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    総務省接待の追及がなんとも情けない

    総務省幹部への接待問題の質問が相次いだ参院予算委員会。相変わらず、野党の追及や一部マスコミの報道は、菅義偉首相への「口撃」が目立つ。むろん、今回の問題には看過できない面があり、解明が必要だ。だが、「口撃」に終始する姿勢は、問題の核心を突くのではなく、悪印象を与えたい下心満載で、なんとも情けない。

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    この期に及んで緊縮思想、薄っぺらい「民主党的なる」懲りない面々

    た。 東日本大震災当日の午前中には、民主党議員を含む超党派議員の方々に帯同して、国会においてすべての政党に対してデフレ脱却政策を陳情し、記者会見を行った。民主党内にデフレ脱却議連ができれば、準備段階で講演などもした。民主党代表選に出た馬淵澄夫議員の政策立案にも関与したこともある。衆院本会議で消費税増税関連法案が可決され、拍手する野田佳彦首相(右)と岡田克也副総理(いずれも肩書は当時)=2012年6月26日(酒巻俊介撮影) だが、残念ながら多勢に無勢、民主党政権はデフレ脱却政策を採用するどころか、真逆の緊縮政策にまい進していった。その象徴的な出来事が、民主党が音頭をとり、野党だった自民党と公明党との間で決定した消費税の引き上げ政策である。社会保障と税の一体改革の一環であるが、財務省としては宿願の消費増税を、民主党政権で決めた政治的意義は大きい。 この「消費増税の呪い」とでも言うべきものに、結局、政権が交代し、安倍政権となりアベノミクスになってからも縛られてきたことは、本連載の読者に説明するまでもないだろう。今も続く「呪縛」 「呪い」をかけたのは12年当時の首相、野田佳彦議員(現立憲民主党)である。当時の日本経済は長期停滞を脱していなかったが、そんなことお構いなしに増税路線に傾斜したことは大きな批判を招いた。結果的には、民主党政権の下野にも影響したと言える。 その後、さまざまに分派したり、名称だけ変更したり、あるいは内輪もめなどを繰り返したが、この「民主党的なるもの」たちは、いまだに国会の中で大きな勢力を維持している。新型コロナ危機で日本経済の痛みがひどい中で、やるべき政策は、積極的な金融・財政政策であることは世界的な常識である。だが、そんな常識とは違う次元で「民主党的なるものたち」は国会の中で「棲息」しているようだ。 2月15日の衆議院予算委員会で、野田氏は「党首討論のつもりだ」として、菅義偉(すが・よしひで)首相にさまざまな質問を行った。報道で注目されたのは、菅首相が公邸に住まないことによる危機管理や税金の無駄遣いなどの論点だ。率直に言って、ワイドショー受け狙いや「民主党的なるもの」に魅(ひ)かれ続ける人たち向けの話題でしかない。 だが、注目すべきなのは、野田氏が緊急事態宣言での積極的な財政政策によって、財政が緊急事態を迎えていると財政規律の必要性を強調したことだ。相変わらずの緊縮思想である。問題なのは、立憲民主党が野田氏にこの質問を認め、それをさせたことだろう。要するに、立憲民主党もまた、新型コロナ危機において財政規律を求める姿勢を優先させているのだ。 同日、国民民主党の岸本周平議員(元民主党)も上記の緊縮思想と共通する発言をしている。「復興増税」のように、今回のコロナ対策を「コロナ税」的なもので行うことを求めるものだった。岸本氏は「コロナ(対策)のお金をなんとか私たちの世代で払う、その覚悟をみんなで持つべきだ」と述べ、国民の負担増を伴う議論を避けないよう首相に迫った。SANSPO.COM 2021.2.15 岸本氏も国民民主党を代表しての質問なので、同党のスタンスがこれで明瞭だろう。民主党政権の経済政策思想は、立憲民主党、国民民主党に引き継がれているのだ。懲りない面々である。 もちろん、与党にも課題はある。現時点で必要な経済政策は3つの段階に分かれる。緊急事態宣言のような感染拡大が懸念されている時は、雇用や企業を維持する支援策の拡充に努めること、これが第1の段階である。このときに検討されるべき政策は、持続化給付金のような、コロナ危機に起因する企業の売上減少を補塡(ほてん)する政策だ。 感染抑制が行われて、しかしまだ経済活動を本格化できない「過渡的な状態」では、慎重にターゲットを絞った景気刺激政策がさらに要請される。これが第2の段階である。具体的には、GoToキャンペーンや公共事業などの実施と拡充である。さらに、この2つの段階では、同時並行的にコロナ対応の病床と医療従事者の確保と待遇改善などの医療支援体制の充実が求められるし、また、予備費の積極的な活用がないといけない。特に予備費については、20年度予算で計上した予備費残高約3兆円の早期支出が求められる。また、来年度予算の予備費5兆円も早期に支出しなければいけない。 ワクチン接種が本格化し、人々の間で新型コロナ危機の本格的な終焉(しゅうえん)が期待される中で本格的な景気刺激策を採用するのが3段階目の政策対応である。もちろん、新型コロナとはこれから何年かにわたり「共存」していく可能性があるが、ワクチン接種とその効果が顕現することは、国民に「新型コロナ危機の終焉」を期待させるに十分だろう。衆院予算委員会で答弁する菅義偉首相=2021年2月15日、国会・衆院第1委員室(春名中撮影) この段階での景気刺激政策は、消費や投資の拡大に貢献するに違いない。減税、給付金、防災インフラへのさらなる投資など、さまざまな具体策が考えられるだろう。肝要なのは、「民主党的なるもの」たちが主張するような、早期の増税による財政規律のスタンスを見せないことだ。特に、消費増税や「コロナ税」は禁物である。 そのような政府のスタンスが明らかになる段階で、国民の消費への姿勢がしぼんでしまい、景気回復が後退してしまうだろう。また、金融緩和政策との連動も必要だ。政府と日本銀行はさらに協調関係を強化し、インフレ目標到達までその積極的な姿勢を示すべきだ。

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    再否決の大阪都構想が陥った「小泉構造改革」との共通点

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 地域政党の大阪維新の会(国政政党は日本維新の会)が主導した「大阪都構想」の住民投票は再否決の結果に終わった。松井一郎大阪市長は、維新の代表を辞任する意向を示している。維新にとっては大きな痛手であろう。 以前、この連載でも指摘したが、大阪都構想は経済の効率性を重視する政策であった。他方で既得権重視政策というものがある。これはいってみれば「効率と平等のトレードオフ」に近い。 効率性を追求することで損害を被る人たちが出てくる。そのときに仮想的な補償を行うとして、補償をしてでも便益が上回るのであれば、その政策を行うことが望ましい。「仮想的な補償」なので、本当にお金や現物給付などで補償を行うとは限らない。実際にはしないことが大半だ。 それでもこのような効率重視政策がどんどん行われれば、全体の経済状況が良くなると考えるのが、伝統的な経済学の思考法で、「ヒックスの楽観主義」とも呼ばれる。維新は、この効率的重視政策をどんどんやることを、大阪都構想というビッグバンで一気に実現しようとしたと考えられる。 ただしヒックスの楽観主義は、しばしば現状維持を好んだり、効率性よりも平等を重視したりする意見によって実現されないことがある。これを既得権重視政策という。 仮想的な補償を実際に行え、と主張する動きも事実上そうなるだろう。このとき、効率重視政策と既得権重視政策の対立をどのように調停するかの問題がある。率直に言えば、国全体でも地方自治体でも効率性を重視しないところは長期的には衰退は必然である。住民投票で反対多数が確実となり会見する、(左から)大阪維新の会代表代行の吉村洋文・大阪府知事、同代表の松井一郎・大阪市長=2020年11月1日、大阪市北区(寺口純平撮影) もちろんおカネ不足で不況に直面し、優良な企業が倒産し、または働きたい人が働けないという非効率がないことが最優先される。だが、本格的に国や都市の潜在成長を決めるのは効率性である。こう言うと効率性至上主義に思えるだろうが、それは違う。既得権維持政策(平等、再分配重視)とのトレードオフが常に課題になることは変わらない。扇動に流される「ワイドショー民」 このトレードオフで、効率性をより重視するか、あるいは既得権をより重視するかが、今回は問われた。その選択は大阪の住民の方々が行うだけである。そして民主的な結論が何よりも優先される。それだけの話だ。 経済学者は「である」という政策を提唱することはしても、効率と平等のトレードオフでどちらに比重を置くのが望ましいか、という「べきである」という提言を、普通はしない。ただ、長期的に効率性を追求しなければ、やがて国も都市も衰退するという「である」話を提示するのみである。 ただし、ここでも注意が必要だ。今回の大阪都構想は、上述のようにさまざまな効率性重視政策を、どかんとまとめてやろうとしたビッグバン型であった。そのようなビッグバン型の効率性重視政策ではなく、漸進的な効率性重視政策を望む人たちも多いだろう。ビッグバン型が良いのか悪いのか、それが問われたのが5年前と今回の住民投票だと思われる。 その点については以前書いた論説で結論した。ただ効率性重視を嫌う人、維新の話題になると頭に血が上る人、今回の毎日新聞の誤報のようなワイドショー的扇動に弱い「ワイドショー民」には、常に極端な選択しか頭にないことが多い。0か1か、全否定か全肯定かの2択である。 これは「あいまいさの不寛容」といわれるものだ。これに陥っているワイドショー民にとっては、効率と既得権のトレードオフが持ち出されることが理解できないらしい。しばしば前回の論説を「大阪都構想」賛成に読んでしまうワイドショー民も多かった。認知的バイアスと不合理な無知の問題なのでなかなか解決は難しい。 だが、そもそもビッグバン型の効率性重視政策自体にも、このような「あいまいさの不寛容」という認知バイアスを引き起こすものがある。二極の選択を迫るビッグバン型の効率性重視政策の典型は、小泉純一郎政権の構造改革路線だ。今回の大阪都構想も小泉構造改革が当初ブームになった成功体験を継承しようとしたのかもしれない。 構造改革自体は、規制緩和や民営化などで効率性を改善していく政策だった。だが、当時の小泉構造改革はいわば間違った構造改革=構造改革主義だった。なんでもかんでも「構造」の中に入れてしまうので、政策目的と手段の適切な配分などまったく考慮されなかった。参院選公示日に第一声を上げる小泉純一郎首相=2001年7月 「構造改革なくして景気回復なし」という、大ブームを巻き起こした標語が代表例だ。日本の長期停滞の主因は、長期にわたるおカネ不足だった。過度の清算主義は悲劇招く そのため、おカネ不足には、金融政策と財政政策が政策手段ではベストであり、基本的に構造改革ではない。小泉政権の「構造改革なくして景気回復なし」はその点を考慮していない間違った政策認識である。 最近でも、この考えに陥った人たちは多い。菅義偉(すが・よしひで)首相の経済政策の「指南役」の1人として脚光を浴びるデービッド・アトキンソン氏や、東洋大教授の竹中平蔵氏らの新型コロナ危機での経済政策観はその典型であろう。両者ともに新型コロナ危機を利用した過度の清算主義に陥っている。 清算主義というのは、下記の図表のような経済観である。 現実の経済(GDP)がおカネ不足でその潜在能力以下に落ち込んでいるとする(B点)。しかし、ここで財政政策や金融政策で苦境に陥った企業や労働者を救済すべきではない、というのが清算主義者の主張だ。 不況対策により、本来は淘汰(とうた)されるべき「非効率な」企業や労働者が救済されることで、かえって経済の停滞が長期化すると彼らは考えているのだ。 アトキンソン氏は、むしろ中小企業のうち小規模企業は淘汰した方がいいとの考えを示し、竹中氏は労働者の流動性を阻害するとして政府の雇用調整助成金に疑問を呈している。不況による淘汰はやがて経済を強靱(きょうじん)化して、以前よりも高い成長経路(D点のライン)を実現するだろう、という目論見だ。日本の失業率は2・6%と低い。しかし失業者178万人に対し「休業者」が652万人。潜在失業率は11%になる。政府が雇用調整助成金を出し、雇用を繋ぎ止めるからだ。不況が短期間でかつ産業構造が変わらないなら、それもいい。しかしそうではないだろう。こうした点が国会などで一切議論されないのは問題だ。竹中平蔵氏の公式ツイッター、2020年6月4日 このような清算主義は単に不況を深めてしまい、優良な企業の発展を妨げるのは自明である。どんな優良な財やサービスでも、おカネが不足していれば単に買えないからだ。清算主義の経済観を示した図表 ただ、竹中氏は清算主義と同時に、しばしば日銀の大胆な金融緩和政策を主張しており、かなり本格的に論じている。この辺りを竹中氏の矛盾ととるのか、それとも政策提言者の面妖さ、したたかさとるのか、再考してみる余地を感じている。 いずれにせよ新型コロナ危機の今、深刻なおカネ不足が問題であり、それを立て直すことが最優先である。 甚大なおカネ不足においては、ビッグバン型の効率性重視政策の出番ではないし、清算主義の出番となれば国民の悲劇である。そのことだけは確かだ。

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    夢破れし「大阪都構想」、混乱もたらした維新はどうケジメをつけるか

    上西小百合(元衆院議員) まさに「露と消えにし我が身」といったところだろうか。 大阪維新の会(国政政党は日本維新の会)が掲げる「大阪都構想」の是非を問う住民投票は11月1日、投開票が行われたが、5年前と同様、再び僅差での反対多数で否決となった。 維新代表の松井一郎大阪市長はこの結果を受け政界引退を表明し、代表代行の吉村洋文知事は「大阪都構想に再挑戦することはもうありません」と述べた上で、自身の進退については「満了前に判断したい」と言葉を濁した。 開票日直前まで各メディアによる世論調査は賛否が拮抗(きっこう)し、最後まで全く結果の予想できない状況であった。最終の投票率は前回より4・4ポイント下がったものの、10月31日時点の期日前投票者数は前回より約6万人増だったことから、大阪市民がより真剣かつ深刻に、大阪都構想によって生じる大阪市への影響を考え、行動を起こしたということだ。 しかし、議員らからなされる説明はお粗末で、賛成派は「二重行政を解消します」と言い立て、一方の反対派は「賛成派はありもしない二重行政をあるように見せかけ、大阪市を廃止しようとしている」と終始主張していた。 双方の意見を聞いて、正直「どっちやねん!」とツッコミたくなるような非常に分かりにくいものであった今回の住民投票だったが、明るい大阪市の未来を願って貴重な1票を投じられた大阪市民の皆さんには「お疲れ様でした」と申し上げたい。 そしてコロナ禍での大変な時期に、大阪市民をある意味で政治家の闘争に巻き込み、多額の税金を投入しての住民投票の実行を推し進めた議員らには猛省を促したい。特に大阪維新の幹事長は「コロナ禍で(都構想を)訴えるのが大変だった、理解を深めるのが難しかった」というような総括をしていたが、こんな時期に無責任に住民投票を行ったのは誰なのかと問いたいものだ。 維新の前代表であった橋下徹氏が「住民投票は1回限り」と大阪市民に訴え、金輪際行わないはずだった住民投票をゴリ押しで2回目に持ち込んだのだから、大阪都構想を推進した維新は負けるわけにはいかない、全身全霊をささげての闘いだった。そのエネルギーは本来ならむしろ、コロナ対策に向けるべきではあったが。 さらに事前の世論調査で賛成派が反対派に押されていると分かると、維新は公明の山口那津男代表に大阪入りの応援演説を依頼したとも言われている。 これは「俺たちに逆らえば、公明の大阪の地盤に候補者を立てるからな」という維新の強圧的な態度が一転し、なりふり構わない、プライドを捨てての奮闘ぶりを見せた。 ただ、公明との交換条件が存在しないとは到底考えられないので、維新は今後、大阪の衆議院小選挙区で公明の地盤に候補者を擁立することはないに違いない。 つまり維新は次回以降、大阪で大きく衆議院の議席を伸ばす可能性は低くなった。そして、都構想が否決されたことにで、全国的な支持層拡大も壊滅的であろうし、大阪以外の維新所属議員らが離脱していく可能性も大いにある。維新に代わって大阪の自民が矛先を公明の選挙区に向け、衆院候補者擁立を企てる可能性もあるだろうが、これは自民党本部から怒られて実現しない。しかも、今回公明支持層は賛成票反対票がほぼ半分ずつで、結果として公明は維新にも自民にもうまく立ち回ることができている。良いポジションをしっかり持っていくいつもの公明党にはちょっと感心してしまう。 松井代表お気に入りの落選議員が税金で本部で雇用され、そんなお友達メンツで「大阪府民は何が何でも維新が好きやから」とあぐらをかいて運営を進めているような維新とは異なり、公明には強いブレーンがいるのであろう。否決が確実となり、会見冒頭で頭を下げる(左から)大阪維新の会代表代行の吉村洋文知事と同代表の松井一郎大阪市長=2020年11月1日、大阪市北区(鳥越瑞絵撮影) 一方で都構想の反対派も前回の住民投票時の活動よりは、市民の反応を見ながら人々が気になっている部分を簡潔に説明していくなど、戦略的には巧みだった。 ただ、課題として、いつでも反対派はヒステリックに映ってしまうので、ここは今後の野党の改善ポイントになるだろう。議員が感情的になればなるほど、国民の大部分を占める無党派層はその圧についていけず傍観者側に回ってしまい、同調にはつながりにくくなる。 だからこそ私は議員時代、国会でプラカードを掲げる野党国会議員に「せっかく良い問題提起をしていても、その行為に国民が引くからやめてほしい」とツイッターで意見を表明したことがある。偶然か功を奏したかは定かではないが、その後いったんは国会内でのプラカード掲示はなくなった。失った維新のアイデンティティー 話を住民投票の結果に戻そう。大阪府内で圧倒的な支持率を持つ維新が10年以上にわたり、「一丁目一番地」としてきた大阪都構想は結局のところ、約1万7千票という僅差ではあるが大阪市民によって否決された。 今回は、議員選挙のときのように政党を好きか嫌いかではなく、政策の中身の良否で有権者が判断した結果が数字となって現れた、住民投票本来の姿でもあった。だからこそ今回は、大阪市民が「自分たちの生活が脅かされるのではないか」という強烈な危機感を、維新に対して抱いたということではないだろうか。 市民は生活に直結する住民投票に直面したことで、維新のキャッチフレーズである「身を切る改革」や「クリーンな政治」、「高齢者を担う次世代のために」という言葉を落ち着いて見たときに、ハリボテだと気付かされてしまった。 維新は口では素晴らしいことを言いつつも、現実には橋下氏の後援会会長の子息を特別秘書として税金で雇用したことをはじめ、維新所属の議員らは政党助成金(税金)を使って銀座で飲み歩き、市民からの税金を私的に流用したりとやりたい放題だ。バレれば小さな政党の「全国的にはほぼ注目されない」という強みを活かし、コメントを控えるという作戦でこれまで乗り切ってきた。 「高齢者を担う次世代のために」という言葉を信じた高齢者世代にとっても、少しの間と言うのであれば明るい高齢化社会のために我慢も致し方ないと思っていたのが、気づけば10年以上待てど暮らせど高齢者福祉に目新しい向上は見られず、不安は日増しに大きくなる一方だ。 加えて維新のハリボテ感の極めつけといえる出来事が、10月29日に橋下氏が更新したツイッターのコメントだ。橋下氏は「大阪都構想は世界と勝負するための令和の『大大阪』構想なのだ」とつぶやいた。 この言葉を見て私は、維新がいかに言葉遊びで大阪府民を惑わせてきたことを証明するかのようなこの内容に、心底残念な気持ちになった。東京にも追いつくどころか、企業をどんどん奪われ、息も絶え絶えの経済状況である大阪が、なぜいきなり世界と勝負するのかさっぱり意味が分からない。 このツイートが「この僕が『令和』や『大大阪』とか言っておけば、大阪市民は喜ぶでしょ。ちょっと住民投票を手伝ったんだから、維新議員はまた自分のパーティーの講演会に呼べよ」という橋下氏の心の声だとしか、私には聞こえないのだ。 私自身の考えとしては、大阪都構想が実現しようがしまいが、基本的に大阪市民の生活は何ら変化はなかっただろうから、「大阪市」という名称を残せたことだし、結果はこれで良かったのではと思う。たとえ今後大阪府知事と大阪市長が他会派になったとしても「あの人とは考え方が合わないから、維新が現れる10年前の状況に戻すぞ」なんてことを言いだすわけもない。 最後に私が注目したいのは、大阪維新の魂である大阪都構想を二度も否決された、維新議員の今後の身の振り方である。橋下氏はかつて「維新議員は都構想を実現させるためにつくった。それは国会議員だって同じだ」と、会合で何度も何度も話してきた。 となると「都構想」という、大阪を今後どのように導くのかという道しるべを失った維新議員たちは、自身の存在意義を顧みて引退するのが筋だと私は思う。しかし、維新議員のほとんどが生活の糧を議員報酬に頼っているので、その潔さはない。 維新の議員たちは地元市民に今後の大阪について問い詰められる度に、苦笑いを振りまき、時間薬である忘れ薬の効き目を待つのであろうが、それが大阪府民の求めるものなのかということを自問自答していただきたい。否決確実を受け、会見する大阪維新の会代表の松井一郎大阪市長=2020年11月1日、大阪市北区(鳥越瑞絵撮影) 大阪の街並みと経済は、発展どころか衰退の途をたどっている。そろそろ維新の実らぬ改革にお付き合いする余力も大阪にはなくなってきたところいうことを大阪府民の心に刻む良い機会が、この住民投票だったのではないだろうか。

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    不要不急の大阪都構想、今回は「賛成でも反対でもない」が民意では?

    明をしていただきたいところではある。何せ住民投票に向けて各議員らの活動期間中に、都構想を主導する地域政党「大阪維新の会」(国政政党は日本維新の会)所属の府議会議員2人が新型コロナに感染しているのだ。会見する大阪維新の会代表の橋下徹大阪市長=2015年5月大阪市北区(門井聡撮影) これに関しての詳細は維新からいまだ何の説明もないので、個人的にはやじ馬精神がむくむくと湧いてきてしまう。住民投票の活動下での感染か、懇親会という名の「クラブ活動」の下での感染なのかは非常に興味がある。 賛成派も反対派も一応それなりの感染予防対策はしていると思うが、演説を聞く人々への飛沫(ひまつ)感染などが生じないものかと一抹の不安を覚えている。 また、何よりも気の毒なのは大阪市の職員だ。前述したように、コロナ禍における業務で目が回るほどの忙しさの中、松井一郎大阪市長の思い付きで始まった雨がっぱの収集と配布といった関連業務に加え、住民投票実施に関する業務まで増えるのだ。自分たちの職員には「ロクな仕事もせずに税金から高い給料をもらっている」と悪のレッテル張りをし人気取りをした維新のために、現場の職員が疲弊しているのは何ともやるせない。 この混乱期に、わざわざ住民投票をしなければならない理由は何なのであろうか。私が思うに住民投票を開催する理由はただ一つ、「維新の都合」のみである。前回(2015年5月)の住民投票では、当時党の象徴であった橋下徹前市長が「(大阪都構想の住民投票は)何度もやるようなものではない。1回限りだ」と決意を示した上で大阪都構想への賛同を市民に訴えたが、あえなくその決意と都構想は撃沈した。 つまり、よほど維新がノリに乗りまくっているタイミングでないと、大阪都構想は絶対に実現不可能なのだ。というのも、今の日本の主権者教育(政治教育)レベルでは「大阪都構想の中身をどう思うか?」ではなく、「維新が好き?嫌い?」という投票にすぎないからだ。 都構想実現は、コロナ禍でマスコミを集めてはとっぴなことを言って注目を浴び、ヒーローとなった吉村知事の人気が残っている今しかない。ましてや新型コロナの終息を待って行う住民投票実施など、維新からすればあり得ないだろう。維新としては住民投票で成功を収め、その勢いで衆院選での議席増につなげたいはずだ。説明できない維新議員 実際に維新は大阪都構想成功のためになりふり構わず活動を繰り広げている。維新の代表である松井市長は、中立であるべき市選挙管理委員会に対して、投票用紙の記載を「『(大阪)市』ではなく『大阪市役所』を廃止」と求めたところ却下された。さらには維新が大阪都構想を推進する文言を書いたPR旗を繁華街に設置し、大阪市建設局から道路占拠許可基準違反を指摘された上、撤去を求められた。まさにルール無用とも言わんばかりのやりたい放題である。 また、少人数利用・飲食店応援という目的で、大阪市のミナミエリアで特別に1予約につき、5千円以上の食事に最大で4千円分の還元キャンペーンを実施したのも、住民投票の前日までの予約・来店が対象であることを鑑みるに、都構想を成功させるために維新が実施した作戦あると私は見ている。おかげで10月だけは大阪のミナミエリアも人があふれ、密状態が多発している。 ところで、8月11日に大阪市は大阪都構想の住民投票にかかる経費約10億7200万円を盛り込んだ補正予算案の概要を明らかにした。前回の住民投票にかかった費用は9億3200万円であるから、実際にその程度はかかるのだろうが、むしろその分をコロナ禍で生活苦にあえぐ市民へ回すべきだったのではないか。 このような姿勢では、市民の安心安全などは二の次だと思われても仕方ない。新型コロナの感染拡大により収入が激減し、生活に困窮する事態に陥った大阪市民の中には、そんな市民感情を無視した議員による街頭活動に「今は他にすることがあるのではないか?」だとか、「住民投票に使うお金をまわすところがあるだろう!」と、憤りとむなしさを感じてしまう人もいる。大阪で常々言われているのが「大阪都構想ってよく分からない」、「説明不足なのでは?」という声だ。さらに言えば、私は維新の所属議員ですらまともに大阪都構想を理解している者は少ないのではないかと感じている。 私が衆院議員時代、地元行事にて市民が維新の地方議員に対して「大阪都構想って何をするのですか?」と尋ねる場面に幾度か遭遇したことがあった。私自身も興味があったので、そのたびに横で聞き耳を立ててみた。すると皆、十中八九、次のような受け答えをするのだ。 最初はまず「今の大阪には二重行政があるので、それをなくして税金の無駄をなくしたいです」と議員は答える。「例えば?」と市民に聞かれると、「大学とか市役所とか、いろいろある。ネットで松井代表も説明しているので見てください。とりあえず頑張っているので応援してくださいね」と皆必死にその場を乗り切っている。こんなことで市民のモヤモヤがとれるわけはないし、市民に対してその対応は失礼すぎるだろう。維新は「マスコミが大阪都構想をまともに報じてくれない」と批判ばかりするが、そういった地方議員の草の根活動の低レベルさに、理解が進まない要因が間違いなくある。あべのキューズモール前で都構想への賛成を訴える大阪維新の会の守島正市議=2020年9月22日、大阪市阿倍野区(恵守乾撮影) 今でこそ維新が支援者などを動員して説明会を開催しているが、出席者の感想はやはり「分かりにくかったので、賛否は少し考えます」というものが目立つようだ。賛成派はメリットを中心に、反対派はデメリットを中心にしか説明しないため、市民のこの反応は至極当然であるものの、当の議員の態度はまったく変わらない。まさに政策に対する自信のなさの表れと言える。自分たちにとって不利なことを隠したい気持ちは分かるが、正直に包み隠さず話す誠実さも、政治家には必要ではないか。残したい「大阪府」の名 2011年6月の政治資金パーティーで、当時大阪府知事だった橋下氏は、大阪都構想のことを「大阪市が持っている権限、力、お金をむしり取る」と説明している。ゆえに大阪市民にとって都構想はそれほど喜ばしいものではないことは、このコメントを見るに確かである。では大阪市からむしりとった税金が周辺自治体にまわることで大阪市民以外の地域福祉が充実するのかと言えば、ほとんど強く実感できるものはないのではないか。大阪市営地下鉄民営化など、既に大阪都構想のスタート地点で掲げられていた内容は実施されている。せいぜい吉村知事が新型コロナの指標として通天閣をライトアップした程度の恩恵が受けられるか否かであろう。 そして先月23日に開かれた会見で松井市長は「『僕の時代に』もう二度と都構想の話はしない」、「(都構想の住民投票に)負けたら政治家としては終了です」と表明した。一方で吉村知事は「都構想が否決されたから(政治家を)辞めるとは考えていない」と語っている。ただその後、10月6日に吉村知事は「大阪維新の会としても、再度の住民投票は『難しい』」とも語っている。 議員経験者の私がこの文言を解釈すると、これは「また住民投票するかもしれません」というようにしか聞こえない。橋下氏が「住民投票は二度としない」と断言しても、維新は平気で再チャレンジしたのだ。それゆえ維新は都構想が可決されるまで、エンドレスに住民投票を実施するだろう。 それは橋下氏が言っていたように、維新議員の存在意義が大阪都構想に他ならず、大阪都構想を諦めることは維新の存在意義が消滅してしまうことになるからだ。だからこそ、そのようなことを維新議員たちは容認するわけにはいかない。 それゆえに私は大阪市民の皆さんにこうアドバイスをしたい。「大阪都構想への理解がまだ深まらないのならば『今回は』投票を見合わせてはいかがですか」と。 本来であれば「投票にはぜひ参加してください」とお伝えすべきだが、大阪市民にとっては見切り発車で決断してはならない大切な局面である。それに住民投票に参加しないという判断は、賛成派ないし反対派の議員双方に「NO」をつきつけ、議員の説明に問題があるという意思表明にもなる。 最後に一つ、私の個人的な希望を述べたい。もし住民投票で大阪都構想が可決されても、大阪府という名前を「大阪都」に変えないでほしい。東京でビジネスに一定期間携わった大阪府民はなんとなく分かると思うが、もはや東京都と大阪府の差は詰め切れないところまで離れている。残念なことに、既に大阪府は県内総生産で日本全国では2位ですらない、東京都民に「私は大阪都民なんです」と自己紹介をする場面を想像したら気恥ずかしくて仕方ない。多くの人で賑わうミナミの様子=2020年8月15日、大阪市中央区(須谷友郁撮影) 東京都民に「東京に何を憧れてんだよ」と失笑されそうだし、大阪府民の東京コンプレックスがそこまでむき出しになるのも嫌だからだ。もちろん、一般論として東京コンプレックスを持ち、それをバネに歯を食いしばって頑張る大阪の姿は素晴らしいと思っている。 そして何よりも「大阪府」という地名には、大阪府民の歴史や文化が詰まっている。それゆえ特に必要ないのであれば名称変更はやめて欲しい。何も東京のまねっこをしなくとも、大阪府には魅力的な誇れるものが数多く存在するのだから。「大阪府」という名称は雅(みやび)だと私は思う。大阪府民はそんなに「大阪府」という名称を嫌っていないはずなんだけどな。

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    失望の進次郎留任とベールに包まれた菅内閣の不気味な深謀遠慮

