇権をめぐる戦争だが、習主席の言う中国のサプライチェーンへの「依存関係」強化は着々と進んでいる。中国は、昨年11月には東アジア地域包括的経済連携(RCEP)に参加を果たした。習主席は、あろうことか環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)にも「参加を積極的に検討する」と表明している。テレビ会議方式で行われた「RCEP閣僚会合」に臨む梶山弘志経済産業相=2020年11月11日、経産省(那須慎一撮影) 中国はデカップリングどころか、ズブズブの「カップリング」に抱きつく戦略をとっている。この「抱きつき戦略」は米国のデカップリングに対する中国の反撃にほかならない。習主席が4月に指示した「強力な反撃・抑止能力」とはまさしくこれだったわけである。 TPPはもともと中国への封じ込めを意識して企画されたが、米国はトランプ大統領の反グルーバリズムによる「一国主義」から一転して不参加となった。新陳代謝が鈍る日本 では、バイデン氏はどうかといえば、サンダース上院議員など民主党左派が反グローバリズムであり、TPP参加には強く反対している。米国が「一国主義」でもたつくようならば、習主席の中国がちゃっかりTPPに参加する意欲を示すだけでも米国には大きな牽制になる。 米中デカップリング、あるいは封じ込めといっても、すでに中国を中心とするサプライチェーンが構築されている。これは市場経済をベースに形成されており、分断するのは容易ではない。習主席の言う「依存関係」を強める、あるいは弱めるといった綱引きゲームでしかない。デカップリング、そして封じ込めは、市場経済に逆らうものであり長期的には無理を生じかねない。高関税も関税を払うのは輸入するサイドで、例えば高い鉄板は購入する自動車産業などに高コストを背負わせるという側面がある。 「戦略的忍耐」ということで何もせず手をこまねいたオバマ政権とは対照的にトランプ大統領は中国に対して厳しい措置断行を連発した。これはトランプ大統領ならではの「荒事」な芸当であり、高く評価しなければならない。だが、高関税を含む封じ込めやデカップリングは「大統領選挙マーケテイング」、あるいは「ディール」といった駆け引き材料の面もあったといわなければならない。 中国はトランプ大統領の予測不可能な政策に当惑、いわばトランプ大統領の荒事にヨロめいたが、ようやく体制を立て直している。トランプ大統領の策は、決定打ではなく、中国の経済成長に一時的に歯止めをかける牽制に近いものだった。 そしてバイデン氏は、これらの策を継続するとしている。確かにトランプ大統領の遺産として手元に置き、限定的であるにしても、牽制や揺さぶりに有効に使うということなるに違いない。 米国は経済覇権で中国を圧倒するには、最終的には市場経済が決戦場にならざるを得ない。米国は、「GAFA」を生み出してきたが、新たな巨大ビジネスを生み出す資本主義のダイナミズムを取り戻すのが本道だ。 いまでは米国で巨大化した「GAFA」が批判の対象となっている。だが、皮肉なことに米国経済が必要としているのは、激しい新陳代謝の繰り返しによる従来にないビジネスの創造にほかならない。いわば次の時代の「GAFA」を生み出すことでしか中国を引き離せない。米国はどうあれ市場経済で中国を打ち負かさなければならない。 最後に日本経済だが、トヨタ自動車が、日本企業のトップに立ってすでにおよそ半世紀近く過ぎている。トヨタが優れた経営を行ってきたのは事実だが、トヨタを追い抜くような新たなリーディングカンパニーが見当たらない。会見で記者の質問に応じるトヨタ自動車の豊田章男社長(左)とNTTの澤田純社長=2020年3月24日、東京都千代田区(酒巻俊介撮影) 新陳代謝の停滞、日本の資本主義が閉塞を抱える根底にそれがある。日本こそ、いまの時代を体現する新産業や企業を生み出すことができないとしたら、「失われた経済大国」になる局面を迎えることになる。

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    本質見失う朝日の釣り見出し、コロナ苦学生を救う一歩はこれしかない

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 危機をあおるのがマスコミの仕事なのだろうか。12月18日に、インターネットに掲載された朝日新聞の記事の見出しが批判を招いている。「コロナ禍で休退学5千人超 大学生・院生、文科省が調査」という記事である。 見出しだけを見ると、新型コロナ危機で休学・退学した大学生や院生が増加したように読み取れてしまう。しかし、記事では、現段階で大学生・院生の休退学者は前年よりそれぞれ6千人ほど減少したと伝えている。実際に、新型コロナ危機で休退学者が増加したと解釈した人もいたようだった。 今年4~10月に全国の国公私立の大学や短大を中退した学生は2万5008人で、うち新型コロナウイルスの影響と確認されたのは1033人に上ることが18日、文部科学省の調査で分かった。中退者全体は昨年同時期より6833人減っており、文科省は、困窮する学生に最大20万円を現金給付した支援策などが一定の効果を上げたとみている。コロナ中退1033人 大学・短大生、文科省調査(産経ニュース) 新聞社は一般の人よりも早く、こうした資料を手に入れることができるのだから、見出しぐらいはあおらず、正確につけるべきだろう。18日に行われた記者会見で萩生田光一文部科学相も「大学の中途退学者数については昨年度よりやや少ない状況で、休学者数についても現時点においては大きな変化は見られない」と述べているのだ。 千葉商科大の常見陽平准教授や明治大の飯田泰之准教授らは、この記事の見出しのつけ方や、記事自体の問題意識に疑問を呈した。常見氏はツイッターにこう書いている。すでに多くの方が指摘していますが、見出しと中身は違います。そして、あくまで現場感ですが、学生からの相談は経済的理由よりも、心の安定、さらには将来の夢が一部、壊れたことが大きいです。常見陽平氏のツイッター 常見氏とは政治的な意見が異なり、失礼ながら度々突っ込みを入れている関係だが、学生の就活を巡る彼の問題意識についてはいつも参考にしている。今回もまた、常見氏の指摘は筆者の実感に近い。萩生田光一文科相=2020年12月18日、首相官邸(春名中撮影) 実感だけでは仕方がないので、ここでは秋田大の学生に対するうつ、不眠症、アルコール依存などのメンタルヘルスの調査を参考にしよう。この調査では、メンタルヘルスを損なうことに貢献する要因として、相談できる人の不在や運動不足などが挙げられた。「月4万円」が学生救う 相談できる人の不在については、オンライン講義への移行によって、あまりキャンパスに行かなくなったことも影響しているかもしれない。しかし、それよりも学業や自分の人生が今後どうなるのか、就職や将来の夢が思うように描けない人たちが増えているのではないか。そもそも、この学生たちの不安に応えられる人が大学にどれだけいるだろうか。 学生だけでなく教職員にとっても、新型コロナ危機のこれからの推移と、アフターコロナの社会が見えてこないというのが率直なところだろう。「相談できる人の根源的な不在」というべき状況がある。 新型コロナ危機の本質は、経済学でいう「ナイトの不確実性」にある。ナイトの不確実性とは、感染拡大や終息といった事象に確率を付与することができないことである。簡単にいえば、天気予報のように「明日の晴れの確率は60%」などのように予測できない。 これが経済全体だけでなく、学生たちの心理にも悪影響を及ぼしているのではないか。ナイトの不確実性を背景にした不安に対処するには、相当な覚悟が求められる。メンタルヘルスのケアや、そのためのカウンセリング体制の充実はもちろん必要だろう。ここでは、新型コロナ危機の持つナイトの不確実性に、どう対処するかを経済対策の面から考えてみたい。 ポイントは2つある。1つは新型コロナ危機が終わるまで、政策の維持をコミットすることである。例えば、大阪大の安田洋祐准教授が提案している、感染終息まで週1万円を国民全員に支給する政策である。いわばコロナ危機限定のベーシックインカムだ。 日本学生支援機構(JASSO)の調査によれば、大学生のひと月あたりの平均アルバイト収入は約3万円。ひと月に、これを上回る平均4万円が支給されるとなれば、家計ベースで見ても経済的なセーフティーネットとして機能することだろう。 もう1つのポイントは予算の規模をなるべく大きくすることだ。明日の天気が分からないのであれば、晴れでも雨でもいいように支度を整えるだろう。そのときに、どちらか一方の用意しかできない小さいカバンで旅行するとなったら、両方の用意ができる大き目のカバンを持ってくる。このときのカバンが、経済で言えば政府の「予算」になる。 菅政権の第3次補正予算案が明らかになり、規模感が不足していることが分かった。今年の7~9月のGDPギャップ(望ましい経済水準に至るまでに不足しているおカネの総額)は約34兆円だ。それ以降、経済は11月初頭までは改善したが、同月半ばから感染の「第3波」によって、再び経済が失速している可能性が大きい。 そうなると、GDPギャップの開きはそれほど縮小していないかもしれない。そこに「真水」19兆円では不足感がぬぐえない。上記の定額給付金政策や、弱った中小企業と個人事業主を救うための持続化給付金の再給付など、経済を維持する政策を至急、打ち出していく必要がある。オンライン授業が続く京都大学。入学試験以降、一度もキャンパスに足を踏み入れていない学生もいる=2020年8月17日午後、京都市左京区(永田直也撮影) 政府が積極的な経済政策でナイトの不確実性に抗しなければ、冒頭の朝日新聞のような見出しにあおられてしまい、われわれの不安が募るだけになってしまうだろう。

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    民族弾圧助長する中国投資、日本の経営者はこれを直視しているか

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 下村治(1910~1989)は、日本の独自性と真の独立を願った気骨あるエコノミストだった。彼の最晩年の著作「日本は悪くない 悪いのはアメリカだ」(1987年)では、連合国軍総司令部(GHQ)の日本弱体化を目指した占領政策によって「日本人として主体的にモノを考えることができなくなった」と指摘している。 下村は特に「経済問題に限っていえば、国民経済として経済をとらえる視点がない」と断じ、当時過熱していた日米貿易摩擦問題を例示して、日本は米国に防衛問題で守られているために「防衛は防衛、経済は経済だ」ときちんと割り切って発言できず、ずるずると交渉で言い負けてしまう、と鋭く指摘していた。 簡単に言うと、下村が指摘したのは、戦後日本に定着したあいまいで、日和見主義で、強い権威に安易にすがってしまう心性であった。そして、この心性はGHQの占領政策の影響であり、占領が終わった後も日本人が自らその「弱体化」を引きずってきたと見なしていた。 今も日本は、「アメリカの影」を意識的にも無意識にも引きずっている。最近では、非民主的で、政治的な自由を否定する中国の影響力が増しており、その軍事的圧力や経済的影響力に、かなり多くの日本人が「弱体化」を自ら選択している。「アメリカの影」にさらに「中国の影」が重なり、日本人の思考に生じる歪みの濃度が増している。 現代の下村ともいうべきジャーナリストの田村秀男氏は、近著「景気回復こそが国守り 脱中国、消費税減税で日本再興」(ワニブックス)の中で、この「中国の影」について批判的に検証している。 例えば、新型コロナウイルス危機で中国中心の世界的なサプライチェーン(供給網)が破綻し、各国ともに脱中国を見据えてサプライチェーンの再構築をしている点だ。日本政府も本年度第1次補正予算では、生産拠点を国内などに移転する民間企業を支援するとして総額2435億円を盛り込んだ。だが、肝心の日本の経営者らはどうだろうか?中国広東省潮州市の電子部品工場を視察する習近平国家主席(手前左)=2020年10月(新華社=共同) 他の国が中国への投資を手控え、投資の回収を増加させているのに対し、日本の経営者らは逆に対中投資を増やし、投資の回収をせずにそのまま再投資を繰り返している。その傾向はコロナ後も堅調である。「パクリ」暴いたトランプ氏 中国共産党の宣伝工作に利するサイトなどを見ると、日本の経営者たちはコロナ禍以降も経営戦略の基本方針を変えず、今後も投資を増やすだろうと述べている。完全に「従属化意識」を見透かされプロパガンダに利用されているのだ。 日本の製造業が最先端の技術を利用した生産拠点を中国で展開することは、中国のお得意の「パクリ経済」にいたずらに寄与することになるだろう。トランプ政権の対中経済制裁は、この「パクリ経済」を経済と安全保障の両面から、自国民だけではく海外にも分かりやすく伝えた効果があった。 やや長いが、重要なので田村氏の主張を引用しておく。 習近平政権はEVやAI、5Gなどの将来性のある分野の普及に向け、外資の投資を催促しています。いずれも軍事に転用されうる最先端技術をともなう分野です。加えてAIは、共産党政権が弾圧してきたウイグル人やチベット人などの少数民族への監視体制を強化するための主力技術にもなります。 日本企業が中国にビジネスチャンスを求めて、最新鋭技術を携えて対中投資をするのは、軍拡や人権侵害をともなう中国の全体主義路線を助長することにもつながります。「景気回復こそが国守り 脱中国、消費税減税で日本再興」田村秀男 田村氏のこの主張には賛同する。中国との取引が、場合によれば反人権・軍拡への寄与という、まともな企業では採用することのない異常な路線への加担になることを日本の経営者はもっと自覚すべきだ。 日本政府もまた、反民主的・反人権的な動きに、現状で加担している日本企業などを公表し、警告を与えるのはどうだろうか。そのような企業には「レッドカード」を突きつけるべきだ。コロナ危機ほどの出来事でも対中依存が日本の経営者に芽生えないのであれば、日本政府は補助金での脱中国の拡充とともに、日本企業のコンプライアンスの見直しをレッドカード的な手法で強制していくことが望ましい。 米中貿易戦争の経験で言えば、日本政府がレッドカード的戦略を採用すると、中国側も同様の対応をしてくるだろう。そのために事前の準備も必要だ。記者会見で、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉参加を表明する安倍晋三首相=2013年3月、首相官邸(酒巻俊介撮影) まずは環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)参加に最近急速に色気を見せている中国に強くけん制をしておく必要がある。TPP参加には原則、すべての国の承認が必要だ。日本側は、TPPが「自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった普遍的価値を共有する国々」(安倍晋三前首相のTPP交渉参加時の演説)との自由貿易圏であることを基本理念としている。反人権・反自由主義国家に出番はないのは自明のことだ。混乱招く報道も 日本はアジア諸国、米国、インド、オーストラリア、ニュージーランド、英国などの諸国と、経済と安全保障の分野で強固な協力関係を築き、あるいは同盟関係を結んで「中国の影」と対峙(たいじ)する必要がある。ここには米国が加わるが、それは下村が批判した「アメリカの影」を引きずるものであってはならない。自主的な経済と安全保障政策の構築が必要だ。米国はそのための手段でしかない。 日本にとって、さらに必要なのは経済力の底上げだ。この点について、下村は「アメリカの影」を脱するために「忘れてはならない基本的な問題は、日本の一億二千万人の生活をどうするのか、よりよい就業の機会を与えるにはどうすべきか、という点」を重視すべきだとした。この見方は、今日の「中国の影」に対してもまったく同様だ。 この点でも田村氏は下村と同じで、積極的なポリシーミックス(財政政策と金融政策の組み合わせ)の採用によって、政府は国債を発行して積極的な財政政策を行い、日本銀行は金融緩和政策を行うべきだとしている。田村氏のケインズ経済学的なポリシーミックス論は、日本の現状では正しい政策の在り方の一つだ。筆者のリフレ理論(正確にはニューケインジアン積極派)との違いは、最近、高橋洋一氏との共著「日本経済再起動」(かや書房)にも書いた。興味のある方は参照していただきたいが、問題はそんな理論的な差異ではない。 田村氏は、「ありえない日本の財政破綻のリスクよりも、現実として起きている中国の膨張によるリスクのほうがよっぽど『次世代にツケを回してはいけない』大問題」だと断言している。この主張にも全面的に賛同する。そのためには日本経済を再起動させていかなくてはならない。 だが、日本の財政当局は緊縮スタンスをとることで、中国の全体主義に間接的に寄与している。最近でも話題になった報道では「財務当局は『悔しさもいくつかあるが、めいっぱい闘った。給付金はほぼ排除できたし、雇用調整助成金も持続化給付金もGoToキャンペーンも、春にやったバラマキはすべて出口を描けた』と胸を張った」という、どうしようもないみみっちい官僚目線が伝えられている。 第3次補正予算には多くのメディアが財政規律の観点で「過大」だと声をそろえる。日本経済の国内総生産(GDP)ギャップの拡大規模からいって、政府の「真水」の規模は不足こそあれ、「過大」などとは国民経済の目線では決して言うことができないはずだ。 もちろん田村氏が指摘するように、財務官僚ばかり批判しても始まらないかもしれない。政治の意志の強さがやはり求められる。そのためには国民の支援も必要だ。しかし、マスコミの世論誘導の成果なのか、今の世論では新型コロナ感染症抑制と経済活動の再開が二者択一で、どちらかを選ばないといけないかのような見方をされている。その典型が「GoToキャンペーンたたき」だ。マスク姿で通勤する会社員ら=2020年12月8日、大阪市北区(沢野貴信撮影) ここでも田村氏の警告が役立つ。「コロナを正しく恐れて、そして経済再生に力を入れよ」というのが、彼の最近の主張の核である。この言葉をわれわれは正しく理解しなくてはいけない。

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    高齢者「疎開」も有効策、対コロナは大胆かつ奇抜な発想で勝負せよ

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 世論調査によると、菅政権の支持率が急落したという。共同通信の調査では前回調査から12・7ポイント低下の50・3%、読売新聞の調査では8ポイント低下の61%だった。政府の新型コロナ対応について「評価しない」が55・5%で、「評価する」37・1%を上回った。前回11月の調査では「評価する」が「評価しない」を上回っていたが、逆転した。菅内閣支持50%に急落 共同通信世論調査(産経ニュース) 読売新聞のアンケートには、政府に感染対策と経済対策のどちらを優先すべきかを問いかけるものもあり、世論は圧倒的に感染症対策を優先していた。実際にテレビのニュース報道やワイドショーなどは、経済刺激政策であるGoToキャンペーン事業を徹底的に批判し、感染拡大に警鐘を鳴らしている。 感染拡大阻止は疑うことのないほど重要である。だが、それは経済活動との「トレードオフ」で考えるべき話だ。トレードオフとは、どちらか一方「だけ」を重視する発想ではない。いずれも行うが、最適なバランスを目指していく政策の組み合わせともいえる。経済学の専門家たちは当初から、感染症の抑制と経済活動はこうした関係にあると指摘してきた。 死亡者数の観点からいうと、新型コロナウイルスで死亡者が出る一方で、経済的な苦境の中で亡くなってしまう人たちも多く出てしまうだろう。ここでは、それぞれを「感染症の死亡者数」と「経済要因による死亡者数」と呼ぶことにしよう。 学習院大の鈴木亘教授は、このトレードオフ関係を近著「社会保障と財政の危機」(PHP新書)で詳細に解説している。経済活動が活発化すると、新型コロナに感染することで高齢者や持病のある人たちを中心に、亡くなる人や重篤な状態に陥る人が出てくる。その傍らで、経済活動を抑制しすぎると、失業による社会的地位の喪失などで経済死ともいえる人たちが多く出てしまう。政府与党連絡会議であいさつする菅首相(右)=2020年12月7日、首相官邸 緊急事態宣言は、経済活動を過度に自粛することで、結果的に「経済要因による死亡者数」を激増させてしまった。だが、現在の政府の対策は、トレードオフ関係の中で最小の「感染症の死亡者数」と最小の「経済要因による死亡者数」を目指そうとしていると鈴木教授は指摘する。これは感染症対策の専門家の間で「ハンマーとダンス」と呼ばれるものだ。経済萎縮を最小限に 新規感染者数がある程度増えても、医療提供体制が限界に達するまではできるだけ事態を許容する。限界が見えてきたら、経済へのダメージが少ない順に対策を採用する。例えば、業態・時間・地域などを絞った営業の自粛要請、移動の自粛などである。 できるだけ4月の緊急事態宣言のようなものは避け、新規感染者数が下がれば経済活動を再開していく。再び感染拡大が起きれば、前述した営業や移動の自粛といった対応を限定的に採用していく。すなわち、感染者数が増えたら政策によってハンマー(金槌)を振り下ろすように強攻策をとり、減ってきたらウイルスとダンスを踊るように共存をエンジョイするというものである。「社会保障と財政の危機」 ジャーナリストの田村秀男氏は、最近の論説の中で「ウイルスを正しく恐れる対策さえすれば、経済はさほど萎縮せずに済む」と正しい方向性を示している。そのためには、「感染症の死亡者数」と「経済要因による死亡者数」のトレードオフをどのように構造変化させるかが鍵になってくる。 マスコミや世論は、GoToキャンペーンだけを感染拡大の「主犯」として問題視している。だが、このキャンペーンを中止しても、前述のトレードオフ関係からいえば経済死が増えてしまうだけである。これでは国民の厚生を改善することはできない。 田村氏の指摘のように、感染対策と経済の両立をよりスムーズにする考えが必要だ。鈴木教授は著作の中で、医療提供体制の限界を大きく引き上げることを主張している。具体的には、新型コロナ患者専用に、感染拡大期はもちろん感染終息期においても、空き病床(空床)とスタッフを確保しておくことである。そのためには政府の大規模な金銭補償が必要になる。空床確保においては交付金のさらなる増額が求められるだろう。 これは以前、細野豪志衆院議員とネット番組で対談した際に2人で議論したことだが、子供家族と同居している高齢者が一時的に住まいを別にして、政府や地方自治体が家賃を補助したり、施設を借り上げたりする政策も有効だろう。新型コロナウイルスの患者の治療に当たる東京医科歯科大病院の医療スタッフ=2020年11月、東京都文京区(画像の一部を加工しています、東京医科歯科大提供) 高齢者や持病を持つ人たちが観光地などに「疎開」することを経済的に支援するのもいい。これらの主張は、感染リスクの高い高齢者の行動を制限して日本経済へのダメージを抑える案として、鈴木教授も提言している。「ナチス化」の懸念も いずれにせよ、この「構造変化」には政府の潤沢な財政的支援が欠かせない。この原稿を書いている段階(12月7日)では、政府の第3次補正予算は不明だ。報道からの情報や、与党の補正予算案をみると、この種の「構造変化」を促す予算だけでなく、国民の経済生活を支える対策も不十分だ。 むしろ中小企業の合併を促す政策に重点を置くなど、完全に対策が明後日の方を向いている。このような補正予算ならば、現在の日本経済の総需要(お金)不足からいえば、単に緊縮政策になってしまう。 パンデミック(世界的大流行)や経済危機が重なる状況で、政府が緊縮政策を採用してしまうと、政治的な分断や極論がはびこるだろう。伊ボッコーニ大のディビッド・スタックラー教授らは、最近の論説「財政緊縮とナチスの勃興」の中で、1930年代初期のドイツにおける財政緊縮がナチスの勃興を招いたと実証的に指摘している。 この兆候は日本でも起こりつつある。身近なところでは、ツイッターのハッシュタグ(話題をまとめる「#」付きのキーワード)を見ると、特定の政治イデオロギーで偏向したものが毎日のように目につく。 これらの政治的な分断と極論が、投票行動に結びついたらどうなるだろうか。スタックラー教授らは、別の論説「投票、ポピュリズム、パンデミック」の中で、新型コロナ危機での緊縮政策が大衆扇動型政治と結びつき、国民の分断に至る可能性を論じている。 そして、ここが注意すべきポイントだが、こうした分断を背景とする政治勢力が出現したとき、彼らは積極的な財政政策を売り物にするのではないか。ナチスが国家社会主義として積極的な財政政策と国民の「完全雇用」を主張したように。 ナチスの経済政策は、「現実」の作り変えや、対抗する人たちの全否定、異端的で独善的なふるまい、そして必ずしも首尾一貫しない継ぎはぎだらけの経済政策観に象徴されていた。詳細は「ナチス 破壊の経済」(アダム・トゥーズ著、みすず書房)や「大恐慌の教訓」(ピーター・テミン著、東洋経済新報社)を読まれたい。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 社会悪をもたらす政治勢力が日本で台頭しないためにも、われわれは政府や日銀に、お金の不足を補う大胆な経済政策を引き続きしつこく要求していくべきだろう。

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    マイナンバー口座ひも付け、ゼロリスクでなくとも「無理筋」ではない

    影島広泰(弁護士) 政府は11月27日、マイナンバーと銀行口座のひも付けの義務化を見送ると公表した。このひも付けについては、さまざまな制度が入り交じって議論されてしまっているため、整理したい。 まず、金融機関において銀行口座とマイナンバーをひも付けして管理することは既に行われている。マイナンバー法により2016年1月から、銀行における国外送金、FXなどの先物取引、証券会社で特定口座やNISA口座の開設する、といったときに、マイナンバーを金融機関に対して告知する義務があると定められている。 これに対して銀行口座については、個人預金の口座数が10億を上回るともいわれており、金融機関の事務処理の負担などを考慮してマイナンバーとのひも付けは見送られた。 しかし、2018年に国税通則法が改正され、金融機関は預貯金者の氏名(法人であれば名称)や住所などの情報をマイナンバーとひも付けて管理することが義務付けられた。これを「預貯金口座付番」という。 つまり、現時点で既に、金融機関側はシステム改修などを終えて、銀行口座をマイナンバーとひも付けして管理できる体制を整えている。われわれは銀行で預貯金口座を開設する際には、マイナンバーの告知を求められるようになっているのである。このマイナンバーは、(1)税務調査、(2)社会保障の資力調査、(3)金融機関破綻の際のペイオフの名寄せのために利用することができると定められている。 もっとも、この18年の改正は、金融機関にマイナンバーとひも付けして管理することを義務付けたものの、個人に対してはマイナンバーを金融機関に告知することを義務付けなかった。預貯金口座を開設する際に金融機関からマイナンバーの告知を求められても、拒否することは可能なのである。マイナンバーと銀行口座のひも付けについて会談する平井デジタル改革相(左)と全国銀行協会の三毛兼承会長=2020年10月13日、東京都千代田区 ただし、改正の附則においては、「付番開始後3年を目途に、預貯金口座に対する付番状況等を踏まえて、必要と認められるときは、預貯金口座への付番促進のための所要の措置を講じる」旨が定められた。これを踏まえて議論されているのが、マイナンバーと銀行口座のひも付けの義務化である。国民が政府を「監視」 今回の議論は、新型コロナウイルス禍における現金給付の手続きが煩雑だった反省から突然議論されるようになったものではなく、18年に国税通則法が改正された際、3年後に見直すと定めたことを受け、予定通り21年の改正法で告知を義務付けるかを議論していたものである。つまり、預貯金口座付番の議論と、新型コロナの経済対策をきっかけにした議論は別のものだ。 ここでは、マイナンバー制度における「分散管理」の仕組みを理解する必要がある。マイナンバー制度においては、どこかのサーバーで情報が一元的に蓄積されているのではない。それだとプライバシー侵害のリスクが高くなるし、情報漏えいしたときのダメージも大きいからだ。 マイナンバー制度では、以前からと同じように、国税庁は国税の情報を、市区町村は地方税の情報を、ハローワークは就労状況を、健康保険組合は健康保険の情報をそれぞれ保有するといった分散管理を維持しつつ、他の機関に対して問い合わせができる仕組みになっている。収入が少ないから国民年金保険料を免除してほしい旨をマイナンバー付きで年金事務所に申請すると、年金事務所が市区町村に収入の情報を問い合わせたり、ハローワークに就労状況を問い合わせたりすることができるようになるわけだ。 そのためには、全ての役所で共通の番号を定めたほうが効率がよい。こうして生まれたのが「共通番号」といわれるマイナンバーなのである。 したがって、預貯金口座付番により金融機関がわれわれのマイナンバーと銀行口座をひも付けして管理できているからといって、国がその情報をそのまま利用できるわけではない。例えば税務調査の際に、国税庁が「マイナンバー○○番の者の預金者の情報を回答してくれ」と要求し、金融機関がそれに応えて預金者の情報を回答するという関係にすぎない。 政府が給付金を振り込むための口座を把握するためには、改めて本人から「この口座に振り込んでほしい」という情報を政府に登録してもらう必要がある。今般、この登録の義務化も見送ると決定されたということである。 マイナンバーと銀行口座のひも付けについては、プライバシー侵害を懸念する声があり、義務化を見送ることになったともいわれている。国民が納得するためには、政府による真摯(しんし)な説明が求められているのではないだろうか。マイナンバーの手続きに訪れた住民らで混雑する大阪市・浪速区役所の窓口=2020年5月11日(寺口純平撮影) そもそも、マイナンバー制度が発足したきっかけは、07年に発覚した約5千万件の年金記録が誰のものかが分からなくなった「消えた年金記録」問題だ。氏名や住所だけで登録されている年金記録は、結婚や引っ越しで追跡が困難になり、われわれが支払った年金の記録が存在しない状態になってしまっていたのである。そのため、政府は数千億円をかけて情報を突合(とつごう)したものの、結局、突合できない記録は残ってしまっているといわれている。メリット・デメリットの説明を そのほかにも、情報がバラバラに存在している結果、富裕層の税金逃れや、生活保護などの不正受給、生活保護を必要とする状況を役所が確認できず保護を断られるケースが発生するなどの懸念もある。 今後、少子高齢化が進めば税収の伸びを期待することは難しく、行政コストの削減が待ったなしとなる。税の公平な負担と社会保障の適正な給付も重要性が増す。その切り札として、個人の特定に役立ち、全ての役所で共通する番号であるマイナンバーを導入したのである。 プライバシーの保護を担保する制度としてマイナポータルという政府が開設しているサイトでは、行政機関の間で自分の情報がやりとりされた履歴が閲覧できるようになっている。われわれが政府の情報のやりとりを監視できるシステムが構築されているのである。 もちろん、このようなシステムがあっても情報の不正な取り扱いをすべて防げるわけではないだろう。マイナンバーとひも付けされることにより、情報漏えいが発生したときのプライバシー侵害のリスクも高まる。だからこそ、リスクと導入の目的と効果を政府がきちんと説明し、社会の理解を進める努力をする必要があるのではないか。 例えば、預貯金口座付番は、税務調査や社会保障の資力調査を受けた際に金融機関側で利用されるものだから、税や社会保障の不正を許さないためという目的について説明を尽くすべきであろう。既にFXや証券などの口座については義務化されているのだから、目的と仕組みを説明すれば、義務化することについても比較的理解を得られやすいだろう。 他方、給付金の受取口座を政府に届け出ることは、政府に直接口座番号を知らせることになる点においてプライバシー侵害のリスクが異なる。その主な目的も、税や社会保障の不正防止ではなく行政のコストの削減にある点で、預貯金口座付番とは事情が違う。 これについては、今年の新型コロナ感染症の特別定額給付金を支払う際にかかったコストと、マイナンバーと銀行口座をひも付けできた場合に予想されるコスト削減効果などを定量的に開示したうえで、早く給付金を受け取りたい人だけが任意で行うのか義務化すべきなのかを議論をしていく必要があるのではないだろうか。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 現時点でマイナンバーがどのように使われており、変更するとどのような効果があるのかを、メリット・デメリットを含めて丁寧に説明することが求められているように思われる。

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    GoToたたきに御執心、無責任な野党とメディアが導く「経済死」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 新型コロナウイルスの感染拡大が続き、マスコミや野党などを中心に政府の観光支援事業「GoToトラベル」を悪玉にする「GoToトラベルたたき」というべき現象が起きているが、全く感心しない。 11月22日のTBS系情報番組『サンデーモーニング』では、司会の関口宏氏をはじめ出演者の多くがGoToトラベルをやり玉にあげて、政権批判の気炎をあげていた。 いつものパターンで、元文部科学事務次官の前川喜平氏は「GoToは国民を犠牲にして業界を潤す政策だ」などとツイートしている。サンデーモーニングでも同様のことを出演者が言っていた。 ワイドショーなどでは羽田空港などの3連休の混雑ぶりが映し出された。これについて、感染を避けるために旅行取りやめを検討したが、高額のキャンセル料が発生するので無理だったなどの声が紹介されることで、視聴者は知らないうちに印象誘導されることになる。もちろん誘導される先はGoToトラベルという重要な景気刺激政策への否定的なイメージだ。 GoToトラベルは、新型コロナ危機で落ち込みが極めて厳しい旅客業、飲食部門を再生するために重要な景気刺激政策である。これらの産業は日本経済の中で雇用が多く、また地域経済の要でもある。これを行うことは、今回の新型コロナ危機で苦境に陥っている国民を救う政策としてスジがいい。 GoToトラベルは7月から東京を除いた各地で始まり、10月1日になって東京が新たに対象に加えられた。10月中は東京、全国の大半で大規模な感染拡大は見られていない。利用客らで混雑する羽田空港の出発ロビー=2020年11月21日 感染拡大の気配は11月第1週後半から始まっており、この動きにGoToトラベルが影響していたとしても、直接的とは言えない。GoTo批判が政争の具に 11月1日から入国時の水際対策を緩和したことを典型とする、経済全体の再開本格化の中で始まったと考えた方がいい。GoToトラベル批判は、政権批判したい人たちにとって単なる道具でしかなく、それによって生活を脅かされる人たちはたまったものではない。 手洗い、うがい、マスク着用、そして3密回避などの対応を「具体性がない」という批判をする人がいるが、愚昧な見解である。ワクチン不在の中、これほど具体的な新型コロナ対応策はない。 政府がこうした重要な感染予防を奨励しながら、他方でGoToトラベルを見直すとしても、期間や地域を絞った限定的な停止にすべきだ。そして、これらの状況に応じた運用見直しをいちいち批判するのは賢くない。 なぜなら新型コロナ危機の感染拡大は、どんなタイミングで、どれだけの範囲と規模で起こるか、不確実性が高いからだ。不確実性が極度に高い事象に対しては、朝令暮改は十分「あり」な政策対応だ。 ここでいう不確実性とは、天気予報のように確率を予測できるケースではない。晴れか雨か、はたまた想定外の天候になるか、分からない状況に近い。このようなケースを経済学では「ナイトの不確実性」という。 不確実性が深刻なときには、できるだけ政府は柔軟に方針を見直していくことが肝要である。先ほどの朝令暮改を恐れるな、というのはそうした意味だ。 ちなみに立憲民主党の枝野幸男代表は、GoToトラベル運用見直しを批判して、感染拡大時の対応を決めておくべきだった、と発言している。 立憲民主党の枝野幸男代表は22日、新型コロナウイルス対策の観光支援事業「GoToトラベル」の運用見直しをめぐる政府対応を「泥縄式だ」と批判した。兵庫県明石市で記者会見し「GoToを始める段階で感染拡大時の対応を決めておくべきだった」と準備不足を指摘した。産経ニュース紅葉シーズンのピークで迎えた3連休初日、観光客でにぎわう京都・嵐山の天龍寺=2020年11月21日、京都市右京区(渡辺恭晃撮影) 発言の趣旨は理解できるが、同時に枝野代表は「検査体制の拡充こそが、経済を回し感染拡大を防ぐために必要」だとも言っている。これはさすがに噴飯ものである。「経済死」を避けるには また、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は、拡充は当然だとしながら「感染拡大の防止には役立たない」と切って捨てている。PCR検査などは単に検査するだけであり、感染拡大の防止策そのものではない。 むしろ、GoToトラベル運用見直しで重要になるのは、経済損失が出ると予想される人たちに十分な金銭的補償を行うことだ。感染拡大に備えた医療資源の確保ももちろん重視すべきである。 そのために第2次補正予算で予備費が積みあがっている。そもそも枝野代表ら立憲民主党は、この予備費自体を批判し、用途をがんじがらめにしようとした。そのときの政治的な拘束が強く今も残り、予備費の弾力的な運用に支障が出ているのではないか。 感染拡大を声高に連呼するマスコミの手法にも正直疑問がある。1人の感染者が平均何人にうつしたかを示す指標「実効再生産数」を見ると、11月5日の1・11を底に上昇に転じ、同月12、13日にピークとなる1・42を記録し、それ以後は減少トレンドである。 もちろん、まだ高い水準ではある。だが、どんどん感染が急上昇しているというイメージを抱くのは避けるべきだ。 われわれはできるだけの感染予防に努めながら、それでも経済の再起動を進めていかなくてはならない。そうしなければ「経済死」による犠牲者がますます増えてしまうだろう。 「GoToトラベルの全否定は単なる政権批判のためにする議論でしかない。感染予防に留意しながらも、政府はより積極的な経済政策を採用するべき段階である。記者会見に臨む西村康稔経済再生相=2020年11月21日、東京・永田町(松井英幸撮影) だが、第3次補正予算をめぐる動きが遅い。11月24日の文化放送「おはよう寺ちゃん活動中」の番組中での私のコメントを最後に紹介しておきたい。 「政府から景気刺激の具体策が全く挙がってこない。消費減税、定額給付、公共事業の拡大、持続化給付金の青天井化と言った力強い景気刺激策が全くない。こんなことをやってたら菅政権に対する期待が急速にしぼんでいって政治的な空白状態になる。経済的にも社会的にもまずいと思う」

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    中韓同舟RCEP批判は的外れ、日本の使命は習近平の「オレ様」阻止

