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    政治家経験でわかった、日本の自由で多様性豊かな社会を阻む枷

    上西小百合(元衆院議員) 日本国憲法第3章では「両性の本質的平等」(男女平等)について規定されているように、日本でも男女平等の社会を築くべく、多くの国民が闘ってきた歴史がある。 その血のにじむような努力の結果、例えば昭和21(1946)年4月10日には戦後初の衆議院議員選挙で、日本で女性の参政権行使が実現したのだ。 もちろん、現代はその頃と比較すると労働や雇用における女性の権利に関する法律は随分と進歩したものになってはいる。しかし、いまだに女性の社会進出には岩盤のような障壁が立ちはだかっているような気がしてしまう。 日本維新の会代表である吉村洋文大阪府知事が今年1月に発言した「ガラスの天井」もその一つだ。府のトップである知事が誤った意味として使うほど、一部の頭の固い男性政治家からすれば、社会で活躍しようとする女性の存在など認められないものなのであろう。 それは国民を代表する立場の政治家からジェンダー問題発言がなくなるどころか、いまだ頻発していることにも表れている。記憶に新しいものは、森喜朗東京五輪・パラリンピック大会組織委員会前会⻑の「女性がたくさん入っている理事会(会議)は時間がかかります」という発言だ。 森氏は失言であると釈明したが、私には失言などではなく、戦前教育などによって心の底に染み付いた本音がこぼれてしまったようにしか見えない。昭和12年生まれという森氏の年齢を考えると、「女がでしゃばるな」という考え方があっても不思議ではない。 倫理的には疑問符がつけられようとも、思想は人それぞれであるから、これが隠居後のつぶやきであればスルーできるのかもしれない。けれども世界から注目され、多大なる権限を握る役職に就任しておきながら、公でそのような発言を堂々と行ったということはいまだに日本が「女がでしゃばるな!3歩後ろを歩け!」とか、「女性が男性と同様に活躍するなど厚かましい!」という思想の国であると世界中に刻み込んでしまった気がして残念でならない。 こういう議論のときに必ず出てくるのが「男性が『女性は~』なんて言うというと批判されるが、女性が『男性は~』といってもさほど問題視されないのは不公平だ」という声だ。私はこれをナンセンスだとしか思えない。 これまでの歴史を俯瞰(ふかん)してみると、男性は社会構造上、女性より多くの権利を手にしていたのも事実だ。選挙権や職業選択の自由、雇用機会などがそれにあたる。その優遇されていた男性が「女のくせに…」という発言をすることが問題なのだ。 例えてみれば、裕福な人が「貧しいくせに~」と言うことと、貧しい人が「金持ちのくせに~」と言うことの心象や問題性の違いを考えてみてもらえば分かりやすいのではないか。裕福な人は選択の自由の幅が広いものの、貧しい人のそれではその余地が少ないのは自明ある。 それゆえに森氏のこのような声は、実は「男女共同参画社会の実現を何としても食い止めたい」という気持ちの表れなのではないかと感じてしまうし、世界的に見ても遅れている女性の社会進出の現状を作り出す要因になっていることに他ならない。東京五輪・パラリンピック組織委の評議員会と理事会の合同懇談会で、会長辞任を表明する森喜朗氏=2021年2月12日、東京都中央区(代表撮影) 森氏に似た政治家の発言でいえば、日本維新の会前代表である松井一郎大阪市長のコロナ禍における外出自粛を促す発言に衝撃的なものがあった。 それは「やっぱり女の人が(スーパーなどに)行くとね、いろいろ商品とか見ながら『これはいい』『あれがいい』と時間がかかる」という主婦からすれば家事一切を放り出してしまいたくなるような無礼極まりない発言である。次世代にツケを残さない なぜ森氏や松井氏のように、そこまで女性を見下さなけらばならないのか本当に不思議になってしまう。しかし、残念なことにこのように女性をばかにする頭の固い政治家が多く存在するというのが現在の女性を取り巻く惨状なのである。 国民からすれば、そんな人たちに「男女共同参画に協力してください」などと言われても、安っぽいコントでも見せられているような気分にしかならないのではないだろうか。それではいつまでたっても真の男女平等など実現しない。 実際に私の経験から男女平等について考えてみよう。私は神戸女学院大という女子大を卒業し、運よく女性が多く活躍する職種の企業で会社員勤めをすることができ、その後は衆院議員になった。 恵まれたことに議員になるまでは前述のように女性が過ごしやすい環境に囲まれており、「女性は生きにくい」などと特段感じたことはなかったのだが、それが政界に入り一転した。 まず初めて本会議場で着席したときに、女性議員の比率の異様な少なさに驚きと恐れを抱いた。そして女性議員だからこそ受けた衝撃的なこと、特に分かりやすい例を挙げれば、私が委員会質問の席で自民党議員から投げかけられた「早く子供を産めよ!」というマンスプレイニングが過ぎるヤジ、懇親会の席で同席者(一部の議員や有権者)からのいわゆるホステス扱いの対応などである。 つまり、女性議員が男性議員と同様に政策について議論しようとしても、「まぁまぁ女なんだからそんな難しい話をしないでよ、面倒くさいな」などと言わんばかりの反応を随所で押し付けられるのだ。 社会において女性が当たり前に職務を遂行しようとしても、邪険にする人たちの存在を私は皮肉にも国民の模範となるべき政界に入って初めて身に染みて感じさせられた訳だが、これこそが日本の女性たちが男性と比較しいかにハンディーを背負わされているかということを集約ないし例示したものであろう。 歴史により刻み込まれたことを変えるのは非常に困難なのかもしれないが、女性が男性と同様に普通に生きられる社会をつくり、男女共同参画社会を目指すことは日本経済の発展につながり、男性にとっても住みよい社会になることは間違いない。 「男性は仕事、女性は家庭」という時代にそぐわない決めつけの価値観に縛られずに、「男は強くなければ!」「女は支える側でなければ!」などと古い思い込みは取っ払っておのおのが得意な役割を担えばいいのだ。 家事や子育てなど家庭を支えることを得意とする男性が主夫になり、社会に出て活躍し稼ぐことを得意とする女性が外で働くという選択肢にも支障があってはならない。 男女関係なく、それぞれが一人の人間として尊重され、各々の個性が重要とされる社会にするためにも、まずは視野の広い政治家を多く選出することが必要だ。1985年の男女雇用機会均等法成立に先立ち、同法案を可決した参院社会労働委員会の傍聴席に詰めかけた女性たち  それこそが政治家たちがよく口にする「次世代のためにツケを残さない!」ことにつながり、男女参画や主権者教育といった教育分野を進めていく礎になるであろう。すべての国民が自由な生き方を選択できる時代を目指したいものだ。 なお今回が最終回ということで、私の言いたい放題にお付き合いくださった心温かい読者の皆さま、iRONNA編集部に心より感謝を申し上げます。またどこかでお会いできることを楽しみにしています。

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    テレワークに忍び寄る「サイレントうつ」の脅威と克服法

    シリテーター) 今年に入り2回目の緊急事態宣言が発令されました。昨年の1回目より「テレワーク」という働き方が、ある程度定着している企業も多いと思います。新たな働き方が始まった中で皆さんは、「テレワークうつ」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。 パーソル総合研究所のアンケートでは、テレワークを認める企業(原則テレワークもしくはテレワーク推奨と、希望に応じてテレワーク可との合計)は緊急事態宣言が発令された場合は71・1%、新型コロナ感染リスクがある場合は60・1%、コロナ終息後の場合は44・8%となっています。 このアンケートからも、今後テレワークという働き方が企業のキーポイントとなることが分かります。しかし、テレワークといっても万全ではなく、セルフコントロールをしないと「テレワークうつ」よりさらに怖い「サイレントうつ」になることがあります。今回はその原因と予防策についてご紹介します。 テレワークという働き方には「場所や時間に縛られず働ける」だったり、「通期時間がないので、ストレスが減る」などさまざまなメリットがあります。 しかし、それと同時にテレワークならではのデメリットも存在します。あるアンケートでは「リモートワーク前と後での健康面の変化はありましたか」という質問に対し、52・2%の方が「悪くなった」と答えていました。 このアンケートでは主に運動など身体面にフォーカスされていますが、今回皆さんには、先に触れた「サイレントうつ」に注目していただきたいと思います。オフィスとは異なり、この病気は自宅という周囲に人が少ない状態のテレワークによって起こります。そのため周囲の人や自分自身でもなかなか気付きにくい病なのです。パーソル総合研究所が発表したテレワークを認める企業の回答割合 人によっては「在宅勤務をすることで、逆に長時間勤務になった」というケースや、「誰ともコミュニケーションをとらず、孤独感を感じている」などの問題も起きています。さらに「新型コロナウイルスを過敏に意識することによるストレス」や、「突然のニューノーマルへの移行によって心がついてこない」などの心理的負担や環境の変化が「サイレントうつ」を引き起こします。 厚生労働省の平成29年の労働安全衛生調査によると、情報通信業や金融業のうつ発症リスクは全社平均の3倍と非常に高くなっています。もちろん一概には言えませんが、コロナ禍前でさえこうした結果なのですから、IT系の企業はパソコンに向かう時間が長かったり、金融系などは心理的な重圧ゆえに、他業種以上にストレスフルな環境にある証拠かもしれません。「サイレントうつ」対策 企業として講じることができる対策は、「テレワークが向かない人もいる」ということを考慮しながら、会社としての働き方の指針や組織としてのコミュニケーションの方法を決定していくことが望ましいでしょう。 定期的に社員のメンタルについてアンケートを行ったり、必要に応じて産業医に相談できる環境を整えるなど、「サイレントうつ」に社員が陥ってしまった場合のケアも重要です。 ここでは企業としてできる、「サイレントうつ」対策として、2つのポイントと施策を挙げたいと思います。いずれの施策にも共通することは、まず「孤独感を感じさせない組織づくり」と、「さまざまな施策の中で、社員が自分に合った方法で、心理的な安全性を確保する」ということです。 当社で行っている3つの例を挙げると、1つ目は「オンラインコミュニティーをつくること」です。当社では、業務に関するもの、業務外に関するもの(趣味、雑談など)の27個のコミュニティーがあります。いわゆる、オンライン上のサークル活動のようなものです。自分の好きなコミュニティーで業務以外の人間関係を構築することで、心理的安全性を確保することができます。 また、趣味などに興味を持つことで、仕事の息抜きやリフレッシュにもなります。当社ではコミュニティーを通じて、仕事で一緒になった際にスムーズにコミュニケーションがとれるようになったり、コミュニティーから新たな仕事が生まれたり、組織の活性化につながっています。 2つ目は「オンラインイベントの定期的な開催」です。当社は世界33カ国に400人のメンバーがいるため、対面で全員が参加することは現実的に厳しいです。しかし、オンラインイベントであれば世界中のメンバーが参加することが可能です。オンライン開催での花見を楽しむ参加者ら(ニット提供) これまで入社式やお花見、忘年会、バーチャル世界一周旅行などをオンラインで行ってきましたが、基本的にはメンバー同士のコミュニケーションを重視したイベントを企画しています。季節ごとに、時にはクライアントなどを巻き込みながらイベントを開催しています。 さらに「社長から定期的にメッセージをお届けすること」も意識しています。節目節目で全社会議を実施し、社長から直接メンバーにメッセージを届けることで、会社への帰属や一体感の醸成を創出しています。つながりの環境づくり さらに新入社員の入社時では、必ず一人一人に人材育成担当者をつけています。主な目的は「新しく入った人が働きやすいようにサポートする」ことです。1on1(1対1)の対話を入社時にまず行い、その後3カ月間で毎月1回そうした機会を設けています。「何が分からないか分からない」や「誰に聞いたらよいか分からない」というのが新入社員が抱く入社時の状況です。 だからこそ1on1で心理的安全性を確保しつつ、メンバーの不安を軽減しています。また、毎週オンラインチャットで重要なお知らせのリマインドや1週間の出来事を発信しています。事務連絡だけではなく、絵文字を使いながら語りかけるような口調でお知らせすることが心理的安全性を与えるためのポイントです。 テレワークでは、相手のスケジュールに合わせ続けると結果的に長時間労働になりかねません。そのため会社が与えてくれる施策にだけ頼るのではなく、自分自身の状態を管理することも大切です。最後に、「サイレントうつ」を防ぐセルフコントロール方法についてもご紹介したいと思います。 まず、不調になったときの相談先一覧を作っておきましょう。何かあった際は速やかに報告・連絡・相談を行うことで、一人で抱え込まずに周囲の人と一緒に解決策を考えることができます。 そして、そもそも「サイレントうつ」にならないために、仕事とプライベートをきっちりと分けるようにしましょう。休憩時間を定期的にとり、メリハリをつけた生活にすることで、長時間労働を防ぎます。就業時間以外は会社のパソコンを見ないなど、物理的な工夫も大切です。緊急時以外の連絡には終業時間外に対応しない癖をつけることで、メリハリをつける習慣ができます。 また、自分の仕事を可視化し、やることリストをメンバーに公開しておくこともよいでしょう。仕事のキャパシティーやスケジュールをメンバーに共有することで、自分だけでなくチーム全体が業務量を把握することが可能です。日々の仕事では休む時間や休日をカレンダー機能に入れておくことで、自分なりの休むペースを作るだけでなく、可視化することができます。 私自身、テレワークという働き方をしていますが、「テレワークが絶対によい」と考えているわけではありません。出社することで、一堂に会するメリットもありますし、一方、テレワークでは通勤時間がなくなることで、生産性が飛躍的に向上する部分もあります。写真はイメージ(ゲッティイメージズ) それぞれの特徴のよいところを生かして、出社とリモートワークを取り入れたハイブリット的な働き方を推進できるのが一番よいのではないかと思っています。そして仕事を一生懸命することも重要ですが、「一生懸命、休む」ということも本当に大事です。まずは心身ともに健康であること、つまり身体が資本です。その上で仕事のやりがいを追求したり、余暇や学習を楽しんでいけたらいいなと考えています。 自分の身体と心を守れるのは、自分自身です。セルフコントロールをしながら、仕事を含めて人生を楽しんでいけたら、とてもすてきなことですよね。だからこそ私自身、皆さんの働き方や生き方が、より豊かになるような選択肢を増やせるよう努めていきたいと思います。前例のない働き方が求められる中で、今回のテーマが少しでもこのコロナ禍で役立てば幸いです。読んでいただき、ありがとうございました!

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    あきらめてませんか?テレワークでも超絶な社内イベントの「虎の巻」

    小澤美佳(株式会社ニット広報/オンラインファシリテーター) 新型コロナウイルスの感染拡大によりテレワークが普及し、オンラインツールを活用しながら業務を行う方も増えました。正直なところ、「実際に人と会わなくても業務は進められる」ということに気付かれた方も多くいると思います。一方で、「仕事以外で会社の人と話したりする機会がほしいな」と思っている方も同じくらい増加しているという声も伝わってきています。 コロナでなければ開催していたはずの忘年会、新年会、入社式、お花見など社内イベントを今年も見送りにしようと考えておられる企業も多いことでしょう。ですがこれから先、いつまで続くか分からないコロナ禍で、ずっと中止にしてしまってよいのでしょうか? そもそも社内イベントはなぜ行われるのでしょう。会社は、個人が集まり、人生の時間を共にする場所です。もちろん、業務を遂行して事業を前へ進め、利益を追求したり社会に貢献することも目的としてあります。しかし、時として「会社」という場所や、そこにいる人と人とのつながりを通じて士気が上がったり、心理的安全性が高くなるのもまた会社の良さや意義でもあります。 だからこそ飲み会や期末の打ち上げ、忘年会などはその会社や組織の仲間であることを感じられる、とても大事な機会なのです。 私が所属するニットでは、創業時からフルリモートで事業を運営しており、現在世界33カ国400人のメンバー全員がリモートワークという形で働いています。オンラインで遂行してきた業務のノウハウを生かし、さまざまなオンラインイベントを実施しています。 新型コロナウイルスで世の中が暗いニュースばかりの中、昨年8月には1千人以上を集客した「バーチャル世界一周旅行」や、12月には6時間×2チャンネルの16コンテンツという「日本最大級のオンライン忘年会」などを開催しました。このようにコロナ禍でも「オンラインでもみんなが楽しめるイベントは作れる!」ということを、ご紹介できればと思います。 まず、これはリアルイベントでも同じですが、そもそも参加者がいないとオンラインイベントは成り立ちません。当社も社内のオンラインイベントを実施したばかりのころは、参加者を募った際に人数が少なく頭を悩ませました。 イベント企画時に特に参加してほしいと考えていたのは、「参加したいけど、どうしようかな?」と迷っている人たちや、育児に追われてなかなか飲みに行くことができない人たちなど、「参加すること」に葛藤を持つ人々でした。 当社では子育てをしているメンバーが半分以上所属しているため、子供を寝かしつけした後に参加できる時間帯と、また世界33カ国にメンバーがいるので時差がある人もなるべく参加可能にするために、開始時間を21時30分に設定しています。 その他にも、当社に入ったばかりのメンバーなどにも気軽に参加してもらえるよう個別に声をかけたり、途中参加や退出しやすいプログラムの設定、タイムテーブルを事前に知らせることで、それぞれの都合に合わせて入退出できるシステム作りを意識するようにしました。 リアルの場だと「最初から最後まで参加しないと!」という強制力を感じることもありますし、退屈する人やその場になじめない人がいることも考えられますが、それはオンラインでも一緒です。だからこそ「みんなが楽しめる場にするにはどうしたらいいか」についても事前に幹事団で話し合いを重ね、オンライン上で大人数でも楽しめるビンゴ大会やクイズをプログラムに盛り込みました。オンライン開催した忘年会でビンゴを楽しむ参加者ら(ニット提供) クイズでは「会社のビジョンはなんでしょう?」など、メンバーなら分かるクイズにしたり、「社長がハマっているプロテインはなんでしょう?」といった社長に近しいメンバーも知らないクイズを出すなど、会社の理解を深めつつ、社員一人ひとりの個性を感じるクイズも作ることが可能です。  また、ビンゴ大会はグーグルのスプレッドシートを活用し、ビンゴカードを作ることで手元に紙のカードがなくても実施可能です。さらに、誰がビンゴか一目瞭然なので公平性があり、盛り上がるポイントになります。問われる会社の姿 これらのコンテンツはどれも、「参加者に楽しんでほしい!」という気持ちがあふれたものになりました。どのイベントも同じメンバーではなく、いろいろなメンバーが企画し、主催している私たち自身も楽しみながらイベントを企画し、制作しています。 イベントを開催する際には、主催者の「参加者に楽しんでほしい!」という気持ちがまず大切です。その上で双方向の対話がなされ、共に企画を生み出す姿勢があるならば、参加者の方に企画者の思いは必ず伝わります。コロナで我慢するべき場面も多いですが、オンラインイベントの可能性は無限大だと、私自身感じています。 春になれば入社式、または期末のキックオフイベントなんかも行われます。いずれも今年はコロナ禍で開催が危ぶまれていますが、コンテンツとファシリテーション(企画の方向性の一致)が決まればそういったイベントもオンラインで実施できます。決してあきらめないでほしいと思います。 この新型コロナウイルスをきっかけに、オンラインツールをどのように活用していくかが、今後会社にとって非常に重要です。ただ業務を遂行するだけでなく、組織としてのつながりを構築し続けることで、さまざまな困難に対応できる強い組織ができ上がることでしょう。 なぜならこの状況下では「会社が社員のことをどう考えているか」が浮き彫りになり、社員からすると「このまま今の会社で働いていてよいのだろうか」と考える人もいるはずです。 このように今後は、「企業が個人を選ぶ」のではなく、「個人が企業を選ぶ」時代になっていくのではないかとも感じています。終身雇用が崩壊に向かっている昨今、企業が雇用で縛り付けるのではなく、「人と企業が信頼をベースに、対等な契約を結ぶ」という概念になっていくのではないでしょうか。 だからこそ、このコロナ禍で企業と社員の関係性を構築していくきっかけの一つがオンラインイベントだと思います。オンラインであれば場所を問わず、日本全国や海外からの参加も可能です。これを機に、社員全員が募る場をオンラインで作ることをおススメします。多人数でのオンライン会議に臨む筆者(ニット提供) 初めはうまくいかないこともあると思います。しかし、先ほど触れた通り、企画者の「みんなに楽しんでもらいたい」という思いは必ず通じます。 ぜひ皆さま、オンラインイベントを検討してみてください。ご一読いただき、ありがとうございました!

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    進まぬDX、中小企業の経営者が知っておくべき「認識の壁」

    日沖健(経営コンサルタント) データやデジタル技術によって事業や組織を変える「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が企業にとって喫緊の課題になっている。 一昨年までDXは、先進的なIT企業が取り組む新しいビジネストレンドにすぎなかった。だが昨年、河野太郎行政改革担当相が行政手続き時の印鑑使用を原則廃止したことや、デジタル庁の設置が決まるなどの動きが相次いだことによって、この認識が大きく変わった。先進的なIT企業だけでなく企業全体、企業だけでなく行政も含めて、社会全体がDX化の取り組みを加速させようとしている。 こうした中で、苦悩を深めているのが中小企業だ。IT化で遅れをとった多くの中小企業は、DX化に取り組むことができていない。 そこへ新型コロナウイルス禍が直撃して「DXどころじゃない」という状態である。本来、DXは事業・組織をより良くするチャンスのはずなのに、コロナ禍を機に着々と対応を進める大手企業や海外企業に水をあけられ、逆に経営を揺るがすピンチになってしまっている。 日本でなかなかDXが進まない理由として、既存システムの老朽化が指摘されている。多くの日本企業はITブームの2000年頃に基幹システムを更新しており、それから20年がたつ。経済産業省によると86%の企業が老朽化したシステムを抱えているという。 社内にIT人材が不足し、ITベンダーにシステム構築を丸投げしてきたことから、社内にノウハウが蓄積されていないケースもある。そのため、老朽化し、ブラックボックスのようになったシステムに誰も手を出せないという状況になっている。老朽化したシステムの存在がDXの足かせになっていると認識している企業は約70%にのぼる。 これらは大企業にも共通する問題だが、中小企業に特有の問題もある。それは、経営者の「認識の壁」である。IT部門はおろか担当者すらいない中小企業では、経営者が音頭をとってDX化を推進するしかない。ところが、多くの中小企業経営者には以下のような4つの「認識の壁」があり、自らDX化を阻んでいる。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)①DXはITベンダーの新サービス、押し売りは御免 多くの中小企業経営者は、ITベンダーから「不当に高価なITシステムを押し付けられた」という被害者意識を持っている。そのため、横文字の新しいIT用語を見聞きすると、条件反射的に「また手を替え品を替え、売り込んでくるんだな」と身構える。 たしかに、DXはITベンダーにとって貴重な新収益源なのだが、そういう事情は抜きにして、自社にとってDX化が必要か不要かを冷静に考えたいものだ。部分的な導入でもOK②DX化しなくても十分に事業を継続できる 現在、事業が順調な企業の経営者は、よく「DX化は必要ない」と言う。しかし、現在うまくいっているからといって、将来も大丈夫と断言するのは、かなり短絡的だ。顧客が、ライバルが、社会全体が変わろうとするとき、自社だけ対応しないで済むだろうか。現状だけを見て「必要ない」と結論付けるのではなく、長期的な視点からDX化が自社の事業・組織にどういう影響を及ぼすか見極めてもらいたい。③今のITシステムが動いているから必要ない DXを進める際、新しいデジタル技術を取り入れる必要があるので、ITシステムを更新することが多い。そのため、中小企業経営者は「DX化=ITシステムの更新」という認識のもと、ITシステムが正常に動いている場合に「DXは必要ない」という判断をしがちだ。しかし、DXの目的は事業・組織を変えることであって、ITシステムの更新はその手段である。 ITシステムありきではなく、まず自社の事業・組織をどう変えたいか、そのためにDXは必要か、必要ならどういうITシステムが必要かというロジックで考えるとよいだろう。④DXですべてを変えるって、ちょっと無理 ITベンダーやコンサルタントは、「DXで事業・組織を全面的に革新しよう」と言う。これを聞いて、多くの中小企業経営者は「すべてを変えるのはリスクが大きすぎる」「資金も人材も限られるわが社では、すべてを変えるのは無理」と尻込みしてしまう。 しかし、「すべてを変える」というのは一種の宣伝文句で、実際には顧客との商談や役所の手続きをデジタル化するなどの、身の丈に合ったDXもある。ゼロか100か、という思考に陥らないようにしたい。 中小企業経営者は、①~③の「認識の壁」についてゼロベースでDX化の必要性を考えていくべきだろう。世の中はDX化一色なので「うちも何かやらなきゃ」と考えてしまいがちだが、DXの必要性は業種や事業内容によって大きく異なる。必要ないというなら、無理に取り組むことはない。 DX化が必要であり、これから取り組むということになったら、認識の壁④に関連する事情を精査して、身の丈に合ったDX化を模索していく。DXによって事業・組織を全面的に革新できるのが理想だが、経営資源が限られる中小企業では、本当に必要な業務プロセスに絞って導入する、効果が大きく成功確率が高い部分から実験的に導入するといったアプローチを取りたい。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) また、中小企業や小規模事業者は「IT導入補助金」などの支援対象になることもあるので、活用するとよい。 昨年が日本における「DXの認知元年」だとしたら、今年は中小企業もDX化に取り組む「DXの実行元年」になるだろう。企業が発展する、飛躍の1年であってほしいものである。

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    コロナ苦の限界と「リスキーシフト」の罠

    新型コロナ禍が長期化する中、まるで感染を罪のように認識する風潮が広がっている。専門家は、感染を恐れるあまり合理性を欠いていても社会集団の合意になってしまう「リスキーシフト」だと分析。みだりに恐怖心を煽る報道も相まって、科学的根拠より同調圧力が上回ってしまう社会に警鐘を鳴らす。(写真はゲッティイメージズ)

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    コロナ長期化、無意識に「リスキーシフト」が蔓延するニッポン

    てもらえる世の中にしていこうと。厚労省と経済産業省は、仕事を通してみんながもっと活気ある生活を送れる働き方を目指すとしています。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 高齢者が年金生活ではなく、継続して仕事をする生活になれば、それなりに経済的な余裕も出てくるので、介護のプロに助けてもらえる。そうすると気分的に煮詰まりませんし、介護を受けるほうもプロに世話してもらうと心地いいんですよ。親族は介護の素人ですから。そういう老老介護の在り方が次のビジョンかなと私は認識しているところですね。「長期バブル」の終焉か梅田 介護のプロの人数を確保できるかが課題になりそうですが、その点についてはいかがでしょう。杉山 2000年代の初頭は介護職が花形産業扱いでした。いろんな大学が社会福祉を掲げる学部を作って、受験生もそれなりに集まっていました。当時は私もそういう大学の教員だったのですが、介護教育専門スタッフの女性の言葉が印象に残りました。彼女は「おじいちゃん、おばあちゃんたち、しわくちゃでカワイイ!」と、高齢者に会ってテンションを上げていたんです。私も日本人なので、高齢者を敬い尊重するという価値観を身につけていますが、尊重のさらに上を行く感性というか、「これが介護の感性か」と妙に納得したんですね。 高齢者が死ぬのを待つような介護ではなく、愛されながらその時を迎えられるような介護というか、幸せな終活をクリエイトする介護であれば、こうした若い人たちもやりがいを感じられるのではないでしょうか。私は延命治療を限界まで続けるより、納得しながら旅立てる終活のほうがいいと思うのです。今はテクノロジー・イノベーションである程度の設備投資ができれば介護の負担も軽減できます。認知症の問題もあるので、幸せな終活ばかりとはいかないかもしれませんが、理想としては、介護についての議論が深まり、若者が希望を持って参入できるビジネスモデルになればと思っています。梅田 今、都心を離れて人口密度が「密」でない地方に引っ越したい人が増えているそうです。ただ、いわゆる田舎ほど同調圧力と「よそ者」への警戒心が強いので、移住とその後の暮らしがスムーズにいくかは分かりません。ワーケーションは一時的な滞在なので、GoToトラベルと同様に人気ですが…。杉山 テレワークの普及で地方の価値が見直されています。通勤に1、2時間かかる土地に住むと考えたときに、出勤が週5日だときついけど週2日ならいいという判断もあるはずです。ライフスタイルの多様化がどんどん進むと思われるので、それぞれの価値観に合った人生を送りやすい時代になることでしょう。梅田 これが最後の質問です。先ほど杉山先生がリスキーシフトの問題に言及されましたが、各国の政府や軍もイライラしていると思います。誤った政策や指導者の選択により、最悪の場合、戦争に発展する可能性はあると思いますか。杉山 私はwithコロナが長引くことで「超長期のバブル経済」の崩壊が始まって、その混乱で社会が荒れることを心配しています。バブル経済とは、もっと価値が上がるという過剰な期待が投機を促して、実体経済の成長以上に商品の価値が高騰する状態ですが、実は「フロンティア」への期待が高まった大航海時代からずっとバブル経済だと言われています。実際、現代の経済はずっと次の「フロンティア」を探している状態ですから。 バブル経済は期待が生み出すので、心理学でも考察されている分野なのですが、withコロナによって、さまざまな期待が失望に変わりました。例えば、東京オリンピックに向けて東京・千駄ヶ谷には大金を注ぎ込んで新国立競技場も、とてもすてきで豪華なホテルもできました。オリンピック景気への期待が投機を促した分かりやすい例です。しかし、オリンピックが延期になり、新国立競技場もホテルも期待した価値に見合った「果実」を生み出せていません。本当にオリンピックを開催できるのかと不安を訴える声も聞こえてきます。新国立競技場=2019年11月29日、東京都新宿区(産経新聞チャーターヘリから、桐山弘太撮影) 今、世界の至るところで似たような現象が起きているんです。失望が失望を生み、「どうなるか分からない」という不安から期待をしなくなる。そうなると、世界規模で信用収縮が起こって、お金が回らなくなる。大航海時代以前のような、いい意味では穏やかな、悪い意味ではイノベーションに乏しい時代に突入するかもしれない。これだけならまだいいのですが、強引にフロンティアを作る方法の一つが戦争です。期待という「フロンティア」を失うことへの抵抗から戦争を始める国があっても不思議ではありません。withコロナで生まれた同調圧力が、戦争への同調圧力にならないことを願っています。* * * すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。心理学専攻博士後期課程単位取得。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『いつまでも消えない怒りがなくなる 許す練習』(あさ出版)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    立科町長、両角正芳の決意「コロナによる価値観の転換見逃さない」

    両角正芳(立科町長) 立科町の魅力は言うまでもなく、この豊かな自然です。そして首都圏から気軽に行ける絶妙な距離感でしょうか、片道2時間弱で行き来できますからね。避暑地といえば、軽井沢というイメージが強いかと思いますが、立科町は軽井沢以上に湿度が低く夏のさわやかさでは負けません。 また、特産品の「立科りんご」は糖度が高く、おいしいとかなりの評価をいただいています。里地域でも標高が700メートルほどありますから、昼夜の寒暖差が高品質なリンゴの育成に適しているんです。「蓼科牛」もありますし、立科町のブランド産品は非常に高品質で、自然環境と農畜産物は私たちの強みですね。 町長就任前には町議を務めていましたが、特産品の首都圏販売に関するプロジェクトに取り組んでいた際に大変評価していただきました。ただ、そこで立科町の弱みも同時に認識しましたね。「立科」はあまり知られていなくて、「蓼科」の方が有名なんです。厳密に言うと「蓼科高原」はお隣の茅野市なんですよ。立科町は「白樺高原」ですからね。 いずれにしても立科町周辺もすばらしい場所なので、多くの人が観光などで来てもらえればいいのですが、やはり「立科」をもっと知ってもらえるように努力しなければならないと実感しています。 発信すべき魅力はたくさんありますが、立科町の現状は非常に厳しいものがあります。近年は毎年平均すると90人ぐらい人口が減っています。もちろん、少子高齢化は立科町だけの問題ではありませんが、全国の市町村の中でも厳しさは上位でしょうね。1995年に8700人超だった人口は、すでに7千人を割る事態です。 地域が活力を失えば自ずと若者は地元を離れていきます。そしてさびれてしまえばUターンする人もいなくなり悪循環です。やはりそこをなんとかしたいという思いは強いですから、主要政策として取り組んでいくつもりです。 そこで、先ほど言いましたが、立科町の強みは豊な自然環境なわけですから、それを守る意味でも、議会で二酸化炭素(CO2)排出をなくすために「2050年ゼロ宣言」をしました。気候変動で強みの自然環境が失われれば、それこそ死活問題ですから。インタビューに答える長野県立科町の両角正芳町長=2020年10月、同町役場(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) これは立科町だけでやっても効果があるわけではありません。よく周辺自治体との合併議論が出てきますが、そうではなく、環境問題も含めて、広域連携が今まで以上に進めていけば、合併が必要とはなりません。立科町の魅力を向上させつつ、医療や教育、産業などと共に広域的視野で取り組んでいくべきでしょう。民活の前提は「政治判断」 昨今の地方創生という議論の中で、国の機関の地方移転などがありますが、なかなか実現しません。言葉だけで「地方の時代だ」と言うのは簡単ですが、実行するのは難しい。一気に国の行政機関を移すのはそこで働く人や関係する人たちから反発もあるでしょうし、現実は難しいでしょう。ただ、医療や教育といった地方にあったほうがいい分野もあるわけですから、そういう分野から少しずつ進めていく必要があると思います。 一番ネックになるのが、4大都市圏に集中する大学です。地方から進学して、そこで就職してしまうので若者が戻ってこないのは当然です。だからこそ、地方にあってしかるべきものを移して、受け皿になる部分を創生していかなければならない。こうした現実的な部分を国政できちんと議論していただきたいと思っています。 最終的には政治的な判断次第でしょうね。政治判断がすべてだとは言いませんが、民間活力を動かすには、まず政治判断あってこそですからね。地方と国の関係も同様で、まず国の判断なくして地方は動きづらいわけです。菅義偉(すが・よしひで)首相がデジタル化を推進していますが、国と地方で格差が出てしまうようでは不安しかないですからね。 話を戻しますが、私は立科町が自立していくことに自信を持っています。もちろん、簡単ではありませんよ。ですが、きめ細かい行政サービスのメリットがあるからです。合併なども生き残る道ですが、大きな自治体になれば隅っこは見えなくなるでしょう。 新型コロナ禍に関する定額給付金も都市部では、なかなか届かない。でも、小さな自治体はすばやく対応できるわけです。これはある意味、地方であることの強みと言ってもいいでしょう。 具体的な立科町の施策については、私が町長に就任する前からスタートしていますが、全国から学生を募って地元事業者の課題実現のためのアイデアを立案してもらう「タテシナソン」に期待をしています。タテシナソンでテーマを提供した「牛乳専科もうもう」の牧場=2020年10月、長野県立科町(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) これはもともと「アイデアソン」という取り組みがあって、「アイデア」と「マラソン」をくっつけた造語ですが、これを立科町独自にもっと実用的なものにしたわけです。「タテシナソン」のよい部分は、地元事業者の弱みを分析して、何が足りないのかを認識した上で、学生たちのアイデアを生かそうという点ですね。 地元にいて事業をやっていると、どうしても視野が広がらない部分があります。そこを克服するために全国から学生たちを募って、しかもそのアイデアを実行するというところまで徹底するわけです。価値観の転換に対応 そしてもっと広い視野でとらえれば、先に話した人口減という課題克服に結果的に寄与するんです。「タテシナソン」のプログラムは28時間(1泊2日)という限られた時間でチームでアイデアを立案することになっていますが、長野県内の学生も県外の学生も参加したきっかけで立科町をより深く知るわけです。 すぐに効果があるものではないですが、将来的に仕事や移住、観光も含めて立科町に戻ってきてくればいいわけです。ありがたいことに、この「タテシナソン」は一般社団法人「日本地域広告会社協会」(略称JLAA)の「第4回JLAA地方創生アワード」の最優秀賞も受賞しました。すでに3回実施しており、今年はコロナの影響で中止しましたが、来年以降、感染対策をしっかりとした中で、もっと充実させて継続していきたいですね。 今年は何と言ってもコロナ禍が深刻化し、あらゆる生活様式の転換を余儀なくされました。みなさんが大変な思いをしているのですが、ある意味地方は強みをアピールする最大のチャンスであることは言うまでもありません。素晴らしい自然環境と首都圏からの距離、そして何より「密」を避けることができますからね。 立科町はコロナ禍の前からテレワークに関する取り組みを始めていましたから、これを機に他の地域に先駆けて、受け入れができる態勢づくりをしていくつもりです。 また、今は、インバウンド(訪日外国人客)はストップしていますが、いずれ戻ってくるでしょう。ゆえに今は立科町の魅力を発信するときだと強く思っています。諸外国の方々も今は日本に行けないですが、情報はいくらでも入手できるので、可能になったら立科町に行こうと思ってもらうアピールをしっかりしておく必要があります。 コロナ禍のために国内観光が活発になってきているのも見逃してはならないですね。海外旅行に重きを置いていた方々が、国内旅行で魅力的な穴場を探すようになってきています。これもチャンスととらえれば、地方観光の活性化につながりますからね。町内各地で見られる特産品のリンゴ園=2020年10月、長野県立科町(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) テレワークに加え、ワーケーションという概念も定着しつつあります。今は、これまでの価値観が180度といっていいほど変わりつつあるだけに、地方もこの価値観の転換を的確にとらえて、民間活力が存分に発揮できるベースづくりを進めたいですね。 知恵を絞って、それを発信する。基本的なことかもしれませんが、まさに今はチャンスだと思っています。(聞き手、編集、iRONNA編集部) もろずみ・まさよし 長野県立科町長。1953年、立科町生まれ。高校卒業後、東京都内の出版社で勤務。その後、立科土地改良区、農事組合法人勤務を経て、2015年に町議選で初当選。19年の町長選に立候補して現職町長を破り初当選し、現在1期目。 【関連コンテンツ】 ◎「タテシナソン」公式ウェブサイト ◎「タテシナソン」ドキュメンタリー動画 ◎「立科WORKTRIP」(開発合宿・ワーケーションを立科で)