    上西小百合(前衆議院議員) 菅義偉(すが・よしひで)内閣が発足しておよそ半月が経過したが、改めてこの間の政局を振り返ってみたい。去る8月28日、安倍晋三前総理は持病の悪化が国政に影響を及ぼす事態を避けたいとして、辞意を表明した。第2次政権以降の連続在職日数は憲政史上最長の2822日に上った。 残念なことに、政権長期化に伴う弊害とも言える負の遺産として、内閣人事局の新設後に報じられた官僚による忖度疑惑や、財務省による公文書改ざんに発展した、いわゆる「モリカケ問題」などが残った。国民からは怒りの声も上がったが、外交面では短期間でコロコロと変わるこれまでの総理とは異なり、国際的な信用を得て地に足のついた動きも取れていたと思う。ひとまずは敬意を表し、お疲れさまでしたと申し上げたい。 世論の中には「モリカケ問題追及から逃げたいがための辞職ではないか」と訝(いぶか)る声もあるが、安倍前総理は最後に、新型コロナウイルス対策の指針をまとめ上げてから辞任した。総理として国政に尽力したかったという気持ちはひしひしと伝わってくる。国が難病に指定する潰瘍性大腸炎を持つことを口惜しく思ったのではないか。元も子もないことを言ってしまえば、国のトップであるポジションを手放したい人などいないのだから。 その後、自民党総裁選へと突入していったが、石破茂元幹事長と岸田文雄前政調会長がのんきにメディア露出を増やす中、官房長官だった菅氏は出馬の意向をなかなか明らかにしなかった。 総裁選は国民によって選出された自民党所属議員らによって決定されるものであり、国民による直接投票で決められるものではない。今回は党員・党友も投票することができずに無視される形になった。緊急性があるとの理由付けがなされたが、それでは一体何のために副総理を任命しているのか甚だ疑問だ。東京五輪大会組織委の森喜朗会長と談笑する安倍晋三前総理(左)=2020年9月28日、東京都港区(三尾郁恵撮影) ゆえに、いくらメディアに出て政策を主張したとて当落にはほとんど影響はない。メディア露出が次回につながるという見方もあるが、自民党総裁選はそんなに甘いものではない。 メディアで浮き足立つ2人を尻目に菅氏は着実に支持票獲得を進めていた。見事な動き方であったし、党内支持派閥からの信頼度も上がったことだろう。「菅カラー」見えず 国民によって選出された自民党所属の国会議員らから出馬要請を受けたという「絵」を描き、票をまとめた上で候補者の中で最後に出馬表明の意思を示す。これこそが昔ながらの、勝利を収める選挙戦略である。ただし、現代の議員で実現できる者は極めて少ない。 届け出に必要な20人の推薦人を獲得するために、石破氏が悪戦苦闘していたのを見れば分かるだろう。野田聖子幹事長代行や小泉進次郎環境相のように知名度が高く、アンケートなどで国民から「総理になってほしい」と期待される議員であっても総裁選立候補というスタート地点に立てない者がほとんどなのだから、菅氏は大変な策士と言えよう。 だからこそ私は、現時点では安倍前総理の政策を踏襲する方向性を打ち出し、「菅カラー」をはっきり見せない菅内閣に不気味さを覚えながらも、不気味だからこそ期待できるのではないかと考えている。 今後、これまでのように安倍前総理が国会で答弁することはありえず、モリカケ問題や安倍前総理主催の「桜を見る会」の問題が菅政権下で再調査されるとは考えにくい。これだけの年数をかけたにもかかわらず追及しきれなかった以上、野党・マスコミの惨敗ということだ。タイムオーバーである。野党には気持ちを切り替えて、国民の大多数を占める無党派層、無関心層の心に響く戦略を打ち出してほしいものだ。 他方面では、戦略家で話上手な菅氏が党内でバランスを取りながら、国政にあたることも期待できるのではないだろうか。そもそも、菅氏がどこまで本気で「安倍前総理の政策を踏襲する」と思っているのかは定かでない。むしろ表向きはそう言ってはいるが、裏では自身の政策を黙々と進めているように感じてしまうのだ。 新政権誕生後、よく耳にするようになった携帯電話料金引き下げ、デジタル庁創設、不妊治療の保険適用の検討などについて安倍前総理はさほど言及してこなかった。少なくとも、菅内閣が安倍内閣のカーボンコピーというわけではないだろう。衆院本会議で首班指名され、拍手を受ける菅義偉氏(中央)=2020年9月16日午後、国会・衆院本会議場(三尾郁恵撮影) また、菅氏が総理に任命される前から、会員制交流サイト(SNS)で「#スガヤメロ」「庶民出身なんてうそだ」などの書き込みが相次いだ。まだ始まったばかりのうちに批判ばかりは悲しすぎるし、これでは政治にチャレンジしてみたいという有能な若者はますます現れなくなる。文句ばかり言われるのならば、民間で能力を発揮して稼いだ方がいいではないか、という話になってしまう。 私も議員に初当選した直後、「維新議員なんて死ね」「若い女に何ができるんだ。税金泥棒」などとファクスや郵便物による嫌がらせを受けた。その数は夥(おびただ)しく、議員になった途端にこれでは前途多難だな、と思った。 加えて、近親者に政界関係者がおらず、地元の名士でもない者が総理になれるわけがないとの考えも根強いが、そもそも庶民出身だから仕事ができるというロジックも一切ないのだから出自は関係ない。菅氏の出自に関する批判や追及を行うのは愚かな行為だ。小泉環境相の留任に落胆 さて、菅氏は当初、自民党総裁選に立候補しないような雰囲気を醸し出しつつも、裏では華麗な当選に必要な支持票をきっちり固めていた人物だ。発言の裏にある戦略は、これから見てみないと評価などできない。 閣僚人事の顔ぶれは、改革を掲げる菅内閣にはふさわしくない気もする。だが、総裁選で多くの重鎮議員に支えられて当選したのだから、それをないがしろにしては国政をスムーズに進めていくことは絶対にできない。恩をあだで返せば、足を引っ張られて成果を残せずに菅内閣は終わってしまう。TBSのドラマ『半沢直樹』風に言えば、「施されたら施し返す、恩返しです」。議員も人の子、感情がある。 ただ、小泉環境相の留任には大いに落胆した。お父さまの小泉純一郎元総理にお世話になった人があまたいるので、そのつながりでやむを得なかったのかもしれないが、これっぽっちも国民のためになる人事とは思えない。 小泉環境相には大臣職に就くための勉強期間や、大臣として政策を実現するための仲間集めの期間がまだ必要だったのではないかと思う。コロナ禍で国民が疲弊している今年4月、「ごみ袋にメッセージを書きましょう」なんてお気楽なことを記者会見で真剣に話すような大臣が留任とは、いくらなんでも見るに堪えない。 たくさんいすぎて、重要視されていないようにしか見えない副大臣や政務官のような「充て職」ではないのだから、ここは考えていただきたかったと菅氏に申し上げたい。 高齢の重鎮議員を重用すれば、若者世代のためにならないという批判もあるが、次の解散総選挙までは長くとも約1年しかない。この超短期間で大きな成果を残すことは至難の業だ。菅氏は安定した閣僚人事を行い、彼らの下についている派閥議員らも一緒に動かすことを目論んだに違いない。そして、少しでも成果を残し、解散後にも引き続き総理の座に就くことを狙っているだろう。衆院本会議に臨む小泉進次郎環境相=2020年9月16日、国会・衆院本会議場(酒巻俊介撮影) 次の衆院選までに菅氏がどのような成果を出すか注視し、国民の利益にならぬ不適切な部分が見受けられたら正していくのが、野党の政務の一部となる。こういうときに、自称「与党でも野党でもない」日本維新の会は、国政でどういう役割を果たすのだろうか。お題目のように、是々非々で臨むと言っていれば、熱烈な維新支持者には「やったふり」ができると思っているのだろうが、そろそろ仕事をしていただきたいものだ。 長期にわたる安倍政権が終わり、菅政権が誕生した今、国民にとっては、国政選挙に1票を投じる判断材料として、新しい目で各党のお手並みを拝見できるよきチャンスだ。

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    「新宰相」菅義偉の前に果てなく続く茨の道

    首相指名選挙を経て、正式に菅義偉総理が誕生した。7年8カ月ぶりの新総理に期待が寄せられるが、これほど重圧がのしかかる政権はあまりないだろう。コロナ対策はもちろん、憲法改正、拉致問題、悪化した日韓関係、北方領土問題…。最強と言われた安倍政権ですら達成できなかっただけに、菅総理の政権運営はまさに茨の道だ。

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    無派閥の菅総理誕生が浮き彫りにする自民党政治の功罪と黄昏

    言えるかもしれない。だが、自民党にかぎらず、特定の政策志向を持ち、政治信条を同じくする政治組織である政党に党費を払ってまで加入している人々が全国民の縮小模型であるわけがない。党員投票する人の数が多ければ、その選挙は民主的だというわけではないのだ。 候補者の共同会見や報道番組への出演を通して、それぞれの政見の相違も浮き彫りになった。とりわけ私の印象に残ったこととして、前政調会長の岸田文雄氏が憲法改正への積極姿勢や皇統の男系維持を唱えて、従来の所属派閥のイメージから離れたようにも思われたことである。それゆえ今回の総裁選を、派閥政治批判でよく提起される「密室の談合」のように言うことはできないであろう。公開の場での明確な発信をもたらしたという意味で、密室の派閥談合という批判は受け入れ難い。 それはそれとして、かつての「派閥全盛時代」と現在の派閥は様変わりしている。そこでまずは、派閥政治の背景と歴史を少し見ておこう。日本の衆議院の選挙制度は長きにわたって「中選挙区制」と俗称され、厳密には「大選挙区単記非移譲式制」が採用されてきた。 これは一選挙区の定数が3~5にもかかわらず、有権者は一票しか投ずることができない単記制であり、世界に例を見ぬユニークな選挙制度として大正時代より行われてきたものである。ただ、政治改革により中選挙区制は小選挙区比例代表並立制となり、候補者と支持政党へ一票を投じて候補者と比例代表が当選するようになった。それゆえ、この選挙制度に慣れ親しんだ層は主に50代以降であり、その数は徐々に減りつつある。1993年、細川護熙首相(右)を官邸に訪ね、政治改革などについて話し合う市川雄一公明党書記長。 昭和20年代(1945年~)の日本の政党政治は、戦前の系譜に連なる政党が主流を占め、明治以来の政党政治の延長線上に位置づけ得る点もある。しかし、1955年に左右両派に分かれていた社会党が統合して日本社会党が誕生し、一方で自由党と(最近の民主党とは何ら関係がない)民主党が、合同して自由民主党となった。こうして成立した政党制を、政治学では55年体制と呼ぶ。 このいわゆる55年体制とは、政党制としては自民・社会の二大政党が圧倒的な力を持ちつつも、通常の二大政党制とは異なり実は政権交代の可能性には乏しい自民党優位のものであった。これは自民党の議席数を1とし、それに対して社会党は約50%の議席を維持し続ける「1と2分の1政党制」であった。不戦敗の選挙 その根拠は、自社両党の衆院選における公認候補者数に如実に見て取れる。 日本国憲法のもとで内閣総理大臣を自らの党から輩出して政権運営に当たらんとするならば、衆議院総定数の半数を超える「当選者」を出さなければならず、そのためには衆議院総定数の過半の「候補者」を擁立する必要がある。原則として当選者数は擁立した候補者数を超えることはないからだ。「何を当たり前のことを」と多くの方は思われるかもしれない。 ところが55年体制の下で、この「当たり前」のことである「単独で衆議院定数の過半の候補者擁立」を続けたのは、自民党のみであった。日本社会党が単独で衆議院総定数の過半の候補者を擁立し得たのは58年の衆院選においてだけである。 その選挙でさえ政権奪取を果たすには、同党候補者246人中234人が当選する必要があった。つまり当選率95%超でようやく過半数に届くという瀬戸際の数字であって、それはまず実現しそうにもなかった。 なお、日本共産党は半数を超える候補者を擁立したことはあったが、これに関しては当選の可能性から考えて度外視して差し支えない。 つまり自民党以外の政党は、常に不戦敗の選挙を続けていた。55年体制とは与党と野党が固定化し、それぞれの機能を特化した体制であった。自民党には政治の運営を、野党には自民党政権の暴走への歯止めとしての機能しか期待されなかったのだ。1955年、講和条約と安保条約への対応をめぐり4年前に分裂した左右両派の社会党が統一し、日本社会党として発足。鈴木茂三郎委員長(右)と浅沼稲次郎書記長の就任が決まり野党第1党となった。 衆議院で過半数を得るには、どうしても同じ選挙区に複数の候補者を立てねばならない。だが、当時の選挙制度である、候補者一人だけを選ぶ単記制の下では、それは共倒れの危険をはらむ。同じ選挙区の自民党議員は、異なる派閥に属して政党組織からはかなり独立して選挙を戦うことが常であった。 自民党だけが共倒れの危険を冒してまで一選挙区に複数候補者を擁立する活力を維持し得たのは、一つには派閥の効用ゆえであろう。一方で野党側、とりわけ55年体制初期には衆議院総定数の過半数の候補者を擁立して政権に挑む潜在力をまだ有していたと思われる社会党は、野党第1党の座に甘んじて、次第に国会での取引を生業とする存在になり果てていった。派閥による政権交代 そして55年体制の終焉と自民党の単独の政権に終止符を打った93年の衆院選にて、自民党が過半数を失ったのは小沢一郎氏率いる新生党による分裂が大きく作用している。 この分裂の直接の契機が衆議院の選挙制度改革についての意見の相違であったことは、誠に象徴的だ。政権担当意欲を持つ政党らしい政党が出現すれば、中選挙区の下でも政権交代は生じたのだ。 自民党の派閥をして、しばしば「党中党」とも言われたものだ。そしてこの表現には、単に気の利いた比喩以上の真実も含まれていた。派閥は有望な新人候補者を発掘し、資金を援助し、選挙運動にも協力した。 そして派閥は、自民党内での多数の支持を得て総裁を輩出することで政権を得ようとしたのであった。その前提には「たとえ僅差でも総裁選挙の結果を受け入れて、党を割るようなことはしない」という暗黙の合意があった。自民党内においてそれを破るのは、自殺行為であると認識されていたのである。 政権を担う意欲を持ち、現にしばしば総裁総理を輩出して政権を担当したのは実は派閥であった。一方で、候補者全員当選でも衆議院の過半に及ばないという不戦敗を続ける野党との対比は鮮明であった。すなわち機能から見れば、自民党の派閥こそが政党であり、野党は、国会に議席を有する圧力団体であったと言える。 この政権を担う派閥の交代を「疑似政権交代」と称し、何かまがい物のように見なす向きもある。しかし、国家には日本のような単一国家と、米国のような連邦国家という類型の違いがある。 それは相違であって両者に優劣はないように、派閥連合体としての政党が、体系的政治イデオロギー綱領の下に統制された政党に劣るとは言えない。わが国の政党観には、いまだにヨーロッパの社会民主主義政党の在り方を理想化してきた名残がある。それゆえ自民党一強を揶揄(やゆ)するのは、ある意味理想的な政党の在り方についての見解の相違ではないだろうか。 その後過渡期を経て、名実ともに二党制が成立したと言い得るのは2003年の衆院選であった。この選挙で民主党が議席を大きく伸ばし、58年の日本社会党の166議席を上回る177議席を獲得する。なお05年の衆院選にて民主党は64議席を失う大敗を喫したが、それもって2党制の頓挫とは言い切れない。バラで飾られた当選者名を前に笑顔を見せる民主党の鳩山由紀夫代表(当時)=2009年8月、東京・六本木の開票センター この選挙では上位2党の自民・民主の議席占有率は変化しておらず、また議席数の大きな揺れ幅は小選挙区制につきものだからだ。実際09年の衆院選では民主党による政権交代が実現し、308議席を獲得する大躍進を遂げた。 しかし、14年の衆院選において、民主党の候補者数が衆議院総定数の過半数238に遠く及ばぬ198にとどまったことは、政党制の転換の兆しであったと言うことができよう。17年の衆院選では民進党が姿を消し、後継かと思われた希望の党の失速で二党制の崩壊がもたらされた。弱りつつある派閥政治 ただ、今後の野党再編があり得るなら、これらは過渡期の選挙であったのかもしれない。現在の無所属当選者26人は、現行選挙制度導入後最多であり、これらの議員を含む今後の野党の離合集散が注目される。 だが、最近の野党の再編には良い印象を与える点がほとんどない。野党の一本化を志向した立憲民主党と国民民主党の動きには、総裁選に隠れて霞んでしまったとはいえ、それなりの意義はあった。ただ、その推移を見ると、むしろ注目されずに終わって幸いであったとすら言えるかもしれない。 例えば小学生に、今回の野党再編を解説するとなると「立憲民主党と国民民主党がそれぞれ解散して、その結果、立憲民主党と国民民主党ができました。党代表は立憲民主党が枝野幸男氏、国民民主党は玉木雄一郎氏で、前と同じです」という感じになる。いったい、小学生からはどんな反応が返ってくるだろうか。 ともかくも、現状は55年体制型の一党優位制への回帰に向かっていると言うしかない。しかし、仮にそうであったとしても、55年体制の下での自民党派閥政治の復活はないであろう。94年の選挙制度の変更は、同一選挙区から自民党候補者が複数出る可能性を著しく低くした。 なぜなら、公認の最終権限を握る党執行部の力が増大しているためだ。衆議院が執行部の統制に服すようになったことから、相対的に参議院自民党の力が増している印象も受ける。そして派閥の統制力は、55年体制下でのそれに比べて弛緩(しかん)している。 無派閥と分類される自民党国会議員は、『国会便覧』(令和2年2月版)によると現在59人にも達し、今回新首相に就任した菅氏もその一人である。これは細田派に次ぐ、自民党のいわば第二勢力となっており、かつては考えられなかったことだ。産経新聞の単独インタビューに応じる菅義偉官房長官=9月5日午前、東京都千代田区(桐山弘太撮影) それゆえ現在の日本の政党政治は一党優位性の定着か、多少なりとも競合的政党制の芽を残すかの言わば踊り場に立っている。最近一部に伝えられる自民党と日本維新の会の接近も、こうした文脈で捉える必要があろう。 そうは言っても、「自民党支持ではないものの、野党にはそれ以上に期待できない」という人々が、せめて実質的総理の選出となる自民党総裁選に、何がしか意思を反映させたいというのも分からなくはない。 しかし、登録党員制度を持つわが国の政党の党内選挙に、党員以外の人々の参加を認めることは困難である。米国の大統領予備選は、確かに広く選挙民に開かれている。だが、それは米国の政党にはそもそも登録党員というものがなく、政党の支持者がそのまま党員と認知されているからなのだ。 多くの州では、選挙権登録の際に支持政党も登録される。有権者は、民主党か共和党か独立無党派を選ぶ。それが、予備選挙の投票資格になる例が多い。つまり、行政機関が党員登録を代行しているとも解釈できる誠にユニークな制度である。 ただ、日本の政党にそれを求めることはできない。首相が誰になるのかについて、有権者の意思のより直接的な反映を求めるのなら、筆者は現行の議院内閣制をよしとするものの、首相公選制を考えるのが筋であろう。

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    定まらぬ意思決定、命取りになり得る菅政権の「生煮え」コロナ対策

    広野真嗣(ノンフィクション作家) 9月に入って政府は、新型コロナウイルス感染症拡大防止のために設けていたイベントの開催制限の緩和や、観光・飲食業支援策など経済再開のカードを次々と繰り出した。 くしくもそのタイミングと首相交代が重なり、「継承」を掲げた前官房長官の菅義偉氏が後任の首相に選ばれた。この点、見切り発車と急ブレーキを繰り返した新型コロナ対策をめぐっても政策決定の在り方が引き継がれるのか、あるいは転換するのか、改めて注目が集まる。 そんな折、政府の新型コロナウイルス対策感染症分科会に出席する専門家がぼやく言葉に接した。「各省庁がそれぞれあさっての方向を向いて『作文』した文書を出してくる」 「作文」とはどういうことか。取材を通じて見えてくるのは次のような事実だ。 例えば、飲食業支援策「GoToイート」を所管する農林水産省は9月初旬の分科会で、ネットで予約した飲食に対してポイントを付与する事業の原案を示した。そこではカラオケを支援対象から外すとし、料金の50%以上がカラオケ代にあたるなら除外とした。「ハイリスク環境は3密+大声」という言葉を教条的に理解したのだろう。 半分がカラオケ代、というと、高校生が放課後に入るようなカラオケボックスのイメージに近い。しかし、実際にこれまでクラスター(感染者集団)の発生が何度も確認されたのは、高齢者の憩いの場として定着しつつある喫茶店などでの「昼カラ」や、店の余興でカラオケセットが置いてあるスナックだ。 つまり、農水省の原案ではこうしたリスクの高い、飲食が主でカラオケを従として提供しているようなスポットを除外するべきなのに、逆に支援対象に含める内容になっていた。 実際のリスクを直視せずにデザインされた対策は、かえって感染拡大を促す愚策になりかねない。専門家たちに取材すると、同じような省庁間のコミュニケーションの壁は、観光を所管する国土交通省、海外との往来再開を所管する外務省などにも見られるのだという。札幌市のスナックで、昼にカラオケを楽しむ高齢の利用者。店では客数を限定したり、歌唱スペースをビニールで囲ったりするなど感染対策を施している=2020年6月16日 もちろん、厚生労働省や内閣官房にはリスク事例が蓄積されている。だが、省庁をまたぐと途端に現場の情報はおろか、肝心の危機意識も共有されなくなるのだ。危機管理の要諦は意思決定プロセスの一元化にあるが、コロナ対応が始まって10カ月が経とうという今でも、従来通りのセクショナリズムの壁に阻まれているのだ。トップダウン演出の弊害 コロナが上陸して以来、政府は対応が後手に回った。クラスターが発生したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」では、船の構造が3密そのもので、船内待機が始まる前に乗客への感染は広がっていたことが現在では分かっている。ただ、検査キャパシティの制約から、感染状況は少しずつしか明らかにならず、結果的に行政がみすみす感染拡大を許しているように映った。また、船内で業務に従事した内閣官房や厚労省の職員らの感染が相次いだ。 不評を挽回しようと官邸は、2月末に小中高校や特別支援学校の一斉休校を決め、4月には布マスク2枚の全戸配布に踏み切った。だが、マスクを配り終えるのには2カ月半を要し、260億円もかけた感染拡大防止策としては効果が薄かった。 これらが問題なのは、トップダウンの演出を重んじるために担当省庁や専門家の知識や経験というフィルターを経ていない生煮えの対策であったこと、そして危機が終息していないことを理由にして、現在も十分な検証が行われていないことだ。 本来、危機管理の意思決定には迅速さが要求される。だから、通常のプロセスから余分な部分をそぎ落とすが、当然ながら決定にあたって専門家の知見を踏まえなければならず、そうした根幹のルールをそぎ落としてはいけない。このような幹があいまいになっていたせいで前政権は悪循環を断ち切れず、退陣の遠因を自らつくったのではないかと私は思う。 注目しておきたいのは、7月22日に開始した観光事業支援の「GoToトラベル」だ。場当たり的な采配に批判が多いことを意識する西村康稔(やすとし)経済再生相は「専門家のご意見を伺って決める」と繰り返していたのに、この事業では7月10日に前倒し実施が先に発表され、同月16日に政府が専門家に認めさせる経過をたどった。決めたのは「観光のドン」こと自民党の二階俊博幹事長に背中を押された菅氏自身だとされる。 この判断の問題は、ここまでと同じ、生煮えのままの決定を繰り返していることだ。横浜・大黒ふ頭に停泊するクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」から離れる陸上自衛隊富士病院の救急車=2020年2月14日(鴨川一也撮影) 高齢者が見知らぬ人たちと集まるバス旅行に出ていれば、クルーズ船の船内環境と同じになる。そうした懸念から、分科会は土壇場で「若者の団体旅行、重症化しやすい高齢者の団体旅行、大人数の宴会を伴う旅行は控えること」という文言を盛り込んだが、本来は大方針を決めるまえに踏まえておくべき知見だっただろう。 また、菅氏は9月11日の会見で、GoToトラベルの利用者は少なくとも延べ780万人で、判明している感染者は7人にとどまっていると強調したが、これも検証が要る。 新型コロナウイルス対策は、不確実な対処の連続で、完全な対策をとることは難しい。科学的分析と、経済再生のバランスをとった危機管理のためには、専門家の知識はもちろん、霞が関と地方自治体と民間の総力を結集して新しい経済構造をつくり上げなければならない。 「縦割りの打破」を掲げるならば、菅氏は官房長官時代のやり方を変える必要がある。さもなくば、やがて同じ轍(てつ)を踏み、政権の足元を揺るがすことになるだろう。

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    菅義偉氏 妻は「余計なことは言わない、やらない」タイプ

    《菅の家に泊まりに行くとお父さんが帰ってきてあれこれ酔っぱらいながら話をしてくれた。少し目が怖いけど優しい人だった》 人気ロックバンド「RADWIMPS」のボーカルで、NHK連続テレビ小説『エール』に俳優として出演中の野田洋次郎(35才)は、ツイッターでこう呟いたことがある。ここに登場する《お父さん》こそ、次期総理大臣の最有力候補である菅義偉官房長官(71才)、その人だ。「菅さんには3人の息子がいます。その三男と野田さんは神奈川・横浜の私立中学、高校の同級生で親友同士。野田さんはしょっちゅう横浜駅から徒歩圏内にある菅さんのマンションに泊まりにきていたそうです」(菅家の知人) 息子と友人たちがリビングで仲よく話していると、帰宅した菅氏がその輪の中に入ることも少なくなかったという。「朴訥としてマジメそうな雰囲気の菅さんですが、実はニコニコと人懐っこい人です。野田さんは《酔っぱらいながら》と書いていますけど、菅さんは下戸で、まったく飲めません。照れ屋なので顔を赤らめながら、それでも上機嫌でよくしゃべっていたのでしょうね」(前出・菅家の知人) 秋田県の農家の長男として生まれた菅氏。中学校では野球部でトップバッターを務め、大学時代は空手に打ち込んだ。その体育会系の系譜は息子たちにも受け継がれたようだ。「学生時代に柔道に打ち込んだ長男は一時、人手不足だった菅事務所で働いていたが、現在は大手広告代理店に勤務。次男は東大法学部に入学後、アメフト部に所属して活躍した文武両道タイプ。卒業後は一流商社に就職しました。野田さんと友人である三男はもともと線が細いタイプでしたが、体を鍛えて法政大学の強豪アメフト部に入り、関東学生チャンピオンを争ったこともある本格派です。現在は大手ゼネコンで働いています。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 政治家として多忙な菅さんは子供たちと向き合う時間がどうしても足りない。だから、社会に出ても挫けない心と体を養うために部活動に打ち込ませたそうです。菅さん自身、かねてより世襲政治家を批判してきたので、息子たちが“後継者”になることはなさそうですけどね」(前出・菅家の知人)菅氏、趣味は「孫」 菅氏には幼稚園から小学生ぐらいの孫もいるという。政治ジャーナリストの有馬晴海さんが語る。「菅さんは“趣味は孫”というぐらい、孫がかわいくて仕方ないそうです。以前、ぬいぐるみを贈ったときは『孫が喜ぶよ!』とうれしそうでしたし、菅さんの似顔絵キーホルダーを3つ手渡したときも『孫が3人だからちょうどよかった』と破顔していました」 男子3人を育て上げた妻の真理子さん(66才)とは、議員になる前の秘書時代に出会ったという。菅氏の元秘書で、横浜市議会議員の遊佐大輔さんが語る。「菅さんが秘書を厳しく指導すると、真理子夫人が“大丈夫ですか?”と声をかけるほど優しいかたです。選挙のときはいつも青白い顔をして“昨日は眠れなかった。菅が落ちたらどうしよう”と心配そうにしていました。菅さんは官房長官という職務上、なかなか横浜の自宅に帰れず、都内の議員宿舎で暮らしていますので、サポートのため往復しているという話を聞いたこともあります」 真理子さんは20年以上ショートカットで、女優の安田成美似だそうだ。「歴代最も髪の短いファーストレディーになるのではないか」といわれている。「メディアに出ないどころか、地元の婦人会にも出ないほど控えめなかたです。選挙で当選したとき、事務所で菅さんや支持者が喜んでバンザイをしているときも、横にいる真理子夫人だけは頭を下げて、“ありがとうございます”を繰り返していました。菅さんもそうですが、“余計なことは言わない、やらない”というファーストレディーになるでしょうね」(前出・有馬さん) 家族に支えられ、叩き上げの政治家がいよいよ国のリーダーに上り詰める。■菅氏の正念場の総選挙 小池知事が反・菅勢力結集プランも■菅義偉氏は小池百合子知事が大の苦手 背景にカジノ誘致問題■菅義偉氏の天敵 東京新聞・望月衣塑子氏からの“就任祝辞”■菅義偉氏“安倍官邸乗っ取り”の全内幕 二階幹事長と急接近■菅新内閣予測 コロナ担当に進次郞氏?橋下氏の起用案も

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    警戒すべき「反ガースー」勢力が仕掛けるニセ対立軸のワナ

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 菅義偉(よしひで)官房長官が自民党総裁選で圧勝し、次期総理大臣になることが事実上確定した。菅政権の発足である。 菅政権にはまず直面する課題が二つある。一つは、新型コロナ危機にある日本経済と社会の立て直しである。もう一つは、早期の衆議院解散と総選挙での勝利だ。 前者は日本国民に直接関係する重大事である。後者は、無派閥の菅氏の政治的な基盤を強めるためにも必要になってくるだろう。そして総選挙で勝利するかどうかが、菅政権が長期的に持続するか、あるいは短命に終わるかの大きな分岐点になる。その意味では国民全員に間接的にも重要な意味を持つことになる。 菅政権が選挙で勝てるかどうか、それは内閣の顔ぶれとその政策に大きく依存する。もちろん個々の選挙区事情やまた野党の統一された動きができるのかどうか、そして菅政権をどうマスコミが報道するか、その印象操作によっても大きく変化しそうだ。 マスコミの印象操作といえば、総裁選の間もかなり深刻な問題が起きていた。前回のこの連載でも指摘したが、「菅vs石破」を、消費税をめぐって「増税vs減税」として対立させ、菅氏のイメージをダウンさせる戦略をマスコミはとるだろう、と指摘した。そしてそのような印象報道に左右される人たち(ワイドショー民)の存在が問題だとも書いた。実際に、この現象は顕著に生じた。 例えば、菅氏が「人口減少が不可避なので、行政改革を徹底して行った上で、消費税は引き上げざるを得ない」と発言した。これは具体的な日時を決めたものではなく、ごく一般論的なものだ。安倍首相(左)に花束を手渡す菅新総裁=2020年9月14日、東京都内のホテル ただしマスコミは前記した対立軸(消費増税vs減税)を狙っているので、まさに格好の素材を与えてしまったことになる。ツイッターなど会員制交流サイト(SNS)上では「菅氏は消費増税論者だ」と大騒ぎになった。懸念は「ワイドショー民」 テレビなどもワイドショーを中心にこの発言を拡大解釈して報じ、選挙の「争点」化しようと躍起だった。問題は、このような見え透いた報道でもワイドショー民を中心に大きく影響を受けることだ。軽薄な人たちだとは思うが、それが現実なのだからしょうがない。 菅氏はこのマスコミの悪しき印象報道に気が付いて、即時に安倍政権の経済政策を継承する意味でも「今後10年は、消費増税はない」と明言した。ただし、マスコミは、この発言も逆手にとって、「菅氏は増税発言での世論の反発で意見修正した」とネガティブキャンペーンの題材にした。 そしてまたもやワイドショー民はそのような印象報道に釣られて、菅氏のイメージを形成してしまうのである。実際には、菅氏の経済政策観は、リフレ政策(インフレ目標付きの金融緩和中心の経済浮揚策)が中核だ。 つまり経済を成長させ、それでさまざまな問題(社会保障、行政改革、規制緩和、財政再建など)をスムーズに取り組んでいける環境にしていく、そのような政策観でもある。「今後10年はない」は、常識的には消費増税は政治的に全否定したと同じなのだが、ワイドショー民はこれを「10年後には消費増税だ」とみなす人もいて、反知性極まれりだな、と率直に思う。 実際に、雇用や事業を確保するなど、十分な経済成長こそが財政再建を可能にすると、菅氏は積極的に打ち出した。また、新型コロナ危機には政府は国債を発行し雇用を守り、政府には国債発行で制限はない、とも強調した。 このような菅氏のアベノミクスの路線を継承し、さらに発展させていこうとする姿勢は、海外のメディアは中心的なメッセージとして伝えたが、国内ではそのような報道姿勢は少数である。むしろ消費税というニセの対立軸に加えて、今度は「官邸主導の官僚コントロールの弊害」を打ち出した。自民党新総裁に選出された菅義偉氏が映し出された街頭の大型画面を見つめる人たち=2020年9月14日、埼玉県川口市(内田優作撮影) これも単に常識的な知識が欠如でもしないかぎり騙されることはないのだが、それでもあたかも官僚は政権の決定とは違うことができる自由意志を持ち、それが望ましいとする「雰囲気」を前提にしたテレビなどの報道が盛んになった。政策がまだ決定されていない過程では、官僚の異論は議論を活発化させるためにも必要だろう。だが、政策が決定してからの官僚の異論(≒「自由な発言」)は単に政策の実行を妨害するノイズでしかない。総裁選で「予行演習」 いずれにせよ、自民党総裁選で、マスコミが争点化しようとしていた、消費税や官邸主導という点への注目は、一見すると「菅vs石破(あるいは岸田)」という対立軸だけのように思えるかもしれない。 しかし、実際には、マスコミはこのニセの対立軸を使って、近々の総選挙におけるニセの対立軸づくりも見据えている。つまり自公政権と野党を比較して、「緊縮(与党)vs反緊縮(野党)」、あるいは「自由に発言できない官僚(与党)vs自由に発言できる官僚(野党)」というイメージづくりの「予行演習」として、今回の総裁選を利用したと言えるだろう。 このマスコミが作り出すニセの対立軸に乗ることは、本連載の読者の皆さんはないだろうが、それでもワイドショー民は踊らされるに違いない。その数が少ないことを信じるしかない。 私見では、与党の中でまともな経済政策を実現できる可能性がある政治家は菅氏以外に当面いない。他の人材では、リフレ政策への理解が乏しいか、あっても政治的な実力が伴わない。 野党に至っては、それに期待することはよほどの夢想家でないかぎり現実的な選択肢ではない。改名しても立憲民主党などは、毎回、選挙のたびに消費減税を発言するが、結局は民主党政権のときからの「再分配優先で、経済成長は二の次」路線である。 ただ、総選挙がどうなるかはまったく分からない。政治的あるいは世論から見て「勝利」しないと、菅政権はただちに不安定化する可能性がある。それはよほど強度の(反ガースー的な)政治的イデオロギーに染まっているか、無知でないかぎり、日本の社会や経済の不安定化と同じであることは自明である。総裁に選出され会見する自民党の菅義偉総裁=2020年9月14日、東京都千代田区の自民党本部(桐山弘太撮影) なお「ガースー」は、菅氏が公認したニックネームであり、今後たまに論説でも使いたい。

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    菅義偉「新総裁」に潰されても残る石破と岸田のアドバンテージ