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 東アジア地域包括的経済連携(RCEP)に、日本をはじめとする15カ国が署名した。世界経済の3割を占める巨大経済圏の誕生というのが教科書的な見出しかもしれないが、内実はかなり物足りない。 すでに日本が主導的な役割を担っている環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に比べると、関税の撤廃については参加各国の既得権の保護が断然に優遇されていて、10~20年以上の長期にわたっての段階的な引き下げである。だが、中国は、アジア圏での多国間にまたがる「自由貿易」交渉をまとめ上げたと成果を強調するに違いない。それには冷めた対応が必要だと私は思う。日中韓や東南アジア諸国連合(ASEAN)などによる巨大な経済圏の実現を目指す地域的な包括的経済連携(RCEP)交渉の首脳会合が15日、テレビ会議方式で開催され、交渉から離脱したインドを除く15カ国で協定に署名した。参加国全体での関税撤廃率は品目ベースで91%となる。日本にとっては、貿易額が最大の中国、3位の韓国と初めて結ぶ自由貿易協定となり、国内総生産(GDP)の合計、世界人口のそれぞれ約3割を占める巨大経済圏がスタートを切る。産経ニュース 自由貿易交渉の成功の目安とされる90%をクリアしているものの、先進国と新興国と発展途上国が混在する今回の交渉では、実現は長期間にわたり、その進捗(しんちょく)状況の今後は不透明だ。今が売れ時ともいえる電気自動車の部品や蓄電池などでは中国の抵抗が強く、事実上、関税撤廃の効果はない。 また、中国の政治的統治の核心に触れるようなデータ情報の自由化に向けてのルール作りや、国営企業の優遇についても障壁は高いままである。相変わらず自国の裁量の余地を最大限残し、国際的なルールの構築にはまったく不向きな「大国」であることを中国は示しているともいえる。 日本の保守層の中にはRCEPの署名に批判的な人たちがいるが、単に中韓が入る枠組みを感情的に嫌っているようにしか思えない。どこまで実効性があるのか疑問が多いのは確かだが、それでも日本がRCEPに入ることはアジア圏での経済上のルール作りを主導する上で重要だ。オンライン開催されたRCEPの署名式に参加し、各国首脳らが映る画面の脇で手を振るベトナムのグエン・スアン・フック首相(左)=2020年11月15日、ハノイ(VNA=共同) もし日本が加わらなければ、今まで以上に中国の「オレ様ルール」がアジア経済圏で幅を利かせる可能性が高い。日本のRCEPの発効を妨害することは、中国とおまけの韓国を利することにしかならないだろう。菅首相の発言が話題に 今回、菅義偉(すが・よしひで)首相がRCEPの署名に際して、インド太平洋構想に言及するときに使う「自由で開かれた」という文言をつけなかったことも話題になっている。菅首相はRCEPを「自由で公正な経済圏」と表現したのである。 国際政治学の専門家たちの懸念はできるだけ尊重したい。ただ、もともと「自由で開かれたインド太平洋構想」は、対中国の安全保障・経済戦略の言いかえである。今回のように、中国というどんなに譲っても「開放的」とはいえない国、それも日本にとって安全保障上大きなリスクがある国を含む経済連携協定に、「開放性」の修辞を入れるのは無理ではないか。 また「自由」はいいとして、「公正」という言葉を加えたことは、発展途上国を含む東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国への配慮と思われる。 今後の焦点は、TPPに米国とインド、そしてイギリスなどが加入するかどうかである。経済評論家の上念司氏が文化放送「おはよう寺ちゃん活動中」などで指摘しているように、経済でも安全保障でも、日本だけでやることは愚策だ。多国間にまたがる協調、そして同盟の構築が重要である。 特に民主主義の成熟度が近い国々と経済的な相互依存度をますます高めるためにも、米国とイギリスがTPPに参加するように積極的に交渉していくことが重要ではないだろうか。 RCEPの署名を通じて、改めて日本がアジア・環太平洋で直面する安全保障、政治、経済問題に再考の機会が生じるのはいいことだ。 繰り返すが、ポイントは上念氏も指摘するように、中韓を嫌うあまりに安易な日本ファーストに陥らないことだ。中韓をけん制するためにも、同盟国を基軸とした、国際的な場での交渉参加が大切だ。RCEPの首脳会合がテレビ会議方式で開かれ、協定に署名する梶山経産相。左は菅首相=2020年11月15日、首相官邸(内閣広報室提供) RCEP署名の翌日、11月16日には第3四半期(2020年7~9月期)のGDP統計の速報が明らかになった。実質GDPは、年率に換算してプラス21・4%となったこと、そして、その勢いにもかかわらず新型コロナ危機前の水準には戻っていないことが指摘されている。GoToトラベルの効果は 年率換算にすることは、経済の見方を過大にも過小にも誘導してしまう。その問題を抜きにしても、西村康稔経済再生担当相が記者会見で指摘しているように、経済に勢いをつけるだけのマインドの改善になっていないことは明白である。西村康稔経済再生担当相は16日の記者会見で「景気は4、5月を底として持ち直しの動きが続いている」と指摘。ただ、経済はコロナ前の水準を依然下回っているうえ、海外に比べ回復が遅いとされていることなどを挙げ、追加経済対策と今年度第3次補正予算案の編成で、景気の下支えに万全を期す考えを強調した。産経ニュース また、国際比較をしたときに、新型コロナ危機による経済の落ち込みを他の先進国に比べて防いだが、他方で景気回復という観点からは力が弱いことも鮮明である。 この連載でも何度も強調しているように、新型コロナ危機では感染拡大期の経済対策と景気刺激期の経済対策を分けることが重要である。現在は感染拡大に配慮しながら、景気刺激を行う段階のちょうどハイブリッド的な期間、過渡期である。そして、比重はむしろ景気刺激にある。 今回のGDP統計のベースになる家計調査によると、GoToトラベルの政策効果がかなり大きいことが明白だ。パック旅行費は8月が前年同月比87・3%減だったのに対し、9月は同61・4%減。宿泊料は8月の同47・1%減から、9月は同25・7%減だった。新型コロナ危機の前の水準には遠いが、回復効果が明瞭なのも事実だろう。 感染拡大に配慮しながら、GoToトラベルを含むキャンペーン自体の期間延長や対象事業の拡大が必要だ。また、海外の景気回復の戻りが早い国の特徴は、やはり持続的な家計支援にある。日本ではなぜか一律の定額給付金や消費減税の効果を否定する向きがあるが、まったく不可解な考えだ。公共事業の拡大は確実に地方経済と雇用の下支えをするだろう。「GoToトラベル」の対象に東京が追加されて初の週末を迎え、大勢の観光客でにぎわう東京・浅草の仲見世通り=2020年10月3日 ただ、朝日新聞など旧来型のメディアでは、いまだに公共事業たたきの色彩が強いが、これは愚かしい見解でしかない。現状の日本経済には積極的な財政・金融政策でやらなくていいものはほとんどない。「すべてやる」という姿勢で臨むべきだ。

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    進む巨大IT企業包囲網、日本はGoogleに「ノー」と言えるか

    林信行(ITジャーナリスト) 巨大になり過ぎたテクノロジー企業の今後に一石を投じる出来事があった。米司法省が10月20日、インターネット検索大手のグーグル社を反トラスト法(独占禁止法)違反で提訴したのだ。 これは同省が1998年にマイクロソフト社を提訴して以来の、大規模な訴訟になるとみられている。実際、訴状には対マイクロソフトの訴訟への言及もあった。 独禁法は、市場で優越的地位にある企業が、その立場を利用してさらに有利になるように働きかけることを禁じた法律。競合企業にも平等にチャンスを与え、自由競争を促そうという狙いがある。 98年のマイクロソフトの訴訟では、圧倒的シェアを持つパソコン用基本ソフト(OS)「ウィンドウズ」で市場を独占していた同社が、OSとウェブブラウザー(ウェブサイトを閲覧するソフト)をセット提供することで、他のウェブブラウザーに不利な状況を作っていたことを問題としていた。12年続いた訴訟は、2011年に両者の和解という形で終結した。 今回の提訴では、インターネット検索や、検索したときに出てくる広告においてグーグルが独占的立場を築き、他社の参入を阻害していることが問題だとされている。 実は、9月のはじめには米紙ニューヨーク・タイムズがこの提訴の動きをつかんでいた。他の判事たちがまだ訴状が煮詰まっていないと反対する中、ウィリアム・バー米司法長官が押し切って提訴に踏み切ると報じられ、ドナルド・トランプ大統領による選挙戦に向けたパフォーマンスだと指摘された。 トランプ氏の支持層には、衰退が続く産業に従事している人も多い。そのため、グーグルのように成功したIT企業は、トランプ政権からしばしば「仮想敵」に仕立て上げられてきた。ワシントンにある米司法省の建物=2020年10月(AP=共同) ただ、巨大IT企業の側にも問題がないわけではない。欧州連合(EU)の行政執行機関である欧州委員会は、再三にわたって、独禁法に相当するEU競争法違反でグーグルを訴えている。1000億円超えの制裁金 同委員会は2017年、買い物検索サービスにおいて、「グーグルショッピング」を競合サイトよりも優遇して表示していたとして24億ユーロ(約3千億円)の制裁金を科した。18年には自社のアプリストアをプリインストール(端末を購入した時点で使えるようにする措置)する見返りに、検索アプリやブラウザーの「抱き合わせ搭載」をアンドロイドOSのスマートフォンメーカーに求めたとして制裁金43億4千万ユーロ(約5400億円)を、19年には広告サービス「アドセンス」で他社を排除する制約を設けたとして、制裁金14億9千万ユーロ(1800億円)を科している。 今年は、健康機器メーカーのフィットビット社をグーグルが買収することが同法に抵触しないかが調査されている。フィットビットは心拍数などを計測する腕時計型端末などを販売しており、健康に関するデータがインターネット広告に使われるとグーグルの立場がさらに強まると懸念された。12月9日までに結論が出る予定だ。 こうした対応とは反対に、米国、特にIT産業が活発なシリコンバレーを有するカリフォルニア州は、テクノロジー企業への規制を緩めることでイノベーションを促進してきた。パソコンやスマホのOSや検索サービス、EC(電子商取引)やソーシャルメディアなど、IT基盤を担う巨大企業を生み出すことで自らも繁栄してきた部分があり、テクノロジー企業に対する寛容度が高過ぎるという指摘も受けていた。 シリコンバレーの大手企業の弊害に対して毅然(きぜん)と立ち向かい続けてきたのが、フランスのエマニュエル・マクロン大統領だろう。「Tech for Good(善良なるテクノロジー)」を掲げるフランスのテクノロジー系イベント「VIVA TECHNOLOGY」に登壇しては、シリコンバレー企業が政治や市場経済にもたらす悪影響を糾弾した。 昨年の同イベントで、壇上に招かれたフランスの事業者が「トマト1個の値段までアマゾンが決める今の状況をなんとかしてほしい」と訴えると、米国のECサイトのやり方がいかに環境への負荷が大きいかを国民に知ってもらうと述べ、法の抜け穴を利用して有利に事業をしてきたシリコンバレー企業に対してしっかり課税をすることでバランスを取ると宣言。実際に行動に移した。 同年にはカナダのジャスティン・トルドー首相も参加し、選挙期間中、海外資本の企業がソーシャルメディアなどで広告を出すことを問題視して、カナダでは禁止する方針を示している。 今日、世界中の人々の生活や仕事は、デジタルテクノロジーなしでは成り立たない。しかし、テクノロジーの根幹であるOSからインターネットの接続、検索サービス、ソーシャルメディア、商品やサービスの売買まで、基盤のほとんどはシリコンバレー企業によって押さえられてしまっている。例外は独自路線を貫く中国ぐらいだ。 ただ、若い2人、マクロン大統領とトルドー首相の姿勢は、巨大IT企業の基盤技術をそのまま受け入れる必要がないことに気付かせてくれる。自国の利益が奪われていないか一つ一つ吟味し、変えてもらう必要がある箇所は国として堂々とルール変更を要求すればいいのである。 最近では米国内でも、成長し過ぎたシリコンバレー企業が分断を広げていることが改めて議論されている。カリフォルニア州とアラバマ州を除くすべての州は19年9月、グーグルの広告事業が独禁法に違反していないか調査を開始しており、今年7月にカリフォルニア州もその調査に加わった。巨大IT企業への警戒感は徐々に強まっている。「VIVA TECHNOLOGY」で中小の事業者と語り合うマクロン仏大統領=2019年5月、パリ(筆者提供) マイクロソフトの訴訟では、連邦地裁が求めたように会社が2社に分割されることは起きなかったが、マイクロソフトのさまざまな計画が他社に対してフェアになるような方向修正が行われた。 そういう意味では、米国大手IT企業がアグレッシブな行動をとりにくいこれからの時期は、他の事業者にとってチャンスと言えるのかもしれない。

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    バイデンの試金石、世界の脅威「巨龍中国」との覇権争いに勝てるか

    小倉正男(経済ジャーナリスト) またしても「ラストベルト」(錆びた工業地帯)が米大統領選の趨勢を決めた。 ラストベルトとは、ウィスコンシン、ミシガン、ペンシルベニアなどの各州だが、製鉄、自動車関連など旧来型製造業が集積している。少し前までは「基幹産業」といわれた分野が広く分布し、雇用でいえば多くの人的集約型ジョブをもたらしていた。 今回の大統領選でも世論調査、メディア、識者たちの見方では、民主党のバイデン前副大統領が圧倒的優勢とされていた。支持率などを含めて党派制やイデオロギーが混入した事前情報であり、まったく当てにならなかった。結果は文字通りの大接戦、とりわけ最後の最後までというか、いまだ揉めているのがラストベルトを中核とする票である。 2016年の前回大統領選では、「ラストベルトがトランプを大統領にした」といわれている。ラストベルトは、もともとは労働組合が強いところで歴史的に民主党の地盤とされてきた。しかし、16年は事前予測とは逆に共和党のトランプ氏がラストベルトで圧倒的な勝利を収めた。大逆転でトランプ氏を大統領の座に押し上げたのはまさしくラストベルトだった。 民主党にとってそれは想定を超えるものだった。問題は、「グローバリゼーション」に対する皮膚感覚だった。ラストベルトの中産階級、労働者にとっては、グローバリゼーションとは自分たちのジョブを奪う規範だった。 ラストベルトは、グローバリゼーションを当然のものと受け入れている民主党からは見捨てられた地域だった。民主党では左派のサンダース氏(上院議員)が反グローバリゼーションなのだが、民主党をリードするものではなかった。「アメリカファースト」、一国主義で中国が米国のジョブを盗んだと唱えるトランプ氏なら、ラストベルトにジョブを戻してくれると投票したわけである。 だが、今回は、ラストベルトはどの州も極めて僅差ながらバイデン氏への支持が上回った。ラストベルトは前回と違ってトランプ氏ではなくバイデン氏に勝利をもたらした。 トランプ氏の敗因としては、やはり新型コロナ感染症を甘くみたことが大きい。自ら感染したのが象徴的である。新型コロナの抑え込みに失敗したといわなければならない。トランプ米大統領の新型コロナウイルス感染を伝える大型モニター=2020年10月2日、東京都内(AP=共同) また、トランプ氏は、マスク着用などをことさら軽視し、新型コロナの感染拡大を許した。米国は、コロナ感染による死者は23万人超、感染者は960万人を上回っている。インド、ブラジルを超えて世界断トツだ。コロナが蔓延すれば、経済が停止しジョブが失われる。持てなかったトランプ再選の熱意 先に記したが、ラストベルトは僅差ではあるものの、軒並みバイデン氏が勝利した。これは旧来型製造業の人的集約型ジョブを米国に戻すことの困難さを示している。 そもそも世界のサプライチェーンを中国が占めており、米国の製造業が世界市場での競争から生き残るのは至難だった。オバマ氏が大統領、ヒラリー・クリントン氏が国務長官を務めるなどしていた時代に民主党が支持したグローバリゼーションは、中国に旧来型製造業のジョブと所得が移転することを黙認するものだった。ラストベルトの製造業は、人的集約型から脱して進化するしか生き残りの道はなく、労働者たちはジョブを失った。 トランプ氏は、一国主義を掲げて反グローバリゼーションを標榜した。中国は、米国の資本、技術、雇用などの富を盗んでいると「米中貿易戦争」をひたすら激化させ、中国に高関税を課した。しかし、それでもラストベルトに旧来型のジョブが戻ることはなかった。トランプ氏は、ラストベルトの中産階級のポケットを膨らますことを実現できなかった。 そうした要因が大統領候補の2人にとって、ラストベルトでの明暗を僅差で分けた。前回は、反グローバリゼーションのトランプ氏が支持された。だが、今回はお題目ではなく、ジョブが現実に戻らないなら、トランプ氏を再選させる熱意を持てない。 バイデン氏の大統領就任が確実になったことで「お前(トランプ氏)はクビだ」と全米はお祭り騒ぎである。だが、米国はそれどころではない。国内総生産(GDP)では、中国は米国のそれの7割弱のところまで膨張してきている。中国は虎視眈々とGDPで米国に肩を並べる勢いを示している。ちなみに中国はGDPで日本の3倍の規模を獲得している。 しかも、中国は新型コロナの発生源であるにもかかわらず、武漢封鎖など強権で新型コロナ抑え込みに成功している。中国はすでに経済を再スタートさせている。日本国内の電子部品・工作機械関連産業筋などは「中国経済の復活は本物だ」と声をそろえている。中国はいち早く新型コロナ禍から立ち直りをみせている。 米国は、大統領選のお祭り騒ぎを引きずって新型コロナ感染をさらに拡大するとしたら経済の混乱に拍車をかけるようなものである。新型コロナの抑え込み、大統領選の混乱など見ていても、米国は衰退の兆しが否定できない。ボヤボヤしていれば、世界の覇権は中国・習近平国家主席の思惑通りになりかねないことを見失ってはならない。 問題はバイデン氏の中国に対する政策である。オバマ政権当時、中国に対して融和政策をとったが、バイデン氏もその一翼を担ってきた。いまではバイデン氏も民主党も当時とは異なり、中国の覇権主義には強い警戒感を持っているといわれている。先祖返りで中国への融和政策に転じる懸念がなくもないが、香港、ウイグルなどの人権問題では強硬な方針を打ち出すとみられる。米大統領選で勝利を確実にしたバイデン前副大統領(左)と中国の習近平国家主席=2013年12月、北京(ロイター=共同) 経済ではITなど先端テクノロジー分野を含めて経済安全保障に関連する産業分野で、米中のデカップリング(切り離し)が進められるとみられる。中国としては、人権問題に加えて先端テクノロジー分野でデカップリングが進めば、米国経済を追い抜くという野望の大きな阻害要因になるのは間違いない。楽観できない「バイデン新大統領」 日本の経済界も先端テクノロジー分野を含めて安全保障に関わるデカップリングは受け入れている。ただ、デカップリングの範囲がさらに拡大することになれば軋みが出かねない。 経済界は一般にイデオロギーよりも売り上げ、利益というところが眼目であり、背に腹は代えられないという現実を抱えている。経済界では、「米中軋轢には日本はうまく立ち回って」という声が出ている。しかし、「うまく立ち回れる」といった保証はまったくない。 経済界がもう一つ抱えているのは、中国の巨大市場を捨てられないという現実だ。中国の14億人という巨大な人口もそうだが、1億人を超える金持ち層の存在がマーケットの魅力になっている。「中国のマーケットはまだ成熟しておらず、消費、贅沢に貪欲だ。米国のマーケットが成熟してきているのとは好対照だ」。製造業、サービス産業の経営者筋たちは、中国市場と米国市場の現状の違いをストレートに語っている。 中国の王毅外相が、「中国のマーケットを捨てられるか」と開き直った発言をしたことがある。確かに、新型コロナ禍に苦しむ日本の経済界にとっては、ここは急所だ。 ドイツなどが米国と少し距離を置いて、中国との関係見直しについては旗幟を鮮明にしていない。これはメルケル首相とトランプ氏の相性が悪いからということではない。ドイツ企業が中国マーケットで収益を享受している。それがメルケル首相を逡巡させている。 新大統領となるバイデン氏に求めたいのは、中国の追走を再び大きく引き離すような米国経済のダイナミズム再生に取り組んでほしいということだ。 かつて米国マーケットは世界断トツで、日本の家電製品、自動車などを成長させてくれた豊かさやおおらかさがあった。「GAFA」というイノベーションを伴った巨大ビジネスを創造したのも米国にほかならない。世界の尊敬や憧れはそうした懐の深い米国にあった。 20世紀は、世界がドイツとどう調和するのか、ドイツが世界とどう調和するのかという100年だったといわれている。現時点はおそらく世界と中国がどう調和するかという時代といえるかもしれない。米デラウェア州ウィルミントンで勝利宣言した民主党のバイデン前副大統領とジル夫人=2020年11月7日(ロイター=共同) 米国経済のダイナミズムを再生することで一党独裁国家である中国の凄まじい世界覇権に歯止めをかける必要がある。米国は衰退から再生を繰り返しながら世界経済をリードしてきた。「バイデン新大統領」の先行きはそう楽観できるものではなさそうだが、ともあれ米国経済のダイナミズム復活に期待したいものである。

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    「命を重んじるバイデン」朝日新聞が見向きもしないトランプの功績

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 米国の大統領選は日本でも大きな注目を集めた。主要メディアは、次期大統領として民主党候補のジョー・バイデン前副大統領の当確を伝え、各国首脳の多くがバイデン氏に会員制交流サイト(SNS)などを利用して祝意を伝えた。 菅義偉(すが・よしひで)首相はツイッターを使い、日本語と英語で、バイデン氏と女性初の副大統領になる見込みのカマラ・ハリス氏にメッセージを送った。それは、短くともポイントを押さえたものになっていた。ジョー・バイデン氏及びカマラ・ハリス氏に心よりお祝い申し上げます。日米同盟をさらに強固なものとするために,また,インド太平洋地域及び世界の平和,自由及び繁栄を確保するために,ともに取り組んでいくことを楽しみにしております。菅首相の公式ツイッター 特に「インド太平洋地域」が入っていることに注意したい。オーストラリアのモリソン首相やニュージーランドのアーダーン首相も同じように「インド太平洋地域」の安全保障に期待する旨をバイデン氏に伝えている。 来年始動するであろうバイデン政権は不確実性を抱える。その一つが、不透明な対アジア戦略だ。要するに中国にどう向き合うのかという問題である。 トランプ政権は日本、米国、オーストラリア、インドの4カ国を軸にした「インド太平洋構想」を採用している。アジア圏には、欧米の北大西洋条約機構(NATO)のような、多国間の集団安全保障体制は構築されていない。それに代わるものとして、中国の覇権に抗することを狙いとしている構想である。当選確実となったバイデン氏との今後の日米関係について記者団の取材に応じる菅義偉首相=2020年11月9日、首相官邸(春名中撮影) 菅首相やモリソン首相らがこの「インド太平洋地域」をわざわざ文言に入れたのは、この構想へのコミットメントを明瞭にしていないバイデン氏へのシグナルだろう。もちろん、この「インド太平洋構想」は、中国の「一帯一路」構想に政治経済面で対抗する意味もある。米国、TPP復帰は 経済面では、米国を除く11カ国による環太平洋戦略的経済連携協定(TPP11)がその要だ。トランプ政権で米国はTPPから離脱した。TPPを主導したオバマ政権同様に、バイデン政権が復帰するのかどうか、またどの段階で復帰するかが重要になる。 日本はTPP11を主導した経験を活用し、さらにこの自由貿易圏にイギリス、インドを加盟させるべく努力しなければならない。米国の論者には、米国がTPPに復帰しないまま、中国が現状の加盟条件が緩いことを狙ってTPPに入ることを警戒する意見もある。 実際に、今年5月に中国の李克強首相は、TPPへの参加意思を記者会見で問われ、その可能性を否定しなかった。 中国は自国への資本投資の自由化を行っていない。そのため財、サービスの貿易自由化だけではなく、また投資の自由化を目的とするTPPには乗れないのではないか、という見方が一般的だった。 しかし、李首相の発言は、米国がいないすきを狙ってTPPになんとか加入し、この経済圏でも政治的影響力を強めたい考えがあるのかもしれない。バイデン氏は中国に対するデカップリング(切り離し)を見直すのか、それとも促進するのか。そこに、米国のTPP再加入、そしてTPPを重要な経済面の核として持つ「インド太平洋構想」の成否がかかっている。 日本の保守層は、バイデン政権が中国に融和的な態度を採用するのではないか、と警戒感を強めている。それはバイデン氏が副大統領を務めたオバマ政権が、中国に対してとった弱腰の態度に起因する。 だが、米国内の専門家たちの多くは、オバマ政権と現在では米国の世論、そして議会の中国に対する態度が、まるで違う厳しいものになったとしている。米デラウェア州ウィルミントンで勝利宣言した民主党のバイデン前副大統領(右)とハリス上院議員=2020年11月7日(AP=共同) カート・M・キャンベル元米国務次官補とミラ・ラップ=フーパー外交問題評議会シニアフェローは、米外交問題評議会が発行するフォーリン・アフェアーズ・リポート(2020年8月号)の論説「外交的自制をかなぐり捨てた中国――覇権の時を待つ北京」の中で、米国内の意見の変化は、中国の外交姿勢が露骨なほどの対外覇権に転じたことにあると指摘した。経済が守る命、人権 例えば、中国がオーストラリア産大麦に追加関税をかけるなどの措置をとったことは、オーストラリアが新型コロナウイルスの発生源の調査を中国に要求したことに対する「貿易制裁」ではないかと指摘されている。さらに、中国の関与が疑われるオーストラリアへのサイバー攻撃や、度重なる威圧的警告を北京は発している。サイバー情報活動の専門家らはしばらく前から、オーストラリアで起きたハッキングは中国と関連があるとしている。彼らは中国について、ロシア、イラン、北朝鮮などと共に、こうした攻撃を仕掛ける能力をもち、オーストラリアとは同盟関係にない数少ない国の1つだと説明している。BBCニュース キャンベルとフーパーの論説では、この中国の外交的頑迷さ、対外リスク回避の放棄ともいえる姿勢は、中国の指導体制が習近平国家主席に集中している結果だとしている。つまり、中国の集団指導体制から「習強権体制」への移行である。 中国の「独裁制」のリスクを世界に明らかにしたのは、トランプ政権の「遺産」でもあるだろう。日本のマスコミの多く、特に朝日新聞的な報道やワイドショーなどでは、トランプ大統領が人権を軽視し、経済を重視するというイメージを流布しようと必死である。 しかし、トランプ大統領の最大の功績に、武力や経済力で他国を脅し、香港やウイグル自治区などで人権弾圧を繰り返す中国のやり口に、国際社会が関心を持つ機会を作ったことが挙げられる。これは最大の「人権」的貢献だろう。 だが、日本ではワイドショー的な「経済のトランプVS人権のバイデン」のような、安易で薄っぺらい二元論で考える人も多い。まさにテレビの見過ぎの、思考停止タイプでしかない。 新政権になっても対中強硬姿勢は変わらず、場合によればトランプ政権よりも日本など同盟諸国を巻き込んで、より積極的に行動するという見立てをする人たちも多い。今のところまだ不透明感が強く、この対中姿勢は日本国民にとっても極めて重要な問題だけに、今後の動きに注意しなければならない。 朝日新聞も米大統領選の記事で、トランプ大統領とバイデン氏を比較して、バイデン氏を「命を重んじる」と評価していた。これほど愚かしいレッテル貼りはない。日本のワイドショーなどで「経済のトランプVS人権のバイデン」という安直な図式を採用しているのも、この朝日新聞的な二元論と同根だろう。 その根深いところには、日本型リベラルや左翼に共通する「経済問題は人権問題ではない」という偏見がある。だが、トランプ大統領が政策の根幹に据えた雇用確保は、まさに人の生活面、そして社会的地位の安定などを通じて、人の命と権利を保障するものだった。おそらく、バイデン氏もこのことに異論を唱えないだろう。米ワシントンのホワイトハウスで演説する共和党のトランプ大統領=2020年11月5日(ゲッティ=共同) 日本のワイドショーや朝日新聞的なるものに感化された人たちを中心に、経済と人権は対立関係にあるという妄信がはびこっている。そして、経済よりも人権を重視することこそ素晴らしいと褒めたたえ、経済問題の軽視を誘発しているのだろう。経済の見方もそうだが、人権意識の見方についてもお粗末だとしか言えない。

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    成果主義?解雇されやすい?思い込みが煽る「ジョブ型雇用」不安

    濱口桂一郎(労働政策研究・研修機構研究所長) 経団連は今年1月に公表した『2020年版経営労働政策特別委員会報告』で、職務(ジョブ)を明確にした雇用制度「ジョブ型雇用」を打ち出した。新型コロナウイルス禍でテレワークが急増し、テレワークがうまくいかないのは日本的な「メンバーシップ型」のせいだ、今こそジョブ型に転換すべきだという声がマスコミやネットでわき上がっている。 日本型雇用システムの特徴を、欧米やアジア諸国のジョブ型と対比させて「メンバーシップ型」と名付けたのは私自身であるが、昨今のジョブ型という言葉の氾濫には眉をひそめざるを得ない。 というのも、最近マスコミにあふれるジョブ型論のほとんどは一知半解で、言葉を振り回しているだけだからだ。ここでは、その中でも特に目に余る2つのタイプを批判しておきたい。 1つ目は特に日経新聞の記事で繰り返し語られる、労働時間ではなく成果で評価するのがジョブ型だという議論だ。あまりにも頻繁に紙面でお目にかかるため、そう思い込んでいる人が実に多いのだが、これは9割方ウソである。 ジョブ型であれメンバーシップ型であれ、ハイエンドの仕事になれるほど仕事ぶりを評価されるし、ミドルから下の方になるほど評価されなくなる。それは共通だが、そのレベルが違う。 多くの人の理解とは逆に、ジョブ型社会では一部の労働者を除けば仕事ぶりを評価されないのに対し、メンバーシップ型では末端のヒラ社員に至るまで評価の対象となる。そこが最大の違いである。 ジョブ型とはどういうことかを基礎まで戻って考えれば当たり前の話だ。ジョブ型とは、最初にジョブがあり、そこにジョブを遂行できる人材をはめ込む。人材の評価は事前に行われるのであって、後は担当のジョブをきちんと遂行できているかだけを確認すればよい。 多くのジョブは、その遂行の度合いを細かく評価するようにはなっていない。仕事内容などを明記した職務記述書(ジョブディスクリプション)に書かれた任務を遂行できたかどうかが焦点であり、できていれば定められた価格(賃金)を払うだけである。これがジョブ型の大原則であって、そもそも普通のジョブに成果主義などは馴染まない。会見する経団連の中西宏明会長=2020年9月、東京都千代田区 例外的に、経営層に近いハイエンドのジョブになればジョブディスクリプションが広範かつ曖昧であって、仕事ができているか否かの判断がしにくく、成果を細かく評価されるようになる。これが多くのマスコミや評論が想定する成果主義であろうが、それをもってジョブ型の典型とみなすことはできない。米国の大学がすべてハーバード大並みの教育をしていると思い込むこと以上に現実離れしている。「能力」が示すもの これに対し、日本のメンバーシップ型においては、欧米の同レベルの労働者が評価対象ではないのと正反対に、末端のヒラ社員に至るまで事細かな評価の対象になる。ただし、そもそもジョブ型ではないので、入社時も入社後もジョブのスキルで評価されるわけではない。 では、彼らは何を基準に評価されているのかというと、日本の会社に生きる社員諸氏は重々承知のように、日本的な意味における「能力」を評価され、「意欲」を評価されているのである。 人事労務用語で言えば能力考課であり、情意考課である。このうち「能力」という言葉は要注意であって、いかなる意味でも具体的なジョブのスキルという意味ではない。社内で「あいつはできる」というときの「できる」であり、潜在能力、人間力等々を意味する。 情意考課の対象である「意欲」は、要は「やる気」であるが、往々にして深夜まで居残って熱心に仕事をしている姿がその徴表として評価されがちである。また、業績考課という項目もあるが、集団で仕事を遂行する日本的な職場では一人一人の業績を区分けすることも難しい。つまり、成果主義は困難である。 このように、ハイエンドではない多くの労働者層を見れば、ジョブ型よりもメンバーシップ型の方が圧倒的に人を評価しているのだが、その評価の中身が「能力」や「意欲」に偏り、「成果」による評価が乏しいということである。 問題は、この中くらいから末端に至るレベルの労働者向けの評価スタイルが、それよりも上位に位置する人々、経営者に近い側の人々に対しても適用されてしまいがちだということであろう。 ジョブ型社会でのカウンターパートに当たる米国などの労働者「エグゼンプト」は、ジョブディスクリプションに書かれていることさえちゃんとやっていれば安泰な一般労働者とは大きく事情が異なり、成果を厳しく評価されている。日本の管理職はぬるま湯に安住しているという批判はここからくる。 そしてその際、情意考課で安易に用いられがちな「意欲」の徴表としての長時間労働がやり玉に挙がり、労働時間ではなく成果で評価するのがジョブ型だという、日経新聞でお目にかかる千編一律のスローガンが生み出されるというわけだ。 ハイエンドの人々は厳しく成果で評価されるべきであろう。その意味で「9割方ウソ」の残り1割は本当だと認められる。しかし、そういう人はジョブ型社会でも一握りにすぎない。 ジョブ型社会の典型的な労働者像はそれとはまったく異なる。もし、ジョブ型社会では皆、少なくともメンバーシップ社会で「能力」や「意欲」を評価されている末端のヒラ社員と同じレベルの労働者までが成果主義で厳しく査定されるというのであれば、それは明らかな誤解であると言わなければならない。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) ジョブ型とメンバーシップ型の違いは、そんなところには全くない。「始めにジョブありき」が最初であり最後、ジョブ型のすべてである。ジョブディスクリプションに具体的内容が明示されたジョブが存在し、それぞれに、ほぼ固定された価格が付けられている。その上で人材を募集し、スキルを有する人間が応募する。ジョブインタビュー(面接)を通じて現場管理者が応募者を採用すれば、実際に就労してジョブを遂行できるかどうか確認し、賃金が支払われる。多く場合、ジョブ型とはこれに尽きるのである。ジョブ型は解雇されやすい? もう一点、ジョブ型になれば解雇されやすくなるという趣旨の議論が推進派、反対派の双方で見られる。以前、出席した政府の規制改革会議でも、そのような質問を受けた。最近では東京新聞に解雇しやすいとジョブ型の導入に警鐘を鳴らす記事が掲載された。 東京新聞(電子版)9月28日付の記事のイラストでは、日本型雇用の欄には「解雇規制あり」と書かれ、裁判官が「解雇ダメ」と宣告している一方、ジョブ型雇用の欄には「職務がなくなれば解雇」「能力不足でも解雇」と書かれていた。ジョブ型の推進派も反対派も同じようなメッセージを発しているだけに、そう思い込んでいる向きも多いのだが、これも8割方ウソである。 「始めにジョブありき」のジョブ型は、日本を除く多くの国々で行われている。そのうち、ほとんどすべての国で解雇規制がある。どんな理由でも、あるいは理由なんかなくても解雇が自由とされているのは米国くらいである。 確かに米国という国の存在感は大きい。だからといって、ジョブ型を取り入れている他の諸国を無視して「解雇自由」がジョブ型の特徴だなどと主張するのは、嘘偽りも甚だしい。米国以外のジョブ型の諸国と日本は、解雇規制があるという点で共通している。 解雇規制とは解雇禁止ではない。正当な理由のない解雇がダメなのであって、裏返して言えば、正当な理由のある解雇は問題なく有効なのである。その点でも共通である。 ただ、もしそれだけであれば、8割方ウソでは済まない。99%ウソと言うべきところだろう。実は、解雇については、法律で解雇をどの程度規制しているのかということだけではなく、雇用システムの在り方が大きな影響を及ぼしている。ある側面に着目すれば確かに、ジョブ型ではより容易な解雇がメンバーシップ型ではより困難になるという傾向はあるのだ。 これは単純化すると大間違いをしかねない点であり、腑分けして議論をしていかねばならない。この腑分けを怠った議論が世間に氾濫しているのが現状だ。 話が混乱したときは基礎の基礎に立ち返るのが一番である。繰り返しになるが、ジョブ型とは始めにジョブありきで、そこに人をはめ込むものだ。従って、労使いずれの側も、一方的に雇用契約の中身を書き換えることはできない。つまり、従事すべきジョブを変えることはできない。定期的な人事異動が当たり前で、仕事とは会社の命令でいくらでも変わるものだと心得ている日本人が理解していないのが、この点である。 例えば、借家契約が家屋という具体的な物件についての賃貸借契約であって、「大家といえば親も同然、店子(たなこ)といえば子も同然」という人間関係を設定する契約ではないように、雇用契約もジョブという客観的に存在する「物件」についての「労働力貸借契約」なのである。具体的なジョブを離れた会社と労働者の人間関係を設定する契約ではないのだ。 大家が借家を廃止して、その土地を再開発してマンションを建てると言われれば、少なくともその借家契約は終わるのが当たり前である。同様に、会社が事業を再編成して、ジョブを廃止するとなれば、その雇用契約は終わることになる。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 大家には、別の借家に住まわせる義務があるわけではなく、店子の方もそれを要求する権利を持たない。同じように、廃止されるジョブに従事していた人を別のジョブにはめ込む義務が会社にあるわけではないし、労働者もそれを要求する権利を持たない。もちろん、借家の場合でも新しい借家を探す間は元の家に住まわせろとか、その間の家賃は免除しろとか、さまざまな配慮は必要だが、原理原則からすればそういうことである。「リストラ」の意味 これが正確な意味でのリストラ(再構築)だ。解雇を規制している圧倒的大部分のジョブ型社会において、最も正当な理由のある解雇とみなされるのが、この種の解雇である。日本人にとって理解しがたいのは、日本では最も許しがたい解雇であり、極悪非道の極致とさえ思われているリストラが、最も正当な理由のある解雇であるという点であろう。ここが、ジョブ型の本質を理解できるかどうかの分かれ目である。 日本ではリストラという言葉が、会社にとって使えない社員をいかに追い出すかという意味で使われる傾向がある。というよりも、雇用契約で職務が限定されていないメンバーシップ型社員にとっては、会社の中に何らかの仕事があれば、そこに配置転換される可能性を有しているのに、それを無視して解雇しようというのは許しがたい悪行だとなるのは必然的な論理的帰結である。言い換えれば、会社が縮小して、労働者の排除が不可避的という状況にならない限り、リストラが正当化されるのは難しいということになる。 正当な理由のある解雇は良い、正当な理由のない解雇はダメ、というまったく同じ規範の下にありながら、ジョブ型社会とメンバーシップ型社会がリストラに対して対極的な姿を示すのは、こういうメカニズムによるものであって、それを解雇規制の有無で論じるのはまったくミスリーディングということになる。 もう少し複雑で、慎重な手つきで分析する必要があるのが「能力不足でも解雇」という問題だ。雇用契約でジョブが固定されている以上、そのジョブのスキルが求められる水準に達していなければ、解雇の正当な理由になることは間違いない。 ここでも基礎の基礎に立ち返って、ジョブ型の採用・就労を弁(わきまえ)えた上で議論をしないといけない。多くの人々は、ジョブ型社会ではあり得ないメンバーシップ型社会の常識を無意識裏に混入させて、能力不足を理由に解雇し放題であるかのように思い込んでいる。 まずは、上司や先輩がビシビシ鍛えていくことを前提に、スキルのない若者を新卒で一括採用する日本の常識を捨てなければならない。メンバーシップ型社会における「能力不足」とは、いかなる意味でも特定のジョブのスキルが足りないという意味ではない。上司や先輩が鍛えても能力が上がらない、あるいはやる気がないといった、まさに能力考課、情意考課で低く評価されるような意味での、極めて特殊な、日本以外では到底通じないような「能力不足」である。 そういう「能力不足」に対しては、日本の裁判所は、丁寧に教育訓練を施し、能力を開花させ、発揮できるようにしろと要求している。しかしそれは、メンバーシップ型自体の中にすでに含まれている規範なのだ。それゆえに、正当な理由のない解雇はダメという普遍的な規範が、メンバーシップ型の下でそのように解釈されざるを得ないのである。 ジョブ型社会においては、ジョブという枠に、ジョブを遂行する能力がある人間をはめ込むのだから、「能力不足」か否かが問題になるのは採用後の一定期間に限られる。ジョブインタビューでは「できます」と言っていたのに、実際に採用して仕事をさせてみたら全然できないじゃないか、というような場合だ。 そういうとき、さっさと解雇できるようにするために試用期間という制度がある。逆に、試用期間を超えて長年そのジョブをやらせ、5年も10年もたってから「能力不足」だ、などと言いがかりを付けても認められる可能性はほとんどないと考えられる。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) こういう話をすると「いやいや、5年も10年も経てば、もっと上の難しい仕事をしているはずだから、その仕事に『能力不足』ということはありうるんじゃないか」と言う人もいるだろう。そのこと自体が、メンバーシップ型の常識にどっぷり浸かって、ジョブ型を理解していないということである。 5年後、10年後に、採用されたジョブとは別のジョブに就いているとしたら、それは社内外の人材を求めるジョブの公募に応募して採用されたからである。ジョブ型社会においては、社外から社内のジョブに採用されるのも、社内から社内の別のジョブに採用されるのも、本質的には同じことだ。今までのジョブをこなせていた人が、新たなジョブでは「能力不足」と判断されることは十分あり得る。その場合、解雇の正当性があるとはいえ、低いジョブに戻ってもらうのが一般的だろう。実は古い「ジョブ型雇用」 ジョブ単位で考えれば一種の「解雇プラス再雇用」と言えなくもない。ジョブごとに価格が設定されているのだから、日本流にいえば降格賃下げということになるが、それが不当だなどという発想は出るはずもない。 以上が、解雇規制という規範は同じだが、雇用システムの違いによって解雇しやすさ、されやすさに差が出てくるという話だ。それでも、メンバーシップ型との比較において、ジョブ型の方が解雇されやすくなるというのは正しいのではないか、という意見が出てくるかもしれない。それは半分正しいが、残りの半分は正しくない。 なぜなら、日本のメンバーシップ型社会では、ジョブ型社会におけるジョブと同じくらい重要な地位をメンバーシップが占めており、会社の一員としての忠誠心を揺るがすような行為に対しては、ジョブ型社会では信じられないくらい厳格な判断が下されるのである。 解雇規制のあるジョブ型社会の人々に、日本の解雇に関する判例を説明すれば、「リストラ」に対する異常なまでの厳格さと並んで、企業への忠誠心に疑問を抱かせる行為をした労働者に対する懲戒解雇への極めて寛容な態度に驚くだろう。 何しろ日本の最高裁は、残業命令を拒否し始末書の提出も拒んだ労働者の懲戒解雇も、高齢の母と保育士の妻と2歳児を抱えた男性労働者に神戸から名古屋への遠距離配転を命じ、拒否したことを理由とする懲戒解雇も、有効と認めている。日本とヨーロッパ諸国のどちらが解雇規制が厳しいか緩いかは、そう単純に答えが出る話ではないのである。 最後に、最近の浮ついたジョブ型論が共通に示している、ある傾向を指摘しておきたい。それは、ジョブ型とメンバーシップ型は現実に存在する雇用システムを分類する学術的概念であり、良し悪しの価値判断とは独立しているにもかかわらず、あたかも「これからのあるべき姿」を売り込むための商売ネタとでも心得ているかのような態度である。 日本人は「これが新しいんだ」と言われると、称賛されているように受け取る傾向が強いが、そういう意味で言えばジョブ型は全然新しくない。むしろ産業革命以来、先進産業社会における企業組織の基本構造は一貫してジョブ型であったので、戦後日本で拡大したメンバーシップ型の方がずっと新しい。 1970年代後半から90年代前半までの約20年間、日本独特のメンバーシップ型の雇用システムが、日本経済の競争力の源泉だとして持て囃された。ほんの四半世紀前のことである。21世紀になり、日本経済の競争力がつるべ落としのように落ちていく中で、かつて日本型システムを礼賛していた多くの評論家諸氏が手のひらを返したかのごとく、日本型システムを批判し始めたのも、ついこの間のことである。 今からちょうど35年前の1985年、日本型システムへの礼賛の声が世界中に広がっていた頃、雇用職業総合研究所がマイクロエレクトロニクス(微細電子工学、ME)と労働に関する国際シンポジウムを開催した。その場で当時、同研究所の所長であった氏原正治郎はこう述べた。 「一般に技術と人間労働の組み合わせについては大別して2つの考え方があり、1つは職務をリジッドに細分化し、それぞれの専門の労働者を割り当てる考え方であり、今一つは幅広い教育訓練、配置転換、応援などのOJTによって、できる限り多くの職務を遂行しうる労働者を養成し、実際の職務範囲を拡大していく考え方である。ME化の下では、後者の選択の方が必要であると同時に望ましい」最高裁判所の外観 =東京都千代田区 テクノロジーと労働について述べた第1センテンスは、今日でも一言一句そのまま用いることができる、雇用システムについての的確な描写である。ところが、情報通信技術(IT)や人工知能(AI)が産業に影響を及ぼすようになった今、第2センテンスついては逆の議論が圧倒的になっている。いわく「IT化の下では、あるいはAI化の下では、前者の選択の方が必要であると同時に望ましい」と。 MEも、ITも、AIも発展段階が進んでいるだけで、先端技術を産業に応用するという意味では変わらない。それが35年前と今日とで、きれいに正反対の議論の根拠として使われることに皮肉を感じないとすれば、その鈍感さは度しがたいものがある。