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    成果主義?解雇されやすい?思い込みが煽る「ジョブ型雇用」不安

    濱口桂一郎(労働政策研究・研修機構研究所長) 経団連は今年1月に公表した『2020年版経営労働政策特別委員会報告』で、職務(ジョブ)を明確にした雇用制度「ジョブ型雇用」を打ち出した。新型コロナウイルス禍でテレワークが急増し、テレワークがうまくいかないのは日本的な「メンバーシップ型」のせいだ、今こそジョブ型に転換すべきだという声がマスコミやネットでわき上がっている。 日本型雇用システムの特徴を、欧米やアジア諸国のジョブ型と対比させて「メンバーシップ型」と名付けたのは私自身であるが、昨今のジョブ型という言葉の氾濫には眉をひそめざるを得ない。 というのも、最近マスコミにあふれるジョブ型論のほとんどは一知半解で、言葉を振り回しているだけだからだ。ここでは、その中でも特に目に余る2つのタイプを批判しておきたい。 1つ目は特に日経新聞の記事で繰り返し語られる、労働時間ではなく成果で評価するのがジョブ型だという議論だ。あまりにも頻繁に紙面でお目にかかるため、そう思い込んでいる人が実に多いのだが、これは9割方ウソである。 ジョブ型であれメンバーシップ型であれ、ハイエンドの仕事になれるほど仕事ぶりを評価されるし、ミドルから下の方になるほど評価されなくなる。それは共通だが、そのレベルが違う。 多くの人の理解とは逆に、ジョブ型社会では一部の労働者を除けば仕事ぶりを評価されないのに対し、メンバーシップ型では末端のヒラ社員に至るまで評価の対象となる。そこが最大の違いである。 ジョブ型とはどういうことかを基礎まで戻って考えれば当たり前の話だ。ジョブ型とは、最初にジョブがあり、そこにジョブを遂行できる人材をはめ込む。人材の評価は事前に行われるのであって、後は担当のジョブをきちんと遂行できているかだけを確認すればよい。 多くのジョブは、その遂行の度合いを細かく評価するようにはなっていない。仕事内容などを明記した職務記述書(ジョブディスクリプション)に書かれた任務を遂行できたかどうかが焦点であり、できていれば定められた価格(賃金)を払うだけである。これがジョブ型の大原則であって、そもそも普通のジョブに成果主義などは馴染まない。会見する経団連の中西宏明会長=2020年9月、東京都千代田区 例外的に、経営層に近いハイエンドのジョブになればジョブディスクリプションが広範かつ曖昧であって、仕事ができているか否かの判断がしにくく、成果を細かく評価されるようになる。これが多くのマスコミや評論が想定する成果主義であろうが、それをもってジョブ型の典型とみなすことはできない。米国の大学がすべてハーバード大並みの教育をしていると思い込むこと以上に現実離れしている。「能力」が示すもの これに対し、日本のメンバーシップ型においては、欧米の同レベルの労働者が評価対象ではないのと正反対に、末端のヒラ社員に至るまで事細かな評価の対象になる。ただし、そもそもジョブ型ではないので、入社時も入社後もジョブのスキルで評価されるわけではない。 では、彼らは何を基準に評価されているのかというと、日本の会社に生きる社員諸氏は重々承知のように、日本的な意味における「能力」を評価され、「意欲」を評価されているのである。 人事労務用語で言えば能力考課であり、情意考課である。このうち「能力」という言葉は要注意であって、いかなる意味でも具体的なジョブのスキルという意味ではない。社内で「あいつはできる」というときの「できる」であり、潜在能力、人間力等々を意味する。 情意考課の対象である「意欲」は、要は「やる気」であるが、往々にして深夜まで居残って熱心に仕事をしている姿がその徴表として評価されがちである。また、業績考課という項目もあるが、集団で仕事を遂行する日本的な職場では一人一人の業績を区分けすることも難しい。つまり、成果主義は困難である。 このように、ハイエンドではない多くの労働者層を見れば、ジョブ型よりもメンバーシップ型の方が圧倒的に人を評価しているのだが、その評価の中身が「能力」や「意欲」に偏り、「成果」による評価が乏しいということである。 問題は、この中くらいから末端に至るレベルの労働者向けの評価スタイルが、それよりも上位に位置する人々、経営者に近い側の人々に対しても適用されてしまいがちだということであろう。 ジョブ型社会でのカウンターパートに当たる米国などの労働者「エグゼンプト」は、ジョブディスクリプションに書かれていることさえちゃんとやっていれば安泰な一般労働者とは大きく事情が異なり、成果を厳しく評価されている。日本の管理職はぬるま湯に安住しているという批判はここからくる。 そしてその際、情意考課で安易に用いられがちな「意欲」の徴表としての長時間労働がやり玉に挙がり、労働時間ではなく成果で評価するのがジョブ型だという、日経新聞でお目にかかる千編一律のスローガンが生み出されるというわけだ。 ハイエンドの人々は厳しく成果で評価されるべきであろう。その意味で「9割方ウソ」の残り1割は本当だと認められる。しかし、そういう人はジョブ型社会でも一握りにすぎない。 ジョブ型社会の典型的な労働者像はそれとはまったく異なる。もし、ジョブ型社会では皆、少なくともメンバーシップ社会で「能力」や「意欲」を評価されている末端のヒラ社員と同じレベルの労働者までが成果主義で厳しく査定されるというのであれば、それは明らかな誤解であると言わなければならない。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) ジョブ型とメンバーシップ型の違いは、そんなところには全くない。「始めにジョブありき」が最初であり最後、ジョブ型のすべてである。ジョブディスクリプションに具体的内容が明示されたジョブが存在し、それぞれに、ほぼ固定された価格が付けられている。その上で人材を募集し、スキルを有する人間が応募する。ジョブインタビュー(面接)を通じて現場管理者が応募者を採用すれば、実際に就労してジョブを遂行できるかどうか確認し、賃金が支払われる。多く場合、ジョブ型とはこれに尽きるのである。ジョブ型は解雇されやすい? もう一点、ジョブ型になれば解雇されやすくなるという趣旨の議論が推進派、反対派の双方で見られる。以前、出席した政府の規制改革会議でも、そのような質問を受けた。最近では東京新聞に解雇しやすいとジョブ型の導入に警鐘を鳴らす記事が掲載された。 東京新聞(電子版)9月28日付の記事のイラストでは、日本型雇用の欄には「解雇規制あり」と書かれ、裁判官が「解雇ダメ」と宣告している一方、ジョブ型雇用の欄には「職務がなくなれば解雇」「能力不足でも解雇」と書かれていた。ジョブ型の推進派も反対派も同じようなメッセージを発しているだけに、そう思い込んでいる向きも多いのだが、これも8割方ウソである。 「始めにジョブありき」のジョブ型は、日本を除く多くの国々で行われている。そのうち、ほとんどすべての国で解雇規制がある。どんな理由でも、あるいは理由なんかなくても解雇が自由とされているのは米国くらいである。 確かに米国という国の存在感は大きい。だからといって、ジョブ型を取り入れている他の諸国を無視して「解雇自由」がジョブ型の特徴だなどと主張するのは、嘘偽りも甚だしい。米国以外のジョブ型の諸国と日本は、解雇規制があるという点で共通している。 解雇規制とは解雇禁止ではない。正当な理由のない解雇がダメなのであって、裏返して言えば、正当な理由のある解雇は問題なく有効なのである。その点でも共通である。 ただ、もしそれだけであれば、8割方ウソでは済まない。99%ウソと言うべきところだろう。実は、解雇については、法律で解雇をどの程度規制しているのかということだけではなく、雇用システムの在り方が大きな影響を及ぼしている。ある側面に着目すれば確かに、ジョブ型ではより容易な解雇がメンバーシップ型ではより困難になるという傾向はあるのだ。 これは単純化すると大間違いをしかねない点であり、腑分けして議論をしていかねばならない。この腑分けを怠った議論が世間に氾濫しているのが現状だ。 話が混乱したときは基礎の基礎に立ち返るのが一番である。繰り返しになるが、ジョブ型とは始めにジョブありきで、そこに人をはめ込むものだ。従って、労使いずれの側も、一方的に雇用契約の中身を書き換えることはできない。つまり、従事すべきジョブを変えることはできない。定期的な人事異動が当たり前で、仕事とは会社の命令でいくらでも変わるものだと心得ている日本人が理解していないのが、この点である。 例えば、借家契約が家屋という具体的な物件についての賃貸借契約であって、「大家といえば親も同然、店子(たなこ)といえば子も同然」という人間関係を設定する契約ではないように、雇用契約もジョブという客観的に存在する「物件」についての「労働力貸借契約」なのである。具体的なジョブを離れた会社と労働者の人間関係を設定する契約ではないのだ。 大家が借家を廃止して、その土地を再開発してマンションを建てると言われれば、少なくともその借家契約は終わるのが当たり前である。同様に、会社が事業を再編成して、ジョブを廃止するとなれば、その雇用契約は終わることになる。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 大家には、別の借家に住まわせる義務があるわけではなく、店子の方もそれを要求する権利を持たない。同じように、廃止されるジョブに従事していた人を別のジョブにはめ込む義務が会社にあるわけではないし、労働者もそれを要求する権利を持たない。もちろん、借家の場合でも新しい借家を探す間は元の家に住まわせろとか、その間の家賃は免除しろとか、さまざまな配慮は必要だが、原理原則からすればそういうことである。「リストラ」の意味 これが正確な意味でのリストラ(再構築)だ。解雇を規制している圧倒的大部分のジョブ型社会において、最も正当な理由のある解雇とみなされるのが、この種の解雇である。日本人にとって理解しがたいのは、日本では最も許しがたい解雇であり、極悪非道の極致とさえ思われているリストラが、最も正当な理由のある解雇であるという点であろう。ここが、ジョブ型の本質を理解できるかどうかの分かれ目である。 日本ではリストラという言葉が、会社にとって使えない社員をいかに追い出すかという意味で使われる傾向がある。というよりも、雇用契約で職務が限定されていないメンバーシップ型社員にとっては、会社の中に何らかの仕事があれば、そこに配置転換される可能性を有しているのに、それを無視して解雇しようというのは許しがたい悪行だとなるのは必然的な論理的帰結である。言い換えれば、会社が縮小して、労働者の排除が不可避的という状況にならない限り、リストラが正当化されるのは難しいということになる。 正当な理由のある解雇は良い、正当な理由のない解雇はダメ、というまったく同じ規範の下にありながら、ジョブ型社会とメンバーシップ型社会がリストラに対して対極的な姿を示すのは、こういうメカニズムによるものであって、それを解雇規制の有無で論じるのはまったくミスリーディングということになる。 もう少し複雑で、慎重な手つきで分析する必要があるのが「能力不足でも解雇」という問題だ。雇用契約でジョブが固定されている以上、そのジョブのスキルが求められる水準に達していなければ、解雇の正当な理由になることは間違いない。 ここでも基礎の基礎に立ち返って、ジョブ型の採用・就労を弁(わきまえ)えた上で議論をしないといけない。多くの人々は、ジョブ型社会ではあり得ないメンバーシップ型社会の常識を無意識裏に混入させて、能力不足を理由に解雇し放題であるかのように思い込んでいる。 まずは、上司や先輩がビシビシ鍛えていくことを前提に、スキルのない若者を新卒で一括採用する日本の常識を捨てなければならない。メンバーシップ型社会における「能力不足」とは、いかなる意味でも特定のジョブのスキルが足りないという意味ではない。上司や先輩が鍛えても能力が上がらない、あるいはやる気がないといった、まさに能力考課、情意考課で低く評価されるような意味での、極めて特殊な、日本以外では到底通じないような「能力不足」である。 そういう「能力不足」に対しては、日本の裁判所は、丁寧に教育訓練を施し、能力を開花させ、発揮できるようにしろと要求している。しかしそれは、メンバーシップ型自体の中にすでに含まれている規範なのだ。それゆえに、正当な理由のない解雇はダメという普遍的な規範が、メンバーシップ型の下でそのように解釈されざるを得ないのである。 ジョブ型社会においては、ジョブという枠に、ジョブを遂行する能力がある人間をはめ込むのだから、「能力不足」か否かが問題になるのは採用後の一定期間に限られる。ジョブインタビューでは「できます」と言っていたのに、実際に採用して仕事をさせてみたら全然できないじゃないか、というような場合だ。 そういうとき、さっさと解雇できるようにするために試用期間という制度がある。逆に、試用期間を超えて長年そのジョブをやらせ、5年も10年もたってから「能力不足」だ、などと言いがかりを付けても認められる可能性はほとんどないと考えられる。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) こういう話をすると「いやいや、5年も10年も経てば、もっと上の難しい仕事をしているはずだから、その仕事に『能力不足』ということはありうるんじゃないか」と言う人もいるだろう。そのこと自体が、メンバーシップ型の常識にどっぷり浸かって、ジョブ型を理解していないということである。 5年後、10年後に、採用されたジョブとは別のジョブに就いているとしたら、それは社内外の人材を求めるジョブの公募に応募して採用されたからである。ジョブ型社会においては、社外から社内のジョブに採用されるのも、社内から社内の別のジョブに採用されるのも、本質的には同じことだ。今までのジョブをこなせていた人が、新たなジョブでは「能力不足」と判断されることは十分あり得る。その場合、解雇の正当性があるとはいえ、低いジョブに戻ってもらうのが一般的だろう。実は古い「ジョブ型雇用」 ジョブ単位で考えれば一種の「解雇プラス再雇用」と言えなくもない。ジョブごとに価格が設定されているのだから、日本流にいえば降格賃下げということになるが、それが不当だなどという発想は出るはずもない。 以上が、解雇規制という規範は同じだが、雇用システムの違いによって解雇しやすさ、されやすさに差が出てくるという話だ。それでも、メンバーシップ型との比較において、ジョブ型の方が解雇されやすくなるというのは正しいのではないか、という意見が出てくるかもしれない。それは半分正しいが、残りの半分は正しくない。 なぜなら、日本のメンバーシップ型社会では、ジョブ型社会におけるジョブと同じくらい重要な地位をメンバーシップが占めており、会社の一員としての忠誠心を揺るがすような行為に対しては、ジョブ型社会では信じられないくらい厳格な判断が下されるのである。 解雇規制のあるジョブ型社会の人々に、日本の解雇に関する判例を説明すれば、「リストラ」に対する異常なまでの厳格さと並んで、企業への忠誠心に疑問を抱かせる行為をした労働者に対する懲戒解雇への極めて寛容な態度に驚くだろう。 何しろ日本の最高裁は、残業命令を拒否し始末書の提出も拒んだ労働者の懲戒解雇も、高齢の母と保育士の妻と2歳児を抱えた男性労働者に神戸から名古屋への遠距離配転を命じ、拒否したことを理由とする懲戒解雇も、有効と認めている。日本とヨーロッパ諸国のどちらが解雇規制が厳しいか緩いかは、そう単純に答えが出る話ではないのである。 最後に、最近の浮ついたジョブ型論が共通に示している、ある傾向を指摘しておきたい。それは、ジョブ型とメンバーシップ型は現実に存在する雇用システムを分類する学術的概念であり、良し悪しの価値判断とは独立しているにもかかわらず、あたかも「これからのあるべき姿」を売り込むための商売ネタとでも心得ているかのような態度である。 日本人は「これが新しいんだ」と言われると、称賛されているように受け取る傾向が強いが、そういう意味で言えばジョブ型は全然新しくない。むしろ産業革命以来、先進産業社会における企業組織の基本構造は一貫してジョブ型であったので、戦後日本で拡大したメンバーシップ型の方がずっと新しい。 1970年代後半から90年代前半までの約20年間、日本独特のメンバーシップ型の雇用システムが、日本経済の競争力の源泉だとして持て囃された。ほんの四半世紀前のことである。21世紀になり、日本経済の競争力がつるべ落としのように落ちていく中で、かつて日本型システムを礼賛していた多くの評論家諸氏が手のひらを返したかのごとく、日本型システムを批判し始めたのも、ついこの間のことである。 今からちょうど35年前の1985年、日本型システムへの礼賛の声が世界中に広がっていた頃、雇用職業総合研究所がマイクロエレクトロニクス(微細電子工学、ME)と労働に関する国際シンポジウムを開催した。その場で当時、同研究所の所長であった氏原正治郎はこう述べた。 「一般に技術と人間労働の組み合わせについては大別して2つの考え方があり、1つは職務をリジッドに細分化し、それぞれの専門の労働者を割り当てる考え方であり、今一つは幅広い教育訓練、配置転換、応援などのOJTによって、できる限り多くの職務を遂行しうる労働者を養成し、実際の職務範囲を拡大していく考え方である。ME化の下では、後者の選択の方が必要であると同時に望ましい」最高裁判所の外観 =東京都千代田区 テクノロジーと労働について述べた第1センテンスは、今日でも一言一句そのまま用いることができる、雇用システムについての的確な描写である。ところが、情報通信技術(IT)や人工知能(AI)が産業に影響を及ぼすようになった今、第2センテンスついては逆の議論が圧倒的になっている。いわく「IT化の下では、あるいはAI化の下では、前者の選択の方が必要であると同時に望ましい」と。 MEも、ITも、AIも発展段階が進んでいるだけで、先端技術を産業に応用するという意味では変わらない。それが35年前と今日とで、きれいに正反対の議論の根拠として使われることに皮肉を感じないとすれば、その鈍感さは度しがたいものがある。

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    コロナで進む国力低下、克服の鍵は報われぬ庶民の脱「学習性無力感」

    ダードになっていくと思います。副業を許す会社も増えており、ダブルワークの部分は自己実現ができるような働き方ができると理想なのかなと。 例えば、何かしらの資格をとって、ビッグマネーにはならなくても趣味と実益を兼ねた仕事をダブルワークでしていく、ということです。前にも話しましたが、理想的な生き方は仕事の中で生きがいを感じることです。生活のための仕事と、生活の足しになるくらいの稼ぎだけど生きがいの感じられる仕事のダブルワークが理想ですね。梅田 器用さを求められそうですね。個人的には怠け者なので、何カ所も回って働きたくないなという気もしますが(笑)。杉山 そこは人生の選択ですね。幸せをどこに求めるかにもよるでしょう。私はキャリアコンサルティングの研究をしており、仕事を通してもっと楽しくなろう、もっとイキイキしようと勧める立場なので、そう考えてしまいます。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)梅田 社員の独立を支援し、社内ベンチャーを作る制度を持つ企業もありますね。杉山 そうですね。企業側から見ると、とても良い制度です。結局のところ、企業の年功序列型賃金ってそんなに変わってないんですよ。成果型の賃金制度が大企業で失敗するケースもあり、日本にはなじまないと捉えられているので、年功序列型賃金が生き残っているわけなんです。 だから、企業の本音として必要以上の従業員は置いておきたくないんですよ。役員やブレーンになるような人たち以外は、できれば早めに辞めてほしい。独立を支援すると、会社の事業を広げることにもなるし、上手くやって「ウィンウィン」でいきましょうと。それに高い給料を払わずに済みますしね。麻生 あと、スキルシェアのような形で、プロフェッショナルな人間を、業務委託契約などで使うケースも増えてきそうです。資格や自分の得意なことや好きなこと、すでに持っているスキルを生かして空いた時間にお金を稼ぐとか。技術を母国に「持ち帰り」梅田 話は変わりますが、非正規雇用の外国人労働者が増えています。これも含めて国力と見ていいのでしょうか?杉山 稼いだお金を日本国内で使ってくれるのであれば、そこまで国力の低下にならないですけど、母国に送金するのであれば円が海外に流出してしまうことになります。麻生 母国の家族に送金をしている方が多いでしょうし、また、ゆくゆくは本国に帰るという方も少なくないのではないでしょうか。杉山 そうなると技術もお金も持ち帰っちゃうので、そこが心配ですね。梅田 建設の現場や工場で活躍する外国人が増え、農業や漁業でも欠かせない存在になっています。コンビニの店員さんも多いですよね。杉山 現場は技術が集約されているところなので、技術を持った外国人が主体になると、日本の技術力の流出につながる可能性もあります。梅田 とはいえ、建設業界は細かい作業工程に分かれているので、全体を把握しているのは企業の社員で、ノウハウも企業が提供しているわけですからね。杉山 私の友人の企業がビルのダクトを作っていて、職場見学させてもらったことがあるんですが、ベトナム人が多く、結構な技術力でしたね。ビルに合わせてダクトを個別に作るんですが、複雑な形のビルには複雑な形のダクトを作らないといけないので、職人技で機械じゃ作れない。そういう技術で支えてくれている。彼らのほとんどは日本にずっと住んでいるので、日本で共に働く仲間みたいな感覚はあるんですけどね。中には技術を身につけて帰国してしまう人もいますが。麻生 ベトナム、タイ、インドなどの方々と仕事をする建設業界の方へ聞くと「技術だけ持ち帰られて、それを自分のところのものみたいにされるのはいい気持ちがしない」という声もありました。 また企業側、経営者側の立場でいうと、外国人労働者を雇い入れると、次から同じ国の労働者を雇ったとき、先輩の外国人労働者が仕事を教えられます。細かいニュアンスを母国語で伝えられるので、それは企業側にとってメリットになります。梅田 「外国人技能実習制度」の実習生はどうでしょう。杉山 日本の農業技術はすごく高く、国内で生産されている糖度の高いイチゴなどは、他国では簡単に作れないんです。そういう高い技術を身につけてくれるのはありがたい反面、技術を持ち出されると国力が心配ですね。実習生だと帰らなければいけませんから。岩手県山田町の水産加工会社で働くベトナム人技能実習生(右)=2020年8月4日麻生 国際社会の中で、資源の乏しい日本が技術力を輸出するというのは、戦略として間違っていなかったとは思います。ただ、国力という視点で見ると一抹の不安はあります。杉山 とはいえ、日本は発展途上国を支援したほうがいいと考えています。これから国際社会のパワーバランスがどうなるか分かりませんが、日本に好感を持ってくれる国が増えないと危ないと思うんですよね。国力は心配な一面、発展途上国とは共に発展しましょうという姿勢がいいと思います。そのあたり、国力はパワーバランスで友好国が増えるということも含めて広く考えたいですね。梅田 日本と近隣国との関係や、パワーバランス、また国連決議での採決など日本だけで考えるわけにいかなくなっていますね。味方は多いほうがいい。麻生 コロナで全世界が困っているわけですから、世界という視線は大事ですよね。杉山 日本は決して、ばかにはされていない国ですから。梅田 これからは、国力の在り方が変わってきそうですね。杉山 日本は軍事力を国力にできないわけで、そうすると経済力と国際的な信頼関係を尊敬してもらえるかどうかが大切です。そういう面を国力に生かして行くべきだと思います。東京の人口も頭打ちに麻生 途上国支援でいうと、アフリカ諸国の国内総生産(GDP)成長率は高いです。携帯電話が普及しスマートフォンへ移行していますし、技術革新も進んでいます。伸びしろがありますよね。インド、ベトナム、バングラデシュ、パキスタンなどの成長率も大きいです。梅田 大学の留学生にはコロナ禍の影響が出ていますか?杉山 留学生試験を受ける外国人のほとんどは、日本で日本語学校に通っています。わざわざ日本と母国を行き来する人はいないので、そんなに影響がないかもしれません。梅田 あと、国力で気になるのは、新型コロナで注目を浴びることになった地方自治体です。東京は人も企業が集中しているので資金も潤沢ですが、地方も力をつけないと国力低下につながりかねないのではないでしょうか。杉山 地方の問題は、人材がどんどん流出することです。しかし、コロナ禍でテレワークが進む中、東京のオフィスでしていた仕事が地方でもできるようになりそうなので、これから地方の人口は増えていくのではないかと思えます。麻生 ビフォーコロナの2018年の時点で、東京都、神奈川県、大阪府の人口は2030年までにピークを迎え、漸減すると国立社会保障・人口問題研究所が予測していました。 都市部からの人口流出は、コロナ禍で加速化しています。東京都に神奈川県、千葉県、埼玉県を含めた首都圏の規模で見ても、転出超過になりました。大阪府、愛知県、福岡県でも人口減の傾向が見られ、都市部から人が離れているようです。地方財政の逼迫(ひっぱく)を懸念しますね。梅田 街中での「密」や通勤ラッシュを避けたいという本音もあるでしょうね。麻生 今年のお盆には、ビデオ通話などのテクノロジーを駆使したオンライン帰省が推奨されましたが、大切な人と会いたくても会えないという状況下で、故郷で暮らす高齢の親が心配だから田舎に帰って面倒を見ようという方々もいます。 仕事だって都市部でなくともできるわけで。実業家の堀江貴文さんが「スマートフォンは小さなコンピューター。スマホ一つで仕事できる。長い間、パソコンを開いていない」とおっしゃっていますが、マルチデバイスに対応したキーボードがあれば、タブレットとスマホで、いつでもどこでも仕事ができる時代です。モノがいらなくなっていきますね。5Gが普及すれば、なおのこと。場所や時間に縛られる必要性がないんです。 ただし、セキュリティー対策との兼ね合いが課題になるでしょう。顧客の個人情報などを扱う場合、セキュリティーの高い環境で仕事をするために出社する必要性があるかもしれませんが、それ以外のデスクワークは出勤しなくても可能になっていくのではないでしょうか。梅田 先日、日本の実質GDPが戦後最大の下げ幅を更新しましたが、国力を考えると、まずはこの状況を脱するマインドが必要になりそうです。心理学的に有効な方法はありますか?フランスの経済学者、トマ・ピケティ氏=2014年12月1日(三井美奈撮影)杉山 世界的に先進国はGDPが低下する傾向が続いていますが、この一因は世界的な需要の低迷です。なぜ、需要が低迷するかと言うと、収入を貯蓄に回せる余裕のある富裕層に富が集中しているからです。 富裕層はお金がお金を生むことを知っていますし、満たされているから欲しい物もそんなにありません。そこで貯蓄に回します。つまり、需要が高い層にお金が回らなくなります。 現代社会では、預金や不動産などの資本の収益率は経済成長率を上回る(r>g)とするフランスの経済学者、トマ・ピケティ氏の方程式がずっと機能しているんです。戦争や革命が起きず、資本家にお金が集まる仕組みが長く続いているので、資本家はどんどんお金持ちになるんです。学習性無力感のワナ この状態が長く続くと庶民は諦めモード、絶望モードになってしまう。心理学では学習性無力感と呼ばれています。どんなにがんばっても、お金は資本家に回ってしまうわけですから…。 私を含め、庶民は資本にお金が回る仕組みを変える努力をしなければならないと思います。自分にできることに注目すれば、学習性無力感に陥るのを避けられます。資本家がどうやって今の仕組みを築いたのか学び、スケールは小さいながらも自分たちもそれを作れるように考え続けることが重要です。梅田 麻生さんは、いかがですか?麻生 今後の米中関係に左右されるところではありますが、GDPベースでいうと日本はインドに抜かれ、アメリカ・中国・インドが大国になるだろうと言われていました。中国の成長を見ていて、資本主義の敗北とさえ感じたこともあります。 これまで述べてきた教育と労働の課題は、日本の社会、そして国力へと直結する問題です。 東日本大震災のときから指摘されていた、日本の情報通信技術(ICT)教育の遅れは、今回のコロナ休校でも如実になりました。こんな事態だからこそのユニークな発想、個性を育む教育を日本はしてこなかったし、また、それが受け入れられるような社会でもありませんでした。ムラ社会の同調圧力が強く、出るくいは打たれる社会ですから、優秀な人材は海外へ流出してしまいます。 都市部が先進的で、地方は遅れているというのも幻想です。児童、生徒に1人1台のタブレット端末を配布している、熊本県高森町の小中学校と義務教育学校では、無線LAN(Wi-Fi)環境のない家庭をサポートすることで、コロナ休校中もオンラインで授業を継続できました。町内全戸のインターネット利用料を全額町が負担しており、ICTを高齢者の見守りにも活用しています。リモートワークやテレワークにも活用できるでしょう。オンライン授業のリハーサルを行う教員ら=2020年5月11日、奈良市立春日中学校(桑島浩任撮影) こうした逆転現象も起きている時代ですから、これまで価値が置かれていた物事を根底から疑ってみることが重要になります。情報過多の時代に、本質を見極め取捨選択する力も必要になるでしょう。既存の価値基準や枠に縛られることなく、柔軟に、個人から社会全体の経済を含め、これからの時代を生き抜く術を考えていきましょう。* * * 次回から2回にわたり、最終テーマであるコロナ禍の「個人・家庭」について、心も関係性も壊さない方法を探っていく。 すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。心理学専攻博士後期課程単位取得。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『いつまでも消えない怒りがなくなる 許す練習』(あさ出版)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    キリンの首はなぜ長い?世の「無駄」にこそあるコロナ禍克服のヒント

    松崎一葉(筑波大教授) 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)で働き方やライフスタイルに擾乱(じょうらん)が生じ、私たちは大きなストレスに曝(さら)された。この激動の時代に役に立つ概念として「レジリエンス」と呼ばれる考え方を紹介したい。 統計数理研究所の丸山宏元教授の定義によれば、レジリエンスとは「システムに何らかの擾乱が生じた時、壊れにくく(resistance)、壊れた後に素早く回復できる(recovery)性質のこと」とされている。従来の「ストレス耐性」の概念のように、耐えることだけを意味しない。 じっと我慢するだけでは将来的なダメージが大きすぎ、この状況は乗り切れない。むしろストレスに抗うことなく、流れに身を任せ、その先をしたたかに見据えて「いかに力強く回復するか?」と策を練ること。これがレジリエンスである。 レジリエンスの概念は防災においても用いられている。大地震や大津波は起こりうるものだから、災害対策としては、完全に耐えられるような防波堤やビルを作るよりも、被害を最小限に抑えて素早く回復できる仕組みを持つ構造物を生み出そう、という減災の考え方に通じている。 筑波大の同僚である斎藤環教授の名著『人間にとって健康とは何か』(PHP新書)からこのレジリエンス概念を一部引用して解説する。レジリエンスを達成するためには三つの要素が必要だという。 一つ目は「冗長性」で、平常時は無駄と思えるようなものが、実は非常時に役立つというものだ。阪神大震災が起きたときの阪神間の3路線が典型だという。阪神間は北から阪急、JR、阪神各社の3路線があり、この短い区間にほぼ並行にあることは無駄だと思われていた。しかし、震災時にはそれぞれの路線において分断された地点が異なっていたため、3路線を乗り継げば阪神間の移動が可能だった、というエピソードがある。阪神大震災による被害で、復旧工事が進む阪急電車神戸線=1995年1月23日 論理的な合理化を進めすぎると「遊び」の部分がなくなり、非常時に立ち行かなくなるということだ。これは組織運営のみならず、われわれの生活や生き方にも応用できるだろう。生活時間における少々の余裕や無駄な時間を切り詰めることなく、健康管理上もカツカツ、ギリギリまで過重労働するのではなく、いつも心身に余裕を持った生活を送るという心掛けが大事なのだろう。 二つ目は「多様性」で、さまざまな価値観を容認すること。ボーイング777型機が搭載する3台のコンピューターシステムは、それぞれ異なる3種類の基本ソフト(OS)で稼働しており、万が一、コンピューターウイルスが侵入して1つのシステムがダウンしても、他系統のOSが正常にバックアップするのだそうだ。 単一的価値観は、先の大戦下のように一丸となって突撃するには好都合で合理的なのだが、想定外の擾乱に遭遇すると「全滅」しかねない。「短期的」の心構えは 企業内においては多様な価値観、国籍、信条、ジェンダーを有する社員を持つこと、もちろん家族の中でもそれぞれの生き方を尊重して単一の価値観を強要しないことが大事なのだろう。民族の多様度の低いわが国では、とかく周囲からの同調圧力が強くなりがちだ。出る杭は打たれやすく、周りをうかがって「右へならえ」の姿勢の人が多い。 その結果として新型コロナウイルスの感染が広がる中、自粛していないと目された個人や店舗に対して嫌がらせを行う「自粛警察」や、マスクの非着用に過剰反応する「マスク警察」が横行した。社会生活における最低限のルールの中で、多様な価値観を認め合う寛容さを身につけるべきだろう。 三つ目は適応性で、間違ったことを認めて、すぐに修正できることである。英国のジョンソン首相のコロナ対策がよい例だ。当初、英国は集団免疫を成立させる戦略を掲げて外出自粛策をとらなかった。しかし、爆発的な感染拡大に至ると、ジョンソン首相は政策の誤りを認めてロックダウン(都市封鎖)を指示した。責任の所在を明確にして自身の判断で間違いを修正していく、その姿勢が「適応」ということである。 たとえば、キリンの首はなぜ長いのか。進化論で考えれば、干ばつで餌となる樹木の葉が少なくなり、低い枝にある葉は食べ尽くされ、「たまたま」首の長いキリンは高い枝の葉を食べて生き残った。その結果として、首の短いキリンは死に絶え、首長のDNAのみが存続した。われわれもコロナパンデミックの渦中で生き延びなければならない。そのためには、この状況に適応するための潔い柔軟性を持たなければならない。 以上がレジリエンスの考え方である。これらは中長期的な視点だ。では、短期的にはどのような心構えを持って日々を送るべきなのだろうか。 私は精神科医で、特に宇宙飛行士などの過酷な閉鎖環境で働く人々のメンタルヘルスを専門としている。閉鎖環境とは、外的発散ができない環境、ということだ。宇宙では酒を飲みに出かけられない、カラオケができない、親友と会えない、ジョギングができない。どうだろう、コロナ禍にあるわれわれの日常と似ていないだろうか。ロンドンの病院を訪問したジョンソン英首相=2020年7月(ゲッティ=共同) 外的な発散解消ができないときに、どのようにストレスを解消するのか。自身の内面で情緒的に解消するのである。楽しかったよい思い出に浸る、可能な通信手段で家族や友と今の思いを共有し合う、情緒的な小説を読んで自身の精神的内界を刺激する、などだ。 われわれは爛熟(らんじゅく)した物質文明の中で、外界に溢(あふ)れる刺激物に頼りすぎてはいないだろうか。自身や家族の中に素晴らしいリソースが潜んでいることを見過ごしてはいないだろうか。過酷な閉鎖環境で力強く生きている人々のメンタル支援をする中で、そんなことを思ってきた。こういう考え方が少しでも読者の方々の参考になれば幸いである。