    上久保誠人(立命館大政策科学部教授) 安倍晋三首相が、持病の再発を理由に辞任する意向を表明して2週間余り。関心は次期総裁・総理に移っているが、まずは通算、連続ともに在職日数が歴代最長に達するという長きに渡り、内閣総理大臣として日本を率いてきた安倍首相に、心からお疲れさまでしたと申し上げたい。 首相の激務による疲労は想像を絶するものだろう。まずは、治療に専念していただきたい。1日も早く健康を回復してほしいと思う。 9月14日に行われる自民党総裁選は、国会議員394票と党員・党友394票の過半数を争い、選挙期間を12日間以上設ける通常のやり方と、国会議員394票と都道府県連票141票として両院議員総会で決める「緊急のやり方」の2通りがある。そして、今回は結局後者となった。 だが、これは安倍首相が嫌っているとされる石破茂元幹事長を潰すために、周りが「忖度(そんたく)して」総裁選出ルールを都合よく解釈する「権力の私的乱用」を行ったということだろう。 安倍政権では、これまで何度も、首相やその周辺が権力を自らに都合よく「私的乱用」すると批判されてきた。いわゆる「モリカケ」問題、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)の「日報隠し」、裁量労働制に関する厚生労働省の不適切な調査データの問題、首相主催の「桜を見る会」の問題、そして検察官の定年延長を可能とする検察庁法改正案問題と、疑惑や不祥事が多数あった。 その都度、官僚の忖度による隠蔽や公文書偽造、資料破棄、首相に都合のいい法律の突然の解釈変更が次々に起こった。国会では、閣僚や官僚の答弁が支離滅裂となり、二転三転した。首相やその周辺を守るために、官僚は平気で使い捨てられてきた。 安倍首相は辞任表明の記者会見で、次期総裁やその選出方法について、「執行部にお任せしているので私が申し上げることではないと思うし、誰がということも、私が申し上げることではないだろう」と述べた。だが、いざふたを開けてみると、首相の「石破嫌い」に忖度して、周囲が一斉に動き始めた。 「ポスト安倍」について「全く考えていない」と言い続けてきた菅義偉(よしひで)官房長官が、首相の会見翌日に二階俊博幹事長と会談し、総裁選への出馬の意欲を伝えた。二階氏は「頑張ってほしい」と応じ、二階派が菅氏を支持することになった。 支援する意向を固めた二階氏は「政治の停滞は一刻も許されない。一日も早く後継総裁を決めることが必要」とメディアに発言した。さらに、「党執行部が、党員投票を省いた両院議員総会で総裁選を行うことで調整中」という情報が永田町を駆け巡った。 菅氏は、麻生太郎副総理兼財務相、細田派の細田博之会長と次々と会談した。麻生派、細田派が菅官房長官への支持を決定し、「コロナ禍という緊急事態だ。安倍路線を継続すべし」という流れが、あっという間に党内に広がった。総裁選出馬が取り沙汰されたり、意欲を示していた河野太郎防衛相、西村康稔(やすとし)経済再生相、稲田朋美幹事長代行らが、次々と不出馬表明した。総務会に臨む(左から)下村博文選対委員長、鈴木俊一総務会長、二階俊博幹事長、岸田文雄政調会長=2020年9月1日、東京・永田町(三尾郁恵撮影) 9月1日の自民党総務会では、通常より長い1時間40分ほど議論が行われ、党員投票を行うべきだという意見が出たようだった。総務会メンバーではない小泉進次郎環境相がオブザーバーとして出席し、党員投票を求めるべきだと発言したという。「石破潰し」は強さの裏返し しかし、それも所詮ガス抜きのパフォーマンスにすぎなかったようだ。本気で総務会を止めるなら、総務会長を別室に拘束するなど、いくらでも方法はあった。だが、誰もそんなことをしなかった。最終的に執行部の提案通り、両院議員総会での総裁選出が決定した。 要するに、安倍首相本人が何も言わずともその意向を忖度し、一糸乱れぬ隙のない動きで「石破潰し」「菅後継」の流れが即座に決まった。数々の修羅場を乗り越え、「権力の私的乱用」という批判から生き残ってきた安倍官邸には、自民党内を抑えることなど、朝飯前ということだろう。 それでも、総裁選には菅氏以外に、石破氏と岸田文雄政調会長が出馬することになった。いずれも、「ポスト安倍」の有力候補とみなされてきたが、「菅後継」の流れに抗することができず、極めて困難な状況に陥った。 前述の通り、石破氏は、「石破潰し」の厳しい洗礼を受けた。一時は、派内からの「非戦論」や立候補断念という情報が流れたほど追い込まれた。だが、よく立候補の決断をしたと思う。 筆者は2018年の総裁選で、石破氏が安倍陣営から厳しい圧力を受けて苦戦していたとき、出馬することの大切さを指摘した。指摘だけでなく、「どうせ負けるなら、派手に負けて冷や飯を食っておいたがいい。その方が、安倍政権が破たんしたとき、チャンスが訪れるかもしれないから」とエールを送った。 その際、石破氏に向けて、第2次世界大戦前に、東京帝国大経済学部教授だった河合栄治郎の話を紹介した。河合は、日本でファシズム勢力が台頭した時代に、「反ファシズム」の論陣を張り、著作が「安寧秩序を紊乱(びんらん)するもの」として、出版法違反で起訴された。 河合は大学を追われ、著作4冊の発売禁止処分を受け、さらには裁判にかけられたが、法廷の場では「日本は戦争に負ける」と公言した。「私は無罪を信じるけれども、有罪ならば罰金刑ではなく、禁固を望む」「罪が重ければ重いほど、戦後自分が外国に対し発言する場合、自分の発言に重みがつくから」とまで言い放ったという。 河合は、敗戦の後に起こる社会的混乱の中で、必ず自分の出番が来ると予期していた。そして、そのときにより大きな発言力を得て、新時代のリーダーとなるために、あえて時代が変わる前に、最も重い罪を科されておくことを望んだというのだ。 残念ながら、河合は戦時中に病死した。しかし、戦後は河合が言った通りになった。戦時中に「重罪」に処せられた人物が、戦後に大出世したのである。その代表例が吉田茂だ。 古い時代に迎合せず、冷遇されていた人物ほど、新しい時代が始まれば、時代の寵児となる。だから、石破氏は一歩も引かず徹底的に安倍首相と戦うべきだと、筆者は言った。日本記者クラブでの自民党総裁選立候補者討論会に出席した石破茂元幹事長=2020年9月12日、東京都千代田区(鴨川一也撮影) 石破氏は、18年の総裁選敗北後も、安倍首相からの冷遇に怯(ひる)むことなく、「言うべきことは言う」という反主流の姿勢を貫いた。その結果が、「次の総理」の世論調査では常に圧倒的な1位という現在の評価だ。安倍首相の周囲が露骨に「石破潰し」をしなければならないほどの存在感があるのだ。岸田氏は筆者の指摘通り 今回の総裁選も、残念ながら石破氏に勝ち目はないようだ。だが、今の姿勢を変える必要はない。これからも、政権の批判勢力に徹すればいい。「安倍・菅の政治」の限界が明らかになり、新しい指導者が求められるときが来るならば、「石破待望論」が世論だけではなく、永田町から出てくることもあるだろう。 もう1人の総裁選候補者である岸田氏は、18年の総裁選に出馬しなかった。当時、安倍首相の有力な対抗馬とみられていたが、「今の政治課題に、安倍首相を中心にしっかりと取り組みを進めることが適切だ」と判断した。それは、安倍首相からの将来の「首相禅譲」に望みを託すことでもあった。だが、筆者は当時、本サイトへの寄稿で「首相禅譲はない」として、その判断の甘さを批判していた。 戦後政治の歴史を振り返れば、禅譲を狙って裏切られ捨てられた事例は多数あるからだ。例えば、現在岸田氏が率いる宏池会の会長だった前尾繁三郎元衆院議長は、佐藤栄作元首相が4選を決めた1970年の総裁選で、「人事での厚遇」の密約を理由に不出馬を決めたが、結果的に佐藤氏に約束を反故(ほご)にされた。前尾氏は派内の反発を買って会長の座を大平正芳元首相に譲らざるを得なかった。 そもそも、生き馬の目を抜く政界で、「禅譲狙い」はうまくいくわけがないのだ。岸田氏は18年の総裁選後、政調会長に就任したが、アベノミクスを無批判に礼賛し続けるしかなくなった。 宏池会は元々、民主党、公明党との三党合意による税と社会保障の一体改革をまとめた谷垣禎一前総裁の派閥だ。本来、岸田氏は財政再建に関して、安倍首相と異なる持論を持っていたはずだ。しかし、「禅譲狙い」のために、持論は封印して従うしかなかった。 「禅譲狙い」は首相と一蓮托生(いちれんたくしょう)となり、心中するしか道はないだけではなく、それ以上に厳しいものだ。一生懸命働いても、手柄は自分のものには絶対にならない。何か落ち度があれば、全ての責任を押し付けられる。いいことは何もないものだ。 安倍政権が新型コロナウイルスをめぐる経済対策の一つとして打ち出した、国民1人当たり一律10万円の現金給付を決定したときのゴタゴタがいい例だ。当初、減収世帯に30万円を給付するという措置だったが、国民から酷評された。制度そのものが分かりづらい上に、自己申告がわずらわしく、いつもらえるかも分からない。本当に必要な人がもらえるのかどうかも分からなかったからだ。結局、公明党が首相官邸に泣きついて、「一律10万円の現金給付」に急遽(きゅうきょ)変更となった。 当初の現金30万円給付は、政調会長の岸田氏が財務省と取りまとめたものだった。自民党内から噴出した批判は岸田氏に集中した。「公明党が言えば、ひっくり返すというのはどういうことか」「党は政府の下請けではない」「岸田氏は終わりだ」などと叩かれ、彼のメンツは丸潰れとなり、「ポスト安倍」として力量不足と酷評されてしまった。 今年6月くらいまでは、安倍首相は「ポスト安倍」について、岸田氏への「禅譲」を考えていたと言われる。しかし、岸田氏の政治的センスのなさと力量不足を不安視させる事態が続き、世論の岸田支持も盛り上がらなかった。岸田氏では、憎き石破氏にとても勝てないとみて、首相は禅譲を迷うようになったというのだ。東京・新橋駅前で、通行人の男性とタッチする自民党の岸田政調会長(左)=2020年9月11日 そして、安倍首相の辞任会見後に周囲が即座に動いた。微塵(みじん)も「ポスト安倍」への色気を見せなかったはずの菅氏が出馬の意向を示すと、一気に「菅後継」の流れが生まれ、岸田氏はあっという間に蚊帳の外になった。やはり禅譲などありえなかったのである。関心は「ポスト菅官房長官」 しかし、禅譲がないとはっきりした後、岸田氏は、出馬表明の記者会見で「大変厳しい道のりを感じているが、国民のため国家のため、私の全てをかけてこの戦いに臨んでいきたいと思います。一人でも多くの国民のみなさんに共感してもらい、力を与えていただき戦いを進めていきたいと思う」と述べた。岸田氏は開き直ったのか、その言葉にこれまでにない力強さと率直さが出てきた。 岸田氏にとって現在の状況は、長い目で見れば必ずしも悪いことばかりではない。菅氏は「権力の私的乱用」を繰り返してきた安倍首相の周囲も継承する。彼らをコントロールできず、また私的乱用が起きるかもしれない。「次の首相には生真面目な岸田氏がいい」という待望論が出てくる可能性はある。今は、どんな苦戦を強いられても、この総裁選を最後まで全力で戦い切ることだ。 最後に、総裁選の大本命となった菅氏について論じたい。だが、正直何を論じたらいいか分からない。これまで、菅氏の国家観や思想、政策をはっきりと聞いたことがないからだ。 コロナ対策やGoToトラベルの推進などが出ているが、それは安倍政権の政策の継続だ。菅氏自身が何を目指すかがよく分からない。また、「菅内閣」の閣僚・党役員人事がどうなるのかも、イメージがまったくわかないのだ。 安倍政権の官房長官を7年8カ月間務めた実力者なのに、全くと言っていいほど個性が見えないのは驚くべきことだ。だが、それこそが菅氏の凄(すご)みなのだろう。首相を支える仕事に徹し切ったことで身に着けたものである。 だが、その凄みが自ら首相になったときにどうなるのかは分からない。「安倍首相には菅義偉がいた」が「菅首相には菅義偉がいない」からだ。 だから、仮に菅内閣が誕生するとすれば、筆者の関心は一つしかない。誰が官房長官に起用されるかだけだ。 菅氏の官房長官在任期間は歴代最長だ。その間、毎年約10億〜15億円計上される官房機密費や報償費を扱い、内閣人事局を通じて審議官級以上の幹部約500人の人事権を使い、官邸記者クラブを抑えてメディアをコントロールし、官邸に集まるありとあらゆる情報を管理した。官邸に集まるヒト、カネ、情報を一手に握ることで、菅氏は絶大な権力を掌握してきた。 菅氏が首相になるとき、「コロナ禍」という緊急事態を理由に、閣僚・党役員のほとんどが安倍内閣から留任ということもあるかもしれない。しかし、そんな極端なケースでさえ、官房長官だけは必ず新しい人が起用されるのだ。日本記者クラブでの自民党総裁選立候補者討論会に臨む(左から)石破茂元幹事長、菅義偉官房長官、岸田文雄政調会長=2020年9月12日、東京都千代田区(鴨川一也撮影) 菅氏が、自らの権力の源泉となってきた官房長官ポストを誰に渡すのか。どういう形で渡すのか。また、これは菅氏を支持する各派閥にとっても、最も関心があることだろう。 菅氏は無派閥である。どの派閥からも官房長官が起用される可能性があり、それによって党内の政治力学が変化することになる。官房長官人事は、菅政権の性格を決定する全てであると言っても過言ではないのだ。

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    内閣支持率爆上げ、「菅政権」も弄ばれるワイドショー民の不合理

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 「ワイドショー民」たちほど信用できないものはないな。ここ数日、そういう言葉が自然と浮かんでくる。 安倍晋三首相が健康を理由に辞任を表明した後に行ったマスコミ各社の世論調査で、内閣支持率が異例の急上昇を見せ、不支持率を大きく上回った。辞任前の各社調査では、不支持率が支持率を上回り、その差が拡大傾向にあったが、一変してしまった。 特に、安倍政権の「宿敵」朝日新聞の世論調査では、7年8カ月の安倍政権を「評価する」声が71%に達した。安倍首相の辞任表明前と政策的な変化は全くないので、まさに世論が単に辞任報道を受けて意見変更したに他ならない。 そしてこの「意見変更」により、「世論」の大部分が、いかにテレビや新聞などの印象だけで判断しているか、との疑いを強めることにもなる。政策本位の評価ではなく、テレビや新聞での印象に左右され、感情的に判断する世論のコア、これを個人的に「ワイドショー民」と呼んでいる。 このワイドショー民とどこまで重なるか分からないが、この安倍政権に対する世論の在り方を分析している政治学者もいる。早稲田大政治経済学術院の河野勝教授の分析はその代表的なものである。 河野氏の分析を紹介する前に、世論調査で筆者が問題にしている点をいくつか指摘したい。安倍政権に関する世論調査の動向を分析すると、20〜30代の若年層では、内閣支持率が安定的に高水準で推移している。一方で、世代が上になればなるほど、政権の年数経過によって支持率が下落傾向にあり、時には急落した後に反転することを繰り返している。 安倍政権の経済政策の成果によって若年層の雇用状況が改善し、その状況が支持の高止まりを形成している、というのは分かりやすい仮説である。だが他方で、若年層より上の世代の支持率の急減少と回復という「支持率の循環」をどう説明すべきか。台風10号に関する関係閣僚会議に臨む安倍晋三首相(手前)。奥は菅義偉官房長官=2020年9月6日、首相官邸(川口良介撮影) 2点目はインターネットで熱い話題となっている消費税に関してだ。2014年4月と2019年10月に実施した消費税率引き上げが内閣支持率に大きな変化を示したかといえば、NHKの調査を含めてはっきりとしないのである。政策よりも「お灸効果」 むしろワイドショーなどで、安保法制議論や首相主催の「桜を見る会」関係を「スキャンダル」として連日取り上げた方が勢いよく上下動を起こす。財政政策上の最大の課題が、さほど内閣支持率に有意な変化を与えていない。これは注目すべきことだ。 実際に、河野氏は株価などと内閣支持率が連動していないことにも注目している。現在の日本では、安倍政権に考え方の近い層が厚く存在し、その層が政権の説明不足を求めて不支持を決めるという「合理的」な判断をしているというのだ。 確かに各種世論調査では、「スキャンダル」的な動きがあるたびに「説明が足りない」とする割合が上昇し、そして他方で内閣支持率は低下し、不支持率が上昇する傾向にある。いわば潜在支持層の政権に対する「お灸効果」だ。 そう見れば、今の国民の中には安倍政権と考えの近い支持層が非常に厚いのかもしれない。ただ、河野仮説のように本当に潜在的支持層の判断が「合理的」ならば、自分の利用できる情報を全て活用するはずだ。 経済データだけその判断に影響を与えないということは、特定のバイアスが存在していて、「合理的」、あるいはそれほど賢明な判断をしているとはいえないのではないか。それを示す代表例が、冒頭でも紹介した今回の内閣支持率のジャンプアップだ。 先述の通り、政権では、辞任表明以外に何の政策決定も起きていない。つまり、利用できるデータに変化がないにもかかわらず、世論の支持が大きく変わったのである。 これこそ、まさにテレビのワイドショーの話題の取り上げ方で政治への印象が大きく影響されているのではないか。個人的には、世論のコアにあるワイドショー民の存在を裏付けているのではないかと思う。空手道推進議員連盟設立総会に臨み、菅義偉官房長官(左)に話しかける自民党の石破茂幹事長=2014年6月(酒巻俊介撮影) さらに、これまでは、ほとんどの世論調査で「ポスト安倍」候補は断トツで石破茂元幹事長だったが、最新では軒並み菅義偉(よしひで)官房長官がぶっちぎりの首位となっている。このことも、最近テレビの露出の多さに影響されたワイドショー民の選択の結果だろう。「反緊縮」に煽られる人たち それでも筆者は前回で指摘したように、政策では石破氏や岸田文雄政調会長よりも菅氏の方が断然に優位だと考えているので「結果オーライ」だと黙っていればいいのかもしれない。しかし、このワイドショー民の存在が確かならば、最近ワイドショーが見せる「まき餌」を再びちらつかせる動きに注意すべきだろう。 多くのマスコミが石破氏に好意的なのはほぼ自明である。その中のいくつかの媒体で、石破氏を消費減税派に、菅氏を消費増税派として、それを「反緊縮vs緊縮」までに仕立て上げようという動きもあるようだ。 個人的には、金融緩和に否定的な石破氏が反緊縮派ということはありえないと思っている。それでも、この構図に煽られる人たちは多いだろう。 確かに、10%の消費税率を維持したまま反緊縮政策を目指すことも理論としては十分可能だろう。全品目軽減税率を導入したり、定額給付金を国民全員や特定層に向けて配布する考えもある。携帯電話代やNHKの受信料を政策的に「大幅」減少させたり、貧困家庭への光熱費免除もあり得る。 ただ、それらの政策を進めるために重要なのが、金融緩和のサポートだということは、言うまでもなく大前提になる。まさにこの考えに、菅氏が肯定的で、石破氏は否定的なのである。ワイドショーなどで見られる、消費税の在り方だけで両者を単純な対立図式とすることに、筆者が異論を唱える根拠でもある。 消費税は重要な政策だが、それでも財政政策のオプションの一つにすぎず、それを硬直的に消費減税原理主義と捉えるのはおかしい。ただ、いずれにせよ、新型コロナ危機以後、「コロナ税」のような動きに徹底して反対を唱えることは、日本経済のことを考えれば最重要である。この点については、「菅政権」の動きを注視していかなければならない。特別定額給付金でマイナンバーの手続きに訪れた住民らで混雑する大阪市浪速区役所の窓口=2020年5月11日(寺口純平撮影) 一方、立憲民主党など野党が、選挙のたびに消費税の減税や廃止を主張するにもかかわらず、国会が開会すると事実上忘れてしまうことを何度も繰り返している。だが、懲りもせずこの種の「煽り」に引き込まれる人は多い。 しかも、そのような「煽り」を批判しているだけなのに、なぜだか筆者が「消費増税賛成」や「消費税減税反対」派になってしまうようだ。個人的には、このようなタイプの人にならないことを多くの人に願うだけである。

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    「最強」安倍政権を継ぐ者たちへ

    歴代最長となった安倍政権は、実績の数に劣らぬほど不祥事も乗り越え、あらゆる面で「最強」だったことは否めない。ゆえに、この政権を引き継ぐことはかなりの重圧になるだろう。近く決まる次期総理の舵取りは一筋縄ではいかないのは明白なだけに、「最強政権」を継ごうとする者たちに覚悟を問う。

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    石破、岸田、菅、私が政治家として絡んでわかった「次期総理」の実像

    舛添要一(元厚生労働相、元東京都知事) 8月28日、安倍晋三首相が持病の潰瘍性大腸炎が悪化したとして、辞任を表明した。7年8カ月という憲政史上最長の政権が突然に幕を閉じた。 安倍長期政権の功罪についての評価は、立場によって異なるであろうが、短命に終わる政権が多い日本で、この長期政権が政治に安定をもたらしたことは疑いようがない。しかし、同時に「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対に腐敗する」という19世紀の英国の歴史家・思想家・政治家、ジョン・アクトン卿の言葉が示すような現象も起こっていたことも事実である。 国民の関心は、誰が安倍首相の後継者になるかということであろう。今のところ、既に出馬を表明した石破茂元幹事長と岸田文雄政調会長、そして菅義偉(よしひで)官房長官の3人が有力候補とされている。 私は、国会議員、閣僚、東京都知事時代を通じて、この3人と一緒に仕事をし、親しく交流してきた。本稿では、私なりに3人の評価をしてみたい。 まず、石破氏であるが、「防衛オタク」と言われるように安全保障の専門家であり、農林水産行政など他の分野についても該博(がいはく)な知識を持っている。問題は、その専門知識と議論好きが、アバウトな頭の持ち主が多い政治家仲間の反感を買うことである。 自民党の憲法改正作業部会で私は改正案の取りまとめを担当したが、憲法9条について党内で激しい論争を行ったものである。私は立場上、さまざまな意見を集約して丸く収めようとしたが、石破氏は論理の一貫性を求めてやまない。そこで、私は「そんな学者みたいなことを言ってどうするのか」と彼に詰め寄ったが、石破氏は「学者のあんたが政治家みたいなことを言ってどうするんだ」と反論したのである。 このエピソードが示すように、多くの同僚議員は石破氏の理詰めの議論に辟易(へきえき)する。残念ながら、それが人望をなくすことになる。共同通信加盟社論説研究会で講演する自民党の石破茂元幹事長=2020年7月 政治家とて人間であるから、一緒に食事をしてバカ話の一つもできるようになると、もっと支援者が広がると思う。政策的には優秀なだけに、この点での気配りを求めたい。 政策能力から見て、皆が協力すれば、内閣総理大臣として立派に務まると思う。洗練された岸田氏の「弱点」 岸田氏もまた、外相を4年半務めるなど政策通である。極端なところがなく、物腰も柔らかで落ち着いている。 政治家によくある「野人」といった雰囲気のない洗練された感じは、世界各国と外交を行うのには最適であったろう。しかし、それが彼の率いる宏池会の「お公家集団」の欠陥とも言われる。 彼の広島の選挙区に応援に入ったこともあるが、広島市内の繁華街で毎日地道に街頭演説を行っていたことが印象に残っている。あまりメディアなどで目立ったパフォーマンスはしないので、地味な印象が強く、国民の人気も高いとはいえない。 しかし、安倍時代の次には、パフォーマンス先行ではない彼のような人がトップに立つと、日本の政治が変わるのではないかと思う。小池百合子東京都知事に代表されるようなポピュリズム(大衆迎合主義)が政治を歪(ゆが)ませているからである。 祖父の正記氏、父の文武氏と衆院議員が3代続く毛並みの良さがある。従兄弟関係にある宮沢洋一元経済産業相の伯父、宮沢喜一元首相と同じように、酒はよく飲む。 菅氏は、石破、岸田両氏と違って、2世、3世議員ではない。根っからのたたき上げである。会見で記者団の質問に答える自民党・岸田文雄政調会長=2020年7月(春名中撮影) 私が1週間だけ早く生まれているが、同世代なので親しくしてきた。彼が総務相のとき、私は自民党の参院政審会長であり、多くの政策課題で協力した。 その総務相時代に、NHKの短波ラジオ国際放送で北朝鮮の日本人拉致問題を取り上げることに強くこだわり、当時の放送法に基づく命令を出したのも彼である。その後、2007年の参院選で自民党が惨敗し、第1次安倍改造内閣で私は厚生労働相に就いたが、菅氏は閣外に去り、同じ内閣で仕事をすることはなかった。 彼の選挙区は横浜市内にあるが、苦戦を強いられた衆院選のときには何度も応援に入っている。そのような縁で、全国を一つの単位とする比例代表から出馬している私の参院選の際には、神奈川県から大量の得票を得ることができた。 都知事になってからは、官房長官となった菅氏と、国と都の連係プレーを行ってきた。菅氏の配慮で優秀な官僚を都に派遣してもらったり、政策の調整を行ったりすることができた。 毎月1〜2度は、2人で食事をしながら打ち合わせをしたものである。都知事に小池氏が就任してから、国と都の協力関係にひびが入り、新型コロナウイルスへの対応にも問題が生じたことは周知の通りである。「裏方向き」菅氏はリリーフか 菅氏は第2次安倍政権の約8年で官房長官を勤め上げており、即戦力として首相の任務を果たすことに問題はない。本人は、あまり表に立たず、裏方が向いていると自認しているが、周りから推薦する動きも出てくると思われる。 「令和おじさん」として知名度も抜群であり、安倍首相の残りの任期を担当するリリーフ投手としては最適なような気がする。 以上のような評価をした上で、誰が首相になろうと、日本の空気を変えるために、実行すべきことを記しておきたい。 外交については、安倍路線を大きく変える必要はないが、米中関係の緊張が高まる中で、日本は両国の間の橋渡しをする必要がある。今秋の米大統領選でバイデン政権が誕生しても、強固な日米関係が日本外交の基軸であることに変わりはない。 拉致問題や北方領土問題も未解決のままであるが、引き続き粘り強く交渉していくしかない。韓国との関係については、対話は必要であるが、国際法の枠組みの中で行動している限り、日本の方から妥協する必要はない。 内政についての最重要課題は、もちろん新型コロナウイルスへの対応である。厚労省や国立感染症研究所を中心とするこれまでのわが国の対応は、必ずしもうまく行っていない。 安倍首相が命じたPCR検査の拡充すらサボタージュされる始末である。官邸の指揮命令が徹底するような体制の構築が必要である。マスクを外し会見に臨む菅義偉官房長官=2020年7月(春名中撮影) 経済対策に関しては、新型コロナの第3波、第4波の到来も予想されるため、財政出動で対応するしかない。その意味では、アベノミクスを声高に叫ぶわけにはいかない。しばらくは経済が低迷する状況が続くが、感染防止対策と経済の両立を図る、きめの細かい対応を期待したい。 次に、内閣の構成であるが、近年は「お友達内閣」の弊害が出てきたように思う。次期政権には、自民党内の多様な人材を登用する必要がある。主流派、反主流派を問わず、挙党内閣を発足させて、国難に当たるべきである。 官僚機構への対応も、これまでは官邸主導で、総理秘書官ら側近の官僚が力を持ちすぎた。それが「忖度行政」につながったのである。 彼らは選挙で選ばれたわけではない。新内閣の発足に当たっては、官邸官僚も新しい陣容にしなければならない。

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    長期政権の終わり方で読み解く、安倍首相の心境と理想の後継者

    川上和久(麗澤大教授) 歴史にifは許されない。しかし、もし新型コロナウイルスの感染拡大という未曽有の災厄(さいやく)に襲われることなく、東京オリンピック・パラリンピックが予定通り開催されていたならば、どうであろう。 潰瘍性大腸炎の悪化による退任だったとしても、東京オリンピック・パラリンピックを無事成功に導き、首相としての連続在任日数も佐藤栄作首相を超えて歴代1位となった。6回の国政選挙に勝利した名宰相として、惜しまれつつも花道を飾る会見になっていたかもしれない。 ところが、憲政史上最長であったにもかかわらず、新型コロナウイルス対応によるストレスと推測される持病の悪化で退任を余儀なくされてしまった。もちろん、こうなった以上、首相の胸中は、会見でもあったように「北朝鮮による日本人拉致問題の解決」「日露平和条約の締結」「憲法改正」をどれも成しえなかった無念に満たされていたのではなかろうか。 中でも、自らのライフワークとしていた拉致問題の解決に道筋をつけられなかったことについて「痛恨の極み」と述べていた。首相の退任会見としては珍しいこの表現まで用いて、7年8カ月に及んだ在任期間でも成し得なかった悔恨の念を隠そうとしなかったのである。 思えば、首相の退任会見はさまざまなドラマを生んできた。その在任中の思いもある意味凝縮されるからだ。 1964年11月~1972年7月まで、安倍首相に次ぐ連続在任2798日を記録した佐藤首相の退任表明記者会見は、今でも語り草になっている。 退任会見の際、「テレビカメラはどこかね、今日は新聞記者は話さないことになっている」と怒って内閣記者会の記者たちを追い立て、テレビに向けて「国民の皆さん」と直接呼びかけたのだ。この首相としてやや大人げない振る舞いは、「沖縄返還の実現など実績を残したのに、不当な佐藤バッシングをする新聞への最後のしっぺ返し」と揶揄(やゆ)された。新聞記者の引き上げた会見場で、テレビカメラに向かって退陣の所信を表明する佐藤栄作首相=1972年6月、首相官邸 実は、事務方が佐藤氏の意向をくんで、首相がテレビに直接語りかける形をセットしたはずだったそうだ。だが、内閣記者会との段取りの食い違いで、記者たちも陪席する形だということが佐藤氏に伝わっておらず、会見場に行ったら記者たちが並んでいたため、「話が違う」と激高したのが真相らしい。段取りの食い違いというハプニングではあったが、「偏向的な新聞は大嫌いだ」と思わず口走ったことで、佐藤氏の積年の新聞報道への恨みが図らずも露呈することとなった。印象的な福田親子の会見 その佐藤氏に「プリンス」として後継を嘱望されながら田中角栄氏に総裁選で敗れたのが福田赳夫首相である。田中内閣、三木武夫内閣では入閣と下野を繰り返し、ようやく1976年12月に第67代首相の座にたどりついた。 現職の自民党総裁として唯一総裁選に敗れ、大平正芳氏に首相の座を明け渡すことになり、1977年11月に退任に追い込まれた福田氏は「民の声は天の声というが、天の声にも変な声もたまにはあるな、とこう思いますね。まあいいでしょう。きょうは敗軍の将、兵を語らずで」と述べて記者会見場を去り、退任への悔しさをにじませた。 これも「敗軍の将、兵を語らずだったら、天の声も変な声がたまにあるな、などという言い草は語ってるじゃないか、負け惜しみも甚だしい」と批判された。勝利を確信していたものの、大平氏を支援した田中氏との権力闘争に再び敗れ去ったがゆえの落胆を、最後に抑えきれずに吐露したのだろう。  「メディア批判型」の退任会見ということでは、憲政史上初めて親子で首相になった福田康夫首相の退任会見も印象的だ。 2007年9月、安倍首相の辞任により第91代首相となったが、2カ月前の参院選で自公与党が大敗、民主党を中心とする野党が過半数を制しており、参院では同党の小沢一郎代表が首相指名される「ねじれ国会」に直面していた。その対応にも苦慮して、1年後には国政選挙が行われることなく退任を表明した。 その会見で、福田氏は記者から「国民の印象として、総理の会見は全て他人事な感じを持っている」と言われ、やや感情的に「他人事とあなたはおっしゃったが、私は自分自身を客観的に見ることができる。あなたとは違うんです」と言い返した。「あなたとは違うんです」という記者への言い返しは、自分の思いをきちんと伝えてくれない報道の「自分との違い」を感じ続けていた福田氏の最後の思いが思わず吐露されたものと受け取られた。会見で辞任を表明する福田康夫首相=2008年9月(川口良介撮影) 「メディア批判型」「負け惜しみ型」に並ぶのは「空疎型」というべきタイプだ。「自分はやるだけのことをやった」と美辞麗句を並べるものの、内容が空疎で、短い任期でほとんど何もできなかったときにはこういうタイプの退任会見となる。 思い出されるのは宇野宗佑首相だ。1989年6月、派閥の領袖ではなかったにもかかわらず、リクルート事件や消費税導入で身動きが取れなくなった竹下登首相が後継に指名する形で急遽(きゅうきょ)就任した。 ところが、神楽坂の芸妓とのスキャンダルが『サンデー毎日』に報じられ、直後の参院選ではリクルートや消費税、農政と問題山積で逆風が吹き荒れ、36議席の惨敗で、選挙翌日の退陣表明に至った。その際、「明鏡止水の心境である」と述べたことが話題となったが、69日という短い在任期間で、語るべきものは何もなかった、という心境かとも言われた。最も傷の浅い退任 中曽根康弘首相や小泉純一郎首相のように、長期政権で任期満了で退任する場合は、在任中の自らの業績を語ることに意味はあろう。だが、選挙での敗北の責を負って退任する場合には、その責を負って、という以外は空疎に響いてしまうのは致し方あるまい。 それでは、安倍首相の退任記者会見はどうだったか。メディアに対しての恨みつらみを吐露したわけではないので「メディア批判型」ではないし、選挙などに敗れて退任する「空疎型」でもないだろう。「負け惜しみ」とも言い難いが、いわば演出された「後ろ髪引かれ型」の会見といえようか。 憲政史上最長の在任期間を誇りながら、潰瘍性大腸炎の悪化によって、拉致問題、ロシアとの平和条約締結、憲法改正を果たすことなく、任期途中で退任せざるを得なくなった悔恨は、退任会見のそこかしこににじみ出ていた。「やり切った」という思いは本人も感じられないに違いない。 しかし、後ろ髪を引かれながらも、新型コロナウイルス対策に道筋をつけ、新しい体制で自らが引いた路線を踏襲する最低限の布石を打ったうえで、「後ろ髪引かれながらも後に託す」思いではなかろうか。 拉致問題、ロシアとの平和条約問題、憲法改正は「歴代政権が取り組んできた課題」とは言っていたが、それぞれ濃淡はあろう。憲政史上最長の在任期間を務めあげた首相の路線を大幅に修正するようでは、国内の新型コロナウイルス対策と社会経済活動の両立、という点でも対外的にも不安定要因となる。 さて、このタイミングで、最も傷の浅い退任を選択した安倍首相の後任は誰になるのか。自民党の例で言えば、長期政権でありながら、任期途中で退任した例はなかった。 順当に考えれば、安倍首相の自民党総裁として残る1年の任期は、安倍政権の方針を安定的に継承する人材が模索されることになるだろう。そうなると、菅義偉(よしひで)官房長官が8月末の時点では最有力に思われる。ただ、1年の総裁任期の中で「選挙の顔」として力を蓄え、来年9月に解散総選挙に打って出る可能性に自民党の国会議員たちは賭けることができるのか。辞意を表明した記者会見で、記者の質問を受ける安倍首相=2020年8月28日、首相官邸 他の有力候補を見てみると、岸田文雄政調会長には選挙の顔としての不安、石破茂元幹事長には野党ばりの安倍批判に対する嫌悪感が拭えない。「消去法」でいっても、菅氏に収斂(しゅうれん)していくことで、少なくとも安倍首相は気を安んじることができるかもしれない。 いずれにせよ、国のリーダーとして潰瘍性大腸炎の再発への不安とも戦いながら、7年8カ月を走り抜けた安倍首相には感謝の念を捧げたい。