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    再否決の大阪都構想が陥った「小泉構造改革」との共通点

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 地域政党の大阪維新の会(国政政党は日本維新の会)が主導した「大阪都構想」の住民投票は再否決の結果に終わった。松井一郎大阪市長は、維新の代表を辞任する意向を示している。維新にとっては大きな痛手であろう。 以前、この連載でも指摘したが、大阪都構想は経済の効率性を重視する政策であった。他方で既得権重視政策というものがある。これはいってみれば「効率と平等のトレードオフ」に近い。 効率性を追求することで損害を被る人たちが出てくる。そのときに仮想的な補償を行うとして、補償をしてでも便益が上回るのであれば、その政策を行うことが望ましい。「仮想的な補償」なので、本当にお金や現物給付などで補償を行うとは限らない。実際にはしないことが大半だ。 それでもこのような効率重視政策がどんどん行われれば、全体の経済状況が良くなると考えるのが、伝統的な経済学の思考法で、「ヒックスの楽観主義」とも呼ばれる。維新は、この効率的重視政策をどんどんやることを、大阪都構想というビッグバンで一気に実現しようとしたと考えられる。 ただしヒックスの楽観主義は、しばしば現状維持を好んだり、効率性よりも平等を重視したりする意見によって実現されないことがある。これを既得権重視政策という。 仮想的な補償を実際に行え、と主張する動きも事実上そうなるだろう。このとき、効率重視政策と既得権重視政策の対立をどのように調停するかの問題がある。率直に言えば、国全体でも地方自治体でも効率性を重視しないところは長期的には衰退は必然である。住民投票で反対多数が確実となり会見する、(左から)大阪維新の会代表代行の吉村洋文・大阪府知事、同代表の松井一郎・大阪市長=2020年11月1日、大阪市北区(寺口純平撮影) もちろんおカネ不足で不況に直面し、優良な企業が倒産し、または働きたい人が働けないという非効率がないことが最優先される。だが、本格的に国や都市の潜在成長を決めるのは効率性である。こう言うと効率性至上主義に思えるだろうが、それは違う。既得権維持政策(平等、再分配重視)とのトレードオフが常に課題になることは変わらない。扇動に流される「ワイドショー民」 このトレードオフで、効率性をより重視するか、あるいは既得権をより重視するかが、今回は問われた。その選択は大阪の住民の方々が行うだけである。そして民主的な結論が何よりも優先される。それだけの話だ。 経済学者は「である」という政策を提唱することはしても、効率と平等のトレードオフでどちらに比重を置くのが望ましいか、という「べきである」という提言を、普通はしない。ただ、長期的に効率性を追求しなければ、やがて国も都市も衰退するという「である」話を提示するのみである。 ただし、ここでも注意が必要だ。今回の大阪都構想は、上述のようにさまざまな効率性重視政策を、どかんとまとめてやろうとしたビッグバン型であった。そのようなビッグバン型の効率性重視政策ではなく、漸進的な効率性重視政策を望む人たちも多いだろう。ビッグバン型が良いのか悪いのか、それが問われたのが5年前と今回の住民投票だと思われる。 その点については以前書いた論説で結論した。ただ効率性重視を嫌う人、維新の話題になると頭に血が上る人、今回の毎日新聞の誤報のようなワイドショー的扇動に弱い「ワイドショー民」には、常に極端な選択しか頭にないことが多い。0か1か、全否定か全肯定かの2択である。 これは「あいまいさの不寛容」といわれるものだ。これに陥っているワイドショー民にとっては、効率と既得権のトレードオフが持ち出されることが理解できないらしい。しばしば前回の論説を「大阪都構想」賛成に読んでしまうワイドショー民も多かった。認知的バイアスと不合理な無知の問題なのでなかなか解決は難しい。 だが、そもそもビッグバン型の効率性重視政策自体にも、このような「あいまいさの不寛容」という認知バイアスを引き起こすものがある。二極の選択を迫るビッグバン型の効率性重視政策の典型は、小泉純一郎政権の構造改革路線だ。今回の大阪都構想も小泉構造改革が当初ブームになった成功体験を継承しようとしたのかもしれない。 構造改革自体は、規制緩和や民営化などで効率性を改善していく政策だった。だが、当時の小泉構造改革はいわば間違った構造改革=構造改革主義だった。なんでもかんでも「構造」の中に入れてしまうので、政策目的と手段の適切な配分などまったく考慮されなかった。参院選公示日に第一声を上げる小泉純一郎首相=2001年7月 「構造改革なくして景気回復なし」という、大ブームを巻き起こした標語が代表例だ。日本の長期停滞の主因は、長期にわたるおカネ不足だった。過度の清算主義は悲劇招く そのため、おカネ不足には、金融政策と財政政策が政策手段ではベストであり、基本的に構造改革ではない。小泉政権の「構造改革なくして景気回復なし」はその点を考慮していない間違った政策認識である。 最近でも、この考えに陥った人たちは多い。菅義偉(すが・よしひで)首相の経済政策の「指南役」の1人として脚光を浴びるデービッド・アトキンソン氏や、東洋大教授の竹中平蔵氏らの新型コロナ危機での経済政策観はその典型であろう。両者ともに新型コロナ危機を利用した過度の清算主義に陥っている。 清算主義というのは、下記の図表のような経済観である。 現実の経済(GDP)がおカネ不足でその潜在能力以下に落ち込んでいるとする(B点)。しかし、ここで財政政策や金融政策で苦境に陥った企業や労働者を救済すべきではない、というのが清算主義者の主張だ。 不況対策により、本来は淘汰(とうた)されるべき「非効率な」企業や労働者が救済されることで、かえって経済の停滞が長期化すると彼らは考えているのだ。 アトキンソン氏は、むしろ中小企業のうち小規模企業は淘汰した方がいいとの考えを示し、竹中氏は労働者の流動性を阻害するとして政府の雇用調整助成金に疑問を呈している。不況による淘汰はやがて経済を強靱(きょうじん)化して、以前よりも高い成長経路(D点のライン)を実現するだろう、という目論見だ。日本の失業率は2・6%と低い。しかし失業者178万人に対し「休業者」が652万人。潜在失業率は11%になる。政府が雇用調整助成金を出し、雇用を繋ぎ止めるからだ。不況が短期間でかつ産業構造が変わらないなら、それもいい。しかしそうではないだろう。こうした点が国会などで一切議論されないのは問題だ。竹中平蔵氏の公式ツイッター、2020年6月4日 このような清算主義は単に不況を深めてしまい、優良な企業の発展を妨げるのは自明である。どんな優良な財やサービスでも、おカネが不足していれば単に買えないからだ。清算主義の経済観を示した図表 ただ、竹中氏は清算主義と同時に、しばしば日銀の大胆な金融緩和政策を主張しており、かなり本格的に論じている。この辺りを竹中氏の矛盾ととるのか、それとも政策提言者の面妖さ、したたかさとるのか、再考してみる余地を感じている。 いずれにせよ新型コロナ危機の今、深刻なおカネ不足が問題であり、それを立て直すことが最優先である。 甚大なおカネ不足においては、ビッグバン型の効率性重視政策の出番ではないし、清算主義の出番となれば国民の悲劇である。そのことだけは確かだ。

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    国難の今、「日本学術会議」の国会論戦など愚の骨頂でしかない

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 10月26日から臨時国会が召集され、そこで菅義偉(すが・よしひで)内閣発足後初めて、本格的な国会論戦が始まることになる。 新型コロナ危機で落ち込みの激しい経済状況の立て直し、そして欧米で急拡大する感染拡大への警戒も必要だ。まさに「国難」に直面している。 政府と議員たちとの国民にとって実のある論戦が期待されるのは当然だ。だが、マスコミ各社は総じて日本学術会議の問題が取り上げられると報道する。 改めて言うまでもないが、 日本学術会議問題とは、同会議の会員候補6人の任命が拒否された問題である。同会議は政府の組織であり、その会員は非常勤の特別職の国家公務員である。 いわば非常勤の公務員に候補となった6人がなれなかっただけの問題を、あたかも菅総理が独裁者であるかのように、「学問の自由の侵害」と騒いでいるのが実情だ。 日本学術会議は、そもそも政府に対して政策提言を行う組織である。大学や教育機関で議論される「学問の自由」とは異なり、政府のための政策提言作りがその職務になる。個々の会員の研究活動はそれぞれが自由にやればいいだけで、誰もその自由を侵していない。単に当該組織とご縁がなかったということだけである。 不況による就職難で、会社から不採用をもらって失業状態が続き、その人が困窮に陥れば、社会的な問題につながる重大な面がある。しかし、この日本学術会議会員の不採用には、そのような就職難や生活苦に結びつく側面はない。採用されれば多少の報酬は出るが、それを目的にしている人はさすがにいないと思う。 むしろ、こんなくだらない問題よりも、日本が今直面している雇用危機の方がよほど大事な問題である。日本学術会議問題のような、問題以前でしかない話題に国会の時間を浪費するのは本当に愚かしい。衆院本会議で就任後、初の所信表明演説を行う菅義偉首相=2020年10月26日、国会(松井英幸撮影) 日本学術会議は政府の一組織である。民主的統制が必要になるのは当たり前である。内閣府も2018年11月、学術会議の推薦通りに任命する義務は内閣総理大臣にはない、としている。日本共産党が影響 ごく当たり前の見解に思えるが、その当たり前が日本学術会議では通用しなかった歴史がある。すでに多くの論者たちが指摘していることだが、日本学術会議は長く特定政党の影響を強く受けていた。特定政党とは日本共産党のことである。 共産党の事実上の影響を強く受けた日本学術会議が、政府への提言よりも反政府の牙城として利用されてきた過去は、大和大の岩田温准教授の論説『「学問の自由」とは笑止千万!』(『WiLL』2020年12月号)や、政治評論家の屋山太郎氏の論説『日本学術会議 首相、「6人任命せず」は当然』などで指摘されている。 めったに手に入らない書籍だが、『赤い巨塔「学者の国会」日本学術会議の内幕』(時事問題研究所、1970年)には、詳細に日本学術会議の「左傾化」が報告されている。日本学術会議をどのように左翼的な組織に変えていったのか、その手法もかなり具体的に書かれている。 簡単に説明しよう。平均的な学者たちは、その時間のすべてを日本学術会議の活動にささげることはできない。多くの学者は、それこそ政策提言よりも研究活動の方を優先するからだ。これを「日本学術会議の活動の機会費用が高い」と経済学的には言い換えることができる。 それに対して共産党やその影響下にある組織に属している会員は、研究よりも日本学術会議にすべての時間をささげることが可能だった。つまり時間の機会費用が低い。研究優先の人から見れば、暇人か物好きに見えるかもしれない。 分業の利益が働いたことにより、日本学術会議は、研究よりも同会議を政治的に利用しようとする、ごく一部の会員のコントロール下に置かれてしまう。これは一般社会でもよくあることで、会社や組織に本当に貢献する人材よりも、上司にすり寄ったり、社内だけの内向きな人間関係しか頭にない人ほど出世したりするのに似ている。 もちろん、日本学術会議に全霊を尽くして貢献すること自体が悪いわけではない。政策提言も、中身の正しさの議論を脇に置けば、ほとんどが高度な専門的業務であり、特殊な知識や経験が必要だ。問題なのは、日本学術会議の活動や政策提言が特定の政党にコントロールされてしまい、しかも、そのことについて民主的な統制が働かなかったからだ。菅義偉首相との会談を終え記者団の取材に応じる日本学術会議梶田隆章会長=2020年10月16日、首相官邸(春名中撮影) この日本学術会議の共産党支配の時代における典型的な人物像については、上記の『赤い巨塔』の他に、東京大と国際基督教大(ICU)の名誉教授、村上陽一郎氏の論説『学術会議問題は「学問の自由」が論点であるべきなのか?』、そして、東京外国語大の篠田英朗教授の論説『日本学術会議の任命拒否問題は「学問の自由」とは全く関係がない』に詳しい。70年代まで共産党が支配 政府の組織でありながら、反政府の政治的活動の拠点にされていることは、戦後まもなくから問題視されていた。しかし実際には、1970年代まで共産党の強い支配は続く。 それに対して、中曽根内閣の時代から改革が始まった。当時の問題点である「談合取引」については篠田論説を参照されたい。21世紀に入ってからの日本学術会議の民営化議論、そして会員の推薦方法などを改めた2004年の日本学術会議法改正などを経て、次第に特定政党の影響力を排除する動きが続いた。しかし、篠田論説などでは、今回の人事でも特定の政治的な勢力の影響が問題であり、その是正こそが問われているという指摘がある。 もともと日本学術会議は政府への政策提言を行うという、政治的な色合いを与えられたものである。専修大の野口旭教授が、論説『学者による政策提言の正しいあり方──学術会議問題をめぐって』(ニューズウィーク日本版)で明瞭に示している。結局のところ、日本学術会議がそもそも政治的目的を付与された存在であり、実際に無自覚にせよそのように振る舞ってきた以上、その組織は政府の政策的意図と本来無関係ではあり得なかったのである。にもかかわらず、それをあたかも純粋な学術組織であるかのように言い募って「政府からの独立」や「学問の自由」を主張するのは、それこそ統帥権の独立を楯に政治介入を繰り返した旧軍の行動そのものである。ニューズウィーク日本版「ケイザイを読み解く」 しかも、その「旧軍」は政府の政策的意図と協調するどころか、特定の政治的イデオロギーで反政府的に動く可能性さえあるならば、二重に問題は深まる。 すでに日本学術会議がここ10年の間に提言してきた経済政策の問題点も以前の論説で批判したので今回は省略するが、日本経済を破綻させようとしているとしか考えられないレベルだった。この点については、嘉悦大の高橋洋一教授らもくり返し同様の指摘をしている。 前内閣官房参与で米イェール大名誉教授の浜田宏一氏が、論説『スガノミクスは構造改革を目玉にせよ──安倍政権ブレーンが贈る3つのアドバイス』で、菅総理に3つの提言を送っている。それは金融緩和の継続、財政再建論などを言う専門家にアドバイスを参考にしないこと=積極的な財政政策の採用、そして日本の潜在成長力を高める構造改革と成長戦略に重心を置くことである。日本学術会議の会員候補任命拒否を巡り、東京・渋谷で開かれた抗議集会=2020年10月18日 日本学術会議問題は、この浜田提言の3番目に該当する問題だ。民営化よりも、廃止した方が日本学術会議の政治的バイアスにまみれた権威付けが残らないので、個人的には推奨したい。

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    菅首相に提言!私たちが追加の定額給付金に込めた真意

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 菅義偉(すが・よしひで)政権が発足して1カ月以上が経過した。マスコミの新しい世論調査が明らかになり、支持率は当初より下がってはいるものの、いわば「ご祝儀相場」が終わった段階としてはかなり高い。菅内閣の支持率は前回9月の調査と比べ5・9ポイント減の60・5%となった。不支持は5・7ポイント増の21・9%。産経ニュース 菅政権にとっては、新型コロナウイルス危機とそれ以前からの景気減速、消費増税の悪影響という三重苦経済の再生に取り組む必要がさらに増すだろう。世論の大半も経済・生活問題への取り組みを重視している。 経済政策を理論で考えるとアベノミクスはよくできていて、景気問題には大胆な金融緩和と機動的な財政政策で対応し、長期的な日本経済の活力をアップするために成長戦略を政策的に割り当てていた。 アベノミクスの継承を菅政権は唱えているので、その意味では経済政策論としては合格点の枠組みを引き継ぎ、実際の政策を運用していくことになる。 もっとも、菅首相は既得権や因習の打破、規制緩和といった成長戦略への関心が高く、また、これまでも政策手腕を磨いてきていた。そのためマスコミや世論の一部では、菅政権が成長戦略「だけ」に傾斜を深めるのではないか、という懸念や批判が出ている。だが、それは実像と大きく異なる。新内閣発足から1カ月の受け止めを語る菅義偉首相=2020年10月16日、首相官邸(春名中撮影) 筆者は10月14日、国会議員の有志による勉強会「経世済民政策研究会」の方々と一緒に、菅首相と面談することができた。その場で感じたことは、雇用や金融政策ついての意識が極めて高いということだ。専門的にいえば、マクロ経済(景気問題)に関する問題意識が深く鋭い。問題は「本当の失業率」 具体的には、公式の失業率だけではなく、「本当の失業率は(公式の完全失業率よりも)高い」のが問題だ、と積極的に口にされていた。 「本当の失業率」には、公式の完全失業率(現在は3%)以外にも、より長く働きたくても不況で実現できない人や休業者、不況で働く場がなくて求職自体を断念した人たちが含まれる。2020年第2四半期(4~6月)の「本当の失業率」は7・7%で、昨年の第4四半期(2019年10~12月)の5・7%から急増している。 ちなみにこの「本当の失業率」の5・7%という数値は、先進国の中では抜きん出て低く、まさにアベノミクスの成果だったと言える。菅首相が「本当の失業率」の増加に危機意識を持っていることは明らかであった。 さらに、失業率の高まりは、経済全般の所得の喪失と深く結ばれている。失業の拡大と、それによる所得の喪失の関係は「オークンの法則」で示される。この法則の利点は、失業率が上昇すると、どれだけ所得、つまり実質国内総生産(GDP)が低下するかが分かることにある。 なお、このときに計測に利用される失業率は、公式統計の完全失業率を使うのが普通で、先ほどの「本当の失業率」ではないことに注意が必要だ。さまざまな計測があるが、従来の研究ではオークン係数は10から5まで広がりがある。 ここでは厚生労働省の推計であるオークン係数8を採用しておこう。仮に新型コロナ危機によって今年末までに失業率が年初から1%上昇したとすると、それによってGDPは昨年から8%低下、金額にすると40兆円ほど喪失する。 新型コロナ危機の前の完全失業率は2・4%であった。現在の完全失業率は3%である。失業率を完全に予測することは難しいが、多くのエコノミストたちは3%台の真ん中まで上昇すると予測している。この40兆円のGDPの喪失を、より分かりやすく説明すれば、われわれにとって40兆円の「おカネの不足」が生まれる可能性があるということになる。 この問題への政策対応は、上述した大胆な金融緩和と積極的な財政政策が両輪になる。われわれの提言では、金融政策については、「大胆に」2021年度中に、日本銀行にインフレ目標2%の達成を政府が要請することを盛り込んだ。これが実現すると、いまの日本銀行には衝撃が走るだろう。ここ数年のぬるま湯的な政策スタンスの見直しが必要になるからだ。日本銀行本店=2020年3月16日、東京都中央区(川口良介撮影) それに加えて、日銀の金融政策に関わる政策委員会の人選では、従来の産業枠や銀行枠などという既得権と旧弊にとらわれず、インフレ目標の達成にコミットした人材を選ぶべきだ、とも提言した。医療業界などに経済対応を 実は経世済民政策研究会が、菅首相に提言を手渡すのは2回目である。前回は官房長官時代であり、そのとき、筆者は大学院のオンライン講義初日だったために同席することができなかった。日本経済も心配だが、新型コロナ危機で新学期が始まってもまったく会うことができず、不安になっている学生たちへの対応も重要だからだ。その際の提案にも、今回と類似した金融政策を利用した新型コロナ危機への対応策が書かれていた。 当時は官房長官だった菅首相から「このような金融政策は常に頭のど真ん中にある」と真っ先に言われたと、同席した議員の方々からお聞きした。今回は自分で菅首相に提言をご説明し、金融政策が経済政策の核心であるという首相の理解をじかに感じとった。これは日本経済にとって幸運なことだろう。ぜひ実現していただきたい。 財政政策については、われわれの提言の一部分である予備費を活用した5万円の定額給付金がワイドショーやニュース番組をはじめ、マスコミでかなり注目された。注目されるのはいいことだが、あくまでもそれは予備費の消化のために先行して提起した政策部分である。 総額40兆円の経済損失をカバーするには、予備費約8兆円を全額使っても不足するのは自明である。提言では、第3次補正予算で、5万円以外に定額給付金の継続を主張している。 特に、菅政権が推進するデジタル化と歩調を合わせて、社会保障の情報基盤を整えて、さらなる定額給付金の支給をする。いわば菅首相の最重点課題であるデジタル経済化という成長戦略と、定額給付金というマクロ経済政策を組み合わせたものとなる。 この第3次補正予算の定額給付金の額は、明示しなかった。これからの経済情勢の不確実性が高いためだ。ただし、現状でも40兆円のおカネ不足が予測されるならば、その方向性は自明である。 研究会では当初、金額を明記して国民1人当たり10万円という話もあった。方向性としては、この金額がこれからの具体的な金額のベースになると私見では思っている。すなわち予備費利用と含めて総額15万円の定額給付金となる。新内閣発足から1カ月、記者団の問いかけに受け止めを語る菅義偉首相=2020年10月16日、首相官邸(春名中撮影) これで財政政策が終わるわけではない。提言には、医療関係、地域経済、エンターテインメント業界など大打撃を受けた業界への直接的な経済対応が提言されている。ちょうど第3次補正予算の話題が出てきたタイミングや、また筆者と同じ主張を持つ嘉悦大の高橋洋一教授が、内閣官房参与に就任すると報じられた翌日でもあり、われわれ経世済民政策研究会の提言は、かなりの反響を呼んだ。 これらの提言が実現するまでの道のりは、まだまだ長い。1人の経済学者として、また、この国難を共有する日本国民としてもこれからも微力を尽くしたい。叱咤(しった)激励を読者の皆さんに改めてお願いしたい次第である。

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    看過できない、日本学術会議と中国「スパイ」組織との協力覚書

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 日本学術会議問題で「炎上」が続いている。日本学術会議の会員任命で、菅義偉(すが・よしひで)政権が推薦者のうち6人を拒否したことが、「学問の自由の侵害」だとして問題化した。 会員の任命拒否によって「学問の自由」が、具体的にどう毀損(きそん)するのか、筆者にはまったく分からない。 学者たちは本務の雇用が安定している。日本学術会議会員という特別職の公務員になれないからといって、生活の心配もない。また、何か候補者たちでしか成し得ない「学問」も、とりたててないだろう。 2004年の日本学術会議法の一部改正によって、現在の会員が候補者たちを直接選抜・推薦しているのが実情で、簡単にいうと既得権だけがモノを言うムラ社会である。もちろん個々の会員について、日本学術会議側の推薦理由は明らかではない。 一応、2008年に起草された日本学術会議憲章に合う基準で選ばれたというのが、ざっくりした理由だろう。ざっくりした理由には、政府側もその任命を拒否した理由をざっくり示すのが道理だ。現段階では、菅首相は記者会見で「広い視野に立ってバランスの取れた活動を行い、国民に理解される存在であることを念頭に判断した」と述べているが、妥当な発言だ。 安倍政権への批判スキルの応用で一部のマスコミ、野党、背後から撃つのが得意な与党政治家、あるいは一部の識者らは、飽きることなく、問題の「モリカケ化」を狙うだろう。いずれにせよ、見飽きた光景が続くことになる。日本学術会議会員の任命拒否問題を受け、プラカードを手に抗議する人たち=2020年10月8日、首相官邸前 新型コロナウイルス危機によって、民間の就職も公務員の状況も厳しい。だが、日本学術会議は経済政策については、「財政再建」を重視する伝統があり、ろくな政策提言をしてこなかった。むしろ経済を失速させることに加担してきた組織である。民営化どころか「廃止」を この点については、前回の論説で詳細に記述したので参照されたい。率直に言えば、国民の血税で運営されているにもかかわらず、国民の生活を苦しめることに貢献してきたのだ。 あくまでも私見だが、日本学術会議は民営化どころか廃止が妥当だと思っている。ネットでは、日本学術会議は学者の自己犠牲に等しいボランティア精神に支えられており、既得権などないかのような匿名の「若手研究者」の意見が流布していた。だが、実際には日本政府の研究予算4兆円の配分に影響を与える助言機関である。 巨額の予算の配分には金銭的、名誉的な既得権が結びつく。また、日本の防衛装備品の研究開発に関する否定的な姿勢など、安全保障面にも直接の影響を及ぼしてきたことは自明である。 自分たちの権限は示すが、他方で自らの機構改革には最大限消極的である。この点は嘉悦大学の高橋洋一教授の論説が詳しい。 要点をいえば、なぜ税金で運営される国の組織でなければならないのか、合理的な理由がないのである。「学問の自由」を強く主張するならば、政府から独立する方が望ましい。 日本学術会議は、財政再建に極端に偏った緊縮経済政策を提起し、日本の長期停滞のお先棒を担いでいたと筆者は先に指摘した。さらに、この長期停滞をもたらした経済学者の意見を、日本学術会議は、2013年に「経済学分野の参照基準(原案)」として提起し、日本の経済学の多様性を大学教育の場から排除しようとした。 さすがにこの露骨なやり方は、さまざまな立場の経済学者やその所属学会によって批判された。だが、日本学術会議を通じて緊縮政策を公表してきたメンバーらが所属する日本経済学会は、何の反対声明も出さなかった。日本学術会議の総会後、取材に応じる梶田隆章会長(左端)=2020年10月2日、東京都内 さて、日本学術会議と、中国政府が海外の研究者や技術者を知的財産窃取のためのスパイとして活用しているとされる通称「千人計画」との関係が話題を集めている。「覚書」は問題ではないのか 日本学術会議は千人計画と関わりを持ち、軍事研究などに協力しているという情報が会員制交流サイト(SNS)で拡散されたのを受け、ネットメディアのBuzzFeedが熱心にファクトチェック(真偽検証)をして、否定した。 同記事では、「日本学術会議と中国の関係についていえば、中国科学技術協会との間に2015年に『協力覚書』を結んでいる」が、予算などの関係から「軍事研究や千人計画以前に、学術会議として他国との間で『研究(計画)に協力』」しているという事実がない、ということだ」と結論づけた。 だが、他方で、このファクトチェックは重要な「ファクト」には無批判的だった。日本学術会議と中国科学技術協会との「協力覚書」問題は問題以前であるかのような、一面的とも言える主張をしているのである。 この協力覚書に問題性がある可能性を除外しているBuzzFeedの主張を真に受けるのは危険だ。中国問題グローバル研究所の遠藤誉所長は論説で、「協力覚書」を結んだこと自体が、中国の習近平国家主席が主導していた「中国製造2025」の戦略と符合することを指摘している。習近平が国家主席に選ばれた2013年3月15日、中国工程院は中国科学技術協会と戦略的提携枠組み合意書の調印式を開いた。中国科学技術協会は430万人ほどの会員を擁する科学技術者の民間組織だ。(中略)アメリカと対立する可能性が大きければ、国家戦略的に先ず惹きつけておかなければならないのは日本だ。日本経済は減衰しても、日本にはまだ高い技術力がある。十分に利用できると中国は考えていた。こうして、2015年9月に日本学術会議と協力するための覚書を結んだのである。ニューズウィーク日本版「日本学術会議と中国科学技術協会」協力の陰に中国ハイテク国家戦略「中国製造2025」 「中国製造2025」は軍事面の強化も含んだハイテク立国政策、中国工程院は政府系研究機関である。さらに、一応は民間組織であるものの、中国科学技術協会は人的な交流を通じて事実上軍部と密接につながり、党中央の意思決定に強く従属する枠組みに取り込まれている。 そんな中国の民間組織と「協力覚書」を交わしたままであることは、日本の安全保障の点から厳しく批判されるべきである。人材交流の実績が本当にないならば、実害がでないうちに明日にでも「覚書」を破棄した方がいいのではないか。新型コロナウイルス対策の功労者に勲章を授与する式典に臨む中国の習近平国家主席(中央)=2020年9月8日、北京の人民大会堂(共同) いずれにせよ、日本学術会議の任命問題が話題になればなるほど、同会議の問題性が指摘されてくるのは、以前からその緊縮的な経済政策提言にあきれ果てていた筆者からすると「いい傾向」だと思っている。

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    「学者の国会」なんぞ笑止千万、日本学術会議に蔓延した知的退廃

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 科学者で構成する政府機関、日本学術会議がにわかに注目を集めている。日本学術会議が推薦した会員候補6人について、菅義偉(すが・よしひで)首相が任命を拒否したからだ。 「学問の自由」を危険に陥れると、ひと月ほど前までは反安倍政権だったマスコミ、識者らを中心に批判の声をあげている。野党の一部も国会でこの件を審議するという。いつもながらご苦労なことである。 日本学術会議については、既得権が異様に強い組織であり、その提言の類いも経済政策関係では弊害があるか、まったく使い物にならない、日本の経済学者の傲慢(ごうまん)と無残さの象徴であると以前から思ってきた。 この機会に、ぜひ日本学術会議は民営化するなり、組織廃止するなりした方がいいのではないか、と個人的には強く思っている。 日本学術会議とはそもそも何か。公式サイトに設置根拠となる法律とともに解説されている。昭和24年(1949年)1月、内閣総理大臣の所轄の下、政府から独立して職務を行う「特別の機関」として設立されました。職務は、以下の2つです。・科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること。・科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること。日本学術会議とは また、日本の科学者を内外に代表し、210人の会員と約2千人の連携会員で職務を行うとしている。勝手に代表されても困るが、後述するように経済政策に関しては知的腐敗臭すらする提言しかしていないので、日本の経済学者の「代表」がいかにダメかを内外に広報する結果になっている。 菅政権の任命拒否の理由は、具体的には明らかにならないだろう。もちろんリーク的なものはあるかもしれないが、個人投資家で作家の山本一郎氏がここで指摘しているように、現在の政権批判という基準で任命が拒否されたかどうかは分からない。日本学術会議の会員に任命されなかった大学教授(左奥)らに質問する野党議員ら=2020年10月2日午前、国会 安倍政権の政策に批判的で、その趣旨の発言がマスコミでも取り上げられていた劇作家の平田オリザ氏は今回、会員に任命されている。今回の任命拒否の理由として注目されている集団安全保障法制でも、平田氏は反対の立場だ。「拒否」権能は政府側にあり そもそも論として、拒否できる権能が政府側にあるのだから、それを行使したことは批判にあたらない。政治的な思惑で批判されているのだろうが、その次元でしかない。個人的には、またこんなつまらない問題で国会の審議時間を浪費するのか、とあきれているだけだ。 日本学術会議が既得権を荒らされたので、抗議するのは分かるが、これまた国民には無縁な話だ。既得権、つまり会員になる権威付けが、そんなに「うまい」のだろうかという感想しかない。 日本学術会議が明日なくなっても、ほとんどの国民にも研究者にも関係がない。「学者の国会」という意味不明な形容があるが、多くの研究者はこのオーバーな形容に噴き出していることだろう。 今回の会員候補たちが、日本の科学者たちに事前に提示され、選出されたわけでもない。勝手に日本学術会議の内部で、既得権や忖度(そんたく)にまみれながら選んだだけだろう。 むしろ「学者の記者クラブ」とでも言うべき存在だ。本家の記者クラブのメンツと同じように、自分たちが選ばれたわけでもないのに「国民の代表」だと勘違いして、官房長官らにくだらない質問を繰り返し、「巨悪と対峙(たいじ)している」と悦に入る記者たちと大差ない。 「学問の自由」も侵されないだろう。むしろこの機会に、政府の影響を完全に離れた組織になるのはどうだろうか。年間10億5千万円が政府支出として日本学術会議にあてがわれ、また日本学術会議会員は非常勤の特別職国家公務員でもある。 政府にすがって権威付けされていながら、自分たちの既得権を侵されたことで大騒ぎすることが、いかに知的な醜悪さを伴っているか。権威にすがる学者には分からないかもしれないが、多くの国民の率直な感想は、税金にあぐらをかいている学者たちに厳しいだろう。一言でいえば、甘えきっているのである。 ちなみに、10億5千万円をポスドクや院生など若い研究者たちにまわせ、という意見を見たが、それでは足りない。無償の奨学金拡充とともに、どかんと何千億円も増やすべきだ。こんな少額では若手研究者も大して救えない。日本学術会議の新会員任命拒否問題について、首相官邸前で抗議する人たち=2020年10月3日午後 さて、この日本学術会議は、最近でも経済政策に関してはまさに知的腐臭の強い提言を繰り返してきた。例えば、東日本大震災での復興増税への後押しである。中国の千人計画に協力か 当時の第三次緊急提言では、財政破綻の懸念から復興増税が提言されている。この提言が出る前の学者たちの審議内容をまとめた報告書を見ると、日本の経済学者の知的堕落ぶりが明瞭である。経済の停滞を解消するための財政・金融の積極的な政策を回避するマインドが鮮明である。(3)このような拡張的政策の一部は緊急の救済策や復興支援によって先取りされているが、さらに追加すべきかに疑念を表明する経済学者もいる。特に、物価インフレは日本の名目利子率に上昇傾向をもたらし、国債負担を増加させ、日本の財政規律に対する信認を揺るがす可能性があるからである。その時、日銀による金融政策はゼロ金利の時よりもさらに難しい舵取りが必要になるだろう。東日本大震災に対応する第三次緊急提言のための審議資料 また当時、筆者たちが主張していた日本銀行に復興債を引き受けさせ、それで大胆な金融緩和と財政支出をすべきだという正攻法については、日本の経済学者たちは下記のような認識だった。アベノミクスから新型コロナ危機を体験しているわれわれから見ると、日本の経済学者の大半がいかに使い物にならないか明瞭である。復興債の日銀引き受けに関しては、すでに国の債務残高が860兆円に達している日本において、財政規律がさらに緩んだというメッセージを国の内外に与える可能性が高い。それは、長期金利の高騰などの大きな副作用をもたらすことになり、日本のギリシャ化の回避という立場から極力避けるべきだという意見が圧倒的に多い。 東日本大震災に対応する第三次緊急提言のための審議資料 日本の債務残高は現在、1300兆円ほどだが、長期金利の高騰もなく、ギリシャ化の懸念もない。むしろ国際通貨基金(IMF)など国際機関は新型コロナ危機でできるだけ財政政策で国民を救済し、またそれができない低所得途上国には日本などが財政支援すべきだとしている。 いかに日本の経済学者たちが使えないしろものかを示す代表例である。ちなみに2013年の提言では、日本の長期停滞を脱出するのに、具体的には財政再建しか言及していない。 アベノミクスのように積極的な金融政策と財政政策が主張されていたが、そのときも日本の経済学者は一貫して使えない提言を繰り返していた。金融緩和については、基本的には反対ともとれる姿勢を打ち出し、また経済成長との両立と言いながら、財政再建だけは具体的な提言をし続ける。その後の日本経済を考えると、これまた驚くべき知的退廃である。日本も含めた先進国は、現在、高齢化の進行過程で低成長を余儀なくされていて、膨大な財政赤字から財政政策の選択肢が大きく制約される状況にある。この局面では、実体経済の底上げのために、金融緩和の強化が選択される傾向がある。一般的に、デフレ脱却のために金融政策は有効な筈だが、現在のデフレの背景には金融緩和だけでは解決できない需要不足等の要因もある。伝統的な金融政策の効果に限界がみられ、国債残高が膨大に積み上がるなかでの金融緩和の強化は、国債の信認維持にとりわけ注意しつつ運営していく必要がある。日本の経済政策の構想と実践を目指して日本学術会議の建物=東京都港区 単に会員たちの権威好きを満たしているだけの腐臭の強い組織だと、何度も強調しておきたい。ちなみに日本の防衛に非協力的でいながら、中国の軍備増強に協力的で、スパイ行為の疑いも強い中国の千人計画を後押ししているという疑惑もある。本当だとしたら、これこそ国会で追及すべきだろう。