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    日本の将来を左右する、コロナ禍が生む教育格差という「負の連鎖」

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授)麻生マリ子(家族心理ジャーナリスト)司会・対談構成:梅田勝司(フリーライター、編集者、「PressRoom.jp」記者) 第2波の真っ只中にあるのではないか、という言葉が専門家の口から語られる中、日本の国内総生産(GDP)が新型コロナ禍の影響もあって戦後最悪の落ち込みを記録した。果たしてこれが底なのか、まだ下がるのかは誰にも分からない。 新型コロナ禍によってさまざまな市民生活が制限されたが、その影響が数字として明確になってきたといえる。しかし、教育についてはもう少し長い目でどんな影響を生徒たちにもたらしたかを見守る必要がありそうだ。 そして、心配になるのは日本の国力への影響だ。世界でどの先進国も新型コロナの影響であえいでいるが、まずは自国の現状を確認したい。* * * 梅田 杉山先生は新型コロナ禍で日本の国力が低下することを懸念しておられるそうですが、具体的にどのようなことを心配されているのでしょうか? 杉山 一斉休校とその余波による、生徒の学力低下が心配ですね。特に公立校は、緊急事態宣言の前後から授業をしなかった。私立校の先生方は結構頑張ってオンライン授業をしていたようですが、公立でできたところは少なかったようですね。 文部科学省は学習の遅れを正式に認めていて、政府も危機感を持っているのは間違いないですね。 梅田 夏休みは期間短縮され、お盆明けに1学期の続きがあったり、2学期が始まりました。これで遅れた分を取り返せるのでしょうか? 杉山 問題は学校だけの話ではないんです。家庭でする学習の習慣が崩れてしまったことが大きいですね。教育熱心な親は、家庭での学習習慣を崩さないよう頑張っていたと思うんですけど、それでも学習習慣が崩れる子はいます。そうなると、崩れた子供と崩れなかった子供との格差が広がることが考えられます。新学期が始まり登校する小学生たち=2020年8月17日、岐阜県大垣市 麻生 私は教育格差の連鎖がさらに深刻化するのではと懸念しています。もともと世帯年収や親自身の受けた教育水準が、子供の教育格差に連動する傾向があります。経済的に豊かな家庭で高い水準の教育を受けて育った子供が、社会に出て高収入を得られるようになる。そして親になったとき、わが子にも高水準の教育を受けさせることができますからね。 全国一斉休校の要請があったのが年度末でしたから、その時点で授業をどこまで終えられていたかで差が生じます。また休校中や夏休みの課題にも地域や学校、学級で致し方ない差がある中、オンライン授業の有無や、親が子供の勉強を見たり教えたりする素養があるかどうかも、子供の家庭学習を左右しています。 そもそも家庭学習に向く子と向かない子がいますし、発達特性のある子供たちを含め、どういう形であれば学習しやすいかに個人差があるのも事実です。 基礎学力でいうと、公立校の小中生は大変ですね。ましてや小学校では2017年3月に改訂された学習指導要領が、ちょうど20年度から全面実施となるタイミングでしたから。移行措置として、直前2年間で先行実施する必要性がありますが、休校となった時点で、それを終えていた学校と終えられていなかった学校とがありました。「生きる力」教えるのは難しい? 梅田 新しい学習指導要領は大規模なものだったんですか? 麻生 大きなところでいうと、小学校での外国語(英語)教科化ですよね。それに伴って、従来は中学1年生で履修していた内容を小学校高学年で学ぶといったように前倒しで難易度が高くなっていますし、授業時間数も増えています。 そのほか新しい学習指導要領は、中学校では18年度から3年間の先行実施を経て、21年度に全面実施されます。高校でも19年度から3年間の先行実施が行われ、22年度からの全面実施となります。 文科省は「生きる力」を掲げていて、今回は「主体的・対話的で深い学び」というアクティブラーニングを重視しています。知識と技能を身につけさせ、思考力、判断力、表現力を高めよ、ということです。学力向上はもちろん、実社会やグローバル社会で求められる力を育もうという方向性ですね。日本の国際競争力を高めることを目指してもいるのでしょう。 社会で受け身型の指示待ち人間が問題視されましたが、学校教育の中でコミュニケーションを通じて、主体的な動きのできる人間に育ってほしい狙いがあるのではと考えています。ただ、今の学校教員も保護者自身もそうした教育を受けて育っていません。自分が経験していないことを教えるというのは、想像以上に難しいことだと感じます。 学校が再開されてから、各学校とも前年度の未履修分を含めた休校期間中の巻き返しを図っていますが、教員から「子供たちの十分な理解度を図りながら進めていくことが困難だ」「つめこみ教育といわれても仕方ないが、そうするしかない」など悲痛な声を聞いています。それも、学校内の感染症対策や、新型コロナをきっかけにしたいじめや差別に配慮しながら進めているわけですからね。 さらに、休校中から聞かれたのは「実技を伴う理科・社会、生活科はどうしようもない」というものです。 学校再開後の弊害に関して具体例を挙げると、地域にもよりますが、社会科見学はほぼ中止となっていますし、理科の自然観察は本来4月に行うはずの授業が6〜7月にずれ込みました。しかし季節が変わっているので、予定通りの授業を行うことは現実的にできません。教員も映像や写真などの視覚教材を用いてフォローしてはいますが、やはり子供たちには理解が難しいようで、例年よりテストの点数が明らかに低かったそうです。 梅田 よりによってこんな年に、ですね。結果論ですが。国語の授業で児童は互いの意見を聞き合い、考えを深めていた=2020年2月、京都府南丹市の市立園部小学校 麻生 塾などでフォローできない家庭は、教育格差を突きつけられます。また、タイミングとして学年末や夏休み前後は転出入をする家庭も多いですよね。教科書も変わる、環境も変わる、前の学校でどこまで授業が進んでいたかなど、何重もの壁があるわけです。 杉山 私はどちらかといえば、「学校教育だけで、そこまで人生の格差は生じないだろう派」なんです。キャリアコンサルタントとしての立場から見ると、大学のブランド力は社会人としてのスタートダッシュ時に役立ちます。ですが、ブランド力のある有名大出身なのに、スタートダッシュしないまま成果を上げずに終わってしまう人も結構いるんです。 成果という点では、最後は学歴の格差ではなく、個人の才覚、仕事の才覚になると思うんですよ。だから偏差値中位の大学で教える面白さを感じています。「受験のランキングは仕事で逆転しよう」というところですかね。実際、私の所属する大学の卒業生たちは、社長や役員の数では全国で20位前後に入っていたりします。大学の規模とか偏差値を考えると、かなり頑張っている方ではないでしょうか。そこが面白いかな。受験での学力はそれほど高くなくても、仕事で挽回する人が好きです。 梅田 それでは、あまり心配する必要もなさそうですが。本当に憂慮すべき教育格差 杉山 いえ。本当の問題は国内での教育格差ではないんです。日本は「教育大国」と自分たちで信じていますが、実はそうではないんですよ。 経済協力開発機構(OECD)の「世界教育水準ランキング」で、日本は総合で40カ国中7位ですが、読解力となると真ん中あたりの15位になってしまいます。それに、何より怖いのは、1位が中国なんですよ。  中国の教育システムは、日本人が思っている以上に徹底していています。学力だけが国力ではないですが、少なくとも学力面では、日本の子供たちにはそれほどアドバンテージはないですね。 特に、読解力は、文章をしっかり読める力ですから、この能力が弱いと契約書の締結で騙されてしまいかねない。今、中国は読解力が伸びているので、中国を相手に交渉する中で、中国側が複雑で分かりにくい内容の契約書を作ってきたら、自分たちに不利な内容だと読み取れない日本人がこれから増えるかもしれないんです。 麻生 読解力は、学力だけでなく、生きていく上で基盤となる大切な力です。新しい高校の学習指導要領は、2015年にOECDが世界の15歳を対象に実施した学習到達度調査(PISA)で読解力が著しく低下したことを受けて導入され、2022年から全面実施となります。 その要領では、「現代文」を「文学国語」と「論理国語」の選択科目に分け、論理国語で契約書や企画書、報告書、手順書や取扱説明書、業務メールなど、実社会を想定した実務的な内容を教えることになり、物議を醸しました。私もこの再編を問題視しています。 中国勤務の弁護士など、周りの法曹関係者に聞くと、契約書を学校教育で取り上げることの危険性を指摘する人がいました。また、「生きる上で契約書に触れないことはないから、ある程度は教育しておくべき。しかし、文学国語を削るのは問題。文学は生きる上でもっと大切な他者の立場を考える想像力を高めるもの。情報化社会で論理的な読解力や思考能力を高めるなら、プログラミング学習や数学でやればよい」という声もあります。 グローバル社会で生きていく上でも、まずは母語である日本語をしっかりと身につけ、日本文化を学ぶことの方が大切だと考えています。外国語はそのあとで十分です。 梅田 では、高校から先の進路についてはどうしょうか? 実は、進学率が減少気味で就職率が増えているということはありませんか? それがイコール国力につながるとは思いません。 杉山 大学・短大・高専・専門学校など高等教育機関への進学率は、日本では2019年で82・6%と、前年から1%以上伸びています。不都合な真実かもしれませんが、1回目の対談で説明したように、日本人遺伝子は同調圧力を生む遺伝子です。少数派になるより、多数派になった方が現在の日本では何かと有利になりがちなようですね。 梅田 進学率こそ8割を超えていますが、中退してしまう生徒はどの程度いるのでしょうか? 杉山 退学率は統計手法で変わりますが、概ね7%程度という結果もありました。今、大学・専門学校では退学率を下げるための取り組みをやっていて、私も心理検査の開発をしていますが、それも対策の一つですね。退学リスクなどを評価して、どのような指導をしたら本人の能力を伸ばせるかを見極めます。そこに危機感を持っている学校さんが多いのも実情です。 梅田 専門学校は別として、大学に入れない子供もいるじゃないですか、家庭の都合や金銭面などの問題で。特に今年は新型コロナ禍により、仕事でダメージを負った両親も多く、塾や予備校の学費負担が大変です。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 杉山 これは私も結構問題だと思っています。原因が学力不振の子供は、決して頭が悪いわけではなくて、勉強のやり方が分からないし、勉強する習慣もついてないんです。 勉強する習慣というのは、我慢する習慣なんです。勉強って、つまらなく感じることが多いじゃないですか。大学入試では、学力だけではなくて、どれだけ我慢できたかが求められるんです。要するに、入試は「ガマン大会」という側面もあるので、そこも見ているんです。我慢してやれる子だから、これからも我慢して社会の期待に応えて立派な社会人になるだろうというところを見極めているんです。 私も成績の振るわない生徒の多い予備校の講師をやっていたことがあるから分かるんですけれど、ちょっと我慢すれば勉強はできるんですよ。問題はその我慢させる仕組みをどう作るか。今年は特に我慢する力を試される可能性が高いですね。社畜では生き残れない 梅田 それは、会社に入って「社畜」になる人間を育てるということですよね? 矛盾だらけの会社でも文句を言わない。 杉山 大学が社畜候補を育てている部分はあるでしょうが、これからはただ従順な社畜だけでは、企業で生き残れません。 withコロナを経て、これからはイノベーション(技術革新)力がすごく求められるようになるはずなので、社畜のフリをしつつ、イノベーションの力を少しずつ蓄えて、ここぞというタイミングで頭角を現したり、ブレイクする。そういう社会人像が、大卒の若い人たちに求められるようになっていくと思います。 新型コロナ禍の話に絡めると、今後はオフィスワークが減る方向なので、会社で上司に言われたことをそのままやったり、マニュアルに沿って仕事するだけではなくなっていくでしょう。自分で課題を見つけ、ソリューション(課題解決)を作って、そこにみんなを巻き込んでいく。そういう力のない人は、これから仕事がなくなるかもしれません。 麻生 自分で仕事を作っていくタイプ、極端に言うと職業を作っていくぐらいの人じゃないと生き残れない、というわけですね。 梅田 そんな未来でも、やはり大学を出ることに意味はあるんでしょうか? 杉山 日本で学生が大学に払っている金額は、学費だけでなくて、その大学のブランド価値を買っている面があると思います。 麻生 私もそう思います。何を学んだかよりも、どの大学を出ているかということに価値が置かれている。就職にしても何にしても。でも、学んだ内容ではなくて、学部やゼミより、大学名の方が評価されているのは問題ではないかなと。 杉山 そうですね。実際、「学歴フィルター」というワードが一時期話題になりましたけど、今もたしかにありますよね。長い目で見ると、大学のブランド力が物を言うのは、就職活動のときと、20代の間までですね。 30歳を超えてくると、大学ブランド力の高い人はチャンスが多いことはみんな分かっているので、チャンスを上手にものにした人は評価されますけど、ブランド力の高い大学を出ている割にたいした実績を出していないと、評価が逆転してしまう。大学のブランド力を持て余し始める人が出てくるわけです。受験勉強ができると仕事ができるは別なので。 麻生 勉強ができることと、本質的な頭の良さ、インテリジェンスというのは全く違うものだと思います。仕事のやり方も。 梅田 今、みんな新型コロナに怯える異常な日々を過ごしているわけですが、学生はこの先心理的に影響が出たり、引きずっていくことにならないでしょうか?スペイン風邪の流行で90人以上の住民が亡くなったことを伝える福井県の面谷鉱山の石碑(大野市教委提供) 杉山 スペイン風邪もパンデミック(世界的大流行)が起こったんですが、2、3年後にはみんな忘れている状態になったそうなんです。それにウイルスは人間社会に長くとどまっていると、どんどん弱毒化していく例も多いようです。 私は「感染症の法則」と勝手に呼んでいます。簡単に言うと、毒性の強いウイルスだと宿主が活動できないし、殺してしまうので、感染力を失うんですね。結果的に人間社会から消えていくんです。 新型コロナウイルスといいますが、では新型以外のコロナウイルスはどうなのかといえば、常在化しているんです。鼻風邪を引き起こす程度です。新型も最終的にはそのレベルの毒性になるのではないかと言われています。そうなると、数年後には新型コロナのことをみんな忘れてしまうかもしれない。 これがトラウマになるかというと、ウイルスがトラウマになるのでなくて、ウイルスに対するリアクションや温度差が価値観の違いにつながるかもしれません。この価値観の違いが浮き彫りになって、新型コロナをめぐる考え方の違いから不信感を募らせていくのを懸念していて、人間関係が悪化したり社会不安にならないかが心配ですね。不安が募る就活生 梅田 今年度に就職活動をしている学生はどうですか? かなり大変だと思えますが。 杉山 就活している学生はとても不安がっています。対面面接を行っている企業さんもありますからね。オンライン面接でも部分的の場合もあるようです。 麻生 感染症対策を講じた上とはいえ、この最中に対面面接を行う企業姿勢に不安を覚える学生もいます。売り手市場と言われていたのが、新型コロナの影響で一転厳しい就職活動を強いられた学生たちにとって、面接してもらえるのはもちろん有難いことです。でも、「この会社は大丈夫なのだろうか。仮に受かったとしても従業員を大切にする会社なのだろうか」という疑問を抱く人もいました。 また、ビデオ通話で面接に臨んだ学生の話ですが、企業側がアイコンだけ表示されて、非常に話しにくかったそうなんです。面接担当者の表情が見えないし、声に出して相槌を打ってくれない担当者もいて、話すタイミングが掴みづらく、なにを求められているか、どこまで話せばよいか分からず戸惑ったそうです。そこで次の選考に進めなかったとなると、学生側はオンライン面接で力を発揮できなかったと思いたくなる。その心情は分かりますね。 梅田 オンライン面接でその人となりを見抜けるかも不安が残りますね。 杉山 採用する側は基本的に就活生にプレッシャーをかけて動揺させ、そのときにどういうリアクションをとるかを見ます。 麻生 かつては「圧迫面接」という言葉もありましたね。 杉山 今は分かりやすい圧迫をしませんけど、学生が困りそうな質問をするようですね。答えに困りそうな質問を考えるのが面接担当者の腕ですから。 麻生 その状況から想定外の事態に臨機応変な対応ができるか、柔軟性、レジリエンス(強靭=きょうじん=性)など、仕事に必要な力が見えてくるんでしょうね。ウェブ形式で実施された三井住友海上火災保険の採用面接で、モニター越しに学生と話す採用担当者ら=2020年6月、東京都内 杉山 企業はそういう力が欲しいですからね。学生が準備してきた内容を聴くだけでは面接になりません。なかなか内定が出ない生徒は、本当にいつまでも出ないんですが、例年よりそういう学生の数が多いですね。 それと、計画通りに採用活動を進めている企業と、計画を見直し始めた企業に分かれているようです。withコロナの社会が見通せないから、企業も慎重になっている部分は確かにあるようです。* * * 次回はグローバル化した世界情勢の中で、日本が国力を落とさないための方策について考えたい。 すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。心理学専攻博士後期課程単位取得。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『ウルトラ不倫学』(主婦の友社)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    テレワークがカモに?手ぐすね引いて待っていたサイバー攻撃犯の狙い

    り、警戒が続いている。 そして新型コロナは、私たちの生活も大きく変化させている。その最たる例の一つが働き方ではないだろうか。コロナ禍での外出自粛や「3密」を避ける目的で、在宅勤務やテレワークが推奨されるようになった。 昨年、テレワークを導入している企業は20%ほどに過ぎなかった。今年の東京商工会議所の調査では、新型コロナ発生以降の6月には、中小企業のテレワークの実施率は67%にも達した。また工場などでも、遠隔による機械制御も増えているという。 今後も程度の差はあれ、テレワークや在宅勤務が進めば、労働者の通勤ストレスが軽減されたり、企業側にもコスト削減などのメリットが期待できる。まずは大手企業が中心になるだろうが、企業の働き方が多様化する職場の「ニューノーマル(新常態)」が期待されている。 けれどもその一方で、テレワークが増えることで懸念されることもある。昨今話題となっているサイバー攻撃のリスクだ。 実は新型コロナが蔓延(まんえん)して以降、既にサイバー攻撃は世界中で過去に前例のないレベルで激増している。サイバーセキュリティー会社のサイファーマは、ここ数カ月でサイバー攻撃が世界で600%も増加していると指摘する。 米連邦捜査局(FBI)も、新型コロナが発生してから1日あたりのサイバー攻撃報告数が400%増加したと発表。国際刑事警察機構(ICPO、インターポール)も「大企業や重要インフラ部門」と、「個人や小規模な企業から、政府機関、医療部門」でサイバー攻撃が「驚くべき割合」で増加していると報告している。 インターポールはさらに、テレワークが増えたり長引いたりすることで、リモートで働く人を狙った攻撃が増え、攻撃が高度化していくとも警告している。 もちろん日本も例外ではない。情報セキュリティー会社、トレンドマイクロの調査では、今年2月には67件だったマルウエア(悪意のあるプログラム)攻撃の件数が、6月では2272件になったと述べる。また新型コロナに絡んだ偽サイトには、1月以降に日本から6500件以上のアクセスがあったことが確認され、そこからIDやパスワードが奪われてしまう可能性がある。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) そして最もサイバー攻撃の被害に遭いやすいのは、在宅勤務やテレワークによって作業をする従業員たちだ。というのも、社内でシステムを利用するのであれば、会社がそれなりの人材と予算を使って、システム構築やサイバー攻撃対策を行っており、それほどセキュリティーを意識する必要はない。 現在大手企業ならサイバーセキュリティー対策をしていない企業は少ないだろうが、中小企業だと「セキュリティーにコストはかけられない」と対策に後れをとっているケースは少なくない。しかしここ数カ月でも、三菱電機やホンダ、キヤノンUSAなどへ大規模なサイバー攻撃が発生するなど、きちんとセキュリティー対策をしている大企業でさえ被害に遭ってしまうのだから、中小企業の多くは攻撃に脆弱(ぜいじゃく)だと言っていい。執拗かつ巧妙 こうした状態で従業員たちが会社から離れ、リモートで会社のシステムやサーバーにアクセスするとなるとどうなるのか。会社から支給されるセキュリティー対策がとられたノートパソコンを使えるならまだマシだが、自前のパソコンやデバイスを使えばセキュリティーはどうしても弱くなる。 ウインドウズのような基本ソフト(OS)や、ウイルス対策ソフトなどが更新されずに古いバージョンのままである場合、既にマルウエアなどに感染してしまっているケースもあるかもしれない。そのようなネット環境の自宅やカフェなどでインターネットに接続することがあれば、さらにサイバー攻撃に晒(さら)されやすくなる。 しかも攻撃者は執拗(しつよう)かつ巧妙な攻撃を仕掛けてくる。多くの場合はフィッシングメールなどを駆使して、パソコンやネットワークに入り込もうとする。電子メールに不正なファイルを添付して実行させたり、本物そっくりな電子メールにリンクをつけてクリックさせるなどして、個人情報を盗んだりシステムに不正侵入して知的財産を奪うこともある。米マイクロソフトによれば、そうした電子メールは米国内だけで1日に2~3万件確認されているという。 企業を狙った攻撃の種類として多いものは、ランサムウエア(身代金要求型ウイルス)やビジネスメール詐欺(BEC)などがある。先に述べたように、2020年6月にホンダがサイバー攻撃の被害にあった際、ランサムウエアが用いられた可能性が指摘されたり、8月にはキヤノンUSAが身代金を要求しながらデータまで盗み出す、最近注目のランサムウエアに感染していたと報じられている。 ランサムウエアだけとっても、新型コロナ発生以降で攻撃の数は800%も増加しているというから驚きだ。イスラエル軍出身で、現在は米国でサイバーセキュリティー会社を経営するゾーハー・ピンハシ氏は、「こういう攻撃をする犯罪者たちから見れば、現状は宝の山を探し当てたようなものだ」と話す。テレワークなどで企業の隙が増えていることは、サイバー攻撃する側としてはまさに「天国のような状態」だと言う。 最近、リモート作業を行う際に重宝されているVPN(Virtual Private Network、仮想私設網)による対策も攻撃者は乗り越えて攻撃を成功させる例が報じられている。筆者のところにも、海外のセキュリティー関係者から、大手VPNメーカーに対して、盗まれたIDやパスワードの情報が少し前から報告されている。それが現実なのだ。 現在、サイバー攻撃の被害を報告する義務がない日本でも、表沙汰になっていないだけで同様の攻撃を受けている企業はおそらく少なくない。実際、実在する京都府内の保健所をかたった偽メール拡散や、北朝鮮や中国に絡んだサイバー攻撃などが日本各地で確認されている。 そして日本では現在、新型コロナの第2波がくるのではないかと懸念する声が上がっているが、サイバー攻撃でも今以上の「第2波」がくるのではないかと指摘されている。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) インターポールは、「サイバー攻撃は新型コロナに乗じて今後も増える可能性がある」「もしワクチンが完成すれば、ワクチンや医療関係部門だけでなく、研究開発のデータを盗もうとするフィッシングメールなどによるサイバー攻撃の『第2波』が来る可能性が高い」と警告する。 このサイバー攻撃の対象には、医療分野のサプライチェーン(供給網)に相当する業界など、広範囲の企業に及ぶ。 そして「新型コロナによる世界的な混乱は、歴史上最も活発にサイバー攻撃が行われた時期だろう」と専門家らは指摘する。さらにその攻撃はまだ終わっておらず、テレワークなどが進んでいく現状では、この先も続いていく可能性が高い。終息の兆しが見えないコロナ禍では、引き続きサイバー攻撃の脅威を注視しておく必要がありそうだ。

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    喪失だらけのコロナ後に受ける「リロケーションダメージ」の洗礼

    変わるというわけです。だから、江戸っ子気質の人は、既に変化を織り込み済みだと思うんですよね。「新しい働き方様式」 麻生 とはいえ、生粋の江戸っ子は少ないですよね。 杉山 私も東京に30年住んでいますけど、30年では江戸っ子といえません。でも、東京に住んでいると街並みも変わりますし、慣れますよね。下北沢にずっと通っている店があるんですけど、その店がなくなったらリロケーションダメージを受けると思いますね。ダメージを受ける場所と受けない場所を、東京に住んでいる人はどこかで分けていると思うんですよ。ここだけは変わらないでほしいというところはあるんじゃないかな。 梅田 新規陽性者の増加で第2波の到来が恐れられていますが、この状況は人の行動も心の在り方も変えてしまうでしょうか? 杉山 現状は新規陽性者の全国的な増加であって、「感染者の爆発的な増加か?」という意味ではまだ第2波ではないですね。 実は、専門家の間で「第2波」が入国拒否の対象地域にいた人たちが駆け込みで帰国した4月過ぎには、既に来ていたと言われています。それでも日本では98%の人が自然免疫で対応できるから抗体もできないというシミュレーション結果もある。だから、強烈な突然変異がない限り、巷(ちまた)で言われている第2波はもう来ていて、終息に向かっていると私は思っています。 ただ、万が一を考えると突然変異がないとは言えないので、これまで言われているような「3密」を避けるなど、どこまで効果があるか分かりづらくても、感染対策を守る。コロナ禍でよかったのは店や街が清潔になったことで、この方向性はいいと思うんです。清潔な暮らしが、コロナが残したいい所として、これからも続いてほしいですね。 あと、テレワークは結果的に「働き方改革」につながりました。誰も想像しなかった契機だけど、改革の実現に近づきつつあって、これはこれで「新しい生活様式」じゃなくて「新しい働き方様式」へと変わろうとしている。 遅くまでひたすら会社にいるという日本式の働き方がテレワークで変われば、むやみに働かなくても経済活動は可能だし、仕事もできることに気づいたというわけです。もっと効率よく働いて、人生を楽しんでいただければ。 ただ、お金が回らなくなる業種も出てくると思うんです。例えば、オフィス不動産業。知人の会社もテレワークでやれることが分かったっと、オフィスを閉じてしまいました。 だから、お金が回らなくなる業界にしがみつくのはやめましょう。お金が回るマーケットを見つけて、そっちに仕事を拡大することをみんなで考えましょうよと。「スターバックスコーヒーCIRLES銀座店」内にある「Think Lab」が運営するソロワーキングスペース=2020年7月21日(スターバックスコーヒージャパン提供) お金が回るということは、誰かが必要としていて、誰かが幸せにするということですから、お金が回るところにみんなで向かいましょう。言うのは簡単で、やるのは難しいですけどね。 でも、テレワーク専用に空きスペースを貸し出している企業も出てきましたから、本当にたくましいですよね。新しいマーケットが生まれつつあるといえます。休校中にできた「新しい会話」 麻生 私もそう思います。不可抗力で突如余儀なくされた変化、自分の意志ではない変化とはいえ、今は変わる、変えるいい機会だと捉える方がいいでしょう。つらい局面であるとは思いますが、発想の転換をして生き抜いてほしいと願います。ビジネスでも暮らしでも、制限があると人はその中でなんとか工夫しようと知恵を働かせますから。 これだけ社会構造が根底から変わってしまった中で、自分もその変化の波に飲まれるのではなく、乗ってどのように対応していくか。新しい働き方にせよ、暮らし方にせよ、コミュニケーションにせよ、いかにアップデートさせるかという視点が必要でしょう。その意味で今後、人は二分化されていくように感じています。 子供たちに関しては、休校期間中に普段しないような話もできたということもありました。忙しい日々の中で立ち止まる時間ができて、なかなかできていなかったこと、勉強をじっくり見ることができたり、世界情勢や社会に対する子供たちの視点や価値観、考え方に、はっとさせられるような気付きや発見があったり。これは周りの保護者の方々もおっしゃっていました。今世界で起きていることに対しても、例えばイタリアの感染状況が深刻なときにお子さんとスーパーでイタリアの商品を探して買ってみようという保護者もいました。 仕事もICT(情報通信技術)化やAIの技術革新がますます進んで、今ある仕事がなくなっていくともいわれています。でも、変化にいかに適応して新しい時代を生きていくか、既存の職業や価値の枠にとらわれず、どう未来を築いていくか、親として楽しみなところです。 梅田 在宅ワークが増えると、今より父親の役割もだいぶ変わってきそうですね。 杉山 変わってくるでしょうね。ただ、現状では「家で仕事」って無理があるんですよ。父親はこれからどうあるべきかという新しい価値観が生まれてくるのではないでしょうか。 麻生 夫と妻がお互いに求め過ぎないとか、期待し過ぎないとかですかね。また、家の中で物理的に一人になれる自分だけの空間がちょっとあるだけでも違うと思います。一部屋とることが難しくても、間仕切り、突っ張り棒にカーテンやのれんを渡すだけでもいいから区切ったり、誰もタッチしない、関知しない一角を作れると望ましいですよね。家族問題のご相談でもよくお伝えしていることなのですが、精神的距離は物理的距離に比例しますから。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 杉山 それはすごく大切です。ずっと顔を合わせていると煮詰まるとみんな言いますから。 麻生 ここは誰も触らない、自分だけの世界に入れる場所みたいな。子供部屋は作っても「お父さん部屋」「お母さん部屋」は作りませんよね。これから家造りや不動産関連も変わりそうですね。* * * 次回から2回にわたり、コロナ禍が招いた教育現場の混乱と、未来を見通す中で日本を襲うかもしれない国力の低下について議論する。 すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。心理学専攻博士後期課程単位取得。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『ウルトラ不倫学』(主婦の友社)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    9月入学の決断でこれだけ増える「未来への投資」