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    持病悪化だけが理由か?安倍辞任劇を導いたいくつもの「限界」

    吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表) 安倍晋三首相が辞任を表明した。表面上の理由は、2007年の辞任と同様、持病の潰瘍性大腸炎の悪化だった。これは偽りではないかもしれない。だが、別の深い理由もいくつか考えられる。 一つは、東京高検検事長の定年延長問題だ。その背景には、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)事業をめぐる汚職事件を中心とした一連の疑惑回避があったとの情報もある。 実際、賭けマージャン問題で元東京高検検事長の辞職が波及したとみられ、7月に就任した新検事総長はカジノ疑惑を再び厳しく追及している。また、度合いこそ分からないが、菅義偉(よしひで)官房長官が、地元である横浜へのカジノ誘致計画に関係しているという疑惑もくすぶっている。そのような疑惑の真相が今後明かされれば、重大な政権の危機になるだろう。 そもそも、横浜へのカジノ誘致には、米国のトランプ大統領の有力支援者である世界のカジノ王が関係しているとされる。だが、コロナ禍もあってカジノ王の関連企業は日本から撤退しており、こうした現状を踏まえ、安倍首相とトランプ大統領の関係にも何らかの影響があったとの見方もある。 もう一つは、カジノ問題に加え、今秋の米大統領選で、トランプ大統領の再選が困難との情報がもたらされていることに不安を募らせた可能性だ。私は、トランプ大統領が再選されるとみているものの、日本では民主党候補のバイデン氏勝利予想の方が強い。 そしてさらに重要なのは米国と中国の対立激化だ。中国は、米国が南シナ海の軍事化に関し、中国側に新たな制裁を発表する直前だった8月26日、同海域に向け弾道ミサイル4発を発射した。その前には、米軍機が飛行禁止空域を通過して中国の軍事訓練を偵察し、中国が激しく抗議している。 米中はかねてから5G(第5世代移動通信システム)の主導権争いに加え、貿易面での対立、新型コロナをめぐる対応など摩擦が深刻化している。その上でのミサイル発射であり、米中の本格的な軍事衝突は遠い先の話ではない。 そこで、問題になるのが、安倍首相の長期政権を支えた菅官房長官と二階俊博幹事長の存在だ。安倍首相は、菅、二階両氏とは政治理念が同じとは言えないが、中選挙区時代に鍛えられた剛腕と調整力が「安倍一強」の後ろ盾でもあった。厳しい表情で記者会見に臨む安倍首相=2020年8月28日、首相官邸 その菅氏をめぐっては、先に述べたような不安がある。二階氏に関しては、ワシントンDCに本拠を置くシンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)の報告書で、名指しで「親中派」とされている。今秋の人事異動でこの2人を外さなければならないとすれば、安倍政権は成り立たないといっても過言ではない。 自民の有力政治家である二階氏をワシントン筋が言及したことは、過去の例ではロッキード事件以来とも言えるレベルであり、それぐらい米国は中国に対して本気なのだ。  こうした種々の問題が重なったことこそが、急な辞任劇の深層にあるとの見方が消えないゆえんだ。意外にも「平時のリーダー」 これまでの安倍首相の状況を見ていると、意外かもしれないが「平時のリーダー」だったように思う。当初は困難だとされた集団的自衛権を行使できるようにする安全保障関連法を難なく成立させ、さらに選挙は連戦連勝。コロナ禍は「国難」とされたが、日本だけの問題ではない。 要するに広い意味では、いずれも平時の出来事であり、真の危機はまさに、一触即発ともいえる米中対立と、迫りくる中国の日本への脅威と言えなくもない。この危機こそ、安倍首相にとっては「想定外」であり、健康問題も含めて対峙する余力がなくなったと見るべきではないか。 そして誰もが懸念するのが、ポスト安倍だ。これまで記してきたような状況を踏まえれば、親中派の岸田文雄政調会長は望ましいとは言えない。石破茂元幹事長に関しても、複数の防衛省筋から、「実は防衛問題が分かっていない」という批判を聞いている。 ならば、河野太郎防衛相か茂木敏充外相かとなる。もう少し幅広く見て、コロナ対応で奔走する西村康稔経済再生担当相や高市早苗総務相も悪くない。ただ、上記のポスト安倍の面々をワンポイントリリーフにして、その後、本命を首相に据えるといった考え方もある。 また、立憲民主との合流で、残された国民民主の玉木雄一郎氏による新党が一定の規模を維持した場合、連立政権に組み入れて公明の比重を減らし、憲法改正を実現に導くというシナリオもあり得る。 そして、本命のポスト安倍を考える上で、触れておきたいのが、来年に延期された東京五輪・パラリンピックだ。コロナ感染拡大が終息するにはまだまだ時間を要するとの見方が大勢で、すでに来夏でも開催は無理という見解は多い。 東京五輪が完全に中止になれば、東京都の小池百合子知事は「税金の無駄づかいをなくす」という大義をもってこれを受け入れ、責任を取って知事を辞任。その次の総選挙で衆院議員に返り咲き、一気に女性初の首相を狙っても不思議ではない。 以前の寄稿「ポスト安倍に小池知事も参入?評価を分けるリーダーの危機管理センス」でも記したが、小池氏は防衛相だった2007年、問題が発覚した防衛事務次官(のちに収賄罪などで有罪確定)を更迭し、自らも辞任した。このとき、ワシントンに赴き米国の有力者の了解を得た上で実行しており、こうした動きは国際政治に精通している証左だ。 このときからワシントンでは「小池は使える」という評価が高まったように思う。私が毎日、米メディアを見ていても「小池首相待望論」ではないかと思える記事は時折目にするのだ。記者会見で、安倍首相の辞任意向について「非常に残念」と述べた東京都の小池百合子知事=2020年8月28日、東京都庁(桐山弘太撮影) いずれにせよ、近いうちにポスト安倍は決まることになるので、推測や願望はほどほどにしておく。重要なのは、米大統領選の結果がどうであれ、米中の紛争も現実味を帯びている中で、日本のかじ取りを任せられるのは、安全保障と経済の立て直しを第一に考慮しなければならないことだ。これらを踏まえれば、やはりワシントンとのパイプを持つか、もしくは精通した人物を選ぶべきだろう。

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    アフターコロナの日本政治に希望をつなぐための「旗印」

    ースになりました。調査によっては半数以上の人が不支持と答えるなど不満が強いことがうかがえます。では、政党支持率といえば、NHKの5月の世論調査では自民党が31・7%、立憲民主党は4・7%、支持政党なしが43・8%と野党の弱さが目立ちます。 2009年に民主党の勝利という形で現実化した自民党にとっての危機は、党内の結束を固め、首相のリーダーシップを強化するという意味では学びとられているのかもしれません。けれども、安倍長期政権下において、自民党に対するファンが増えていったわけではありません。 確かに、選挙の出口調査でこそ若年層の自民党への投票が目立ちます。私が代表を務めるシンクタンクが実施した「日本人価値観調査2019」で、自民党に対する信頼度や好感度を表わす「評価」そのものを聞いてみると、実は若年層の自民党支持は際立たないのです。 そして、ここに来てコロナ禍と経済不安で世間に不満がわだかまる中で、無党派の政権離れが顕著になりました。自民党が新たに獲得したと考えていた層、つまり民主党に幻滅した無党派の改革支持層、そして自民党政権に慣れている若年層は、局面が変われば容易に離れてしまう浮動票でしかなかった、というわけです。 自民党は、私のこれまでの意識調査によれば、有権者全体の1割以下の強固な支持基盤しか持っていません。それは、米国のトランプ政権が3割弱の根強い共和党支持者に支えられているのとは対照的です。 自民党を初めから支持するのではなく、結果的に投票した有権者が重視していたのは、米国との同盟強化や憲法9条改正に象徴される現実主義路線でした。その上で、経済成長重視の立場に立つ人が自民党を「より選んできた」にすぎません。衆院予算委で、立憲民主党の枝野幸男代表(手前左から2人目)の質問に答える安倍晋三首相=2020年6月9日 であるとすれば、人々の現状打破に向けた欲求が一定の水準を超え、外交安保の争点を度外視したとき、全く異なる論点での分断が起きる可能性があります。危機の時にはポピュリズムが流行るものです。トランプ現象のように、経済的には中道に立ちながら、社会的には分断を煽るような言説が出てくることも十分想像できます。現状打破志向の興味深いところは、それがいかなる方向であるかを問う前に、変化を望むことです。 日本では、とりわけ年長世代にこの傾向が顕著であり、良くも悪くも彼らがこの社会を作ってきたにもかかわらず、60代や70代の有権者がその場の感情に従って選挙に風を吹かせる可能性が高いのです。なぜそう考えるかというと、現状に満足しておらず変化を望む有権者の層が、ある一定の明確な政策の方向性を示しているというわけではないからです。危機が課題を先鋭化させる その結果、自民党の弱さが顕在化し、変化が起こるとすれば、おそらくよく考え抜かれた結果の政策転換ではなくて、情動的なものになることでしょう。 そうすると、現状の継続にせよ、変化にせよ、日本政治に希望はないのか、という話になります。もちろん、私もそう思いたくはありません。もし日本社会に希望があるとすれば、合理性に基づき、社会的課題と経済成長戦略を結び付けた政策が本格的に出てくるときでしょう。 安倍政権が唯一この分野で力を発揮したのは、「ウーマノミクス」と呼ばれた女性の活躍推進と経済成長の相乗効果です。しかし、現在コロナ禍で非正規雇用の女性は再び雇用調整の対象となり、労働人口そのものが大幅に減ってしまいました。自粛政策で、男女の格差は少なくとも一時的には拡大したわけです。 同時に、コロナ禍による経済的打撃によって、若年層にしわ寄せが集まっています。今の若い世代が、就職氷河期の上の世代と同様にロストジェネレーション化することは目に見えています。 経済復興の過程は、取り組むべき本質的な課題に対処するチャンスでもあります。未来志向の社会的課題と経済成長を結び付ける分野の一つが、環境問題です。日本では諸外国ほど意識されていませんが、アフターコロナを論じる上で、環境問題は第5世代(5G)移動通信網の普及などIT化のための投資と並んで重視されています。 コロナの恐怖が世界を覆う前、グローバル社会の最大の課題は気候変動だったことを思い出してください。感染症を契機として、自然に干渉する人間の生活を見直したいという欲求は、先進国を中心に加速するでしょう。 実際、人間の活動が停滞したことで、地球環境には目覚ましい変化が現れました。観光客がいなくなったベネチアの運河は青く澄み、魚が戻ってきたといいます。二階俊博幹事長との会談を終え記者団の質問に答える自民党の石破茂元幹事長=2020年6月8日(春名中撮影) 復興で活発な公共投資が求められる中、少なくとも先進国は20世紀型の化石燃料を燃やし続けるような経済には投資しないでしょう。そうした先進国主導の流れは、先進国市場へのアクセスが重要な新興国にも波及していくことでしょう。 善きにつけ悪しきにつけ、危機は社会的課題を先鋭化させます。今だからこそ、政治は社会的課題に本格的に取り組むことを旗印にすべきであるし、それを経済成長と矛盾のない形で示すことのできる政党が評価されるのだろうと思います。

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    残る橋下時代の悪弊、維新支持率アップを導いた吉村洋文の政治手法

    のときに安倍内閣の対比として使えそうな素材だったのが、与党なのか野党なのかよく分からない、維新という政党所属の知事だった。 しかも、大阪という立地で取り上げやすく、何だかマスコミに結構サービスしてくれる。北海道の鈴木直道知事に次ぐ若さという話題性もある。素晴らしい条件がそろっていた。 吉村氏が取り上げられた結果、低迷が続いた維新の支持率は急上昇した。5月上旬に行われた共同通信や毎日新聞などの世論調査では立憲民主党を抑え、野党支持率でトップに躍り出た。共同の最新の世論調査でも、依然として野党トップの支持率となっている。特段何もしていない国政政党である維新にしては、かなりの奮闘ぶりである。 しかし、維新の国会議員は今回の吉村氏の飛躍を複雑な気持ちで見ている。支持率の上昇で、このままいけば次回の衆院選で当選する確率も上がるから、普通なら喜べる話のはずだ。だが、母体の地域政党、大阪維新の会所属の地方議員らにまたグチグチ嫌みを言われるのである。 「お前らは俺らのおかげで国会議員になれてんや。感謝しろよ、感謝ってなんか分かるか?」という具合だ。他の政党ではなかなかお目にかかれない、どす黒い話である。記者会見する大阪府の吉村洋文知事=2020年5月20日大阪府庁(前川純一郎撮影) 最後に、私の想像する吉村氏の胸中を披露しよう。 「このまま松井さんを上手に転がして、ゆくゆくは自分が代表に就任。途中で引きずりおろされた国会議員に返り咲き、総理大臣になってやる。橋下さんができなかったゴールにたどり着くぞ」 まぁ、しょせん野党で世襲議員でもない吉村氏が首相になれる可能性はほぼゼロなのだが、政治家とは自分に甘く、夢見がちな人間が多いので、案外私の想像もはずれていないかもしれない(笑)。

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    新型コロナ「パニック」の日本に必要な議論はこれしかない

    今の政治の流行は、地方自治体の財政悪化を理由に公務員を削減することだ。市民が公務員削減を公約に掲げる政党を無条件で評価する傾向があるので致し方ないのだが、今やいわゆる「先進国」とされている国々の中でも、日本の一般政府雇用者比率はかなりの低水準だ。 私は議員時代から多くの公務員の皆さんと近しく接してきたが「公務員の給料は私たちが出しているんだぞ、税金泥棒め」などと、まったくいわれのない罵声を要求が通らなかった市民から理不尽に浴びせられるそうだ。それでいて、市民のために一生懸命に尽くされている方も多い。せめて公務員の数を国際的な平均水準にし、緊急時にも国民がある程度安心して生活を送れるように福祉を前進させるべきだ。 このような環境下ゆえに、新型コロナウイルス対策はすべてが後手後手の様相を呈しており、ついに政府は被害拡大による国民の不満をなだめるため「8330円支給! いや、一律2万円支給!」などとバラマキ作戦を提案し出した。もちろん、国民にとって給付金支給は単純にうれしいのだが、根本的な解決にはつながらない。それ以前に免疫力が低下する高齢者への対応を至急充実させるなど、行うべきことは山積みなのだ。外出自粛ムードの中、公園で散歩する高齢者ら=3月17日、大阪市東住吉区の長居公園(前川純一郎撮影) 北欧の福祉体制を目指す体力は今の日本には到底ないにしても、「大きな政府」と「小さな政府」のどの辺りを目指すのか議論しつつ、所得や資産が少ない人にもう少し寄り添う「大きな政府」を視野に入れてもいいのではないだろうか。私は、政治家が「予算が足りない!」と大騒ぎし安易に公務員を削減する前に、むしろ国会議員を半分にすべきだと思っている(半分くらいは特筆すべき働きが伝わってこないので)。 季節も徐々に春めいてきた。新型コロナウイルスの被害は永遠ではない。政治家も含めた国民が冷静な判断で行動し、一刻も早い終息を実現していきたいものだ。

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    社会常識もかすむ「いつまでも桜を見る会」には、お気の毒です

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 会員制交流サイト(SNS)を使って発信する国会議員は多いが、「社会常識的にどうなのか?」と疑問に思う発言も多い。最近の動きとしては、やはり「反安倍」に取りつかれたような発言が目立つ。 一例として、立憲民主党の阿部知子衆院議員のツイートを挙げよう。「加計学園は当初の華々しい売り込みに見合う体制を備えていない。そのことを質すと、まだ開設後二年で学生教育中と答弁したが、そもそも開設にあたって他の大学との連携や研究体制、取り分け医療との連携は不可欠で、ウイルスの分離や動物界での変異を追うことも必要である。国家戦略に見合う実態不在」というものだ。 獣医学部なら他にも多くあるのだが、阿部氏が学校法人加計学園(岡山市)をことさら問題視しているのは、いわゆる森友・加計学園問題を蒸し返したい政治的思惑もあるのかもしれない。ただ、まだ開学して2年の大学だけに批判を集中させるのは適切ではない。 そもそも、それほど新しい獣医学部に国家戦略的な観点から期待するならば、民主党政権の時代に獣医学部の新設認可を積極的に進めるべきだったのではないか。このように指摘すると、「立憲民主党と民主党政権は違う」というのが同党の公式発言だが、私見ではこれほど政治的に無責任な姿勢はないと思っている。 「反安倍ありき」のような国会議員の態度は、別に野党だけのことではない。最近では、「文春オンライン」に掲載された自民党の石破茂元幹事長の発言にも見受けられる。 「“ポスト安倍”支持率1位」だそうだが、石破氏はそのインタビューで首相主催の「桜を見る会」について、安倍晋三首相が率直に丁寧に謝罪すれば、これほど批判が拡大しなかった、ともっともらしい発言をしている。ただ、安倍首相は国会で、「桜を見る会」に対し国民が疑念を抱いたことを率直に謝罪している。新年を迎え、万歳する自民党の石破元幹事長=2020年1月1日、鳥取市 石破氏の「ポスト安倍」としての人気は、私見では反安倍勢力から大きな支持を得ている。自民党支持層よりも、むしろ野党支持層での人気が高そうだ。 反安倍の姿勢は、彼の人気を支える層に強くアピールするだろう。それだけの話なのだが、石破氏の発言に代表されるように「桜を見る会」の話題は全く収まることはない。規模拡大は反省すべきだが… インターネット上でのまとめでは、1月27日から30日までの予算委員会で立憲民主党の質疑時間に占める「桜を見る会」関係の割合が6割に迫るものだったとしている。対して、新型コロナウイルス問題はわずか1%ほどだった。その他の話題も、カジノを中心とした統合型リゾート施設(IR)関連などが占めたという。 日本共産党の「桜を見る会」関係の質問の割合も極めて高く、野党の中でも抜きんでているようだ。一方で、国民民主党や日本維新の会などは全体の1割程度に収まっているという。このネットのまとめが正しいとすれば、立憲民主党と日本共産党の「桜傾斜」はかなりのものだろう。 それほどまでしてこの問題を追及する必要があるのか、という疑問が湧くのは当然だ。新型コロナウイルス問題もそうだが、現在の日本経済の落ち込みを今の予算規模で支えることができるのか、中国の習近平国家主席の国賓待遇での訪日が必要か、中国の領海侵入についての危機共有、東京電力福島第1原発内の汚染処理水問題など、議論すべき点は多い。 だが、このような当然の疑問も、反安倍勢力の前では通じない。毎日新聞の記者たちは、こうした疑問の声を「『いつまでモリカケ』論」と呼んで批判している(毎日新聞「桜を見る会」取材班『汚れた桜』)。 彼らの論法では、「桜を見る会」に安倍首相の私物化疑惑があるならば、会が税金で運営されている以上、疑惑がある限り追及するのが当然となる。一見すると正しいようだが、「桜を見る会」への「疑惑」が果たして国会の質疑時間を大きく割くほどの重大なものかどうかは別問題だ。 既に「桜を見る会」については以前連載でいくつかの論点を挙げて分析してきた。掲載から2カ月ほど経過するが、基本的な論点は変わらない。ぜひ読者にはこの論考を参照いただきたい。「桜を見る会」を巡る問題を追及する野党合同ヒアリングで、配られた内閣府の資料=2020年1月23日 ただ、いくつか新事実も明らかになったので紹介しておこう。あらかじめ結論を書けば、「桜を見る会」の規模が、年々拡大したこと自体は反省すべきである。実際に運用などを政府が見直すことになっている。本当であれば、この時点でほぼ問題は終わるが、そんなことを許さないのが反安倍勢力である。 後援会の人間が多く呼ばれた点は反省すべき点があるだろう。ただし、安倍政権だけが後援会や「議員枠」などで招待客を募っていたわけではない。民主党政権下含む歴代の内閣が同じことを行っていた。社会常識さえかすむ? 夕刊フジの取材によると、民主党の菅直人政権時代の「桜を見る会」では、当時の滝実(まこと)総務委員長名で、民主党所属の国会議員にメールが送られていた。「『桜を見る会』へのご招待名簿の提出について」と題された文書は、後援者や支援団体の幹部などの招待を促す内容だった。現在の野党や先の毎日新聞のような一部メディアが問題にするような「私物化」とは、かなり異なる印象だ。 つまり、後援会をはじめとする支持者を招くことは、おそらく民主党政権時代においても、以前からの慣例なのだ。その時点では問題にならなかったのに、今回だけ異様に批判されている。 しかも、見直しを政府が表明しても「私物化」疑惑が終わることがない。疑惑追及の延長で、会合参加者の名簿提出を野党などは要求しているようだが、政治的な思惑が優先してしまい、個人情報の悪用の方がむしろ心配になるほどである。 さらに「桜を見る会」の安倍事務所主催の後援者向け夕食会(前夜祭)がいまだに問題となっている。この件については、5千円の価格設定も不思議ではないことや、ホテル側が参加者に発行した領収書が存在し、マスコミを通じて領収書の画像もわれわれは確認することができるが、特段おかしな点はない。 ホテル側が明細書を出さなかった点も、ホテル側との信頼関係などで出さないことはあるだろう。政治資金収支報告書にこの夕食会の収支記載がないことも、単に安倍事務所は「仲介者」(仲介手数料もない)でしかなく、ホテル側と参加者との契約関係にしかすぎない。そのため、金銭のやり取りがなければ、政治資金収支報告書に掲載する必要性もない。 ところが、このホテル側と参加者が契約関係にある、という点に疑問を投じる反安倍系の識者たちがいる。「参加者が個人的にホテルと契約」という点をあざ笑うような指摘があったのである。 正直、社会常識さえ反安倍の前にはかすむのだろうか。いちいち契約書面などは書かないが、われわれの社会行動で契約はありきたりのものである。記者に囲まれ「桜を見る会」を巡る質問に答える安倍首相=2020年11月、首相官邸 例えば、切符を買うことは、電車に乗る行為を鉄道会社と利用客が双方合意して締結している。これと前夜祭のホテルと参加者の関係も全く同じである(山形浩生氏の例示から引用)。 なぜ、この点が反安倍系の識者たちのあざ笑う対象になるのか、全く理解できない。おそらく、それほどまでに反安倍というイデオロギーというか、認知バイアスが強いのだろう。哀れむべき現象と言わざるを得ない。

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    「なんもしない人」安倍晋三、史上最長政権に押される烙印

    「アベノシンジャーズ」を増長させてきた。安倍さん以外に誰がいるのか? 自民党の他に政権担当能力がある政党があるのか? 確かにその通りなのだが、安倍内閣や自民党が、それほど威張れるほど能力があると思っている時点で、「アベノシンジャーズ」は度し難い。参院選で自民党の支持を訴え演説する安倍晋三首相=2019年7月、東京都千代田区(古厩正樹撮影) では「野党」よりマシだとして、自民党にいかほどの政権能力があるのか。 かつての民主党は、官僚の言いなりになってはいけないことだけは分かっていた。「だけ」は。一方の自民党は、官僚の振り付けで踊る能力だけはある。選挙で選んだ政治家が官僚の言いなりなら、選挙などやめてしまえばよいではないか。選挙がある限り、官僚は責任を国民に押し付けた上で、やりたい放題ができる。自分は陰に隠れて、権力を振るうだけでよい。選挙が忙しくて政治の勉強をする暇がない政治家を、洗脳してしまえばよいだけだ。 自民党の政治家は、朝から晩まで勉強している。涙ぐましいほど勉強している。料亭で夜な夜な会合を重ねるなど、政局が近いときの幹部くらいだろう。大半の自民党議員は、絶望的なまでに熱心に、勉強をしている。 何が絶望的なのか。自民党議員の勉強とは、何か。「官僚から情報を貰うこと」である。官僚とは、絶対にポジショントークから逃れられない生き物である。自分の所属する官庁の立場から離れたら、それは官僚ではない。 例えば、である。今は知らないが、少し前までの財務省は、内部では上司部下関係なく、対等の議論が許された。ただし、外部に対しては、組織で決まった結論以外を出してはならない。だから、「内部では消費増税に反対している官僚が、政治家に対する説得工作で増税を熱弁する」ということも、あり得る。そういう場合、政治家が「官僚の言うことだから正しい」と最初から信じ込んでいたらどうなるか。マヌケ議論ばかりの自民党 そもそも、自民党は官僚機構をシンクタンクとして活用している。この時点で、根本的に間違っている。シンクタンクとは、官僚機構に対抗する知見を政治家が身に付けるために存在するのだ。自民党には、「官僚と会う前に、頭を作っておく」という発想がない。 たとえ話をしよう。東京から新幹線で岡山駅に行くとする。東京駅から、東海道新幹線に乗れば一本だ。だが、今は上野駅にいる。ならば、山手線なり、京浜東北線で東京駅に向かえばよい。ところが、東北新幹線に乗るべきか、はたまた常磐線に乗るべきかを議論している。 常にマヌケな議論をしているのが、自民党だ。 平成の30年間は不況で暮れた。不況を克服しなければならない。これは自民党全員の総意だ。どこまで真面目かの温度差はあるが、建前として景気回復などしなくてよいと言い切れる自民党政治家はいない。そうした自民党がとった施策は三つだ。消費増税、財政出動、金融緩和だ。 増税をした政権は竹下登、橋本龍太郎。岡山県に行くのに、東北新幹線に乗ったようなものだ。景気回復から劇的に遠のいた。財政出動をした政権は、小渕恵三と麻生太郎。山手線をぐるぐる回っていただけだ。ついぞ東京駅で乗り換えることはなかった。金融緩和をした政権は、小泉純一郎。こだま号で西に向かったが、名古屋あたりで列車を止めてしまった。 第2次安倍政権は、この三つすべてをやっている。最初は「黒田バズーカ」で一気にのぞみ号にのって品川まで来たが、突如として山手線に乗り換え東北新幹線に乗るがごとく消費増税8%を断行した。思い直して東京駅まで戻ってきたが、必死の全力疾走を続けて、ようやく新横浜駅までたどりついたにすぎない。そして、またもや10%の増税である。日本経済は、再び戻って「ただいま品川駅で停車中」というところか。参院予算委員会で安倍晋三首相(左)に質問する立憲民主の福山哲郎幹事長(右)=2019年11月、参院第1委員会室(春名中撮影) 何をやっているのか? 確かに民主党に任せておけば東京駅に爆弾を仕掛けかねないが、では自民党に政権担当能力があると言えるのか? いずれも、合格最低点を切った政治にすぎない。安倍政治とは、よりマシな政治でしかないのだ。 証拠を上げよう。絶望的なまでに、実績がない。先の参議院選挙でも「民主党の悪夢に戻っていいのか」と絶叫していたが、本当にそれしかないのだろう。野党は体制の一部 安倍政権と比較するのも失礼だが、これまでの史上最長政権だった桂太郎内閣の業績は目覚ましい。第1次内閣で日英同盟と日露戦争の勝利、第2次内閣で日韓併合と条約改正の達成である。どれか一つでも歴史に残る偉業だが、桂その人は「第2次内閣の実績は第1次に劣る」と、厳しく自己評価していたほどだ。 戦前の偉大な政治家と比較するのは、安倍に酷だとしよう。では、戦後の首相と比べるとどうか。◎吉田 茂…サンフランシスコ条約。占領下にあった状態から、独立を回復◎鳩山一郎…日ソ共同宣言。シベリアに抑留されていた50万人の日本人を奪還◎岸 信介…日米安保条約。完全な軍事的従属関係を脱却◎池田勇人…高度経済成長。日本国の指針を確立◎佐藤栄作…小笠原、沖縄返還。戦争で奪われた領土を奪還 いずれも、教科書に残る事績と評価してよい。 さて、安倍内閣には何が残るか? 景気は緩やかな回復軌道にあった。オバマ民主党だろうがトランプ共和党だろうが、アメリカとの友好関係を維持している。 だから、どうした? 安倍も気にしているのか、ときどき思い出づくりを試みる。憲法改正、北朝鮮拉致被害者奪還、北方領土交渉。だが、いずれも官僚が敷いたレールの上を走る行政ではなく、道なき道に自ら道を作るべき政治課題だ。官僚が差し出す時刻表、しかも絶対に目的地に着かない時刻表を眺めているだけの総理大臣に何ができるか。 安倍内閣は、「野党」よりマシなだけだと自白している。よりマシな政治家を選べば、安倍自民党内閣にならざるをえなかった。 だが、「野党」が本当に野党だったのか。 再び問う。海江田、岡田、蓮舫、枝野が一度でも安倍内閣を潰しにいったのか? むしろ最初から政権を担う気などなく、無責任な立場で言いたい放題を言える野党第一党の維持こそが目的だったのではないか。 この人たちは野党ではなく、体制補完勢力、すなわち体制の一部ではなかったのか。さも選挙を行い、「安倍か野党か」と選択肢が二つあるように思わせる。しかし、実際は一択だ。消費増税の問題一つとっても、野党も増税賛成だ。 かつても長期政権で腐敗した時代があった。官僚を従える桂が、衆議院で万年第一党の立憲政友会と談合して、政権を独占していた。しかし、桂は政争に敗れて憤死、政友会の増長が甚だしかった。これに、引退していた元老の井上馨が激昂、鉄槌を下して政友会を結党以来初の第二党に叩き落したことがある。国民は熱狂的に支持した。首相時代の桂太郎 史上最長政権となった以上、安倍は歴史の法廷で被告人となる覚悟をした方がよいだろう。(文中一部敬称略)

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    「N国」が日本の政治をぶっ壊す⁉

    が勢いづいている。これまでの選挙戦ではメディアから「泡沫候補」扱いされたが、先の参院選で議席を獲得、政党要件まで満たし、一定の地位を確立しつつある。ユーチューブを駆使した戦略に戦々恐々の既成政党。立花氏がぶっ壊すのはNHKより、日本の政治かもしれない。

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    「NHK経理から国会議員へ」私が見た立花孝志のしたたかな転身術

    運動をしてくれたり、自分の支援者に投票を頼んでくれたりする、地元の議員がいることが必要だ。これが既成政党の強みだ。逆もまたしかりで、地元議員の選挙のときは国会議員が応援をする。それでも看板として大物政治家や有名人がいればメディアが取り上げ、選挙運動をあまりしなくても当選することもありうる。 また、選挙というのはお金がかかる。まず、供託金。地方議員なら60万円、都道府県知事、国会議員なら300万円、比例枠では600万円かかる。その金は、当選か、かなりの善戦をしなければ没収される新人にとっては事実上の捨て金だ。会見する、NHKから国民を守る党の立花孝志代表(中央右)=2019年7月1日、東京都新宿区の都庁(宮崎瑞穂撮影) 立花氏は、この3バンを一人で短期間に集めた。2016年の東京都知事選で、秋葉原で街頭演説をする立花氏を見た。そのときは、スタッフは一人か二人で、誰も立ち止まる人はなかった。けれども、今春の統一地方選ではN国の党員を募って、大都市圏を中心に47の自治体で候補を擁立、26人を当選させた。そして、彼らを先の参院選の選挙運動のスタッフとした。選挙は主張のためのツール 横浜駅でN国の参院選の街頭演説を見たが、20人近いスタッフがそろいのジャンパーを着てビラを配っており、存在感を増していた。参院選の選挙資金は、ユーチューブを通じて一口300万円、年利15%の借金で集めたという。 誰にも知られている、というほどの知名度はなかったが、選挙戦術で補った。それは、参院選において、なるべく多くの選挙区に「かかし」と言われる候補を立てることだ。選挙区の候補は公設掲示板にポスターを貼ることができる。このポスターで「NHKをぶっ壊す。NHKスクランブル放送の実現。NHK受信料を払わない人を応援します」とシンプルな主張を訴えた。ワンイシューの主張は分かりやすい。 さらに、政見放送を最大限に使った。氏は政見放送の冒頭で「NHK職員による不倫路上カーセックス」というスキャンダルを話した。後半は、ポスターに書いたと同じ主張である。全国の「かかし」候補たちも同じ主張を行った。中には「既得権にあぐらをかくな、バカヤロー」とだけ連呼する候補者もいた、賛否両論だが、存在も知られない新党も多い中、注目をひいて党名が知られたことは間違いない。 「参院選か知事選に出れば、政見放送で6分間、自分の主張ができる、ラジオや再放送を含めると30分になる。新聞の選挙公報も配ってもらえる。コマーシャル代に換算したら一億なんかじゃきかない。NHKプライムタイムの広域放送で30分主張できると思えば、供託金の300万円はお得だ」(立花氏) 荒唐無稽な言い分に見える。だが、実際、政党が全国紙に広告を出せば、3段抜きの広告だけで300万円近くかかる。購読者は数百万人、NHKの政見放送は視聴率2~5%、視聴者200万~500万人。確かに政見放送は効率がいいのである。マスコミ出身者ならではの、合理的な発想である。  露出が増えれば、たとえ落選してもユーチューブの視聴者が増える。氏は「選挙は主張のためのツールだ」とさえ言う。  こうして立花氏は当選。N国も選挙区での得票が2%を超え、法的に認められる「政党」となった。「どうせ政治は変わらない」「議員は二世か官僚ばかり」という、国会議員への高い参入障壁をも「ぶっ壊した」のだ。比例代表で当選が決まり、笑顔で記者会見する政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志代表=2019年7月22日、東京・赤坂 今後、氏が本当に「NHKをぶっ壊す」のか、それとも、これまでしてきたように、既存の閉塞状況をぶっ壊し、新しい価値を創造していくのか、注目していきたい。■政見放送でバズるしかなかった「マイナー新党」候補の独白■自民党が参院選でついに「煽り」に出た理由■船田元手記「憲法改正の議論は波静かな時にしか進まない」