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    コロナ下の自殺者傾向に異変、働く女性が抱く「罪悪感」を救えるか

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 今から20年前の話になるが、専修大教授の野口旭氏との共著『構造改革論の誤解』(東洋経済新報社)や拙著『日本型サラリーマンは復活する』(NHK出版)などで、景気の持続的な悪化と自殺者数の増加の関係について詳説したことがある。当時は、著名な評論家から「あまりにも自殺の原因を単純化して考えている」という批判を頂戴した。 確かに、人が自死する動機は他人からは測りがたい側面がある。ただ個々人のケースを尊重することと、経済政策の失敗が自殺者を増やすことは両立するし、後者の要因が日本ではあまりにも軽視されていると思ったのも事実だった。 その後、公衆衛生学の進展などで、不況の中で緊縮政策を採用することが、自殺者を増加させてしまうことがより確固たる事実として鮮明になってきた。日本でも、伊ボッコーニ大教授のデヴィッド・スタックラー氏とハーバード・メディカル・スクールのサンジェイ・バス氏の『経済政策で人は死ぬか?』(草思社)が注目を浴びた。 野口・田中説もスタックラー氏らも共通しているのは、不況そのものが自殺者を増やすということではない。不況を放置し、深刻化させる政府・中央銀行の緊縮政策の採用が、自殺者数を増加させるのである。 不況の初期段階では、ハードな仕事から離れることができたり、交通量が減ることなどで環境が改善して、人々は心身ともに健康になるかもしれない。だが、失業が長期間放置されれば、それはうつ病や社会的地位の喪失感などで自死を激増させてしまう。 失業は自然現象ではなく、政府や中央銀行が対応可能な問題だ。不況における自殺者の増加に関しては、政治家や政策担当者の責任が強く問われるのである。 新型コロナ危機は感染抑制のために経済活動を厳しく制限した。都市封鎖(ロックダウン)や日本の緊急事態宣言だけではなく、今も「社会的距離(ソーシャルディスタンス)」を十分に取るように推奨されている。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) また、観光業や娯楽関係、飲食サービスなどでは経済再開の力は弱く、先行きが不透明だ。経済が低迷すれば、もちろん雇用にも大きく悪影響が及ぶ。 リスボン新大のユードラ・リベイロ氏は最近の展望論文で、新型コロナ危機による世界的な失業率と自殺者を推計した研究を紹介している。それは、世界的な失業率が4・9%から5・6%に上昇すると、年間約9570人の自殺者が追加的に増加してしまう「高」シナリオと、失業率が5・1%に上昇し、それに伴う年間自殺者数が約2135人増加する「低」シナリオの二つだ。新型コロナ「メンタルヘルス」の危機 日本でも新型コロナ危機による自殺者数の増加が顕在化してきている。緊急事態宣言のときは、前述した初期効果のためか自殺者数が急減した。しかしその後、失業率の上昇とともに自殺者数が急増に転じている。 特に筆者は、今回の新型コロナ危機が、自死に至るメンタルヘルスの毀損(きそん)の点で、今までにない深刻さを有していると推測している。 どの国も、男女の自殺者の比率はほぼ一定で推移している。そして、どの国も男性の方が女性よりも目立って自殺者の数が多い。 日本では、この10年の男性自殺者の総数に占める割合は、70~68%で「安定」的に推移している。しかし、図1で分かるように、月別では、7、8月の2カ月でその男女比に大きな変化が見られる。図1 男女ともに緊急事態宣言の解除後に、自殺者が急増しているが、その変化が女性の方が男性よりも急激である。そのため「安定」的な男女比率が変化している。 これが構造的な変化かどうかは、まだ学術的な検証が必要だ。しかし、政策的には緊急の対応をすべきだと思っている。当たり前だが、データが揃うのを人の死が待っているわけではないからだ。 この自殺者の男女比の変化は、新型コロナ危機が、普通の不況よりも厳しいメンタルヘルスの毀損を男性にももちろん与えているが、それ以上に女性に影響している可能性を示唆している。野口・田中説やスタックラー・バス説を援用すれば、雇用環境に注目すべきだろう。 完全失業率(季節調整値)で、男性は現状で3・0%、女性は2・7%で、むしろ男性の方が高い。しかし、これは「見かけ」のデータでしかない。 図2を見れば分かるように、労働力人口と就業者数の双方ともに、男性よりも女性の方が対前年同月比で大きく減少している。つまり、働く意思を持った人たちと実際に働いている人たち、どちらでも女性により悪影響が出ていることになる。図2 この女性の労働力人口と就業者の大幅な減少は、新型コロナ危機の前には実際に働いていた女性たちで、現在は働く意欲を失っているか、働く場所を得ていない人数が大きく増加していることを示している。では、この女性における雇用ダメージはどのような理由に基づくのだろうか。女性が負う「強い罪悪感」 国際通貨基金(IMF)のエコノミスト、青柳智恵氏がメンタルヘルスとの関係からも重要な研究を示している。青柳氏の論考「罪悪感、ジェンダー、包摂的な景気回復 日本に学ぶ教訓」から、重要な指摘なので長いが引用する。 新型コロナウイルスに伴い、日本では今年4月から1か月半にわたる緊急事態宣言のもと外出自粛が行われたが、女性が男性よりも大きな負担を背負う結果となった。男性と女性の間には「罪悪感の差」が存在し、女性はキャリアを犠牲にしないといけないと感じやすいことが大きな理由となっている。 12月から4月の間に100万人近くの女性が離職したが、その大半が期間限定雇用やパートタイムの非正規社員だった。 保育園や学校の休業などにより大規模な混乱が生じた中で、IMFワーキングペーパーの研究が普遍的な真実を見い出す貢献をしている。女性の方が男性よりも大きな責任を背負い、理想的な親でも、理想的な労働者でもいられないことに強い罪悪感を感じるのだ。 この日本の働く女性が抱く大きな責任感や、過度な罪悪感は、メンタルヘルスの毀損に結びつきやすいのではないか。注意すべきなのは、この過度な罪悪感は、職を現時点で得ている女性にも、また働くことを断念したり、職を求めている女性にも等しく重圧になっていることだ。 果たして、この「生命の危機」にどう対処すべきか。対策は三つの方向で考えられる。 マクロ的な景気対策としての雇用の回復、そして自殺予防を含むメンタルヘルスへの公的支出の増加がまず即応可能な「両輪」だ。だが、それだけではない。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 青柳氏が指摘しているように、日本の女性のワークライフバランスに配慮した柔軟な雇用環境の整備も必要だ。これは中長期的な対応になるが、政治家や政策担当者が負うべき課題であることは言うまでもない。◇【相談窓口】 「日本いのちの電話」 0570・783・556(ナビダイヤル)…午前10時~午後10時 0120・783・556(フリーダイヤル)…毎日午後4時~9時、毎月10日:午前8時~翌日午前8時

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    コロナ不況は最悪想定、生き残りを賭けた企業が打つ「先手」の共通点

    小倉正男(経済ジャーナリスト) 菅義偉(すが・よしひで)首相は、「いま取り組むべき最優先の課題は新型コロナウイルス対策」と表明している。新型コロナと経済では、安倍晋三前首相の路線が継承され、「両立を目指す」としている。「さもなくば国民生活が成り立たなくなる」(首相就任会見)。 秋の4連休は、多くの観光地が久々に盛況となり賑わった。プロ野球などスポーツの観客人数規制も緩和された。「新型コロナと経済の両立」が促進されている。いわば「withコロナ」の新しい日常ということになる。連休明けの週末、東京都心部の盛り場も賑わいが戻っている。  経済は、実体から見れば新型コロナ禍で悲惨な事態になっている。だが、株価は「茹でガエル」ではないが、日銀の異次元金融緩和、上場投資信託(ETF)買いで何もなかったように高水準を維持している。菅首相は、中小企業への無利子無担保融資、雇用調整助成金、持続化給付金など支援策で経済を全力で支えると表明している。 株価を含む金融は経済の「血液」であり、危機は表面的には抑えられている。だが、産業界各社の経営者個々に当ると危機感は強烈である。産業界といっても、広範囲であり、スタンスは各社さまざまだが、これまで経験のないコロナ不況からの「生き残り」「勝ち残り」を意識して戦略を根本的に組み直す企業もないではない。各社がそれぞれ「危機管理」(クライシスマネジメント)を必死に実行している。 生き残りが至上命題であり「最悪の想定」を採っている。声高にクライシスマネジメントと表明しているわけではない。むしろ、密かにそれを行っているのだが、甘い見通しは捨てている。「2020年度は赤字が不可避。21年度も景気・業績はほとんど回復しないと見込んでいる」。企業経営者からそうした厳しい見方が出てくる。 一般には、20年度はともかく21年度にはコロナ禍が緩和され、景気回復が期待されている。だが、そうした「最善の想定」は片隅にもない。危機管理に踏み込んでいる企業は、多少とも回復があれば「儲けもの」というスタンスだ。コロナ不況は長期化すると睨(にら)んでいる。コロナと経済の両立、「withコロナ」という現状もコロナ不況が長引かざるを得ないという見方の根底にある。新型コロナウイルス感染拡大で暴落する直前の水準に回復した、日経平均株価の終値を示すボード=2020年9月3日、東京都中央区 両立を進めればコロナ感染がぶり返すというのはこれまでの知見にほかならない。コロナワクチンが早期に開発されれば、経済環境・状況は変わる可能性がある。だが、それも不確定要素であり、極論すれば「儲けもの」に近い受け止め方である。トヨタの融資枠は1兆円 この9月のことだが、東京都心に本社オフィスを構える都市型情報サービス企業で社員のコロナ感染が判明した。その企業は、フロア全体の社員に自宅でのテレワーク勤務を指示した。たった一人でも感染者が出れば、外回り業務などの戦力に大幅ダウンが生じる。感染を開示して、事実上開店休業状態になっている。 「withコロナ」の両立路線で「経済を回す」というが、簡単ではない。経済の現場からいえば、コロナ感染を抱えながら経済をフルに回すのは至難である。「コロナ不況」、経済の実態は深刻だ。ゆえに、トヨタ自動車は、コロナ感染が勃発したこの3月にいち早く1兆円の融資枠(コミッメントライン)の設定に動いた。コロナ感染による先行き不透明感に対して1兆円の資金繰りを行った。日本で断トツのリーディングカンパニーが生き残りを賭けてキャッシュなど手元流動性の確保に踏み込んだことになる。 ある工場設備関連企業の財務担当役員(銀行出身)は、「コロナ対応で最初にやることは融資設定だった」と打ち明けている。こうしたプロたちでも、「当初はトヨタが何をやろうとしているのか当惑した。そういうことだったのか」としている。 その後、上場、非上場を問わず一部の企業が銀行からの融資枠設定に走り出している。ある企業経営者などは、すでに引退したベテラン経営者から「融資を取り付けろ」と助言され、銀行にファイナンス要請を行ったとしている。クライシスマネジメントでいえば、予防的に「ダメージコントロール」を行っていることになる。 コロナ禍で営業が停止状態となった業態、例えば外食・飲食関連、ホテル関連、自動車関連などは、2020年前半の一時期は売り上げが前年同期比で80~90%減となった。内部留保(利益準備金)はあるにしても、キャッシュがなければ、従業員給料、仕入れ原材料費、家賃などの原価・販売管理費といった運転資金コストを賄えない。 仮に売り上げがある程度あってもキャッシュ化されるのは3カ月~半年先だったりするわけだから当面の資金繰りは企業の生命線にほかならない。 さらに行われているのは原価・販売管理費の見直しだ。不況期は「出ずるを制する」ではないが、原価低減・販管費削減ということになる。生産ラインの見直し、ムダのカット、物流、販売面のコスト削減などが行われている。企業の手元にあるキャッシュを極力温存しようとする動きだ。トヨタ自動車の高岡工場=愛知県豊田市(同社提供) 雇用調整助成金など補助金は要請しているが、非正規の派遣社員たちが切られるケースが出ている。派遣社員たちの給料は、「同一労働同一賃金」ということで見直しされる機運だった。だが、そこにコロナ不況が到来し、再び「貧富格差」が生じている。相次ぐ企業売却 「本業回帰」というべきか、「選択と集中」というべきか、企業の事業売却も目立っている。武田薬品工業は、「アリナミン」「ベンザブロック」など一般用医薬品を投資ファンド大手の米ブラックストーン・グループに売却する。 ソフトバンクグループは、半導体設計の英アームを半導体大手の米エヌビディアに売却するとしていると発表している。いずれも事業売却で借入金(有利子負債)を削減してキャッシュも手元に置く行動とみられる。 一般に日本企業は、企業買収では買うばかりで、売るのは追い込まれないと行わない傾向を持っている。「持ちたいのか、儲けたいのか」(米のビジネス格言)といえば、前者=「持ちたい」という「持つ経営」が過去からの歴史的トレンドだ。 ところが、20年度のここにきて中堅企業も事業売却に踏み込んできている。これまで企業買収しか行わなかったようなある企業が、複数のグループ企業売却に転じている。やはり、有利子負債削減など財務力を改善・整備しキャッシュも手元に置こうとしている。コロナ不況で優良企業が「安値」で売り出されたら買収しようとする作戦なのかもしれない。 コロナ禍不況は、通常の景気循環とは異なるという要素がある。企業サイドにもコロナ禍の知見は蓄積されているが、不確定部分もある。先を見通すことは困難だ。 クライシスマネジメントを実行している企業経営者の多くは、米中貿易戦争の激化と19年10月に実施された消費税増税の影響で、20年度は景気・業績悪化が避けられないとみていた。景気は米中貿易戦争激化直前の18年度をピークに下降に向かっていたのである。 そこに未曾有のコロナ禍不況が襲来した。いまは企業各社ベースでは生き残り、勝ち残りを賭けて、コロナ禍不況による業界再編成期に向かおうとしている。 こうした先行きが不透明で困難な時期には、通常の不況時よりも経営者の判断・決断が、各社の生き残り、勝ち残りの近未来を決定する。コロナ禍不況の中で各社経営者が何を目指してどう行動するかで各企業の盛衰が導かれる。 コロナ禍は、産業界の動きでいうと「テレワーク」「ウェブミーティング」「オンライン営業」「VRネット商品展示会」「オンライン面接・採用」など業務に大きな変化をもたらした。日本のビジネス社会で遅れていたIoT(モノのインターネット)化が一気に進んだ。コロナ禍は、日本の「働き方改革」をどの内閣よりも一気に促進したことになる。東京・丸の内のオフィス街(産経新聞チャーターヘリから、宮崎瑞穂撮影) コロナ禍とひとくくりにしているが、これらの変化は「禍」とは言い切れない。こうしたことは目に見える顕著な変化だが、さらに巨大な変化を導く可能性を秘めている。だが、一部の企業経営者の目線は、そうした表層的な変化も無視できないが、それよりもコロナ禍不況後の自社の生き残り、勝ち残りをあくまで睨んでいるのは確かである。GDP世界3位に甘んじる日本 コロナ禍が何をもたらすのか、20年前半には悪性インフレ、スタグフレーションという見立ても出ている。各国の異次元金融緩和、財政出動、中国を筆頭に各国のサプライチェーン寸断などがその見立てのベースをなしている。 しかし、中国は新型コロナの発生源にして隠蔽もあったが、強権的にいち早くコロナ抑え込みを断行している。中国のサプライチェーンは早急に回復に向かっている。各国ともサプライチェーンは痛んでいるわけではないため、復旧を阻害する要因が少ないように見える。 となれば、コロナ禍がもたらすものはやはりデフレか。各社経営者からもインフレを懸念する声はまったく聞かない。いま事業、企業を売却している企業経営者がデフレを見越しての行動とまではいえないが、現状ではデフレ再来の可能性が高い。 20年前半には、世界のサプライチェーンが中国に過度に集中しているリスクが意識され、中国から一部工場の中国以外のアジア(ASEAN、インドなど)への移転、あるいは日本回帰を促進する動きがあった。だが、コロナ感染がその新トレンドに微妙な変化を与えている。 中国の習近平国家主席としては、たとえ一部でも資本・技術が国外に流失・逃避するにいたっては、せっかく貯め込んだ富・雇用の喪失を意味する。何としてもそうした動きは阻止したい。 中国が強権でコロナ抑え込みを図って経済の再始動させているのに対して、中国以外のアジアはASEAN、インドともコロナ感染が長引いてしまった。こうしたコロナ禍動向は、動きかけていた中国からの資本流失にストップをかけている面がある。 中国としては、貧困に長らくに苦しんで社会主義市場経済(共産党独裁の資本主義)に転換した。以前の貧困に戻るわけにはいかない。世界的に非難されている中国の「覇権主義」(中国の夢)を継続するにも経済の繁栄があくまで前提になる。 習主席が自動車、半導体の巨大集積地である武漢をロックダウンするなどコロナを強権で抑え込んだのも、そうしたことと無関係ではない。武漢は中国製造業の拠点であり、武漢を復旧させることは国の盛衰を左右しかねない。中国は、1月後半から4月前半の76日間の長期にわたって、武漢を封鎖した。コロナを徹底的に叩いて、経済再開という手順だった。 コロナを抑え込むのは、一国の経済の現状を決定するのみならず、先行きの盛衰すらも決定する。コロナという一事は、抑えることが即経済活動を左右する。安倍前首相もそうだったのだが、菅首相においてもコロナ抑え込みが極めて重要である。官邸入りする菅義偉首相=2020年9月25日、首相官邸(春名中撮影) だが、日本はこれまでコロナ抑え込みでは甘さ、緩さが否定できない。「諸外国に比べるとコロナの爆発的な感染拡大を阻止している」、とコロナ抑え込みの劣悪国と比較している。こうした自らに都合のよい自賛を度々用いているようでは、日本は、経済で中国にますます大きく引き離され、周回遅れの国内総生産(GDP)3位国に甘んじることになりかねない。

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    「縦割り行政」打破だけでは物足りない、スガノミクス成功のカギ

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 菅義偉(すが・よしひで)政権の経済政策を「スガノミクス」と呼称することが、国際的に広まりつつあるが、国内ではいまだ馴染みがないのかもしれない。その理由はどのような政権であれ、現在の日本が直面している最大の課題が新型コロナ危機であり、危機対応にはそう大差がないからだ。 つまり、菅政権の個性が出にくい状況になっているのである。コロナ危機において、求められている政策を単純化して説明すれば、感染を抑制しながら、経済を危機前の水準まで回復させることだ。 そのためには、さまざまな分野での自粛要請や規制の緩和、そしておカネが不足している個人や企業への支援が必要である。 この新型コロナ危機前の経済水準に回復しなければ、菅政権だけではなく、いかなる政権も「失政」と判断されるだろう。そのためできるだけ早期に危機前の状況に戻ることが求められている。 国際通貨基金(IMF)など国際機関の推計で、2022年には日本経済が危機前の水準に戻るとされている。その時期を早められるかどうかで、菅政権のコロナ対策に対する評価が決まってくる。 だが、無個性というわけではもちろんない。例えば、前例主義や悪しき慣習、そして既得権益によって継続しているような「縦割り行政」の弊害をなくすことが、やはり菅政権の個性になるだろう。 河野太郎行政改革担当相は日ごろから行政改革に強い意欲を示していたので、適材適所だろう。政権が掲げるデジタル庁の設置は最も分かりやすい縦割り行政の打破に繋がる可能性がある。記者会見に臨む河野太郎行政改革・規制改革担当相=2020年9月17日、首相官邸(佐藤徳昭撮影) 平井卓也デジタル改革相は2021年中の新設の意向を表明しているが、時限的なデジタル庁の設置も、その期間内に成果を出すことが目標化しやすい。そして、デジタル庁の縦割り行政の打破の一例は、やはりマイナンバーカードを利用した一元的な税や社会保険料、NHKの受信料などの歳入管理だろう。新型コロナ危機で国民一人当たりの定額給付金を支給することが遅れた背景の一つに、このマイナンバーカードを効率的に政府が運用できていなかったことが指摘されている。 ただ、米国のように政府発行小切手の形での支給方法もあったとする批判もある。いずれにせよ、今後も同様の経済危機が発生しないとは限らない。手前勝手な「財政再建」 また、年金保険料の徴収漏れを防ぐことが、最も単純明快に年金財政の改善に資するともいわれている。あるいは全ての銀行口座とマイナンバーカードのひも付けができれば、税徴収がより公平かつ効率的になるだろう。 マイナンバーカードを通してだけでも、デジタル庁の業務が重要なのが分かる。しかし、反対する既得権益層も多いだろう。 特に、マイナンバーカードを利用して、税や社会保険の徴収を一元化するとなると、縦割り行政で甘い汁を吸っていた省庁が抵抗することは間違いない。税金であれば財務省、国民年金や雇用保険は厚生労働省、そしてNHK受信料などは総務省の反対が容易に想像できる。 中でも、最も注目したいのが財務省の出方である。上述した税と社会保険の一元的な徴収は、従来から「歳入庁」構想と言われてきたものである。財務省はこの構想に猛烈に反対してきた。 歳入庁を作り、税や社会保険の徴収を効率化すれば、財務省が常日頃から主張している「財政再建」にも役立つのに、同省は一貫してこの構想に反対している。財務省としては税務関係の利権を手放したくないのだろう。 これを考えると、財務省が増税の理由にしている「財政再建」がいかに手前勝手な理由かも分かる。自分たちの利権を守るためには、むしろ税や社会保険料がちゃんと徴収できない方がいいのだ。 言い換えれば、自分たちの利権のツケを国民に増税という形で回していることになる。何という「デタラメ行政」だろうか。デジタル庁を通じて、どこまで「デジタル歳入庁」的なものが実現できるかどうか、注目すべきポイントである。デジタル庁設立に向けた検討会に出席した平井デジタル改革相=2020年9月19日、東京都港区 行政改革だけではなく、地方銀行の「過剰」を問題視し、中小企業基本法の見直しを検討したいと述べるなど、菅首相の経済思想の核心は、彼が政治家として経験を積み上げてきた小泉純一郎政権での「構造改革」的なものを想起させる。アベノミクスの「三本の矢」では、成長戦略と呼ばれていたものだ。構造改革とはどういうことか、改めて説明しておきたい。 資源配分の効率的改善へのインセンティブを生み出すような各種の制度改革のことであり、具体的には、公的企業の民営化、政府規制の緩和、貿易制限の撤廃、独占企業の分割による競争促進政策などがそれにあたる。それによって、一国経済において、資本や労働という生産資源の配分が適正化され、既存の生産資源の下でより効率的な生産が達成される。すなわち、潜在GDPないし潜在成長率が上昇する。野口旭・田中秀臣『構造改革論の誤解』小泉流構造改革の「誤用」 日本経済の潜在的な力を規制緩和や行政改革で改善するというのが、構造改革の分かりやすい表現だろう。ところが小泉政権の、特に初期において、本来の構造改革が誤用されていた。 代表的には、小泉元首相が発した「構造改革なくして景気回復なし」に表れている。この小泉流構造改革は、本来のものとは異なる。 先の構造改革の定義の中には、景気回復がそもそも入っていない。景気回復のためには、おカネの不足を解消することが必要だ。その役目は、金融政策や財政政策が担う。 しかし、構造改革は全く異なる問題を扱っているのである。つまり、いくら構造改革をしても景気がよくなることはない。むしろ構造改革ばかりやっていては、景気を悪化することにもつながる。 例えば、景気が悪化している中で、個々の企業が経営を立て直すためにリストラ(事業再構築)をするとしよう。これは個々の企業の「構造改革」である。 だが、リストラされることで職を失う人が増えたり、残った従業員も給料やボーナスなどをカットされれば、経済全体から見れば、ますます景気が悪くなってしまうだろう。それと同じように、日本経済全体でおカネが不足している状況で、政府のリストラを極端に進めてしまい、政府から出るおカネが絞られると、さらに景気は悪化するだろう。 この景気対策と構造改革が異なる政策目的を持つことを十分に理解しなかったのが、前期の小泉政権だった。後半でかなり改善したとはいえ、それでも財政政策や金融政策をフル回転させて長期停滞を完全に克服することは、やはり構造改革のよりも優先順位が低かった。小此木彦三郎氏の墓を訪れた後、集まった人たちに手を振る菅義偉首相=2020年9月、横浜市西区(代表撮影) その証拠に、郵政民営化の見通しが立ったところで、首相を辞任してしまった。そのために日本の最大の問題であった長期停滞からの脱出は不十分なままに終わった。 2012年末からの第2次安倍晋三政権はこの小泉政権の経済政策への「反省」にも立脚していたことは間違いない。少なくとも「構造改革なくして景気回復なし」という間違った構造改革主義に陥ることはなかった。「構造」に傾斜する菅首相の個性 むしろ、インフレ目標付きの量的緩和を主軸に据えるなど、長期停滞脱却に全力を尽くした。その政策割り当ては、日本政治の中で傑出した「政策イノベーション」であった。もちろん民主党政権の負の遺産である消費増税に妨害されたため、長期停滞を脱しても、デフレを完全に克服するところまではいかなかった。 スガノミクスは、基本的にアベノミクスの遺産を継承している。つまり、正しい政策の割り当てに準拠する、と菅首相自身が明言しているのだ。 おカネ不足=景気の問題には金融政策と財政政策で、縦割り行政の弊害などには構造改革で、という政策の割り当てを強く意識している。その意味では、経済政策の「スジがいい」政権だといえるだろう。 ただし、菅首相自身の個性はやはり構造改革に傾斜していることに間違いない。そのため、景気悪化が続く際には、今よりも積極的な景気対策を出せるかどうかが今後問われることになるかもしれない。 定額給付金の追加支給や携帯電話料金の大幅引き下げ、NHK受信料の引き下げだけではなく、本命である消費減税や防災インフラの拡充などにも乗り出す必要が出てくるだろう。 日本銀行との協調も見直すべきだ。インフレ目標の引き上げを迫ると同時に、日銀側に政府として「約束」することから財政再建を外すべきである。むしろ雇用の最大化を政府が約束し、日銀はインフレ目標の達成を約束するという形で協調の「中味」を変更すべきだ。 これは理由がある。日銀がいくら景気の改善でインフレ目標の達成を目指しても、他方で政府というよりも財務省が財政再建を理由に増税してしまえば景気が悪化するからだ。菅義偉首相との会談後、記者団の取材に応じる日銀・黒田東彦総裁=2020年9月23日、首相官邸(春名中撮影) 金融緩和の威力の方が、財政政策の緊縮度合いを上回っていたために、なんとか長期停滞を脱することができた。それでも、デフレを完全に脱却できなかったのは、このちぐはぐな政府と日銀の協調の「中味」に依存している。ちぐはぐを正すためにも、政府と日銀の協調の見直しが必要だ。 そもそもインフレ目標が達成され、雇用が最大化していれば、経済成長は安定化し、それによって財政も安定化することは自明である。スガノミクスが成功するかどうかは、この自明な政策の割り当てを追求していけるかどうかにかかっている。

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    内閣支持率爆上げ、「菅政権」も弄ばれるワイドショー民の不合理

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 「ワイドショー民」たちほど信用できないものはないな。ここ数日、そういう言葉が自然と浮かんでくる。 安倍晋三首相が健康を理由に辞任を表明した後に行ったマスコミ各社の世論調査で、内閣支持率が異例の急上昇を見せ、不支持率を大きく上回った。辞任前の各社調査では、不支持率が支持率を上回り、その差が拡大傾向にあったが、一変してしまった。 特に、安倍政権の「宿敵」朝日新聞の世論調査では、7年8カ月の安倍政権を「評価する」声が71%に達した。安倍首相の辞任表明前と政策的な変化は全くないので、まさに世論が単に辞任報道を受けて意見変更したに他ならない。 そしてこの「意見変更」により、「世論」の大部分が、いかにテレビや新聞などの印象だけで判断しているか、との疑いを強めることにもなる。政策本位の評価ではなく、テレビや新聞での印象に左右され、感情的に判断する世論のコア、これを個人的に「ワイドショー民」と呼んでいる。 このワイドショー民とどこまで重なるか分からないが、この安倍政権に対する世論の在り方を分析している政治学者もいる。早稲田大政治経済学術院の河野勝教授の分析はその代表的なものである。 河野氏の分析を紹介する前に、世論調査で筆者が問題にしている点をいくつか指摘したい。安倍政権に関する世論調査の動向を分析すると、20〜30代の若年層では、内閣支持率が安定的に高水準で推移している。一方で、世代が上になればなるほど、政権の年数経過によって支持率が下落傾向にあり、時には急落した後に反転することを繰り返している。 安倍政権の経済政策の成果によって若年層の雇用状況が改善し、その状況が支持の高止まりを形成している、というのは分かりやすい仮説である。だが他方で、若年層より上の世代の支持率の急減少と回復という「支持率の循環」をどう説明すべきか。台風10号に関する関係閣僚会議に臨む安倍晋三首相(手前)。奥は菅義偉官房長官=2020年9月6日、首相官邸(川口良介撮影) 2点目はインターネットで熱い話題となっている消費税に関してだ。2014年4月と2019年10月に実施した消費税率引き上げが内閣支持率に大きな変化を示したかといえば、NHKの調査を含めてはっきりとしないのである。政策よりも「お灸効果」 むしろワイドショーなどで、安保法制議論や首相主催の「桜を見る会」関係を「スキャンダル」として連日取り上げた方が勢いよく上下動を起こす。財政政策上の最大の課題が、さほど内閣支持率に有意な変化を与えていない。これは注目すべきことだ。 実際に、河野氏は株価などと内閣支持率が連動していないことにも注目している。現在の日本では、安倍政権に考え方の近い層が厚く存在し、その層が政権の説明不足を求めて不支持を決めるという「合理的」な判断をしているというのだ。 確かに各種世論調査では、「スキャンダル」的な動きがあるたびに「説明が足りない」とする割合が上昇し、そして他方で内閣支持率は低下し、不支持率が上昇する傾向にある。いわば潜在支持層の政権に対する「お灸効果」だ。 そう見れば、今の国民の中には安倍政権と考えの近い支持層が非常に厚いのかもしれない。ただ、河野仮説のように本当に潜在的支持層の判断が「合理的」ならば、自分の利用できる情報を全て活用するはずだ。 経済データだけその判断に影響を与えないということは、特定のバイアスが存在していて、「合理的」、あるいはそれほど賢明な判断をしているとはいえないのではないか。それを示す代表例が、冒頭でも紹介した今回の内閣支持率のジャンプアップだ。 先述の通り、政権では、辞任表明以外に何の政策決定も起きていない。つまり、利用できるデータに変化がないにもかかわらず、世論の支持が大きく変わったのである。 これこそ、まさにテレビのワイドショーの話題の取り上げ方で政治への印象が大きく影響されているのではないか。個人的には、世論のコアにあるワイドショー民の存在を裏付けているのではないかと思う。空手道推進議員連盟設立総会に臨み、菅義偉官房長官(左)に話しかける自民党の石破茂幹事長=2014年6月(酒巻俊介撮影) さらに、これまでは、ほとんどの世論調査で「ポスト安倍」候補は断トツで石破茂元幹事長だったが、最新では軒並み菅義偉(よしひで)官房長官がぶっちぎりの首位となっている。このことも、最近テレビの露出の多さに影響されたワイドショー民の選択の結果だろう。「反緊縮」に煽られる人たち それでも筆者は前回で指摘したように、政策では石破氏や岸田文雄政調会長よりも菅氏の方が断然に優位だと考えているので「結果オーライ」だと黙っていればいいのかもしれない。しかし、このワイドショー民の存在が確かならば、最近ワイドショーが見せる「まき餌」を再びちらつかせる動きに注意すべきだろう。 多くのマスコミが石破氏に好意的なのはほぼ自明である。その中のいくつかの媒体で、石破氏を消費減税派に、菅氏を消費増税派として、それを「反緊縮vs緊縮」までに仕立て上げようという動きもあるようだ。 個人的には、金融緩和に否定的な石破氏が反緊縮派ということはありえないと思っている。それでも、この構図に煽られる人たちは多いだろう。 確かに、10%の消費税率を維持したまま反緊縮政策を目指すことも理論としては十分可能だろう。全品目軽減税率を導入したり、定額給付金を国民全員や特定層に向けて配布する考えもある。携帯電話代やNHKの受信料を政策的に「大幅」減少させたり、貧困家庭への光熱費免除もあり得る。 ただ、それらの政策を進めるために重要なのが、金融緩和のサポートだということは、言うまでもなく大前提になる。まさにこの考えに、菅氏が肯定的で、石破氏は否定的なのである。ワイドショーなどで見られる、消費税の在り方だけで両者を単純な対立図式とすることに、筆者が異論を唱える根拠でもある。 消費税は重要な政策だが、それでも財政政策のオプションの一つにすぎず、それを硬直的に消費減税原理主義と捉えるのはおかしい。ただ、いずれにせよ、新型コロナ危機以後、「コロナ税」のような動きに徹底して反対を唱えることは、日本経済のことを考えれば最重要である。この点については、「菅政権」の動きを注視していかなければならない。特別定額給付金でマイナンバーの手続きに訪れた住民らで混雑する大阪市浪速区役所の窓口=2020年5月11日(寺口純平撮影) 一方、立憲民主党など野党が、選挙のたびに消費税の減税や廃止を主張するにもかかわらず、国会が開会すると事実上忘れてしまうことを何度も繰り返している。だが、懲りもせずこの種の「煽り」に引き込まれる人は多い。 しかも、そのような「煽り」を批判しているだけなのに、なぜだか筆者が「消費増税賛成」や「消費税減税反対」派になってしまうようだ。個人的には、このようなタイプの人にならないことを多くの人に願うだけである。

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    安倍政権が消費増税を断行した“本当の理由”