    石渡嶺司(大学ジャーナリスト) 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、9月入学制の検討が進んでいる。そして、この是非をめぐる多くの課題があり、多くの専門家が意見を述べている。 iRONNAでも文字通り、いろいろな意見が出ると聞いている。私は、全部網羅するよりも焦点を絞った方が適当と考え、本稿では就職や国家試験にテーマを絞ることにした。 就職や国家試験については、9月入学の導入について、課題があるとする論調の記事が多い。産経新聞でも次のように書かれている。 ただ、現状では企業などの就職・採用活動や公的資格の試験など多くの日程は4月を起点とする会計年度に基づいており、明星大の樋口修資(のぶもと)教授(教育行政学)は「9月入学制は教育改革ではなく社会改革だ」と指摘する。産経新聞「9月入学 渦巻く賛否」2020.05.12 こうした論調は産経新聞だけでなく、朝日新聞や読売新聞など他のメディアでもほぼ変わらない。それでは、日程を変えることが難しいかといえば、私はそうは思わない。どちらも解決可能だと考える。 そこで、就職と医師や薬剤師、管理栄養士などの国家試験に分けて解説したい。 まずは就職から考えてみたい。現行の就活ルールでは、大学3年生の3月1日に広報解禁、4年生の6月1日に選考解禁、同10月1日が内定日となっている。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、マスク姿で合同会社説明会の会場に向かう就職活動の学生ら=2020年3月1日、東京都港区 このスケジュールからすれば、卒業が7月下旬だった場合、2カ月間の空白期間を生むことになる。その間、就職が決まっている学生であっても無職になるのか、という問題が出てくるであろう。 ただ、あくまでも現行の就活ルールを当てはめれば、という話であり、実際には机上の空論に過ぎない。というのも、現行の就活ルールは政府主導によるものではあるが、法的な拘束力があるわけではない。「9月入社」企業の対応は? 付言すれば、政府主導となる前には経団連が取りまとめていたが、こちらも法的拘束力は特になかった。もっと言えば、大学生の就職活動が定着した大正時代(1920年代)から昭和、平成、令和と年号が変わる中、何度となく就職時期が議論された。しかし、1928年にできた日本初の就職協定も含め、全て法律で定義されたことは一度もない。 理由は簡単で、企業からすれば採用活動になるが、就職活動を法律で規制することは、集会、結社の自由を制限するかどうか、という話にもなり、相当難しいからだ。前述の通り、1928年の就職協定から約90年間、就職時期を公式に定めても、法制化されたことは一度もない。法的な拘束力がない以上、順守する企業は少数派であり、多くの企業が守るわけがない。 令和となった現在も全く同じだ。リクルートキャリア・就職みらい研究所の「就職白書2020」によると、選考解禁より前の4年生5月以前に内々定を出した企業は66・5%にものぼる。 これは学生も同じだ。広報解禁より前の3年生2月に就職活動を始めた学生は65・7%であり、企業側とそう変わらない。6割強の企業・学生が就職ルールを前倒ししており、9月入学に合わせて9月入社に変更しても十分に対応できる。 ただ、「いくら、4年生5月以前の内々定通知が6割強と言っても、内定者研修などは数カ月から半年はかかる」「9月入学と9月入社を同時に実施するのは無理」という意見もあるだろう。 そもそも、企業側は9月入学について肯定的だ。経団連は2011年に東京大学が秋入学を議論した際も、支持している。今回の9月入学についても、経団連の中西宏明会長は支持を表明している。 経団連の中西宏明会長は11日の記者会見で、「海外との連携を考えると、9月入学はごく自然なこと」と歓迎する見解を示した。産経新聞「経団連歓迎『自然なこと』」2020.05.12経団連の中西宏明会長 それに、就職時期は過去30年間で6回も変更されている。1996年以前 広報時期:4年生4~5月 / 選考時期:4年生8月ごろ1997~2004年(自由化) 広報時期:3年生10月前後 / 選考時期:3年生3月~4年生4月2005~2011年 広報解禁:3年生10月1日 / 選考解禁:4年生4月1日2012~2014年 広報解禁:3年生12月1日 / 選考解禁:4年生4月1日2015年 広報解禁:3年生3月1日 / 選考解禁:4年生8月1日2016年~現在 広報解禁:3年生3月1日 / 選考解禁:4年生6月1日※卒業年次ではなく実施年の表記 時期変更が議論されるたびに、内定者研修の短期化などが指摘されたが、結果的に企業側は対応できている。今回の9月入学についても、合わせる形で9月入社となった場合、企業側は十分に対応できるのではないだろうか。「国家試験」大学の不都合な事実 次に国家試験について解説したい。国家試験のうち、医師、看護師、理学療法士などの医療職関連の資格と、管理栄養士は、いずれも2月から3月上旬に集中している。 当然ながら、関連の大学・短大・専門学校は、いずれもこの国家試験の受験日に合わせてカリキュラムを編成している。こちらは就職活動と異なり、対応は難しそうだ。 ただ、管理栄養士は2011年、東日本大震災で被災した東北地方の受験生に対して、特例扱いで7月31日に東京などでの受験を認めている。特例扱いではあるが、過去にこうした事例があるため、対応が無理ということもないだろう。 それと、医療関連の国家試験や管理栄養士試験については、大学が合格率の高さをアピールしようとするあまり、受験を制限する事件・騒動が過去に起きている。 成績が悪く合格しそうにない学生を受験させなければ、その分見かけの合格率を上げることができる。それを受験生に対してアピールする材料としているのだ。こうした問題も、国家試験の日程を後ろ倒しにすることで解決できる。 9月入学に合わせて、すぐに受験日を7月前後に変更するのは確かに難しい。変更初年度の学生が大きな不利益を受けるからだ。・現行の3月に加えて7月の2回受験日を設けて、両方受験可能とする。・国家試験合格・卒業から入職までの日程が空く場合は、国がインターンシップを実施し、給料を出す。こうすれば、病院などに派遣することで人手不足にも対応できる。・奨学金を利用している学生は移行期間中、卒業扱いとせず、返済を猶予する。 変更初年度もしくは数年間、特例扱いでこのような方策が必要となるであろう。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 以上、就職と国家試験については、条件付きながら9月入学について対応可能であることがご理解いただけただろう。留学生には関係ない? 最後にもう一点、留学についても指摘しておきたい。9月入学に移行すると、グローバルスタンダードに対応できると支持する論調が強い。一方、このグローバルスタンダードについて「留学するのはごく少数だ」と反対する向きも多い。 確かに、日本人留学生も海外からの留学生も現状では少ないことは事実だ。日本学生支援機構の調査によると、外国人留学生は31万2214人(2019年度)、日本人留学生は11万5146人(2018年度)にとどまっている。 大学生数は約290万人であるから、外国人留学生と日本人留学生を合わせても全体の約15%に過ぎない。このデータだけ見れば「15%の学生だけしか、9月入学は関係ない」と論じることもできる。 しかし、日本人留学生が約11・5万人にとどまっているのには理由がある。長期間の留学で留年することにもなりかねず、就職活動にも不利になると懸念したり、そもそも長期間の留学を終えてから就職活動を始めても、既に出遅れていると危惧したりする学生や保護者が多いからだ。 実際には、長期留学して留年しても、就職活動にはほとんど影響しない。例えば、グローバル系大学として有名な国際教養大(秋田県)は2018年卒業者のうち、4年で卒業した割合は58・2%にとどまっている。 これは長期留学者の多い他大学も同様で、東京外国語大28・6%、大阪大外国語学部(旧大阪外国語大)33・7%、神戸市外国語大39・4%、宇都宮大国際学部50・5%などとなっている。では、こうした大学の就職実績が悪いかと言えば、むしろいいのである。「鳥取城北日本語学校」で授業を受ける留学生と見学する事業所の関係者ら=2020年2月13日 就職活動も、長期留学者の多い大学・学部であれば、対象を限定した学内説明会兼選考会を実施している。つまり、就職活動が留学によって出遅れるとするのは、大いなる誤解に過ぎない。それに、こうした問題も9月入学によって解消される。 現在の留学生数は確かに少ない。しかし、それは留年に対する誤解や4月入学による弊害などによるものである。 現状の対象者が少ないと言っても、それも9月入学によって大きく引き上げられる可能性は極めて高い。むしろ未来への投資と考えても、9月入学、そして9月入社への変更は理にかなっているのである。

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    米倉涼子の円満独立で分かった芸能界に「寄る年波」

    片岡亮(ジャーナリスト) 人気女優の米倉涼子が3月24日、27年間所属してきたオスカープロモーションを3月末で退社することを発表し、芸能界に衝撃を与えた。「新しい活動については、近日中にご報告をさせていただきます」と後日改めて発表があるようだが、関係者によると「他に移籍するのではなく、個人事務所でやっていくと聞いている」という。 近年、大手の芸能事務所を退所する所属タレントが増えた。公正取引委員会(公取委)が、芸能プロダクションとタレントの専属契約に違法性があると見て、移籍や独立を阻む問題の調査に乗り出したことが大きい。公取委はこのような事務所が強い立場を利用した契約が独占禁止法に当たるとの見解をまとめ、原則禁止している。 かつて日本の芸能界を暴力団が仕切っていた名残で、以前は独立したタレントが干されるということも当たり前だった。背景には、芸能プロがテレビやスポーツ紙をはじめとするマスコミに強い影響力を持ってきたことにある。不自然に出演アーティストが決まってしまう『NHK紅白歌合戦』も、このゆがんだ構図の産物だといえる。 いまや、そのことを多くの人が感じているから、世間では「事務所からの独立」はタレントが「巨悪」と戦っているように見えるだろう。ただ、芸能プロの圧力が強いほど、当のタレント自身が得をしてきたのも事実だ。 長くヒット曲のない歌手でも紅白に出場できているし、ちっとも面白くない芸人が、他の人気タレントと同じ事務所所属という理由だけでバラエティー番組のひな壇に座っていられる。情報番組のコメンテーターやドラマのヒロインも、実力通りなら人選は全く違うものになるだろう。 プロダクションのプッシュを最も必要とするはずの芸能人が事務所から出たがる、その理由は一般社会の離職や転職と大差ない。ただ、優先順位が違うだけなのだ。女優の米倉涼子=2019年10月(桐原正道撮影) 一般社会では、「会社を辞める理由」で上位を占める回答といえば、「給与が安い」「休日が少ない」「将来への不安」といった待遇面における不満だ。加えて、上司のパワーハラスメントなどの「人間関係」、そして「やりがいを感じない」という仕事内容への不満がある。それでも人気タレントが独立するわけ これまで芸能界を約20年取材してきた経験で言えば、待遇面での不満は、芸能界の場合だと新人など若いタレントや中堅に多い。逆に言えば、どんなに待遇の悪い事務所であっても「一発屋」でもない限り、実績を積み重ねていけば相応に報酬は上がる。 5本のCMに出演しているのに、1本分しかもらえないケースなど聞いたことがない。吉本興業所属の芸人が「ギャラが3千円だった」と愚痴を言うのは、そもそも駆け出しのころのエピソードだったり、ブレイクしないままくすぶっているからだ。 人気が急上昇した若手が「もっともらえてもいいのでは…」と不満を抱くこともあるが、主演作や冠番組に困らないタレントになれば、よほどタチの悪い事務所でない限り、一般人がうらやましがるレベルの報酬が手に入るものだ。休みがないという多忙なスケジュールへの不満があっても、むしろ「うれしい悲鳴」であり、「だから、辞めます」ということにはなりにくい。つまり、人気タレントが独立する理由に、待遇面での不満が挙がることは決して多くはないのだ。 それを証明する動きが続いているのが、ジャニーズ事務所だ。近年退所したタレントの多くが、「コンサートで歌って踊り、ファンクラブの会員を増やす」本業に嫌気が差した者たちだからだ。 KAT-TUNの赤西仁は音楽活動での海外展開を志向し、在籍中からソロ活動を始めていた。KAT-TUNの田口淳之介や、関ジャニ∞(エイト)の渋谷(しぶたに)すばるもシンガー・ソングライターを目指し、ジャニーズを去った。 元SMAPの稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾の「新しい地図」の3人にしても同様のことがいえる。SMAPでは、敏腕マネジャーの飯島三智氏が事務所の方針に反してまで、バラエティー番組に積極的に売り込み、さらにドラマやソロ活動を展開したことで、SMAPは国民的アイドルの地位を築くことができた。メンバーが飯島氏への信頼を厚くするのは当然で、極論だが、事務所の「王道路線」に背いたことが退所の発端といえなくもない。 ただ、彼らが実際に離脱にこぎつけたのは、皮肉にも高待遇であったからだ。つまり、アイドルのうちに十分貯蓄できていたからこそ、自分の「やりたいこと」にシフトできたわけである。 嵐の大野智が退所覚悟で休業宣言したのも、中居正広が3月末での独立を決めたのも、自分のペースで選んで仕事をしたいことが最大の理由だ。これは一般社会で言う「やりがい」の理由と合致する。公正取引委員会から注意を受けたジャニーズ事務所=2019年7月、東京都港区 米倉の場合、所属のオスカーのスタッフがテレビ局に頻繁に通い、まるで映画パンフレットのような出来のプロモーション資料を担当者の机の上に置いていく強い営業力で知られる。女優の剛力彩芽がこの上なく「ゴリ押し」されたのも営業力の結果だ。 タレントからすれば、神様みたいに有り難いバックアップだから、やはり待遇面の不満は生じにくい事務所だ。所属女優には、飯島氏のように自分をスターにしてくれた担当マネジャーを付けてくれる。高齢化「世代交代」の弊害 ところで現在、こうした大手事務所に続発しているのが、トップの高齢化による世代交代だ。しかも、世襲が多いせいで、創業者を継いだ2代目が、先代ほどの実力がないにもかかわらず、態度だけはボス気取りという人間が少なくない。結果、一般社会でもよくある「二頭体制」の弊害が出てくる。 オスカーは以前からそんなウワサが聞こえていた事務所で、近年、スタッフが次々と辞めていた。フリーランスの筆者にも笑顔で接してくれた人物も、業界でかなり評判が良かったのに、少し前に「仕事は好きですが、オスカーではもうやれない」と意味深な言葉を残して、他の業界へ転出していった。 タレントにとって、担当スタッフは「最大の味方」だ。必死に仕事を取り、会社との間に入って自分の意向を伝えてくれ、体調の気配りもしてくれる家族のような存在で、「新しい地図」が飯島氏の後に続いたのも、そのような心理が働いたといえる。 最大の味方が辞めるとなれば、タレントの事務所への忠誠心はかなり低下する。オスカーのスタッフが消えるにつれ、女優の草刈民代や忽那(くつな)汐里、モデルのヨンア、タレントで女優の岡田結実と、所属タレントが続々退社していった。もちろん、公取委の方針が後押しになったのは、言うまでもない。 中居が既存の事務所に移籍せず、個人事務所「のんびりな会」の立ち上げを選んだのは、彼にはもう大手芸能プロの力が必要ないからで、米倉にも同じことがいえる。しかも、米倉は出演ドラマの打ち合わせで、テレビ局に足を運ぶことを苦にしないから、仕事は自分でも取れるし、十分な貯蓄もある。 プロモーション資料に常にトップ掲載されてきたオスカーの看板女優だが、もう後押しがなくても自由にやれる。「演劇以外のCMなどは積極的にやりたがっていなかった」とも聞くから、むしろ今後はさらに仕事を選べるだろう。 一部では交際するアルゼンチンダンサーの男性に、事務所が猛反発したという話も伝わるが、それが長年第一線でやってきた超一流のプロフェッショナルに起こった独立問題の核心であるわけがない。女優でタレントの岡田結実。2020年3月末で所属事務所を退社した=2019年9月 一般社会では、従業員の平均勤続年数が短くなってきているというが、ある程度稼いだ芸能人が独立の選択肢を取るケースは今後も増えるし、プロダクション側も殿様商売をしていられなくなるのは時代の流れだ。一般企業でも、パワハラ上司に我慢して働くのは愚かだという認識が広まり、有能な人材なら「自分で起業した方が早い」と考える。 芸能界でも、タレントのフリーランス化が進み、個人で有能なマネジャーを雇うようになる。大手芸能プロがどんなに「育ての恩」を語り、「圧力の壁」を築いても、合理化と適正化の波は止められないだろう。

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    年金不安にも役立つ?ウーバーイーツを「稼ぎ方改革」につなげる方法

    して、昨秋配達員らが労働組合を設立して話題になった。 スマートフォンの普及に伴う、先進的なサービスと働き方を提供するビジネスだけに、急速に拡大しているようだが、例によって筆者なりに問題点と課題を整理し、持続可能となる改善点などを提言したい。 そもそもウーバー社の本業は配車アプリである。だが、さまざまな規制があり、日本では展開しにくい。海外同様に一般人がこれを展開すると、営業許可のないタクシー、いわゆる「白タク」となってしまい規制の対象になりやすい。日本でのタクシー業の規制緩和については、高齢化、人口減少などを理由に公益性の求められる分野においては、解禁されている。たとえば、病院までの送迎、過疎地の買い物用などだ。 料理を飲食店から配達するウーバーイーツも本来は、軽トラックを使う個人運送業者の組合「赤帽」のようなシェアビジネスや、本格的なクラウドソーシング(不特定多数を募ってサービスを展開)をしたかったのだろうが、これもまた、運送関連法上、問題がなくはない。先に触れたが、過疎地においては、運送会社とバス会社が共同物流したり、タクシー会社が物流したりという規制緩和は起きているが、これをウーバーイーツのような業態まで規制緩和するような動きはないと思ってよいだろう。 日本の場合、規制当局の「霞が関」が、物流、運輸、貨物の既得権益を守る側にあり、シェアエコノミーで天下り先が用意されなければ、規制緩和するメリットがない。これがよいかどうかは別にし、ウーバー社のビジネスは世界中で政治力が必要な業態になっており、その中でウーバーイーツは外食の宅配という抜け穴で勝負したと見えなくもない。労働組合を結成し、記者会見する「ウーバーイーツ」の配達員ら=2019年10月、東京都渋谷区 言い方は悪いが、規制の緩い部分がウーバーイーツのような宅配代行である。物流なのに規制対象外で、すでに世界各国でウーバーイーツは一つのインフラとして機能している。だが、冒頭で触れたように、当然、問題も多くなってきている。 配車ビジネスにしろ、フードデリバリーサービスにしろ、トラブルが起きやすい環境であることは否めない。トラブル要素は満載 発注が男性で集荷が女性、または配達が男性で客が女性などの場合は、あくまで海外事例だが、性被害に発展するトラブルが相次いでいるという。ただ、従来の運送業でも、過去に配達員が女性宅に侵入するといった事件はあり、今に始まったものでもない。むしろ、今後深刻化しそうな課題は、先に触れた労働環境にあると見るべきだ。 とりあえず、筆者もウーバーイーツの配達員に登録してみた。身分証明などとして免許証の写真送付といった、一定のガバナンスは効いているようだが、まず驚いたことは、面接がなく、何より研修がない。と、なれば、注文した商品が届かないことや、配達員が急にいなくなるといったことが日常茶飯事になるのは当然かもしれない。最初からよからぬ目的で登録する人もいるだろう。 筆者の場合、注文があると想定される地域は神奈川県藤沢市や三浦市だが、そもそも自宅から15キロほどあり、集荷だけで1~1時間半かかるため、事実上無理であることが判明した。要するに、現在ウーバーイーツが都市部のみの展開で、首都圏であっても限られた地域でのサービスであるゆえんだ。 また、報酬の観点で見れば、ウーバーイーツはそもそも労働か、委託か曖昧で、独占禁止法で禁じられた「優越的地位の濫用」にあたる可能性も否定できない。もちろん、都市部で効率のよい配達ができれば、最低賃金どころか、かなりの時給になり得る。 ただ、効率が悪ければ最低賃金を大幅に下回る可能性もあり、クラウドソーシングのようなビジネスは、抜け穴になっているとの批判も多い。これは今後国としても規制強化のポイントにもなり得るものだろう。 このように、ウーバーイーツは画期的なサービスおよびビジネスであろうが、それだけに批判も多く、トラブルになりやすい要素が満載だ。では、どうすればよりよいサービス、ビジネスになるのか。以下、大まかに三つの改善策を挙げたい。 一つ目は、配達員の登録手続きについてだ。登録はメールだけでなく、面接をするべきだが、どうしても省くのであれば、動画を運営者と登録者が送信し合うバーチャル面接を実施する。このやりとりで配達員としての「可否」を判断すれば、かなり犯罪的要素は大幅に排除できるはずだ。 具体的には、登録完了後、AI(人工知能)動画配信ソフトで研修して問題をチェックしたうえで、ルールを自然と学べるようにすべきだろう。実際、最近はAIを使った研修ツールは増えている。有名企業を例に出せば、キーコーヒーがコーヒーの淹(い)れ方の研修ソフトを導入し、その通りにやれば「バリスタ」並みのスキルが学べるという。注文された品を受け取りに向かう「ウーバーイーツ」の女性配達員=2019年3月、東京都港区(佐藤徳昭撮影) 二つ目は、配達員が勝手に任務を放棄することへの防止方法だ。カナダで中国通信機器大手、ファーウェイの副会長兼最高財務責任者(CFO)が詐欺罪などで起訴され、その後保釈されているが、足に全地球無線測位システム(GPS)が付けられているのをニュースなどで見たことがある人も多いだろう。 もちろん、ウーバーイーツの配達員は被告人ではないのでGPSの強制固定とまでは言わないが、スマホのGPS機能だけでは不十分なので、宅配機材に内蔵させて運営側が良い意味で「監視」を徹底すれば、不正はかなり減らせるだろう。年金不安解消に一役? タクシーの場合は、タコグラフ(運行記録用計器)もあれば、ドライブレコーダーもあり、運行管理システムも徹底されている。法規制が緩いからやるのでなく、規制緩和されている分野に参入するからこそ、このようなインフラを徹底しないと、規制が強化されてしまえば、せっかくのビジネスチャンスをつぶされてしまう。 三つ目は配送単価についてだ。昨今、優越的地位の濫用が問題になっている。コンビニのセブンイ-レブンに端を発したフランチャイズ契約、GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)のデータ保護、課税などの問題、日本では楽天の配送単価の出店者への強要、中小下請けに対する技術開示、下請け取引強要といったように課題が多い。 現状は、クラウドソーシングやシェアビジネスにおける優越的地位の濫用は、未だ議論されていない。スピードについていけていないことが主因だが、日本のフリーランス1100万人(民間企業の調査による推計)の9割は年収200万以下とされ、先にも触れたが、クラウドソーシングはいわば、最低賃金以下で働かせる抜け穴ともいえる。 これに関しては、どのようなセーフティネットがあればよいだろうか。まずは、シンプルにクラウドソーシングにおける契約は、想定単価を時間あたりに換算し直し、最低賃金を超える単価にさせる法規制をつくるべきだ。 たとえば、1時間で3つしか運べなければ、単純に1つの配送単価を最低330円として、最低賃金をクリアする。3つ運べる設定でありながら、3つ運べないケースも出てくるが、そこまでカバーするのは無理だろう。とはいえ、筆者は最低賃金法については反対派であり、過度の規制強化も反対ではある。あくまで、行き過ぎた優越的地位の濫用を防げる基準をつくるべき、という視点だ。 いずれにしても、筆者は自由競争派ではあるが、公益性という観点からウーバーイーツの宅配分野は、しっかり調査して規制緩和するところ、強化するところを一度精査すべきだろうと思う。 最後に、筆者もあと20年で年金受給者だが、年金はないと考えており、生涯現役労働を意識すると、65歳を過ぎても働ける労働のセーフティネットがほしい。 ウーバーイーツの配達員もそうだが、いつでも地域の宅配を個人でやれるような、大手配送のクラウドソーシングを一括でできるようになれば、年金不安を解消できるかもしれない。ウーバーイーツの配達員=東京都港区 言うまでもなく、健康であることが最低条件ではあるが、もう少し国も年金があるかないか、増えるか減るかではなく、「最悪のシナリオでもこんな稼ぎ方ができますよ」といった提示を同時にしてほしいものである。

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    パワハラ「ザル法」に怒り心頭

    今年6月に施行される「改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)」に異論が噴出している。厚労省が指針案で示したパワハラの定義や具体例を詳しく見ると、「抜け穴」だらけで、根絶とは程遠いシロモノとの指摘も多いからだ。一筋縄ではいかない問題であることは百も承知だが、「ザル法」との批判が避けられそうもない。

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    パワハラ対策は穴だらけ、厚労省も毒された「会社の論理」

    松沢直樹(フリーライター) 2019年10月21日、厚生労働省は労働政策審議会の雇用環境・均等分科会において、職場のパワーハラスメント(パワハラ)防止の素案を示した。これまで労働基準法などをはじめとした労働関係法令で積極的に取り締まりを行ってこなかったパワハラ(職務上の権限を利用してのいやがらせ)について、具体的な規制の指針を示した形となる。 ところが、肝心の素案に対して批判が集中した。とりわけパワハラに「該当しない」例に対して批判が集中し、日本労働弁護団をはじめとする団体は、使用者側が責任を逃れるための「弁解カタログ」と糾弾している。 厚労省が提示したパワハラ規制についての素案が物議を醸す中、また新たな労働行政の穴が露呈した。いわゆる「就活セクハラ」問題である。 2019年12月2日、東京大など複数の大学の女子学生などからなる有志団体が会見を開いた。会見の趣旨は、厚労省が意見募集しているハラスメント対策についてであった。 有志団体によれば、就職を希望する企業にセクシュアルハラスメントの相談窓口があっても、相談することによって採用への道が閉ざされてしまう可能性を考えてしまうそうだ。その結果、多くの女子学生が、就活セクハラの被害を告発できない状態が続いているという。 この会見は衝撃を与えた。「穴だらけ」と指摘されたパワハラ防止素案に続いて、ハラスメント対策をうたい、改正に至ったばかりの法律にも穴があったことが露呈したからである。厚労省が公表したパワハラ指針の素案の見直しを求めて開かれた緊急集会=2019年10月、東京・永田町 2019年5月29日、参院本会議で女性の労働者をハラスメントから保護することを企業に義務付けた法律が可決、成立した。女性活躍・ハラスメント規制法(女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律)では、女性活躍推進法、労働施策総合推進法、男女雇用機会均等法、労働者派遣法、育児介護休業法の5本を併せて改正した。 これによって、企業は女性労働者に対し、業務上必要相当な範囲を超えた待遇を与えることが禁止された。これらの規制の中には、従来問題になっていたセクハラやマタニティーハラスメント(マタハラ・妊娠中の女性社員へのいやがらせ)についても不利益取り扱いの禁止が明文化されている。また、企業側に対する罰則についても明記されており、行政指導を行っても改善が見られない場合には、企業名を公表することとなった。はびこる悪しき「フィルター」 だが、「就活セクハラ」問題で露呈したように、この法改正には抜け穴があった。就職活動中の女子学生や、取引先の女性労働者、委託労働といった労働基準法で保護されない中で働く女性労働者は、保護対象外となりうることが顕在化したのである。 これを受けて、厚労省は現在までに公表しているパワハラの6類型を細分化し、どのような言動や行動がハラスメントに当たるかを定義するとともに、就活生や労働基準法で保護されない委託労働者など、社外の女性に対するハラスメント行為を防ぐことも企業に求める方針を打ち出した。それでも、「労働者の実態に沿うものになるのか」と疑問視する声は依然として強い。 厚労省のハラスメント対策の穴については、言うまでもなく弁解の余地はない。しかしながら私は、根本的な原因は他にあると考えている。その一つが、会社というフィルターを通してしまえば、犯罪が犯罪と意識されなくなってしまうことを、社会の誰も指摘しないことである。 少し説明を加えたい。例えば、人を殴ったり恫喝(どうかつ)すれば、問答無用で逮捕される。それなのに、会社内でこのようなことが行われても、「パワハラ」というソフトなイメージの言葉に包まれて、誰も糾弾しなくなるのはなぜだろうか。 セクハラも同様である。男性が女性に対して一方的な性的いやがらせを行えば、やはり問答無用で性犯罪者として逮捕される。それなのに、会社の中で行われた加害は、なぜ「セクハラ」というソフトな言葉に覆われて、有耶無耶(うやむや)にされがちなのだろうか。  会社というフィルターを通すと、皆が犯罪として認識されなくなってしまう現象について、私は、日本国憲法28条と労働組合法が機能していた時代の悪影響ではないかと考えている。2019年11月、厚労省で行われた記者会見で就活ハラスメントの経験を話す町田彩夏さん(左)ら 憲法28条ならびに労働組合法では、労働者が労働組合を作る権利、会社と対等の立場で交渉を行う権利を保障している。逆に言えばこれは、会社内においては、労働者が自治権を持っているので、第三者の介入を許さない権利ともいえる。 労働関係法令を中心に取り締まりを行う警察官(特別司法警察員)でもある労働基準監督官は、全国で3241人(2016年現在)しかいない。現代に起こる「歪なトラブル」 かつては正社員が大多数だったし、各会社に労働組合が結成されていた。そのため、労働基準監督官に頼らなくても労働者が安全に働ける環境を守ることができた。その結果、会社内で起こることについて、明確に刑法に抵触するような事件以外は、公権力が介入しなくなった経緯がある。 時代が変わり、非正規労働者が多数になった現在では、各会社に労働組合があることは珍しくなった。しかしながら、憲法28条と労働組合法では労働者の会社内の自治権が保障されているため、警察権を持っている労働基準監督署は積極的に介入しない方針を維持している。 そのため、大多数の労働者は、会社内で労働トラブルが発生しても、公権力の介入が期待できなくなる。こうして、会社側からの理不尽な加害を甘受することだけを刷り込まれることとなった。 また、会社法の改正によって、少額の資本金で会社を興せるようになり、はなから労働法を守る意識がないブラック企業が跋扈(ばっこ)している。厚労省が、パワハラをはじめとしたハラスメント対策について、実態にそぐわない素案しか挙げられない背景にはこういった事情がある。正確な実態を調査しようにも、専門家の数も足りない上に、法的な介入が難しいケースが多々生じてしまうのだ。 残念なことに、会社が公権力の介入を許さない閉鎖的な空間となる中で、新たな問題が生じている。弱い立場のはずの労働者が、さらに弱い立場の人への加害に走るケースが顕在化してきているのである。正社員が非正規労働者に対して行う差別的な対応がそれである。 この問題が顕在化してきたことについて、私はパワハラやセクハラとは無関係ではないと考えている。弱い立場の者を隷属(れいぞく)させることで愉悦を満たすゆがんだ心理がパワハラやセクハラの増加につながっているのではないだろうか。また、先述のように、会社という閉鎖的な空間になると順法意識が薄くなる心理も影響しているように思う。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 根本的な解決を図るには、厚労省はもちろん、国がきちんと法的な線引きを行う必要があるのは言うまでもない。ただ、最も重要なのは、先に述べたように「会社は順法意識が薄くなりやすい閉鎖的な空間であること」を意識し、常に風通しをよくすることだ。 そして、労働形態や役職、性別に関係なく公平性を保つ意識を社会全体で醸成していくことが重要だと考える。

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    部下をつぶす「クラッシャー上司」が出世する会社に未来はあるか

    松崎一葉(筑波大教授) 労働施策総合推進法が改正され、今年6月に通称「パワハラ防止法」が施行される。今後は「職場におけるパワーハラスメント防止のために、雇用管理上必要な措置を講じることが事業主の義務」となる。それに先立ち、昨年12月には厚生労働省のガイドライン(指針)案が示されており、これに対応するため企業や自治体では、ハラスメントを防止するための研修やコンプライアンス体制の強化への取り組みが進んでいる。 だが、この取り組みによって組織のハラスメントは実質的に減るのだろうか? 本稿では、わが国のハラスメントの特徴について解説し、企業がとるべきハラスメント対策の根幹について述べたい。 わが国の、特に大企業におけるハラスメントの特徴は二点に集約される。 一点目は、多くのハラスメントは、上司にとって陰湿な「イジメ」というより、むしろ「良かれ」と思っての「過剰な強圧的指導」であることだ。 なぜなら、ハラスメント的な強圧的指導をする上司は、次のような信念を持っていることが多い。 「イマドキのゆとり世代・さとり世代の若者には、これくらい厳しく指導しないと一人前にならない」「俺はお前を成長させるために、あえて愛のムチを振るっているんだ」「それをハラスメントと言うなら通報してみろ、俺に悪意はない」「会社の業績向上のためには、これくらいの厳しさが必要」といったものだ。 そのため、コンプライアンス通報を受けて指導方法に対する改善命令が下っても、彼らは心の底では納得せず、マキャベリズム的な誤った発想を持っている(マキャベリズム:目的のためには手段を選ばず、また反道徳的な行為でも結果がよければ正当化される)。同時に企業側も、ハラスメント事例を判断する際に「悪気はないよなあ」と、ついつい甘い処遇になりがちなのである。 この構造がわが国のハラスメントの根本的な是正を阻害している。多くのハラスメント行為者は「自分の強圧的な指導は、会社のための必要悪である」との思い込みがあるのだ。 このタイプの行為者は、実際に仕事がデキる人であることが多く、自分の仕事のスタイルを部下に押しつける。部下の意見を聞き入れず、自分の駒として、とことんこき使って仕事を遂行し、高い業績を上げていく。このような「とてもデキる」けれども「部下に強圧的な態度をとる」タイプを筆者らは「クラッシャー上司」と定義している。つまり、部下をどんどんつぶし(クラッシュ)ながら業績を上げて出世していくタイプである。 彼らが高い業績を残すが故に、会社はクラッシャーを本気で処罰することができない。その結果、クラッシャーは知らず知らずのうちに会社の経営幹部まで上り詰めていくことになり、企業のハラスメント体質は、さらに是正されにくくなるという悪循環に陥るのである。※写真はイメージです(GettyImages) 二点目は、被害者側もハラスメント的な指導自体は間違っていないと認識していることだ。  この問題には、部下・被害者側に生じやすい、抱え込みの構造がある。つまり、被害者は「これだけ厳しい指導をされ、人格否定をされるのは自分の能力のなさが原因だ」と自己批判的に認識して、ハラスメントを通報せずに抱え込むのである。 その結果として、長期化したハラスメントに忍従したストレスで、精神を病み、時には自殺することになる。筆者らが産業医学の現場で経験したメンタル不全事案では、内省的で生真面目な部下ほどこのような傾向が強かった。会社への帰属意識が強く、忠誠を誓い向上心が強い部下ほど抱え込みやすく、クラッシャーにつぶされやすいのである。デキる若者ほど離れていく さて、これらをふまえてハラスメントが企業にもたらす悪影響についてまとめたい。 まず、能力の高いクラッシャーであっても、本当に会社にとって有益であると言えるだろうか。確かにクラッシャーは、間違ったマキャベリズムによって短期的には業績をあげていくのだが、彼らは部下の多様性を容認しない。自分と同じような考え方のコピー部下をひたすら「再生産」していく。そして、中長期的に見れば、職員の構成は金太郎飴(あめ)化して多様性が低下する。それはワークライフバランスを大切にする若者を許さず、さらには女性やLGBT(性的少数者)への偏見に満ちあふれる環境につながり、結果として才能ある彼らは離職していく。 昨今の価値観が多様化し、情報が高速に飛び交う時代において、十年一日のごとく過去の栄光にしがみつく仕事観は、早晩時代遅れになっていく。自分の過去の成功体験を踏まえながらも、若者のユニークな視点と着想を取り込んで革新的なアウトプット(成果物)を出していくという戦略感覚を持ったワークスタイルを目指さないと、企業は時代から置いていかれるだろう。 最近では、若者のワークモチベーションが大きく変化してきている。従来は「滅私奉公」して終身雇用の中での立身出世が至上とされていたが、最近ではデキる若者ほど「自己成長感」を重要視している。 「この企業で自分がどれだけ成長できるか?」「スキルが身につくか?」「その上で起業をしたい」と考える若者が増えているようである。つまり、古い成功体験を押しつけられるような企業には、デキる若者は居つかず、離職が増える。さらに、悪いうわさは会員制交流サイト(SNS)によって瞬時に飛び交う。結果、それらの企業には有能な新人は来なくなる。このようにして、クラッシャーによるハラスメントは企業の人材確保にも悪影響を及ぼし、企業を中長期的に衰退させていくのである。 そして、ハラスメントが生産性に及ぼす影響についても研究がなされている。※写真はイメージです(GettyImages) ハラスメントの現場を見るだけで、周囲の生産性は低下すると報告されている。つまりハラスメントが常態化している職場ではモラール(士気)が低下し、仕事の効率は上がらないのである。 ハラスメントは倫理的、道義的にもあってはならないことだが、以上で述べたように、企業はハラスメントがもたらす中長期的なマイナス効果についても十分に認識する必要がある。そして、経営戦略の観点から本腰を入れてハラスメントを駆逐していく必要があるだろう。

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    企業の命取りになるパワハラ対応ミスと「ブラック社員」の罠