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    一票に貴賤なし、されど言いたい徒党「N国」を支持した人たちへ

    る党」(以下N国)の立花孝志氏が当選し、N国は国政において初の1議席を確保しました。また、選挙区では政党要件の2%を上回る3・2%を得票したことにより、N国は政党助成金を受け取る政党と認められました。 このニュースを知ったとき、私は「冗談もいい加減にしてくれ」という気持ちになりました。そしてこれが冗談ではないと知ったとき、膝から崩れ落ちそうになる脱力感に見舞われ、日本の大衆の投票行動に対して暗澹(あんたん)たる絶望感を持つことになりました。 もちろん1票は1票です。投票に貴賤はありません。どんな形であれ、国民から信任を得て選ばれた人物を批判するのは、民主主義としてフェアじゃないことぐらい私も理解していますが、あえて言わせてください。立花氏は明らかにNHKに対する私怨と私憤にまみれただけのいわゆる「泡沫候補」です。そんな彼に投票した有権者に疑問を抱かざるを得ません。 N国の政見放送を見た人もいるかと思いますが、ひたすら「NHKをぶっ壊す!」と連呼し、NHK内部の不倫や不祥事をあげつらうだけ。まるでマンガみたいでした。立花氏はユーチューバーとしても有名ですが、NHKの受信料を拒否すべきだ、スクランブル(契約者だけが視聴できる)放送にすべきだ、という主張以外に何一つ日本の政策について語っていません。 国会議員を目指すのなら日本の国のあり方について、税制・財政、外交・安全保障、福祉・教育など何かしら政策を持ち、その考えを国民に問いかけるべきです。そしてその政策に基づいて議員になった曉(あかつき)には、考えを実行に移すべきです。それが保守であろうがリベラルであろうが、政治家としての当然の要件だと私は思っています。 N国は政党要件を満たしたかもしれませんが、立花氏は政治家として最低限の要件を満たしていない、そもそも政治家になる資格のない人物だと言わざるを得ないでしょう。自民党に対しては「NHKをスクランブル放送にしてくれるのなら、憲法改正に賛成する」と持ちかけているようですが、この人物にとっては憲法よりも受信料問題の方が重要だということになります。まったくあきれ返ります。比例代表で当選が決まり、支援者と喜ぶ立花孝志代表(中央)=2019年7月、東京・赤坂 ユーチューバーとしての立花氏の言動は、彼がNHKを内部告発して退職し、受信料不払い運動家として一人で情報発信を始めたころから知っています。頑(かたく)なまでのNHK批判と受信料不払い運動の徹底ぶりには、エキセントリックな狂気を感じ、私はふざけ半分で時々見ていました。私には彼が自分の辞めた組織に対して、別れた女房に対する逆恨みの感情を抱いているような、奇妙な印象をもたらしました。 一時期は「日本文化チャンネル桜」のネット放送に出演し、チャンネル桜の反韓・反中の思想に基づく受信料不払い訴訟に足並みを揃えているかのように見えたときもありました。この人物はアングラ右翼系なのかな、と私は思いましたが、やがて訴訟が失敗に終わると、立花氏はチャンネル桜の反韓・反中の活動には興味を示さなくなりました。彼にとっての興味の対象は、あくまで組織としてのNHKに対する復讐であり、受信料問題のみに集中していくのです。たかがテレビの話 NHKについては、私もiRONNAや自分のブログで散々書いてきましたし、NHKのあり方について、あるいは受信料制度について賛否両論あるのは知っています。私もNHK擁護一辺倒ではなく、最近はNHKのあり方に対して批判的な記事も書いています。 世の中にはNHKを見ない人、NHKが嫌いな人が一定割合いるのは知っています。それはむしろ当然のことであり、世の中が健全な証拠です。日本中の人が一人残らずNHKの信奉者だったら、それはそれで文化の多様性という観点から見て気持ちの悪い状態でしょう。 番組の一本一本についても、あるものは左翼的だと非難され、あるものは右翼的だと非難され、さまざまな世間の批判にさらされながら動的なバランスをとっているとしたら、それはNHKのあり方として間違っていないと思います。私もNHKで働いていた頃には、このような番組を放送するなら受信料を払わないぞ、とお叱りの声を受けることが、右派からも左派からも数えきれずありました。 NHKを見ない人が世の中に一定割合存在するのと同様に、受信料を払いたくない人が一定割合いることも当然のことでしょう。NHKを見ないから受信料を払わない人、NHKを見るけど受信料を払わない人、払いたくないけど義務だからしぶしぶ払っている人。さまざまな人がいると思います。自ら進んで、喜んで受信料を支払っている人は、むしろ少数派かもしれません。誰だって無料ならその方がありがたいと思うでしょう。 そんな中でNHKを見ず受信料を払わない人が、国民の中に一定割合存在することと、その一定割合の人の投票行動が、国政選挙での票数に結びつくこととは、無関係だと今まで私は思っていました。受信料問題はたかがテレビの話に過ぎないし、月に2千円程度の話。国政はもっと大きな年金や税金、外交や安全保障といった重要な話。全く次元の違うこれら二つが、同じ土俵で扱われるとは、よもや思ってもみませんでした。 立花氏は国民の中に一定割合存在するNHK嫌いな人の数を、そのまま国政選挙の票数に結びつけ、受信料問題と国政を同じテーブルに乗せるという、とんでもないことをやらかしたのです。それにまんまと引っかかった有権者が、これまた一定割合存在したというのが、ことの本質でしょう。 NHK嫌いな人の割合×引っかかった人の割合=0・03、という計算になります。NHK放送センター=東京都渋谷区(古厩正樹撮影) 先の参院選には、N国と並んで、佐野秀光氏が代表の「安楽死制度を考える会」という政治団体がポスターで目立っていて、ぎょっとしました。これもまた国民の中に一定割合存在する、安楽死を願う人の票をピンポイントで集めようとする作戦だったと思われます。佐野氏は前回「支持政党なし」という意表を突いた名称で届け出た人物です。 この安楽死には幸いなことに引っかかる人は少なく、議席獲得にはつながりませんでしたが、立花氏のN国も五十歩百歩です。どちらも政策を持たず、矮小化した身近な話題に論点を絞ることで票を集めようとする団体であることに変わりはありません。支離滅裂な徒党 有権者も軽く見られたものです。もっと賢くなってもらいたいです。せめて公式ウェブサイトくらいは見て、税制・財政、外交・安全保障、福祉・教育、これらに関する主義主張がちゃんと書かれているか、それが自分の望む政策と一致するか、それくらいは考えましょう。これらの政策が一切書かれていないN国のような政党に投票するとは、有権者はいったいどんな神経をしているのかと疑いたくなります。 小さな政党、新しく奇抜な政党だからダメだというわけではありません。最も重要な国の政策が何も存在しない政党だからダメなのです。NHKから受信料を取られなくなったからといって、あるいは安楽死制度が認められるようになったからといって、それだけで私たちの暮らしのさまざまな問題が根本から解決するわけがないでしょう。 小さく新しい政党でも、山本太郎氏が代表の「れいわ新選組」のように、財政をきちんと試算した政策を打ち出している政党は、一部の知識人の間で評価されていました。消費税撤廃という奇抜な政策でも、それがもたらす経済効果、失われる財源と補完する所得税・法人税のあり方まで計算されていて、その是非はともかく国政レベルの政策を訴えていたからです。 大きな政党の場合、政策をきちんと打ち出しているつもりでも、逆にそれが概念的になりすぎたり、抽象的になりすぎたりして、国民にピンと響き伝わることがないケースもあるようです。そんな既成政党の選挙戦の隙間を縫って、N国のように卑近な論点の政党が入り込んでしまったのだと言えるでしょう。 立花氏は7月29日には、北方領土を武力で取り戻すと発言して維新の会を除名になり与野党から議員辞職勧告を受けている丸山穂高衆院議員を受け入れたり、翌日30日には元行政改革大臣の渡辺喜美参議院議員と新会派「みんなの党」を結成したりと、支離滅裂な徒党を組んで党の勢力拡大を図っているようですが、N国は元々が政策のない党だっただけに期待は全く持てません。 渡辺氏も5年前にみんなの党を解党して以来、何があったのか分かりませんが、このような数合わせに走るとは、渡辺氏も焼きが回ったものだと言わざるをえないでしょう。渡辺氏ほどの大物議員ですから、あるいはこんな素行の悪い議員でも配下に収めて、駒として使おうという考えかもしれませんが、参議院最低の徒党であることは間違いありません。新会派結成を発表しNHKから国民を守る党の立花孝志代表(左)と握手する渡辺喜美参院議員=2019年7月、参院議員会館(萩原悠久人撮影) 投票率が過去2番目に低かった参院選。本命は次の衆院選です。衆院選は小選挙区制ですから参院選のような党名トリックは使えませんが、大局を左右する衆院選でも「分かりやすさ」は肝になると思われます。国民がより賢くなる必要があるのはもちろんのこと、各政党も自分たちの政策を分かりやすく国民に示し、論点をより明確にして具体的にアピールする工夫が求められているのだと、改めて思い知らされた参院選でした。■ 松井一郎さん、いっそ維新も「N国」と組んだらいかが?■ 豪雨報道より『鶴瓶の乾杯』を優先した首都圏NHKが嘆かわしい■ 元おじゃる丸声優、小西寛子手記「私を降板させたNHKに告ぐ!」

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    「ネットの申し子」N国のNHK改革がなんだか物足りない

    山田肇(東洋大名誉教授) マスメディアを通じてしか意見が発信できなかった時代ではフィルタされた極論も、インターネットを通じて容易に拡散できるようになった。極論に共鳴する人はごく限られるが、1万人の「信者」から1万円の「寄進」を集めれば年商1億円になるというように、極論を主張し続けても生活ができる時代になった。 政見動画をユーチューブにアップするなど、「NHKから国民を守る党」(N国)もネットを利用した。その結果、「NHKは安倍政権にべったり」と批判する左派、「NHKは韓国の主張を垂れ流している」という右派、「NHKは見ない」という人々など、およそ100万票の支持を集めて、N国の立花孝志党首が先の参院選で当選した。どんな意見でも拡散できるネット時代を象徴する出来事と言えよう。 当選後も、N国は勢力拡大に努めている。野合としか評しようはないが、勢力拡大はマスメディアとネットを通じての情報拡散に結びつき、さらに支持者を集める可能性を生む。 立花氏はネットの時代を見事に利用している。そんなN国だが、彼らの主張は評価に値するのだろうか。 1923年に発生した関東大震災がきっかけとなり、情報をいち早く国民に伝達するため1925年にラジオ放送がスタートした。これがNHKの始まりである。 放送の「放」の字は「放り出す」を意味し、放り出されるからこそ広く多数の国民が受け取れる。N国が主張する、契約者だけが見られるようにする「スクランブル化」は放送の根源的な意義を否定する。 国会でもNHKのあり方に関する議論が始まるだろうが、スクランブル化の是非にとどめるのは適切ではない。将来を見通し、公共放送のあり方を考えるべきだ。NHK放送センター=2019年4月、東京都渋谷区(古厩正樹撮影) そもそも、放送法は公共の福祉のために豊かで良い放送を行うことをNHKの目的としている。ならば公共放送として何を放送するべきか。スクランブル化の「逆効果」 NHKは、災害時の情報提供や「紅白歌合戦」などの通常番組に加えて、「教育番組や福祉番組、古典芸能番組など、市場性や視聴率だけでは計ることの出来ない番組も数多く放送しています」と説明している。教育番組や福祉番組、古典芸能番組と並べても「そんなの見ないよ」の大合唱が起きそうだ。 民間放送(民放)では提供できない番組は他にもある。例えば、地域情報を報道する番組がそうだ。NHKには宇都宮放送局があるが、関東広域圏の民放は栃木県の情報をめったに放送しない。NHKには中国地方各県の情報をまとめて提供する番組があるが、広島県の民放は隣接県の情報を流さない。地域情報を報道することは地域活性化のために意義深い。 そして、外国人への番組も必要だ。海外向け放送もそうだが、緊急避難情報など国内にいる外国人向けの報道が求められる場合もある。マイナースポーツもNHKしか放送しないが、偶然に放送を見て「僕も始めよう」と考える子供が出るかもしれない。 放送は大きく報道・教育・教養・娯楽・その他で編成されるが、NHKは報道や教育の比重が民放より高く、その一方、民放で多く放送されるワイドショーは報道番組とは言い難い。 要するに、NHKには民放にない番組がある。スクランブル化すると収益を得るために市場性や視聴率が重視されるようになり、報道や教育の比重が下がる恐れがある。 こうした現状の中、ほとんど全ての家庭にテレビがあるのに、NHKに受信料を払い契約している世帯は8割程度で、およそ2割は受信料を支払っていない。この2割から受信料を得るために働く集金人が多くのトラブルを起こし、N国の議席獲得の要因にもなった。 公共放送を維持するには他の方法もある。受信料制度のままでも支払いを義務化し、拒否者からは罰金を取るようにすればよい。英BBCのテレビセンター(ゲッティイメージズ) 英国にはこの制度がある。国営化も一つの考え方だろう。灯台や図書館など、公共の福祉のための施設は税金で運用されている。図書館など行かないという人の税金も投入されているように、NHKなど見ないという人の税金も回せば公共放送は維持できる。これでスクランブル化はいらない フランスには国営放送があるが、戦意高揚放送といった戦前の反省から日本は避けてきた。しかし、今では多数の民放もネット放送もあり、会員制交流サイト(SNS)を通じての情報受発信も活発である。NHKが国営化されて政府寄りの放送になっても、逆方向での情報提供は十分に可能になった。 もちろん、NHKが公共放送の目的を果たしているか、過剰に政府寄りになっていないかは監督する必要がある。その役割は国会が担えばよい。 こうして、国営化で受信料を払っている人と拒否者の間の不公平は解消される。NHKの番組が税金で制作されるのであれば、全ての国民にはそれを見る権利がある。図書館に誰でも入館できるのと同じだ。 そうすれば、もちろんスクランブル化など一切不要になる。テレビを持つ人にもスマートフォンで見る人にも分け隔てなく番組が提供されるべきだし、これは過去番組も同様である。ネット配信に関する規制は国営化を機会に廃止すべきだろう。 市場性や視聴率を重視する民放では少ない報道・教育番組などに、NHKは番組編成を特化すべきだ。大河ドラマや『チコちゃんに叱られる!』は民放に移せばよい。民放がそれぞれ長時間の歌番組を特番として流しているのだから、紅白歌合戦もいらない。甲子園の高校野球をNHKとBS朝日が同時に全国放送する必然性はない。 NHKが番組編成を特化すれば、娯楽番組などの比重が高い民放は国営NHKと差別化できるようになる。番組に絞り込めばNHKのチャンネル数が削減可能になる。NHKは国営化の代償としてチャンネルを返上するのがよい。フランスの民営テレビ「TF1」(ゲッティイメージ) 返上チャンネルを利用してテレビ局の周波数配置をやり直せば、600~700メガヘルツにかけての周波数が空く。それを移動通信事業者に回せば、国民はいっそう移動通信の利便を享受できるようになる。番組編成の特化とチャンネルの返上はNHKの経営スリム化につながり、投入すべき税金額を減らすという効果を生む。 NHK改革とは、N国が主張するスクランブル化ではない。国営化を柱に、番組編成の見直し、チャンネル数の削減などについて議論を行うべきだ。国営化には、広く国民に情報を提供するという公共放送の機能は残し、移動通信の帯域を増やすなどの利点があり、民放もNHKとは違う種類の番組で視聴率が確保できるはずだ。■ 松井一郎さん、いっそ維新も「N国」と組んだらいかが?■ 『NHK紅白歌合戦』男女対抗に固執する意味がどこにある■ 元おじゃる丸声優、小西寛子手記「私を降板させたNHKに告ぐ!」

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    N国党が議員5人になればNHKは日曜討論に参加させるのか

    を守る党」のなりふり構わぬ勢力拡大がNHKを慌てさせている。「入党してくれた議員には国から支給される政党助成金の1人分、年約2430万円を丸々渡す」──立花孝志・代表がそう呼びかけると、北方領土訪問時の言動で日本維新の会を除名された丸山穂高氏が入党、渡辺喜美氏とも統一会派を組んだ。 他にも、立花氏はパワハラで自民党に離党勧告されそうな石崎徹氏、セクハラで立憲民主党から無期限党員資格停止処分を受けた青山雅幸氏など“傷モノ議員”を中心に10人以上にスカウトをかけており、「スキャンダル議員のたまり場になるんじゃないか」(自民党議員)と見られている。 これに気が気でないのがNHKだ。 それというのも、NHKの『日曜討論』に参加できる政党の条件は、「得票率2%以上」かつ「国会議員5人以上」とされ、参院選ですでに得票率2%をクリアしているN国党が所属議員5人になると、NHKは各党党首と一緒に、真っ向から対立する相手である立花氏を出演させなければならなくなるからだ。NHK関係者がいう。「日曜討論は国会に近いNHK千代田放送会館のスタジオからの中継で、うちが各党の党首や幹部に頼んで番組に出演していただくわけです。だから、収録開始の30分前に局の幹部が挨拶に行く。過去には会長がうかがったこともあった。“NHKをぶっ壊す”とか“受信料を踏み倒す”という立花氏に幹部たちが出演依頼するなんて、想像もつかない」 よほど嫌なのか、NHKの木田幸紀・放送総局長は記者会見でN国の日曜討論出席について、「報道機関としての自主的な編集権に基づき決めていく」とし、局の判断次第では出演させない可能性もあることを示唆している。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 改めてNHKにN国が議員5人以上になれば日曜討論に参加させるかを尋ねたが、「自主的な編集権に基づいて対応する」(NHK広報局)の一点張り。 一方の立花氏は、「所属議員5人を超えてもNHKが日曜討論に呼ばないというなら、場合によっては放送法違反で訴える」 と息巻く。“直接対決”の場は、スタジオなのか、法廷となるのか。関連記事■N国党代表が宣言「議員会館でもNHK受信料は踏み倒す!」■NHKだけ受信しない装置「イラネッチケー」 約130個売れる■NHK ネット受信料徴収急ぐ背景に新社屋建て替え巨額事業費■『NHKから国民を守る党』の参院選7連ポスターがNGのワケ■NHK組織大改変で“反権力”職員72名が提出した反論意見書

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    N国党代表が宣言「議員会館でもNHK受信料は踏み倒す!」

     国会に念願の議席を得た「NHKから国民を守る党」代表の立花孝志・参院議員。8月1日召集の臨時国会を前に早くもNHKとの“初バトル”が繰り広げられそうだ。 立花氏は参院選で当選した他の議員とともに8月1日の初登院で議員バッジをつけるが、それまでに参院議員会館への引っ越しがある。議員会館の各部屋にはテレビが備え付けられており、NHKの受信料を払わなければならないのだ。 会館事務局は「NHKの受信料については各事務所が契約して、振り込みや引き落としにしている」(広報課)という。ベテラン議員秘書がこう話す。「選挙の後、初当選した議員の事務所にはNHKから委託された集金人が契約の勧誘に回ってきます」 立花事務所にも“天敵”がやってくるはずだ。当の立花氏にどう対応するのかを尋ねると、「えっ、議員会館の受信料は国が払うんじゃないの? じゃあ、もちろん不払いです。NHKとの『契約』は法律上の義務だからするけれども、『支払い』は別。受信料は踏み倒します」 とキッパリ。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 一方のNHKも、国会議員だけ特別扱いで未納を認める、というわけにはいかないはずだが……。「一般の視聴者の皆様と同様に、議員会館に契約のお願いにうかがう可能性はあります」(NHK広報局) 議員会館ではこれから毎月、NHKと立花氏の間で「受信料を払え」「払わん」のバトルが展開される!?関連記事■NHKだけ受信しない装置「イラネッチケー」 約130個売れる■NHK ネット受信料徴収急ぐ背景に新社屋建て替え巨額事業費■セクシー女優のHIV陽性判明、感染発覚以降も撮影は行われた■NHK小野アナ、テレ朝大下アナ他 なぜベテラン女性アナ重用?■昭恵さんに呆れる安倍首相「離婚できるならとっくにしてる」

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    「安倍打倒」に秘策もない、しがない野党共闘はもう飽きた

    金融審議会が策定した報告書を巡り、国会で開かれた野党合同ヒアリング 正直、「政策を練り上げる」という政党としてのまっとうな研鑽(けんさん)を怠り、スキャンダルに飛びつき続けた野党が、選挙の前になると政策構想として「空理空論」を出してくることに、もう飽きてしまった。 それよりは「安倍政権完全否定」を打ち出して、死ぬ気で選挙を戦ってもらいたい。今こそ、野党は「覚悟を決めよ」と言いたい。■ 「老後2000万円不足」報道、こうしてスキャンダルはつくられた■ 江田憲司手記「民主党政権より恐ろしい本当の悪夢を教えよう」■ 安倍の悲願を打ち砕く「マイルドリベラル旋風」はこうして生まれた

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    民主党政権は本当に「悪夢」だったか

    自民党が民主党から政権を奪還して6年余り。自公による盤石の政権が続く中、先の自民党大会で安倍晋三首相が「悪夢のような民主党政権」と発言した。これに対し、民主党や民進党の重鎮だった岡田克也氏らがiRONNAに手記を寄せた。民主党政権は本当に「悪夢」だったのか。

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    岡田克也手記「総理の『悪夢発言』は民主主義への冒涜である」

    員会で安倍総理の発言を取り上げたのは、より大きな問題意識に基づくものです。 議会制民主主義の基本は、政党間の健全な議論です。一国のリーダーが野党を全否定するような発言をして、民主主義は深まるのでしょうか。 私は国会で、政府や与党の具体的政策や政治姿勢を厳しく批判してきました。しかし、少なくとも、総理大臣や自民党に対する敬意は忘れないよう心掛けてきたつもりです。相手を全否定しては議論が成り立たず、深まることはないからです。安倍総理のあの発言には民主党に対する敬意は全くなく、単にこき下ろしているだけです。 自民党大会での「悪夢」発言時に、最初はほとんど拍手がありませんでした。会場の自民党員の皆さんにも、戸惑いや違和感があったのではないでしょうか。私は、リーダーとしての安倍総理に、もっと謙虚になってもらいたいのです。 予算委員会でのやり取りも、議論を深めることにはなりませんでした。安倍総理は、「悪夢」発言を「少なくともバラ色の民主党政権でなかったことは事実」と言い換えて論点をすり替え、言論の自由は自分にもあると主張したり、民主党が党名を変えたことを取り上げて批判したりしました。子供じみた言動でした。旧民主党政権で外務大臣などを務めた岡田克也氏 私はそれらの発言には一切応じず、福島原発事故の対応を取り上げました。民主党政権時代の最大の出来事であり、今なお生活を破壊され、故郷に戻ることができず苦しんでいる方々が多くいらっしゃるからです。 もっとうまく対応できなかったのか、当時の与党幹事長として私自身、今も強い反省があります。安倍総理にそのような反省と責任の共有という意識はあるのかを問いたかったのです。必要なのは「寛容と自制心」 国会に置かれた国会事故調査委員会(黒川清委員長)は、民主党政権の事故後の対応について厳しく指摘しつつ、「事故の根源的な原因は、平成23年3月11日以前に求められる」と述べています。 事故以前の政府の対応に決定的な不備があったことを指摘したもので、例えば、津波を想定できたにもかかわらず、予備電源が原発建屋の地下に設置され、水没により全く使えなかったことなど、今考えると信じられないようなお粗末な措置が長年にわたってなされていました。 そこについては、第一次安倍政権を含む歴代自民党政権に大きな責任があることは明白です。原発事故について、民主党政権を批判するだけでなく、自らが行ってきたことを反省し、少なくとも責任を共有してもらいたいのです。 安倍総理は私との質疑の中で、原発事故について「歴代の政権として、第1次安倍政権のときも含めて、反省をしている」と発言しましたが、民主党政権時の最大の出来事であった原発事故について本当にそう思っているなら、「悪夢」発言のようなレッテル貼りはできなかったのではないでしょうか。 私は、予算委員会や党首討論を通じて、歴代総理と何度も質疑を行ってきました。質疑の後は、いい議論ができたという一定の充足感がありました。ところが、安倍総理とは、ほとんどが議論のすれ違いで、不完全燃焼の連続でした。 国会での議論を通じて国民に理解を求めるという姿勢が、そもそも安倍総理にはないのではないかと思っています。野党を敵だと考え、レッテル貼りをする。野党の主張に耳を傾けることもなく、そもそもまともに議論しようとしない。これでは国会の議論は劣化し、議会制民主主義が危うくなる。安倍総理にはもっと謙虚になってもらいたい。これが、私が予算委員会質疑の中で繰り返したメッセージです。 しかし、その私の思いは、安倍総理の答弁からは感じることができず、本当に残念でした。議会での議論に期待できないと感じる人々が増えれば、政治そのものに対する不信を生み、その先にあるのは、欧米の一部でも見られるようなポピュリズムの政治です。党首討論で安倍晋三首相(左)と論戦を交わす無所属の会の岡田克也氏=2018年6月、参院第1委員会室(酒巻俊介撮影) 「民主主義を機能させるために必要不可欠なのは寛容と自制心だ」(『民主主義の死に方』第5章「民主主義のガードレール」スティーブン・レビツキー、ダニエル・ジブラット著)。 与野党ともに心しなければならないことですが、一国のリーダーである安倍総理に、特に重く受け止めてもらいたい言葉だと思います。■足立康史手記「野党が猿芝居で満足する限り、安倍内閣は強くなる」■山尾志桜里に「むき出しの好奇心」で迫る報道は控えるべきか■私が安倍政治を「スーパー独裁政治」と呼ぶ理由

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    松原仁手記「民主党政権は誰にとって一番の悪夢だったか」

    松原仁(衆院議員)  2009年の夏、そして2012年の年の瀬に行われた衆議院解散総選挙において、私は「格差の是正」「庶民力復活」を掲げて戦った。結果から言えば、私は最初の戦いにおいて勝利することができたが、後者においては得票率で0・7ポイント及ばず敗れた。 これらの選挙の前後で、選挙区(東京3区)の有権者の皆さまからは、かつてないほど多くの激励と厳しい叱責(しっせき)の言葉をもらい、また永田町や霞が関の関係者とは、極めてダイナミックな関係の転換を経験した。私は今回、この時の体験から民主党政権の功罪を振り返ってみたい。 まず初めに民主党政権が悪夢だったとすれば、それは具体的に誰にとっての悪夢だったか。民主党政権の誕生を「悪夢」であると実感したのは紛れもなく、長期政権を手放した自民党、そして自民党政権下では「ツーといえばカー」と言った阿吽(あうん)の呼吸で、日本に対する強大な権力を行使する環境にあった米国政府であることは言をまたない。 言わずもがな、戦後のほとんどの期間で政権を担ってきた自民党にとって、国家権力と官僚機構は自らの所有物に近い感覚を持つ存在であったろう。それゆえに自民党政権の政策決定プロセスは国民に開かれたというよりは、良くも悪くも永田町と霞が関の談合のような形態を取ることになった。そのような「私有財産」が、2009年夏の総選挙によって、一夜にして完全に奪われ、特に多くの官僚が、時の新たな政権の開かれた政治体制への試みに忠誠心を示したことは、まさに自民党にとって悪夢のような体験であったことは想像に難くない。 かくいう私自身も、2012年に民主党が政権を手放した直後には、昨日まで仲間だった官僚が、次の政権に仕える準備をすぐさま開始する様子を目の当たりにした。ましてや、民主党の3年半の経験に比べ、極めて長期にわたる政権を維持してきた自民党の政治家たちが味わった屈辱と喪失感は、われわれのそれとは比べ物にならないほどのトラウマになったと考えられる。八ツ場ダム建設予定地を国交省職員の案内で視察する前原誠司国土交通相(右から3人目)=2009年9月23日、群馬県長野原町(矢島康弘撮影)  加えて、「八ツ場(やんば)ダム」に代表される、自分たちが根回しを重ね決定した政策の数々を、民主党政権は「事業仕分け」という、自民党のような権力のインサイダーにとってはパフォーマンスにしか見えない形で、国民的な賛同を引き寄せ覆した。政権運営のプロフェッショナルである彼らにとって、その大衆迎合的な方策はまるで素人政権の思いつきに見えたことだろう。 同時に、太平洋を挟んでわが国と向き合う世界の盟主にとっても、極東(きょくとう)の要となる同盟国における政権交代と、その新たなる外交姿勢は脅威と映ったかもしれない。世界の覇権国たる米国は、日本のお国文化である「建前」と「本音」を巧妙に利用し、戦後のわが国を同盟国という名の、実質的には「隷属国」として、時に優しく、時に厳しく鞠育(きくいく)してきた。そんな米国の対日政策の基本的前提には、対米協調という名の「従属的な」対米姿勢を示す自民党政権、もしくはそのような外交姿勢の「自民党的政権」であることが想定されてきた。歪な日米の友好関係 しかし、2009年に現れた民主党政権は、米国政府と自民党政権の間で既定路線となっていた普天間基地問題において、沖縄県民の心情に寄り添うことを優先した結果、右往左往することとなった。また、政権獲得前から日米地位協定の改訂を掲げるなど、日米間の圧倒的権力格差へ切り込む姿勢を見せていたことも、懸念材料となったであろう。 加えて、アジア太平洋の新たな覇権国への道程にある中国との関係において、尖閣諸島沖において発生した「中国漁船衝突事件」時の船長の逮捕と不可解な釈放や、500人近い訪中団の結成など、ホワイトハウスからは理解されがたい行動を取り、長年の付き合いがあり、こなれた自民党政権の外交に比べて、まさに不慣れで初心な政権と映っただろう。(この中国船問題に対しては、私自身大変憤りを感じ、当時与党内で行動を起こしたことにも一言触れておきたい) この対米関係にかかわる問題は、まさに釣り合いの取れない中で歴史的に築いてきた、歪(いびつ)な日米の「友好関係」の裏返しでもある。いわんや、その実態は古くは江戸時代ペリーの黒船来襲と日米和親条約、明治の日米修好通商条約、そして現代の日米安保条約と「地位協定」を含め、われわれ日本人がその尊厳と利益を傷つけられてきた歴史でもある。 私は、こうした片務的で不平等な日米関係を、対米協調という美辞麗句のもと、戦後のほとんどの期間安定政権を担いながら甘受してきた自民党、逆に言えば米国の「属国」の統治者として君臨した自民党の外交姿勢は、まさに日本国民にとって悪夢そのものであると考える。 さて、ここまで取り上げてきた民主党政権の性格と行動をまとめれば、民主党政権のナイーブな「透明化・民主的プロセス」と「不平等な対米関係の改善」が、自民党や米国にとってはアマチュアの素人政権と捉えられたことが分かる。そして、民主党の開かれた政策決定プロセスは、メディアに開かれた場でも同僚議員同士が与野党間であるかのように「白熱した」議論を行い、その末路として組織分裂を繰り返した。必然、このような「開かれた」民主党の政権運営が国民の目からも稚拙と映り、政権交代時に大きな期待をいただいた有権者の熱気を冷ましてしまったことは間違いない。消費者政策会議であいさつする野田佳彦首相。公務員制度改革関連法案の今国会での成立を断念する意向を固めた=2012年7月20日、首相官邸(酒巻俊介撮影) 民主党は政権奪取後、最初の総選挙により下野し、私たちが目指した「国民に開かれた」「透明な」「民主的な」政治はこうした経緯をもって挫折し、その対米外交姿勢の転換を成し遂げることもできないままに終わった。そして、現在まで続く安倍長期政権を誕生させることになった。 それは、大きな社会的な議論を呼んだ森友・加計問題に見られるフェアでない官僚の忖度(そんたく)や、自衛隊の日報問題、賃金に関する統計不正問題など、民主的とは正反対の問題が続出する事態を許してしまっている。われわれ日本国の政治家の使命は、与野党の別なく、今も続くこの「忖度政治」と「不平等な対米関係」という悪夢から、この国を目覚めさせることであると申し上げたい。■ 「日本が真の独立国になるために」鳩山由紀夫、平成最後の反省文■ 今どきの若者は「保守化」も「安倍支持」もしていない■ 同性愛公表、尾辻かな子が徹底反論「LGBT杉田論文の度が過ぎる」

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    江田憲司手記「民主党政権より恐ろしい本当の悪夢を教えよう」