    荻原博子(経済ジャーナリスト) この10月1日に、いよいよ消費税が10%に引き上げられました。「本当に増税されるのかな?」と半信半疑のまま、気が付いたら「消費税10%時代」を迎えたという方も少なくないでしょう。 私自身、安倍政権は消費税を上げられないと考えていました。根拠は選挙です。有権者に明確な負担増を強いる消費増税が、選挙戦を戦ううえで大きなディスアドバンテージになることは言うまでもないでしょう。 たとえば、2018年5月に行なわれたマレーシアの国政選挙では、マハティール首相が「消費税ゼロ」を公約に掲げて勝利しました。最近のマレーシアは経済成長率が低下しており、消費の減少が原因だと考えられていました。 とりわけ、2015年にナジブ前政権が導入した物品・サービス税(日本の消費税に相当)に対して国民が向けた目は厳しく、だからこそマハティール首相は事実上の消費税廃止を訴えて選挙に勝ち、同年6月に実行に移したのです(その後、代わりに売上・サービス税を復活)。 安倍首相は、昨年11月にマハティール首相と会っています。私はその動きもふまえたうえで、「消費税は上げられない」とみたわけです。 安倍政権には選挙しか頭のなかになく、危ない橋を渡らないだろう、と。同様に考えていた識者は多かったはずです。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) そんな大方の予測とは裏腹に消費税が引き上げられたのは、ひとえに7月の参院選があまりにも「無風」であったからにほかなりません。参院選が本格化する前から、今回の選挙は与党が盤石だと報じられていました。 また、消費増税に関する世論調査は、賛成派と反対派がおおよそ5分5分に分かれていたとはいえ、もはや国民のあいだでは大きな関心事ではなかったかもしれません。愚策だった消費増税 選挙前のニュースを思い返してください。消費増税を論点とするメディアは少なく、むしろ「老後2000万円問題」のほうがインパクトは大きかった。そうした世情に鑑みたうえで、現政権は消費増税に関しては強行できると判断したのです。 一方の国民側は、投票率が48.80%と24年ぶりに50%を割ったように、消費増税のみならず政治に対しての「諦観」が蔓延しています。 野党があの体たらくなのは確かですが、与党はその野党を批判するばかりで矛先をずらしている。選挙で「NHKから国民を守る党」が議席を確保したのは、そんな与野党の混迷の表れでしょう。 本来、消費税は上げるべきではなった。もはや詮無きことですが、私はいまでもそう考えています。現在、多くの世帯が家計に苦しんでいることは、あらためていうまでもありません。 「景気は緩やかに回復している」とは、2012年末にアベノミクスを始めて以降、黒田日銀総裁や菅官房長官が発する「決まり文句」ですが、そう実感している家庭がどれだけあるでしょうか。 一般世帯の家計は厳しくなるばかりで、多くの人が消費を控えざるを得ない現状です。にもかかわらず消費増税を行なうのは愚策としかいいようがない。 こう話すと、よく「国の借金はどうするのか」と返されます。しかし、いくら国の借金が1000兆円以上あろうとも、年間約500兆円(実質GDP)を稼ぐ日本の屋台骨はそれほど簡単に揺るぎません。 いまの日本の財政状況は、わかりやすくいえば業績は下がっているものの、底力のある「老舗商店」です。日本はここ数年で成り上がった新興国ではありません。 国際的な信頼もある。対外純資産残高は300兆円を超えており(2018年末時点)、世界最大の純債権国の地位を、28年のあいだキープしているのです。 また、見落とされがちなのが、約1000兆円の国債のうち、日本銀行が約450兆円を保有している事実です。もちろん問題はありますが、いわば親会社が子会社に借りているようなものです。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) そうした日銀保有の国債に限り、60年の償還期限を100年に延長したり、借り換えを続けられるような仕組みをつくったりと、いくらでも手の打ちようはあるのです。 そうした問題を論じることもなく、「消費増税反対派は国の未来を考えていない」などと語るのは、まさしく政府に巧みに誘導されているとしか言いようがありません。関連記事■年金で最もトクする"支給開始の年齢" 調べてわかった「損益分岐点」■狙われる退職金! "投資に向いていない人"の「3条件」■「年金は破綻しない」と断言できる3つの根拠

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    コロナ禍の日本経済を救うのは「最強の盾」スガノミクスしかない

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 先週の連載では、安倍晋三首相の連続在任「2800日」を記念して、これまでのアベノミクスの総括と今後の課題を書いた。結論部分を引用しよう。 感情的な印象論で決めがちなワイドショー民、健康を政争にすることを恥じない野党勢力、不況を責めながら不況をもたらす財政規律を言い続けるめちゃくちゃなマスコミ。こんな環境の中で、安倍首相はよく2800日も政権を続ける強い意志を持ち続けたと思う。本当に「偉業」だと率直に評価したい。 この論考が掲載された3日後に、安倍首相は健康悪化を理由に突然辞任を表明した。国民の多くは驚いたに違いない。 7年8カ月もの間、その強い責任感とリーダーシップで、日本の長期停滞を終わらせたことに、ここで改めて感謝と「お疲れ様でした」の言葉を送りたいと思う。もちろん残されたさまざまな課題は、われわれ国民がこれからも取り組んでいかなければならない。 現在「ポスト安倍」をめぐる政界の動きが急である。自民党は総裁選出を国会議員と各都道府県の代表による多数決で決める方向だという。 総裁選の主軸は、菅義偉(よしひで)官房長官と岸田文雄政調会長である。その他立候補を噂されている石破茂元幹事長や河野太郎防衛相らにとって、上記の選出方法が決まれば、今回は芽がないだろう。 菅、岸田両氏の政策の違いは、とりわけ経済政策において鮮明になる。前者はアベノミクスの継承であり、後者は財務省の主導する緊縮政策により立脚するであろう。 もちろん岸田氏も、当面は安倍政権の経済政策を継承すると口では言うかもしれないが、実際には財政再建を極めて重視することは間違いない。取材に応じる自民党の岸田文雄政調会長=2020年8月30日午後、東京都千代田区(萩原悠久人撮影) 筆者は、現状の日本経済で財政規律を持ち出すことは、日本社会の「死亡宣告」に等しいと思っている。新型コロナ危機で積極的な財政政策を続けなければ、失業者と倒産が雪崩のように出現してしまうだろう。財政規律を一時棚上げし、今は金融政策と財政政策の積極的な対応を行うべきだ。 実際に先進国や主要国際機関で、新型コロナ危機に直面する中で、財政再建に注力する政治勢力が中心になることはありえない。だが、日本では岸田氏が典型的だが、財政再建を公言する政治家が主流になりがちであり、その流れがそのまま日本経済を長く低迷させてきた人的要因でもあった。 率直に言って、筆者は菅義偉政権の誕生以外に、現在の日本経済には選択肢はない、と判断している。すなわちアベノミクスを継承し、それを超えていく「スガノミクス」こそが求められる。菅氏が築く経済の「防御帯」 アベノミクスの遺産は、前回の論考でも整理したように、日本経済に三つの防御帯を構築したことにある。「雇用の改善」「株価、不動産価格など資産価格の安定」「為替レートが過度な円高に陥ることがないこと」だ。それぞれの詳細な成果については、前回の論考をぜひ読んで頂きたい。 スガノミクスにはこれらの防御帯をさらに強固にしていくことが望まれる。特に主力に置くべきポイントが「雇用のさらなる改善」と「国民個々の所得増加」である。 雇用について特に重要視されるのが質的な改善だ。もちろん現在、新型コロナ危機で悪化している失業率や急減している有効求人倍率を回復させることは当然である。 しかし同時に、雇用の質的改善もさらに行うべきだ。失業率や有効求人倍率ほどには話題に挙がらないが、安倍政権の下で2018年から採用されている経済指標に「未活用労働指標」がある。これは簡単に言えば、失業者数、職に就いているものの現況をさらに改善したくて転職を希望している「追加就労希望就業者」や、不況で仕事を探すこと自体を断念した「潜在労働力人口」を広範囲に含めた指標である。 パートやアルバイトなど非正規雇用者のうち、正規雇用に転じたいと考えている人たちは「未活用労働指標」の中に含まれる。この数値が低ければ低いほど、雇用の質は改善される。 新型コロナ危機以前は、アベノミクスの成果で未活用労働指標の数値は年々低下していた。各国比較でも、図1のように断トツに良好なパフォーマンスを示していた。参照:厚生労働省。%は速報値 だが、現状では新型コロナ危機の影響で7・7%に上昇し、事態は悪化している。まずスガノミクスの課題は、この水準を昨年末の5・7%(確定値)まで引き下げ、さらに改善していくことである。 そのための政策上のイノベーション(革新)は何か。それは「菅政権」と日本銀行の協調による、名目国内総生産(GDP)成長率目標政策を採用することである。 日銀には雇用の重視を今以上に求めることになる。場合によっては日銀法を改正して、物価の安定と雇用の最大化について、日銀に対して明瞭にコミットさせる必要も出てくるだろう。会見で辞任の意向を表明、退席する安倍晋三首相。奥は菅義偉官房長官=2020年8月28日、首相官邸(春名中撮影) これには官僚勢力の強い抵抗も予想される。ただ、菅氏が官房長官時代に培った抜群の官僚抑止の手腕が発揮できるに違いない。 菅氏の官僚操縦術を支える官房長官には、やはりその面で抜群のセンスを誇る河野太郎防衛相が適任かもしれない。これは嘉悦大の高橋洋一教授らのアイデアでもあるが、さすがにどうなるかは分からない。「政策協調」カギ握るのは 余談は控えて、経済政策に戻ろう。名目GDP成長率では、4%の政策目標を掲げるべきだ。 ただし、過去に政府が掲げたような実質成長率の明示までは特に必要ではない。あくまで名目GDPの成長率に徹した方が日本経済にとって得策である。なぜなら日銀の金融緩和に大きな改善の余地を与える必要があるからだ。 最近、米中央銀行である連邦制度準備理事会(FRB)は、雇用の最大化を目指して、「一定期間の平均で」2%のインフレ目標に向かうように試みると発表した。これはエコノミストのラルス・クリステンセン氏らが指摘しているように、従来のインフレ目標の上限値2%を2・5%に引き上げたのと同じ効果を持っており、大きな緩和効果が期待できるだろう。 日銀も、現状ではインフレ目標2%を超えても、しばらくは放置するといっている。おそらく今の黒田東彦(はるひこ)総裁率いる日銀の公式見解では、FRBの政策変更と日銀の現状の政策は同じであると述べるだろう。 だが、それは正しくない。特に黒田日銀の現状では、あまりにインフレ目標へのこだわり(≒コミットメント)が弱まっているのが問題だ。 これを「菅政権」との政策協調で、4%の名目GDP成長率目標政策を約束させるのである。今の日本の経済の潜在能力を考えれば、事実上2%以上のインフレ目標を国民に約束したことに等しくなる。 現状の日本経済の潜在能力は、経済回復が進めば徐々に上昇していくと考えられるが、当面は1~1・5%程度だろう。そうなると2%以上のインフレ目標が当面必要になる。 黒田日銀は、政府との4%の名目GDP成長率目標政策の協調を確約した段階で、FRBと同様に「平均して2%のインフレ目標に向かうように努力する」と宣言すべきだ。さらに一段増やして「3%のインフレ目標の引上げ」でも構わない。金融政策決定会合後、記者会見を行った日銀の黒田東彦総裁=2020年7月15日、日銀本店(代表撮影) この4%の名目GDP成長率目標政策の協調のためには、名目GDP成長率の上昇を損なう財務省、つまり「岸田的な増税路線」、財政再建路線の放棄が必然的になる。 4%の名目GDP成長率目標が達成された段階で、そこから今度は5年、10年先をめどにして名目GDP「水準」目標に切り替えていく。そうすれば、消費増税を実施しない期間のアベノミクスがそうだったように、債務残高とGDP比率が安定的に推移し、財政破綻の危機はなくなるだろう。 実際に菅政権が誕生するかどうかは分からない。政権が誕生しても派閥のない菅氏がどこまで自民党の増税勢力を抑え込むことができるか未知数だ。だが、現状のポスト安倍の布陣を見る限り、菅氏以外に選択の余地はない。 日本経済と社会の再生のためにも、スガノミクスの誕生に期待したい。

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    「戦後最悪」GDP減があぶり出す、悪意に満ちた恥知らずな面々

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 内閣府が発表した2020年第2四半期(4~6月)の実質の国内総生産(GDP、季節調整値)速報値は前期比7・8%減、年率換算では27・8%減となった。4月から6月の間は、緊急事態宣言の発令期間を含むため、当初から大きく経済が落ち込むことが予想されていたが、ほぼその見込み通りとなった。 ワイドショーや報道番組などマスコミは、この減少幅からリーマン・ショックを超える「戦後最大の落ち込み」と報じている。「補正予算の効果が入ってこれだけの落ち込み、大変だ!」と騒いだり、一部の野党のように「アベノミクスの失敗だ」という見方を示す人たちもいるが、おそらくこの種の人たちは、今回の「新型コロナウイルスの経済危機」をきちんと理解していない。 まず、そもそもリーマン・ショックといった通常の経済危機と比較すること自体が間違っている。 その前に、年率換算で経済の落ち込みを評価する「慣習」もばからしいので、そろそろやめた方がいいだろう。なぜなら年率換算とは、今期の経済の落ち込みが同じように1年続くという想定で出した数値である。 冒頭でも指摘したが、今期は緊急事態宣言という経済のほぼ強制的な停止と、その後の再開を含んでいる期間だ。これと同じことが1年継続すると想定する方がおかしいのは自明である。 その上で、リーマン・ショックのような通常の経済危機との違いも明瞭である。通常の経済危機の多くは「総需要不足」によって引き起こされる。簡単にいえば、おカネが不足していて、モノやサービスを買いたくてもできない状況によって生じるのである。 だが、今回の新型コロナ危機は事情がかなり違う。政府が経済を強制的に停止したことによって引き起こされているからだ。4~6月期の国内総生産(GDP)速報値の発表を受け、「アベノミクスが失敗に終わったことを示すものでもある」とのコメントを発表した立憲民主党の逢坂誠二政調会長=2020年7月(春名中撮影) それによっておカネが不足することもあるが、そもそもの主因は強制停止自体に基づく。そのためこの強制的な経済の停止期間を乗り切れるかどうかが、経済対策のポイントになる。 もちろん新型コロナ危機の前から、景気後退局面にあった2019年10月に消費税率を10%に引き上げたという「失政」もある。これは忘れてはいけないポイントだが、本稿では当面新型コロナ危機の話だけに絞りたい。 ここで、新型コロナの経済危機の特徴をおさらいしておこう。「コロナ経済危機」三つの特徴 1)新型コロナの感染がいつ終息するか、誰も分からない。これを「根源的不確実性」が高いという。天気でいえば、明日の予想確率が全く分からない状況だ。雨かもしれないし、晴かもしれない。ひょっとしたら大雪か、はたまた酷暑かもしれない。 つまり、予想が困難な状況を意味する。最近はワクチン開発や感染予防、早期治療のノウハウも蓄積してきているため、「根源的不確実性」のレベルはかなり低下してきているが、いまだに国内外で新型コロナ危機の終わるめどは立っていない。 2)経済活動と感染症抑制はトレードオフ関係にある。経済活動が進めば、それだけ感染症の抑制が難しくなり、抑制を優先すれば経済活動を自粛しなければならない。この発想に基本的に立脚して、日本は緊急事態宣言を発令し、諸外国はそれよりも厳しい都市封鎖(ロックダウン)政策を採用した。 ただし、最近の研究では、ロックダウンと感染症抑制は相関しないという検証結果が相次いで出ている。むしろ、ソーシャルディスタンス(社会的距離)やマスク利用の徹底のような日常的な感染症対策や、医療サービスの確保などに留意し、その上で経済活動を進めていく方が望ましい。経済活動を自粛するにせよ、限定的なものが最適になる。 いずれにせよ、緊急事態宣言の効果は、今回のGDP速報値に含まれているので、経済の落ち込みへの「寄与度」を分析してみたい。この場合、既に指摘したように年率換算や単なる前年同期比で比較するのはセンスがない。 分かりやすくいえば、経済の落ち込みと再開が短期的にかつ急激に現れているのが、新型コロナ危機の特徴だった。そうであれば、むしろ前期比(季節調整済)を利用した方がいい。 今期の経済全体の落ち込みは前期比で7・8%減だった。この「マイナス成長」はどのような要因でもたらされたかといえば、4・5%減の消費と3・1%減の輸出である。 理由は分かりやすいだろう。緊急事態宣言中で消費が委縮し、国際的な感染拡大の影響が輸出に及んでいるからである。GDP速報値が年率換算で27・8%減となり、記者会見する西村経済再生相=2020年8月17日 3)経済対策は、感染が終息しない時期の対策(感染期の経済対策)と、その後の経済の本格的な再開時期に採用される政策(景気刺激期の経済対策)では、かなり内容が異なる。 感染期は感染抑止が最優先されるため、限定的にせよ全面的にせよ経済活動がほぼ強制的に停止することになる。客が来なくてもどの店も潰れず、仕事がなくても労働者が解雇されない、そういうサバイバルを可能にする政策を採用する必要がある。注:IMFブログより引用 多くの国では、給付金や減税などの「真水」政策と、融資などの政策を組み合わせて、そのサバイバルを目指した。この感染期の経済対策についてGDP比で見ると、日本は国際水準でトップクラスである。落ち込み「批判ありき」では分からない ただし、景気刺激政策に関して、日本政府はいまだ無策に等しい。「GoToトラベル」が景気刺激期の経済対策の一つだったが、感染終息がまだ見えない段階で始めてしまったために、その効果は大きく削減された。 さらに、景気刺激期の政策であるため、感染抑制に配慮していないことも問題視されている。だが、繰り返すが、日本の感染期の経済対策は、不十分な点はあるかもしれないが、それでもかなりの成果を上げていることを忘れてはならない。 国際通貨基金(IMF)の今年度の経済成長率予測で、日本は先進国の中で最も落ち込みが少ない。それは先のGDP比で見たように、給付金や融資拡大といった感染期の経済対策が貢献しているのは自明である。 ここまでは、新型コロナの経済危機について、大きく三つの特徴をおさらいしてみた。それでは、今回の経済の落ち込みの国内の主因である消費について見てみよう。この点では、明治大の飯田泰之准教授による明快な説明がある。 飯田氏は「『家計調査』をみると、消費の低下は4-5月が大底となり、6月には年初の水準まで回復していることが分かります」と指摘している。その上で「ただし、消費については4-5月の消費手控えの反動(4-5月に買わなかった分6月にまとめて買った)可能性が高いでしょう。今後の回復の強さについては7月分の消費統計に注目する必要があります」とも言及している。 これは、緊急事態宣言の発令中には、そもそも消費したくてもお店が閉まっていることや、感染拡大を忌避して、積極的な買い物をする動機付けが起きない人々のマインドゆえに消費が急減少したことだ。 そして総需要不足、つまりおカネ不足がそもそもの主因ではないために、宣言解除後から急激に消費が戻っていることが明瞭である。この消費の急激な回復には、感染症へのマインド改善とともに、定額給付金効果もあったに違いない。ただ、今後については分からないのも確かだ。東京・新宿の慶応大病院に入る安倍晋三首相が乗ったとみられる車=2020年8月17日(児玉佳子撮影) このように政府の経済対策では、評価すべきところは評価しなければならない。政権批判ありきの悪意の人たちは、ともかく「アベノミクス失敗」「無策」と全否定しがちだ。それは政治的な煽動でしかない愚かな行為で、より望ましい経済政策を議論する基礎にはなりえない。 さらには、安倍晋三首相が検査のために慶応大病院(新宿区)に行ったことを、鬼の首をとったかのように、政権批判や首相の健康批判に結びつける論外な人たちもいる。この点については、タレントのダレノガレ明美の真っ当な意見を本稿で紹介し、悪意の人たちに猛省を促したい。タレントのダレノガレ明美のツイート 経済対策に話を戻す。今後最も懸念される事態は先述の通り、本格的な景気刺激策が採用されていないことだ。この点については、問題意識と具体的な対策に関して、8月17日の「夕刊フジ」で解説したので、ぜひ参照してほしい。 付言すれば、定額給付金については、もう一度10万円配布でもいいが、それよりも「感染終息まで毎週1万円の給付金を全国民に」という大阪大の安田洋祐准教授の案が望ましい。この政策は長期のコミットメントにもなることで、金融政策とも折り合いがいい。恒久的な消費減税の代替や補完にもなるだろう。

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    「数字の恐怖」に騙されない!経済と両立できるコロナ第2波への良薬

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) ワイドショーの煽りがやまない。新型コロナウイルスに関するほとんどの報道が、全国や都道府県別の新規感染者数や、家庭内や若者に代表される感染経路に偏って報じられているからだ。 前者は、特に「過去最高」という視点からの報道が主流になっている。これは新聞など他媒体でも変わらない。 8月2日の朝日新聞デジタルでも、ほぼ感染者数の動向しか記載していない。確かに感染者数だけ見ると「過去最高」の数字は深刻に思える。しかし、新規感染者数の全国・都道府県別の総数だけを強調することが、本当にバランスのとれた報道といえるのだろうか。 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会が7月31日に提出した「今後想定される感染状況の考え方(暫定合意)」を見ても、そうでないことは明らかだ。感染者数「だけ」の推移を見たり、3〜4月ごろの感染者数の動向と単純比較するのが正しくないことが明瞭に解説されている。 3、4月と6、7月の感染拡大を比較すると、後者では検査能力の拡充による無症状病原体保有者なども計上されていることや、医療機関や高齢者施設などの感染防止対策の成果等もあり、若年層を中心とした感染拡大が生じている。そのため、現在までのところ感染者数の増加に対して、入院者や重症者の割合が低くなっている。 この結果、3、4月の感染拡大時に用いた新規感染者数や倍加時間、感染経路の不明な症例の割合といった指標は、そのままでは医療提供体制のダメージなど、防がなければならない事態との関係性が、以前とは同等ではなくなっている。 検査の在り方や医療機関や高齢者施設における感染症対策の向上、そして治療法の確立が、3〜4月期に比べて変わった点だ。これは経済学でも「政策レジーム転換」といわれるものにあたる。いわば「ゲームのルール」が変わったのである。 野球でいえば、三振でアウトになっていたのが四振でアウトに変われば、間違いなくゲームの大きなルール変更だろう。それまでの選手データは当然、直接的に比較するのが難しくなる。 同じことは経済政策でも言えて、経済環境が従来から大きく変化するときに、これまでと同じような政策を用いても効果があるとは限らない、という意味である。 政策ルールをいつまでもデフレを継続するようなものから、デフレ脱却にコミットするルールに変更する。この政策レジームの変更と同じことが、感染症対策の評価についてもいえる、と政府の分科会は指摘しているのだ。新型コロナウイルス感染症対策分科会の冒頭、あいさつする同会の尾身茂座長=2020年7月6日(川口良介撮影) つまり、ワイドショーや他の媒体で、3〜4月期の感染者数と直近の感染者数の多寡を比べるのは適切な報道の在り方ではない。こうしたことは政府の公式資料を見れば、数分で気が付くことだ。だが、マスコミはそのような配慮をせずに、単純な「数字の恐怖」を煽るだけである。 では、今はどの点に留意すべきか。この点についても、先の分科会の文書が明瞭に指摘している。夏の「接触機会」減らすには? 検査体制(PCR陽性率など)、公衆衛生への負荷(新規報告数、直近1週間と先週の1週間との比較、感染経路不明の割合 など)に加えて、「新しいルール」では、特に医療提供体制への負荷(医療提供体制の逼迫(ひっぱく)具合)への注意を強調している。この指摘を踏まえて、今の政府の判断はどうなっているのか。 分科会の暫定合意は、単にマスコミ報道のように感染者数の人数のグラフで煽っているような爆発的拡大ではない。ただ、上図のように、既に緊急事態宣言といった強制性のある対応を検討する段階であり、メリハリの利いた接触機会の逓減を提起している。 特に挙げられる論点は、やはり夏休みの帰省だろう。それも、単に移動距離が大きい旅行だからではないことは明らかだ。 若い家族が自らの実家や田舎に帰る。そこには高齢の親戚がいるかもしれない。若い人たちに感染が拡大している状況では、かなり深刻な感染リスクをもたらすだろう。 この論考を書いている段階でも、新型コロナ対策を務める西村康稔(やすとし)経済再生相が分科会で対策を検討すると述べているので、掲載された時点では何らかの対応が発表されているかもしれない。いずれにせよ、お盆休みが接触機会の逓減を実現できるかどうかの山場となるであろう。 3〜4月期に比べると、今回は感染症対策と経済対策のトレードオフについて、合理的な解を見つけようと政府と分科会はかなり苦闘しているように思える。分科会の小林慶一郎委員は相変わらず「PCR至上主義」ともとれる資料を提出しているが、それに関してはノイズでしかないだろう。 ただし、不況が企業を淘汰してより高い生産性を実現する「清算主義」という「トンデモ経済学」で批判されている小林氏でさえ、中小企業の現状の深刻さを示す資料も提供している。もし、前回の緊急事態宣言と同じことを実施すれば、日本経済を決定的に悪化させ、中小企業の多数の倒産や営業停止、失業の高止まりなどが発生するだろう。これは小林氏だけではなく、筆者ら多くの経済学者やエコノミストが指摘していることである。 そのため、新しいルールで示されているような医療体制の充実と、それに伴う予算措置が必要になるだろう。もちろん、医療従事者に十分な給与を保障し、医療施設が経済的に困窮しない支援を併せて行うべきだ。そのための予備費活用も重要になってくる。 さらに、緊急事態宣言のような強制的な接触機会の制限がどれほど有効なのか、米国で経済学者と公衆衛生学の専門家が共同で取り組んでいる。 一例として、米カリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)のデビッド・バカーイ助教授ら経済学者と、公衆衛生学の専門家たちが、分野を超えて提起した論文「第2波への対策」(Baqaee et al. 2020)がある。この論文では、米国を事例とした第2波対策を二つのシナリオでシミュレーションし、その結果を比較している。結論は次の図で示した通りだ。  この二つの図はともに、垂直軸に死亡者数と失業率を同時にとっている。水平軸は時間の経過を示す。失業率と感染者数、低下させるには? この論文では、第2波は7月以降に起きると想定されていた。両方の図にある点線の垂直線は、左側がこの論文が発表されたときまでの現実の動きを示している。垂直線の右側はこれからの「予想」を描いていることになる。 この前提を踏まえて二つの図を確認すると、明瞭に異なる点がある。左の図は、仮に第2波がきたときに、今まで欧米で採用された厳しい外出制限や営業禁止などを伴う経済的なシャットダウン(ロックダウン)を再び行った場合のシミュレーションだ。 失業率は高いまま推移し、シャットダウンしたにもかかわらず、感染による死者数が減るどころか、むしろ増加している。これは家庭内感染や小規模な友人・知人などのクラスター、病院や老人ホームなどで感染者数が激増し、死亡者も増えるということだ。店が閉まっていても、最低限の人付き合いまでなくなったわけではないからである。 右の図は一切シャットダウンしないケースだ。そうなると経済活動は普通に行われるので、失業率は急激に下がる。そして同時に「あること」を実行すれば、感染者数も劇的に低下する。 これらの仮想的な比較実験から、バカ―イ氏らは次の結論を導いた。1.経済的介入(シャットダウン)と死亡者の減少は相関していない。むしろ、経済的介入は失業率の上昇と死亡者数の増加の両方を実現してしまう。2.感染拡大と相関してないので、仕事の継続は可能だ。ただ、同時に上記の「あること」をする必要がある。それは、米疾病予防管理センター(CDC)のガイドラインに従った生活方針、ソーシャルディスタンス(社会的距離)の継続やマスク着用などを採用することである。これは、日本でも同様のことを「三密」対策や「新しい生活様式」として提示している。 2-1.屋内での大人数集会の制限。劇場、スポーツ、その他のライブエンタテインメント(米経済の消費量の1%未満を占める)などリスクの高いビジネスの当面の閉鎖。→限定的なシャットダウンの採用。 2-2.マスクの着用、社会的距離の維持。 2-3.ウイルス検査と接触追跡の増加、自己隔離のサポート。 2-4.高齢者(75歳以上の人々)のための特別な保護、そのような補助生活施設や老人養護施設のスタッフや住民の定期検査実施のための財政支援、および高齢者を介護する労働者のための個人的保護具(マスク、フェイスシールドなど)の常備。そのための財政的な支援の実施。東京都庁で記者会見する小池百合子知事=2020年7月31日 バカ―イ氏らの研究は、今の日本でも大いに参考になるだろう。例えば、次の点が指摘できる。1)日本でも「第2波」が来たときに、全面的な休業要請よりも地域・業態を絞った休業要請に可能な限り留める。失業率の上昇など経済的な損失をできるだけ防ぐ。2)高齢者や持病を抱えている人たちなど、高リスクの人たちへの検査体制・追跡調査(接触確認アプリ「COCOA」の積極的推奨)・クラスター対策、医療・隔離施設の充実。その点に集中的に予算を配分する。3)マスク、社会的距離など「自主防衛」の徹底を促す。 もちろん、これとは別に、積極的な財政・金融政策を、その一部である予備費の有効活用を含めて実施することは言うまでもない。

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    政府VS東京「GoToトラベル」紛争の果てに見る共倒れの日本経済

    小倉正男(経済ジャーナリスト) 「GoToトラベル」、なんとも悩み深いキャンペーンだ。政府が急いだのは、4~5月にどん底をなめている全国の観光関連産業を救済して、経済活動全体の再稼働を盛り上げたいという目論見からである。 しかし、「GoTo」は急遽「東京外し」で行われることになった。それが東京都の小池百合子知事への「小池憎し」といった感情が混入した東京除外ということなら、なんと表現すべきか。政府と東京都との確執だが「GoTo」スタート直前に表面化した。 「GoTo」について、小池知事は臨時の記者会見で「現在の感染状況を踏まえると、実施の時期であるとか、その方法などについては、改めてよ~くお考えをいただきたいとお伝えしたい」と発言した。 小池知事は、都民に対して不要不急の外出を控える要請、都外への旅行などについては自粛を要請している。「(こうした事態では)キャンペーンはフルスペックにはならないのではないだろうか」。小池知事は、「GoTo」実施に疑問を呈し見直しを求めていた。 政府与党は、「東京外し」について「GoToキャンペーンを止めてほしいといったのは小池氏だ」と突き放したとされている。「(小池氏こそ)よ~く考えていただきたい」、と。これではケンカである。 この「東京外し」の直前には、菅義偉(よしひで)官房長官の「(コロナ感染問題は)圧倒的に東京問題」発言に対して、小池知事からは「むしろ国の問題だ」という反論があった。しかも小池知事は「GoTo」については、「暖房と冷房を同時にかけるようなこと」として、政策に「整合性」があるのか、と鋭い切り返しを行っている。 政策も人間がやっているのだから、感情が入るのは否定できない。ただ、「GoTo」から東京を外すのは結果としてやむを得なかったとしても、除外基準も何も明らかにせず、いきなり「東京外し」を行ったのは感情が少し入りすぎである。双方ともルサンチマン(恨み)が複雑に入りすぎている。確執レベルでほとんどケンカに近い。「GoTo」は実施前から波乱に満ちていたことになる。 「東京外し」についてだが、観光経済、あるいは経済効果に限定していえば暴挙にほかならない。東京都の国内総生産(GDP)は、日本のGDPの20%前後を占めている。東京のいわば金持ち層の上客を「GoTo」から除外したのだから、東京から全国に出て行くトラベルだけで30%内外の経済損失(機会損失・逸失利益)を見ておく必要がある。「GoToトラベルキャンペーン」開始日、JR東京駅で新幹線に乗り込む利用者ら=2020年7月22日 東京の観光経済は、江戸期の「入鉄砲出女」(江戸に鉄砲が入ってくる、人質である大名子女が江戸を出る)ではないが、東京から全国に出て行く旅行だけではない。顧みられない視点だが、地方から東京へのトラベルは日本の国内観光マーケットでは断トツのコンテンツである。「両諦」路線か 東京にエアライン、新幹線などの鉄道、長距離バス網が集中している。地方大都市などから東京に来てアパレル衣料、化粧品などショッピングをして、観劇をして食事をして、という経済効果がばかにならない。経済効果から見て、この地方から東京に観光に訪れるという機会損失・逸失利益も大きい。「東京外し」は経済、あるいは経済効果だけから見たら暴挙に近いというのはそのためだ。 政府は新型コロナウイルス感染防止と経済の両立を図るとしている。その両立の極地ともいえる政策が「GoTo」にほかならない。「東京外し」は行われたが、神奈川、千葉、埼玉の首都圏3県は「GoTo」に組み込まれて残存した。政府も「GoTo」から首都圏3県を除外することも検討したが、さすがにそこまで外せば経済効果は半減になりかねない。それでは「GoTo」をやる意味そのものがなくなる。 新型コロナ感染急増~感染爆発の傾向を抱えながら、「GoTo」を前倒しで実施するという政策は、政府にとってリスキーな政策という側面を抱えている。「GoTo」を進めれば新型コロナ感染を全国に極大化するリスクを持つことになる。かといって引っ込めれば信認が低下し政策の推進力を弱体化させるリスク(レームダック化)を顕在化させかねない。 進むも退くもリスクがあり「悪手」というか、引っ込みがつかない。本来的には、「GoTo」を拙速で行うのは慎重でなければならなかった。だが、地方観光地の疲弊を救済することから前のめりで実施を表明した。 そのため「GoTo」実施直前に連日300人に迫る感染者が出ていた東京(7月23日には感染者366人と過去最高更新)だけを外して、いわば足して2で割るような形で格好をつけたといえそうだ。 新型コロナの全国への感染拡大の防止にもほどほど配慮し、疲弊している地方観光地の経済振興にもほどほど気を使うという両立路線である。逆にいえば、新型コロナ感染防止と経済の両方をそれぞれ少しずつ諦める、「両諦」路線にも見える。 見通しが甘いというか、間が悪いというか、「GoTo」のスタートと同時に首都圏3県、大阪、愛知、福岡など大都市を抱える府県で感染が過去最高を更新、感染爆発といった動きが表面化した。新型コロナ封じ込めと経済の両立、これを同時に追求するという「二正面作戦」は簡単ではない。二兎を追って二兎とも得ることができるというのは極めて困難とそのリスクをこれまでの寄稿で指摘してきた(『コロナ戦争新フェーズ、政府と企業が陥る「二正面作戦」の罠』など参照)。「GoToトラベル」をアピールする旅行業者の店頭=2020年7月、大阪市 そうした懸念を持ったのは4~5月の緊急事態宣言時にある。政府は緊急事態宣言を発令して、東京都など自治体が休業要請などを行った。強制力や罰則は伴わないが、国民の大半がそれにほとんど忠実に従った。西村康稔経済再生担当大臣が「日本人はすごい」と感嘆し、安倍晋三首相が緊急事態宣言解除時に発言した「日本モデル」である。深刻度増す産業界 産業界各社が政府の緊急事態宣言を極めて重く受け止めたのは間違いない。産業界各社も基本的に真面目だし、テレワークへの切り替えなどを素早く実施した。検温、マスク、手洗い、換気、そして「3密回避」も実行した。 政府の緊急事態宣言に忠実に従って、産業界各社は必死に新型コロナ対策を実行している。強制力に関係なく産業界各社は政府の指示を正確に汲み取ってシンクロナイズするのに慣れている。ただ、禍根のようなものがあるとすれば、そのシンクロナイズが忠実すぎたことである。 5~6月初旬の決算発表時に新型コロナ禍がもたらす産業界各社の業績への影響、新型コロナ防止対策などを集中取材した。5月時点での情報は、米国が工場、営業拠点は全面停止。ビジネスが止まっており、しかも日本からの入国制限が実施されている。EU(欧州連合)などヨーロッパ諸国も都市封鎖などで工場や営業拠点のビジネスは全面ストップ、日本からの入国も制限されている。欧米はビジネスが完全に停止していた。 だが、一方で新型コロナ発生源である中国は1~4月に経済が全面停止だったが、5~6月初旬には経済再開にこぎ着けており、価格が底値にあった石油輸入再開にいち早く着手していた。武漢などの自動車工場、半導体関連工場にも再開の兆しが出始めていた。 中国からの日本の工作機械などへの需要も「先行きまで続くかどうかは不透明だが、エッと思うような商談の動きが出ている」(大手機械メーカー)。当時は半信半疑だったが、そうした情報があった。極めて皮肉なことだが、新型コロナで全世界に甚大な大被害を及ぼした中国がいち早く経済再開傾向を見せていた。 日本国内への新型コロナ感染の影響・深刻度がどうかということでは、5~6月初旬の国内の経済活動の状況が大きな焦点だった。緊急事態宣言が実行下で産業界各社は、本社はもとより、工場、営業拠点などを休業要請に従って停止させた。しかし、産業界各社にとって緊急事態宣言が5月連休を織り込んで実行されたことは大きな「救い」になっていた。 産業界各社の工場、あるいは建設会社などの建設現場などは1~2週間ほど休業した。それに5月連休を加えると2~3週間の休業になる。休業を最小限にとどめることができたことになる。産業界各社は緊急事態宣言が5月連休を日程に織り込んでいることから、それを活用して休業を実施したことになる。これは政府と産業界各社の「あうんの呼吸」といったものだったに違いない。一部の生産ラインが停止した、愛知県豊田市のトヨタ自動車高岡工場に向かう作業員=2020年4月3日 産業界各社が、政府、中央官庁、地方自治体(国会議員、地方議員も含む)と根本的に違うのは倒産するというリスクを背負っているところである。政府(国)にはデフォルト(債務不履行)というリスクがある。だが、企業倒産と違って国のデフォルトはそうたやすくは起こらない。産業界各社は、積み増してきた内部留保を取り崩しながら倒産を避けるサバイバル(生き残り)戦に事実上入っている。産業界各社も必死で深刻な現状に直面している。「withコロナ」という不条理 業種によって異なるが、産業界各社からすれば、コロナ禍の新年度(2020年度)は20~25%の減収減益、最悪では30%内外の減収(損益は大幅減益~赤字)は覚悟している。だが、それ以上の減収減益、例えば40~50%の減収(損益は大幅赤字)などは危険ゾーンになりかねない。したがって国内での休業は長期では続けられない。収益などの全ての源泉である売り上げが立たない。その点、5月連休が緊急事態宣言の日程に編入されていたことは恩恵だった。 産業界各社は、倒産リスクを回避してサバイバルを果たさなければならない。新型コロナでクラスター感染などを起こせば、予期せぬ休業が避けられなくなる。産業界各社としても新型コロナ感染防止は全力を投入している。それは徹底して防衛している。ただ、売り上げは確保しなければならない。どこかでギリギリの線でリスクをとる必要も抱えている。つまり産業界各社は、最初から新型コロナ対策と経済活動の両立で走っていた。 産業界のみならず、民間というものは倒産リスクがあるのだから両立で走らざるを得ない。工場の生産ラインや建設会社の建設現場だけではない。小売店、飲食店、保育園、新聞・テレビといったメディアなどあらゆるビジネス現場は新型コロナの感染リスクと闘いながら稼働している。 ホストクラブ、キャバクラ、銀座の高級クラブなど「夜の街」関連を含めて、民間は両立路線を走るしかない。政府、中央官庁、自治体は倒産リスクがない。給料・ボーナスがきちんと出る。民間と役所の根本的な違いがそこにある。 6月初旬に取材したオフィス、マンションなど建設設備工事会社は、「建設大手なども5月連休などを組み込んで休業したが業績を大幅に悪化させるものにはなっていない」と説明。つまり産業界各社は緊急事態宣言下でも新型コロナと経済の両立、いわば新型コロナに四苦八苦しながらも何とかコントロールして売り上げを確保している、という解説だった。 産業界各社から小売店、飲食店、「夜の街」関連まで民間経済サイドは、休業要請に精一杯従った。だが、人件費、家賃など固定費の支払いは重たい。固定費補償などは十分ではないのだから、売り上げに直接関連するところは長期には休ませられない。新型コロナを徹底的に封じ込めるまでの休業はできない。新型コロナ感染源はどうしても残存することになる。その残存した新型コロナが6月後半を起点に7月の感染再爆発につながっている。 民間経済に従事している産業界、小売店、飲食店などに責任を押しつけるわけにはいかない。民間経済は、政府、中央官庁、地方自治体と違ってサバイバルが使命であり、倒産するわけにはいかない。倒産すれば従業員は失業し、取引関係先などに被害が及ぶ。新型コロナ感染対策は、第一義には専門家分科会を含む政府に責任あることはいうまでもない。さらに新型コロナ対策の現場執行の役割を担っている地方自治体も責任を免れない。記者会見する東京都の小池百合子知事=2020年7月22日、東京都新宿区 米国は検査を徹底したニューヨーク州で感染者減となっているが、経済再開を焦り気味に行ったカリフォルニア、フロリダ、テキサスなどいくつかの州で新型コロナ感染拡大を招いている。日本は新型コロナ感染がぶり返す中で、東京を除外したが「GoToトラベル」を実行した。人が動けば新型コロナが感染を増殖させる。 東京都など首都圏から全国に再び新型コロナ感染が波及していく現実が迫っている。新型コロナと経済の両立という、バランスが難しいシーソーのような政策が継続されている。A・カミユの『ペスト』ではないが、「withコロナ」という不条理とともにこの夏を迎えていることは紛れもないわれわれの現実である。