    田岡春幸(労働問題コンサルタント、元厚生労働官僚) 職場でのパワーハラスメント(パワハラ)防止を企業に義務付ける労働施策総合推進法の改正案が昨年5月、可決・成立した(施行は大企業では2020年6月、中小企業では22年4月の予定)。 この法改正の背景には、労使間のトラブルを扱う全国の労働局の労働紛争相談に寄せられたパワハラを含む職場の「いじめ・いやがらせ」に関するものが2018年度に8万2797件に上り、年々増加していることがある。それだけ職場におけるいじめやいやがらせが深刻になっているということである。 法改正の特徴は、パワハラを「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」と、定義したことだ。 これまでは「身体的な攻撃」「精神的な攻撃」「人間関係からの切り離し」「過大な要求」「過小な要求」「個の侵害」などが示されていただけであったが、法律で定義づけされた意義は大きい。 パワハラ関連で注意しなければならないことは、刑法などに該当する場合は、パワハラ防止法に関係なく、当然だが「一発アウト」であるということだ。あくまでも法律には抵触しないが、グレーで判断できない場合に今回の法律が適用されるということである。 定義を具体的に見ていくと、「優越的な関係を背景にした言動」とは、「言動を受ける労働者が行為者に対して抵抗または拒絶することができない蓋然性が高い関係」である。 上司はもちろん、同じ職位、部下であっても発言権の強い人の言動は内容次第でハラスメントと言える。男性が女性に高圧的な態度をとったり、新入社員にベテラン社員がいやがらせ発言をしたりすることなどが挙げられる。同僚または部下からの集団による行為で、これに抵抗、拒絶することが困難であるものも含まれる。 また、「業務上必要な範囲を超えたもの」とは、社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、またはその態様が相当でないもの。「業務上必要な範囲」とは、「ここは間違っているので直して」などの業務上の必要な指示だ。「超えたもの」とは、「こんなのもできないのか、このバカ」「給与ドロボー」などである。 これらの発言は人格否定になる。特に後者は経営者が口にしやすい発言であり注意が必要だ。当該行為の回数、行為者の数など、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動も含まれる。 「就業環境を害する」とは、当該言動により労働者が身体的または精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど、当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること、としている。厚生労働省が入る中央合同庁舎第5号館=東京都千代田区(納冨康撮影) 注意したいのは、「善意の指導つもり」や「自分たちもこうして成長した」「昔はこうだった」という自分の意図(意思)は関係なく、行為や発言そのものが問題になる点だ。スポーツ界で最近パワハラ報道が多く見受けられるが、これは今までの指導を踏襲したりすることでパワハラが起こることが多い。叩いたり、殴ったりするのはパワハラを超えた犯罪であると今一度認識するべきである。気の遣い過ぎもマイナス 要するに、パワハラを防ぐには密なコミュニケーションが重要になってくるだろう。この指導はこういう意味があるなど、指導ごとに具体的に説明し、従業員を納得させる必要がある。仕事や指導などを上から押し付けることは、パワハラと言われるリスクをはらんでいると考えてよい。  一方で、近年企業は、なにかと難癖をつける問題社員(ブラック社員)の出現によりその扱いに苦慮するケースが増えている。こうした社員の対応を誤ると、「パワハラ」と認定されてしまい、問題が大きくなることが多い。 ではこのような社員への対応はどうすればよいか。基本は1人で対応せず、最低2人で対応し、女性の場合は同性に対応してもらう。その際、必ず録音されているとの認識で対応することが重要である。 間違っても感情的な対応(暴言含む)をしてはいけない。そこを切り取られてマスコミなどに流されてしまうからだ。毅然とした態度で臨み、専門家の活用を検討すべきである。ブラック社員による「パワハラ告発」は、経営側だけでなく周りの社員にもマイナス影響を与える。些細なことであっても始末書を書かせるなど、こまめな指導をしていく必要があり、対応を間違えば多大な労力をかけられる。 会社として相談があった場合は、事案ごとにその内容・程度とそれに対する指導の態様などの相対的な関係性が重要な要素となる。このため、個別の事案の判断としては、相談窓口の担当者らがこうした事項に十分留意し、丁寧に事実確認などを行うことが肝要になってくる。当事者だけでなく、第三者の社員へのヒアリングをしっかり行うことや、就業規則などに相談窓口について規定を作成していく必要もある。 最近では、パワハラが裁判になることも多く、その際の慰謝料相場(100万円前後のケースが多い)が上昇しており、裁判で1千万円以上の請求が認められることもある。特に精神的疾患が伴った場合は高額になりがちだ。 また、現在はかつてと時代が違い、特にネットの普及により、炎上するケースが増えている。パワハラ企業との認識がいったん広がると、この認識を払拭させるには時間と労力、費用がかかる。パワハラ=ブラック企業として広まれば、人材獲得や売り上げ、信用に影響し企業にとって最大のリスクになってしまうことを認識すべきである。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 要するに、経営者の従業員への度を越した発言はパワハラと認定され、会社を滅ぼすことに繋がりかねない。自分の従業員への言動が周りから見てどのように映っているか第三者に確認してもらう必要がある。ただし、変にパワハラになるかもしれないと過剰に意識し、従業員に気を遣い過ぎることもマイナス要素でしかない。 最後にパワハラに該当する発言の一部を以下のようにまとめてみたので参考にされたい。一つでもチェックが当てはまる場合は、注意が必要である。【パワハラにあたる発言例の一部】「バカ野郎」「甘ったれるな」「ボコボコにするぞ」「しめたるぞ」「プロジェクトから外すぞ」「もう明日から来なくていい」「休みがあると思うなよ」「お前の代わりはいくらでもいる」「お前なんかいらない」「他の人はできるのに、なんでお前はできない」「ダメ人間」「給与ドロボー」「親の顔が見てみたい」「飯は食うんだ」「役立たず」「お前みたいのは転職しても同じ」「クズ」「休憩(年休)なんかあるわけない」「脳無し」

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    中野信子氏が解説「パワハラ、セクハラの上手な切り抜け方」

     あおり運転、暴走老人、パワハラ、児童虐待など、怒りを抑えられず、キレる行為によって引き起こされる事件が後を絶たず、「キレる人は悪い人」と思っている人も多いのではないだろうか。ところが、『キレる! 脳科学から見た「メカニズム」「対処法」「活用術」』(小学館新書)を上梓した脳科学者の中野信子氏は、「キレられっぱなしでは、攻撃のターゲットになるだけ。賢くキレる技術こそこれからの時代を生き抜くために必要」と警告する。著者の中野さんに話を聞いた。 * * *──キレる人にはなりたくないし、キレる人とは付き合いたくないと考える人が多いと思います。中野:怒りの感情は科学的に、人にとって必要不可欠のものです。問題は、キレるという行為をどのようにコントロールするのかです。怒りの感情と付き合うことは、生きていく上で避けることはできません。その感情への対処方法を身に付けることが重要です。 しかしながら、日本では、怒りを感じても我慢して丸く収めようとする人が多すぎるように思われます。もめ事を起こした人をそれだけで「ダメな人」だと烙印を押してしまう風潮があります。「事を荒立てるのはよくない」「波風を立ててはいけない」と教育されてくることも一因でしょう。 確かに、自分さえ我慢しておけばと思うほうが、一時的には問題を回避できるでしょう。しかし、言いたいことを言わないでいると、不満が蓄積して大きくなり、それが爆発すれば、その時こそ、「問題」になってしまうことでしょう。──怒りを感じた時にはどうすればよいのでしょうか?中野:自分が不当に扱われていることに対して怒りを感じたら、我慢するのではなく、正当な理由をもって切り返すべきです。さもないと、相手は「この人は何を言ってもOKだ」とみなし、さらに攻撃をエスカレートさせてきます。そして、その後も搾取され続けることになるでしょう。 また、相手は「攻める快楽」を覚えているので、やすやすとは攻撃から解放してくれなくなります。「モラハラ」という快楽を搾取する上司やパートナーがそうです。それ以上の攻撃を避けるためには、上手に言い返すスキルを身に付けておくべきだと思うのです。 ここで大切なのは、単に感情に任せてキレるのではなく、テクニカルにキレることです。「攻撃してもよい相手」「嫌みを言われやすい人」にならないための賢いキレ方を身に付けることは、これからの時代を生き抜く上で大切なリソースになるはずです。──会社で、上司のパワハラを受けないためにも有効な会話術がありますか?中野:よく観察していると、会社でも一目置かれている人は、上手に言い返しているのではないでしょうか? 相手の攻撃の対象になるのを避けるためには、「攻撃するのは面倒だ」と思わせることが有効です。攻撃的な人は、言い返してこないと思う相手を攻撃するケースが多いので、「私はちゃんと言い返しますよ」「私を攻撃して痛めつけることはそれほど簡単ではありませんよ」ということを示すことが重要です。相手は面倒な相手だと思い、ターゲットを変えるようになります。 例えば、相手にののしられた時に、「そこまで言い切りますか? 私は課長を聡明な方だと認識していたのですが、リスクの高い言い方をわざわざ課長が選んでいらっしゃるのは不思議です。パワハラが問題にされやすいこのご時世になぜですか?」などと、まずはシンプルに、相手の真意をただすようにして、自分の不快感を伝えてみましょう。言葉で言うことができなくとも、「そういうことを言っているあなたは、上司としていかがなものでしょうか」という表情はできるのではないでしょうか? 相手に自分の行為の卑劣さに気づかせ、後ろめたさを感じさせることがこの言動のねらいです。 勇気がいることではありますが、相手に対して「自分は悪くないのに不当な扱いを受けている」ということを示す行動こそ、自分で自分を大事にするという行為そのものなのです。上司への返答──上司から罵倒されると、つい自分を責めてしまう人も多いのではないでしょうか?中野:「無能だ」とののしられた時に、自分に能力がないのだと自分を責めて黙ってしまいがちな人は、自分を省みる前にまず相手を冷静に観察してみましょう。相手の言っていることが正しいのか、もしくは相手は自分を下に見て喜んでいるだけなのか、判断すべきです。 不条理に罵倒されていると感じた時には、相手のカモにされないためにも、切り返すべきです。「私はあなたのカモにはなりません」という姿勢を見せるだけでもよいのです。すぐに反撃できなくても、「無能な部下をいつまでも教育できないのは、上司のあなたも無能なのでは?」「無能という言葉でしか指導ができないということは、この人も業務をよくわかっていないのでは?」という分析ができます。そこから次へのステップもおのずと見えてくるでしょう。──職場のセクハラに対してもよいキレ方はありますか?中野:これだけセクハラ発言が社会問題になっていても、「どうして結婚しないの?」などと失礼な質問をして女性の反応を見て面白がる男性が多いのも事実です。本当にセクシャルな行為で不愉快になる人もいるでしょうし、「子供は?」といった発言だけでも十分傷つく人もいます。しかし、そうした発言がセクハラであるという認識がない人は、過剰に反応しても、なぜキレられるのか、その人の価値観では気づきません。だからと言って、笑ってごまかすと、相手は言ってもよいものだと思ってしまいます。 ですから、「もうそんなことを言っている時代ではないですよ」と教えてあげるつもりで言葉を返す必要もあると思います。 この場合のポイントも、相手に「後ろめたさ」を感じさせることです。「セ・パ両リーグ制覇ってご存じですか? セクハラ・パワハラの両方をする人のことです」「上司が部下にそういうことをおっしゃるということはコンプライアンス的にいかがでしょうか?」と言いながら、余裕ある態度で不愉快であることを伝えましょう。もしくは、怒りを通り越してがっかりしたという表情で、「○○部長もそんなことを言うのですか…。びっくりしました」と言ってため息をつき、言外に深い失望を示すのもよいでしょう。──言い返すのが苦手な人も多いと思いますが、どのようなことを心がければよいのでしょうか?中野:言い返すことは私自身も得意ではありませんが、言い返す練習をあまりしてこなかったからです。これは「コミュニケーション力」という正体のよくわからないものなどではなく、上手にキレるための「語彙力」と「運用力」が足りないだけなのです。切り返しの上手な同僚を観察したり、キレるのが上手な芸人さんのやりとりをテレビで見たりするなどして、後天的に身に付けられるスキルでもあるのです。 著書の中にもいくつか切り返し方の例を紹介しましたが、いろいろなパターンを覚えて、「これは先週のケースで使えたな」「こういう切り返し方はあの人だったらアリだな」とイメージしながら検証し、できればこっそり口に出したりして練習してみましょう。 心がけたいのは、気持ちでキレても、言葉でキレないこと。怒りの感情から、相手を追い詰めてしまうような言い方をしてしまうことがありますが、追い詰めるような言い方をすると、伝えたい本質が伝わらず、むしろ関係がこじれ、より面倒な事態を招いてしまいかねません。言い返すにしても、会話の中に相手にも自分にも落ち着いて考える余裕をつくる必要があると思います。2019年11月6日 中野信子氏(撮影・池田昇) 客観的に見て、自分に非がないと思ったら、「今日、ちょっといじりがきつくないですか? 何かあったんですか?」などと、茶目っ気がありつつ、余裕を見せるような言い返し方をするのもよいのではないかと思います。 誰も損をせずに不快な気持ちを伝える切り返し方こそ、戦略的なよいキレ方です。相手を傷つけず、きちんと自分の言いたいことを伝え、不当な攻撃から自分を守る。そういう言葉を一つでも多く身に付けたいものです。いろいろなパターンを覚えて、相手の暴言や攻撃的な言動を、ウィットに富んだやり方で返せるようになったら、もっと毎日が楽しいものになるのではないでしょうか。【PROFILE】中野信子(なかの・のぶこ)/1975年、東京都生まれ。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学工学部応用化学科卒業。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピンに博士研究員として勤務後、帰国。脳や心理学をテーマに研究や執筆活動を行い、テレビコメンテーターとしても活躍中。現在、東日本国際大学教授。著書は『ヒトは「いじめ」をやめられない』『キレる! 脳科学から見た「メカニズム」「対処法」「活用術」』(小学館)、『サイコパス』(文藝春秋)など多数。

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    「オトコの育休」モヤモヤして何が悪い?

    育児休業の取得といった、子育てに積極的な男性に対する嫌がらせ「パタハラ」なる言葉をよく耳にするようになった。共働き世帯が急増する中、わずか6%にとどまる男性の育休取得率が象徴的だ。6月には「男性の育休義務化」を推進する自民議連が発足したが、何となく肩身が狭いオトコの育休は変わるのか?

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    宮崎謙介手記「昭和のオトコたちに伝えたい育児休業のススメ」

    これからの時代に男性育児休業制度の整備は企業評価にもつながってくるということが明らかになった。逆に、働き方改革の一環として、男性育児休業制度を整えていった企業は大きく採用力を上げる時代を迎えている。 また、育児休業の取得は雇用保険の加入者、つまり企業に勤務している人や公務員に限る。つまり、フリーランスや個人事業主は対象外となり、仕事を休めば無給となる上に、育休の給付金をもらえないという枠の外にいるのだ。現在の日本におけるフリーランスの人口は1千万人にもなるといわれ、労働力人口に占める割合は17%となる。支援の拡大には、財源の確保などが課題となるが、財源論に終始することなく、職業を問わず男性が育児休業を取得できるようにする社会を目指すべきだ。 私は3年前にある女性議員から指摘をされたことがある。「あなたが休みをとって家にいたって邪魔なだけよ」と。 しかし、私は炊事、洗濯、掃除、全ての家事ができることを告げたところ、驚きを隠せない様子だった。恐らく、ご自身のご主人さまが家事を全くやらない「昭和の男」だったのだろう。これを「父親ゴロゴロ問題」という。育児休業を取得しても「戦力」にならず、子供だけではなく、さらに父親の世話をしなければならなくなれば本末転倒である。筆者の宮崎謙介氏と妻の金子恵美氏 そこでフランスなどで行っているのが父親学級というもので「父親ブートキャンプ」とも呼ばれる。同キャンプでは、約14日間かけて父親に育児と家事を教える。父親が家庭で子育てができる戦力となるよう養成するのだ。日本にも母親学級というものがあるが、それを同時に父親に向けて開催すればいいし、今でも一部でそのような動きが出てきている。企業にも研修を行ってもらい、官民が一体となって取り組めば、この問題は解決できるだろう。自民の保守派に感じたこと 確かに新生児をお風呂に入れる沐浴は、神経も使うし私も苦手だった。私はけっこう不器用なので誤って息子を湯の中に落としてしまったら、耳に水が入って中耳炎になったら…と頭の中で色々と考えてしまって、いつも緊張していた。それに比べて、家事は気楽だった。実は家庭で喜ばれるのは意外と育児の業務よりも、家事の業務の手伝いなのかもしれないと思っている。 ちなみにミルクをあげるのはわが家では取り合いだった。特に私の義父と私の間では、何気なく取り合いになっていたのだ。その反面、食器洗いや掃除などは私が負担すると感謝される。家事の戦闘力を身に着ければ、育児休業の取得も家庭内では大いに歓迎されることとなる。 これまで縷々(るる)、男性育児休業の意義をはじめ、取り巻く環境と課題および解決策について述べてきた。しかし、最も大きな敵は何かというと、それは育児休業制度を利用しにくい「空気」だ。 先の「育児休業を取得しなかった理由」の回答結果で、最も多かった項目が「職場が育児休業を取得しづらい雰囲気だった」というものだ。これは男性だけではなく女性も同様なのだが、この雰囲気・空気によって取得したくても取得できなかったということである。これだけ育児休業制度が周知されても、この見えない壁が大きく立ちふさがっていて取得への一歩を踏み出すことができない。この空気を大きく変えていくためにも、社会全体でこれからの日本を支える次世代を産み育てていくことへの理解と協力を醸成していかねばならない。 先日より自民党の有志が声をあげ「男性育児休業の義務化」を謳(うた)っている。この真の目的は制度改正としての義務化ではなく政治的なメッセージとして「義務化」という言葉を使っている。目指すものはこの見えない空気の壁を壊すことだ。 特に世代間においてのギャップも極めて大きい。それは政治の世界でも同様だった。いわゆる、保守を標榜(ひょうぼう)する人たちは特に反対勢力だった。男が飯炊きをするなどありえない、という温度感だった。これでは社会で活躍する女性が子供を産み育てることは困難だと肌で感じた。彼らに対しては、次の言葉が喉元まで出かかった。はっきりと「女性は働くな、家で働け」と公言すればいい、と。 さらに、これからの日本では介護休業問題にも直面することになるだろう。介護は育児よりも過酷な現実が待っている。育児は年々子供が成長するためにゴールがだんだん迫ってくる。しかし、介護はいつまで続くかわからない上に、容体は悪化する。育児休業に対しての理解ができないのであれば、介護休業についての理解はできるのだろうか。 子供は国の宝である。子供を大切にできない国に未来はない。若者が将来に希望を持ち、安心して仕事をし、落ち着いて家庭を築ける社会にしなければこれからの日本に希望はない。令和の時代を迎え、新たな空気の中で、もはやきれいごとではなく地に足の着いた子育て支援の環境整備を推し進める必要がある。※写真はイメージです(GettyImages) そのためには政治が努力するだけでは難しく、国民一人一人が意識を変え、目先の利益ではなく「将来の日本のために」という視点を強く持つ必要があるのではないだろうか。男性の育児休業を認めて浸透させていくことは、その第一歩であると私は考える。■「子育て」にきびしい国は、みんなが貧しくなる国だ■「保育園をつくるな」論争にみた戦後ニッポンの悲しい必然■【ゆたぼん父手記】わが子を批判する「学校へ行った大人たち」へ

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    男性の「偽善」育休義務化がたどる働き方改革の末路

    ころで、具体的に仕事の量や、やり方を考慮しなくては、単なる労働強化になってしまうのだ。 わが国では「働き方改革」の美名のもと、「長時間労働の是正」が行われる。このこと自体は否定しない。職場で労働者が傷つき、倒れ、死ぬ社会は最悪である。 ただ、それが「早く帰れ運動」という単なる「時短」に矮小(わいしょう)化されている。「時短ハラスメント」まで起こっており、自死に至る者さえ現れている。 「イクメン」「イクボス」なる言葉が流行(はや)っただけで、子育てをする家族が救われるわけではない。普遍性を装った美しい言葉による、労働者への犠牲強要の大攻撃を断固としてはねのけなくてはならない。 この手の話をすると、「育児や家事をちゃんとやっているのか」という、個人の取り組みについて問いただす声が飛んでくる。残念ながら(?)、私は過剰なまでに育児・家事に取り組んでいる。2019年3月、働き方改革の取り組みを視察するため、東京都中央区の「味の素」本社を訪れ、社員と懇談する安倍首相(代表撮影) 保育園の送り迎えだけでなく、買い出し、料理、掃除、ゴミ捨てに取り組んでいる。洗濯は主に妻の仕事だが、たまに私も取り組む。料理などはほぼ、私の仕事だ。週末も妻の休息時間をつくるために、娘と一緒に意識的に出掛けることにしている。 平日でも平均すると5時間弱は育児や家事に時間をかけている。このような話をしても決して尊敬はされない。むしろ、「ずっと女性がやってきたことだ、いばるな」と糾弾される。 これだけ育児・家事に取り組んでいても、『日経DUAL』の如き意識高い系育児メディアから取材が来ることもなく、誰から褒められるわけでもなく、日々生活している。別に見せびらかすために育児や家事をしているわけではない。そもそも、育児や家事は生活のためであり、報われること、褒められることを目的としたものではないからだ。究明されるべき「原因」 子供が生まれてから、明らかに筆が遅くなり、連載の仕事もだいぶ減らしてしまったし、書籍を執筆するペースも落ちている。インプットの時間も減っている。いまや「兼業主夫」と名乗ることにしている。 前置きが長くなったが、男性の育児休暇の義務化が検討されている。男性が育児や家事に参加することは賛成であり、むしろやらなければならないことである。 ただ、この「義務化」が「手段」として適切かどうかは疑問が残る。「働き方改革」が「早く帰れ運動」に矮小化されたような、同じ道を歩むのではないか。 さらには「イクメン」「イクボス」なるムーブメントが労働強化につながったことなどと、同じ轍(てつ)を踏んではなるまい。シンパシーの刷り込みだけでは抜本的改善を勝ち取ることはできないのだ。 厚生労働省の「平成30年度雇用均等基本調査(速報版)」によると、男性の育児休業の取得率は6・16%で、前年度より1・02ポイント上昇した。上昇は6年連続となる。それに対して女性の育児休業取得率は1・0ポイント低下の82・2%だった。ここ数年、80%台前半で推移している。 どうすれば、男性の育児休業取得率が増えるのか。この掘り下げと対策なしに、育児休業義務化をうたうのは拙速だと言える。 これまでの取り組みについて、虚心に直視し、真摯(しんし)に省み、敬虔(けいけん)な反省を持ってから打ち手を考えるべきではないか。「だから、義務化が必要だ」という言辞は、あまりにもしらじらしいではないか。イクボス宣言をする塩崎恭久厚生労働相と厚労省職員=2016年12月、厚労省 三菱UFJリサーチ&コンサルティングによる「平成29年度仕事と育児の両立に関する実態把握のための調査研究事業」によると、男性が育児休業を取得しなかった理由として「業務が繁忙で職場の人手が不足していた」(27・8%)や「職場が育児休業を取得しづらい雰囲気だった」(25・4%)などが上位を占めた。なぜ、そうなるのかという根本的な原因を究明しなくてはならない。 突き詰めると、これは「仕事に人をつける」のではなく「人に仕事をつける」、さらには人手不足をマルチタスク、ジェネラリスト型の働き方で補うという日本の雇用システムの問題に行き着くのではないか。 そして、単に売り手市場というだけではなく、今後も若年層は減っていき、採用氷河期が続くだろう。人工知能(AI)や外国人労働者も、すぐには今ある業務を担うことができない。男性の育児休業の取得しづらさは今後も続くのではないか。育休義務化「議論」の欺瞞 企業では実績づくりのための、短期でも男性に育休を取らせる動きも目立つ。いや、少なくとも私が企業で人事をしていたころには社内外でこのような動きを目にしたものである。いかにも意識高い系育児論者、少子化対策論者の、自己目的のように追求してきたことの必然的結果にほかならない。 意識改革、職場改革という意味では否定はしないが、偽善、茶番ではないか。この男性の育児休業の義務化が、このような欺瞞(ぎまん)に満ちた取り組みを加速するのなら、私は反対である。 しかも、国や企業の制度としての育児休業と、労働者が求める「育児のための休み」は根本的に異なるのだ。現状の出産直後の育休だけで十分だと言えるのだろうか。 さらには、休みを育児に関わるものだけの特権にしてはならない。子供や、パートナーがいない人を含め、中長期でキャリアを考え、休む期間を設定するべきである。 なお、男性の育休取得については、キャリアの断絶を指摘する声もある。ただ、それはこれまでも女性がその壁を感じ続けてきたことである。仕事は休む期間があって当然という仕組みづくり、風土づくりが必要だ。 ただ、それを実現するためには、そもそもの仕事の役割分担、量の見直しが必要だ。育児休業の義務化がそれを促すのならよいが、これをなしで議論すると「働き方改革」が労働強化につながったり、サービス残業、時短ハラスメントを誘発したりしていることと同じ結果となる。 この手の議論は男性を仮想敵とした議論に仕立て上げられる。ただ、その論理こそが、男性の育児・家事への参加に対する「もやもや感」を醸成しているのではないか。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) このように、これからの日本人の働き方や休み方を根本的に考えずに、育児休業の義務化を叫ぶのは偽善である。欺瞞性、瞞着(まんちゃく)性に満ちた取り組みとなってしまう。現場感のない取り組みになってしまう。 職場深部から、今後の働き方、休み方を考える闘いを、論争を巻き起こさなくてはならない。安易な育児休業義務化論に恭順せず、その欺瞞性、瞞着性、さらには反労働者性を暴き出し、男女の枠を超え、根本的・普遍的な矛盾を含むわが国の働き方、休み方について、非妥協的に議論しなくてはならないのだ。 国民不在の議論に対して、団結した力で打ち倒す鬨(とき)の声を轟(とどろ)かせようではないか。わが国を労働者にとっての「地上の楽園」とするための、国民的議論を巻き起こせ。■ 古い「男らしさ」の呪縛から抜け出せない日本男児に告ぐ!■ 「保育園落ちた日本死ね」から考える政策が必要な人に届かない理由■ 配偶者控除をなくしてどうする? 女性は「家庭」にあってこそ輝く

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    男性の育休「義務化」で忘れられた労働問題の本質

    いても実効性ある政策を行うためには、この基本に忠実になることが重要である。■あなたの給料が減っても「働き方改革」を支持しますか?■「親の苦情と戦えない」小さな命を救えなかった虐待現場の叫び■ニッポンの企業に蔓延する「働き方改革疲れ」の実態

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    夫を憎みたくなくてFBIに相談した妻

    う。そういうことがあり得るんですよね。―知的でユーモアがあり、経済的にも余裕のある夫婦で、同じような働き方をしている。それでも育児となると、負担が妻に偏ってしまう。共働きの場合でも、子どもに睡眠を邪魔される母親の数は父親の3倍という調査が本書では紹介されています。村井:赤ちゃんの泣き声で女性はすぐに目を覚ますけれど男性はそうではなく、彼らにとっては車のアラームや強風の方が潜在的な脅威であるという調査結果も載っていましたね。訓練だとも思うんですけどね。もし妻が出産後に体を壊すとか入院しなくてはいけない状況であれば、同じように起きないかと言ったら恐らく違うので。睡眠って大きなネックだと思います。―睡眠不足はメンタルに直結するのでツラいですよね……。村井:睡眠不足が続くことの恐ろしさっていうのは私も骨身にしみて感じています。子どもが乳幼児の頃は、本当に睡眠を取りづらい。その頃にもし「子ども見てるだけなら疲れないだろ」なんて言われたら、その恨みは一生消えないでしょうね。―村井さんの訳者あとがきには、「『家にいるのになぜそんなに疲れるの?』『一日中、一体何をやっていたの?』という、夫からの何気ないひとことが、妻たちの心を引き裂いていることは、もっと広く認知されてもいいはずだ」とあります。村井:「子育てで疲れたりしないでしょ」って、言われる妻は多いですよね。『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』(ジャンシー・ダン-著、村井理子-翻訳、太田出版)―1日でも子どもを1人で見た経験があれば、言えないですね。村井:最近の若い男性は、育児に参加することを自分のライフスタイルの一つと考えたり、自分の喜びでもあるから奥さんと一緒に育てようっていう意気込みを持っている人が増えていると思います。けれどそれでも、選択的な育児になりがち。たとえばアメリカの場合では、「インスタ映えする育児しからやらない」って言われています。―インスタ映え育児。村井:パンケーキを焼いたり、公園に連れて行って遊ばせたりはするけれど、ウンチのついたオムツは替えない。掃除はするけどトイレ掃除はしないとかね。女性の場合、基本的に選択肢はないのだけれど、男性の場合はそうじゃない。女性は24時間いつでも動かなければいけないんだけれど、男性は「8時間寝た後でいいよね」みたいなのがありますよね。―「母親にしかできない仕事だから」というような言い方もありますね。日本で根強い母乳信仰村井:日本の場合は母乳信仰が未だに強いからっていうのもありますね。断乳していない状態だと男性が介入しようにも介入しづらい部分があるだろうし。アメリカの場合は育休からの復帰も早いこともあり、粉ミルクに対する「罪悪感」は全然ない。「授乳授乳って気持ち悪い」って言う人もいますよ。―日本でそんなことを言ったらすごく非難を浴びそうです。村井:日本のお母さんでも「気持ち悪い」って思ってる人もいると思いますよ。私の場合、双子だったので最初から完全に粉ミルクでした。双子を母乳で育てるとお母さんがギスギスに痩せてしまうこともあるので。病院の先生も「あなたの母乳より粉ミルクの方が栄養価が高い」って。「粉ミルクを山積みに用意して、哺乳瓶は10本買いなさい(毎回消毒をせずにすむ)」と言われて、その通りにしたら本当に楽でしたね。母乳信仰や自然分娩が一番というプレッシャーは未だに強いですよね。―『子どもが産まれても……』の中では、夫婦の時間を楽しむためにたまにはベビーシッターを利用しなさいとか、母親が精神的な安定を保つためにたまには育児や家事を夫に任せたりアウトソーシングしたりして、自分だけの時間を持ちなさいとアドバイスをされる場面もあります。日本だと楽をするために育児をアウトソーシングするという考え方が、非常にタブーだなと感じます。楽をするっていうのは精神的な余裕を持つために必要なことだと思うのですが、ヤフーニュースのコメント欄とかではとても叩かれやすいですね。村井:発言小町とかね。家事をアウトソーシングすることを「愛情がない」って捉える人が多いことがびっくりですよね。たとえば私は自動で揺れるゆりかごとか、いろいろな器具をレンタルしたんです。でも見る人が見たら、こんなことを機械にやらせるのかって。イチから自分で作った離乳食じゃなきゃダメっていう人もいるし、「お金をかけて育児の手間を省く」ことは、「愛情がない」と置き換えられる。それは無痛分娩や帝王切開はダメで自然分娩がいいって考え方にもつながっていますよね。―日本はそもそもベビーシッター文化があまりないですけど、夫婦2人の時間ってやはり大事だし、それナシに夫婦仲良くしろ、なんでも話し合え、そうしている人もいるんだからっていうのも、精神論っていうか、なかなか難しい話だなと思います。村井:本書の中でも、親たちは子どもが「親と一緒にいることを望んでいる」と思っているけれど、子どもたちは「両親のストレスが少なくなってほしい」ことや「両親の徒労が減ってほしい」ことを願っているという研究が紹介されています。―本当は、「子どもはいつでも親といたい」は、親の思い込みかもしれない。村井:ただ、日本でシッターに預けたいと願ってもなかなかできない環境にありますよね。どんどん経済的にも厳しくなっているので、2~3時間の余裕が欲しいからといって5~6000円をベビーシッターに払えるかって言ったら、なかなか厳しい。そういう現実的な問題もあるでしょうね。―確かにそうですね。また、本書では母親が何でもやりすぎる問題、夫の育児に目を光らせる問題も指摘されていますね。それが結果的に母親に負担が偏ることにつながると。村井:夫が何かやると「それは違うわよ」って否定したり、自分がやった方が早いからって先回りしてやってしまう。妻が「門番」の役割をしてしまうと書かれていますね。ずっとそれを続けていると、育児に関して夫を信頼できないままになってしまいます。―村井さんが、本書で印象深かったのはどんなところですか?アメリカと日本のセックス観村井:私がすごく衝撃を受けたのは、家族間の収入差で家事の分担率を変えるべきではないというところ。収入の額にかかわらず、家族全員の作業として家事を分担するという考え方が当たり前に出てくるのですが、日本では今までこういう考え方があったかなと。専業主婦が多かった時代は「あなたが稼いできてくださるから家の中は私が」だったかもしれないけれど、女性が外で働くようになって、そこのバランスがどう変わったのか。―そういえば、知人女性が「夫が家事をしないって話をしたときに、男友達から『でも旦那さんの方が稼いでるんでしょ』って言われた」と怒っていました。実は彼女の方が夫より収入があったので、決めつけも含めていろいろとひどい。村井:口に出さないけれどそう思っている人もいるでしょうし、口に出しちゃうぐらい無自覚な価値観をまだ持っているのかもしれないですね。こういう価値観が前提の中で、子どもを産みたいかってなると、正直産みたくないっていうのはすごくありますよね。女性にとっての出産、どの道に行っても厳しく見えてしまう。―お金も時間も膨大にかかるわけで。村井:それもそうだし、子どもはかわいいっていう夢のような部分しかクローズアップされないけれど、子どもって本当は全然かわいくないときもあるし、別の人間だから自分の思った通りになんか全然育たない。結婚して子どもを産んだら幸せ、お花畑の世界、というわけでは全くないです。―だからこそ、対策は必要ですね。最初にセックスレスの話が出ましたが、日本とアメリカで夫婦間のセックスに関する価値観はどんな違いがあるのでしょうか。村井:アメリカは日本よりも、夫婦間のセックスは重要だと捉えられていると感じます。たとえば日本では「子どもが生まれてから8年間セックスレス」なんて話はよくありますが、アメリカの場合はあまりこういうことがない。1年間セックスレスが続くと、離婚の理由になってもおかしくない。だからアメリカの方が、真剣にセックスレスを克服しようとするのでしょうね。―本書では、家族や子育てに関する非常に多種多様な調査結果が紹介されています。村井:アメリカは家族研究をとても広くやっていると思いますね。たとえば、父親が育児に参加した場合、娘が自由な職業を選ぶ傾向にあるという調査結果が本書の中に出てきますが、日本でこういう調査はすごく少ない。―日本でもやってほしいですね。村井:アメリカと同じように多様な調査を行うには、規模の問題もあるので、なかなか難しいかもしれません。 ただ、ここで紹介されているような調査結果に、育児中の日本のお父さんお母さんがもう少し近づける環境があるといいですよね。手軽に海外の調査内容を読めるような場があれば。この本にしても分厚くて、育児中で時間のない方はなかなか手に取りづらいかもしれない。それでも有用な情報が少しでも届く場があればいいなと思いますね。おがわ・たまか フリーライター。1980年東京生まれ。教育、働き方、性暴力などを取材。『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。』(2018年/タバブックス)。Yahoo!個人「小川たまかのたまたま生きてる」などで執筆。

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    欧米の一流企業が産休・育休期間でも給与全額支給する理由