    江田憲司(衆院議員) まず、冒頭、はっきりと申し上げておきたいことは、私は、「民主党政権」とは全く関わりのなかった政治家だということだ。いや、むしろ、当時は、みんなの党幹事長として、民主党政権の種々の問題点について、予算委員会等の場で追及していた側の政治家だった。したがって、「あの悪夢のような民主党政権」(安倍首相)を弁護する立場にはない。 にもかかわらず、私が2月20日の予算委員会で、あえてこの問題を取り上げたのは、安倍首相に「もう不毛な議論はやめよう。過去の政権がどうだったとか、それに比べて良いだ悪いだといったことより、国民が望んでいるのは、これからの日本をどうするかだ。そうした将来のことを語ってほしい」という思いからだった。本件だけでなく、安倍首相は「反論」のための「反論」で、あまりに民主党政権時代のことをあげつらうことが多すぎるからだ。 そこで私は、僭越(せんえつ)ながら、安倍首相にこう申し上げた。「もっと首相としてディグニティー(Dignity)を持ってほしい。国民の代表、トップリーダーなのだから、もっと威厳と品位を持ってほしい」と。安倍首相は不服そうだったが、最後は「江田委員の言うことだから深く胸に刻む」と答弁したが、その後も繰り返しているところを見ると、やはり、本気ではそう思ってはいないのだろう。 そして、その予算委で私は引き続き、安倍首相が自省する「よすが」となるように、あえて「安倍首相、民主党政権が悪夢なら、あなたが幹事長、官房長官として支えた小泉政権も悪夢ではなかったのですか?」という問いかけをした。安倍首相が、岡田克也議員や旧民主党議員と予算委でやりとりした中で「私は、民主党政権時代の経済のことを言ったのだ。有効求人倍率は今より半分で『就職氷河期』だったし、中小企業の倒産が今より3割も多く、『連鎖倒産』という言葉もあった」という趣旨の発言をしたからだ。 旧民主党議員が安倍自民党政権を批判すると「ブーメラン」を食らっていたように、安倍首相も人のことを批判ばかりしていると、同じようにブーメランを食らう。それが、予算委でも示した下記のパネルだ。 民主党政権と小泉自民党政権を比べてみると、「有効求人倍率」では多少、小泉政権の方が良いが、「完全失業率」でも「倒産件数」でも「負債総額」でも、小泉政権の方が悪い。だから、安倍首相の「定義」に倣っても、「民主党政権が悪夢なら、小泉政権も悪夢」であるはずだ。本当の「悪夢」とは 少しだけ民主党政権のことを弁護すると、2008年にはリーマンショックが起こり、2011年には東日本大震災と原発事故があり、日本経済は、誰が政権にいても大変な状況だった。また、安倍首相は、政権交代した2012年12月以降、戦後最長の景気回復と胸を張るが、いみじくも、そのスタートが12年12月であるように、それは民主党政権時代から「芽」が出ていたとも言えるのだ。突然、政権が代わったから景気が上向くことなどない。その流れを、安倍政権が「異次元金融緩和」で加速したという分析もできよう。 誤解なきように繰り返し申し上げるが、私は、こんな議論を「どや顔」でやっているのではない。どの政権にも「光と陰」というものがある。私がお仕えした橋本龍太郎政権もそうだ。どの政権も、時々の国際・国内情勢、諸条件を所与の前提として、善政もあれば失政もある。そこに思いをいたして、反省すべきことは反省し、それを将来につなげていくことこそ政治家の使命だろう。 しかし、「悪夢のような民主党政権」という発言が、自民党大会という身内を鼓舞する舞台でのものだったとはいえ、トップリーダーたる首相は、そこをあえてのみ込んで、もう少し「言い方」があるのではないかということだ。少なくとも私が知る故橋本龍太郎元首相なら、そんな言葉は発しなかった。 さあ、ここからが私の本論だが、「悪夢」と言うなら、私は「アベノミクスの行く末」と「異次元金融緩和の出口」の方が、はるかに悪夢だと思う。 ご承知のように、長期化する「異次元金融緩和」で、今や、日銀の保有する国債残高は473兆円(19年2月)、数年前の国内総生産(GDP)並みに膨れ上がった。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)と日銀が保有する株式も66・5兆円(18年6月)。これは東証一部上場会社の時価総額の約1割にあたり、その3社に1社の筆頭株主は「公的資金」と言われている。20カ国・地域(G20)財務大臣・中央銀行総裁代理会議であいさつする麻生太郎副総理兼財務相(右)。左は日銀の黒田東彦総裁=2019年1月17日、東京都文京区のホテル椿山荘東京(酒巻俊介撮影) こうした「官製相場」となっている債権や株式市場に一体「出口」はあるのか。未来永劫(えいごう)、こうした金融政策が続けられないことは分かっているのだから、それが「ステルス・テーパリング (密かな量的金融緩和の縮小)」であろうがなかろうが、どこかで「手じまい」をしなければならない。そして、その「出口」で、ソフトランディングはできるのか、それとも、ハードランディングになってしまうのか…。 私は、今の日本経済の、一見良さそうに見える各種指標が、こうした「砂上の楼閣」の上に立っていることを強く危惧せざるを得ない。ひとたび、その「楼閣」が崩れれば、過去の「世界恐慌」の例が教えるように、経済は底を打つまで反転しないのではないか。私は今、そうした「悪夢」に苛(さいな)まれている。ひとたび、こうしたクラッシュが起これば、もはや、今の日本に尽くすべき財政・金融政策の手立てはない。アベノミクスの「副作用」 具体的には、それは「国債価格の下落」から始まる。日銀が何らかの形で市場に「手じまい」の信号を出すと、それをきっかけに、国債を買うインセンティブがなくなり、国債価格が下がる。それは金利の上昇を意味し、それが「暴落」に発展すれば、金利が急上昇し、経済も財政も破たんしてしまう。 この「悪夢」をどう回避するか。残念ながら、「カンフル剤」の打ちすぎで、金融政策にその余地はもうない。財政出動が効くようなレベルでもなくなるし、それを賄える財源もない。それどころか、借金の利払いの急増で財政も破たんしてしまう。「底」を打つまで反転しないとは、こういうことだ。 ちなみに、私は2009年8月、みんなの党結成時より、その公約で「大胆な金融緩和がデフレ脱却への道だ」と訴えてきた政治家だ。安倍政権が「異次元緩和」を実行する3年以上も前のことだ。その私ですら、ここまで「異次元緩和」を続けることは想定していなかった。 これまで私は「カンフル剤は一本打つから効果があるのであって、二本も三本も打つものではない。カンフル剤で体が一時的にシャキッとしている間に『体質改善』、必要なら『手術』(いわゆる構造改革)が必要だった。アベノミクスにいう『3本目の矢(成長戦略)』のことだが、安倍首相はそれを怠った。今や、異次元緩和の効果どころか。副作用が大いに心配されている」と予算委で安倍首相に詰問してきた。 その「副作用」が、「金融機関の収益悪化」という形で今でも徐々に出てきているが、上述した「悪夢」のような副作用がいつ出るのか。来年のオリンピック、パラリンピックまでは、日本全体に公共投資等の前向きの「気」があるので持ちこたえるだろうが、それを過ぎると危ないと私は思っている。そして、「すわ、危機だ!」という時に、その責任者たる安倍首相も日銀黒田総裁も退任していないということになりかねない。そして、その責任は、それを防げなかった後継者の、もしかしたら政権交代後の政権の責任にされるかもしれないのだ。衆経済財政諮問会議で発言する安倍晋三首相(手前)=2019年1月30日、首相官邸(春名中撮影) こうした「本当の悪夢」を迎えるかもしれない重大な時に、他人の悪夢をあげつらっている場合ではないのだ。「安倍首相、国会では過去のことより将来、これからの日本のことを語ろうではないか!」。最後に、もう一度申し上げて、本稿を終わりにしたい。■【独占手記】江田憲司が初めて明かす普天間合意「23年目の真実」■安倍外交85点の理由は「欧米と仲良く、中国と喧嘩せず」■「スイッチが入った政治家」安倍晋三のリベンジ

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    仙谷由人氏お別れ会 旧民主党が勢揃いも呼ばれなかった元総理

    ら代表経験者から、枝野幸男さん(立憲民主党代表)や玉木雄一郎さん(国民民主党代表)ら現在の旧民主党系政党のトップまでズラリと名を連ねた。ところが、本来なら筆頭格でもおかしくない“あの人”がいないのです」 2009年の政権交代直後から、仙谷氏が民主党の実力者である小沢一郎氏(現自由党共同代表)と党内対立を繰り広げていたことは知られるが、“あの人”は小沢氏のことではない。民主党政権の“顔”として同党最初の総理大臣となった鳩山由紀夫氏だ。 「小沢さんが発起人にならないのは不思議ではありませんが、仙谷さんは鳩山内閣を行政刷新担当相として支えた関係。何よりこうした政界関係者のセレモニーでは、『首相経験者』の肩書きは別格です。現役政治家ではないが、鳩山さんの名前がないのは解せない話で、“最初から誰も声をかけなかったのでは”と思えてしまいます」(同前) 鳩山氏は総理辞任から2年後の2012年に政界引退するが、その後に訪れた中国で「尖閣は日中の係争地」と発言したり、ロシアが一方的に併合を宣言したウクライナのクリミア半島を訪問したりするなど独自の“民間人外交”を展開。そのたびに自民党から「おたくの元総理が問題を起こしている」と攻撃された苦々しい思い出が民主党側にある。 「“宇宙人”だから諫めても馬耳東風で、すぐに我々が予想できない言動をする。率直なところ“もう鳩山さんには関わりたくない”というのが本音」(旧民主党系の現役代議士) そんな事情が“ハト抜き”の遠因にあったようなのだ。もっとも、別の旧民主党系議員はこう言う。参院予算委で菅直人首相(右)と話す仙谷由人官房長官=2010年11月 「基地建設を争点として与野党対決となった9月末の沖縄県知事選の応援に入ったある立憲民主党の幹部は、演説で“私は鳩山政権の一員だった”としきりにアピールしていた。沖縄では『最低でも県外』と主張した鳩山さんに今も一定の人気がある。そんな時だけは鳩山の名前を利用するのだから現金なものです」 政権を失ってからの6年で、党もバラバラになった。それでも「言動をコロコロ変える、内ゲバ大好き」という民主党の“文化”は変わらない。その様を仙谷氏は草葉の陰でどう思うだろうか。関連記事■安倍首相に自民党内から「鳩山さんに似てきた」との批判■鳩山由紀夫氏が重慶爆撃を謝罪 中国人も「さすが宇宙人」■パソコン使えぬ桜田五輪相 権力の空気だけは読めるとの評価も■九重親方 「協会葬」ではなく「お別れの会」となった内幕■紀州のドン・ファン「急死の愛犬」のため訃報広告出していた

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    民主党政権が変えた「現役重視」シルバー民主主義を言い訳にするな

    たのは、たまたまこれまでは高齢者のほうが票を計算しやすかったからに過ぎず、若者や現役世代が貧困化し、政党が彼ら彼女らに再分配を行うことで票を見込めるようになってからは、若者も重視されるようになりました。その転換点は旧民主党が「子ども手当て」や「コンクリートから人へ」といった現役世代重視の政策を掲げて、自民党政権下では給付が高齢者に偏っていた点に不満を抱いていた現役世代の票の取り込みに成功して政権交代を果たした2009年にあります。 政党から見れば、高齢世代の民意だろうが若者世代の民意だろうが、投票してくれる民意がよい民意であり、実態は民意ファーストな政治だったのです。―しかしながら、シルバー民主主義という言葉は世間に広がっています。島澤:シルバー民主主義という言葉が、人口に膾炙し始め、みなさん言い訳として使うようになったのではないかと思います。 たとえば若者が、何か政治的な行動を起こそうと考えても、高齢者の反対にあい頓挫するからと諦める。つまり、シルバー民主主義を言い訳にして諦めてしまう。それによって現状は維持されたままです。 また仮に高齢者が、自らの意見を主張し政治的に優位であったとしても、民主主義の枠内で行動しているので問題はありません。2009年8月、衆院選で政権交代を実現した民主党執行部。(左から)岡田克也幹事長、鳩山由紀夫代表、小沢一郎代表代行、菅直人代表代行(いずれも当時) さらに政治は、シルバー民主主義を克服し、全世代型社会保障を実現するため、高齢世代のへの給付は維持したまま若者の給付を拡大しようとしていますが、その実態は、将来世代に負担を先送りした「全世代型バラマキ」に過ぎません。つまり、幅広い世代から民意を獲得するための「全世代型バラマキ」の正当化のため、シルバー民主主義を利用しているのです。 このように、高齢者も政治も、そして若者までもが、シルバー民主主義の存在を自らあえて将来世代のために行動しない“言い訳”にしてしまっています。待ったなしの構造改革―シルバー民主主義は生じていなくても、世代間格差は生じています。そして日本の赤字財政は目を向けられないほど深刻な状況です。どうしてこういった状況に陥ってしまったのでしょうか?島澤:日本の根本的な問題として、政策を立てる上で、必要とする財源を財政赤字で賄おうとするケースが多い。そもそも財政法上“特例”のはずの赤字国債が1975年度から平成3年から5年度までの一時期を除いて現在に至るまで恒久的に発行され続けているわけですが、海外を見ても、そんな国はありません。ですから、まずはリーマンショック以降膨れ上がった歳出規模をそれ以前の規模にまでスリム化し、そして全世代が広く負担する消費税増税をするなどして、財政赤字をこれ以上増やさないようにすることですね。 現行の社会保障制度は、受益面は年齢が上がるほど受益が増加し、負担は勤労世代が高くなる仕組みです。例えば、厚生労働省の「所得再分配調査」によれば、60歳以上になると、再分配後の所得が、当初の所得を上回ります。 この調査結果を使い平均的な日本人の所得と再分配後の所得を計算したところ、給付が負担を89万円超過していることがわかりました。この超過分は、財政赤字に回されるのです。つまり、社会保障の受益負担の構造改革も待ったなしです。―平均的な日本人1人あたり、89万円も超過しているとは驚きですね。島澤:世代間格差を考える時に、現役世代と高齢世代の格差に目が行きがちですが、これから生まれてくる将来世代との格差も考えなければなりません。財政赤字が解消されない限り、そのツケは今後生まれてくる子どもたちに重くのしかかります。先ほどお話したように、新たな政策の財源を財政赤字で賄うのは、若者と高齢者、そして政府という鉄のトライアングルが結託し、将来世代の財布から同意を得ずにお金を調達している、つまり財政的幼児虐待を行っているのです。―財政赤字をなるべく減少させ、世代間格差がこれ以上開かないようにするには、どんな政策が考えられますか?島澤:まず、日本の財政赤字を考えるうえで、世間一般に誤解があるように思います。特に、政府や財務省の資料では、財政赤字が世代間格差を発生させ、この格差を埋めるためには増税しないとならない、と見て取れる。しかしながら、このロジックはミスリードです。実際には、世代間格差は財政赤字があるから発生するわけでもなく、財政赤字があったとしても世代間格差がないような仕組みを理論的にはつくることができます。 さらに言えば、財政黒字であったとしても世代間格差が存在することはあり得ます。要するに、増税と世代間格差の解消にはあまり関係はありません。 こうした点と先に指摘した2つの世代間格差(「現在生きている世代内における世代間格差」と「現在世代と将来世代の間の世代間格差」)の存在を念頭に考えますと、現在世代内の格差に対しては財政・社会保障制度の受益負担の構造改革で対応し、現在世代と将来世代間の世代間格差に対してはリーマンショックで膨れ上がった歳出規模の削減と消費増税で対応するのが最適解と考えます。―19年10月に消費税が引き上げられる予定です。それにより財政赤字は少しでも少なくなるのでしょうか?島澤:将来世代に先送りされる財政赤字の解消に充ててこそ増税の意味はあると思いますが、幼児教育の無償化に充てるなど結局現役世代に使うようですから、実態は何も変わらないと思います。近視眼の政治家―政治家がとにかく近視眼的になっている印象です。島澤:政治家は、本来目先の利益ではなくもう少し長いスパンの利益を考える存在だと思いますが、近視眼的な民意に引きずられ過ぎているきらいはありますね。現代日本の一つの問題は現役世代が貧困化し、これまでのような寛大な社会保障制度を維持するのが難しくなってきたことにあります。したがって、政治がなすべきは、現役世代の生活を安定化することですが、これには先にも言いました通り、財政・社会保障制度の受益負担の構造改革を断行する以外には実現できません。もちろん、これにより高齢世代と現役世代の対立の高まりによって世代間闘争が起きる可能性は否定できませんが、長期的なスパンで考えれば、いまのままの財政赤字を放っておいて良い訳はないので、そのために国民を説得してほしいですね。―それは選挙制度の問題ともつながってくるのでしょうか?島澤:現在の民意ファーストの政治は、小選挙区制の問題かもしれません。衆議院に関しては、政策を決定し実行していくことが重要ですから、小選挙区制のままで良いと思います。しかし、参議院の存在意義は、衆議院とは違う代表が選出され、違う視点から法案を審議することに意味があると思います。ですから、参議院は比例代表制だけにして、多様化した民意を反映できるようにするのが良いのではないでしょうか。―諸外国を見た時に、世代間格差の是正や財政赤字の解消など参考になる事例はありますか?島澤:年金などの国の社会保障の根本に関わるようなシステムの改革には、与党だけで決定するのではなく、野党や産業界などより広い利害関係者から成る会議を開き、合意に達するべきです。スウェーデンの年金改革はまさにそういった形で行われました。 ただ、日本のこれまでの政治を見ると合意の拘束力が弱すぎます。たとえば、橋本龍太郎内閣で合意した財政構造改革法は、与野党で合意したにもかかわらず、予想以上に不景気が長引いたため改正を余儀なくされ、小渕内閣では凍結する事態となりました。旧民主党・自民党・公明党による社会保障と税の一体改革に関する三党合意も結局なし崩し的に反故にされました。夏休みに入る子どもが宿題の計画を途中でひっくり返すのとは訳が違うのですから、一旦合意したら最後まで守って欲しいものです。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)――最後にメッセージをお願いします。島澤:読者の皆さんは、日常生活に精一杯でなかなか政治や財政赤字のことまで考える余裕はないと思います。しかも、巷ではインフレや経済成長によって痛みを感じることなく財政健全化が可能だという主張が流布され、安倍内閣もそれに乗っかっています。仮にそれが本当だとしても、受益負担の構造改革を避けていては世代間格差の解消は不可能です。現在の我々の生活が成り立っているのは、将来世代へツケを回し、政府の借金で賄っているということをしっかり認識する必要があります。また、現役世代の方々は、高齢世代に比べ、被害者意識を持つ傾向があります。しかし、将来世代から見えればどちらも加害者なんです。ただ、世代間のそうした対立は何も建設的な結果を生みません。そうではなくて、今後の日本の財政や社会保障、社会情勢がどうすれば良くなるかということに視点を置き換え、現状の生活だけでなく、もう少し将来の日本や子供たちの未来について考えていただければと思います。ほんだ・かつひろ ライター。1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。

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    稲盛和夫氏、なぜ1人で政権交代をバックアップできたか

    だから東京の財界に対する対抗心もあったと思う。だから既存の自民党ではない政治勢力、政権交代可能な2大政党制の必要性を強く感じていたのではないか」(伊藤氏)2013年3月、取締役からの退任を発表する日本航空の稲盛和夫名誉会長(写真左)。右は植木義晴社長(大西史朗撮影) 2大政党制を作るために、稲盛氏は政権交代前の2003年民主党と自由党の民由合併の工作に関わった。当時、菅直人氏ら民主党内に“小沢アレルギー”が強く、合併に反対したが、それを説得して合併を成功させたのが稲盛氏だったとされる。合併民主党の事実上の“オーナー”だったことになる。しかし、政権交代後は民主党に使われた。伊藤氏はいう。 「経営破綻した日本航空の経営再建を担わされ、出資も求められた。稲盛さんが民主党のフィクサー的なポジションにあったのは政権交代前の野党時代までではないか」 民主党が分裂騒動を起こした菅政権時代、「大変落胆している。こういうことのために支援してきたのではなかった」と稲盛氏は記者会見で語り、以降は民主党と距離を置いた。関連記事■渡辺恒雄氏 なぜ一介の番記者から総理動かす政治力持ったか■最近のナベツネ氏「誰も分かっちゃくれない…」と周囲に弱音■孫正義、稲盛和夫、柳井正 成功を収めた大富豪の至言■靖国やNHK会長人事にJR東海名誉会長が影響力を持つ理由■稲盛和夫氏「不運でも耐えて明るく前向きに続けるのが人生」

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    「日本が真の独立国になるために」鳩山由紀夫、平成最後の反省文

    鳩山由紀夫(第93代内閣総理大臣) 今年は天皇陛下が退位され、浩宮皇太子殿下が即位される、いわば日本が生まれ変わる年です。この30年間、天皇陛下は国民の心に寄り添うことが象徴天皇としてのご自分のお役目と思われて、地震や災害で避難を余儀なくされた人々を慰められたり、サイパンなどへ慰霊の旅をなされたりしてきました。 一部には、そのような必ずしも国事行為ではない活動ができなくなったから生前退位をすることに批判的な意見もありますが、私はこの決断はご立派だと思います。新天皇が今上天皇のお気持ちを引き継がれて歩まれますことを願います。 さて、平成は自民党政権で始まり、自民党政権が安定したまま終わりを迎えることになるでしょう。元々、自民党創設者の孫であった私が、一度は自民党の国会議員となるものの、離党して自民党を2度政権の座から引きずり落した人間の一人として、当時のことを反省を込めて振り返ってみたいと思います。 細川護熙元総理と2人だけで食事をしたことがあります。細川さんが東京都知事選挙に出馬されて数カ月たった頃かと思います。細川さんは次のような意味のことを話されました。「自分は総理として米国に対抗する力を十分持っていなかった。もう一度政権交代するときには、米国からいかに自立した日本を作れるか、そのための覚悟を持った人材が何人いるかだ」。細川さんが私と全く同じ認識であったことに驚きました。 私は日本を真の意味で独立した国家にしたいと願っていました。自国の安全や平和が他国の軍隊によって守られているのでは、尊厳ある国家とはみなされないでしょう。どんなに時間がかかっても、日本の平和は日本人自身によって守られるような国にしなければなりません。野党世話人会で会談する鳩山由紀夫氏(左)と細川護熙元首相=1997年11月 常時駐留なき安全保障はその道への一つの目標でした。そのためには、沖縄に集中している米軍基地を縮小させていかなければなりません。そして普天間基地の移設問題が問われているとき、それは最低でも県外、できれば国外に移設先を見い出すことでした。私が総理になって最もやりたいことはこのことでした。 2009年の総選挙では、政権交代への国民の異常なまでの熱気を肌で感じました。あらゆる街頭演説には数千人の有権者の方々が集まってくださいました。しかし、今から思えば、この熱気は沖縄以外の地域においては、私が最もやりたいことに対する支援の熱気ではありませんでした。 多くの国民にとっては「消えた年金を返せ」「官僚の天下りを止めさせろ」「税金の無駄遣いを止めさせろ」「官から民へ政治を取り戻せ」という叫びの熱気でした。そして、多くの民主党の議員たちも自民党政治の政官業の癒着を追及して、喝采を浴びていたのです。 長い自民党一党支配の政治が続く中で、権力の癒着が起きるのは当然でした。権力構造の内部にいる一部の者だけが利益にあずかり、そうではない多くの国民は被害に遭うばかりとなれば、多くの国民が怒るのは無理からぬことでした。そこで鳩山政権として、事業仕分けを行い、子ども手当、高校授業料の無償化、農家の戸別所得補償、障がい者対策、地域主権、新しい公共などの政策を矢継ぎ早に打ち出しました。普天間移設の真相 ただ、癒着の構造は政官業のみではなく、実際には植草一秀氏が指摘しているように、米官業政電、すなわち米国とメディアも含めて癒着しており、この構造を打破しなければ、政治を国民の手に戻すことはできず、日本が真に独立した国には戻らなかったのです。 私は米国に対しては、普天間の移設先を最低でも県外に求めました。メディアに対しては記者会見のオープン化、記者クラブ制の廃止を求めました。残念ながら、私自身の力不足で、その双方共に挫折をして、結果として総理を辞めることとなりました。 特に沖縄の問題に関しては、米官の癒着というか、米国を忖度(そんたく)した外務官僚が、事実でないことを書いた文書を作成し、それを信じた私が普天間の移設先は辺野古しかないと諦めてしまい、沖縄県民の期待を裏切ってしまったことを、今でも遺憾に思っています。今ではモリカケ問題に見られるように、役人が嘘をつく、文書を隠ぺいしたり改ざんしたりすることは日常茶飯事となっていますが、当時、総理をだますとはゆめゆめ思っていなかった私が浅はかだったのでしょう。 自民党長期政権の間に必然的に生じた米官業政電の癒着構造を打ち破ることは並大抵のことではありません。特に米官政の癒着は、防衛省が全く役に立たない1機100億円以上もするF35を100機以上米国から購入するなど、安倍政権において極めて重篤です。いくら性能の優れた戦闘機を導入しても、滑走路や空母をミサイルでやられたら、飛び立つことができないのですから。 日本のような小さな島国では、現代の兵力戦において、武力で自己防衛を完遂することは不可能なのです。その意味において、核抑止力もそうですが、米国に追従していれば日本は平和であると考えるのは幻想なのです。 では、どうすれば日本は平和を保てるのでしょうか。それは難しいことではありません。武力で真の平和を築くことはできないと気付くことです。そして、周辺諸国と徹底的に仲良くすることです。あらゆる問題を対話と協調の友愛精神で解決する仕組みを作り実践することです。鳩山由紀夫元首相=2018年10月、東京・永田町の事務所(酒巻俊介撮影) 私は日中韓3カ国が軸になって、東アジア共同体を作ることを訴えてきましたが、北朝鮮が平和に向けて大きくかじを切り、朝鮮半島が非核化する可能性が高まってきた今こそ、その時期が到来したと信じています。国と国、地域と地域、コミュニティーとコミュニティーの連帯を友愛の理念で可能にするのです。 明治維新は薩長(さっちょう)の力によって実現しましたが、結果として力による他国の支配を行い、第2次世界大戦での敗戦を招きました。ただその頃に、横井小楠や坂本龍馬などは、公武合体論を唱え、朝廷と幕府を協力させて議会を作ろうとしていたのです。いわば、共に和する共和主義の発想です。残念ながら、彼らはみな殺されてしまいましたが、私は彼らのような思想こそ、これからの日本の歩む道にヒントを与えてくれているのではないかと思量いたします。■稲嶺恵一独白「『反対』だけでは沖縄の声は届かない」■「自衛隊は違憲の軍隊である」 この現実をあなたはどう思いますか?■国民投票はパンドラの箱 民主主義の「怪物」は日本人にも宿る

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    派閥議員スキャンダル連発でも二階氏が「安倍政権の要」たる理由

    に『週刊新潮』で報じられた。折悪く「路チュー」を撮影されたのは、同じ二階派の西川公也農水相が、自身の政党支部が国の補助金を受けた企業などから献金を受けていた問題で辞任したその日だった。結局、2017年の衆院選で中川氏は落選した。 宮崎謙介氏は衆院議員時代、ともに衆院議員であった妻の金子恵美氏が出産のため入院している中、女性タレントを自宅に呼んで宿泊し、不倫していたことを2016年2月に『週刊文春』にスッパ抜かれ、議員辞職した。金子氏は2017年の衆院選で落選している。 今村雅弘氏は、2005年郵政選挙の「造反組」であり、いったん自民党から離れていた。復党後は谷垣グループに所属した時期もあったが2015年11月、二階派に入会。翌16年8月の第3次安倍第2次改造内閣で、復興相として当選7回で初入閣した。ところが17年4月、二階派のパーティーで東日本大震災に言及し「まだ東北で、あっちの方だったから良かった。首都圏に近かったりすると、莫大(ばくだい)な、甚大な額になった」などと失言、この翌日に閣僚辞任に追い込まれた。2018年11月、新型インフルエンザ政府対策本部会合に臨む(手前から)片山さつき地方創生相、桜田義孝五輪相(春名中撮影) 福井照氏は、16年9月に岸田派から二階派にくら替え。18年2月に当時の沖縄・北方相だった江崎鉄磨氏が脳梗塞を発症して辞任したため、当選7回で後任大臣の座を射止めた。ところが就任後わずか1週間で、週刊文春と週刊新潮にそろって元赤坂芸者の告発や、地元選挙区での女性スキャンダルが「待ってました」とばかりに報じられた。 鶴保庸介氏は、1998年7月の参院選和歌山選挙区で初当選。以来、二階氏の側近となり、2016年8月に沖縄・北方相で初入閣した。一時は野田聖子氏と事実婚関係にあったが、大臣になってすぐに元妻からの告発が『週刊ポスト』に報じられた。今や「閣僚請負人」 桜田義孝氏は1996年に初当選した後、落選した時期もあったが当選回数は通算7回。当初、額賀派だったが、無派閥を経て2016年10月に二階派に入会、今年10月の第4次安倍改造内閣で五輪担当相となった。しかし、今や「しどろもどろ答弁」で時の人となった感がある。 片山さつき氏は、2005年の郵政選挙で衆院議員となったが、09年に落選して翌10年には参院議員にくら替え。無派閥の時期が続いたが、後に二階派に入会し、地方創生担当相の座を射止めた。ところが、就任早々、週刊文春が片山氏の口利き疑惑を報じ、続報で政治資金収支報告書の不備も突かれ、記入漏れなどを約40カ所訂正した。 ここまで書けば、「なぜ二階派ばかりなのか?」との疑問が生じるのは当然だろう。他党からの人材も「客員会員」として引き抜き、言葉は悪いが「大臣になることも難しかった人材」でさえも大臣ポストに就ける実力者が二階氏なのである。その手腕はまさに「閣僚請負人」の異名にふさわしい。しかし、当の二階氏自身も終始一貫、自民党の中で実力をつけたわけではなく、過去には自民党を飛び出した経歴を持っている。 二階氏は1983年の当選組だ。初当選後、田中派から竹下派に参加し、小沢一郎氏の側近として、93年の「政治改革」をめぐる政局では、小沢氏とともに自民党を離党して新生党に移った。 その後、新進党、自由党と党を変えていく中で、「自自公」連立政権から離脱した小沢氏と決別して保守党に加わった。後に熊谷弘元官房長官と保守新党を結成したが、2003年の衆院選で保守新党が4議席と惨敗すると、自民党に吸収され、二階氏自身は10年ぶりに自民党に復党した。 復党時の二階派は旧保守新党の4人を中心に、衆参計7人の微々たる勢力に過ぎなかった。しかも、09年の衆院選では、二階氏を除く全議員が落選し、衆参3人で伊吹派に合流。二階派は「消滅」の憂き目にあっている。 しかし、伊吹派会長の伊吹文明元財務相が2012年の衆院選後、衆院議長に選出されると、二階氏は後任会長となり、再び派閥の領袖(りょうしゅう)となった。一度は自民党を飛び出し、少数グループの「出戻り」だったにもかかわらず、である。 14年の総務会長就任に伴い、二階氏自身は派閥を退会したものの、今も実質的な派閥の領袖であり、グループは「二階派」と呼ばれている。2000年4月3日、自由党全議員懇談会に臨む二階俊博運輸相(奥左)奥の右から2人目は小沢一郎党首 二階氏のさらなる飛躍への転機になったのは「棚からボタモチ」的な幹事長就任だ。16年8月、当時幹事長だった谷垣禎一氏が自転車事故で退任を余儀なくされ、二階氏が幹事長となった。これで二階派は勢いを増し、他派閥・無派閥議員や無所属議員、他党からの引き抜きなども含め、今や二階派は44人の大所帯である。 「入閣待機組」を強引に押し込む手法に対し、他派閥で入閣できなかった議員からは「二階氏の手法は強引だ」との怨嗟(えんさ)の声が当然上がる。しかし、二階氏は全く意に介さない。「お前の派閥のボスの迫力が足りないだけだろう」とばかりに、所属議員の押し込みに成功した。安倍首相、三つの「プラス」 当然のことだが、入閣に際しては、スキャンダルなどで内閣の足を引っ張ることがないか「身体検査」が行われる。他派閥からの推薦であれば、閣僚になった途端に「文春砲」がさく裂するリスクもある。それでも二階氏は「この人はスキャンダルがあるからダメですよ」とすげなく断られたかもしれない人物を強引に押し込んでいる。安倍政権にとっては、支持率にも影響しかねないマイナス要因ではある。 だが、安倍首相にとって、二階氏が幹事長ポストにあることのプラス、マイナスを考えると、スキャンダルを抱えた入閣待機組を押し込まれるマイナス以上のプラスがあると思っているからこそ、二階幹事長の続投を黙認しているのである。では、「マイナスを上回るプラス」とは何なのか。 第一は「二階氏以外の幹事長では、政権が一挙に不安定化しかねない」というリスク管理である。最近、マスコミでは「岸破義信」(岸田文雄政調会長、石破茂元幹事長、菅義偉(よしひで)官房長官、加藤勝信総務会長)などと、ポスト安倍の候補者として4人の実力者の名前が取りざたされている。 しかし、現状では二階氏に代わって、この4人のうち誰が幹事長になったとしても、その人物がポスト安倍の一番手に躍り出るのは難しい。もっと言えば、石破派などを除き自民党内で安倍政権を支える結束が一気に崩れてしまいかねない。次の総理総裁の座を脅かす心配がない二階氏が幹事長でいることが、安倍一強の「微妙な安定」のプラス作用をもたらしているのである。 第二は「参院選への盾、安倍首相の隠れみの」になり得るという点だ。2019年の参院選に向けて、安倍首相に敗戦の累が及ぶのを避ける可能性も期待できるからだ。 6年前の参院選では、自民党が選挙区47議席、比例18議席で合計65議席を獲得したが、この獲得議席は現行制度下では最多議席であり、次期参院選では自民党が議席を減らす可能性が極めて高い。誰もがこのタイミングで幹事長として敗戦の責任を取るのは避けたいところだろう。ましてや、安倍首相の責任論に発展するのは何としても避けたい。二階氏が泥をかぶって勇退するかどうかは「一寸先は闇」で何とも言えないが、来夏の参院選に向けて、ここでも「微妙な座りのよさ」があるのは確かだ。 第三は、小沢一郎氏の手の内を知り尽くした「策士」としての期待感だ。その小沢氏は来夏の参院選で野党を糾合して「最後の勝負」をかける策動が取りざたされている。特に焦点となるのは改選数1のいわゆる「1人区」、その選挙区の数は31に及ぶ。 小沢氏は、共産党も含めて野党統一候補を立て、1人区で自民党を圧倒することを狙っているとも言われる。二階氏はかつて、小沢氏とともに自民党から飛び出し、小沢氏の選挙戦術を知り尽くしている。小沢氏の裏の裏をかいて参院選勝利とまではいかなくても「敗北」を最低限にとどめることができれば、という思いもあるだろう。2018年7月、自民党の二階幹事長(中央左)から要望書を受け取る安倍首相(同右) だからこそ、「問題を起こすような閣僚を送り込んだりしたが、結果オーライだったじゃないか」というような評価を二階氏が得られれば、最後の総裁任期となった安倍首相にとっても今後の政権安定につながるのである。二階氏の幹事長続投ということになれば、ポスト安倍争いでの不安定化も避けられるだろう。 いや、それどころか、二階氏得意の権謀術数で、さらに総裁任期を伸ばす「ウルトラC」が飛び出すかもしれない。ポスト安倍の面々にとっての「利用価値」もちらつかせながら、二階派44人の「お騒がせ軍団」は、しばらくは世をはばからずに跋扈(ばっこ)することになりそうだ。