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    香港の国家安全法導入でアメリカが香港から資金引き上げへ

     米国政府が香港で所有する不動産などの資産を売却するほか、香港政府に認めてきた経済的な優遇措置の廃止の手続き開始の準備を進めていることが明らかになった。中国政府が香港での国家安全法導入に対抗するためのものだ。米国による一連の措置が実施されれば、他の欧米諸国も追随する可能性もあり、香港の国際的な貿易・金融センターとしての地位に大きな打撃となることは必至だ。 香港のウェブメディア「香港01」によると、米政府が売却を検討しているのは香港島南部の南区寿山村道の米国総領事館職員宿舎として使われている6階建てのビル。米政府は1948年に購入しており、現在の不動産価値は100億香港ドル(約1400億円)に上る。 米ブルームバーグ通信も米国務省の海外資産担当者が香港総領事館に送った電子メールのなかで、「国務省資産管理局はグローバルな再投資プログラムの一環として、米政府は保有している海外不動産を定期的に見直している」と指摘。そのうえで、香港の職員宿舎ビルをはじめ、他の職員用の福祉・娯楽施設などの売却検討も始めていることを明らかにした。 同通信によると、これは中国政府が香港に国家安全法を導入することで、米国資産の差し押さえや米国市民の拘束・逮捕の恐れがあるため。米政府は今後、香港からの資金引き揚げを拡大し、米国民の帰国を促していくとみられる。 米政府は1992年制定の「米国・香港政策法(香港関係法)」で、香港の「一国二制度」が守られていることを前提に、香港を関税や査証(ビザ)発給などの面で中国本土とは異なる地域として優遇してきた。だが、トランプ米大統領はこうした措置の取り消しに着手すると明言。さらに、軍事・民生両方に利用できる高度な先端技術の輸出規制についても言及している。 また、ポンペオ米国務長官もさきに米国が香港に認めてきた特別扱いを「続ける状況にはない」と議会に報告したことを明らかにしている。※写真はイメージです(ゲッティーイメージズ) これらの措置が実施されれば、香港に進出している米国企業約1300社、米国人従業員8万5000人の撤退も検討されるとみられる。 このため、在香港米国商工会議所のタラ・ジョセフ会頭はトランプ氏の会見を受けて「香港にとっても、米国にとっても悲しい日となった」と声明を発表している。 一方、中国国務院(中央政府)で香港・マカオ政策を所管する国務院香港マカオ事務弁公室の張暁明副主任はこのほど「国家の安全保障という『譲れぬ一線』が強固になればなるほど、『一国二制度』の余地は広がる」と指摘し、香港の国家安全法制制定の必要性を改めて強調。そのうえで、「国家安全法によって、香港の国際的な貿易・金融センターとしての地位はさらに強固になる」との楽観的な認識を示している。関連記事■香港民主活動の女神「本当に怖いけど、声を上げ続ける」■NHKが林鄭月娥氏の名を「蛾」に誤植、香港人に大ウケ■コロナで8か国100兆ドル賠償請求に中国「ならリーマンは?」■中国軍が空母を含む陸海空軍の大規模演習を南シナ海で実施へ■FedExのパイロットが中国で拘束 ファーウェイ事件の報復か

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    ワイドショー民はいつになればコロナの「不都合な事実」に気づくのか

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 7月に入ってから、新型コロナウイルスの感染拡大が東京圏を中心に再び加速している。12日現在、新規患者の報告件数が4日連続で200人を超えた。 特に新宿、池袋のいわゆる「夜の街」で働く人たちを中心に感染者数が増加している。この感染者数の増加には主に二つの理由がある。 一つは東京都と新宿区が連携して、夜の繁華街で働く人たちを中心にPCR検査の集団検査を実施していること、もう一つは接客業やホストクラブ、キャバクラでの陽性率が30%を上回る高率であることだ。緊急事態宣言の下での陽性率の最高値が31・7%だったのでそれに匹敵する。 ただし、新宿区の検査による会社員らの陽性率は3・7%と、東京都の5・9%(7月10日現在)よりも低い。ワイドショーなどマスコミの一部報道では、新宿に市内感染が大幅に拡大しているとするものがあるが、このデータを踏まえれば報道は正しくない。特定の業態で拡大が深刻化しているというのが実情だ。 筆者がここで特記したいのは、集団検査などで積極的に協力している「夜の街」の人たちへの感謝である。この点を忘れてはならない。 もちろん、東京都の感染状況は全く安心できるレベルではない。感染経路不明者が占める割合が高くなっていること、都道府県にまたがる感染が拡大していることが挙げられる。さらに、重症患者数は低位だが、感染者数がこのままの増加スピードで推移すれば、対応できる病床確保レベルが逼迫(ひっぱく)する恐れも生じる。 また、現在目にしている数値は、潜伏期間などを考慮すれば1~2週間前の感染レベルともいえ、現状はさらに感染が拡大している可能性がある。それに報道では、感染者の多くが若い世代であることや、重症者が少ないことが強調されているが、これも正しいとはいえない。 感染症専門医の忽那賢志氏は「重症者のピークは患者発生数よりも後に来るので、今重症者が少ないからと言って安心はできません。東京都の流行の中心は今も若い世代ですが、すでにその周辺の高齢者や基礎疾患のある方も感染しており、今後の重症者の増加が懸念される状況」だと、警鐘を鳴らしている。東京・新宿の歌舞伎町をマスク姿で歩く人たち=2020年7月10日 また個人的には、緊急事態宣言解除以後の、日常的な感染予防対策の緩みを実感している。例えば、狭い空間にもかかわらず、筆者以外全員がマスクしない環境で取材を受けたこともある。空調が効いているので息苦しくないはずなのにマスクを着用しておらず、正直非常にリスクを感じた。 これに類した体験を持つ人も多いだろう。当たり前だが、緊急事態宣言が解除されても、新型コロナ感染の脅威が終了したわけではないのだ。感染予防のマナーが日常的に求められている状況であることを忘れてはならない。苦境を救う予備費 ところで、インターネット上などで「新型コロナはただの風邪だ」とする意見が後を絶たない。 免疫学者の小野昌弘氏はツイッターで、「コロナはただの風邪ではない。『伝染する肺炎』と受け止めるのが的確と思う。そもそも肺炎は医学的に重大な状態。しかもコロナの肺炎は血栓ができやすい、全身状態の急速な悪化を招きやすいなど、タチが悪い。重症者で免疫系の異常な反応がみられ、この手の免疫の暴走は危険。やはりただの風邪ではない」と指摘している。これは多くの医療関係者の共通認識だろう。 新型コロナ対策を担当する西村康稔(やすとし)経済再生相は、「夜の街」対策が急務であると認識しているようだ。具体的には、今後の情勢次第で、東京都と埼玉・千葉・神奈川の3県に、改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく休業要請を行う考えを示した。 ただ、休業要請に踏み切るならば、やはり政府の支援による金銭的な補償が必要になるだろう。今までの政府の見解では、休業要請と金銭的補償の連動に否定的だ。 その「肩代わり」をしているのが自治体だが、財政事情が大きくのしかかっている。政府には10兆円の予備費があるのだから、それを活用すべきだ。 医療機関への負担も積極的に軽減すべきだろう。感染症対策の直接的な医療体制の充実を図る必要がある。 また、新型コロナの感染を避けるために「受診控え」が広がり、多くの医療機関の経営が悪化している問題を指摘しておかなければならない。 NHKによると、3割にあたる医療機関のボーナスが引き下げられているということだ。このような医療機関の経済的苦境にも、予備費などで積極的に国が対応すべきだろう。新型コロナウイルス感染症対策分科会終了後、会見に臨む西村康稔経済再生担当相=2020年7月(川口良介撮影) ただ、ワイドショーレベルの報道では、予備費の活用などという意見は出てこない。ワイドショーだけの話ではなく、予備費が巨額であることや、その使途が特定化されてないことを批判する論調が中心だった。新型コロナ危機の本質を理解していない意見がマスコミや識者の論調の主流だった。 新型コロナ危機の本質はその根源的な不確実性にある。つまり、この先どうなるのか誰も分からない。ワイドショーの「PCR至上主義」 予備費はこの不確実性の高さに柔軟に対応できる枠組みである。それこそ経済刺激のために、追加の定額給付金や、1年間程度の消費減税の財源にも使える「優れもの」だ。 だが、財務省は予備費の額が膨らむことや、使途が減税などに向けられることを極度に警戒していた。つまり日本のマスコミの多くは、財務省の考えに従っているともいえる。 予備費批判は、野党や反安倍政権を唱える一部の識者にも顕著だ。よほど財務省がお好きなのだろう。 予備費を活用してお金を配ることよりも、この手のワイドショーや、番組と一緒に踊っている「ワイドショー民」が好きなのが、政府や自治体のリーダーシップ論だ。先日のTBS系『サンデーモーニング』でもリーダーシップ論が展開されていた。 ジャーナリストの浜田敬子氏は、米ニューヨーク州のクオモ知事のリーダーシップが新型コロナ感染の抑制に成果を挙げているとし、日本のリーダーシップの不在を批判していた。浜田氏は、検査が1日に6万6千件行われ、その結果を知る時間も極めて短く、無料で資格も問われずに何度も受けられることを称賛していた。 だが、ニューヨーク州は死者数が3万2千人と全米でも最も多い。一方で、日本は約1千人、東京が約300人である。 しかも、ニューヨークのように米国は厳しい都市封鎖(ロックダウン)政策を採用しているので、経済的な落ち込みも日本より激しい。ワイドショーではこの不都合な事実はめったに報道されない。 日本のワイドショーは「PCR至上主義」だ。検査に積極的であればあるだけ高い評価を与え、他の側面は無視しているに等しい。もちろん、検査体制の充実は必要だと筆者も考えている。 だが、日本のワイドショーや踊らされているワイドショー民には、検査が充実しているニューヨーク州が、なぜ都市別で世界最高水準の死者を出しているのかわからないのではないか。検査拡充は感染終息の必要十分条件ではない。2020年7月1日、米ニューヨークで記者会見するニューヨーク州のクオモ知事(ゲッティ=共同) 今、検査で陰性だとしても、それは「安全」ではないのだ。偽陰性の問題や、検査後にすぐ感染する可能性など、PCR検査が「安全」を保証することはない。 むしろ、マスク着用や正しい手洗いの励行、社会的距離(ソーシャルディスタンス)をとることといった感染予防の徹底が必要だ。そして言うまでもないが、積極的な経済支援がこれまでも、そしてこれからも極めて重要な政策であり続けるのである。

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    新型コロナで激変する「パラダイム」

    世界を襲った新型コロナウイルスは、政治や経済に限らず、文化や社会の在り方まで完全に変えてしまう勢いだ。これまで当たり前だったこと、すなわち「パラダイム」の激変は避けられない。艱難辛苦の世の中だが、前に進むにはどうすればいいのか。そこで今回は、多様な視点でアフターコロナについて考えたい。

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    米中に淘汰された日本、復権の機はコロナ後の新グローバリズムにある

    小倉正男(経済ジャーナリスト) 今考えれば、1992年前後が世界経済の大きな分岐点だったかもしれない。日本経済でいえば87年に勃発した不動産バブルが崩壊現象を見せたのがまさしく91年後半~92年である。日本はピークを打ってバブルの終焉が始まっていた。日本にとってその衝撃は決して小さいものではなかった。 だが、まさしくそのときに世界では巨大な変革が起こっていた。91年末にソ連が崩壊。中国は92年に社会主義市場経済への転換を行った。全世界が資本主義に移行するというビッグバンが勃発した。 この92年に米国を中心に今のグローバリズムによる世界経済の形成が動き出した。いわば世界経済の「パラダイムチェンジ」が行われた。そのもたらされたものを大局で見れば、グローバリズムの勝者は米国、そして中国であり、敗者は日本にほかならなかった。 92年以前の日本はグロ-バリズムとは対極にある「ニッポン株式会社」という垂直統合型経済で「ジャパン・アズ・ナンバーワン」に登りつめていた。系列、グループ、下請けといった閉鎖的なシステムで成功した。 しかし、92年をターニングポイントに世界はグローバルな水平分業型経済に移行し、「ニッポン株式会社」は徐々に解体されていった。「世界の工場」は中国に移り、日本は電子部品、関連部材、半導体・液晶製造装置、半導体関連検査機器、工作機械などで中国のサプライチェーン(部品の調達・供給網)に組み込まれる形で生き残った。   日本の製造業が中国に本格的に進出を開始したのは2002年である。トヨタ自動車などトヨタグループ各社が中国に進出した。世界最大クラスの自動車企業が中国に進出し、これに伴って関連部品企業がこぞって中国に製造拠点を設けた。 これ以前はスーパーなど流通業、繊維、ビール、電気機器などの各産業が中国に進出していた。トヨタグループの進出を一つの契機として日本製造業が雪崩を打って中国進出を行った。日本の「空洞化」は決定的なものになった。 2000年代前半、中国で乗り物といえば自転車が圧倒的に主流だった。だが、巨大なマーケットが徐々に顕在化する兆しを見せていた。いち早く中国に進出していたフォルクスワーゲンが成功を見せてシェアを固めた。貧富の格差が生まれ、クルマを持つ富裕層はすでに現れていた。トヨタ自動車として進出をこれ以上は遅らせることはできなかった。中国天津市のトヨタ自動車工場=2002年10月 中国はソ連崩壊後に社会主義市場経済を標榜し、国外から資本を呼び込む「改革開放」を行った。当初は日本企業の多くは懐疑的だった。だが、あっという間に「世界の工場」に飛躍を遂げる中国のサプライチェーンに組み込まれていった。激化する「米中貿易戦争」 トヨタ自動車の世界的な成功は、垂直統合型から水平分業型への転換にあったといえる。トヨタ自動車は「日米貿易摩擦」の深刻化から米国に本格的に進出せざるを得なかったわけで、ローカルコンテント(部品現地調達)の洗礼を受けた。 その後クルマをマーケットに近いところでつくる体制に移行し、欧州、中国と世界化を果たした。日本の工場は、輸出向けではなく、国内マーケットへの新車供給を基本とする役割に切り替える配置変更を行った。トヨタ自動車は、連結収益がいくら上昇しても、これは北米マーケットで稼いだもので国内が稼いだわけではないと国内賃上げは一切行わなかった。 デンソー、アイシンなど傘下の部品サプライヤーには世界のどの自動車企業に部品を売ってもよいシステムに切り替えた。トヨタ自動車もグループ外でもよい部品サプライヤーがあれば併用して購入する。ただし、トヨタ自動車に納入する部品は「より安くしろ、品質は上げろ」という苛烈な要求は変わらない。傘下の部品サプライヤーに「親離れ(=子離れ)」を迫った。自社サプライチェーンを「最適化」に向けて再構築したわけである。 ところでグローバリズムが大きく絡んでいるのだが、「米中貿易戦争」が激化するばかりだ。問題は国内総生産(GDP)で世界2位という経済大国になった中国の覇権主義の傾向にある。 習近平国家主席の根底にあるには、「中華民族の偉大な復興」(=中国の夢)とみられる。中国の巨大経済圏構想である「一帯一路」やハイテク産業振興策「中国製造2025」はその発露であり、中近世に世界を制覇していたかつての偉大な「中華帝国」を復興するといった志向である。「中華民族の偉大な復興」はなにやら米国のトランプ大統領の選挙スローガンとほとんど同じ。これではどうしても「新冷戦」、米中による覇権の衝突が避けられない。 新型コロナウイルスでは2019年末に中国・武漢で起こっていた事態を明らかにして世界に警告することを怠った。新型コロナウイルスに世界が苦しんでいるのを尻目に香港、ウイグル、チベットなどへの露骨な弾圧を憚(はばか)らない。 全国人民代表大会(全人代)で香港への「国家安全法制」適用を決め、高度な自治を認めていた「一国二制度」を事実上破棄した。南シナ海では人工島を「西沙区」「南沙区」として行政区に組み込み実効支配を押し進めている。尖閣諸島でも中国公船が日本漁船を追い回すなど行動を活発化させている。この夏には南シナ海で空母「山東」、あるいは「遼寧」を総動員して陸海空軍合同の大規模軍事演習を行うとして緊張を高めている。 中国は米国に並ぼうとする経済大国になったが、共産党一党独裁をやめようとしない。多様な政党、多様な意見や価値観を認めない。民主主義や基本的人権は採用しない。グローバリズムによる水平分業の恩恵で「世界の工場」になったが、それはあくまで手段でしかない。目指すのは「中華民族の偉大な復興」、すなわち世界の覇権であることを隠そうとしない。中国全人代の閉幕式に臨む習近平国家主席(左)と李克強首相=2020年5月28日、北京の人民大会堂(共同) 米中貿易戦争は激化の一途をたどってきたが、2020年1月に一時的な「休戦」となった。米国は対中追加関税第4弾分の税率を15%から7・5%に引き下げる。それ以外の関税は引き下げや撤廃は行わない。中国は米国から農産物、工業製品など今後2年間に2千億ドルの輸入拡大を行う。さらなる「新冷戦」の様相 これで当面は落着するとみられていたが、新型コロナ禍が勃発して雲行きが変わった。トランプ大統領の米国は新型コロナ禍の損害賠償を中国に請求しており、応じなければ報復措置として関税を課すとしている。 トランプ大統領は、さらに安全保障の面から中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)の締め出しを各国に呼びかけている。これに対して中国は米国からの農産物輸入を停止する動きを見せて牽制するなど激しく反発。米中貿易戦争は再び激化の兆しを見せてきている。米中の激しい非難の応酬は、「新冷戦」の様相を帯びつつある。 めまぐるしい米中の「新冷戦」の応酬に目を奪われていると本質が見えなくなる。92年のグローバリズム経済勃発時に戻れば見えてくるものもある。冒頭にグローバリズム経済の勝者は米国と中国だったと述べた。リアルにいえば、勝者は米国の資本、そして中国を支配している共産党だったと言わなければならない。 92年当時、系列、下請けといった垂直統合型の「ニッポン株式会社」の一国資本主義に米国はたじろいでいた。例えば、この時代はアップルのパソコン「マッキントッシュ」は1台50万円を超えていた。値段が高くても高性能の商品は売れるというのが米国資本の信念だった。 しかし、性能がよい商品でも高くては売れないという現実を抱えていた。北米でつくれば、高い人件費で製品が高価格にならざるをえない。 これに対して「ニッポン株式会社」は系列、下請けといったシステムに加えてトータルクオリティーコントロール(統合的品質管理、TQC)、「カイゼン」といったマニュファクチュア(工場制手工業)に強みがあった。「カイゼン」を念仏のように唱えて製品を日々改良するという愚直なシステムで、パナソニック、ソニーなどは自社製品に驚くべき進化をもたらした。パナソニックグループなどではカイゼンはほとんど信仰に近い趣すらあった。 その当時TQC運動は、労働時間外に行う自発的学習ということで残業代は発生しないという慣行が認められていた。TQCに残業代が支払われることになったのは2000年代に入ってからだ。04年頃、パナソニックに並ぶカイゼンの元祖・トヨタグループは、「労働基準局のご指導によりTQCによるカイゼンは労働に変わった」と。 米国はことあるごとに「ニッポン株式会社」という一国資本主義システムをアンフェア、閉鎖的、と目の敵にした。日米貿易摩擦では日本車をハンマーで叩き壊すという「ジャパンバッシング」が行われた。しかし、マーケットでは「よいモノを安く」という日本のマニュファクチュアは優位にあった。 米国の資本にとっては、とりあえず人件費が格安だった中国を「世界の工場」にしてサプライチェーンを確立することが己の利益だった。中国にとっては資本、設備、技術が入ってきて、そして格安の労働力を提供することで国内に雇用・賃金が生み出されるのだから棚からボタ餅である。※画像はイメージ(ゲッティイメージズ) ここで「パラダイムチェンジ」が勃発した。すなわち米中の「ウインウイン関係」から動き出したのがグローバリズムということになる。米国資本は、グローバリズムという世界資本主義の「ルール変更」、あるいはグローバリズムという「新ルール」の構築で勝者になった。「グローバルスタンダード」が変わったわけで日本製造業もこれに追随するしかなかった。米中に共通する「一国主義」 米国資本は勝者となり膨大な利益を手にした。だが、米国の労働者たちは失業して没落を余儀なくされた。工場が廃屋になり「ラストベルト」(衰退した工業地帯)が広がった。米国の貧富の格差はすさまじいものになった。 工場と雇用は中国に移動し、今では中国は習主席が言う「小康社会」(ほどほど余裕のある社会)に変わった。米国の労働者たちの所得がそっくり中国の労働者階級の所得に移転した。とはいえ、米中の賃金格差は巨大で、中国の労働者が得たのは「小康社会」でしかない。グローバリズムの勝者は中国共産党にほかならない。ただ、ささやかには中国の労働者もその勝者の一部といえる。中国は、社会主義市場経済(資本主義)を選んだことで共産主義理念を捨てたのか、極端なほど貧富の格差を放置している。 工場が中国に移転して雇用を喪失するという現象は、日本の労働者にとっても同様だった。系列、下請け、TQC、カイゼンなどを強みにした「ニッポン株式会社」のマニュファクチュアは有効性がなくなり、製造業は空洞化した。「アベノミクス」でゼロ金利にするなどどう頑張ってもGDPの高成長が戻らないという日本、そのデフレ経済の根底にあるのが92年からのグローバリズムの進行だ。 本来、国というものは「一国主義」なのだが、それを声高に主張したのはトランプ大統領の米国である。グローバリズムは、米国の資本に膨大な利益をもたらした。 しかし、トランプ大統領のみならず共和党、民主党としても、共産党一党独裁を捨てず民主主義を認めない中国が米国と世界の覇権を争う存在になったこと自体が面白いことではない。米中の貿易収支の大幅赤字も黙認することができない。新型コロナのパンデミック(世界的大流行)でもいち早く経済再開をしている中国にいら立ちを隠せない。 前回の大統領選では、グローバリズムで失業し没落している米国の労働者階級の票をかき集めたのはトランプ大統領だった。今秋の大統領選では、新型コロナ禍の直撃で米国経済の停止が長引いており、トランプ大統領の下馬評は有利から不利に変わっている。それだけにトランプ大統領はパンデミックの非はすべて中国にあると非難をやめない。 習主席も「一国主義」ではトランプ大統領に何一つ負けていない。中国はリーマンショック時の08年に4兆元(当時のレートで57兆円)の国内インフラ投資を行った。これをテコにGDPで世界2位の国家に飛躍した。中国はそれだけで決して満足しない。中国の長期戦争は、健国100周年にあたる2049年に米国と並び立つ世界の覇権国になるまで終わらない。 米国、日本、ドイツ、あるいは韓国、台湾などの資本が大挙して中国に進出するといったグローバリズムの恩恵で、中国は徒手空拳で復活を遂げた。しかし、復活した中国が発信しているのは、世界の覇権国家になるという「一国主義」そのものだ。※画像はイメージ(ゲッティイメージズ) 日本にとって、中国を「世界の工場」とするグローバリズムを見直すという世界的な機運は千載一遇かもしれない。日本企業系の工場を中国集中型からアジア諸国に分散するだけではなく、日本国内に復帰させる方策が求められる。避けられぬ「パラダイム」の再構築 「経済安全保障」の面から補助金などで優遇して国内に工場を戻す。水平分業による「世界最適配置」のサプライチェーンだけではなく、国としての「クライシスマネジメント」を想定してこれを再構築する。 日本は与野党、あるいは地方自治体なども選挙の票になるということで保育園ばかりに補助金を流し込んできている。中国が中央政府、地方政府とも「中国製造2025」で半導体など次世代の自国ハイテク産業の高度化にアンフェアなほど巨額補助金を注ぎ込んでいるのと極めて対照的だ。 中国が自国ハイテク企業に巨額で不透明な補助金を注入しているは競争上アンフェアであり問題が多い。だが、新しい「富国」を目指して次世代ハイテク産業育成を目指すのはまっとうといえる。アップルが中国で「iPhone」を製造しているように中国は世界のハイテク製品の製造基地になっている。 しかし、アセンブルされたそれらのハイテク製品の中に中国製部品は使われていない。中国が半導体などを筆頭に産業マニュファクチュアの高度化を目指していること自体は当然の動きである。 問題は、グローバリズムの推移の中で無策に中国の「中国製造2025」向けに半導体関連部品、半導体・液晶製造装置、検査機器、工作機械などを供給してきた日本である。それによって日本製造業は収益を得ているのだが、このまま推移すれば2025年以降には日本は中国から半導体を輸入する側に回る可能性もないとはいえない。少なくとも中国はそうした構図を目論んで「中国製造2025」に取り組んでいる。 問題は2025年以降という先々のことだけではない。現状でもあらゆるモノの製造を中国に依存している。過剰な「中国依存」はすでに大きなリスクになっている。医薬品原薬製造なども圧倒的に中国が押さえている。 中国は新型コロナ禍で自国が非難されると、「中国が医薬品原薬の輸出を止めなかったことを世界は感謝すべきだ」と。中国へのサプライチェーンの極度の集中をを逆手にとって世界に感謝を要求している。2020年6月7日、中国政府が公表した新型コロナウイルス感染症に関する白書について、記者会見場で習近平国家主席の映像にカメラを向ける報道関係者ら=北京(共同) 世界が中国に感謝すべきなのか。中国が世界に感謝しなければならないのか。新型コロナ禍は、中国に「世界の工場」、すなわちサプライチェーンが集中している今の世界経済の破綻をあぶり出している。グローバリズムという世界経済の背骨ともいうべきパラダイムが、新型コロナというパンデミックによって、再構築を迫られていることだけは確かである。

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    コロナ支援策知らぬは損、絶望の淵で奏でる水商売店主らの狂騒曲

    清義明(フリーライター) 川べりに張りだした木造の建物にふと目をやると、びっしりと蜂の巣のような小さい入り口の店で埋め尽くされている。どこも小さなスナックや、女性一人で切り盛りしているような小料理屋だ。 店に行ってみると、皆、苦境に喘(あえ)いでいた。ふだん弱音とは縁がないような人たちが、どうしたらいいのか分からないという。 話をしんみりと聞いていると、本当に身につまされた。そのうち、ひょんなことから持続化給付金の話になる。ところが大半の店はこの存在を知らなかった。皆、一律で国民に10万円が給付される特別定額給付金の存在は知っていたが、中小の企業や個人事業主が主な支援対象となるこの存在は知られていなかったのである。 なるほど、確かに特別定額給付金はテレビではよく話題になっているが、企業向けの持続化給付金はあまり触れられていない。 持続化給付金は、政府による新型コロナウイルス対策の大規模経済支援策の目玉の一つだ。感染症拡大による影響で売り上げが減少した企業や個人事業主に、最大200万円ないし100万円を配布しようというものだ。 安倍晋三政権による新型コロナウイルスの財政出動は、先に触れた全国民を対象とする特別定額給付金と、主に中小企業向けの持続化給付金がいわゆる「真水」の両輪になる。 そして日本の新型コロナウイルス対策の財政支援は、国際的に見てもかなりの規模に及ぶ。これらをまとめた財政パッケージの総額は国内総生産(GDP)の約20%相当にも及ぶ。 米コロンビア大のセイハン・エルジン教授によれば、調査した世界166カ国のうち日本の支援総額はGDP比で世界第2位だ。ちなみに1位は小国のマルタなので、実質日本は世界でも最大の財政出動をしたことになるという。 ただ、批判者の中には、その支援規模は融資保証なども含めた額であり、直接国民には影響がないと指摘する人もいる。だが、特別定額給付金という国民全員に配布する10万円も、世界の実情を見れば、かなりの大盤振る舞いということが分かる。特別定額給付金のオンライン申請が始まり、マイナンバーカードの取得手続きなどで混雑する大阪市浪速区役所の証明発行窓口=2020年5月11日、大阪市浪速区(寺口純平撮影) 個人向けの給付金に関しては、米国だと一人当たり1200ドル(約13万円)と高額だが、それでも日本より額が多い国は限られている。韓国(1人では約3万5千円、1世帯あたりでも最大約9万円)やシンガポール(21歳以上の国民に約4万5千円)は、日本の額よりかなり少ない。 この金額はあくまで支給されている国での比較であり、そもそも国民一人あたりの給付金がない国の方が実際には多い。社会主義国家という建前の中国には、そのような国民一律の給付金は存在しない。もちろん収益が減少した企業への納税猶予や、商品券などの配布、失業者への手当、ロックダウンによる休業補償などはある。 それでも、どちらというと社会主義国家であるはずの中国の方が個人による自助努力が求められる。小さな飲食店たちの現場 こうした給付金のような、売り上げ減に対する直接の給付支援は世界的に見ても数が少ない。自民党が、いかに街中の中小企業や自営業者に立脚して政治を見ているかということの証左になるのかもしれない。 そんな中小企業と自営業者に向けた持続化給付金だが、予算成立後、その受付が始まっても支給対象となるはずの小さな飲食店などにはしばらく知られていなかった。 小さな飲食店の店主や、バーやスナックといった水商売の人たちは裸一貫から己の才覚のみでやってきた人ばかりだ。社会から背を向けて、自分の居場所を確保して生活しているような一匹狼も多い。 4月にそうした店を訪ねてみたところ、誰もいないガランとした店内で、一人でたたずんでいる店主たちばかりだった。行く先々で「貯金もないから、クレジットカードで暮らしているよ」というような寂しい話を何度聞いたことか。  私が「持続化給付金という国の支援金があって、あなたのとこなら100万円もらえるよ」と教えると、皆キツネにつままれたような顔をする。何度説明しても、融資の話だと思い込んでいる人もいる。きっと私が顔なじみでなければ、詐欺と思われていたかもしれない。 一般的な小さい個人事業賃貸の店は、持続化給付金でまず100万円、それに加えて世帯に給付される1人10万円、さらに各都道府県や自治体からの休業協力金(東京都は50万円、神奈川県は20万円)がもらえることになる。総額は百数十万円にも及ぶ。 スナックのような小さな店では、この金額は大きい。もちろん、売り上げが月間で数百万円から何千万円というようなレストランや大きな居酒屋のような規模だと、これでもひと月分の損失にはとても届かないかもしれない。 しかし、個人経営の小さな店であれば、実質の利益の4~5カ月分にはなる。こうした店では、固定費はほぼ家賃だけで、売り上げがなければ変動費はゼロだ。この新型コロナウイルスの客数減が始まった3月からの苦境は、ほぼ脱出できる計算になる。 店の人になんとか分かってもらえるよう、酎ハイを飲みながらその仕組みを説明するが、それでもまだ怪訝(けげん)そうだった。とりあえずお節介にならないよう「もし分からないなら手伝うよ」と言い残して店を出た。こんなことが何軒か続いた。すると翌週に、いくつか電話がかかってきた。私はノートパソコンを持って、店に向かった。200万円の持続化給付金を申請する個人会社の女性経営者。申請は必要項目を入力するほか、電子化した書類を添付し、インターネットで完結する=2020年5月1日 もちろん私は司法書士でも税理士でもないので、必要な書類を準備してもらった上でネット入力を手伝うだけだ。言うまでもなく全て無償である。しかし、手に負えないような障害もあった。 苦労したのは確定申告していない人たちだ。私は多くは聞かず、とりあえず昨年の分だけは必ずやるように伝えた。正直小さな飲食店には、さまざまな事情で確定申告を怠っている人たちがけっこうな数で存在する。コンコンと説いて、ようやくその手続きを約束させる。戻りつつある街の賑わい 5月に持続化給付金の申請が始まってから、日本中で個人事業主の確定申告の件数がかなり増えたはずだ。持続化給付金の申請には、この書類が必須だからだ。 「確定申告してください」という願いを聞いて、いつもは見せることのないような難しい顔をしているママを残し、私は帰る。こればっかりはどうすることもできないのだから当たり前だ。 それからしばらくして「やってきたよ」とショートメールが届く。そしてまたパソコンを抱えて店に行き、ようやく持続化給付金の申請が完了した。 5月下旬になると、私の周りの個人事業主から「持続化給付金が振り込まれた」という話が聞こえてくるようになった。会う人は皆、表情は明るくなっている。か細い声だった夜のママたちにも、また酒焼けした威勢のよい大声が戻ってきた。 もちろん、夜の街の飲食店が完全に苦境を脱したわけではない。かなりのサラリーマンが夜の街を依然自粛しているし、そもそもリモートワークで自宅にこもって仕事する人もまだ多い。韓国のように、完全に収まったと思い込んだところで、第2波がやってくるかもしれない。 大企業が本当に苦しいのはきっとこれからだ。さらに言えば、日本全体が新型コロナウイルスの不況から脱するのは、どんなに早くとも来年だろう。 しかし、底辺から日本経済を支える小規模の飲食店は、前代未聞のパンデミック(世界的大流行)の最初の辛苦を脱することができた。 持続化給付金がなければ、こうした小さな店の大半が夏までに潰れていただろう。 6月12日に成立した第2次補正予算では、持続化給付金に加えて、家賃支援給付金が支給されることになった。売り上げが半減した事業主の場合は、小規模の個人店舗の例ならば、家賃月額の3分の2または3分の1を6カ月にわたって支給されるというものだ。 6月に入り、私が手伝った店から持続化給付金が振り込まれたというメールが来た。笑顔が目に浮かぶようなメールの文面だった。 報酬をもらうことはご法度だが、水割り一杯ぐらいならもらってもいいのではないかと思いつつ、私は日本がまだまだ捨てたものじゃないと思った。次は店主たちに、家賃支援給付金の説明をすることになるだろう。 思えば、新型コロナウイルスをめぐっては、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」でのクラスター(感染者集団)事案から始まり、東京五輪をにらんでの自粛要請の遅れがあった。その後は二転三転した学校の休校措置や9月入学の導入構想、アベノマスクの配布や治療薬承認の遅れなどドタバタが続いた。人が増え始めた新宿・歌舞伎町の歓楽街=2020年6月3日(桐山弘太撮影) しかし東日本大震災のパニック時と同様に、こうした状況への対応はどんな政権だろうと混乱するはずだ。 それでも、結果的になんとかうまくいけばいい。感染による死亡者数がいまだ低く抑えられている現在の日本、後は経済だ。