     働く人々に対し、子育て支援の拡充が叫ばれているが、現実にはなかなか普及しない。経営コンサルタントの大前研一氏が、欧米の一流企業の子育て支援制度を例にとり、そもそも人材について日本と欧米にはどのような考え方の違いがあるかについて解説する。* * * アメリカでは子育て支援制度を拡充する企業が相次いでいる。 CNNによると、クレジットカード大手のアメリカン・エキスプレスは今年1月から、勤続年数1年以上のフルタイムとパートタイムの男女従業員を対象とした給与全額支給の育休期間を、主に子育てを担う親の場合は従来の6週間から20週間に延長した。出産に伴う療養が必要な女性従業員は、さらに6~8週間の給与全額支給の産休を取得できる。 保険・金融大手のアクサは、勤続年数1年以上のフルタイムとパートタイムの従業員が主に子育てを担う場合、給与全額支給の育休を16週間まで取得できる。家具大手のイケアは、アメリカ国内のパートタイムも含めた従業員を対象に6~8週間の育休期間は給与全額を支給し、さらに6~8週間は半額を支給するという。 一方、日本の場合は法律上、産休を14週間、育休を最長で子供が1歳6か月になるまで取得できるが、産休・育休中は健康保険から出産手当金、雇用保険から育児休業給付金がもらえるため、大半の企業は給与を全く支給していない。 だが、これは世界の先進国の常識から大きく遅れている。欧米の一流企業は前述のアメリカン・エキスプレスやアクサ、イケアのように規定の産休・育休期間は給与全額支給が当たり前で、それを超えて休む場合は給与が減額されたりボーナスや昇進・昇給がなかったりするが、復帰はいつでもできる、という制度が一般的だ。 なぜ、そういう制度になっているのか? 苦労して探し出して採用した社員は、余人をもって代えがたい人材だからだ。優秀な人材は採用が難しい上、会社になじむために最初の数年は大きな投資が必要であり、そうした多大な初期投資をした優秀で貴重な若い人材が出産や子育てのために辞めてしまったら、会社にとって非常に大きな損失となる。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) たとえ途中で2~3年休んだとしても、30~40年の勤務スパンで考えれば、女性も男性も好きなだけ育休が取得できて自由に復帰もできるという制度にしたほうが、社員にも会社にもインセンティブがあるのだ。 日本企業の場合、能力のない人間や生産性の低い人間に長い有給休暇を取られたら会社も周囲の社員も納得できないという問題が出てくるかもしれないが、それは入社試験の時に毎年決まった人数を、優秀な人材かどうかを厳しく見定めず、出身校の知名度や偏差値だけで目をつぶって十把一絡げで採用しているからだ。 かたや欧米企業の場合は1人ずつ時間をかけて面接し、経営陣が本当に優秀だと判断した人材しか採用しない。しかも、採用後の社員教育に売上高の10%前後を使っている企業が少なくない。だから、そういう大きな初期投資をした貴重な人材を引き留めるため、懸命に努力しているのだ。関連記事■シャープ人材が日本電産に流出 大前氏は鴻海の電産買収を指摘■金融分野でフィンテック企業が勃興 銀行は淘汰されるか■エストニアの電子政府実現で税理士や会計士の職は消滅した■AIの発達によって日本でもBIが必要になるのか■債務残高2600兆円 借金大国中国の危機は日本のチャンス

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    「つるの剛士になれない」ゼロメン夫を改心させるヒント

     子育てを積極的に行う男性を「イクメン」と呼ぶのに対し、育児も家事もまったく協力しない男性のことを「ゼロメン」と呼ぶ。働く主婦の調査機関「しゅふJOB総合研究所」所長兼「ヒトラボ」編集長の川上敬太郎氏は、4人の子どもの父親でもあるが、「最初の子が生まれてしばらくはゼロメンだった」と話す。そんな川上氏が“脱ゼロメン夫”になるためのヒントを提案する。* * * 厚生労働省は2010年から「イクメンプロジェクト」を推奨し続け、今年4月には三菱UFJ銀行が男性行員に1か月の育休取得を実質的に義務づけると報じられた。日本中の夫を“イクメン化”する動きが進んでいる。 一方、家事も育児もまったく行わない男性は「ゼロメン」と呼ばれる。いまの世の中の風潮を見ると、ゼロメンは絶滅危惧種になりつつあると思えてしまうが、実態はそうではない。 昨年11月、しゅふJOB総研にて仕事と家庭の両立を望む“働く主婦層”に、「2018年を振り返って、夫は家事・育児に十分取り組んでいたと思いますか?」と質問したところ、結果は【別掲1】のグラフの通り(有効サンプル数=451)となった。【図1】夫の家事・子育てぶりについて妻に聞いたアンケート「家事・育児を十分行っていて満足」「家事・育児を少しは行っていて不満はない」との回答があわせて47.7%あるものの、まだ不満を感じている妻の方が多い。そして、「家事・育児をまったく行っておらず不満」と回答した妻が16.9%。“ゼロメン夫”は厳然と存在している。 同じ質問を2017年にも行っているが、その時の結果との比較は【別掲2】のグラフ(サンプル数=638)だ。なんとゼロメン夫の比率は減るどころか、2017年から2018年にかけて、14.6%から16.9%へと増加した。【図2】妻に聞いた「夫の家事・育児ぶりに関するアンケート」(2017年/2018年) そんな状況をよそに、妻が理想とする夫像は、ゼロメンとはかけ離れている。 2018年に「あなたのイメージで、夫婦で共働きする際に理想的な夫だと思う著名人をフルネームで一人お教えください」と質問したところ、【別掲3】の方々がTOP10に選ばれた(総投票数424:敬称略)。【図3】共働きの妻に聞いた「理想的な夫だと思う著名人」アンケート 1位に選出されたのは、育休取得したことなどが話題になったタレントのつるの剛士さん。2位以下も、まさにイクメンとしてのイメージが定着(ご本人たちの中にはイクメンと呼ばれることに抵抗感を持つ人もいるかもしれないが)している方々の名前が並ぶ。“脱ゼロメン”のためのヒント さらに、この方々を理想の夫だと思う理由を尋ねたのが【別掲4】のグラフ(サンプル数=424)。【図4】共働き妻が挙げた「理想的な夫だと思う著名人」の理由「子どもの面倒をよく見てくれそう」がトップ、さらに「家事を快くシェアしてくれそう」と続く。この結果を見ても、理想の夫像にイクメン度の高さが反映されていることがうかがい知れる。 では、これらの結果を見てゼロメン夫たちは、「じゃあ、オレも!」となるのだろうか。 つるの剛士さん、杉浦太陽さん、ヒロミさん、りゅうちぇるさん、DAIGOさん、谷原章介さん……。そうそうたるメンバーが並んでいるのを見ると、自分もそうなろう! という気も起こらないほど遠い存在と感じてしまいそうだ。 そんなゼロメン夫たちに、“脱ゼロメン”のための5つのヒントを提案したい。 だが、その前に知っておいてほしいのは、家事にも育児にも365日休みがないという事実である。ゼロメン夫には毎週休みがあるが、妻には一年中休みがない。そのことを踏まえた上で、5つのヒントの中からどれか1つでも参考にして、脱ゼロメンに向けた具体的行動を起こすきっかけにしていただきたい。ヒント1/自前にこだわらず外部の力を利用する ゼロメン夫が家事・育児を妻に任せるのなら、妻も外部に頼っていいはず。お惣菜を買ったり、外食したり、家事代行を利用したり、ベビーシッターを頼んだり、食洗機を購入したり……。その費用のためにゼロメン夫は、酒やタバコの回数を減らすなどガマンする。ヒント2/夫が妻を養っているのではない 家庭が安泰だからこそ仕事に集中できる。稼ぎは夫だけの力ではなく、夫婦が協力して得ているものだ。「養ってやっている」という上から目線は認識が間違っている。妻には妻のキャリアがあるヒント3/妻には妻のキャリアがある キャリアとは、人それぞれの人生の足あと。夫には夫のキャリアがあるように、妻には妻のキャリアがある。夫婦で応援しあえば、お互いのためにできることが見えてくる。ヒント4/自分のことは自分で 洗濯物は誰がたたむのか。食器は誰が洗うのか。全部妻がやってくれている。ゼロメン夫が自分のことを自分でするだけで、妻の負担は軽減されるはず。ヒント5/子どもだって家事の戦力 家事は家族全員の務め。子どもはゼロメン夫を見て育つ。子どもが成長するにつれて一緒に家事を行うようにすれば、子どもにとってかけがえのない学びになる。 世の妻やイクメン夫からすれば、これら5つのヒントだけでは生ぬるいかもしれない。しかし、ゼロメン夫が一歩踏み出せば、その一歩は次の一歩へとつながっていく。5つのヒントは、いわばその入り口だ。子育てに積極的なイクメン夫は増えているが… 夫婦でどの程度家事をシェアするかは、夫婦ごとにほどよいバランスがある。必ず半々でなければならないものでもない。大切なのは、夫婦で話し合い、互いに納得できるラインを見つけること。 しかし、いつまでも夫がゼロメンのままでは、話し合いすら成立しない。妻が何も言ってこないのは、言う気が起こらないからだということをゼロメン夫は知る必要がある。ぜひ、脱ゼロメンへ一歩を踏み出していただきたい。関連記事■「女性活躍」最大の敵? 夫は妻の昇進になぜ嫉妬するのか■アグネス氏語る「子連れ出勤から考える、令和時代の子育て」■SNSで夢を語るマルチ商法にハマった庶民派専業主婦の末路■日活RP女優・寺島まゆみ PTA経験し俳優の息子と娘を応援中■専業主婦は「ブランク」に非ず 「家オペ力」を侮るな

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    24時間営業のコンビニ調査、公取委は「人民裁判」をする気か

    山岸純(弁護士) 今年の2月頃、あるコンビニオーナーが独自の判断で24時間営業をやめ深夜に閉店したところ、本部から多額の違約金や契約の強制解除を要求されたといったニュースが話題になりました。 このニュースがきっかけとなったのかもしれませんが、最近、コンビニ業界に対し公正取引委員会が調査を開始するというウワサがまことしやかに流れています。 もとより公正取引委員会は、毎年さまざまな業界をターゲットに、その所管する法律である独占禁止法に違反する事案について調査を行っているのですが、この「独占禁止法」という法律、なかなか理解が難しい法律であるため、公正取引委員会が果たして何をやろうとしているのかについてもなかなか理解されません。 そこで、まず「例え」を使って、公正取引委員会が独占禁止法のもとで何をやっているのかを説明します。 例えば「日本がオリンピックで金メダルを獲得する方法」を考えてみましょう。2020年には日本で2回目となる夏季オリンピックが開催されますが、開催国としてはどうしても金メダルが欲しいところです。 そこで組織委員会は、①ある競技のある種目に出る選手を、全員日本人にすること②選手全員が打ち合わせをして、同時にゴールすること③日本の経済力を背景に他の国の選手にお金を渡して手加減させたり、脅迫して辞退させることを考えました。 上記三つの「金メダルを獲得する方法」はどう考えても卑怯(ひきょう)、不正、不公平な方法であり、オリンピック憲章に反するトンデモ作戦と言わざるを得ません。そのトンデモナイ方法を経済活動において禁止されるべき行動にあてはめると、それぞれ①私的独占、②価格協定(カルテル)、③不公正な取引ということになります。これらを禁止するのが公正取引委員会が運用する独占禁止法というわけです。 今回、もし、公正取引委員会が24時間営業などについて調査するのであれば、上記③について、すなわち、コンビニオーナーと本部の間に「不公正な取引」関係が存在するのかどうかを中心に行うことになるでしょう。会見する公正取引委員会の山田昭典事務総長= 2019年 4月 17日 、東京都千代田区(大柳聡庸撮影) 特に、コンビニオーナーと本部との間には、コンビニの売り上げ管理や商品管理、ロイヤルティー、ブランド維持、営業時間、キャンペーンなど、ありとあらゆる項目についてガチガチに定められたフランチャイズ契約があり、コンビニオーナーをぎしぎしと縛っているといわれていることから、相当厳しく調査されることでしょう。行政指導で変わらないワケ もともと「フランチャイズ」というシステムは、1850年代にシンガー社というミシンメーカーから始まったといわれています。 その後、日本でも1960年頃からフランチャイズシステムが誕生し、70年代には既に確立した「物販系のビジネスノウハウ」をそのまま丸ごと「貸し出す」ようなフランチャイズシステムが多く誕生しました。マクドナルドやミスタードーナツ、各コンビニチェーンなどです。 これらのフランチャイズシステムは、既に確立された「取り扱う商品・サービスの種類、販売手法、統一されたロゴマーク・店舗の内外装、キャンペーン」などの「ノウハウ」を借りて新たにビジネスを始めたい当事者と、今まで努力して獲得した「ノウハウ」を「貸し出す」ことでその対価としてのロイヤルティーを得たい当事者の思惑が一致した、独立・対等なビジネスモデルのはずでした。 しかしながら実際には、コンビニ業界における「コンビニオーナー」と「本部」との間には、比較にならないほどの資本力の格差もありますし、「本部」が定めた「鉄板のルール」に従わないと、そもそも商品を供給してもらえなくなってしまいそうな厳しい関係にあるため、これまでずっと言われてきたように、決して独立・対等なビジネスではないわけです。 なお、このような「コンビニオーナー」と「本部」の間の不公平感、依存度の高さ、格差、弱者と強者の関係などを改善すべく、これまで数多くの訴訟が起こされ、また、さまざまな行政指導が行われてきました。その際、「コンビニオーナー」側の勝訴率が高いのも事実です。セブンーイレブン本木店で、営業時間短縮の実証実験が行われた=2019年3月22日、東京都足立区(川口良介撮影) ところが、裁判で個々の「コンビニオーナー」が勝訴したところで、その個々の「コンビニオーナー」との関係において幾ばくかの金銭が支払われるだけであり、他の多くの「コンビニオーナー」と「本部」の関係は何も変わりません。 そして、行政指導といっても「コンビニオーナー」と「本部」の関係を総合的・根本的・全体的に変えるようなものではなく、例えば、「本部は、コンビニオーナーが消費期限の近い食品を割引販売することを禁止してはならない」などというように、個別具体的な指導をするだけです。公取委は「人民裁判」をするのか 結局のところ、「コンビニオーナー」と「本部」の関係は、医薬品業界と医者、下請けと元請け、嫁としゅうとめ、檀家(だんか)と寺といったように、良いか悪いか、それが時代に合っているか合っていないか、当か不当かなどは別として「そういう関係にあるもの」として実在するものであり、「外野」が騒いだところで変わることは難しいでしょう。 なぜ、私がこういう「投石」されそうな意見をあえて述べるかについては、以下の通りです。 今回の注目は、24時間営業が半ば強制されるような制度について問題視されたことが端緒となっているようです。 しかし、コンビニというシステムは、その一店舗だけで完結しているのではなく、例えば、商品(特に生鮮食品)の製造のタイミングや配送のタイミングなどの関係において、全国の数多くの店舗・工場・配送車との連携が必須となります。 ある地域における製造・配送計画(これらは、商品の売れ行き、お客さんの購買ピークなどによって緻密に構成されています)が綿密に立てられているのに、例えば、ある一店舗だけが「午前1時から6時の間は営業しません」と宣言し一店舗だけ閉じていたら、この綿密な製造・配送計画も狂ってしまうことでしょう。 また、コンビニはその売れ行きなどを詳細なマスデータとして活用し商品開発などを行っているわけですから、店舗ごとの都合をいちいち聞いていたら支障をきたしてしまうでしょう。「セブン―イレブン東大阪南上小阪店」に張られた時短営業を知らせる紙=2019年2月21日、大阪府東大阪市(共同) コンビニオーナーは、そのビジネスの端緒において、既に確立された「ノウハウ」に乗っかって新たなビジネスを始めるべくコンビニという「歯車」の中に身を置いたわけですから、このような「コンビニというシステム」を成立させるバランスに物申すのはいかがなものかと思います。 もし、公正取引委員会がこの点を、卑怯だ、不正だ、不公平だと言うのであれば、なんだかよくわからない圧力で行われるつるし上げのような「人民裁判」の様相を呈してしまうでしょう。■「24時間はもう限界」ブラック就労、店主の叫びはセブンに届くか■くら寿司にセブン、バイトテロ「見せしめの法的措置」はむしろ逆効果■労働人口は過去最大なのに「人手不足感」が広がるナゾ

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    ある雑誌を廃刊に導いた「ベンチャー企業礼賛」の理由

    吉田典史(ジャーナリスト・記者・ライター) 今回は、ある雑誌の廃刊の裏側を私が知る範囲で見つめなおし、「使えない上司・使えない部下」について考えたい。この雑誌の廃刊の背景にあるものを探ると、人事のあり方もが透けて見える。読者諸氏は、この事例から何を感じるだろうか。 1年ほど前、ある雑誌が廃刊になった。この出版社の社員数人や退職者5人ほどから聞く限りでは、売れ行きが長年伸び悩んでいたのだという。「使える」と思われている編集長を数年ごとに変えて編集態勢を刷新するものの、大きな変化はなかったようだ。10数年前に創刊し、20~30代の比較的、意識の高い会社員を読者対象にしたものだった。 私は10年ほど前、フリーライターとして関わった。編集者から指示を受け、会社員などにインタビューをして、記事を書いた。そのころから、強い違和感を感じていた。一言でいえば、記事や雑誌全体の内容を創り込みすぎなのではないかと思った。企業社会の実態からかけ離れた内容になっていた。 その象徴が、ベンチャー企業の取り上げ方だった。ほとんどの記事が、「ベンチャー企業は風通しがよく、働きがいがある」「実力主義で、結果を出せば正当に評価される、すばらしい会社」といった内容になっていた。大企業を「終身雇用で、年功序列の古い会社」「20~30代の意識の高い人は結果を出しても、報われない」と暗に揶揄しているように見えた。この大企業の認識は、実態とは相当に異なるものに私には思えた。 しかも、毎回、同じようなベンチャー企業を取材し、記事にしていた。いわゆる、メガベンチャーといわれる10社ほどのほか、知名度の高い30社ほどを加えた40社ほどである。たった40社ほどで、「ベンチャー企業とは…」と語ってしまうのだ。 全国には、無数のベンチャー企業がある。なぜ、40社しか取材しないのか。いわゆる、「バーター(取引)」か、「何らかの癒着」か、それとも、忙しく、時間がないがゆえに、付き合いがあり、取材がしやすい40社だけを取材していたのか…。 ベンチャー企業のほとんどは、中小企業政策における基本的な政策対象の範囲を定めた「原則」に基づくと、「中小企業」の範疇に入る。その「原則」ではたとえば、サービス業では「資本金の額又は出資の総額が5000万円以下の会社又は常時使用する従業員の数が100人以下の会社及び個人」を「中小企業」としている。 通常、中小企業は、解雇や賃金不払い、パワハラなどの多発エリアである。厚生労働省や各都道府県の労政事務所などが発表する労使紛争のデータを見ると、それは明らかだ。大企業よりは、労使間のトラブルははるかに多い。 東京都では、都内6カ所の労働相談情報センターにおいて、中小企業の労使双方からの労働相談に応じ、紛争当事者間での自主的解決を援助するあっせんを行っている。2017年は労働相談件数が、5万1294件(前年度比3.3%減)で、5万件を超える状況が続く。このような職場で多くの社員が苦しんでいることを心得ているならば、雑誌としてもっと節度ある姿勢が必要だったのではないだろうか。 私が、廃刊になった雑誌の編集者たちと話し合った限りでは、ベンチャー企業の内情や実態に極めて疎く、不勉強だった。特に労働条件をはじめとした就労環境には何の関心も払わない。私よりもはるかに年齢が若いはずなのだが、おそろしく鈍感だった。 それどころか、ベンチャー企業の経営者や役員、人事部の管理職などが取材時に話すことを無批判に受け入れていた。中には、「〇〇さんは人間的にもできている」と、たった1回の取材でメガベンチャー企業の創業社長を熱狂的に称えていた。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 「取材者としての経験が浅い」と言えばそれまでだが、私はその熱狂から「宗教的なもの」を感じた。こちらが少しでも、メガベンチャー企業の創業社長を否定的にとらえて話すと、「〇〇さんはそんな人じゃない!」と興奮して言い返す編集者もいた。彼女の目に涙がたまっていたことを覚えている。 ほとんどの雑誌には、一定の読者層がいる。この雑誌ならば「20~30代の比較的、意識の高い会社員」なのだろう。そのような会社員たちが求める情報を記事として提供していくことは当然だとは思う。しかし、価値観などがあまりにも多様化し、混沌とした時代に、特定の企業を繰り返し取り上げ、礼さんするような報道は慎むべきだったのではないだろうか。少なくとも、その印象を与えていたことは否定しがたい。しかれたかん口令 なぜ、この雑誌の編集者たちはたった40社ほどのベンチャー企業を熱狂的に報じ続けたのだろうか。そこには様々な要因が折り重なっていたのだろうが、大きな理由の1つに、この出版社の社内の事情があったのではないかと私は見ている。 一言でいえば、ずさんな人事評価や配置転換、昇進・昇格などに愛想がつき、「隣の芝生は青い」のような思いで、ベンチャー企業をうらやましく見ていたのだと思う。その意識が、記事や雑誌の随所に出ていたのではないだろうか。つまり、ある意味で「悲鳴」であり、「溜息」であり、「あきらめ」の念が雑誌には凝縮していたように私には見えるのだ。 この雑誌を発売する出版社は、比較相対的に高学歴な社員が多いこともあり、20代の頃の意識はある程度は高い。しかし、30代になるとやる気を失い、失速する人が増えてくると退職した元社員5人ほどは語る。社内の人事の仕組み(人事評価や育成、配置転換など)は相当にお粗末で、ほかの業界でいえば、社員数が30人以下の零細企業と大差ないのだという。「まじめに仕事をするほどにむなしくなる」と5人は話していた。 たとえば、廃刊となったこの雑誌編集部では数年前、ある編集者が副編集長(課長級)の経験がないのに、編集長(部長級)になったという。通常、こんな昇格はありえないはずだ。ところが、「抜擢人事」として断交されたそうだ。「使える編集長」を起用し続けたが、その多くが「使えない編集長」とレッテルをはられ、職を離れていたという。 販売不振の起死回生策として、副編集長の経験がない編集者を編集長にしたのだが、案の定、破たんしたらしい。その編集長は経験不足のために、部下である副編集長をはじめ、7人前後の編集者を自らが意図したように動かすことができないようだった。結局、編集長という権力で動かすようになる。ときに強く当たり、ときには大きな声でしかりつける。このことに不満をもった編集者数人が企業内労組に「編集長からのパワハラに遭っている」と訴えたそうだ。 企業内労組の役員が、編集長の上にいる役員などに「組合員(訴えた編集者のこと)から苦情が来た」と伝えた。すると、役員は編集長にそのことを話し、労組に訴えた編集者数人と編集長などを含め、関係者10人ほどで解決に向けての話し合いをした。「パワハラ」は「双方のコミュニケーション不足」で生じたものであり、「編集長にその意識はない」という結論になったのだという。その後の人事異動で関係者たちの一部は、他部署へ異動となったようだ。 この一連の騒動は、関係者の間ではかん口令がしかれ、タブーになったままだという。退職者5人のうちの数人は、「役員は、社外の労組(ユニオン)などに話を持ち出されないようにするための懐柔策として話し合いの場を設け、そこで不満分子の編集者にガス(不満)抜きをさせた。その後、人事異動で態勢をシャッフルし、すべてをシークレットにした」と話す。 私の取材経験をもとにいえば、「パワハラ」はする側、される側それぞれの認識に大きな差があり、どちらの言い分が正しいのか、正確に判断することは難しい。仮に、この一連の騒動がすべて事実であるとすると、20~30代で意識の高い編集者はやり切れぬ思いになるのではないだろうか。 このほかにも、この出版社の人事のあり方には、話を聞く限りでは首を傾げたくなることが多々あった。おそらく、廃刊となった雑誌の編集者たちがベンチャー企業にあそこまで感化され、称え続けたのは、自らが勤務する会社の旧態依然とした人事のあり方に嫌気がさしていたからではないか、と私は思うのだ。 通常、会社員の多くは、人事評価や育成、配置転換、昇進・昇格に異議を申し立てることはなかなかできない。この雑誌の編集者たちも同じく、言えなかったのだろう。そのようなときに、ベンチャー企業をわずかながら取材し、そこが自分たちのうっ積した不満がまったくないような職場に見えたのではないか、と思う。 実は、人事制度や賃金制度は未熟で、人事評価や育成、配置転換などに深刻な問題を抱え込んでいるのだが、そのことに気がつかなかったのだろう。そのような思いでベンチャー企業を取材し、記事にしていたのならば、売れなくなるのは無理もない。 今回のことは、あくまで私が元退職者たちから聞いたものである。現役の社員に連絡をしても、ここまでは答えなかった。私が強調したいのは、何かの商品や製品、サービスが売れなくなるとき、そこには社内の人事にきしみが生じていることが多いことだ。それらを販売しないようにしたところで、問題は残り続けるのではないだろうか。よしだ・のりふみ ジャーナリスト・記者・ライター。1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年から、フリー。主に、人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。『悶える職場』(光文社)、『震災死』『あの日、「負け組社員」になった…―他人事ではない“会社の落とし穴”の避け方・埋め方・逃れ方』(ダイヤモンド社)『封印された震災死』(世界文化社)など。

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    「たばこ休憩」という言葉が嫌いです

    世の喫煙包囲網は狭まるばかりである。最近はもっぱら「たばこ休憩」が標的にされている。大手企業の中には就業時間中のたばこ休憩を全面禁止にする動きも広がっている。いや、そもそも「喫煙=仕事しない」の公式は誰が決めたんですか? この考え方、やっぱりおかしくないですか?

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    タバコ休憩が必ずしも「喫煙者の特権」とは言えない理由

    山岸純(弁護士) 「タバコ休憩は不公平だ」と話題になることが増えてきたように感じます。しかし、そもそもつい十数年前までのように、自分のデスクでタバコが吸えるなら、誰も何の文句も言わないのではないでしょうか。 私が司法修習生だった15年ほど前、配属先の法律事務所では、割り当てられたデスクでタバコが吸えましたし(その法律事務所のボスが愛煙家でした)、たまにテレビで見る「あの頃」の画像なんかでも、皆さんデスクでモクモクとタバコを吸っています。  この後、「禁煙ブーム」と「分煙ブーム」が巻き起こり、いつの間にか、タバコ=悪のような図式までもが出来上がっていました。 まぁ、日本でタバコの製造を独占する企業自ら、「分煙」を大々的にアピールし始めたのですから致し方ありません。 いずれにせよ、かつては「タバコを吸いながら仕事ができた」以上、「タバコ休憩」という言葉も出てこなかったわけです。 これに対し、現在は「タバコを吸うためには執務スペースを離れなければならない」ことが原因となり、「タバコ休憩」という言葉が出てきました。 さて、労働基準法という法律は、第34条第1項において「労働時間が6時間を超える場合においては少なくとも45分、8時間を超える場合においては少なくとも1時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない」と規定しています。 要するに、ほとんどの企業で採用している「1日8時間」の勤務時間制であれば、1時間は休憩時間をとることができるので、この時間の中で時間を工面してタバコを吸いにいくなら誰も何の文句も言わないことでしょう。 もっとも、かつてタバコを吸っていた私もそうでしたが、実際は昼休憩の1時間以外にも、「仕事が一段落した際」、「仕事が詰まって考え事をする際」、「ちょっと雑談をする際」、「上司に怒られてふてくされた際」など、さまざまなタイミングに「タバコ休憩」をとっています。 とすると、昼休憩の1時間にこれらの「タバコ休憩」を合わせれば、喫煙する社員にだけ法律によって与えられた1時間という休憩時間をはるかに超えた休憩が与えられていることになってしまいます。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) こうなると、当然のことながら、本来、その喫煙する社員に割り振られている業務が滞ってしまいます。 さらに、会社というものは、複数の社員と会社の財産(原材料、製造プラント、商品、営業情報など)が有機的に結合されて利益を生み出す社会的存在ですので、喫煙者1人の業務が滞ってしまうと、会社全体の稼働力もおのずと低下してしまうわけです。 したがって、会社全体の業務効率・稼働力の維持という観点からは、「タバコ休憩」を「悪」と決め付け、禁止することも許容されると考えることもできます。 とはいえ、一律に「タバコ休憩」を禁止してしまう、というのもやや問題が残ります。 例えば、勤務中のスマホ閲覧や、勤務中の私用メールも、業務中に業務外の私的な行動をするという意味では「休憩」みたいなものですが、このような行為を禁止していることを理由に、会社は社員を懲戒処分にできるでしょうか。タバコ休憩批判の本質 かつて、勤務時間中に私用メールを送信していたことなどを理由に懲戒解雇をした会社を相手として、その社員が懲戒解雇の有効性を争った裁判がありました(いわゆるグレイワールドワイド事件。東京地方裁判所平成15年9月22日判決)。 この裁判では「勤務時間中の社員」の義務の内容、程度について議論されたのですが、判決は、まず「労働者は、労働契約上の義務として就業時間中は職務に専念すべき義務を負っている」として、社員には「職務専念義務」が課せられていることを明示しました。 その上で、「職務専念義務」の程度について、下記のように判断しました。労働者といえども、個人として社会生活を送っている以上、就業時間中に外部と連絡をとることが一切許されないわけではなく、就業規則等に特段の定めがない限り、職務遂行の支障とならず、使用者(雇用主)に過度の経済的負担をかけないなど社会通念上相当と認められる限度で使用者のパソコン等を利用して私用メールを送受信しても職務専念義務に違反するものではないと考えられる(要旨) 要するに、勤務時間中であるからといって、1分、1秒たりとも「業務外」の私的な行動をとってはいけないというわけではなく、業務に支障をきたすものではない限り、常識的に考えて許される程度であれば私用メールも許されると判断したわけです(なお、この裁判例によれば、就業規則等に定めることで「私用メールを全面禁止すること」も可能となるようですが)。 このように、法律は不可能までを要求するものではないので、上記の裁判例の趣旨を敷衍(ふえん)すれば、法定の休憩時間以外の「タバコ休憩」を一切とってはいけないというわけではなく、「職務遂行の支障とならず、使用者に過度の経済的負担をかけないなど社会通念上相当と認められる限度」であれば、「タバコ休憩」をとることも許される、ということになるでしょう。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 実際、タバコを吸わない人も、始業時間から終業時間までの間、昼休憩を除き、1分、1秒たりとも「業務外」の行動をとっていないわけではなく、人によっては息抜きにYAHOO!ニュースも見るでしょうし、コーヒーブレークだってするわけです。 これらと並行して非難覚悟で考えれば、「タバコ休憩」だけを目の敵にして批判するのは、実は「タバコ休憩をとること」への批判ではなく、「タバコ」自体への批判ではないでしょうか。 ところで先述の通り、裁判例は就業規則等に定めることで「私用メールを全面禁止すること」も可能であると判示しているので、就業規則等をもって「タバコ休憩」を全面的に禁止することも可能ということになるでしょう。 とすると、「業務に支障をきたすものではなく常識的に考えて許される程度の『タバコ休憩』」を許容するのか、それとも全面的に禁止するのかは、法律うんぬんというよりも、会社次第ということになりそうですね。経営陣が喫煙しているかどうかにもよりそうです。■肺がん患者の自問自答「喫煙者との対立はなくせないのか」■喫煙者の皆さん、残念ながら「タバコを吸う権利」はありません■「喫煙者は不道徳な人間」極論ヘイトはなぜ先鋭化するのか

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    愛煙家は認めよう、けれどタバコ休憩が生んだ「喫煙貴族」は許せない

    なく、何かに取り組むことを容認する風土をつくりたい。 これは「休み方改革」とも言えるものだ。すでに「働き方改革」の一環として、1時間単位で有給休暇をとることができる企業、1日の労働時間を見直す企業などが出現している。この「喫煙者以外にも自由な休憩を」というのは、今すぐ取り組むべきことではないか。 時代は、売り手市場を通り越して「採用氷河期」である。人材の獲得、定着のためには労働環境の改善が必要だ。非喫煙者への休憩の拡大、休み方の多様化もその一環として考えたい。 もうすぐ新時代が始まる。新時代を「休み方革命」の時代とするために、抜本的改善を勝ち取り、乾坤一擲(けんこんいってき)、全力を振り絞って奮闘するのでなければならないのだ。平成は喫煙者にとっても、非喫煙者にとっても「暗黒の時代」だった。喫煙者は肩身の狭い思いをし、非喫煙者は不公平な思いをする。2019年3月1日、就職活動が解禁され、学生が集まった大阪市住之江区の合同企業説明会会場(前川純一郎撮影) しかし、「暗黒の時代」とは決して「絶望の時代」を意味しない。どん底の底が破れるときに、光まばゆい世界が開けるのだ。 この国の未来を考えた場合、喫煙者と非喫煙者の対立など不毛である。あたかも、政治における左右の対立のように矮小(わいしょう)化、プロレス化してはならない。ヘビースモーカーの両親から生まれた私が、非喫煙者として円満な親子関係を築けたように、人はきっと分かり合える。 そのために、分煙化推進の副産物である「喫煙貴族」のあり方について見直し、非喫煙者も時間的にも投資額的にも報われる輝かしい未来を作らなくてはならない。非喫煙者の休む権利を勝ち取るために、前進を勝ち取るのだ。■ 喫煙者の皆さん、残念ながら「タバコを吸う権利」はありません■ 潔癖の代償―喫煙ヘイト亡国論―■ 加熱式タバコの安全神話「有害物質9割減」のトリック

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    「タバコ休憩=サボり」喫煙者へのレッテルはむしろ逆効果である