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    自民党総裁選がちっとも盛り上がらない

    戦後長らく自民党総裁選は権力闘争の頂点であった。その所以は、わが国のリーダーを決める事実上の首班選挙だったからである。安倍首相と石破茂元幹事長の一騎打ちとなった今回、党内には「安倍三選」ムードが蔓延し、国民の関心も低い。なぜこんなにも盛り上がらないのか。

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    安倍三選に支配された自民党の空気が「悪しき記憶」と重なる

    櫻田淳(東洋学園大学教授) 9月20日に投開票が行われる自民党総裁選は、北海道を襲った巨大地震の衝撃の最中に告示された。安倍晋三首相(自民党総裁)と石破茂元幹事長との一騎打ちの構図となった此度(こたび)の選挙の行方を展望することは、本稿の目的ではない。 此度の選挙に際しては、すでに安倍首相の「優勢」が伝えられている。筆者が幾度も指摘してきたように、「外交・安全保障政策を切り回せるか」や「経済を回せるか」という二つの評価基準に照らし合わせれば、安倍首相の政権運営に特段の瑕疵(かし)はない。 「地方や中小企業が成長の果実を生み出すことこそ肝要だ」と述べ、地方主導の経済成長を説く石破氏の主張は、彼の独自の政策カラーを世に誇示しているかもしれない。だが、それが「アベノミクス」と総称される安倍首相の経済政策全般を超克できる程の「衝撃」を世に与えられるかは、甚だ心もとない。石破氏の掲げる政策が「安倍の足らざるをただす」域に止まる限り、それが安倍首相の「優位」を覆すのは、難しいであろう。 むしろ、此度の選挙に際して留意されるべきは、細田、岸田、麻生、二階、石原、竹下といった党内各派がそろって安倍支持を打ち出した自民党の「空気」である。此度の選挙が実質上の「出来レース」として国民各層から受け止められることの危うさについては、自民党内ではどのように認識されているのか。 例えば、岸田文雄政調会長が総裁選不出馬を表明した折、彼の政権獲得戦略は、3年後に安倍首相からの「禅譲」を狙うことだと語られた。それは、自民党の内でも外でも「安倍一強」と評される首相の権勢を前にする限り、実に無難な判断である。自民党総裁選で安倍晋三首相への支持を語る岸田文雄政調会長=2018年9月10日午後、広島市(長嶋雅子撮影) しかし、「権力は闘って掌握するものである」という理にのっとるならば、その「無難な判断」に走った岸田氏の姿勢は、「ポスト安倍」をうかがう政治家のものとして果たしてふさわしかったのか。少なくとも確実に指摘できることは、岸田氏は総裁選に出馬しなかったことによって、自らの政見を披露し、自ら「ポスト安倍」を担うにふさわしいということを世に認知させる機会を捨てたということである。 岸田氏に限らず、石原伸晃元幹事長や野田聖子総務相のように「ポスト安倍」として名が挙がる政治家も、同じ対応に走っている。自民党は、此度の選挙を「争論の舞台」としてだけではなく「『次代』のお披露目の舞台」としても実の伴ったものにしなかったわけだが、そのことの代償は、先々に大きなものになるのではなかろうか。「安直」や「安逸」の芽 第2次安倍内閣発足以降、自民党が5度の国政選挙に勝利を収めてきたことには、旧民主党内閣3代の政権運営への「悪しき記憶」が反映されている。むろん、民主党内閣3代の政権運営をネガティブ一色で語ることは、決して適切ではない。というのも、特に野田佳彦内閣下の安全保障政策展開には、安倍首相の再登板に向けて「下地」を作ったという側面があるからだ。 ただし、米軍普天間基地移設案件で「最低でも県外」を標榜(ひょうぼう)し、対米関係に無用の混乱を来した鳩山由紀夫内閣の対応、さらには東日本大震災や福島第1原発事故に際しての菅直人内閣の対応は、8500円前後から1万1000円前後で推移した日経平均株価が象徴する経済情勢に併せ、世に「混乱と停滞」を印象付けた。民主党内閣3代への「悪しき記憶」は、こうした「混乱と停滞」の印象と深く結びついている。 最も、こうした民主党内閣下の「混乱と停滞」の印象は今後、時間を経るに従って薄らいでいくのであろう。そのことは、「自民党に政権を委ねる必要性」が剝げ落ちていくことを意味する。 仮に今後、自民党内閣下の政権運営で「混乱と停滞」が生じ、それが民主党内閣下の「混乱と停滞」の印象を上書きするようなことがあれば、自民党が再び政権を失う光景も、現実のものになるかもしれない。自民党にとっては、民主党内閣三代の歳月の教訓とは、「自民党が何時でも無条件に政権を委ねられているわけではない」という一事に他ならない。 現下、「安倍晋三に任せるべきである…」というのは、国民各層の大方が受け入れる常識的な判断であるかもしれない。しかし、それが「安倍晋三に任せればよい…」といった姿勢に転ずるならば、そこに「安直」や「安逸」が生じるのであろう。自民党総裁安倍晋三選挙対策本部「発足式」で気勢を上げる安倍晋三首相(中央)=2018年9月3日午後、東京都千代田区(春名中撮影) 振り返れば、小泉純一郎内閣退陣以降、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎の3代の政権樹立に際して、そのような「安直」や「安逸」を国民各層の大方が嗅ぎ取ったことにこそ、2009年の政権交代の遠因がある。今、安倍支持で大勢が決しつつある自民党の内に、そのような「安直」や「安逸」の芽が再び生じつつあるということはないのか。

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    「何も語らない小泉進次郎」総裁選の関心事がこれでどうする

    上杉隆(メディアアナリスト) 戦後日本のほとんどの時期において、自民党総裁選こそが権力闘争の頂点であった。この選挙が内閣総理大臣を決める事実上の首班選挙であるのだからそれも当然だろう。だが、それにしても今回ほど低調な選挙は過去に類を見ない。 始まる前から勝負がついてしまっている。まれにみる「茶番」に政治部の報道も低調だ。告示日前日、産経新聞は次のような分析記事を掲載している。 20日投開票の自民党総裁選は7日に告示される。産経新聞は投票資格を持つ党所属国会議員405人の支持動向を探った。安倍晋三首相(党総裁)が9割に迫る345人の支持を固め、石破茂元幹事長の50人に大差をつけている。国会議員票と同数の党員・党友票でも首相が6割前後の支持を集めているとみられ、首相の連続3選はほぼ確実な情勢となった。(産経新聞 2018.9.6) 過去の総裁選でも、圧倒的大差がついた例はある。 1956年の第一回自民総裁選では鳩山一郎に394票が集まり、2位の岸信介の4票とは、実に390票もの大差をつけている。 また、1957年の総裁選では岸信介が471票を集め、2位の松村謙三の2票に469票差をつけて雪辱を果たしている。 だが、これらは例外的だ。なにしろ、当時の総裁選は立候補制をとっておらず、前者は結党直後の現職総理だった鳩山を選出、後者は石橋湛山首相の倒れた直後の国会で首相指名を受けたばかりの岸を選出しており、それぞれが信任投票の意味しか持たない総裁選だったからだ。 こうした例を除けば、自民党総裁選は常に激しい権力闘争の歴史を持っていたとも言える。 1964年の総裁選の激しさはいまだ語り草になっている。ともに保守本流を自認する池田勇人と佐藤栄作が直接対決したこの選挙では、2・3位連合などが企図され、「実弾」も激しく飛び交ったという。そもそも、自民党総裁選は公職選挙法の規定外である。それゆえに、当時の金額で10億円とも15億円ともいわれる「実弾」、つまり裏金が各陣営の間を飛び交ったのだ。 激しい権謀術数(けんぼうじゅっすう)が渦巻き、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の跋扈(ばっこ)する永田町である。だからこそ次のようなエピソードも語り継がれることになる。 自民党の国会議員が、二つの派閥から同時に金をもらうことを「ニッカ」といい、同じく三派閥から同時に金を受けとることを「サントリー」、派閥や個人事務所も含めて4カ所以上から金をもらう場合は「オールドパー」といった。こうした隠語が生まれるほど、総裁選は「実弾」すら飛び交う、何でもありの闘いだった。池田勇人(自民党)首相による新内閣の記者会見=1964年7月 さらに、この1964年の総裁選では、佐藤派の田中角栄がぎりぎりになって池田派に寝返ったり、読売新聞記者の渡辺恒雄が、病床にいて面会謝絶中の大野伴睦(意識不明という説もあり)の「代弁者」として、池田支持を派閥に指示したりと、手段を選ばない陰謀も繰り広げられたことで知られる。安倍首相だけが原因ではない 1978年から導入された予備選は総裁選をさらに激しくさせることになった。現職首相の福田赳夫に対抗する大平正芳は、田中派の支援を受けて全国でローラー作戦を展開する。一方で、一般投票に絶対の自信を持つ福田は、自ら「予備選で100票差のついた場合は2位の者が辞退すること」とけん制したが、結果は皮肉なことに「天の声もたまには変な声がある」とセリフを残して福田が敗北することになる。 筆者は過去のこうした激しい総裁選にノスタルジーを抱いているわけではない。「勝てば官軍」がまかり通り、平気で金品が飛び交うような下品な政治の姿を求めているわけでもない。 旧田中派の議員秘書だった筆者自身の経験から「ローラー作戦」の凄さを誇っているわけでもない。もちろん過去の総裁選が健全だったと言うつもりなどない。 ただ、激しい権力闘争の陰には、政治に欠かせない人間ドラマや、見えにくいながらも政策論争が存在していたことを忘れてはならない。 外交、経済、金融、福祉、公共事業、米国など戦後日本の保守政治の基軸となる政策議論を盛んに行った。それは権力闘争の中にも、確実に散りばめられていたのである。果たして、今回の総裁選はどうか。権力闘争どころか、政策論争すらないことに危惧を覚える。 低調な総裁選は首相の安倍晋三だけが原因ではない。実は「何も語らない」ある人物の存在がこの選挙を低調にし、彼が口を閉ざせば閉ざすほど注目を浴びるという珍現象に起因している。 そう小泉進次郎である。彼が具体的なビジョンや姿勢を表明することなく、今回の総裁選のキーパーソンに祭り上げられているのは自民党にとって絶望的なことだ。 彼が何を考え、一体どういう政策を提示しているのか。それを説明のできる自民党員は多くはないだろう。また、彼は派閥を束ねるような政治力を持っているというわけでもない。少なくとも、彼の父である小泉純一郎は、派閥の領袖(りょうしゅう)を経験したし、旧大蔵族として財政投融資や郵政民営化などの政策を打ち出すなど、政治家としての顔がはっきり見えた。超党派議連の会合に臨む自民党の小泉進次郎筆頭副幹事長=2018年7月12日、国会 では、メディアが祭り上げる小泉進次郎がいったい何をしたのか。まったくバカげた話である。自民党総裁選の低調ぶりは、国の停滞も呼び込んだに等しい。 政治はしょせん権力闘争である。その権力闘争もできない自民党に未来はないだろう。

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    名門派閥に泥塗った岸田氏 「首相禅譲」の望みは不出馬で絶たれた

    上久保誠人(立命館大政策科学部教授) 9月20日に投開票が行われる自民党総裁選には、連続3期当選を目指す安倍晋三首相と、石破茂元幹事長が立候補している。 一方、安倍首相の有力な対抗馬とみられていた岸田文雄政調会長は、結局不出馬となった。岸田氏は「今の政治課題に、安倍首相を中心にしっかりと取り組みを進めることが適切だと判断した」と不出馬の理由を語った。 当初、岸田派「宏池会」内は、若手を中心に出馬を促す「主戦論」と、ベテランを中心に今回は出馬せず、次回の総裁選で安倍首相からの禅譲を目指す「慎重論」で割れていた。そのような状況の中で、岸田氏は総裁選に出馬するかを慎重に検討してきた。 結局、自民党内に「安倍首相は余人をもって代え難し」という「空気」が広がる中、勝機が全く見えないことから、勝てない戦を避けて、安倍首相からの将来の「禅譲」に望みを託すことに決めた。 岸田氏が領袖(りょうしゅう)を務める宏池会は、吉田茂元首相の直系の弟子である池田勇人元首相によって創立されて以来、大平正芳、鈴木善幸、宮澤喜一と4人の首相を輩出し、河野洋平、谷垣禎一と野党時代の総裁も2人出している。経済政策通の池田氏と、彼を取り巻く官僚出身議員を中心につくられ、「軽武装経済至上主義」を掲げて、高度経済成長を成し遂げた。長く自民党長期政権の中核を担ってきた伝統から、「保守本流」の名門派閥とみなされてきた。自民党総裁選挙への不出馬を発表する岸田文雄政調会長=2018年8月24日(春名中撮影) 自民党が下野していたときも、野田佳彦政権(旧民主党)が実現した「税と社会保障の一体改革」の民主・自民・公明の「3党合意」を主導したのは、自民党の谷垣総裁(当時)だった。経済通がそろう宏池会で育った谷垣氏は、若手のころから財政再建の必要性を訴える「財政タカ派」のリーダー的存在であった。総裁時代には、民主党政権のマニフェスト政策の完全撤回を要求する「強硬路線」を突き進んでいたが、消費増税の必要性には理解を示していた。 谷垣氏は、野田首相と極秘会談し、消費増税について「協調路線」にシフトした。民主党と自民党は、社会保障政策の考え方が大きく異なっていたが、考えの異なる点については「社会保障制度改革国民会議」を設置して議論することを提案するなど、谷垣総裁は野田首相に「助け舟」を出したのである。 国会論戦では、かつて「自社さ連立政権」時代に一緒に税制改革に取り組んだことを例に挙げて、「あなたたちの先輩は、税制改革実現のためにもっと汗をかいていた」と、民主党を厳しく諭し、合意形成に導いた。 結局、3党による消費増税のコンセンサスが形成されることになり、民主党の分裂騒ぎがありながら、消費増税関連法案は圧倒的多数で可決された。実に国会議員の約8割が賛成する「大政翼賛会」並みの大規模な合意形成を実現した立役者が、谷垣総裁だったのだ。 だが、「税と社会保障の一体改革」は第2次安倍政権の登場後に頓挫した。安倍首相は最初の組閣・党役員人事で、谷垣前総裁を法相、伊吹文明元財務相を衆院議長、石原伸晃前幹事長を環境相に起用するなど、3党合意を主導した谷垣執行部の幹部を経済政策「アベノミクス」の意思決定から排除したのである。 宏池会のホープだった岸田氏を外相に起用したのも、安倍首相が岸田氏を「盟友」と信頼する一方で、財政再建派として警戒し、アベノミクスに関与させない意図があったかもしれない。 逆に、安倍首相は3党合意から外されていた麻生太郎元首相を副総理兼財務相に、甘利明氏を経済再生相に起用した。また、経済学界では少数派にすぎなかった「リフレ派」の学者や評論家たちが、首相官邸に経済ブレーンとして招聘(しょうへい)された。アベノミクス「狂騒」の後 安倍首相は、明らかに3党合意には冷淡だったといえる。3党合意で決まっていた消費増税は、2014年4月の5%から8%への引き上げこそ予定通り実行したが、10%への引き上げは2度も延期を決断した。 また、3党合意では、増税分で得られる14兆円の新たな財源については、財政再建に7・3兆円、社会保障関連費に2・8兆円、基礎年金の国庫負担引き上げに3・2兆円と使途が決められていた。 だが、安倍首相は19年10月に、延期されてきた消費増税を予定通り実行する代わりに、その使途を広げて「教育の無償化」に充当する意向を示した。そして、その財源は財政再建に充てる予定の財源を削って捻出するとした。これは、「財政再建を放棄して新たなバラマキをする」という宣言だといえる。安倍首相は「3党合意」を事実上ほごにしたのだ。 安倍首相がアベノミクスを力強く推進し、「狂騒」といっても過言ではないほどの高い支持を得た一方で、3党合意が次第に無力化していったとき、宏池会領袖の岸田氏は何をしていたか。12年12月から17年8月まで、戦後では在職期間が歴代2位となる長期にわたって外相を務めたときはもちろんのこと、その後政調会長に転じてからも、岸田氏が明確に「アベノミクス」を批判したのを聞いたことがない。 前述の通り、岸田氏は総裁選不出馬を表明し、「今の政治課題に、安倍総理を中心にしっかりと取り組みを進める」と宣言した。「今の政治課題」に、経済財政政策や社会保障政策は当然含まれる。 かつて、宏池会が中心となって実現した「税と社会保障の一体改革」の3党合意をほごにして進められているアベノミクスに、挙党態勢で全面的に協力すべきと、岸田氏は主張したのである。 岸田氏は、本音では安倍政権下で財政再建が遅れていることについて、いろいろと思うことはあるはずだ。だが、安倍首相からの「禅譲」を期待して、それを封印し続けているのだろう。しかし、岸田氏の思いに対して、安倍首相は冷淡である。自民党の地方議員研修会後の懇親会で談笑する岸田政調会長(左)と安倍首相=2018年4月、東京都内のホテル 岸田氏の総裁選不出馬表明が、安倍首相の出身派閥である細田派、そして麻生派、二階派が支持表明した後になったことは、岸田氏の迷いを示している。だが、安倍首相側から「いまさら支持するといわれても遅すぎる」と言われてしまった。総裁選後の人事で岸田派が冷遇される可能性が出てきた。 戦後政治の歴史を振り返れば、かつて宏池会会長だった前尾繁三郎元衆院議長が、1970年の佐藤栄作元首相による佐藤4選の総裁選で、「人事での厚遇」の密約を理由に不出馬を決めたが、結果的に佐藤氏に約束をほごにされ、派内の反発を買って宏池会会長の座を大平正芳元首相に譲らざるを得なかったという、「宏池会会長交代事件」があった。岸田氏も、総裁選後の人事で冷遇されれば、首相の座を禅譲してもらうどころか、派閥の領袖の座から引きずり降ろされるかもしれない。 岸田氏がアベノミクスに対する批判を封印し、全面協力を決めたことは、単なる一人の政治家の個人的な判断を超えた、深刻な影響を今後の日本政治に与えかねない。 安倍首相は常々、「アベノミクス、この道しかない」と主張している。しかし、筆者はこれまで、一貫してアベノミクスを徹底的に批判してきた。アベノミクスとは、実はつぎ込むカネの量が異次元だというだけで、実は旧態依然たるバラマキ政策である。アベノミクスの円高・株高で恩恵を受けるのは、業績悪化に苦しむ斜陽産業ばかりで、新しい富を生む産業を育成できていないからだ。 政権発足から6年になろうとしているが、いまだに政権発足時の公約である「物価上昇率2%」は実現できず、経済は思うように復活していない。バラマキ政策とは「カネが切れると、またカネがいる」だけで、効果がさっぱり上がらないものだ。アベノミクスも、異次元緩和「黒田バズーカ」を放って、効き目がなければ、さらに「バズーカ2」を断行し、それでも効き目がないのでマイナス金利に踏み込んでいる。補正予算も次々と打ち出されている。まさに、「カネが切れるとまたカネがいる」の繰り返しではないか。昔ながらのバラマキ政策と何も変わらない。ただ、そのカネの量が異次元というのが、アベノミクスの本質であるということだ。 そして、なにより問題なのは、「アベノミクス」という安倍首相の名前をつけた経済政策であるため、その間違いを認められなくなっていることではないだろうか。例えば、日銀は7月31日の金融政策決定会合で、「フォワードガイダンス」と呼ばれる将来の金融政策を事前に約束する手法を新たに導入し、「当分の間、現在の極めて低い長短金利の水準を維持する」こととした。批判を許さない空気 しかし、今回の政策変更の真の目的は、「金融緩和の副作用」を和らげることだという。インフレ目標である物価上昇率2%の達成が早期に難しくなり、金融緩和の長期化が避けられないことから、金融機関の収益の低下や、国債市場での取引の低調といった副作用が生じているとの声が高まっており、これに日銀は対応せねばならなくなったのである。 今回、2%物価目標について、物価上昇率見通しを引き下げたことで、少なくとも2020年までは2%目標を達成できそうにないことが明らかになった。要するに、物価目標は事実上放棄されたということである。これは、日銀の実質的な「敗北宣言」のように思える。 ところが、黒田東彦(はるひこ)日銀総裁は「『長短金利操作付き量的・質的金融緩和』の持続性を強化する措置を決定した」と記者会見で述べ、あたかも新たな手を打ち出したかのように見せようとした。「異次元の金融緩和」がより強化されるという印象を与えようとしているのだ。 要するに、日銀は詭弁(きべん)を弄(ろう)してでも、かたくなに「敗北」を認めようとしないのである。そして、日銀だけではない。多くの政治家や学者、評論家の口から出る、首相に恥をかかせないためのさまざまな詭弁が横行している。例えば、単に人口減で労働力が減っているだけなのに「人手不足は経済成長しているからだ」と言ったり、派遣労働者が増えているだけなのに、雇用が拡大していると強弁するなどしている。 それは、アベノミクスという「首相の名前」がついた政策であるために、その過ちを認めることは、首相に恥をかかせるからではないだろうか。これでは、神格化された独裁者を守るために、都合よく事実が曲げられる、どこかの全体主義国家の「個人崇拝」と変わらないように思える。 そして、財政再建の必要性を認識し、明らかにアベノミクスに対して批判的であるはずの宏池会領袖の岸田氏が、言いたいことを封印してアベノミクスへの無批判な支持を表明した影響は大きい。安倍首相の軍門に下ったような印象を国民に強烈に与えることになり、アベノミクスに対する「批判を許さない空気」を、一挙に日本社会全体に拡散することになってしまったのではないだろうか。 だが、いくらアベノミクスへの批判が許されない「空気」が広がっても、「カネが切れたら、またカネがいる」のバラマキ政策であることは間違いないのだから、いつまでも続けられるわけがない。ましてや、その規模が異次元であれば、その被害も甚大なものとなろう。安倍政権は、何が何でも東京五輪までは経済を維持しようとするだろう。政治家や官僚、学者、評論家、メディアは、それに疑問を感じても、物申すことなくアベノミクスを礼賛し続けるのだろうか。だが、五輪後には必ずや大きな反動がやって来る。株価の下落を示す掲示板=2018年7月、東京都内 その時、アベノミクスを支持していた人たちは、安倍首相とともに総退陣していただくしかないだろう。本来であれば、「税と社会保障の一体改革」の3党合意を推進し、財政再建に取り組むはずの宏池会が、アベノミクス後を見据えた政策スタンスを掲げるべきである。だが、派閥領袖の岸田氏自身が「アベノミクスを支える」と宣言してしまっている以上、安倍首相と心中するしかなくなってしまうだろう。 アベノミクス後の経済政策は誰が担い、どんな政策になるのだろうか。ただ、実際に起こることはそれどころではなく、日本は経済的にただの焼け野原のようになり、政策がどうだと論じる余裕などなくなるのかもしれない。 さまざまな政治体制の中で、民主主義だけが持っている利点は、「学習」ができるということである。民主主義には多くの政治家や官僚、メディア、企業人、一般国民などが参加できる。選挙などのさまざまな民主主義のプロセスにおいては、多様な人々による、多様な考えが自由に示され、ぶつかり合う。時には、為政者が多くの国民の反対によって、自らの間違いに気づかされることがある。一方で、国民自身が自らの誤りに気づいて、従来の指導者を退場させて、新しい指導者を選ぶこともできる。 他方、民主主義の対極にあるのが全体主義であろう。よく、「国家の大事なことはエリートが決めればいい。民主的な選挙に委ねるのは間違い」という主張があるが、正しいとは思わない。エリートは自らの誤りになかなか気づかないものである。たとえ誤りに気付いても、素直に認めない。いや、認めようとしない。データや文書を改竄(かいざん)するなどして、それをなかったことにしてしまう。 そして、エリートに対する批判を許さず、エリートへの「個人崇拝」を国民に求めるようになる。エリートを批判する者が現れれば断罪する。しかし、そんな全体主義は長くは持たない。間違いを間違いではないように操作し続けても、いずれつじつまが合わなくなって、体制は不安定化する。 全体主義では、エリートの失敗を改めるには、政治や社会の体制そのものを転覆するしかない。それは、大変なエネルギーを必要とするし、国民の生活は崩壊してしまう。かつての共産主義国など、エリートがすべてを決める全体主義の国はほとんどが失敗したが、当然のことである。 何度でも強調するが、民主主義の最も良いところは、すべての国民がお互いに批判できる自由があり、間違いがあればそれを認めることができることだ。多彩な人たちの多様な考え方が認められているから、一つの考えが失敗しても、また別のアイデアが出てくる。政治や社会の体制を維持し、国民の生活を守ったまま、為政者の失敗を修正できるのである。 アベノミクスという首相の個人名がついた政策が、「批判を許さない空気」を社会に広げていくことで、戦後日本が守ってきた民主主義が崩壊しないことを祈りたい。

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    「アベ栄えて国滅ぶ」面従腹背の自民党議員よ、今こそ声を上げよ

    るため、その意味でも一言、言いたくなるのだ。 つまり、自民党支持者でなくても与党である限り、真っ当な政党になってほしいという願いがなきにしもあらずなのである。そのような視点で今回の総裁選を眺めるとき、私は大きな失望を禁じ得ない。 私は長年、財務省(旧大蔵省)で働いていたが、そもそもアベノミクスの核とも言えるリフレ政策に反対である。そしてまた、森友・加計疑惑に関する安倍晋三首相や政府の弁明に全く納得しておらず、その意味でも安倍首相が総裁選に出馬していること自体、反対である。 その一方で、安倍首相の下で自民党が国政選挙で勝利し続けているのは事実だ。政権奪回を実現した総裁でもある。だから、自民党の議員の多くが安倍首相を支持するのも分からなくはない。 しかし、本当にアベノミクスは成功しているのか、あるいは外交面での成果はどうなのか。そしてまた、森友・加計疑惑で特に露呈したとも言える安倍首相の人間性はどうなのか。そのような問題を考えるとき、安倍首相を心底支持する自民党議員がどれほどいるのかと思ってしまう。 現在、安倍首相に票を投じるとされている議員のうち、その大半は信念というより打算に基づいて行動しているだけなのではないだろうか。確かに今、安倍首相に反旗を振りかざせばつぶされてしまうリスクが大きい。心底支持するわけではないが、安倍首相に楯突(たてつ)いている風には見られたくないと思っているだけだろう。 だが、もし安倍首相が党のリーダーとして必要とされる素養や資格がないと思っているにもかかわらず、そうした打算で首相を支持するというのであれば、自民党にとっても日本にとっても不幸なことになるのではないのか。演説会に臨む安倍晋三首相=2018年9月10日、東京都千代田区・自民党本部(納冨康撮影) とはいえ、今のところ、安倍政権の支持率には底堅いものがある。しかし、読者諸氏もお気づきの通り、国民の安倍首相に対する支持率がそれほど高いものでないことは「首相の人柄が信じられない」との回答が世論調査などで多いことからも察せられる。 言い換えれば、現政権や自民党の支持率の高さは、単に野党支持率の低さの裏返しでしかない。であるとすれば、「人柄が信じられる」と国民が思うような議員が総裁の座に就くことが望ましい。政策論争を避ける安倍首相 また、ゼロ金利やマイナス金利政策をいつまでも続けるのではなく、真っ当な金融政策に戻ることを主張するリーダーの方が望ましいのではないのか。財政政策に関しても、財政再建という言葉を口にはするものの、実際には将来の世代にツケ回しする放漫財政を続けるのがどれほど危険なことか分かっているのか、と不安になる。 一方、地球温暖化対策についても、トランプ米大統領ほど支離滅裂ではないとはいえ、首相にもそれほど関心があるとは思えない。9月4日に台風21号が日本に上陸し、特に近畿地方には甚大な被害をもたらしたが、あのとき首相は何を考えただろう。 風速50メートルもの強風がどれほど恐ろしいか。それを被災地の人々は身をもって体験したが、そうした自然災害の多発化と地球温暖化の関係を首相はどのように考えているのだろうか。地球温暖化の影響の深刻さを身に染みて感じているのであれば、もっと対策に熱心にならなければおかしい。 もう一度言うが、自民党議員の多くが、本当に安倍首相を支持しているか疑問である。もし、自民党議員の多くが首相の政策を支持し、リーダーとしてふさわしいと考えた結果、石破茂元幹事長以外に対抗馬が出てこないというのであれば理解できる。 しかし、本音はそうではないだろう。自分が総裁候補として出馬したり、あるいは安倍首相以外の候補者を支持したりすると自分に不利益が及ぶと考えた結果、現在のような「安倍一強」になっているだけではないのか。 国民のために尽くすことが政治家としての最大の任務だと考えるのであれば、そして自民党がその名が示すように自由と民主主義を尊重する政党であるというのであれば、総裁選に打って出る候補者がもっと出現し、かつ活発な政策論議が行われなければおかしい。 少なくとも、一人でも多くの総裁候補が現れ、政策論争が展開されるのであれば、自民党員だけではなく、一般国民の中にも自民党の政策に関心を示す人が増えるはずだ。 だが、現状は首相自身がそのような政策論争を極力避けているようにしか見えない。それどころか、政策論争には関係なく、総裁選で圧勝すべく議員に「誓約書」を書かせることばかりに専念しているようだ。 安倍首相は、総裁選での勝利は間違いないと言われているにもかかわらず、なぜそこまで圧勝することにこだわるのか。その理由はひとえに森友・加計疑惑を過去のものとして葬り去りたいからだろう。自民党総裁選の立候補者討論会に臨む安倍晋三首相(左)と石破茂元幹事長=2018年9月14日、東京都千代田区・日本記者クラブ(納冨康撮影) しかし、政策論争抜きで単に圧勝を目指す首相の姿勢は、国民をしらけさせるだけである。だとしたら、総裁選によって政治家としての命は長らえるであろうが、自民党という政党は国民からますます遠ざかってしまうに違いない。 そして、そんな首相をリーダーの座に据えるわが国の国力は低下の一途をたどるだけではないだろうか。要するに、「アベ・シンゾウ」を守るために自民党、あるいは日本全体が犠牲になっているとしか思えないのである。

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    石破茂さん、菅野完のインタビューまで受けてどうする