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    媚中でブレないニッポンの財界にはびこる「社畜根性」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 先日、会員制交流サイト(SNS)でとある話を目の当たりにして、筆者は思わずあきれ返ってしまった。青山繫晴参院議員が、評論家の櫻井よしこ氏との対談で明らかにした、経団連をはじめとするの財界の「腐敗」についてだ。 第2次安倍政権の発足間もない2012年末、青山氏が安倍晋三首相とランチを共にしたときのことだが、普段温厚な首相が激怒しながら現れたそうだ。青山氏に理由を尋ねられた首相は次のように述べたという。 「さっき経団連会長と会った時、『あなたは第1次政権の時のように中国に厳しいことを言っちゃダメだ。二度とああいうことを言わないと、中国の言うことを聞くというのが再登板後の安倍政権の支持の条件だ』と言われた」 これが本当ならば、真剣にあきれ返るべき話である。いや、経団連首脳がいまだにこの認識に立つのであれば、本当の意味での「売国組織」といっていい。この件の真偽に関して、追及する必要のある問題だ。 経団連を中心とした日本の経済団体が強欲主義に陥り、日本を中国に政治的にも経済的にも売り払っているというのが、従来からの私見である。簡単なエピソードとして、日本企業の対中投資の推移を見ておこう。2016年は世界6位だったのが、直近の2019年上半期では前年同期比8・8%プラスの世界5位で、一貫して増加を続けている。 それに対し、中国は新型コロナ危機の最中でも、尖閣諸島付近の領海への侵入を連日のように行っている。最近では、中国公船が日本の漁船を追尾したという。これは無法国家といっていい状況だ。安倍首相(右端)に提言を手渡す自民党の青山繁晴参院議員ら=2019年11月、首相官邸 だが、日本の財界は経済的というか強欲的利益を目指して、中国にどんどん投資している。まさに日本国を忘却した財界の姿がここにある。日本の安全保障が保たれなければ、そもそも日本経済も安定しない、という基本を忘れ、「媚中」に走っていると断じざるをえない。 日本をダメにする「四角形」といえば、増税政治家、経団連、マスコミ、そして財務省だ。この四集団は既得権益の上で、お互いがお互いをがっちり支えている構造でもある。財務省の都合のいい団体 特に異様な存在が経団連だろう。「日本国民が豊かになれば、それが自分たちの利益になる」という一番大切なことを忘れ去ってしまっているのだ。 では、なぜ忘れてしまっているのか。その答えは簡単だ。経団連の首脳陣が、悪い意味でのサラリーマン、つまり「社畜」だからだ。 自らの判断でリスクをとって会社経営を牽引する存在というよりも、組織の中で階段を上がっていくことだけに特化したムラ社会の住人で構成されている。ムラ社会の住人には、「日本」という外の広い世界もムラ視線でしか評価することができない。 また、もう一つの特徴が、サラリーマン=社畜ゆえに「上司」に頭が上がらないことだ。いつの間にか、その「上司」に中国が成り代わり、君臨しているのだろう。先の青山氏の発言が真実だとすれば、この財界人の「媚中」的な心性をまさに言い表している。「上司」たる中国に頭が上がらないのである。 経団連、日本商工会議所と並ぶ経済3団体の一つで、企業経営者の組織である経済同友会も似たようなものだ。経団連もそうだが、相変わらず緊縮主義全開である。新型コロナ危機で人類史上最大レベルの経済的な落ち込みに直面しているのに、財政規律、つまり緊縮主義を心配しているのだ。 経済同友会の桜田謙悟代表幹事は、6月12日に成立した2020年度第2次補正予算に関して、盛り込まれた10兆円の予備費が「財政規律」を乱すとを批判していた。前回の連載でも指摘したが、予備費は新型コロナ危機の対策として、不確実性への対応と政策の柔軟性の観点からベストの選択の一つだ。だが、財務省は予備費の総額と柔軟性を一貫して批判してきた。会見する経済同友会の桜田謙悟代表幹事=2020年3月 野党はまるで財務省のエージェントのように、彼らの理屈をそのままなぞっているが、財界も同じことをしている。特に経済同友会はどのような経済状況でも、悪しき構造改革主義(経済を停滞させる小さな政府論)と「財政規律」論を唱えて続けている。本当に財務省にとって都合のいい団体である。 国民の生活が困窮していても、解消に動くよりも、財務官僚の事実上の代弁をする。この姿勢も、経営者がいったい誰に食べさせてもらっているのか忘却していると感じずにはいられない。中国の「日本買い」を促進? ただ、先に指摘したように、今の日本の経営者自身がムラ社会でのし上がってきた、いわば「官僚」でしかないのだ。「官僚」同士、ウマが合うということだろう。とはいえ、日本国民には唾棄すべき関係だ。 今後、日本経済が新型コロナ危機の影響で衰弱していけば、事実上、政府の「代理人」であるような中国資本が日本の重要な資産を買い漁り続けるだろう。日本の価値を低下させることで、財界は中国による「日本買い」を促しているともいえる。このような動きも経済問題のように見えて、安全保障とも密接に関わる問題である。 最近、評論家の江崎道朗氏の近著『インテリジェンスと保守自由主義』(青林堂)を読んで強く思ったのは、近時ようやくインテリジェンス(機密情報)、この場合は国策や政策に貢献するための国家・準国家組織が集めた情報内容を踏まえた政府の枠組みが出来つつあることだ。江崎氏は「官邸主導で各省庁間の情報(インテリジェンス)を吸い上げ、国家安全保障局でとりまとめながら、国家安全保障会議の下で国策を決定していく仕組みが極めて重要である」と主張している。 江崎氏の同著でのインテリジェンスに関する分析は、対中問題と国内での情報戦を考えたときにも極めて重要な示唆に富む。当然インテリジェンスには、経済的な情報も含まれている。 だが、今の日本の官庁から上がってくるインテリジェンスの大部分は、財務省の声が中心だ。民間代表とはいっても、財界の声を聞くようでは、財務省か媚中の声を聞いていることに変わらない。 これでは日本の行方を危うくするだけだ。そこで、国家安全保障会議を補うような、経済の専門家だけに特化した「経済安全保障会議」を立ち上げるのも一案ではないだろうか。中国の李克強首相(左から4人目)と会談する経団連の中西宏明会長(同3人目)=2018年9月(日中経済協会提供) しかし、立ち上げの際に、財務省の声=財政規律を代弁する専門家ばかりを入れてしまえば、何にもならない。むしろ国際標準ともいえる、経済危機では積極的な反緊縮スタンスをとる経済学者やエコノミスト、アナリスト、経済評論家を中心に構成すべきだ。要するに、今までの政府の委員会で見慣れた名前を排除していけばいい。 日本の経済と安全保障は相互補完的である。そして、優先すべきは安全保障の方だ。日本の安全がなければ、日本経済の繁栄もないことは言うまでもない。

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    「コロナ増税」よりも予備費の追及、野党は財務省の別動隊か

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 予備費、アベノマスク、そして中国政府の香港への「国家安全法」導入に対する日本の対応をめぐり、最近「反安倍」を仕掛けるメディアや識者たちが盛んに攻勢をかけている。おそらくは、2009年の民主党政権誕生前に、無責任すぎた「一度はやらせてみよう」という世論を再び掘り起こそうとしているのだろう。 筆者は、理にかなった政権批判は積極的に行なわれるべきだと考えている。だが他方で、「反安倍」という妄執に囚われた人たちによる多くの批判が、「魔女狩り」や「疑惑商法」に踊らされているものが多いことに呆れている。 呆れてばかりもいられないので、この連載でも、疑惑商法などに踊らされないための警告を毎回のように発してきた。だが、今までの警告は、本稿で取り上げる話題に比べれば深刻度は低い。 一つは経済実態が想像以上に悪い可能性があることだ。そして、経済実態をさらに深刻化させることが確実な、財務省の「増税シフト」が明瞭になっていることである。 まず前者だが、ポイントは「見かけのデータに釣られるな」である。これは反安倍系の識者たちが指摘している政府による統計データの「偽造」とは全く異なる。データを注意深く観察すれば、分かることだからだ。 内閣府は8日に法人企業統計を反映した今年1〜3月期の国内総生産(GDP、季節調整値)改定値を発表した。物価変動を除いた実質GDPで前期比0・6%減、仮にこの伸び率が1年続いた場合の年率換算は2・2%減で、名目GDPは前期比0・5%減、年率は1・9%減だった。 日本中に衝撃を与えた、同期の実質GDP速報値の年率換算3・4%減から比べると、かなりマシになったかに見える。しかも、景気変動の主因である設備投資が速報値の前期比0・5%減から大きく上昇して1・9%増と、需要項目でただ一つ増加していることが好感された。 だが、注意すべきは、法人企業統計アンケートの回収率が通常の場合よりも10ポイントほど低下していることだ。通常7割程度あるところ、今回は全企業で6割程度にとどまっている。 しかも、設備投資の下振れが最も懸念されている中小企業からの回収率低下が目立つ。考えられるのは、新型コロナ危機の影響で、企業の内部情報の集約に問題が生じていて、調査に協力できなかった可能性だ。企業が足元の設備投資についての情報を集約できていないことは、将来に向けた設備投資「計画」の策定が十分にできていないことも意味する。政府の緊急事態宣言発令から1週間が経ち、マスクを着用しながら東京・銀座を歩く人たち=2020年4月14日 景気は内需といわれる消費や設備投資に加えて、政府支出や純輸出(海外からの受け取りの純増)で決まる。特に、変化の度合いを決定するのが設備投資の動きだ。その設備投資が不安定化していることが、1~3月の統計で分かる。 つまり、改定値でのGDP「改善」は盛りすぎだということだ。速報値に近いか、場合によれば悪化している可能性さえも否定できない。経済対策、二つのフェーズ さらに深刻なのは、新型コロナ危機における日本の「本番」が、言うまでもなく4月以降だということだ。これから日本経済の統計データは信じられないような深刻な数字を連発するであろう。 では、迎え撃つ政府と日本銀行の政策はどうだろうか。新型コロナ危機の経済対策は、大きく二つの局面に分けて考える必要がある。 一つは感染抑止を目的とした経済を「冷凍状態」にした局面、これが「フェーズ1」だ。そして、感染抑止に成功し、経済を解凍して刺激政策をバンバン行う局面、「フェーズ2」へと続くのである。 当然、経済対策の特徴もフェーズごとに異なる。現在の日本経済はまだ感染抑止モードである。 フェーズ1の経済対策は、ともかく現状維持が最優先だ。「お客さんが来なくても倒産しない」「仕事がなくても解雇されない」状態をできるだけ実現する。 ただし、雇用でも、若年や高齢、非正規労働者のような立場の弱い人たちは解雇される可能性が高いだろう。万が一、クビになっても「生きていける」だけのお金を支給していく。これがフェーズ1の経済対策の基本である。 8日に国会に提出された2020年度第2次補正予算は、基本的にフェーズ1の経済対策に当たる。今の日本経済がなんとか「凍結」を切り抜けるには、ざっと約30兆円が不足している。補正予算案の一般会計歳出総額は約31・9兆円なので、それに見合う額になる。 内容は大きく、現金給付、融資、予備費、感染症対策の四つに別れている。現金給付では、医療従事者への慰労金支払いや「家賃支援給付金」の創設、雇用調整助成金の上限引き上げ、そしてひとり親世帯への支援などが入る。 融資では、劣後ローンを全面的に押し出しているのが特徴だ。一般債権と比べて返済の優先順位が低く、資本に近い性質のため、「ローン」であってローンではないといえる。 つまり、企業は劣後ローンを借りることで、負債扱いではなく、むしろ資本増強として利用することができるのだ。これは中小企業にとって、特にバランスシート改善の点で有利に働く。第2次補正予算案が審議入りした衆院本会議に臨む安倍晋三首相=2020年6月8日(春名中撮影) 一部上場などの大企業も、日本銀行をはじめとした各国の中央銀行の超金融緩和や事実上の株価安定政策の恩恵により株価上昇トレンドを描いていて、企業業績の極端な悪化を防いでいる。 2次補正の国会審議で、論戦になるのが予備費の扱いだ。立憲民主党など野党4党は、予備費の減額や使途の明確化を求めてきた。情けない経済認識 予備費が10兆円にのぼり、議会民主主義の観点から「白紙委任」はまずい、というのが野党の主張だ。だが、新型コロナ危機の特徴を全く理解しておらず、情けない経済認識というほかはない。 新型コロナ危機の特徴は、その根源的不確実性にある。天候で言えば、明日が快晴か台風か、その確率も全く不明の状況にある。 新型コロナに置き換えれば、感染拡大がいつ終息するのか誰も分からないということになる。この根源的な不確実性に備えるために、予備費を多額積み上げていくことは、政策の迅速性という点からも合理的なのである。 予備費の積み上げについては、財務省も反対していた。あまりに過大だというのが彼らの理屈だったが、政府・与党が押し切った。 過大さだけではなく、使途にも財務省は警戒していた。例えば、減税や定額給付金の財源に使われることを危惧しているようだ。 その意味では、今の立民ら野党4党の予備費への姿勢は、この財務省の「懸念」を払拭する方向となっている。まるで財務省の別動隊である。 現在の政府の経済対策はかなり健闘していると筆者は見ている。感染症対策と合わせ、国際的な評価もかなり高い。 香港に拠点を置く英国のシンクタンクが公表した新型コロナに対する安全な国ランキングで、日本はスイス、ドイツ、イスラエル、シンガポールに次ぐ5位だという。この新型コロナ対策とは、感染症の押さえ込みと同時に求められる経済対策を合わせた総合順位である。 わざわざこのランキングを紹介したのは、世論が政府の経済対策や感染症対応をあまりにも低評価しすぎているように思えるからだ。反安倍系のマスコミによる印象報道にあまりにも踊らされるのは、客観的な指標を理解できないことにつながり、危険でさえある。衆院本会議に臨む立憲民主党の枝野幸男代表(右)と、国民民主党の玉木雄一郎代表=2020年5月26日(春名中撮影) もっとも、安倍政権の経済対策を手放しで高い評価を与えているわけではない。せいぜい2次補正の総額とその支出の方向性に高い評価を与えているにすぎない。 景気刺激が必要とされるフェーズ2の経済対策について、政府の姿勢はゼロ解答に近い。冷凍にそこそこ成功しても、解凍に失敗しては何の意味もないからだ。 そのためには、消費減税とインフレ目標の引上げを組み合わせた大胆な経済政策が必要とされるだろう。現状、与党内で噂されるポイント還元の拡充や旅客・飲食などへの支援策は、極めて限定的な効果しか上げないだろう。経済全体を押し上げる政策立案をはっきりさせるべきだ。「増税シフト」見たり この点でさらに重大な懸念がある。やはり財務省の存在だ。 2次補正にしても、総額と支出だけ見るようでは、財務省の「陰謀」は分からない。実は、財務省が「増税シフト」へと巧妙に移行していると思われる。 2次補正は全額、赤字国債と建設国債で資金調達される。これは日銀が民間を経由して、事実上吸収するという「財政と金融の協調政策」である。 ここまでは問題ない。協調政策は経済危機において、むしろ最善の対応だ。ただ、もう一歩突っ込んで確認しなければ、財務省の増税シフトは分からない。 2020度の国債発行予定額を見てみよう。2次補正でより明瞭になったのは、国債の種類が「短期化」したことだ。 つまり、財務省が財政政策の財源を、より短めの国債を発行することで賄っているのである。最近、積極的な経済政策に「覚醒した」とされる麻生太郎財務大臣も、国債発行計画まではチェックしてないだろう(していたら謝罪する)。 2次補正で、新規国債と財投債を合わせた国債の発行額は64兆7千億円になる。ただし、市中発行額で見れば、政府短期証券と2年物国債の割合が、1次補正、2次補正ともに8割ほどを占めている。せっかく日銀が長期債中心の買い入れを目指しているのに、財務省はあえて短期的な国債ばかり発行していることになる。 財務省の発想では、国債は必ず税金の形で返さなくてはいけないものだ。経済成長に伴う税収増なんて、財務省的にはただのノイズでしかない。彼らの目標は増税による「借金」返済なのである。衆院本会議で財政演説をする麻生財務相=2020年6月8日 短期的な国債に大きく依存していることは、早くて1〜2年以内に財務省が「大増税路線」を考えていることを意味する。しかも、これは財務官僚の判断だけで決めたことだ。 この策動こそ、議会をないがしろにしかねない。国会はこの国債発行計画を問題視すべきであり、むしろ長期債シフトに転換させていく必要があるのだ。 だが、立民などの野党は勘違いも甚だしい予備費批判を繰り広げることで、むしろ財務省の思惑に乗っかっているといえるし、与党もこの点を追及する姿勢に欠けている。このままでは、消費減税とインフレ目標の引き上げによる経済政策よりも先に、「コロナ増税」の方が実現しそうである。与野党挙げて、経済危機をもたらすコロナ増税の芽を徹底的に潰すときである。

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    緊急事態宣言の解除で欠かせないアフターコロナ「経世済民」の四本柱

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 5月25日、新型コロナウイルス感染拡大を受けた緊急事態宣言の全面解除が決まった。4月7日、首都圏など主要都市部を有する7都府県から始まった長い「闘い」に、一応の区切りがついた。 今後、経済や社会は「コロナとの共存」に警戒しながら、徐々に回復の途を歩みだすだろうが、大きな不安があるのも事実だ。新型コロナの感染が再び急拡大する第2波の恐れ、そして経済の深刻な落ち込みである。 緊急事態宣言が解除されたからといって、経済活動がフル回転できるわけではない。そもそも世界経済全体の落ち込みも回復していない。 困難がしばらく続き、その不確実性の世界は不気味なほどの深さと広がりを持つ。この「コロナの時代」をどのように生きていくか、そこに経済対策の在り方もかかってくる。 4月から約50日に及んだ緊急事態宣言によって、日本経済の落ち込みは、年率換算でマイナス20%を超える大幅な減速と予測されている。これは民間のエコノミストたちの平均的な予測ではあるものの、今年の1〜3月期についても、国内総生産(GDP)速報値と彼らの予測は大差なかった。 しかも、この予測は第1次補正予算を含めたものであり、緊急事態宣言のゴールデンウィーク以降の継続だけでも相当の経済ショックを与えるだろう。緊急事態宣言延長とその後の経済減速を勘案すると、おそらく27兆円規模の需要支持が必要である。 この数字は先ほどのエコノミストたちの平均予測から仮に算出したものだ。彼らの数字はあくまで年率換算であるため、GDP総額を530兆円とし、経済への衝撃がずっと同じレベルで続けば、年間で20%消失するというわけだ。したがって、4〜6月の第1四半期で見ると、4分の1の約27兆円の経済ダメージが生じる。 さらに、感染期における経済対策なので、人々の経済活動が新型コロナ危機の前のように戻ることを想定するのは難しい。ソーシャルディスタンス(社会的距離)を引き続き採用し、自粛を継続することで、産業や業態ごとの活動率もバラバラになるだろう。 要するに、緊急事態宣言のような経済の冷凍状態ではないが、「半冷凍」が続くと思われる。この中では、従来のような「真水」に注目するのは妥当な解釈とはいえない。 従来の「真水」は、経済を刺激して、GDPを押し上げ、完全雇用を達成することに貢献する政府の財政支出を示している。例えば、新しい事業が増え、働く場が生まれ、経済が活性化することに貢献する財政支出の部分だ。営業を再開した松屋銀座で、ソーシャルディスタンスを取って会計待ちをする来店客=2020年5月25日、東京都中央区(松井英幸撮影) だが、感染期の経済対策は、感染拡大を防ぐために経済をかなり抑制しなければならない。この状況は緊急事態宣言が解除されても、しばらくは続く。 そのために「お客は来なくても倒産しない」「仕事がなくても失業しない」という状態を実現しなければならない。これはかなりの難度の高い政策である。2次補正の補完策 通常であれば、消費減税は景気刺激の「1丁目1番地」に位置する。今回の日本の経済苦境は、米中貿易戦争を背景にした景気後退、昨年の消費増税、新型コロナ危機の「三重苦」の経済であり、とりわけ消費増税が恒常的に消費を引き下げ、経済を停滞させている。 だが、感染期では、消費減税政策の推進は少し後退せざるを得なくなる。なぜなら、感染期の経済対策は、消費のための「お金の確保」が最優先されるからだ。 そのため、お金自体を増やす政策、定額給付金や各種のローンの支払い猶予などが中核になる。その意味で、1次補正に盛り込まれた国民一人当たり10万円の定額給付は、正しい政策オプションの典型だ。今は、この方向の政策をさらに強化すべき段階にある。 政府内で検討されている第2次補正予算も、基本的にはこの感染期の経済対策に当たる。とはいえ、この時点で消費減税の議論をやめる必要はない。むしろ積極的に行うべきだ。 2021年度予算策定の今秋をターゲットにすればいいだろう。感染終息の保証はないが、それでも景気刺激の時期を見据えるいいタイミングになるのではないか。 ともかく2次補正の話に戻ろう。27兆円規模の経済対策を最低でも盛り込むべきことは先述の通りだが、この点で提言がある。 先日、三原じゅん子参院議員を座長とする「経世済民政策研究会」が菅義偉(よしひで)官房長官に対し、2次補正を念頭に置いた政策提言を提出した。この提言には、政府が現在検討中の2次補正を補完する有力なツールが並べられている。菅義偉官房長官(右から3人目)に新型コロナの感染拡大に対応する経済政策に関する提言を手渡した三原じゅん子座長(同4人目)ら「経世済民政策研究会」のメンバー(同会提供) 経世済民政策研究会は、もともと自民党でリフレ政策を勉強するための研究会として始められたが、新型コロナ危機に際して、感染期の経済対策を検討することになった。不肖筆者も顧問を引き受けているが、提言の基礎となったのは、研究会の参加議員による積極的な提言や議論、そして講師(原田泰、飯田泰之、上念司の3氏ら)の報告である。以下には提言の骨子だけを掲げたい。1.国債発行による財政措置・困窮した個人および企業の社会保険料の減免・感染期に月額5万円の特別定額給付金の継続・2次補正総額の半額を新型コロナ感染症対策予備費として確保2.地方自治体に対する支援策・新型コロナ感染症対応地方創生臨時交付金を10兆円規模に拡充・地方債発行の後押し3.金融政策・日本銀行による中小企業へのマイナス金利貸出・日銀による地方債、劣後債の買い取り4.景気回復期の財政金融政策の在り方・インフレ目標の4%への引き上げと積極的な財政政策との協調・「アフターコロナ」に向けた民間投資の支援 4点目は景気刺激期の政策であり、この点は研究会でまだ具体的に話題を詰めている最中だ。消費減税の採用や恒常的な最低所得保障(ベーシックインカム)が議論されるのはこの項目である。臨機応変の備え 2次補正など感染期の経済対策として優先されるのは、1〜3点目である。特にマスコミで注目されたのは、日銀によるマイナス金利貸出である。 新型コロナ危機に伴う中小企業の運転資金の不足は深刻である。これは中小企業を中心に、民間の資金需要が緊急性を帯び、かつ高まっている現状を意味する。 日銀は従来からさまざまな貸出支援プログラムを実行している。日銀による中小企業へのマイナス金利貸出は、この現行システムを拡充して、現在の新型コロナ危機に対応することを目指す。 具体的には、日銀の提供する貸出支援制度を利用し、民間や公的な広範囲の金融機関が、マイナス金利(マイナス0・1~0・2%を想定)で日銀から借り入れる。これを資金不足に悩む中小企業に原則、無担保マイナス金利で貸し付けする。中小企業の緊急性を要する資金需要が増大する中では、最適の政策だろう。 さらに、定額給付金を月額5万円としたが、もちろん週当たり1万円でもいい。 問題は行政の体制である。マイナンバーの本格導入や預貯金口座とのひも付けの義務化が急がれる。 この点が整備されると、週ごとに支給した方が、感染期の終息に伴って柔軟に停止することもできる。支給が継続されれば、恒常的なベーシックインカムへの移行も可能だ。金額が4~5万円であれば、現状の税制や社会保障制度をそれほど改変しなくても継続が可能な金額である(原田泰『ベーシックインカム』)。特別定額給付金のオンライン申請が始まり、マイナンバーカードの取得手続きなどで混雑する大阪市浪速区役所の証明発行窓口=2020年5月11日(寺口純平撮影) 多額の予備費計上も重要だ。上記の提言は、2次補正の「補完」や「一部代替」を目指しているため、現在の2次補正に盛り込まれる学費支援や家賃支援はあえて外している。当然だが、これらの政策はもちろん必要だ。 予備費は、感染の終息が見えない中、不確実な経済状況に対して、臨機応変に動くための備えになる。そのためにも、なるべく金額を積み上げておくことが重要だ。 マイナス金利貸出、持続的な定額給付金、予備費、その他の政策オプションも不確実性の高い経済状況に応じられる政策である。もちろん、これで終わりではなく、どんどん具体的な政策を重ねて提言していく必要があることは言うまでもない。

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    「#検察庁法改正案に抗議します」にかまける与野党の愚策

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグをツイッター上で目にしたのが、5月10日の朝だった。正確には、検察庁法の改正部分を含んだ国家公務員法改正案についての話題である。 このハッシュタグは何百万件もリツイートされ、インターネット社会の「熱狂」を示すものとしても注目された。特に、著名芸能人やアイドルらがこのハッシュタグをつけて、法案への異議や、政権に対する批判を表明していた。 個人的には、この法案がそれほど重大なものとは思っていなかっただけに、この「熱狂」は意外だった。筆者はアイドル研究もしているので、その意味で、複数のアイドルが政治的なスタンスを表明していることに興味を惹かれた。 ところで、このハッシュタグをリツイートしている人たちは、この法案のどこが問題だと感じていたのだろうか。具体的な法案の内容にコミットしている人はほとんど見かけなかった。 ただ、民主主義の危機や「三権分立の危機」について投稿した人はいた。安倍政権と東京高検の黒川弘務検事長との関係を問題視するものなども散見された。 率直に指摘すると、ハッシュタグをリツイートしている人たちの圧倒的多数は、おそらく法案を読んでいなかったのではないか。リツイートした後に「法案は読んだか」と指摘され、慌てて確認した人がいたようだ。 自分が反対意見を表明するには、根拠をきちんと述べなければならないが、多くは「熱狂」に身をまかせた直観や感情的なリアクションだったと思われる。この種の「熱狂」は、集団自衛権、秘密保護法の問題や、いわゆる「モリカケ」「桜」問題、最近では「アベノマスク」などで頻繁に見かけた現象である。 では、法案にはどんなことが書いてあるのだろうか。国家公務員法改正案は、2011年(民主党政権時)と18年(自公政権)の過去2回にわたる、人事院の「意見の申出」を受けたものだ。ちなみに、人事院は「内閣の所轄の下に置かれる、国家公務員の人事管理を担当する中立的な第三者・専門機関」である。 さらには、08年に成立した国家公務員制度改革基本法で、定年を65歳まで引き上げることについて検討すると明記されたことにさかのぼる。定年延長は、高齢化を背景にした社会的な動向を反映したものと同時に、公務員の早期退職による関係団体への天下りなどを防止する意味もあったはずだ。参院予算委員会に臨む安倍晋三首相(左)。右は菅義偉官房長官=2020年3月(春名中撮影) もちろん、公務員の定年を一律延長するだけでなく、公務員の職務のさらなる効率化を促す仕組みをつくるべきだ、という指摘はありうる。だが、今回のハッシュタグ騒動は、そういう合理的な意見に基づく反論は稀(まれ)だった。単に政治的な思惑からの「熱狂」でしかなかったと思う。 とりわけ、安倍政権と「親密な関係」だとされる黒川氏の定年延長と関係しているかのような主張が散見された。これは全く関係ないことは既に指摘した通りだ。政権と検察「癒着」対策は? そもそも法案の施行予定日は令和4年4月1日なので、その時点で安倍政権が交代している可能性が高いし、仮に黒川氏が検事総長になったとしても定年を迎えている。安倍政権と黒川氏の関係に、法案自体が直接関わることはないのである。 こういう意見もあった。黒川氏の定年延長を「後付け」で肯定するために、この法案を通そうとしているという指摘だ。 だが、これも先述したように、そもそも法案自体が十数年の流れの中で、具体化してきたもので、「後付け」ではないことは明白である。 黒川氏の定年延長問題が政治的に重要であれば、法案と関係なく議論していけばいいだけだろう。仮に法案が成立しても、黒川氏の定年延長に関する政府の対応を問題視して議論することに、損失が生じることはない。繰り返すが、両者は無縁の問題だからだ。 ちなみに、黒川氏の定年延長について私見を述べれば、法解釈の問題で済ますことのできない違法な決定だと思う。このような決定をしたことが、背後で何か「汚職隠し」のような嫌疑や陰謀論の類を生じさせてしまっている。 これは明らかに政権の過ちだろう。黒川氏は速やかにその職を辞任することが望ましい、と筆者は考える。 国家公務員法改正案に話を戻すが、検察と政府の関係は行政府の中での人事問題なので、これも別に、三権分立に抵触する問題でもない。 内閣が検察官の定年延長を行うことができる特例自体が問題だ、と指摘する人もいる。一見すると、もっともらしい論点だ。定年延長をエサにして、時の政権の顔色をうかがう判断を検察トップがしたらどうなるか。 だが、そもそも検事総長や次長検事、検事長といった検察トップの任命権者は内閣である。もし政権と検察の癒着が心配であれば、定年延長に焦点を当てるだけではなく、検察人事を内閣から不可侵の領域にするか、日本銀行の正副総裁などと同じように国会同意人事にすべきだろう。2020年2月、検察長官会同に出席した黒川弘務東京高検検事長長=法務省 ただ、国会同意人事は、時の国会多数会派、すなわち内閣を形成する政治集団に任命が事実上託されるので、「癒着」を懸念する人たちから見たら同じことになる。では、内閣は検察の人事に、口を一切はさむことができないのか。 そうなると、検察は人事院(国会同意人事、内閣任命、天皇陛下の任免の認証で人選が決まる)などの「中立・公正」な機関以上のスーパー権力を有することになるだろう。それこそ、三権分立を侵すバカげた発想である。迫る「25兆円」落ち込み 解決策の一つとして、内閣が定年延長を決める際の具体的な準則を設けることが挙げられる。この中味は国会での議論に値するだろう。ただそのときも、政府と検察の「癒着」的な陰謀ありきの議論は避けるべきだ。 ハッシュタグ騒動は冒頭にも書いたように、ただの「熱狂」だと理解している。ただし、法案自体も無理して通過させるほどの価値があるか疑問だ。 この論考では、主にハッシュタグ「熱狂」の中味が全く空洞であることに注目している。法案の可否については、緊急性もないので、新型コロナ危機の対応後に時間をかけてやればいいのではないか、と思っている。政治紛争の材料として、この法案が過大視されるかもしれないが、今行うのは与野党ともに愚かなことである。 むしろ、国家公務員法改正案と比較にならないぐらい、第2次補正予算の具体的内容を議論した方が何よりもいいだろう。追加の経済対策のため第2次補正予算も規模とスピードが重視される。 第1次補正予算や成立前から進められた経済対策は、せいぜい緊急事態宣言中の5月初旬までの経済的落ち込みをぎりぎりカバーすることしかできない。つまり、緊急事態宣言の延長がもたらす経済の落ち込みには対応していない。 複数のエコノミストによる平均的な予測では、緊急事態宣言の延長によって約25兆円ほどの経済の落ち込みがあるという。これを補うための経済対策が急がれる。 ただし現状においても、中味の具体像が絞られていない。大学生などへの学費補助、家賃支援、雇用調整助成金の上乗せなどが検討されているという。今回の経済落ち込みだけに焦点を絞るのか、感染期の長期的継続や、それ以後の本格的な経済対策の立案まで含めるのか、補正予算のコンセプトも議論されるべきだろう。 現在、自民党の一部の議員とのリフレ政策の勉強会「経世済民研究会」(座長:三原じゅん子参院議員)で、一部の議員から補正予算の予備費を多額に積み上げておくという意見を拝聴したが、いい提案だと思う。 新型コロナウイルスは不確実性の大きな疫学的現象である。比喩で言えば、明日は晴れかどしゃぶりの雨か、確率が分からない事象だ。この場合は、暑さ対策グッズも雨具も両方詰められる大きめのバッグを用意するのが望ましい。国会内で会談に臨む立憲民主党の安住淳国対委員長(左)と自民党の森山裕国対委員長=2020年4月9日(春名中撮影) このように、予備費を積み上げておけば、臨機応変に不確実性と闘える。それも総額が多ければ多いほど望ましい。政府に「白紙委任」を出すという意見もあるかもしれないが、使途を新型コロナ危機の経済対策に限定すれば、与野党の合意も得やすいだろう。 もちろん、感染期間中は継続して支払われる定額給付金、劣後ローンの構築、家賃モラトリアム(支払猶予)、消費減税など採用すべき経済政策は無数にある。今回はこの予備費活用を、特に注目すべき政策オプションとして紹介した次第である。このような新型コロナ危機に立ち向かうハッシュタグの方がよほど広まってほしい、と筆者は願っている。

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    コロナ戦争新フェーズ、政府と企業が陥る「二正面作戦」の罠

    小倉正男(経済ジャーナリスト) 緊急事態宣言の延長が決定された。緊急事態宣言が解除となる論拠が何一つ見当たらない。延長は当然というか、むしろ避けられないものだった。 緊急事態宣言は、4月7日に発令された。3月末~4月初めには、東京都知事、大阪府知事、日本医師会長らから緊急事態宣言発令の要請が相次いだ。異例の事態だ。それでも国は不可解なほど発令に躊躇(ちゅうちょ)を見せた。しかし、発令すると、翌週の4月16日には対象地域を全国に拡大した。 緊急事態宣言発令により、4月末には感染者は減少に転じて終息に向かうかという期待を抱かせる気配だった。 しかし、5月に入っても東京都の感染者が100人を大きく超える日が続き、緊急事態宣言は5月31日まで延長されることになった。延長となったことの総括、延長を解除する基準などの道筋は示されなかった。新型コロナウイルス封じ込めの闘いでどの時点にいるのか。どうすれば次のステップに進めるのか。「見える化」はなかった。 安倍晋三首相が、緊急事態宣言延長の記者会見で使ったキーワードは「新しい生活様式」というものだった。「私たちは新型コロナとの長期戦を覚悟する必要がある」としたうえで、「新型コロナ時代の新たな日常を国民の皆さまとつくり上げていく」、と。 意味するところは分かりにくいものだったが、その眼目は「新型コロナを前提に…」という「新しい生活様式」の提示にあった。新型コロナウイルスの封じ込めによる終息を目指したが、それは実現できていない。いわば、その現実をのみ込んで、新型コロナウイルスとある程度の共存を前提とする「新しい生活様式」で経済活動の再開を目指そうというメッセージにほかならなかった。 4月には、収入大幅減世帯に30万円の支給案が打ち出され、その後に国民1人当たり10万円支給に変更された。その時点ですでに「逐次投入」「小出し」という議論があった。 今回は新型コロナウイルスという存在を前提として闘いながら、経済活動再開を実行するということになる。なし崩しで「二正面作戦」に移行したようなものである。新型コロナウイルスとの闘いでいえば、戦略を転換・変更したことに等しい。重要な転換と思われるが、その判断のベースになる総括のようなものはなかった。新型コロナウイルス感染症対策本部で緊急事態宣言の延長を表明する安倍晋三首相(手前から2人目)=2020年5月4日、首相官邸(春名中撮影) 「二正面作戦」は本来的には戦力に余裕のある者しか使えない戦法だ。二兎を追うわけだから、一兎も得ずという可能性がある。今川義元の桶狭間では、織田信長の尾張攻略なのか、上洛なのか、曖昧(あいまい)な戦略目標が敗因とされている。ミッドウェー作戦では、アメリカ空母殲滅(せんめつ)なのか、ミッドウェー島攻略なのか、これも曖昧さが敗因となっている。 このように「二正面作戦」はリスクをはらんでいる。むしろ基本的には採用してはならない闘い方だ。戦略・戦術の手順が曖昧になる。なし崩しで「二正面作戦」に踏み切って、新型コロナウイルスの第2波などのぶり返しで想定を超える長期戦を強いられれば、時間のみならずカネ(税金)をやたらと食うことになりかねない。新フェーズのコロナ対策 新型コロナウイルスという第一の敵を封じ込めることに一点集中して終息のメドをつける。その後に経済活動再開をスタートさせる。この手順でいくことができれば、カネ(税金)も時間も省ける「クライシスマネジメント(危機管理)」が追求できたかもしれない。 いわば「各個撃破」があるべき手法なのだが、それは採用することができなかった。その点では、「二正面作戦」はやや迷走に近い戦略転換になりかねない。ともあれ、日本型のコロナウイルス封じ込め戦略は、否応もなく新しいフェーズに移行した。 ところで日本の経済・企業サイドの緊急事態宣言への対応だが、この否応もない新しいフェーズとはまるでシンクロしている。どちらが因でどちらが果なのか、奇妙なことに相呼応している。政策とは恐ろしいものである。経済・企業サイドは、今の新型コロナウイルスの存在を前提とした経済活動再開という「新しい生活様式」に寄り添った行動をとっている。 経済・企業サイドでいえば、東京都の都心部、すなわち東京丸の内、銀座、新宿、渋谷、池袋、品川などの出勤者は70~80%減になってはいない。東京都心部は各企業の本社部門が集積しているわけで、もちろんテレワークや自宅勤務、時差出勤などが積極的に導入されている。土日など休日はさすがに70~80%減になっている。しかし、平日でいえば出勤者は50~60%減が精一杯という状況とみられる。 売り上げに直結している生産、営業といった現場の直接部門は、一般的にはテレワークになじまない面がある。業態によっては、全社でテレワークを実施し、顧客への営業・サービスや社内会議・打ち合わせまでウェブで実行している企業もある。ただ、現状ではそれはあくまでレアケースでしかない。 ある中堅土木企業では、本社管理部門は「電話番」なのか総務、経理など各部社員が交代で出勤している。大半はテレワーク・自宅勤務ということで管理部門の出勤は大幅減となっている。土木現場は下請けが中心なのだろうが、工事を続行している。現時点では、貴重な売り上げにつながる業務だけに止められない。「3密回避」で工事をしているというが、感染リスクはないとはいえない。 大手ゼネコンは、4月に入ると工事現場から感染者が出たこともあって軒並みに工事中断を指示した。これもある中堅建設関連企業のケースだが、大手ゼネコンがらみの下請け仕事は自動的に中断となった。施主が官公庁という工事も自粛している。だが、自社が受注してきた建設工事は感染防止に留意しながら継続している。社員たちの「3密回避」で分室化、サテライトオフィスを活用している。 一方、ある計測機器関連企業は、工場の生産ラインは従来のままだ。本社も営業、物流など売り上げに関連する部門ではテレワーク導入は行われていない。本社が東京都心部から離れていることもあって時差出勤程度の対応となっている。生活関連のあるサービス業企業では、本社管理部門は自宅勤務を導入したが、顧客へのサービスを担当している直接部門の社員たちは従来通りに接客して勤務している。感染リスクはないとはいえない。これらはコロナ禍でいえばいずれも打撃が少ない企業なのだが、おそらく平均的な緊急事態宣言への対応といえるものである。大型連休が明け、マスク姿で通勤する人たち=2020年5月7日、JR東京駅前 つまり、一般の日本企業の多くは、「3密回避」は最低限の要件だが、新型コロナウイルスへの感染リスクをとりながら、限定的だが売り上げを確保する行動に出ている。すでに新型コロナウイルスという存在を前提にして経済活動をしている。 それはとりもなおさず新型コロナウイルスがぶり返す可能性を残していることを意味している。これでは新型コロナウイルスを封じ込めるのは事実上困難ということになりかねない。最大の「目詰まり」 緊急事態宣言では、休業は命令ではなくあくまで要請である。休業を要請するのは地方自治体で、国は休業に対する補償義務を負わないとしている。企業としては、緊急事態宣言を当然ながら重く受け止めているが、一方で売り上げに直結する部門は少しでも稼働させたいのも事実だ。これは企業としてはサバイバル(生き残り)への本能のようなものだ。生産・販売の現場では多少のリスクを顧みず仕事を続行している面が少なくない。 企業はすでに新型コロナウイルスの存在というリスクを前提に経済活動を行っている。緊急事態宣言は、地方自治体の要請を基本としており、“闇営業”というわけではない。企業も事実上二兎を追っている。結果として、国と企業はともに「二正面作戦」で軌を一つにしている。国も国なら企業も企業だが、これが背に腹は代えられないリアルな実態だ。この現実は緊急事態宣言があくまで要請を基本にしている政策がもたらした因果にほかならない。 ちなみに、緊急事態宣言で売り上げが極限まで低下し、さらにその延長で窮地に追い込まれている企業・産業群はかなり広範囲だ。 新型コロナウイルスに直撃されているのは観光(旅行)、ホテル、エアライン、鉄道、飲食、外食、人材派遣、テーマパーク、芸能エンターテインメント(演劇・演芸・音楽)、イベント、スポーツ、スポーツジム、ヨガ教室、アパレル、百貨店、石油、自動車、自動車部品、電子部品などだ。 国、地方自治体などが社会的に救済しようとしているわけだが、これらの業界の多くからは悲鳴が上がっており、支援がないと持たない。逆に売り上げを伸ばしているのはeコマース通販、スーパーなどだ。 アメリカ、そしてドイツ、フランス、イギリス、イタリアなど世界は多かれ少なかれ新型コロナウイルスの存在を前提にしながら経済活動を再開するのが趨勢(すうせい)とみられる。日本は世界の趨勢を後追いしているわけだが、実態としては後れをとっている状況だ。 国としては、「新しい生活様式」は提案したが、緊急事態宣言延長の解除基準などは明確にしなかった。しかし、吉村洋文大阪府知事が「大阪モデル」として独自の基準を打ち出した。これにより安倍首相も5月14日に「国としての判断を示す」ことに動いた。 国民が求めているのは、「明確なリーダーシップ」のようなものに尽きるのでないか。治療薬では「レムデシベル」が特例承認となった。だが、ワクチンは開発段階だ。何よりもPCR検査が増加していないという「不条理」を依然として抱えている。 安倍首相の指示にもかかわらず、PCR検査は保健所の人的不足などが目詰まりとなって改善されていない。検査数は各国と比べて極端に少ない。PCR検査数の不足が、感染の実態・全容を正確に把握できていると言い切れない状況の根底にある。実態・全容が把握できていれば有効に闘えるはずだ。「索敵」が十分にできていない。新型コロナウイルス封じ込めでどの時点にいるのか。次の段階にいつ移れるのか。先行きは見えない。「目詰まり」というならこれが最大の目詰まりだ。  新型コロナウイルスは人々の命を奪う敵であることにとどまらず、覆い隠されていた日本の脆弱性や問題点を露呈させた。政府、自治体、国民、医療、経済、メディア、さらにはリーダーシップのあり方までが問われている。記者団を前にマスクを外し、緊急事態宣言の延長を表明する安倍首相=2020年5月1日、首相官邸 緊急事態宣言が延長された現時点では新型コロナウイルスを前提として封じ込めながら経済活動を再開するという二つの闘いが展開されている。ウイルスの封じ込めに傾けば経済が軋み、経済に重点を置けばウイルスがぶり返すという困難な闘いである。「正念場」という言葉があるが、日本にとって文字通りの正念場はこの闘いということになる。