    後藤洋平(プロジェクトコンサルタント) 筆者個人の喫煙、禁煙に対する立場については、2018年の春、10年以上続けていた喫煙習慣に別れを告げました。もともとヘビースモーカーというわけではなく、一日に数本、仕事のあいまに一服するといった程度だったのですが、大学時代の恩師から強く勧められ、一念発起してやめました。 結果どうだったかと言えば、健康的にも経済的にも明らかにプラスですし、ランチの際に灰皿のあるお店を探す、といったような面倒もなくなったりと、良いことづくめです。恩師の一喝に感謝している次第です。 ただし、決然とした禁煙というよりは、「いつでも喫煙習慣にもどる可能性を留保した一時的な生活習慣」だと自分には言い聞かせています。喫煙、嫌煙については、常に中庸的な立場で物事を考えられる自分でいたい、と思っているからです。 近ごろは、日々愛煙家の肩身が狭くなり続けています。その流れはもう止まらないだろうと思います。それでも尚、いや、だからこそ、愛煙家が「喫煙しない」という習慣を選択するのは「社会的正義のため」ではなく、あくまで「個人の自由意志による」べきだと思うからです。 諸外国と比較して、日本は禁煙の取り組みが遅れていると、よく指摘されます。東京五輪が開催される2020年に向けて、政府は「一部の小規模飲食店を除く、全ての飲食店で原則禁煙」との内容を盛り込んだ改正案を提出しようとしましたが、反対にあって緩和したことは記憶に新しいでしょう。この件から、嫌煙家の中には「こんなことでは、この国は良くならない」と失望した、という方もいるかもしれません。 しかし、ちょっと待っていただきたい。「喫煙は、肺や循環器の健康に良いものではない」という認識について、タバコを吸う人も、吸わない人も、反対する人はもはや皆無に近いでしょう。世の中の趨勢(すうせい)として、喫煙習慣は終焉に向かいつつあります。静かなる声、サイレント・マジョリティによる歴史の裁定は下っているのです。 あとは時間の問題であり、完全禁煙社会が到来するのが、早いか遅いか、それだけの話であるように見えます。2009年4月からJR東日本の首都圏201駅で全面禁煙を実施。ホームの喫煙所に灰皿撤去を知らせるステッカーなどがはられた(緑川真実撮影) ここで改めて日本における禁煙の歴史を振り返ってみると、ゆっくりとではありますが、しかし確実に、禁煙空間は広がり続けていることが分かります。以下にその歩みを示しておきます。・1956年 「旅客自動車運送事業等運輸規則(運輸省)」事業用自動車内の禁煙表示、車内喫煙禁止、乗務員の喫煙制限・1978年 「喫煙場所の制限について(厚生省)」国立病院・療養所における分煙対策、国内線航空機、国鉄連絡船に禁煙席・1980年 東京地裁で嫌煙権訴訟(新幹線に半数以上の禁煙車設置を求める)国鉄新幹線ひかり号に禁煙車両・1987年 JR山手線原宿駅、目白駅が終日禁煙・1997年 JR東日本管内全駅において分煙化を実施・2002年 「安全で快適な千代田区の生活環境の整備に関する条例(東京都千代田区)」制定・2003年 「健康増進法」施行多数の者が利用する施設の管理者に対し、受動喫煙を防止するために必要な措置を講ずる努力規定・2018年 「東京都受動喫煙防止条例」制定 (出典:「日本における禁煙・分煙・防煙の歩み」「列車内における禁煙の拡大について」) 歩みは確実でも、ペースが遅々として進まないことに、もどかしさを感じる人がいるかもしれません。また、そのもどかしさから、「既得権益を守ろうとする守旧派」「リベラルで進歩的な人々」という図式を連想する人もいるかもしれません。二者択一は平行線 特に、メディアの中の言論を思い浮かべると「守旧(既得権者)VS 急進(革新者)」という紋切り型のイメージに陥ってしまいます。 しかし、実際に暮らしている生活空間の中では、世論はモザイク状になっているものです。愛煙家のすべてが「既得権益」に凝り固まっているわけでもないし、「リベラルで進歩的なグローバルエリート」でも喫煙者は意外と珍しくありません。 やめるか、やめないか、という二者択一は一見正しそうでいて、実は永遠の平行線を辿ることしかできない徒労の道であることが多いのです。そこで、筆者としては、ここは一つ、正しい順序で物事を考え、社会的合意が形成しうるロジックが発見できないかと、思うのです。 試みに、愛煙または嫌煙を縦軸に、原理主義的タカ派か、リベラル・穏健派かを横軸にとって、四象限で考えてみます。 つまり、下図のような4つの勢力の陣取り合戦だと見ます。 メディアを賑わす話題としては、「嫌煙・タカ派」の主張が華々しく、映画やドラマの作品を批判したり、世界保健機関(WHO)の勧告を紹介したりとネタに事欠きません。一方の「愛煙・タカ派」は、いかにも劣勢で、拠って立つべきロジックは「個人の自由」の一点張りです。 しかし、これを標榜したところで、「自ら進んで不健康な生き方を選択しています」という理屈にしかならないので、どうも気勢が上がりません。とはいえ、多くの人は賛成反対のいずれにしろ、穏健派に所属しているのが実情でしょう。吸わない人は今の世の流れを純粋に歓迎しているし、吸う人でも、しょうがないの諦念。筆者の生活実感だと、そもそも穏健派が80%を超えるように感じることが多いですが、いかがでしょうか。 愛煙家の中でも、嫌煙権を尊重し、周囲に配慮する傾向が年々強まっています。東京都の調査でも、実に喫煙者の三分の二以上が周囲の環境に配慮しているとのことです(参考:東京都調査) このように、サイレント・マジョリティの社会的な認識が進みつつある中で、ビジネスの現場では、喫煙者は頻繁に席を立つため、生産性が低いとか、給料が変わらないのは不公平だとか、「健康&改革推進派」の人々への追及は実に手厳しいものがあります。良識派に対して反論の余地なし メディアの中では、禁煙推進団体が時々発する映画やドラマ作品への「苦言」が話題になることがありますが、私たちの職場においてもまた「嫌煙タカ派」の方々の舌鋒は鋭さを増しているわけです。 しかし、「喫煙=サボり」という単純な図式を前提にして、喫煙行動それ自体を取り締まったところで、実はその組織に内在する根本的な課題が解決されることはありません。 筆者は現在、業務システムの導入や改善といったプロジェクトに従事することが多いのですが、そうした現場で、しばしば「話が前に進まない二項対立」に遭遇します。「顧客情報を入力するのが面倒でシステムを使わないベテラン勢」「素直に指示を聞いてデータを活用する若手」のような図式です。 経験上、そのような表層的な思い込みで推進されたプロジェクトは、どこかで行き詰まることが多いのです。 「やめたほうがいい煙草が、やめられない」は「せっかく導入した情報システムにログインしない」に、どこかすごく似ています。すなわちそれは、「わが身に迫る課題のリアリティが欠けている」ということです。・頭で理解していても、身体的にはピンときていない。・安易な二項対立の図式で、どうも悪者に分類されている。・「良識派」の言うことは、反論の余地はない。 この3つの条件がそろったとき、人はいかに「ロジックとして正しい」主張があったとしても、心はそれを受け入れることを拒んでしまいます。それを脱却するのは、容易ではありません。躍起になって、アメとムチを使っても、どうも状態は変化しない、そんな悩みを抱える経営者やマネジメントの方々はたくさんいます。2018年12月、受動喫煙防止のイベントであいさつする東京都の小池百合子知事。右は「健康ファースト大使」に任命された五輪メダリストの高橋尚子さん 例えば、以下の類題について考えてみるのが解毒作用をもたらしてくれるのではないか? なんてことを考えています。 「インフルエンザ罹患が疑われる場合の対応方法としては、早急に病院にかかっても、迅速検査の正確性は低いため、必ずしも必要ない。また健康な成人であれば、タミフル等の投薬は必須ではなく、感染拡大を助長しないために一定期間、家で静養するのが望ましい」 年々危機感が煽られて社会問題化しつつあるインフルエンザですが、最新のアメリカ疾病管理予防センターの報告によると、「一部の重篤化の恐れのある幼児や高齢者以外は、寝ておきましょう」というのが新たな世界のスタンダードになりつつあるといいます。嫌煙は優性世論 しかし、いくら「インフルエンザが怖くない」と米国の政府系機関が太鼓判を押したからと言っても、「診察に行かないほうがいい」なんて言われると、人によっては、ちょっとおかしいと思うかもしれません。 さらなる応用問題を考えてみます。 「世界的には、今、大麻の一部成分であるカンナビジオール(略称CBD)は健康に害がないものとして、医療用大麻として合法化されるという動きがある。日本においてはこれを是とする姿勢は見せておらず、一般にも、大麻=悪とのイメージが根強い」 インフルエンザに対して、「診察に行く、行かない」の二択であればまだしも、医療用大麻に対して、「認める、認めない」の二択も、世の中には存在します。いくら依存性がないから安心だよといっても、「大麻の一部成分」を処方されたら、不安に感じる人もいることでしょう。 どちらも、それなりの専門知識がないと、にわかにどちらが正しいとは、断言しづらいと思います。しかし、問題の構造は、喫煙と同じなのです。煙草は単純に、煙たくてにおいが不快で、世論が優勢だから、結論に至る心理過程もシンプルになりがちである、というだけのことです。 「こっちが正しい、あっちが悪者」というレッテルを貼る行為が、現実を変革する効力を持つとは限りません。むしろ変わらない現実を固定化することだって、あります。インフルエンザ対策で加湿器の売れ行きが好調なビックカメラ有楽町店の売り場=2019年2月 大切なのは、他者の考えに対して想像を巡らすということです。そのうえで、「表面的な結果に直接働きかける」のではなく「内在的な真の課題を探しに行く」ことが肝心です。私個人の場合は、そうしたことを続けている中で「恩師の一喝」というご縁をいただきました。喫煙習慣を辞するきっかけは、百人いたら百通りあると思います。 要は、個人個人がそれに対する準備ができているか、という問題なのだと思うのです。嫌煙タカ派の方々におかれては、そんな観点でキャンペーンのプロジェクトを立案されることをご提案し、愛煙家の皆さまにはご自身を責めず、周囲に配慮のうえで喫煙を楽しまれることをお祈りし、サイレント・マジョリティの皆さまには相手陣営の方の心を推し量ることお勧めして、本稿を終えたいと思います。■「加熱式」で知恵を絞れば見えてくるタバコ規制論争の行方■潔癖の代償―喫煙ヘイト亡国論―■肺がん患者の自問自答「喫煙者との対立はなくせないのか」

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    たばこ休憩とネットサーフィン 「職務専念義務違反」なのは

     勤務時間内の「たばこ休憩」は1日どの程度なら許されるのか――。 事あるごとに勃発するこの議論。当サイトでも過去に取り上げ、〈他の社員がトイレに行ったりジュースを買いに行ったりする頻度や時間と同じくらいであれば社内で波風も立たない〉とする社会保険労務士の見解を紹介した。昼休みを除き、時間は1回5分、1日3回程度が許容範囲である、と。 しかし、この問題はいつの間にかエスカレートし、「あり」か「なし」かの二者択一を迫る風潮になっている。 11月11日に放送された情報番組の『ミヤネ屋』(日本テレビ系列)でも、市民団体「兵庫県タバコフリー協会」が調査した公務員の「たばこ休憩調査」を取り上げ、スタジオゲストを交えて激論が繰り広げられた。 同調査によれば、兵庫県尼崎市役所の職員が喫煙所に訪れた人数を目視でカウント。1日に547人いたことを確認し、「1本吸う時間5分+移動時間5分×547(人)=離席時間約91.2時間」と算出した。 そして、調査しなかった水道局や環境局などの外局を含めて年間の給料に換算。尼崎市役所だけで少なくても1億円以上、全国の公務員の合計では年間920億円の給料にあたると試算した。 国民の税金から給料が賄われている公務員だけに、時給換算で年920億円もの税金がムダになっていると聞けば、「けしからん」との批判も高まろう。しかし、問題は「たばこ休憩」から「休憩」の意義が考慮されていないことにある。 同番組のコメンテーターである読売新聞特別編集委員の橋本五郎氏は、こう擁護した。〈計算上はそうかもしれないけど、(勤務時間内に)トイレに行くときだってあるし、体操したほうが(仕事の)効率が上がるときだってある。じゃあ、机に座っていればいいんですか? という話です。仕事よりもたばこ(喫煙所)に行っている時間が主になれば問題ですが、要は程度問題だと思います〉たばこ休憩を巡る議論は尽きない この意見に異を唱えたのは弁護士の本村健太郎氏だ。地方公務員法や国家公務員法の記載において、公務員は勤務時間中“職務に専念する義務”があるとの解説にかぶせ、〈これは民間企業も同じで、トイレのような生理現象は労働時間に含めていいが、たばこは個人の私的行為なので本来は許されない〉 と断罪した。司会の宮根誠司氏はたまらず、〈公務員の人は、トイレ以外はずっと仕事してなアカンいうこと?〉と質問すると、本村氏は〈机に座っていること自体が義務なので、抜ける(離席する)ことがダメ〉と回答。〈10分離れたらアウト、せいぜい30秒なら……〉と補足した。チームワークも大事だが… では、実際にたばこ休憩は「職務専念義務違反」にあたるのか。当サイトでは人事ジャーナリストの溝上憲文氏に聞いた。「もちろん労働契約で勤務時間はきちんと定められていますが、職務専念義務違反行為にあたる離席理由や時間が定義されているわけではありません。 特に許容範囲が広い正社員の場合は、たとえば子供の学校送迎で30分出社するのが遅れることになっても、会社に報告すれば30分相当の給料を引かれることはないでしょう。また、昼休みの外食で注文したソバがなかなかこず、会社に戻るのが1時20分になっても、誰も咎める人はいないでしょう。多少の時間なら周囲も暗黙のうちに認めているのです。 もし、勤務時間を厳密に管理しようと思えば、職場の就業規定に離席理由を細かく明記し、詳細な記録を取ったり、書面による届け出制にすればいいのですが、そんなことをしたら仕事のフレキシビリティが欠けますし、社員のモチベーションや生産性にも影響してくるでしょう」(溝上氏) そもそも、いくら机に座っていても、私語が絶えなかったり、職務と関係のないネットサーフィンをしたり、スマホゲームに勤しんだり……とサボッている社員はいるはず。これらの行為も立派な職務専念義務違反ではないのか。「もちろん該当します。会社のPCでネットサーフィンをしているのであれば、会社の財産を私的に流用したことになるので、たばこ休憩より罪が重い。 喫煙所では他部署の人たちとの“タバコミュニケーション”により、新しいアイデアや企画が生まれることもあります。そういう意味では、たばこ休憩が必ずしも会社の生産性向上や業績アップにマイナスになるとはいえません」(前出・溝上氏) ミヤネ屋の放送は「ちゃんと仕事をやればいいだけ」という結論で幕を閉じたが、そこはシビアに捉える必要があると、溝上氏も同調する。「職場のチームワークも大事ですが、基本的には勤務時間内に個人がどれだけ成果や業績を上げられたかどうかが問われるべき。そこをはき違え、目くじらを立てて時間管理を徹底すれば、ギスギスと歪な職場になってしまいます。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 喫煙者も周囲に迷惑をかけるほど、たばこ休憩を頻繁に取るのは控えなければなりません。『1回1本5分』などと自分でルールを決め、1時間の昼休みを毎日30分で切り上げ、残りの30分をたばこ休憩に振り分けるなど、工夫してほしいと思います」(溝上氏) たばこに限らず、休憩やサボり時間が増えれば増えるほど、仕事の効率が上がらなくなるのは当然。その自覚がない人は、周囲に咎められるまでもなく、結果となって跳ね返ってくるだけだ。関連記事■午後ワイドなら『ミヤネ屋』といわれる強さの秘密■在京テレビ局 大阪北部地震報道に温度差がある?■『ミヤネ屋』のお天気お姉さん 目標は信頼されるキャスター■活躍目覚ましい報道局美人記者 最強お手本は日テレ小西美穂■稲垣、草なぎ、香取の素顔が顔を出す人狼ゲームは新鮮だった

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    「24時間はもう限界」ブラック就労、店主の叫びはセブンに届くか

    ケースが残念ながら、無視することのできない数の店舗で存在する。これを放置したままではいけない。政府が働き方改革を進め、長時間労働を是正することが政策として掲げられている今日ではなおさらである。 松本さんの問題が広く知られるようになったのと時を同じくして、セブン-イレブンは、直営店舗と加盟店舗とで、時短営業を試行することを発表した。これが全国の松本さんと同じような加盟者の問題を解決する糸口になることを願う。しかしながら、同社は24時間営業の方針を変更したものではないという。セブンーイレブンの店舗(竹村明 撮影) また、長時間就労をもたらす構造的な問題は24時間営業にのみ存在するものではなく、先に述べたようにロイヤルティーの構造やそれがフランチャイザーにより一方的に決められるところにもある。これを機に、24時間営業の是非のみならず、その他の問題になり得る点を洗い出し、コンビニフランチャイズシステム全体の検討がされるべきである。 そしてその検討を充実させ、真に問題に対処できる答えを導くためには、フランチャイザー主導によるトップダウンの検討ではなく、全国に2万以上あるという店舗の加盟者、スタッフ、利用者など各関係者による対話が必要不可欠であろう。セブン-イレブンは松本さんと今後もしっかり話し合うことを表明しているが、より広く対象を広げ、しっかりと話し合う姿勢を取ることを切に期待したい。

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    労働人口は過去最大なのに「人手不足感」が広がるナゾ

    黒葛原歩(弁護士) 人手不足と言われて久しい。日本は既に人口減少社会となっているので、そう言われるのも無理からぬことかもしれない。大卒求人倍率は2倍近くに上り、求人誌には大量の募集が並ぶ。新聞を読めば、人手不足解消のための外国人材受け入れの記事が毎日のように紙面を賑(にぎ)わせているが、氷河期世代のど真ん中、昭和52年生まれの私からすれば、もはや異次元・別世界の風景である。 ここでは、労働力に関する統計数値を参照しながら、日本の人手不足が、具体的にどのような形で生じているのか、解説してみたい。 まず、日本の労働力人口(15歳以上人口のうち、労働の意思と能力をもつ人の数)の推移を見てみよう。参照しているのは、平成29年労働力調査(総務省統計局)のデータである。 意外なことに日本の労働力人口は、実は減っていない。いや、減っていないどころか、史上最大と言っても過言ではないほどに増えている。 労働力人口は、平成年間に入った平成元年には約6200万人であった。ちょうどバブルの絶頂期のことである。その後平成9年~10年にかけて約6800万人に達しピークを迎えた。その後は微減が続き、平成24年には6565万人と、いったん底を打っている。 ところが、そこから再び増加に転じて、以後一貫して増え続けており、平成30年9月にはなんと6877万人に至った。これは昭和28年以降の労働力調査の統計史上、最大の数値である。 このような状態となった要因は、「シニア」(高齢者)と「女性」の労働者数の増加である。※画像はイメージです(GettyImages) まず、「シニア」について、細かく統計を読み解いてみよう。65歳以上の高齢者の労働力人口は、平成24年には約610万人にとどまっていたが、平成29年には822万人にまで増えており、5年間で200万人以上という爆発的な増加を示している。 日本における健康寿命(介護等を受けず日常生活を送れる期間)は男性72・14歳、女性74・79歳と、国際的にも極めて高い水準にあり、日本の労働者は「高齢になっても健康である」という社会背景の下で、高齢期に入った後も長期間にわたり働き続けようとする傾向が見られる。 また、「女性」についてみると、女性の労働力人口は、平成24年には2769万人だったが、平成29年には2937万人となっており、この5年間で約170万人増加している。この要因としては、待機児童対策の進展や、女性の未婚化・晩婚化といったことを指摘することができる。 このように、幾つかの社会要因が重なり、今や日本の労働力人口は統計史上最高レベルである。この統計数値をそのまま見れば、人手不足という現状認識そのものにクエスチョンを付けざるを得ない。それなのに冒頭で述べたように、世間では人手不足と言われている。なぜなのか。鍵は「世代」と「職種」 その謎を解くカギは、労働力の内訳にある。改めて、労働力調査の数値を細かく読み解いてみよう。ここでのポイントは「世代」と「職種」である。 全体の労働力人口は確かに大幅に増加している。しかし、その中において、顕著な減少を示している部分がある。それは、35~44歳の労働力人口である。この世代の労働力人口は、平成23年に1582万人となって以降、人口減少そのものの影響を強く受けて、じわじわ減り続けている。 平成29年におけるこの世代の労働力人口は1497万人であり、6年で100万人近く減っている(ちなみに、その下の25~34歳の労働力人口も減り続けている)。この傾向は人口減少の影響なので今後も止めようがない。 この世代はいわば「働き盛り」の年代で、さまざまな労働の現場で中核となることが期待される層である。この世代の労働力が減少するということは、「体力と一定の経験を兼ね備えた中堅のスペシャリスト」がいなくなることを意味する。 しかも、現在のこの世代は、平成10年代初頭の「就職氷河期」の影響をまともに受けている人が多く、経験値の高い人材の絶対数はより少ない。結果として、こうした人材は不足することになる。 また、職種による差も大きい。先に述べたように、日本の労働力人口増の要因となっているのは、高齢労働者と女性労働者の増加である。この層の労働者に若年・中年の男性労働者ほどの体力はないから、いわゆる現場系の仕事を全面的に代替することは難しい。ハローワークの統計(平成30年9月)によると、現在有効求人倍率が極めて高いのは「保安」(8・65倍)、「建設・採掘」(4・99倍)、「サービス」(3・56倍)といった職種である。「事務的職業」の有効求人倍率が0・49倍と、人余りの状況を呈していることと比べると、非常に対照的である。※画像はイメージです(GettyImages) このように、労働力人口自体は増えているが、職種によって、求める人材像と大きなギャップが生じており、そのことが「人手不足感」をもたらしていることが分かる。 では、こうした状況にどのように対応すれば良いのか。 国全体として労働力そのものは増えているというのであれば、人手不足の職種への移動を促すというのが、望ましい方法ということになるだろう。近年、増加傾向にある労働者層の多くは非正規労働者なので、もともと流動性が高いといえる。人手不足なのに「派遣切り」 とはいえ、人手不足の職種には、やはりそうであるだけの理由がある。仕事が複雑多岐で覚えにくい、体力的について行けない、仕事をする上で何らかの資格が必要―などといったものだ。 このようなギャップをなくすための工夫が必要である。業務の簡素化やIT化を進めることで、非熟練の人材でも新たに入りやすい職場の形成が求められよう。高負担の業務を見直してワークシェアリング(仕事の分割・分かち合い)を推進することも必要である。 もし、会社内で仕事や負担が集中してしまっている人がいたら、その仕事の中身を分析して、他の人で代われそうな部分を抽出し分業を推進するべきだ。会社の中心としてバリバリ働くのは難しくても、その手伝いだったらできるという労働者は多い。こういった分業の工夫は過重労働の防止になるし、高齢労働者などの活躍の場を増やす上でも有意義である。 また、職場内でのスキルアップ・キャリアアップの機会を増やし、事業者自らが求めているような人材を育成することも期待されよう。非正規労働者を正規に転換するのは、立派な「人手不足対策」である。そこで、平成24年に改正された労働契約法では「5年無期転換ルール」が定められた。これは、有期労働契約が5年を超えて更新された場合、労働者側からの申し込みにより、無期雇用に転換できるというものである。  また、派遣社員の雇用を安定させるために平成27年に労働者派遣法が改正され、いわゆる「3年ルール」が定められた。派遣社員は同一部署で働く期間を一律「3年」と定められ、それ以降は派遣元の派遣会社は派遣先に対してその派遣社員の直接雇用を依頼するなど、派遣社員の雇用を安定化させる措置を採らなければならない。 そもそもこれらの有期雇用の無期転換や、派遣社員の直接雇用というのは、スキルアップや人材育成の実現を意図して導入された制度である。非正規であっても5年や3年という長期間にわたり同じ仕事を続けていたのであれば、きっと仕事の現場において不可欠な存在になっているだろう。だからこそ、その実態と整合するように無期雇用・直接雇用に転換してもらおうということで、こういう制度を作ったのである。 しかし残念なことに、実際には規制逃れの事例が少なくない。無期雇用や直接雇用を期待できるかと思いきや、期限を前に契約終了を言い渡される人が少なくない。人手不足が叫ばれるこの世の中において再び「派遣切り」ともいえるような状況が起こっているとは、いかにも不条理なことである。厳しい雇用環境の中、ハローワークで職を探す求職者=2009年2月、大阪市港区のハローワーク大阪西(桐山弘太撮影)) 有期契約社員や派遣社員の代わりはいくらでもいると思われているのかもしれないが、一つの職場で経験を積み技能を蓄積した従業員の代えはそう簡単に効くものではないし、何でもやってくれる優秀な正社員はそんなに簡単に採用できない。 安易な有期の雇い止めや派遣切りに走る前に、一度立ち止まって「この人材は、本当は会社に必要なのではないか」と冷静に考える姿勢を求めたいところである。

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    「不老社会」が正直しんどい

    「人生100年時代」がブームである。世界一の超長寿国である日本では、この言葉が明るい未来を暗示するキーワードとしてビジネスや政治など、さまざまな場面で使われている。定年後は年金で悠々自適という理想はどこへやら。「不老社会」の現実は、やっぱり死ぬまで働け?

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    高齢者活躍が「迷惑」と言えないニッポンが生きづらい

    、悪影響や隠れた論点がないかどうか、注意深く考える必要がある。 「人生100年時代」を迎え、高齢者の働き方が国家的な課題になっている。政府が2月に公表した政策指針「高齢社会対策大綱」では、「年齢によらず意欲・能力に応じて働き続けるエージレス社会の構築」がうたわれている。意欲や能力があっても60歳、65歳で強制的に解雇される定年制は理不尽な仕組みだ。米国など諸外国では、定年制は年齢による差別にあたり、違法である。「高齢者が元気に活躍できる社会を!」と言われると、やはり反論しにくいものである。 このように、絶対的に善だと思われがちな高齢者活躍について、改めて問題点を考えてみよう。 高齢者といっても生活や健康の状態など、実に多様だ。無収入のボランティア・ワーカーを除く高齢労働者は、大きく2種類に分かれる。<タイプA>現役時代から低スキルで、家計を維持するために低収入の単純労働に従事。いわゆる「下流老人」<タイプB>現役時代から高スキルで、経済的余裕があり、社会参加のために専門労働に従事。「中上流老人」 まず、タイプAが好ましくないことは論を待たないだろう。年金受給開始まで収入が足りない、あるいは受給開始後も年金だけでは生活できないという理由で嫌々働くのは、不幸なことだ。 特に体力が落ち、病気がちの高齢者が無理を押して働いている姿を見ると、胸が痛む。東京しごとセンター多摩で開かれたシニア向け再就職対策講座 = 2015年 3月11日、東京都国分寺市 「本人の自己責任」という意見もあるようだが、国のずさんな年金・健保行政の犠牲者という側面もあるはずで、政府の「エージレス社会」という掛け声が空虚に響く。 問題はタイプBだ。「エージレス社会」や「高齢者活躍」の議論で想定されるのはタイプBであろう。政府だけでなく国民も、現役時代に培ったスキルを生かし、社会に貢献しようとして働くのは、絶対的に良いことだと信じている。悪貨は良貨を駆逐する しかし、タイプBにも大きな問題がある。問題とは、タイプBの高齢者がまさに「現役時代に培ったスキルを生かし、社会に貢献しようとして働く」ことだ。 高齢者が「現役時代に培ったスキルを生かそう」とするとき、体力・気力の衰えから、自分で手足を動かすよりも、教育係、コンサルタント、相談役、社外取締役といった立場で働こうとする。私は15年前にコンサルタントとして独立開業し、そこそこ成功しているせいか、近年ほぼ毎月のように定年前後の中小企業診断士から「コンサルタントとして活動したいのだが、どうすれば良いか」という相談をいただく。コンサルタントや社外取締役は、スキル・経験を生かせる上、体力も軍資金も必要なく、タイプBが理想とする職業のようだ。 コンサルタントや社外取締役として活躍するタイプBの本人は、充実した老後で大満足だろう。しかし、彼らから経験に基づく指導を受ける現役世代は大迷惑だ。高齢者が過去の成功体験を持ち出して「俺たちはこんな風に頑張って成功したんだ」と言っても、過去を否定して新しい挑戦をしなければならない現役世代には退屈な昔話である。自分が安全地帯に身を置いていることを忘れて「リスクを取って死ぬ気でやれ」と𠮟咤(しった)しても、今まさにリスクを取ってグローバル競争を戦っている現役世代の心には響かない。(画像:istock) さらに、高齢者が「社会に貢献しよう」と考えることも問題だ。すでに安定した生活基盤を持つBタイプが何とか仕事にありつきたいと願うと、常識ではありえないダンピング価格を提示する。私の知り合いの40歳代の研修講師は、ある企業の研修案件を「2日間40万円」でほぼ受注が決まりかけていたが、後から「3日間12万円」という安値を提示した60歳代後半の研修講師にさらわれた。コンサルティングや企業研修の世界では、この手の話をよく耳にする。 高齢者のダンピングのおかげで、資金力の乏しい中小企業・零細企業でも気軽にコンサルティングや教育研修を利用できるのは、確かに社会貢献だ。しかし、30~50歳代の独立開業希望者からは、よく「報酬が安すぎて、独立しても食べていけそうにない」という不安を耳にする。教育・コンサルティングといったサービス分野では、高齢者が活躍するほど市場全体が低価格化して優秀な若手が市場参入を躊躇(ちゅうちょ)し、結果的に市場の発達が妨げられる。悪貨は良貨を駆逐するのである。高齢者が働かない選択肢を尊重せよ 成功体験を振りかざす高齢者や、「安かろう悪かろう」の高齢者は、「現役世代の評判が悪いから、すぐに淘汰(とうた)されるのでは?」と思うかもしれない。しかし、意外とそうでもない。日本では、コンサルタント・社外取締役・研修講師の起用を決定する経営者や幹部社員の多くが高齢であり、自分も近い将来そういう立場になりたいと考えているから、彼らに対してとてもフレンドリーだ。特に、社外取締役は、東証が社外取締役の導入を上場企業に事実上義務付けたことを契機に、高齢の経営者同士がお互いにポストを融通し合う「老人互助会」というべき状況になりつつある。 はっきり言って、タイプAもタイプBも好ましくない。ならば、高齢者はどう働くべきか。 まず、高齢者が「働かない」という選択肢をもっと尊重するべきである。最近、国を挙げて高齢者が働くことを勧めているが、現役時代にしっかり働き、経済的な余裕を確保し、ゆっくり老後を楽しむというのは、王侯貴族か先進国の成功者にしか許されない恵まれた生き方だ。戦後日本経済の成功の証しと言って良い。「高齢者でも働くことができる」という反論の余地のない主張が「高齢者も働かなくてはならない」に転化してしまうことがないよう、注意したいものである。 もし高齢者が働くなら、第三の働き方としてタイプCを提唱したい。<タイプC>高スキルで、イノベーションを生み出すことを目的に、知識労働やマネジメントに従事する。 タイプCは、高スキルという点はタイプBと同じだが、社会参加を目的とするのではなく、イノベーションの創造を目指して働くというのが特徴だ。イノベーションとは、新商品・新技術・新事業など、何らかの新規性のある事柄を指す。イタリア人指揮者と語り合うクオンタムリープの出井伸之代表取締役(右) =2017年5月、東京都港区のイタリア大使公邸 ブックオフの創業者、坂本孝氏は引退後70歳を超えてレストラン事業を始め、「俺の」をヒットさせた。ソニーの社長・会長だった出井伸之氏は、引退後はソニーを離れてクオンタムリープを創業し、イノベーションの創造に尽力している。二人は、社会貢献とは言わず、真剣勝負でビジネスに取り組んでいる。真剣勝負の中からイノベーションを生み出し、世の中に新しい価値をもたらし、結果として社会に貢献しているわけだ。 マックス・ウェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の中で、プロテスタントが禁欲的に労働に励み、利潤追求を目指したことが、結果として資本主義を生み出したことを明らかにした。自分の仕事が社会貢献になるかどうかは、結果として分かること、社会が判断することである。高齢者活躍が本当に社会にとって良いことなのか、高齢者の社会貢献とは何なのか、改めて考えるべきだろう。

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    「人生100年時代」はっきり言って、そんなの無理です!