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 今の政治情勢では、自民党総裁はそのまま日本の総理大臣の椅子につながる。安倍晋三首相と石破茂元幹事長の一騎打ちとなった自民党総裁選は、そのまま日本の政治権力のトップを競うものとなる。自民党員だけではなく、国民の関心も高いものになるだろう。 経済や安全保障、外交、そして憲法改正など重要な問題で、両者は厳しく対立している。しかも、今夏の猛暑や台風、そして大地震など自然災害に、日本の政府がどう対応するのか、国民はこの点でも注目している。 ところで、この記事を書いている最中に、目にして極めて驚いたことが一つある。石破氏がジャーナリストの菅野完(たもつ)氏のインタビューを受けたことだ。インタビュー記事は「『激しい批判をする野党の後ろにも国民はいる』。総裁選出馬を決めた石破茂が語る国会・憲法・沖縄」と題し、ハーバー・ビジネス・オンラインに掲載されている。 筆者は自民党の党員ではないし、自民党を特に支持しているわけでもない。安倍首相が進めるリフレ政策を応援しているだけである。 それもあってか、石破氏が総裁選について誰のインタビューを受けようが、特に大して関心はない。だが、これはさすがにまずいのではないか、と心配してしまう。 なぜなら、菅野氏は『週刊現代』の記事で話題になり、ちょうど最近もハフィントンポストで報じられたように、米国で日本人女性への傷害罪で再逮捕状が出され、いまも有効なままだという。 菅野氏自身もこの事実は認めているようで、彼の米国からの出国について、ハフィントンポストでは「逃亡」と記述している。実際に「逃亡」なのかどうかは、法的な問題なので筆者にはわからない。2017年3月、森友学園問題に関して、報道陣に囲まれるジャーナリストの菅野完氏(宮崎瑞穂撮影) だが、一つ明白なのは、もし「罪を憎んで人を憎まず」ならば、罪の償いが優先される。菅野氏自身が罪を自ら償っていない今、彼のジャーナリストとしての活動は少なくとも距離を置いて見みなければいけないものではないか。 当然、石破氏もこの事実ぐらいは知っていたのではないだろうか。米国で女性への傷害で再逮捕状を出されていることを考えれば、少なくとも相手を選ぶケースであったと思う。率直にいって、石破氏とその側近の対応は、将来首相の座を担うものとしては疑問である。憲法も防衛も、土台は「経済力」 石破氏の憲法観や安全保障についての見解は、人それぞれの評価があるだろう。憲法第9条の改正点については、稲田朋美元防衛相がツイッターで簡潔にまとめている。 総理と石破先生の憲法9条改憲案の違いは、総理は2項維持で自衛隊明記。石破先生は2項削除して国防軍創設。総理案は集団的自衛権行使は限定的なままだが、自衛隊違憲論はなくなる。石破案では集団的自衛権行使は憲法上無制限になり、普通の軍隊になる。稲田氏の公式ツイッター 憲法改正は法制度の改変の問題だが、それだけではない。日本が将来にわたって国として社会として豊かで平和になることが重要である。その観点でいえば、憲法改正の違いだけ見るのは適切ではない。特にキーになるのは経済だ。 首相のスピーチライターである谷口智彦内閣官房参与が、近著『安倍晋三の真実』(悟空出版)で、安倍首相の考えについて次のように書いている。 強い経済がない限り、税収は増えません。税収が増えないと、自衛官、警官、消防士、それから教師の給料が増えません。もちろん、自衛隊の正面装備など充実できない。ですから、一に経済、二に経済、三、四がなくて、五に経済だとばかり安倍総理が経済のことを重視するのは、「あらゆることを試みて、日本を強くし、若い世代に引き継ぎたい」と言っていることと、ほぼ同義なのです。(中略)憲法だけ、防衛力だけ、考えているはずはありません。全部、繋がっている。その土台が、経済力なわけです。谷口智彦『安倍晋三の真実』192ページ この経済力を実現する具体策として、安倍首相のアベノミクスがあるのだろう。つまり、長期停滞に抗するための金融緩和、積極財政、そして成長戦略である。 もちろん実際には、金融緩和政策の効果が目覚ましく、雇用を中心に経済状況は安定化しつつある。だが、積極財政であったのはせいぜい初年度の2013年だけで、それ以降は消費増税などにより事実上の緊縮スタンスに転じている。 ただし、2回の消費増税延期は忘れてはいけないポイントだ。これは想像以上に政治的なハードルが高かったと思う。規制緩和を中心とした成長戦略は、加計学園問題の事例でもわかるが、既得権側の猛烈な抵抗などもあり、なかなか進まない分野である。総じていえば、合格点を与えることはできるが、さらに改善の余地がある。 他方で、そもそも石破氏は経済を根幹に据えて、憲法改正や防衛問題を考えているか不明である。彼の経済政策は基本的に緊縮政策的な色彩が強い。金融緩和政策には否定的な姿勢であり、財政政策についても消費増税を中心とした「財政再建」色が強い。成長戦略については口ではどうとでもいえるが、「石破四条件」ともいわれる規制緩和に抗する事案で名前が挙がるのは、不名誉なことではないか。2018年9月7日、自民党総裁選への立候補届け出を終え、記者団の質問に答える石破茂元幹事長(松本健吾撮影) 石破氏については、その反リフレ的な姿勢からついつい辛口な論評になってしまう。あたかも野党側しか重視しないような見出しをつけられてしまうインタビューを受けるなど、ガードも甘すぎる。 日本をよくしたい気持ちは石破氏も強いことだろう。ぜひ石破氏にはもう一度、日本の国民にとって何が大切なのか具体的な提言を出してほしい。その点を今後の総裁選の論戦でも期待している。

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    「支持率ゼロ」国民民主党がそっぽを向かれる理由はこれだった

    産経新聞の最新の世論調査によれば、同党の支持率は0・7%(前回より0・1ポイント減少)と「支持率0%政党」のままである。野党第1党の立憲民主党も低下傾向を続けているので、野党全体の低調が問題かもしれない。 それにしても、国民民主党の支持率の0%台は異様でもある。衆参両議員の数で総議員の1割を超えるのに、この低調ぶりである。その原因は、立憲民主党にも共通するが、やはり「民主党なるもの」を引きずっていることは間違いない。過去の民主党政権による経済政策や対外安全保障、震災・原発問題の対応に関して、国民の多数が民主党政権時代に暗いマイナスのイメージを抱いているのだろう。 民主党政権といえば、「コンクリートから人へ」に代表される経済観が挙げられる。これはより正確にいえば、経済成長よりも分配重視の政策であった。積極的な財政拡大や金融緩和政策により経済規模を安定的に拡大するのではなく、まずは公共事業の拡大などから社会保障などの拡充に振り向ける政策だった。 確かに社会保障の拡充は重要だ。だが、そのための前提となる経済成長に、民主党政権はまったく消極的だった。言葉ではどうとでもいえる。実際に採用した政策は、デフレを伴う経済停滞を脱却するための前提である金融緩和政策には完全に消極的だったし、財政政策には復興増税、消費増税を法案として通すことに躍起だった。 一例では、金融緩和政策については、当時の民主党政権に採用してもらうように、筆者も多くの人たちとともに「デフレ脱却国民会議」に参加して陳情活動などを行ったが、その声はまったく届かなかった。財政政策は、いわば財務省の主導する「財政再建」という美名の増税政策だったし、金融政策も当時の日本銀行の何もしないデフレを受容した政策が続けられたのである。2018年9月、国民民主党代表選の街頭演説会を行った玉木雄一郎共同代表(左)と津村啓介元内閣府政務官(酒巻俊介撮影) そして民主党がリードし、自公も巻き込んだ消費増税法案は、今も日本経済の先行きに暗くのしかかっていて、「民主党的なるもの」の呪縛をわれわれは脱却しきれていない。 今回の代表選に候補した2人、玉木氏と津村氏はそれぞれ元財務省と元日銀の出身である。いわば民主党政権時代の経済停滞を生み出した「二大元凶」の出身者である。 帰属していた省庁や組織の考えがそのまま本人たちに表れるとは思わない。だが、日銀出身の津村氏は、アベノミクス以前の日銀の政策思想そのものに見える。2人とも逃れられない「あしき呪縛」 彼の政策提言では、「インフレ目標2%とマイナス金利の取り下げ」「民主党政権後期の『税と社会保障の一体化』のバージョンアップ」「消費税軽減税率の導入反対」がマクロ経済政策において強調されている。つまり、金融緩和政策には反対だというのがその趣旨であろう。そして消費増税については、民主党政権時代のバージョンアップとあり、具体的なことは書いていないが、さらなる消費増税の提言もありえるかもしれない。 財務省出身の玉木氏もやはり財務省的である。かつての小泉純一郎政権による構造改革と似ているが、構造問題を強調し、特に人口減少が問題だと指摘している。 ちなみに、人口減少であってもそれは長期間に生じる現象であり、いきなり社会の購買力が減少して不況に陥るわけではない。人口がゆるやかに減少しても、社会的な購買力が順調に伸びていけば不況は生じないからだ。 だが、玉木氏はそう考えないようだ。「コドモミクス」と称して、子育て支援政策を打ち出している。その趣旨はいい。しかし民主党政権と同じように、財政拡大ではなく、既存の財政規模の中から分配の仕方を変更しようという意図がみられる。 政府の海外援助や消費税の複数税率を取りやめて1兆円を捻出するという発想がそれである。ちなみに消費税の複数税率とは、10%引き上げ時点での軽減税率のことを指すのだろう。つまりは消費税10%引き上げを前提にしているのである。 この点は津村氏と大差ない。実際に、両者は消費税10%への引き上げを予定通り実施すべきだ、と記者会見で発言している。 また玉木氏は「こども国債」の発行での財源調達を主張している。もし、新規国債を発行する形で財政規模を拡大すれば、現状の日銀における金融政策のスタンスからいえば、それは金融緩和として自然に効果を現す。もしそのような形で「こども国債」を利用するならば筆者は賛成である。だが、玉木氏には現状の金融政策についての積極的な評価も、それに代わるような金融政策についての具体的な見通しもない。際立つのは、消費増税や財源調達でのゼロサム的発想である。 要するに、代表候補の彼らは現状の雇用改善などを実現した金融緩和政策に、消極的ないし否定的である。そして財政政策のスタンスも、増税志向で緊縮スタンスが鮮明だったのである。すなわち、津村氏が勝っても、経済政策の方針に変わりはなかっただろう。まさに「民主党政権なるもの」の正しい継承者である。 だが、国民民主党の経済政策を批判しても、問題が終わるわけではもちろんない。今回、支持率0%台の政党の代表選を取り上げたのは、この代表選を戦った2人の候補に、まさに日本を長期停滞に陥れてきた経済政策の見方が典型的に出ているからである。2018年7月、国民民主党本部が入るビルの屋上に新たに設置された党名看板(春名中撮影) 一つは、金融緩和政策への否定的態度、もう一つは構造問題などを理由にした財政再建的な発想(消費増税、ゼロサム的発想など)である。この二つの考え方は、与野党問わず広範囲に存在する「悪しき呪縛」だ。 国民民主党に意義があるとしたら、日本経済をダメにしてきた悪しき呪縛を最もよく体現する政党である、ということだろう。支持率0%台は、その意味で日本国民の良識の判断であるかもしれない。世論調査には懐疑的な筆者だが、この結果だけは納得してしまうのである。

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    小池百合子「排除発言」の責任は私にある

    第4次安倍内閣が発足した。先の総選挙で圧勝し安定政権を維持した安倍総理だが、この結末は図らずも新党を立ち上げた小池百合子東京都知事の「排除発言」によるところが大きい。小池氏はなぜ風を読み誤ったのか。

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    小池百合子「排除発言」は私が進言した

    的には『排除の論理』を行使すればいいじゃないですか」 それほど深い意味はなかった。政策や方針を旗印に政党がまとまるのは当然のことだ。日本だけではない、世界中の政党が不断に「排除の論理」を行使して政治を行っている。 21年前、鳩山氏が「呪文」を唱えたからこそ、その後の民主党は世紀をまたいで成長し、ついには政権を獲得できたのではないか――。筆者は、その率直な気持ちを小池氏の前で吐露し、旧知の細野豪志氏の前でも語った。 実は、昨年の都知事選で小池氏と戦った後も、小池氏とは都政についての意見交換を続けたり、筆者の運営している報道番組『ニューズオプエド』等に出演してもらう中で交流を続けていた。そうした人間関係の中で、まさか自分の会話から、21年ぶりに「呪文」をよみがえらせることになろうとはいったい誰が想像しえたか。枝野氏がヒーローはおかしい ちなみに筆者の政治信条は排除の論理とは別だ。安倍政権を終わらせ、政権交代可能な健全な保守二大政党制のためには「右手に学会、左手に連合、非自民、非共産の新進党型の政党を作るしかない」と言い続けてきた。実際に小池氏や前原氏や小沢氏にもそう伝えている。 「排除の論理」自体の論理に瑕疵(かし)は無いと思う。表現方法だけの問題だろう。希望の党の鳩山太郎候補の応援演説を行う小池百合子代表、上杉隆氏(右) =2017年10月10日、東京都中央区 「排除の論理」は確かにキツい言葉だ。だが、しがらみを断ち切る健全な政党を創るためには不可欠な論理だと小池氏も細野氏も確信したからこそ、発言に至ったのだろう。 彼らの姿勢に同意したのは何も希望の党の「創業者」たちだけではない。立憲民主党の枝野氏も、菅氏も、海江田氏も、21年前から「排除の論理」を行使してきたではないか。 そもそも「政策的にきちんと分けないと国民は混乱する、だから右から左までごった煮の民進党(民主党)は支持が伸びないのだ」と延々と多様な政党のあり方への批判を繰り返して来たのは誰か? 今回、「排除の論理」で反射的に希望の党を批判しているメディアは過去の自らの言葉を直視できるか? いまだに多くのメディアが「排除の論理」を行使したとして希望の党の小池氏と前原氏を批判している。その一方で、選挙目当ての「野合」で議席を伸ばした立憲民主党を礼賛している。 日本人は忘れっぽすぎまいか。メディアは国民をバカにしすぎていないか? 思い出してみよう。この10年余、共産党も社民党もすべてひっくるめて、選挙に勝ち、自民党政権を終わらせるためならば、いかなる枠組みでも構わないとした小沢一郎氏の存在と言葉を批判していたのはいったいどこの誰か? 2014年、共産党や社民党との連携を目指す小沢氏を民主党から排除して、「いまの民主党こそ保守本流」(枝野憲法総合調査会会長/当時)だと宣言、純化路線を採ったのはいったい誰だったか? 9月27日朝、前原代表が先の代表選で戦ったばかりの代表代行に「解党」の説明をした際、すぐに賛成したのはいったい誰か? 前原代表は、枝野代表代行との話を受けて、常任幹事会を開催、両院議員総会で全会一致を経て、解党に向けて作業を始めている。代表選挙で勝ったばかりにも関わらず、代表として丁寧なデュー・プロセスをたどった前原誠司氏が一方的に責められ、勝手に政党を立ち上げ、選挙で対立候補を立てるという反党行為を続けた枝野幸男氏がヒーローになる。どこかおかしくはないだろうか。なぜ枝野氏は排除されたと振る舞ったか 実際に、民進党から希望の党側に出された最初の仮リストには民進党候補者全員の氏名が記載されていた。新人候補も含めて全員だ。 前原氏は約束を守ったのだ。だが、結果は数名の排除が行われた。それも数名だ。この数名の排除の責任を前原氏ひとりに帰するのは無理がありすぎる。 なぜなら、前原氏から最初に相談を受けて賛同した当時の党幹部の枝野代表代行も連帯責任を負うからだ。 結局、希望の党が正式に排除した議員は滋賀1区の嘉田由紀子氏だ(鹿児島一区の川内博史氏などのように別の選挙区を提示されて断った者を排除に入れなければ)。しかも、彼女は民進党議員ではない。 実は、「いの一番」に解党に賛成した枝野氏に至っては希望の党への公認申請すらしていない。申請の無い者を排除することができないのは自明の理であろう。しかも、そもそも枝野氏は排除対象ではなかった。申請すれば公認され、実際希望の党ではその準備もしていた。自らの当選を確実にし、支持者らに迎えられて事務所に入る 立憲民主党の枝野幸男代表=2017年10月22日、さいたま市 ではなぜ枝野氏は自らが排除されたと振る舞ったのか。実は、驚くべきことに、一部メディアの報じた「偽排除リスト」を根拠に、排除されると信じ込んだにすぎないのだ。 選挙に強くない枝野氏が無所属立候補を恐れたことは想像に難くない。ゆえに、前原誠司氏、玄葉光一郎氏、安住淳氏、岡田克也氏、野田佳彦氏、小沢一郎氏(全員無所属で立候補)などのように選挙に強い政治家と違って、自らの立場を守るため右往左往していたことは筆者のもとにも情報として伝わっていた。 「排除の論理」について、感情的な議論が幅を利かせている。いつものことだが、日本の言論空間に真実が広がるのはずっと後のことだろうし、場合によっては虚偽の政治史が作られ、続いていくのかもしれない。 しかし、歴史の検証に耐えられるのは事実に対して誠実であった者のみだ。その点で、批判の矛先に立たされている前原氏こそが有資格者だ。 「排除の論理」を政治の師匠、鳩山邦夫氏から伝承した筆者の責任はこれを断言することだと信じる。

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    なぜ小池氏は「まともな野党」をつくれなかったのか

    、立憲民主党の今後の党勢を占う意味では「新人候補はどれだけ勝てたのか」を見ておくのが適切である。どの政党にとっても、「新しい血」がどれだけ入るかは先々の党勢に結び付くからである。この点、立憲民主党が小選挙区で獲った17議席中、新人候補が獲ったのは、北海道の2議席と神奈川の1議席の、併せて3議席に過ぎない。立憲民主党も結局、民進党のリベラル系議員が「看板」を付け替えただけというのが実態であろう。「民主」と掲げられた立憲民主党の選挙カー=2017年10月、新潟市中央区(太田泰撮影、画像の一部を処理しています) しかも、枝野幸男代表は「安保法制を前提とした9条改憲には反対。阻止に全力を挙げる」と語っているけれども、立憲民主党が共産、社民両党と同様に「反改憲」を党のアイデンティティーにしようとするならば、その党勢は尻すぼみであろう。立憲民主党の先々の党勢は、立憲民主党支持層の主体が若年層ではなく高齢層であるという事実にも示唆される。全然できていなかった「選別」 第二に、後世、先刻の選挙を象徴する風景として語られるかもしれないのは、希望の党の「竜頭蛇尾」とも表現すべき党勢の「隆盛」と「失速」、そして選挙後の「混乱」である。希望の党の「竜頭蛇尾」はそれが結局、代表である小池百合子東京都知事の「野心」と民進党の面々の「保身」の枠組みに過ぎないという印象が世の人々に植え付けられたことによっている。 まず、小池氏における「我」の強さは、彼女の姿勢に「独善性」と「利己性」を浮き上がらせた。希望の党が実質上「小池私党」であるかのように小池氏が演出したことこそ、希望の党から民心を離反させたのである。小池氏が選挙の投開票当日に訪問していたパリで発した「『鉄の天井』があることを改めて知った」という言葉は、彼女にとって先刻の選挙が持っていた意味を示唆する。希望の党公認候補の選挙事務所に貼られた小池百合子代表のポスター=2017年10月、兵庫県内 次に、希望の党に民進党が合流すると伝えられたことに端を発する紛糾は、希望の党の政党としての性格を誠に曖昧なものにした。実際、希望の党は候補公認の条件として「安保法制容認」を明示していたのであるけれども、10月27日付の朝日新聞は、選挙当選者の7割が安保法制に否定的に評価している事実を伝えていた。 それは、小池氏が「選別」を口にした割には、その「選別」が全然できていないということを意味した。安保法制評価のような安全保障案件で二言を弄(ろう)するような政治家は、信頼度において最低の部類に属するであろう。 しかも、選挙中に希望の党の失速が語られる段階に至って、公認候補から党への「離反」を示唆する発言が相次いだのは、喩(たと)えていえば「戦中に自陣の備えを崩す」が如き振る舞いであり、有権者に対して極めて不誠実であったと断ずる他はない。政党の根底にあるべき「信頼」において、希望の党が立憲民主党よりも格段に落ちると見られたのであれば、その失速も当然の成り行きであったと評すべきであろう。 加えて、立憲民主党や希望の党に「看板」を付け替えた面々の多くが民主党内閣三代の政権運営を担った事実に醸し出される憂鬱(ゆううつ)な空気は、立憲民主党の「躍進」と思(おぼ)しきものを前にしても払拭(ふっしょく)されるわけではないし、現下の希望の党の実態が伝えられれば余計に増幅されよう。日本の諸々のメディアに披露される幾多の政治評論において、自民党を中心とした政権与党の執政を批判することに忙しく、「まともな野党」を鍛えることに精力を割かなかった弊害は、今後次第に日本政治全体をむしばんでいくことになるかもしれない。

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    安倍の悲願を打ち砕く「マイルドリベラル旋風」はこうして生まれた

    治」を批判しているが、独善的な党運営になるのではないか、という懸念が消えない。2017年10月、地域政党「都民ファーストの会」に離党届を提出し、記者会見する音喜多駿都議(左)と上田令子都議 それが「自爆テロ」となって爆発したのが、都知事選から小池氏を支援していた、いわば「譜代の臣」である音喜多駿、上田令子両都議による都民ファーストからの離党劇だ。都民ファースト内部で冷や飯を食わされていることへの不満など、表向きの離党理由以外にもさまざまな要因が取り沙汰されているものの、離党のタイミングといい、「オープンな政治」「情報公開」を掲げる小池氏にとって、そのスローガンとは裏腹の、都民ファーストの独善的な運営のマイナスイメージは計り知れない。希望の党も、都民ファースト同様「小池商店」で、小池氏個人の差配で何でも決まるのでは、果たして国政政党の体をなすのか、ましてや政権政党としてふさわしいのか、という疑問符がつきつつある。リベラルな衣をまとったご都合主義 第五は「二足のわらじへの冷めた目」だ。小池氏は圧倒的な得票で都知事の座に就きながら、わずか1年余で国政政党の代表となった。読売新聞社が10月7~8日に行った全国世論調査では、小池氏が希望の党の代表を務めていることについて、「都知事の仕事に専念すべきだ」が71%と7割を超えた。「今のまま、希望の党の代表と都知事の兼務を続けるべきだ」は19%、「都知事を辞職して、衆議院選挙に立候補すべきだ」は7%にすぎなかった。 都知事辞職、衆院選出馬していれば、総スカンの逆サプライズは必至だった。結局出馬しなかったが、党首討論や街頭演説で映る小池氏をテレビで見ている人たちは「都知事なのになぜ国政?」と思い続け、マイナスは増幅する。希望の党は「小池代表の二足のわらじ」への評価も含めて衆院選を戦わなければならない。 同じ読売新聞社の世論調査で衆院比例選の投票先は、自民党が32%、希望の党が13%。立憲民主党が7%だ。希望の党の失速、立憲民主党の躍進は、その後ますます顕著になりつつある。安倍内閣の支持率は41%、不支持率は46%で、いまだに「安倍嫌い」が根強いなかで、にわかに浮上した「リベラル勢力」。 小池氏は「リベラルを排除します」「リベラルを受け入れる気はさらさらない」などという強い表現でリベラルを排除し、「保守二大政党」を志向することを鮮明にした。それはそれで、一つの考え方ではある。小池氏としては、排除発言の時点では「リベラル潰し」をしたつもりだろう。その「功」といえば、「有権者にとって分かりやすい構図になった」ということだろうか。 1994年に「自社さ連立」の村山富市政権が誕生した際には、55年体制下で政策的にも対立した自民党と社会党が政権奪還のために組んだことで有権者を驚かせた。だが、村山首相も「自衛隊は合憲」とこれまでの主張を覆し、現実政治をリベラルが追っていくことで、有権者にとって、リベラル勢力が目指す政治の姿が見えにくくなった。新内閣組閣後、橋本龍太郎通産相(右)と握手する村山富市首相=1994年6月、首相官邸 その後、民主党が結党され、リベラルから保守勢力まで幅広いウイングが一つの党に同居することで、とりわけ安全保障などで政策の一致ができているのか、有権者には懸念が付きまとった。安保法制でも「反対すれば野党に有利」というような、リベラルな衣をまとったご都合主義が鼻についた。純化されたリベラルが首相の悲願に牙を向く しかし、小池氏がリベラルを排除したことで、共産党のように「護憲」「自衛隊は違憲」「だが憲法に定められた天皇制は否定」というような極端な主張ではなく、「マイルドリベラル」の立憲民主党が誕生し、リベラルな傾向を持つ層にとって、投票しやすくなったといえる。 衆院選の序盤情勢でも、小池氏に排除された同情だけでなく、護憲・自衛隊違憲の「教条主義」にはついていけないマイルドリベラル層が立憲民主党に流れている。リベラル系の有権者は根っからの「安倍嫌い」で、もとより自民党や公明党に投票する層ではない。共産党にも抵抗感がある層にとって、立憲民主党は「投票しやすい」側面があり、リベラル系有権者の票を集めて一定の支持を集めるだろう。しかし、リベラル勢力で衆議院の過半数を制して政権を奪取できるとは考えられない。2017年10月、「立憲民主党」を結党すると表明した記者会見を終え、写真に納まる枝野幸男代表 一方の「罪」は、マイルドリベラル層が支持する政党が誕生したことで、「安倍一強」対「その他」の構図が、「保守」対「リベラル」の構図に単純化されていくリスクだ。失速した希望の党は、いずれ自民党の切り崩しにあい、消滅していくかもしれない。しかし、選挙期間中であるにもかかわらず、早くも参議院の民進党は、政党助成金のことがからんでいるとも取り沙汰されているが、前原代表を解任して民進党に再結集するなどと、有権者不在のあぜんとするようなことを言い始めている。 民進党のリベラル派が参議院も含め、立憲民主党として一定の勢力を占めれば、憲法改正反対で、小池氏ばりの「ポピュリズム」をあおるリスクが高い。衆参で3分の2以上の議席を占めても、国民投票に向けて、純化されたリベラル勢力がマイルドリベラルにアピールして憲法改正反対のポピュリズムをあおれば、2012年の政権奪取以来の悲願だった安倍首相の憲法改正が頓挫することになる。 日本政治の中で、長年表舞台から遠ざかってきた「リベラルの旗」が掲げられた分かりやすさを、マイルドリベラルの有権者は歓迎するだろうが、「憲法改正反対」のポピュリズムに巻き込まれれば、それはまた日本政治停滞のリスクにもなる。 歴史の歯車を回した3人、安倍首相、前原氏、小池氏の誰が新しい歴史を作った「功労者」として後世に名をとどめることになるのか。それとも、日本政治に混乱と停滞をもたらした「戦犯」と名指しされるか。有権者も衆院選後の政治の動きを固唾(かたず)をのんで見守っている。

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    小池百合子の「リベラル潰し」はなぜ失敗したのか

    のポイントを整理すれば、次のようになろう。 (1)民進党が希望の党への合流を決めたことで、リベラル系政党の連携、いわゆる「野党共闘」が打撃を受けた。 (2)希望の党の公認を得るべく、多くの民進党出身者がみずからの姿勢を保守化させ、リベラルから転向した。 (3)希望の党に合流せず、リベラルの姿勢を維持している者は、もはや少数派にすぎず、政権獲得をめざすどころか、改憲発議を阻止する勢力にもなりえない。 (4)民進党が希望の党への合流を決めたのは、「今のままでは選挙を戦えない」という判断の産物であった。 つまりリベラルは国民から愛想をつかされていたのであり、希望の党への合流をめぐる騒動によって、それが決定的に浮き彫りになったというわけなのだ。会見する希望の党代表の小池百合子氏=2017年9月、東京都庁(飯田英男撮影) ここで言う「リベラル(派)」は、「往年の『革新(派)』ほど、左翼的な反政府・反体制志向が顕著ではないものの、ナショナリズムや積極的な安全保障政策の追求には否定的で、経済政策に関しても、平等志向に基づく弱者擁護の姿勢を強調したがる立場の者たち」と定義できる。 希望の党代表である小池百合子東京都知事は、同党からの公認を申請した民進党候補について、平和安全法制や憲法改正を肯定するかどうかで選別を行った。しかもその際、「(選別は)リベラル派大量虐殺なのか?」と質問された小池氏は、これを打ち消すのではなく、次のように返答したと伝えられる。 「排除致します。というか、絞らせていただくということです。それはやはり、安全保障や憲法観という根幹部分で一致していくことが政党の構成員として必要最低限のことではないかと思っています」 くだんの選別、ないし排除によって、選挙の構図は大きく変わる。希望の党と民進党の合流が伝えられた当初は、「自民党VS希望の党」の構図も、「保守とリベラルの競合」としての側面を持っていた。民進党はもともとリベラル色が強く、希望の党はできたばかりの新党だからだ。 しかるに希望の党が公認に関するリベラル排除を打ち出したとたん、この構図は「保守と保守の競合」に変貌した。ハフィントンポストの記事によると、民進党の前議員88人のうち、希望の党の公認を得た者は約60%。あとの40%のうち、リベラル系新党「立憲民主党」に参加した者はさらに約40%で、残りは無所属で出馬したという。 上記の経緯を見るかぎり、リベラル壊滅論は相応の説得力を持つ。しかるに、注目すべきは、公認に関するリベラル排除を打ち出したとたん、希望の党のブームがいきなり失速したことである。 同党の獲得議席については、一時は150を超えるとか、200をうかがうかもしれないとまで言われた。ところが現時点では、良くて公示前の57を多少上回る程度、下手をすれば割り込むと予想されている。選挙の主役は枝野幸男? 逆に立憲民主党は躍進の勢いだ。10月13日に発表された朝日新聞の情勢調査は、獲得議席上限を49と、公示前(15議席)の3倍以上に設定した。同調査における希望の党の獲得議席下限は45なので、希望と立憲民主の勢力逆転すらありうることになる。 はたせるかな、10月16日にJNNが発表した世論調査では、立憲民主党の支持率が希望の党を上回った。10月17日にFNNが発表した調査も、小池氏の支持率が急落する一方、立憲民主党が「希望の党との間で、野党第一党を競り合う勢い」だと報じている。 国民から愛想をつかされていた(はずの)リベラルを排除するや、喝采を浴びるどころか大ヒンシュクを買うとは、一体どういうことだろうか? しかも排除されたリベラルは、総崩れのまま消滅の道をたどるかと思いきや、予想外の健闘を見せている。 これで選挙後、希望の党の民進系議員がこぞってリベラルに再転向、同党を出て立憲民主党に合流するような事態が生じればどうなるか? 共産党や社民党と合わせて、改憲発議を阻止できる勢力となることすらありうるかもしれない。 今回の選挙の主役は、安倍総理でもなければ小池氏でもなく、立憲民主党の枝野幸男代表だという声まで出た。リベラル壊滅論の妥当性も、こうなると再検討する必要が生じよう。その際のキーワードは、ずばり「政局」である。連合の神津里季生会長と会談後、取材に応じる立憲民主党の枝野幸男氏=2017年10月、東京都千代田区(飯田英男撮影) 『広辞苑』は「政局」について、「政治の局面。その時の政界の有様。政界のなりゆき。政権にかかわる動向」と定義する。けれども現在、この言葉は「政界における自分の立場を有利にすることを唯一最大の目標とする行動パターン」の意味で使われる場合が多い。 一寸先は闇という政界の特徴を思えば、これは「自分の立場を有利にするためなら、その時々で主義主張をどんどん変える」ことを意味しよう。政局重視の発想のもとでは、御都合主義的な振る舞いこそ適切なのであり、政策理念に関する一貫性や整合性へのこだわりなど、脇に追いやられるのだ。 今回の総選挙にいたる経緯は、まさしく「政局と政局の化かし合い」とも呼ぶべきものだった。安倍総理が解散に打って出たこと自体、「民進党の内紛が続き、小池氏の新党づくりも十分進んでいない時点で選挙をやるのが最も有利」という判断によるものだったのは否定しえまい。 アベノミクスのさらなる展開(いわゆる「生産性革命」や「人づくり革命」)であれ、消費増税分の使い道の変更であれ、少子高齢化対策であれ、はたまた北朝鮮問題への対処であれ、今ここで選挙を行い、国民の信を問わなければ推進できないなどということがあろうか。これらのうち、何が最大のポイントかさえ、実のところ判然としない。 だからこそ小池氏は、「与党がそこまで御都合主義に走ったのだから、急ごしらえで新党を立ち上げても、大義名分が立つので勝てる」という判断のもと、希望の党を旗揚げしたに違いない。さしずめ「御都合主義と御都合主義の競合」だが、政局重視に徹する姿勢の鮮やかさにおいて、小池氏は明らかに総理より優っていた。 旗揚げ直後、希望の党が圧勝して政権に王手をかけるのではと言われたのも無理からぬことだろう。現に安倍総理は、「誠実に愚直に政策を訴えていきたい」と演説するなど、政局重視の姿勢を撤回するかのような動きまで見せた。リベラル風が吹いたら最後 民進党が希望の党への合流を決めたのも、「政局と政局の化かし合い」という視点に立てば、批判されるべきことではない。政局重視とは「自分の立場を有利にできるなら、無節操に振る舞ってもよい」と構えることなのだ。 「政局の女王」として、寛容の精神、ないし御都合主義を発揮し、公認希望者をことごとく受け入れることこそ、小池氏にふさわしい対応だったはずである。ところが小池氏は、政策理念の一貫性や整合性にこだわり、リベラルの排除に踏み切った。希望の党候補の応援に駆けつけた小池百合子氏(左)と民進党の前原誠司代表=2017年10月、東京都品川区(桐原正道撮影) 御都合主義的な態度を取らずに筋を通した、そう肯定的に評価することもできるのだが、こうなると「希望の党の旗揚げ自体が巨大な御都合主義ではないのか」という点が際立ってしまう。政局重視に徹することでブームをつくりだしておきながら、政策面で筋を通そうとするのは、これまた一つの破綻にほかならない。 安倍総理の「愚直に政策を訴えていきたい」発言も、その意味では破綻しているのだが、小池氏の場合、政局重視の姿勢が鮮やかだっただけに、破綻も鮮烈なものとなってしまう。リベラルの排除が、希望の党ブームの失速や、小池氏の人気失墜を引き起こしたのは、必然の帰結だったのだ。 だとしても、政策面で筋を通そうとすることがヒンシュクを買うというのは、憂慮すべき事態と評さねばならない。それは国民が、政治家、または政党に対して、「主義主張なんかどうでもいい、とにかく世の風向きを敏感に読み取り、相手を痛快に出し抜いてみせろ」と求めていることを意味する。 ならばリベラル壊滅についても、額面通り受け止めることはできない。たとえ現時点では国民の多くから愛想を尽かされていようと、世の風向きがリベラルのほうに吹いたら最後、今度はそちらに走るのが望ましいことになるのだ。リベラル派の前身たる「革新派」は、敗戦直後、まさにそのような風潮のもとで生まれた。 リベラル壊滅の陰には、「筋の通った政策論に対する関心の消滅」という、きわめて厄介な問題がひそんでいる。そのような政局至上主義が横行するもとでは、どの党が政権を担ったところで、国のあり方が良くなるとは信じがたい。平和安全法制や憲法改正に賛成であろうと、今回の事態を喜んではいられないのである。