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    お次はアベノマスク、野党の「炎上商法」にまた騙される人たちへ

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 7年超にわたる第2次安倍晋三政権の中で、「モリカケ」といえば、学校法人森友学園(大阪市)と加計学園(岡山市)をめぐる問題だった。これに首相主催の「桜を見る会」が加わり、さらに最近では「アベノマスク」が加わりそうである。 総称すると、「モリカケ・桜・アベノマスク」というのだろうか。本当にあるのかないのか分からない「疑惑」を、一部マスコミや野党、それに反安倍政権の識者たちが盛り上げていく、この一種の炎上商法には正直、ほとほと呆れている。 保守系論客がしばしば利用している言葉の中に、「デュープス」というものがある。原義には共産主義運動との関連があるが、そんな「高尚」(?)な活動とはおそらく無縁だろうから、本稿では、単に「騙されやすい人」という意味でデュープスを使う。「モリカケ・桜・アベノマスク」は、まさにこのデュープス向けの「食材」である。 今回で200回を迎える本連載でも、「モリカケ」「桜」両問題について、たびたび取り上げてきた。国会でも何年にもわたって議論されているが、デュープスが目指している安倍首相の「疑惑」は少しの証拠も明らかにされていない。 さすがに何年続けていても、安倍首相の「疑惑」が明らかにならないので、デュープスたちは、首相を「嘘つき」とみなす傾向がある。自分たちが「疑惑」の証拠を提供できないので、その代わりに他人を「嘘つき」よばわりするのだろう。 これでは、単なる社会的ないじめである。だが、こういう意見を持つ人は多く、中には著名人も安倍政権や首相を嘘つきだと断ずる傾向がある。全く安倍首相もお気の毒としかいいようがない。参院決算委員会で答弁を行う安倍晋三首相=2020年4月1日(春名中撮影) ただし、デュープスが生まれる経済学的背景もある。私はしばしばこれを「魔女狩りの経済学」と呼んでいる。 新聞やニュース番組、ワイドショー、そのほとんどが「真実」を報道することを目的としてはいない。あくまで販売部数や業界シェア、視聴率を目的とした「娯楽」の提供にある。 これは経済学者でハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ジェンセン元教授の指摘だ。ジェンセン元教授の指摘は多岐にわたるが、ここでは主に2点だけ指摘する。娯楽で消費される政府批判 ニュースに対して読者や視聴者が求めるのは真実追求よりも、単純明快な「解答」だ。専門的には「あいまいさの不寛容」という。 たとえ証拠と矛盾していても、複雑な問題であっても、単純明快な「答え」が好まれる。ニュースの消費者の多くは、科学的な方法を学ぶことにメリットを見いだしていない。 そのため、ニュースの消費にはイメージや直観に訴えるものが好まれる。実際に筆者の経験でも「安倍首相は悪いことをすると私の直観が訴える」と言い切る評論家を見たことがある。 さらに、ジェンセン元教授の興味深い指摘が「悪魔理論」だ。これが「魔女狩りの経済学」の核心部分でもある。要するに、単純明快な二元論がニュースの読者や視聴者に好まれるのである。 善(天使)vs悪(悪魔)の二項対立のように、極端なものと極端なものを組み合わせて論じる報道への関心が高い。特に、政府は「悪魔」になりやすく、政府のやることは全て失敗が運命づけられているような報道が好きなのだ。 根拠のある政府批判は当然すべきだ。だが、この場合の政府批判は、単なる「娯楽」の消費でしかなく、事実に基づかなくても可能なのである。 「モリカケ」「桜」両問題も、「魔女狩りの経済学」の構図にぴたりと当てはまってきた。「疑惑」は「安倍首相は権力側の悪い人なので、何か悪いことをしているに違いない」とでもいう図式によって生み出されている。この魔女狩りの経済学に、今度は新型コロナウイルスの感染防止策として全世帯に配布する2枚の布製マスクが加わりそうである。 マスクについては、新型コロナ危機が始まってから、医療や介護現場に代表される供給不足問題に加え、一般のマスク不足が一貫して問題視されていた。政府は当初、民間の増産体制によってこの問題を解消できると予測していたようだ。新型コロナウイルスの感染拡大策として、全世帯に配布される布製マスク2枚=2020年4月23日(三尾郁恵撮影) だが、その目論見は完全に外れた。特に、民間の需要は底が知れないほどで、ドラッグストアには連日長蛇の列ができ、インターネットでは高額転売が横行した。これは明らかに政府のマスク政策の失敗だったといえる。政府が払うマスクの「ツケ」 結局、供給解消を狙って、さらに増産体制を強化し、ネットなどでの高額転売禁止、医療機関へのサージカルマスクの大量供給、福祉施設や教育機関への布マスクの配給を矢継ぎ早に行った。特に、サージカルマスクなどの高機能マスクは、地方自治体を経由していると供給不足に対応できないとして、国がネットの情報を利用して、不足している医療機関への直接配布を決定した。 だが、それでも医療需要に十分応えているわけではない。政府のマスクに関する甘い見立てのツケはいまだに解消されてない。 問題のキーポイントは、マスクの増産と割り当て(供給統制)を同時に進めるべきだったのに、前者に依存して後者を当初採用しなかったことにある。危機管理が甘いといわれても仕方がない。 国際的な成功例である台湾では、マスク流通を政府が感染初期から完全に管理している。購入には国民健康保険に相当する「全民健康保険」カードを専用端末に挿入する必要があり、一人当たりの購入数も週2枚に限定されている。さらに、履歴は「全民健康保険」カードに記載され、徹底的に管理されている。 他方で、マスク増産に軍人も起用して、今は大量生産に成功し、日本など海外に輸出するまでになっている。これに対し、日本政府は現在に至るまで、あまりに不徹底で戦略性に欠けている。 当初のマスク予測を誤ったツケが、俗称「アベノマスク」をめぐる一連の騒動の背景にもなっている。ただし、このときの「背景」は合理的なものよりも、モリカケ・桜問題に共通する「疑惑」や感情的な反発を利用した、政治的思惑に近いものがある。マスコミもアベノマスクを恰好の「娯楽」として、ワイドショーなどで率先して報道している。2017年3月、台湾行政院のデジタル関連会議に出席する唐鳳IT担当政務委員 このアベノマスクに関しては、反安倍系の人たちが率先して批判しているが、それには幼稚な内容が多い。顔に比べてマスクが小さいという主旨だが、顔の大きさに個人差があるのは否めない。 そういう幼稚な批判におぼれている人以外には、人気ユーチューバーの八田エミリ氏の動画「アベノマスク10回洗ったらどうなる?」が参考になるだろう。簡単に内容を説明すると、実際に届いた新品のマスクについて紹介した動画で、14層ある高い品質であり、洗濯すると多少小ぶりになるが、何度の使用にも耐えられるものであった。マスク不足に悩む人たちには好ましい対策だったろう。 一部では不良品があり、その検品で配布が多少遅れるようだ。マスコミはこの点を追及したいし、全体のマスク政策をおじゃんにさせたいのだろう。だが、現在配布を進める全世帯向けの半分にあたる6500万セットのうちに、どのくらいの不良品があるか、そこだけを切り取って全体のマスク政策を否定するというのは、まさに魔女狩りの経済学でいう「あいまいさの不寛容」そのものだ。愚者のための政治ショー おそらく、この「あいまいさの不寛容」におぼれたデュープスを釣り、その力で政権のイメージダウンを狙うのが野党の戦略だろう。そのため、補正予算の審議でもこのアベノマスク問題が取り上げられる可能性が高い。まさに愚者のための政治ショーである。 なお「あいまいさの不寛容」の観点で言えば、不良品が多く発見された妊婦用マスクと全世帯向け配布用マスクは異なるが、多くの報道で「巧みに」織り交ぜることで、さらなるイメージダウンを狙っているようだ。全世帯用にも不良品が見つかるかもしれないが、その都度対処すればよく、マスク配給政策そのものを否定するのはおかしい。マスクの全世帯配給に、少なくともマスクの需給環境を改善する効果はあるだろう。 また、マスク配給の当初予算が466億円だったのが、実際には91億円で済んだ。これは予算の使用が効率的に済んだのだから好ましいはずだ。 だが、立憲民主党の蓮舫副代表は違う見方をとっている。蓮舫副代表は、予算が余ったのだから「ずさん」であり、ならば「マスクも撤回してください」と要求している。 なぜ、予算が少なく済んだことが批判され、なおかつマスク配給政策全体を撤回しなくてはいけないのか。デュープスであることぐらいしか、この理由に思い当たる人は少ないのではないだろうか。 現在の日本では、新型コロナ危機で、数十兆円規模の経済危機が起きている。これに立ち向かうために、大規模でスピードを早めた経済政策が求められている。 例えば、企業の家賃のモラトリアム(支払い猶予)も喫緊の問題だ。このままの状況が続けば、6月末には多くの中小企業で「コロナ倒産」の急増を生んでしまうだろう。参院予算委員会で質問する立憲民主党・蓮舫副代表兼参院幹事長(右)=2020年3月2日(春名中撮影) だが、与野党ともに家賃モラトリアムについては、あまりにもスピード感に欠けた提言してかしていない。マスク問題も、政府のマスク買い上げや規制強化の遅れにより、現在まで障害を残している。 本来であれば、家賃モラトリアムや、さらなる定額給付金の供与など、経済対策のスピードをさらに加速させる必要がある。アベノマスクのように、ワイドショーで溜飲を下げるデュープス相手の話題にいつまでもこだわる時間は、少なくとも国会には残されていない。

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    安全保障無策の日本、終息周回遅れが招く「ポストコロナ」大不況

    小倉正男(経済ジャーナリスト) 新型コロナウイルス感染症による経済の停止は、1929~30年代の世界大恐慌以来の景気後退とされている。現状の世界経済は誰も見たことがない事態に陥っている。大恐慌以来のものなのか、あるいは大恐慌を超えるものなのかは、現状では判断がつかない。 「大変調」は、すでに世界中に現れ始めている。自動車産業一つを取り上げても、全世界の自動車工場のほぼすべてで生産が止まっている。需要の落ち込みに加えて部品の欠品などが影響している。そうしたことは誰も想像することができなかった光景だ。自動車だけではない。半導体・液晶関連の製造装置、工作機械、電子部品などすべての生産が休止、あるいは生産遅延となっている。それが眼前にある。 新型コロナウイルスの発生源となったのは中国・武漢だが、その武漢で一足早く自動車工場が再稼働に踏み出している。中国は新型コロナウイルスを終息させたとアピールしたいのだろうが、試験操業段階にあるとみられる。自動車は部品の裾野が極めて多様だが、車載用半導体など電子部品を含めて部品産業も生産・物流が停滞している。自動車生産のサプライチェーンはいまだ寸断されている。 アメリカでは3月中旬からの5週間で2600万件を超える失業保険申請が行われている。全労働人口の17%の人々が一挙に失業者になっている。リーマンショックどころか、これも大恐慌以来の記録的な現象だ。一人好況だったアメリカが暗転、原油先物価格が史上初の「マイナス価格」になった。 世界の経済活動のほぼすべてが停止している。供給過剰で、原油先物で売り手が買い手に代金を支払うといった異常事態だ。銀行でいえば、貸し手の銀行が借り手に金利を払うといったようなものである。原油需要がガタ減りになっており、世界経済が限界に近づいているというシグナルといえる。 日本では、目先の決算に「変調」が現れている。この4月末~5月が決算シーズンになる。3月期決算企業でいえば本決算にあたるが、予定していた決算発表の期日が遅れることを公表する企業が相次いでいる。「緊急事態宣言で会計・監査業務が間に合わない」という事情を上げている。決算説明は各企業とも軒並みに電話会議、インターネット動画などで行うとしている。 20年3月期決算では、一般的に第3四半期(10~12月)は消費増税で業績が低下、第4四半期(1~3月)は通常なら期末の稼ぎ時だが、新型コロナウイルスによる経済停止に直撃されている。おそらく売り上げ、収益を下方修正する企業が続出する。トヨタ自動車田原工場=愛知県田原市 変調はそれだけではない。新年度、すなわち21年3月期は売り上げ、営業利益など収益の予想数字を表示しない企業が続出する。21年3月期については、企業サイドは新型コロナウイルスの終息時期が見えず、したがって経済の停止状態をいつ解除できるのかが判明しない。売り上げ、収益とも「苦渋の決断だが、合理的な算定ができない」としている。 株式マーケット筋は、「新年度の予想数字については表記しない企業の評価はネガティブ。一般的には大幅減収減益でも予想数字を表示する会社の方を評価する」としている。企業サイドは「新型コロナウイルスの終息、再稼働の先行きが見えるようになったら、すみやかに予想数字を公表する」と答えるのが精一杯だ。見通せない終息時期 日本経済が直面している問題はそこにある。経済の出口は、新型コロナウイルス感染症をいつ終息させられるかにかかっている。メドがつけば経済の停止状態から脱出できる。 しかし、いまだ暗中模索でいつ出口にたどり着けるか判明しない。この5~9月のうちに終息できるのか。それが最も理想的だ。あるいは年内の12月まで引きずるのか、最悪のケースで2021年まで影響が残るのか。一時的に終息させたとしてもウイルスだけに二波、三波とぶり返すこともあり得る。厄介極まりない。 緊急事態宣言は7都道府県から全国に対象地域を広げて発令されている。東京都など首都圏を筆頭に全国の大都市・都心部から人影は大幅に減少した。テレワーク・在宅勤務が急速に拡大している。 ただし、首都圏などで見ても東京都内、郊外の商店街やスーパーは平常通りに営業している。都内、郊外とも通常以上の客で混雑している。特に、都内のスーパーは夜までには棚が空になるといった具合だ。昼までに行かないと何も置かれていない。郊外でも夫婦、子供など家族全員で買い物に来店している。また、都内、郊外とも価格が全般に上昇している。 都心部から人が減ったとしても、神奈川県、千葉県などの海岸沿いはクルマが渋滞になるなど、一時的に人出が増えたケースもある。このため、東京都などの自治体からは「ステイホーム」と自粛が懸命に呼びかけられている。穏やかな気候となった日曜日。神奈川県藤沢市の海岸沿いの道路は多くの車で渋滞していた=4月19日 ただし緊急事態宣言といっても要請ベースで強制力は伴わない。休業補償などが十分ではない。アメリカ、フランス、ドイツなどの主要都市の都市封鎖(ロックダウン)と比べると緩いという印象が拭えない。 それだけに日本は新型コロナウイルスの終息、封じ込めには世界の主要国に比べて遅れる可能性が否定できない。終息、封じ込めというものがともあれ早期に実現できればよいが、遅れる可能性が強まっている。 新型コロナウイルスの終息に一定のメドをつけて、ある時点で経済の停止を解除したとしても本格的な再稼働には至らない可能性もある。経済の「V字型」回復という楽観論があったが、「L字型」底ばいの長期不況になるとみておくべきだ。現時点では安易な楽観論は禁物で、最悪の想定に立つべきである。 「L字型」不況が長引けば長引くほど、懸念されるのは経済の縮小均衡による中小企業、個人商店などの倒産、閉店、廃業である。日本政策金融公庫の「無利子無担保融資」などセーフティーネットを活用して最悪の事態を回避する方策が奨励されている。だが、経済の底ばいが継続すれば資金繰りが追いつかない。中小企業、個人商店の体力が持たなくなる。外国人投資家に狙われる日本 仮に、日本が新型コロナウイルスの終息に「周回遅れ」になるなら、経済への打撃は計り知れない。首都圏の都心部、あるいは郊外にある飲食店などは現状でも厳しいが、長引けば大変な事態に追い込まれる。新型コロナウイルスの不安が残るとすれば、都心部の企業などはこのままテレワーク・在宅勤務が定着することもあり得る。都心の飲食店は苦境から脱出できない。 非上場企業のみならず、上場している企業もそれは同様だ。21年3月期の売り上げ、収益の予想数字を打ち出せないとすれば、株式マーケットは外国人機関投資家などの売り圧力に晒される。株価低迷が長期化するとすれば、内部留保を分厚く貯め込んだ企業は耐久力を持てるが、そうした企業ばかりではない。 アメリカに「企業再生ファンド」というものが生まれたのは大恐慌時代といわれている。大恐慌時代にアメリカでは一般企業だけではなく銀行までが取り付け騒ぎでバタバタ倒産した。市場経済ベースで企業を売り買いすることで再生事業が行われた。 大金持ちの個人投資家、機関投資家がファンドに資金を投じて、ファンドは体力を失った企業を底値で買い叩いて手に入れる。ファンドはその企業にプロの経営者を送り込み、2~3年で企業を再生して第三者に高値で売却する。ファンドは膨大な利益を出して、投資家に高い利回りで報いる。市場経済の過酷さを体現したやり方で一般には「ハゲタカ」という異名で呼ばれている。 新型コロナウイルスがもたらす不況では、おそらくファンドが世界中で企業を底値で買収するといった行動に出るとみられる。ファンドにすれば100年に一度のチャンスだ。新型コロナウイルスがなければ、普通に優良企業だったものをファンドは安値で手中にする。文字通り大恐慌以来のチャンスが到来する。 そうしたクライシス(危機)を考えるなら、新型コロナウイルスの終息がいつになるか、すなわち終息時期は「ポストコロナ」の日本経済に決定的なファクターになりかねなない。 日本経済の再稼働で遅れをとるとすれば、体力が弱った日本企業が狙われることになる。中国などが世界に先行して経済の再稼働に成功すれば、買い手に回る可能性も出てくるに違いない。国、あるいは地方自治体は「L字型」不況が長期化したケースに備えて、中小企業などを防衛するためのシミュレーションをしておかなければならない。 上場企業においても、たとえばソフトバンクグループなどは17兆円(2019年末)を超える有利子負債を抱えている。おそらく現状では有利子負債はさらに膨張しているとみられる。企業買収で所有企業をやたら増加させてきた「持つ経営」が危機に立たされている。4兆5千億円の資産(所有企業)売却で財務体質を改善するとしているが、そこに新型コロナウイルスによる大不況や株価低迷が追いかぶさってきている。決算説明会で記者会見するソフトバンクグループの孫正義会長兼社長=2020年2月、東京都港区(三尾郁恵撮影) 所有企業売却では「投げ売り」に追い込まれるという最悪事態も考えられる。ソフトバンクグループが所有している半導体関連ハイテク企業などを売却するとすれば、中国などの企業が買い手として名乗りを上げてきても不思議ではない。買い手としては安値で買えるのだから千載一遇にほかならない。日銀の対策にも限界 企業がむざむざ他国企業やファンドに買われないようにするということでは、通貨の円高、そしてとりわけ株高を「防護壁」にすることが基本的な政策だ。買い手としては、円が高く、さらに株価が高いなら、高い買い物になる。手を出しづらい。たとえ買われるにしても日本に入ってくる資金は、経済を回してくれるわけで貢献してくれる。円安、株安では買い手にはよいことばかりで経済への寄与は希薄でしかない。 日本銀行は上場投資信託(ETF)買い入れの拡大でテコ入れして株式マーケットの底上げを行っている。ただ、これは主として株価暴落の不安心理を解消することを狙ってのものだ。日銀の行動はやむを得なかったかもしれない。 だが、株価の低落が続くとすればETFの評価損が発生する。日銀の財務毀損が避けられない。財務毀損ぐらいで日銀が倒産することはないが、日銀が発行している通貨である円への信頼は低下する危険性がある。極端な円安に振れるとすれば、悪性インフレ懸念が生じる。資本が逃げ出すわけだから株も売られる。日銀はETF購入拡大をといった政策を継続できなくなるリスクがある。 株価低迷が長期化して、いざというクライシスに直面したときに日銀は有効な手段を持てなくなる公算がなくはない。日銀にしても、国にとって魔法の杖、いや魔法の輪転機であり続けられるわけではない。 実質的に「国家ファンド」といわれる年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)にしても本格化させてきた株式運用で身動きが取れなくなっている。日本を含む世界の株価が上昇して評価益が出ているときはよい。 だが、株価が低落しているときは評価損を抱える。仮にも国民に支払う年金資金であり、リスクを抱え続けることはできない。GPIFも動けないといった場合、国は安全保障などの面から待ったをかける政策手段が何もない事態になりかねない。日本はいざというときに使うべき最終手段を“先食い”してきたきらいがある。 日本の危機管理(クライシスマネジメント)対応が問われている。それによって経済のサバイバル、経済がどう生き残るかという構図が決められる。当然、新型コロナウイルスの終息を急ぐことが第一の要件だ。新型コロナウイルスとの闘いは集中型で一気にやるしかない。主要各国がロックダウンなどを断行していることがそれを証明している。闘いが長期に及べば、その国の経済は疲弊が避けられない。そうなれば、経済もそして国も共倒れにほかならない。終値が1万8千円を割り込んだ日経平均株価を示すボード=2020年4月、東京・八重洲  確かに新型コロナウイルスといった疫病による厄災は想定外に近いものだったかもしれない。ただ、今はウイルスとの闘いを含めて国の安全保障を考えてこなかった咎(とが)めを受け止めるときに違いない。しかし、打つ手が何もないというわけでもないに違いない。新型コロナウイルスの終息、そして「ポストコロナ」という有事対応に持てるすべてを投入して、世界経済という過酷なアリーナで敗北者に甘んじることは避けなければならない。

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    新型コロナ、長期戦を生き抜く「毎週1万円案」ここが素晴らしい

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、7都府県を対象としていた緊急事態宣言が全国に拡大された。東京圏や近畿地方、福岡県を中心に、感染の拡大はまだ収まっていない。 緊急事態宣言はゴールデンウィーク明けの5月7日で終わることが決まってはいる。だが、さらに延長があるのか、延長しなくとも全面的な解除になるのかどうか、など予断を許さない状況だ。 医療従事者、医療インフラを維持する人たちの懸命な努力が日々、会員制交流サイト(SNS)やマスメディアで伝わってくる。医療資源になるべくストレスを与えないように、われわれの経済活動を中心にした「自粛」はさらに積極的に求められている。だが、このことでわれわれの経済生活や肉体的健康、そして心理的ストレスはかなり厳しくなっていることも自明だ。 感染拡大が終息しなければ、このような困窮は抜本的に解消困難である。だが、ある程度の緩和をすることはできる。それは適切な経済対策である。つまり、政府がきちんとおカネを出し、われわれの生活を防衛することが必要なのだ。 だが、日本では官僚主義の弊害が著しく、日本の「おカネの番人」とでもいうべき財務省の緊縮主義がこの危機の中でも威力を発揮している。緊縮主義とは、できるだけ政府がおカネを使わない姿勢を示す用語だ。国民は感染の脅威と同時に、この財務省の緊縮主義という病とも戦っていかなければならない。 財務省の緊縮病は本当に手強い。政府は先日、国民一人当たり10万円を配る「定額給付金」政策が、新型コロナウイルス危機の経済対策として採用した。政策自体はとてもいいことである。 だが、採用に激しく反対していたのが財務省である。そのため、当初は所得制約を厳しくして、給付金30万円で補正予算が立てられた。 30万円給付金案の方が額が多いように思えるが、それは間違いである。まず、30万円案では、新型コロナウイルスの影響で、所得が大きく減少していないと受領できない。記者会見する麻生太郎財務相=2020年4月17日(林修太郎撮影) しかも、支給対象が世帯単位なので、どれほど家族が多くても、給付は30万円だけである。そのため、30万円案の予算総額は、たかだか4兆円ほどだった。30万円という数字だけで考えれば、多く感じられるが、できるだけ給付金総額を絞り込む財務省の悪質な緊縮主義が表れている。 それに対し10万円給付案では、予算総額が12兆円と8兆円も多い。しかも、経済危機で収入が半額まで減少しない人や、家族の多い低所得者層にも恩恵が及ぶ。「30万円案」固執の不思議 何より30万円案最大の欠点は、所得が減少したことを自己申告で役所の窓口に出向いて証明しなければいけないことだ。それが受理されて、初めて給付金が下りる。これだけでも相当の手間と時間がかかる。フリーランスの人たちにとっては、そもそも所得減少を証明する書類を揃えるのが難しい場合があるはずだ。 問題はこれだけではない。悪徳企業経営者がいたら、社員の給料をわざと半減させて、それで社員に30万円の給付金をゲットさせるだろう。言い換えれば、本当に必要な人に届かなくなるのだ。 立憲民主党などは、この30万円給付に固執し、補正予算案を批判している。それは国民の生活を考えない党利党略的な判断でしかない。 それに比べて、全国民一律に10万円を配布するのは、最もムダがない。資格調査がいらない分だけでもスピードが速い。 政府がこの案を当初採用しなかったのは、財務省の緊縮主義からの抵抗があったからにほかならない。もちろん富裕層からは年度末の確定申告で税金をより多く徴取するので「公平」にもなる。ただし、給付金を単に消費に回す点だけに話を絞れば、高所得者層の多くも他の所得者層と大差なく、給付金を消費に回すことが実証分析で知られている。 10万円給付案への反論として、定額給付金が過去に実施されたときに、30%程度しか消費されず、あとは貯蓄に回されたというものがある。だが、三つの理由から間違っていると言わざるを得ない。 (1)貯蓄に回ることで、むしろ将来不安の解消に貢献すること、(2)貯蓄は将来の消費でもあるので、感染症の蔓延期が長期化して、家計が苦しくなれば消費に向かうかもしれない、(3)社会全体が余裕(=ため)をもっていれば、感染期が終わったときに力強い景気回復が可能になる、と考えられる。 要するに、ムダなおカネなどはないということだ。「貯蓄=ムダなおカネ」という言説は、財務省が喜んで流布する素人騙しの都市伝説でしかない。新型コロナウイルスの感染拡大防止のため東京・銀座では多くの店舗が休業、街は閑散としていた=2020年4月18日(三尾郁恵撮影) さて、問題なのは、この定額給付金が1回で済むかどうかである。新型コロナウイルスの感染拡大がいつ終わるのか、日本国内だけでもいまだ不透明だ。 ましてや、世界の動向も全く分からないので、長期戦を覚悟する必要がある。そのときにわれわれの生活を支える仕組みが求められる。 ここで、大阪大の安田洋祐大准教授が提案する面白い給付金政策を紹介しておこう。感染終息まで、毎週1万円を全国民に支給するというものだ。「毎週1万円」最大のメリット この場合、政府支出は月総額約5兆円になる。感染期が1年続けば、60兆円になる。60兆円は巨額だが、実は経済の専門家たちが、終息せずに1年続いたときに生じる経済損失として計算した金額と等しい。 実際には、感染期が夏には終わっているのか、それとも何年も続くのかは分からない。安田案の優れているところは、感染期が続く限り、政府が支援を継続するという約束(コミットメント)が強力だということだ。 しかも、このコミットメントは単なる口約束ではない。実行を伴う仕組みがある「約束」である。 もちろんこれとは別に、感染期のピークに一括して、国民一人当たり10万円や20万円を、事態の変化に応じて再度配布する案もある。ただし、感染が予想外の長期間となった場合、そのたびに予算案を立てなければならず、スピードに問題が生じる。 筆者は最近、リフレ政策に強い関心のある自民党国会議員の研究会で報告する機会があったが、質疑応答が活発に行われた。その経世済民政策研究会(世話役:三原じゅん子参院議員、事務局:細野豪志、長島昭久両衆院議員)で、補正予算に多額の予備費を計上する案が出た。 予備費の額は青天井なので、新型コロナ危機だけではなく、自然災害の多発などに備えて、補正予算に今から数兆円規模の予備費を計上することは、審議時間の短縮に繋がり、望ましい。また、政府と日本銀行が協力して、上記の安田案の実現のために新型コロナ対策基金を100兆円規模で構築することもあり得るだろう。 いずれにせよ、この不確実性に対応した定額給付金を軸にして、税金や社会保険料、家賃、光熱費といった生計費や運転資金を先送りしたり、免除していく政策を組み合わせれば、感染期の経済対策としては合格点に近い。付言すると「先送り」は、感染が終息して、負担が一気に押し寄せることがないように、強い減免措置と組み合わせる必要がある。 そして、感染期の終了後に、経済全体を落ち込ませないためにも、財政政策と金融政策の協調による一層の刺激政策を取ることが望ましい。そのときの有力オプションは消費減税であろう。 ただし、恒常的な消費減税を感染期から実施することを、筆者は強く薦める。感染期における持続的な定額給付金(事実上のベーシックインカム)と恒常的な消費減税は、不確実性の高い経済を安定化させる錨(いかり)の役割をすることだろう。細野豪志元環境相=2019年1月(森光司撮影) だが日本では、財務省を中心にした緊縮病が、この感染期の経済対策を妨害しているといっていい。このことは前回でも指摘した。しかも、この経済危機でも緊縮しようという意思は強い。今はおとなしくしているが、いずれ「新型コロナ税」でも発案しかねない。 阻止するためには、リーマン・ショックや東日本大震災のときに比べ、世論形成への影響が格段に強まっているSNSの力が必要だ。SNSを中心に不合理な財務省の緊縮病を監視し、国民の力で退治していくことが大切なのである。

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    二階俊博と麻生太郎のメッセージで読めた「緊縮教」のたくらみ

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 国民の経済的負担を解消する努力をすることなく、安っぽい精神主義が政治家界隈でどうやら流行しているようだ。典型例が4月13日の自民党役員会に表れている。 その後の会見で、二階俊博幹事長は「新型コロナウイルスに対する国民の奮起、戦うということに対して、しっかり支援していくということだ」と述べ、国会議員の給与にあたる歳費の一部返納を表明したのである。まさに、国民を小ばかにした精神主義の見本である。 東日本大震災のときにも同様の動きがあった。具体的には、国会議員歳費減額特例法の成立で、歳費の一部が復興対策の財源に充てられ、菅直人内閣の閣僚給与も自主返納に至っている。 その際、この精神主義が復興増税構想に結びついていった。構想は、2012年の民主、自民、公明の3党合意で成立した社会保障と税の一体改革関連法によって、消費増税路線に結実していく。 今回も、二階氏が野党にも歳費返納を呼び掛けた。結局、1年間2割削減で自民・立憲民主両党が合意したが、まるで、将来の増税路線も呼び掛けているようにも思える。 国民の中で、政治家たちのこのような歳費削減を喜ぶ姿勢があるとしたら、深く反省した方がいい。政治家に対して、きちんと歳費に見合った仕事を求めればいいだけである。 あなたは給料を減らされながら、前よりもっと働けと言われて、やる気を発揮できるだろうか。自分にはできないことを政治家だけができると考えるとしたら、よほどおめでたいと思う。 このように、国民側にも厳しい言葉を投げ掛けたのは、安っぽい精神主義を国民側が受け入れる土壌があるからこそ、二階氏のような発言が出てくるからだ。要するに、軽薄なポピュリズム(大衆迎合主義)なのである。安倍晋三首相との面会を終え、記者団の質問に答える自民党の二階俊博幹事長=2020年4月8日(春名中撮影) 大衆迎合だったとしても、国民の生活が向上すればいい。だが、議員の歳費返納は国民の生活向上に一切結びつかない、ただの政治的ポーズでしかない。終息後に増税? 新型コロナウイルスの感染拡大によって、われわれ国民の生活は疲弊し、苦しさを増している。この状況を打開するのは、適切な経済対策を実行するしかない。つまり、政府がきちんとおカネを出し、われわれの生活を防衛することが必要なのだ。 だが日本では、官僚主義による弊害が著しく、財務省の緊縮主義が危機の中でも威力を発揮している。国民は感染の脅威と同時に、この財務省の「緊縮病」とも戦っていかなければならない。 それほど、財務省の緊縮病は頑強である。これは筆者の推測だが、既に増税路線に向けた政治的な仕掛けが動いていてもおかしくはない。 今回の緊急経済対策に関して、補正予算案が提出されている。追加の歳出は総額約16兆8千億円で、全額を国債発行で調達する。 今、国債を追加発行すれば、日本銀行が民間を経由する形でほぼ吸収するだろう。政府と日銀は統合政府なので、言ってみれば、同じ家計の中での貸し借りでしかない。 統合政府のバランスシート(貸借対照表)を見れば、資産と負債がちょうどバランスするだけになり、「財政危機」の心配はない。むしろ、日銀は公式見解でも、政府が国債発行という手段で積極財政を展開すれば、無理なく支援できると表明している。 感染期の生活を支える経済対策を行い、感染期から脱した後には、より積極的な財政と金融政策の協調で、この難局からV字回復を遂げていく、これがベストシナリオである。具体的な手段としては、国民一人当たり10~20万円を給付し、消費税率を8%に引き下げることを基軸とし、もろもろの支援策を組み合わせるのが望ましい。 だがご存じのように、今の政府は所得制限付きの給付金などで政策効果を著しく減退させてしまっている。しかも、財務省はタイミングを見て、増税路線への転換を図ろうとしているのではないか。 4月13日の衆院決算行政監視委員会で、麻生太郎副総理兼財務相は2025年度までのプライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化目標を放棄しないと言明している。簡単に言えば、プライマリーバランスは、今回の緊急経済対策のような、その都度の政策的な支出が、その都度の税収で賄えているかどうかを示す。衆院決算行政監視委員会で答弁を行う麻生太郎副総理兼財務相=2020年4月13日(春名中撮影) 黒字であれば「税収>支出」であり、赤字であれば逆になる。現在のプライマリーバランスは赤字である。「黒字化」意味ないワケ 黒字に転換するためには、経済成長率の安定化=税収安定化、増税、行政改革などが考えられる。増税の有力な政策が消費税率の引き上げであり、財務省も大きく依存している。 だが、そもそもプライマリーバランスを黒字転換させる意味などない。元国際通貨基金(IMF)チーフエコノミストのオリビエ・ブランシャール氏と経済産業省の現役幹部、田代毅氏の共著論文「日本の財政政策の選択肢」では、次のように指摘されている。 現在の日本の環境では、プライマリーバランス赤字を継続し、おそらくはプライマリーバランス赤字を拡大し、国債の増加を受け入れることが求められています。プライマリーバランス赤字は、需要と産出を支え、金融政策への負担を和らげ、将来の経済成長を促進するものです。 要するに、プライマリーバランス赤字によるコストは小さく、高水準の国債によるリスクは低いのです。 要するに、ブランシャール氏らは国債を増加させ、それで政府が積極的財政を行うことによって経済成長を実現することが望ましいと指摘している。その結果、財政破綻のような状況も回避できると主張したのである。 この場合、プライマリーバランスの黒字化自体は目的ではない。簡単に言えば、どうでもいい指標なのである。 もちろん、「新型コロナ危機」に直面している日本では、ブランシャール氏らが指摘した状況よりも経済は悪化しているので、さらに積極的な財政政策が望まれている。プライマリーバランス黒字化など、ますますどうでもいいのである。 だが、麻生氏と財務省は、いまだに従来の2025年プライマリーバランスの黒字化に固執している。ということは、彼らの狙いは一つしかない。感染期が終わった段階、つまり、そう遠くない将来での大増税である。 だから、景気刺激としての消費減税など、財務省とそのシンパの念頭にあるわけもない。むしろ、全力で否定する政策の代表例だろう。東京・霞が関の財務省外観(桐原正道撮影) 大増税は「コロナ税」か、消費税の大幅引き上げか、あるいはさまざまな税の一斉の引上げかは分からない。ただ、日本の感染期の経済対策がしょぼい規模に終わり、さらに大増税を画策する根源に、日本で最も悪質な組織、財務省の意志があることは間違いない。 問題なのは、そのような財務省の緊縮主義を、二階氏のような薄っぺらい精神主義者や、麻生氏のような頑迷な「プライマリーバランス教」の信者が支持していることだ。彼らこそ日本の最大の障害である。