    う。2018年2月16日、高齢社会対策会議であいさつする安倍首相 日々、目の前の仕事に必死であり、「働き方改革」という錦の御旗もむなしく、実態は隠れ残業で長時間労働を強いられているような彼らが、さらに自分磨きまで強要されたら…。「そんなの無理!」というのが本音ではないだろうか。 長期的視野に立つ人生設計から不老社会を説く発信は、今後も増えていくだろう。ただし、「個の啓蒙(けいもう)」と「国づくり(社会保障の制度設計)」とでは目的が異なる。だからこそ、この先「人生100年時代」という用語を目にしたら、「その発信主体は誰か」と注意深く確認することをお勧めする。

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    「老人を鞭打つ」ニッポンの働き方はここが変

    中岡望(東洋英和女学院大客員教授、ジャーナリスト) 少子高齢化は先進国の共通の問題になっている。特に日本の高齢化は顕著である。国連の調査(『世界人口予測―2013年版』)によれば、日本の全人口に占める65歳以上の比率は、2010年の23・0%から2050年には36・5%にまで増えると予想されている。 実は隣国である韓国の高齢化は、日本より急速に進んでおり、40年間に日本は13ポイント、韓国は24ポイントも上昇しているが、それでも2050年に65歳以上の人口が占める比率は34・9%と日本よりは低い。 そもそも人口の高齢化はさまざまな社会的、経済的な問題を引き起こす。まず、高齢人口の増加によって社会的な活力が喪失することは間違いない。さらに、高齢化に伴う生産年齢人口(15~64歳)の減少は国内総生産(GDP)の減少をもたらす。 それに対処するには、生産性の向上、女性の労働市場への参画の促進、65歳以上の非生産年齢層の動員、あるいは移民の受け入れしかない。最近、政府が保育園などの拡充を訴えているのは女性の就業を促進し、労働力を確保する意味合いもある。ちなみに2015年の女性の就業率は64・6%で、男性の81・8%を大きく下回っている。 また、高齢者の労働力化は別な意味でも喫緊の課題となっている。それは、高齢化は政府の財政負担の増加を招くからだ。高齢化によって政府の年金負担、健康保険負担は確実に増加し、財政赤字の拡大、財政の自由度が喪失することになる。高齢化に直面した国の政府は一様に退職年齢や年金支給年齢の引き上げなどの政策を打ち出している。※写真はイメージ(iStock) 安倍晋三政権の「一億総活躍社会構想」や「人生100年時代構想」も、高齢者が健康に働き続ける「不老社会」の実現を目指しているが、同時に財政問題に対処する政策の色合いが濃い。  言い換えれば、政府は高齢者にもっと長期間働き、もっと所得税を収め、それによって政府の年金負担や健康保険負担を軽減させようとしているわけである。老後の悠々自適は夢物語 では、日本の高齢者は現在、どのように働いているのだろうか。65歳以上の労働力率を見ると、日本の高齢者は海外の高齢者に比べると多く働いている。2015年の日本の高齢者の労働化率は31・1%であるが、アメリカは23・4%、カナダは18・0%、ドイツはわずか8・6%に過ぎない。 また、日本の高齢者が置かれている状況は、人生を充実させるために働くというよりは、働かなければ食べていけない状況を反映しているともいえる。例えば、高齢者の生活費に占める収入源を見ると、年金は66・3%と全体の半分以上占めるが、同時に仕事による収入比率も24・3%占めている。一方で、アメリカは、労働収入の比率は20・1%、ドイツとフランスはいずれも9・5%に過ぎない。 この統計から判断する限り、日本の高齢者は一部の富裕層を除き、働き続けなければならない状況に置かれているのである。年金で悠々自適の生活は夢物語であり、収入の不足分は何らかの形で働くか、消費水準を切り下げる以外に道はない。 だが、労働者の長く働きたいという思いとは逆に、日本では厳格な定年制が維持されている。多くの企業では60歳定年が普通で、場合によっては定年後に65歳まで再雇用という制度を採用している企業も多い。とはいえ65歳定年制を採用している企業は多くはない。 他の先進国を見ると、アメリカでは年齢を理由に雇用を制限することは禁止されている。カナダやオーストラリアも同様に禁止しており、イギリスでも2011年から定年制を廃止した。それは経済的理由というよりも、「働く権利」として定年制を禁止している面が強い。※写真はイメージ(iStock) ただ、定年を延期し、年金受給年齢を遅らせることで、高齢者が働かなければならない状況を作ることはできるかもしれないが、それは好ましい方法とはいえないだろう。 なぜなら、すでに述べたように、多くの企業が採用する再雇用制度は高齢者の労働意欲を高め、生産性向上につながるとは思えない。定年前の収入の半分で、かつての部下の下で働くというのは決して精神衛生上好ましいとは言えないからだ。こうした制度の背景には、日本の労働市場の硬直性があると思われる。 アメリカでは、年金受給資格を得たら、今の会社を辞めて、他の会社に移るか、自分で起業するのは当たり前である。先に触れたが、アメリカには定年制がなく、自分の維持で退社を決めることができる。転職も難しくなく、転職で大幅に収入を減らす必要もない。筆者の知人のアメリカ人も、年金受給資格を得たらさっさと会社を辞め、自分でIT関係の会社を設立し、現在でも活躍している。理想は「ソーシャル・ビジネス」 筆者はアメリカの大学で教鞭(きょうべん)を取っていたが、仕事を持った中年の学生が何人もいた。彼らは会社内での昇進や転職のために修士号の資格を取ろうとしていた。アメリカではミッド・キャリア(35~65歳)が会社を辞めて経営大学院に戻り、新たな仕事にチャレンジすることは普通に見られる。 アメリカの労働市場は極めて流動的で、年齢による雇用制限はなく、能力があれば仕事を得ることは難しくない。これも失業したアメリカ人の知人の例だが、彼は再就職についてまったく心配していないと言っていた。事実、すぐに次の職を得た。 年齢に関係なく、能力さえあれば、仕事があるというのがアメリカの労働市場の常識である。極めて流動性が高いだけに、高齢者でも大きな社会的ストレスを感じることなく転職でき、意欲さえあれば働き続けることができる。 こうした自由な労働市場は、逆に個人の自己啓発を促すことになる。会社と大学の間を行き来することで能力を高め、労働市場での価値を高めることができるのである。日本の大学と海外の大学を比べて堅調な違いが一つある。 それは25歳以上の大学入学者の比率である。日本はわずか2・5%だが、経済協力開発機構(OECD)平均では16・6%とはるかに高い水準である。ちなみにスイスでは29・7%に達している。オーストラリアは21・7%、ドイツでも14・8%と高い。 こうした事が可能なのは、労働市場の流動性が高く、高齢でも大学に行くだけの見返りがあるからだ。高齢なって大学や大学院で勉強し、知識を身に付ければ、企業は採用してくれるし、起業する道も開かれてくる。だが、日本のように新卒採用が主体で、中途採用も限られ、ましてや高齢者の採用が見込めない労働市場では、大学院に戻るメリットは極めて低い。※写真はイメージ(iStock) 日本では定年後、大学や市民講座に通う人も増えているが、その多くは趣味の域を出るものではない。あるいは健康を保つのが目的かもしれない。だが、「不老社会」で必要なのは高齢者と社会との結びつきである。多くの日本人にとって働くことは単に収入を得るだけでなく、「自己実現」の道でもある。 その意味で、「不老社会」の一つのあるべき姿は、単に企業で働くだけでなく、高齢者は自分の経験を生かし、さまざまな社会活動を行う「ソーシャル・ビジネス」に携わっていくことである。「不老社会」は、高齢者が自分で人生を選択する可能性のある社会でなければならない。

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    元生保マンが70歳で起業、定年退職者60万人の受け皿作る

    中西享 (経済ジャーナリスト) 毎年大企業の退職者数は約60万人。在職中は優れた技術やノウハウを持ちながら、退職すると生かす場所が見つからず、貴重な人材が埋もれてしまう。ここに目を付けて、仕事がしたいOB人材と、優秀な人材がほしい企業側との人材のマッチング(引き合わせ)に生きがいを見出し、これまでにない官民の知恵を集めた人材活用プロジェクトを創ろうとしている人物がいる。2月に一般社団法人「新現役交流会サポート(SKS)」を立ち上げた保田邦雄代表(71歳)だ。 企業OBの中には、ゴルフや海外旅行だけでは満足できず、世の中のために自分の持っている経験と能力を生かしたいと思っている人材が多くいる。内閣府が2013年に行った「高齢者の地域社会への参加に関する意識調査」によると、65歳以上の人のうち6割以上が働きたいと思っている。にもかかわらず、60歳以上の就業希望者のうち、1割程度しか職につけていないという。7割の高齢者が特に活動をせずに、日がなテレビを見て過ごしている状態だ。ハローワークやシルバー人材センターでは、能力を持っている大企業をリタイヤした彼ら(「新現役」と呼ぶ)にふさわしい仕事は見つけられない。 筆者も退職した際に東京都内のハローワークのパソコンで仕事を検索したことがあるが、60歳以上となると経験を生かせるような仕事はまったく見つからない。あるのは飲食業関連のパートや夜勤務の警備関連の仕事くらいしかない。 保田代表は中小企業庁などが進めている人材マッチング事業が、政策の掛け声倒れで単年度主義のため成果を出していない点に着目、生命保険に勤務していた時に金融機関とのつながりがあったことを生かして、地元の信用金庫を巻き込んで、2009年から手弁当で「交流会」を東京都内で試みてみた。「仕事をしたい企業OBに信用金庫、信用組合など地域金融機関と連携し取引先である求人側の中小企業とを引き合わせる『交流会』という手法で、そのOBの能力を活用できる場所を効率的に見つけ出せる」と力説する。 東京都北区、葛飾区で始めた最初のころは、あまり相手にされなかったが、「交流会」の実績が知れ渡るにつれて参加する企業と金融機関が増え続け、参加した企業は昨年末までで実に2695社にのぼり、支援が成立した件数(マッチング成功率)は50%を超す1378社に達している。人材のマッチング、中でも高齢者の場合は成功率が低くなりがちだが、当事者同士が対面してじっくり話し合える「交流会」があるため、成功率が驚くほど高くなっている。保田邦雄(やすだ・くにお)氏 「交流会」を実施している地域は、いまでは東京都全域から、さらに名古屋、関西、北部九州にまで広がり、「交流会」を開催した金融機関数は71の信用金庫を含む76金融機関にまで増えている。今年に入ってからは、信用組合の幹部もこの「交流会」の評判を聞きつけて、信用組合全体としてもこの「交流会」を積極的に活用し始め今年度開催決定を含めると84金融機関に拡大中だ。中小企業庁の担当者も信用金庫など地域の金融機関を仲介にした「交流会」を使ったマッチングを高く評価している。保田代表はこれまで自分でパソコンを使って資料を作るなど、マッチングの肝になる「交流会」の仕掛け作りに東奔西走してきたが、今後は組織的に手掛けたいとして社団法人を設立することを決意した。 「交流会」の最大のポイントは、仕事を求める企業OB、課題解決ができる人材がほしい中小企業のトップ、中小企業と取引関係のある信用金庫、信用組合など地域金融機関による「3者面談」による本音のやり取りだ。企業OBが人材データベース(DB)への登録に基づいて人材を求める会社と面談して、要望が合致すれば、「新現役」としての仕事を得ることができる。「交流会」の場には求人する側の社長らトップが出席するため、企業OBも仕事内容について遠慮なく聞ける。このため、ハローワークなどに多い実際に働いて見て、こんなはずではなかったというミスマッチングになる事例はほとんどないという。信用組合が注目 仲介する金融機関の担当者は、「交流会」に立ち会うことで、取引先の実情、課題や事業の将来性、可能性についてトップから直接に話を聞ける。新しい人材が加わったことで融資先の中小企業の業績が好転すれば、地域金融機関としてはのどから手が出るほどほしい新規融資の拡大にもつながる。「交流会」は中小企業、企業OB、地域金融機関をハッピーにさせる「一石三鳥」の効果がある。 仕事を得た企業OBは、体調も考慮して週に2~3回マイペースで働けばよい。中小企業庁で予算がついていれば、最初の支援3回分は補助金が支払われる。企業側がこのOBの能力を評価し、OBとも意思が合致すれば、新たに雇用や業務委託契約関係を結んで「再就職」につながるケースもあり、企業OBはまさに「無尽蔵の人材の宝庫」(保田代表)と言える。 中小企業に対する経営指導と言うと、中小企業診断士という国家資格者やコンサルタントがあり、それらのアドバイスを受けている中小企業は多い。だが、その多くは実際の実務経験のない座学に基づくものが多く、中小企業経営者からは「診断を受けても期待外れ」という声が聞かれる。「交流会」に参加する「新現役」の多くは、診断士の資格はなくても得意とする分野に関しては誰にも負けないほどの技量を持った人材が多い。 東京都信用組合協会の八木秀男専務理事は「お金を貸すだけの地域金融機関から、中小企業を『育てる』金融機関への役割の変更が求められている時代の流れの中で、『交流会』は取引先のニーズに答えられるものだ。信用組合の職員も『交流会』で取引先企業のトップから経営課題を直接聞くことができて貴重な勉強の場になっている。これを是非とも定着させていきたい」と、高く評価する。9月21日には都内の主要な6信組と、60企業が参加する大規模な「交流会」の準備が進められており、その成果が注目される。 東京都内に支店網を持っている大東京信用組合の品川支店は昨年11月に開催した「新現役交流会」へ、取引先であるスーパー「平野屋」を経営する堀江新三社長に参加を呼び掛けた。堀江社長はあまり気が進まなかったが渋々参加して、「新現役」8人と面談した。その中から三菱商事をリタイヤして小規模なスーパーの顧問をしている71歳の「新現役」に経営指導に来てもらうことにし、3回にわたりアドバイスを受けた。大東京信用組合で行われたマッチングフェア 厳しく指摘されたのが、店内での部門同士のコミュニケーションが十分でないことだった。堀江社長は地元商店街の仕事などが忙しくて、店の経営を店長などに任せてきた結果、責任体制が明確になっていなかった。家族主義的な経営手法から、社長自らが社員に対してきちんと指示を出すべきだと直言された。堀江社長はこれまでコンサルタントなどに実務に基づかない指導が嫌いなため、部外者からアドバイスを受けなかった。しかし、近くにできた有力スーパーに客を奪われたこともあって、この数年間は売上が落ち込んでおり、「この減少を何とか食い止めなければと思っていたので、貴重な指導を受けて大いに参考になった。長年続けてきた家族主義的なやり方を急に変えるのは難しいが、指摘されたことを少しずつ実践しようと思う」とアクションを取ろうとしている。 「交流会」に同席した大東京信用組合の菊島健二・品川支店長は「社長の話を通じて取引先の現場と中身を知ることができて、デスクワークだけでは分からない店の実態を理解できた」と話す。思いもかけない人材 「交流会」を契機に予想外の海外展開に手掛かりを得られた中小企業がある。品川区にある「フェラーリ」「フィアット」などイタリア車の自動車部品を取り扱う「ビオリー」(従業員20人)の久地岡正義社長が地元の信用組合の紹介で「交流会」に出てみたところ、イタリアの航空会社アリタリアに38年間勤務して退職した「新現役」の宅間武雄さん(68歳)に遭遇した。ローマにも駐在経験があり、現地での交友関係が広いことが分かり、3回の無料支援のあと早速、雇用契約を締結した。 久地岡社長は「『交流会』は思っても見ない素晴らしい人材との出会いだった。これまで国内仕入では困難な古い車等の部品調達やその輸送コスト軽減を考えていたところだったので、4月に宅間さんにイタリアに飛んでもらい、部品の卸企業と交渉した」と話す。部品の発注はこれまでは、日本の大手部品会社を通して発注していたが、宅間さんのおかげで、イタリアの卸会社と直接購入できるルートが開拓できた。これにより、「ビオリー」の顧客に対する信頼性が増し、社長の念願である増収増益にもつながる可能性がある。 仲介した大東京信用組合の柳沢祥二理事長は「取引先の企業を手助けするために『交流会』は役立っている。地域の取引先にも『交流会』の良さを分かってもらうために動画を作成する」と、この手法にほれ込んでいる。 保田代表は「各地で開催される『交流会』では、こうした思いもかけないような『宝の人材』に出会えることが数え切れないほどある」という。 東京都板橋区で理美容師向けにハサミなどを手作りで製造している「ヒカリ」の高橋一芳社長は、12年に地元の滝野川信用金庫に誘われて仕方なしに「交流会」に参加したところ、ホンダを定年退職したエンジニアで、現役時代には2足走行ロボット「アシモ」の開発に携わった西川正雄さんと出会った。経済産業省総合庁舎。中小企業庁は別館に入っている=2001年5月 30人の職人が働く同社は、繊細な手作業が求められるプロ向けのハサミが作れるようになる技術の習得は経験と勘に頼っていたため10年も掛かっていた。それを西川さんが開発した道具を使うとわずか1週間でできるようになり、高橋社長は「『交流会』に参加したことで、思っても見なかった貴重な人材にめぐり会えた」と手放しの喜びよう。80歳になる西川さんは現在も週に1回ほど技術面のサポートをするため顧問として出社、ハサミを製造する機械の開発に携わるなど同社に取ってなくてはならない存在だという。 保田代表が起業した最大目的は、「無尽蔵」にある企業OBという人材の「宝の山」を「交流会」を介して民間企業にマッチングするための全国レベルでのシステム作りだ。そのために必要なことは、「どこからでもアクセスできる新現役データベース(DB)を構築して、登録者数を増やすこと。できれば3年以内に10万人以上にしたい。求人企業数も1万社が目標だ。これだけのDBが整備できれば、このDBと『交流会』を組み合わせることで、年間5千人以上の『新現役』とのマッチングを生み出し、人材難の中小企業に対して力強いサポートが可能になる」と期待している。 「新現役」を登録するDBの制度は2003年に中小企業庁が作りクチコミで全国の企業OB約1万2000人が登録した。しかし、民主党政権の10年にこの制度は十分な新現役の活用手法や課題をもつ中小企業がシステム的に発掘できなかったこともあり「事業仕分け」で消滅してしまった。その後、保田代表の呼び掛けなどにより関東経済産業局管内で再び企業OBの登録制度と地域金融機関との交流会を開始、約1500人が登録した。しかし、人材登録制度が機能するためには地域金融機関とシステム的な連携と、交流会のような仕組みしかけ、多様な職種、能力を持った豊富な人材の登録数が求められる。地域金融機関との連携強化 このため、「1500人程度の登録人数では、地方で交流会開催を希望する金融機関や企業、新現役のニーズを満たすことはできない。また、地方都市は大都市に集中している、経験、技術、知識、知恵、人脈を持つ人材を必要としており、加えて中小企業の海外展開には、JETRO(日本貿易振興機構)、JICA(国際協力機構)だけでは地方のニーズはまかなうことが難しい。全国レベルでの人材の行き来が可能なシステムが地方創生にも不可欠である」と主張する。 現在は約4100人の企業OBが登録しているが、保田代表は「これではまだ不十分で、DBの裾野を拡大することで、より広範囲の人材マッチングが可能になる。そのためにも、中小企業庁など国が主体の全国レベルで人材登録ができるようなDBを作ってほしい」と訴えかける。  もう一つのキーワードはこれまで築いてきた地域金融機関との連携だ。これまで、信用金庫、信用組合と連携してきたが、保田代表は「今後はさらに連携の範囲を広げて、第二地方銀行なども含めた、いまの3倍以上の250以上の金融機関との連携を目指したい」という。「交流会」を通じて地域金融機関が中小企業と深いつながりができれば、担保を取って貸し出すという従来の融資方式から、金融庁の森信親長官が掲げている「融資先の事業性評価」にも役立つ可能性がある。融資先の開拓に苦労してきた地域の金融機関にとって、伸びる可能性のある有望企業の発掘にもつながる。 中小企業庁は、13年に中小企業・小規模事業者の未来をサポートするためのサイト「ミラサポ」を創設した。中小企業に関する相談窓口を想定、このサイトを通じて中小企業者の経営相談、情報交換の場を目指してきた。 しかし、同庁が当初想定していた活用には、発展していないようである。新現役の登録数(DB)を増やすことと金融機関と連携した交流会で、中小企業が支援を受ける仕組みを活性化させ、ミラサポとの連携で双方の活性化が図れないかと中小企業庁の担当者と活用方法について話し合っている。保田代表は「国が作った制度を利用すれば信用力があるので、『ミラサポ』との連携を模索したい」と意気込んでいる。2013年12月、中小企業支援サイト「ミラサポ」の活用について、活発な意見交換が行われた大阪市内でのパネルディスカッション 厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所が4月10日に発表した「将来推計人口」によると、働き手に当たる15歳から64歳までの生産年齢人口は、いまの7728万人から50年後には4529万人と4割も落ち込む。人口の5人に2人が65歳以上の高齢者になる勘定で、この人口構成の元で日本経済が底割れしないためには、どうしても高齢者の労働パワーを活用していかざるを得ない。 人口減少時代を迎えて、あらゆる業種で深刻な人手不足の続く日本経済。定年でリタイヤしたとはいえ、60~65歳という年齢はまだ十分働ける年代だ。 実際「交流会」で活躍している新現役の中心層は、65才~75才でありこの人材を定年で区切って埋もらせておくのはもったいない。 陰りが見える日本経済を蘇らせるために大企業の業績を回復させることも必要だが、全国に380万社ある中小企業(このうち325万社が小規模企業者、16年版中小企業白書)を元気にさせない限りは、安倍政権が掲げる地方創生は実現しない。そのためには、まだまだ元気で働ける大企業をリタイヤした「新現役」を積極活用することを国策として推進すべきだ。経産省、中小企業庁、金融庁、総務省など「霞が関」の中央政策官庁は、縄張り意識を捨てて、誰でも登録ができる「人材DB」を構築し、「交流会」というマッチング手法と「地域金融機関」をフルに活用して、企業OBのサポートにより日本全体を底辺から再生させてほしい。

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    1億総活躍社会 高齢者は劣悪な労働環境に放り出される

    働かせて税金も保険料も納めさせるプラン”である。 自民党・一億総活躍推進本部の「65歳以上のシニアの働き方・選択の自由度改革PT」は〈高齢者〉の基準を見直すべきとの提言をまとめた。 そこでは、〈65歳までは「完全現役」、70歳までは「ほぼ現役」、65歳~74歳までは「シルバー世代」として、本人が希望する限りフルに働ける環境を国・地方・産業界挙げて整備し、「支え手」に回っていただける社会の構築を目指す〉と本音を隠そうともしない。 問題は、“年寄りももっと働け”と煽り立てる一方、その労働環境整備が後回しになっていることだ。 60歳以上で働く人の圧倒的多数は非正規雇用だ。中小企業では、「定年前とほとんど同じ仕事をしているのに、雇用形態は嘱託になり賃金は半減した」(都内に住む60代男性)といった批判が後を絶たない。松山1億総活躍相(左から2人目)=2018年1月 本当に60歳以上の労働力を活用したいなら、年齢にかかわらず能力が給料に反映される「同一労働同一賃金」の導入が不可欠だが、その歩みは立ち後れている。 昨年12月に政府が公表した「同一労働同一賃金ガイドライン(指針)案」では、正社員と定年後の再雇用者の仕事内容が同じ場合に賃金差を認めるのか否かについて、「検討を行う」とするだけで、肝心なところを曖昧にした。 安倍政権はこの秋の臨時国会に、労働契約法改正案などの働き方改革関連法案を提出する予定だという。しかし改革が中途半端に終われば、“年寄りは現役時代から激減した賃金のまま働き続けろ”という状態で放り出されることを意味するのだ。【関連記事】■ 働く高齢者から収奪した在職老齢年金1兆円が政府の埋蔵金に■ 定年後は葬式へ行くな 香典は痛い出費で無駄な義理は不要■ 小泉進次郎氏 子育て財源のため「年金返上を」と言い出した■ 貧困高齢者 介護費捻出のため熟年離婚ならぬ“晩年離婚”も■ 公務員に65歳完全定年制導入で生涯賃金4000万円増

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    ホンダカーズ千葉「不条理なジタハラ」の悲劇はなぜ起こったか

    黒葛原歩(弁護士) 最近、「時短ハラスメント」(ジタハラ)という言葉がよく聞かれるようになった。見た目上、従業員の労働時間を短縮していると見せかけるために、仕事の総量を減らさないまま、定時になったら会社から追い出すというような経営者・上司の行動のことを指すようだ。 時短ハラスメントが起こっている現場では、「従業員が会社で行う仕事の時間」が減るだけで、仕事そのものは減っていないので、従業員が持ち帰り残業を強いられたり、中間管理職にしわ寄せが行くなどの弊害が生じる。そもそも時短は、従業員の生活時間を確保したり、健康を維持・増進するために行うものなのに、これでは何のための時短なのか分からない。 形だけの時短を実現しようとして中間管理職に過大な負担がかかった末に、過労自殺という悲惨な結果が生じた事件があった。それが、当職が伊藤大三朗弁護士とともに受任し闘ったホンダカーズ千葉事件である。 この事件では、ホンダカーズ千葉(ホンダ系列の販売会社)の元店長が、部下の残業時間を減らすため、自らが部下の分の仕事を引き取り、持ち帰り残業等も行うなど、極めて長時間の労働を強いられていた。結果、元店長は精神疾患を発症し、最終的に自殺に至った。千葉労働基準監督署は元店長の自殺は過大な仕事が原因であったことを認め、元店長の自殺を労災と認定した。遺族による民事訴訟では和解が成立し、会社側は元店長の自殺の原因が過大な業務による心理的および身体的負荷を受けたことにあったということを認めた。訴訟の和解成立を受け、会見する男性の遺族側代理人弁護士=2018年1月17日、千葉県庁(永田岳彦撮影) 事件は広く報道され、多くの方々がSNS等で、この元店長の置かれた境遇に対し同情的な声を寄せてくださった。その中でも、次のような声が非常に多かった。「うちの現場でも、全く同じことが起きている」 時短を実現しようとして、かえって一部の人に過剰な負担をかけ、揚げ句、過労死に至らしめる。このような悲劇は、2度と繰り返されてはならない。管理職は「定額働かせ放題」ではない 時短を正しく実現するために必要なことは、なんといっても、今ある労働基準法をきちんと遵守することである。 現行の労働基準法において、長時間労働は、割増賃金制度によって抑制されると考えられている。余計な賃金を支払いたくないなら、残業をさせるな、というわけである。ふつう、仕事の時間が8時間を超えれば、集中力は落ちるし効率も悪くなる。ところが経営者は、そのパフォーマンスの落ちている仕事に対して、余計な割増賃金まで払わなければならない。 合理的な考え方をする経営者なら、新たに人を雇って1人の労働者にかかる負担を減らそうとするだろう。これが残業代を通じた長時間労働規制の考え方である。 ところが、この残業代による長時間労働抑制が十分に機能しているとは言い難い。わが国では、どういうわけか、「管理職には残業代を払わなくても良い」という誤解が広く蔓延(まんえん)しているせいである。 たしかに、労働基準法上、「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)については、必ずしも残業代の割り増しなどをしなくても良いとされている(労基法41条2号)。しかし実務的には、「管理監督者」に当たるとされる労働者の範囲は極めて狭い。実際の残業代の裁判において、この「管理監督者」に該当するとされた例も極めて少ない。法的観点から言えば、ほとんどの場合、中間管理職に対しては、きちんと残業代を支払わなければならない。※画像はイメージです(iStock) また、「管理職手当」という固定残業代を払ってさえいれば、何時間でも働かせ放題だという誤解もみられる。しかし、固定残業代が有効な残業代の支払いだと認められるためには、その残業代の何時間分の労働時間に当たるか明確化されていなければならない。実際の労働時間が、固定残業代でいわば「前払い」した時間分を超過した場合には、超過分を清算しなければならないというのが、法的には一般的な考え方である。管理職手当を払えば「定額働かせ放題」になるというわけではない。 前述したホンダカーズ千葉の元店長と同じような立場にある方にできるアドバイスとしては、経営者に対し、人員増を行う、業務量そのものの抑制を図る、きちんと働いた分の賃金を要求するなど、「正しい時短」を求めるべきである、ということである。特に残業代請求がきちんと行われるようになれば、経営者は余計な仕事を増やさないために、業務量の抑制に努めるようになるはずである。わが国では、残業代不払いの頻度に対し、これが裁判などで是正される例がまだまだ少ない。幸い、法科大学院や司法試験受験で労働法を勉強し、労働者の味方となって闘うことのできる弁護士の数は増えてきている。職場で行われる「不条理な時短」に対抗するためには、しかるべき賃金の請求を行うことである。「時短せよ」と命じて実現するほど甘くない 経営者に求められるのは、仕事量や人員数、業務効率そのものの改善なくして時短の実現はあり得ないという正しい認識である。中間管理職に時短をせよと命じさえすれば時短を実現できるという甘えた考えを持つことは、厳しく戒められなければならない。 正しい時短を実現するためには、時に厳しい決断を迫られることもある。やろうと思っていた事業拡張ができないという場面もあるかもしれない。しかし、時短の向こう側にあるのは、労働者の健康であり、生命である。はかりにかけるものを間違えてはならない。一人一人の労働者の向こう側には、それぞれの知識・経験・顧客からの信頼があり、それはかけがえのない会社の財産であって、失われたら取り戻すことのできないものである。 ホンダカーズ千葉事件において、亡くなられた元店長は、非常に優秀な営業マンだった。ホンダの優れた車をたくさんお客さまに売り、会社からも顧客からも喜ばれる存在だった。その元店長は、新規店舗開店という業務のために過重労働を強いられ、帰らぬ人となった。※画像はイメージです(iStock) ところが、実はこの新規店舗から約1・5kmしか離れていないところに、既存の別店舗があったのである。どうして経営者が新規出店の判断をしたのか、私には知る由もないが、元店長が亡くなられた今となっては、「その出店、本当に必要でしたか?」と思わずにはいられない。それに、出店なら人員に余裕が出てきたときにやり直しがきくが、元店長が持っていた知識・経験・顧客からの信頼は、取り返しのつかないものである。結果、会社は、もはや1分も働くことのない元店長のために、賠償金の支払いをすることとなった。「誤った時短」が、経営判断としても誤りであったことは明らかと思われる。 人を守ることこそが、ひいては会社を守り、経営を守ることであるのだということを、世の経営者の皆さまには、肝に銘じていただきたいところである。

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    裁量労働より怖い「時短ハラスメント」

    国会論戦は裁量労働制の適用拡大をめぐり与野党の攻防が続くが、働き方改革の号令一下、労働時間短縮を求められた企業では「ジタハラ」という新たな悩みも抱える。「早く帰れ。でも結果は出せ」。具体的な解決策もないまま現場に丸投げする企業も後を絶たないという。ニッポンの働き方はこれからどうなるのか。

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    ジタハラは「サービス残業の強要」と心得よ

    田岡春幸(労働問題コンサルタント) 今国会で、働き方改革関連法案(改正労働基準法ほか)が議論されている。早ければ、今国会で成立し、2019、20年には施行される見通しとなっている。 これまで、日本の「病巣」とされてきた長時間労働は、結果として「KAROSHI」(過労死)という言葉に凝縮され、働き方改革は、いかに労働時間を短縮していくかということを主眼としている。これは、労働者の健康管理という側面から必要なことであることは間違いない。 ただ、働き方改革により、政府の試算では、年間4~5兆円の残業代が削減されるとしている。企業にとっては内部留保が増えるかもしれないが、景気や消費に与える影響は大きい。なぜなら、労働者には実質の賃下げともなり、消費が冷え込む可能性もあるからだ。大体消費税1%分に相当するとみられ、このことを踏まえて、安倍晋三首相は、今春闘に向けて3%の賃上げを企業に要請しているのではないかと考える。 そもそも、長時間労働は、本当に悪で、労働時間減(短縮)が善なのだろうか。確かに働いた分の賃金がしっかり支払われないことは、あってはならない。サービス残業は根絶させなければいけない。本来は、ここをしっかり是正していく必要がある。特に長時間労働でも生産性が向上しない場合は論外である。ダラダラと残業代が欲しいがための残業は絶対に認めるべきではない。 しかし、業界によっては、技術向上のためにどうしても習得しなければならない技術がある。この練習時間まで削り労働時間を削減しろというのは労働者のキャリアアップの側面からも問題ではなかろうか。技術力が落ちれば、当然その企業の利益が減少する。日本経済の停滞にも繋がってくる問題である。(iStock) むしろ企業側が技術練習料を払ってもいいくらいである。働いただけ将来の身になってくるからだ。このままでは、かつての「ゆとり教育」と同じ失敗をする可能性が高い。なれの果ては、技術大国日本の看板を下ろさなければいけなくなる。 そもそも、働き方改革で業務見直しを行わず、残業時間削減だけを行えば仕事が定時に終わらない可能性がある。それでも労働時間削減をお題目として、定時に帰らされる現象が起こる。これを今、「時短ハラスメント」と呼び、多くの企業で蔓延(まんえん)しているようだ。 時短ハラスメントとは、職場において業務時間の短縮を強要し、何があろうと仕事を「時間内に終わらせろ」「残業はするな」と強要するハラスメントである。組織全体のことを考えないと起こりうる現象である。 たちが悪いことに、労働時間を短くすることを強制されながら、業務量は減らない。業務時間中に無理をするか、残業代が払われないことを覚悟しながら持ち帰って作業するしかなく、結果として労働者の不利益になる。労働者はどこかで無理をしなければいけなくなる。 時短ハラスメントは、結果的にサービス残業を強いることになり、一見では分からないが、本来健全であった企業を「ブラック企業」に変えてしまう恐れがあるのだ。では、なぜこのようなことが起こってしまうのだろうか。働き方改革で企業風土が消える? まず、適切な人員配置ができていない。さらに、過度なノルマ設定、行き過ぎた成果主義になっているといった大きくこの二つの理由が考えられる。また重要なのは、管理職が部下の能力の把握や仕事のマネジメントをしていないためである。労働時間の中身(どのような仕事をどのくらいの量・期間でこなしているか)を知らずに掛け声だけでやろうとしていることが多いのではないか。単に時短を叫ぶだけでは、管理職にマネジメント能力がないと言っているのと同じである。 では、どのようにして時短ハラスメントが起きない組織にしていけばよいだろうか。上司が部下の労働時間の管理と中身、仕事の進捗状況を把握し、一緒に考えていくことが重要である。部下は上司に逐一仕事の状況を報告する必要が出てくる。組織としては、人事考課や評価制度を変えていく必要があるのではないだろうか。 現状、「労働時間×営業数字」という評価を採用している企業が多く、評価が労働時間至上主義になっている。労働時間を削減したい場合は、ここを改める必要がある。給与(評価)が下がってまで早く帰ろうと考える労働者はいないだろう。これが、長時間労働を生み出している一つの要因であることは間違いない。 また、労働時間に寄与しない評価基準を今後作成していく必要がある。労働時間を評価から外すことで、真の意味での自由な働き方(働きたい人は働き、多く働かない人は自分のペースで働くこと)が可能になるのではないかと考えている。 時短ハラスメントをしいている企業は、サービス残業を強いているとの認識を持ってもらいたい。サービス残業をさせないためには、組織マネジメント能力が必要になってくることを理解しなければならない。(iStock) やはり、働き方改革で長時間労働を画一的に禁止すると、日本企業の組織体系が画一的になる可能性がある。どこの企業も同じ組織マネジメントをやり、個性がなくなる可能性もある。「企業風土」と呼ばれるものがなくなる可能性も否定できない。もっと企業の自主性に任せたらどうだろうか。 当たり前だが、仕事は内容によって必要な時間は異なる。はたして業種や企業規模を問わずに一律同じ内容の規制でいいのだろうか。何人も「働きたい権利」は、奪うことができない権利だと改めて認識すべきである。

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    日本でジタハラが減らない「お客様は神様」の壁

    はない 日本の時短ハラスメントの原因は、仕事量は減らないのに、政府やメディアが喧伝(けんでん)する「働き方改革」のために、管理職が時短をも実現するプレッシャーにさらされていることだ。 これに対しドイツでは、全ての管理職・社員が「1日の労働時間は10時間まで。土日は働かない」および「1年に30日の有給休暇を完全に消化する」という前提の下に、仕事の段取りを行っている。万一、臨時の仕事が入った場合、社員は「1日10時間までの仕事では、この仕事を納期までに仕上げることは不可能です」と正直に上司に相談する。できないことはできないと正直に上司に告げることは、ドイツでは恥ではないのだ。 ドイツは個人主義が強い社会だ。彼らは長時間労働によって体を壊してまで、企業に奉仕しようとは思わない。仕事を一人で抱え込んで、心身のバランスを崩したら元も子もない。部下から「納期に間に合わない」と告げられた上司は、他の課に応援を頼むなどして、一人の肩に過重な負担がかかることを防がなくてはならない。(iStock) またドイツの管理職は、部下の健康や安全について配慮する義務を負っている。「Fürsorgepflicht(保護義務)」と呼ばれるこの原則も、管理職が時短ハラスメントを行わない理由の一つだ。したがって、上司が新入社員を毎日2時間の睡眠で働かせるようなことはあり得ない。若者たちが、過重労働のために心身のバランスを崩し、自ら命を絶ったり、第一線で働けなくなったりすることは、社会にとって大きな損失である。 ドイツは「能率主義」と「成果主義」の国だ。「頑張る」という言葉はドイツ語にはない。厳しい労働条件に耐えさせて、企業人としての根性を植え付けるという、体育系クラブのような精神主義は、ドイツにはかけらもない。そんなことをしたら、ドイツの若者はさっさと辞めて、別の企業に移る。多くの大企業は、仕事の内容だけではなく労働条件の快適さによって、優秀な頭脳を集めようとしている。 もちろん、ドイツと日本の間には企業文化や商慣習に大きな違いがある。したがって、ドイツのやり方を100%コピーすることは難しい。「おもてなし大国」日本の上質なサービスをあえてドイツの水準まで低下することには、抵抗を感じる人も多いはずだ。 だが日本企業でも、できることはある。社内の会議や報告・相談・連絡にかかる時間を短くしたり、メールの数を減らしたりすることによって、無駄な仕事を減らすべきだ。さらにファイルの共有によって、「仕事が人ではなく会社につく体制」を築き上げることが、長時間労働や時短ハラスメントをなくすための第一歩になるのではないだろうか。

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    「勤務時間外メール禁止法」成立で賛否渦巻くフランス

    宮下洋一(ジャーナリスト) 日本では、連日「働き方改革」について報道されているが、フランスでは、1月1日、「勤務時間外メール禁止法」がスタートした。これは、勤務時間外に仕事用の電子機器の「電源をオフにする権利」を従業員に与え、過労やストレスを軽減させる目的でつくられた労働改革法だ。 スマートフォンの利便性にあやかる一方、仕事と私生活の境界線が失われ、労働者の不満が爆発した。職場生活の質とリスク回避を追求するコンサルティング事務所「エレアス」が実施した昨年10月の調査によると、労働人口の37%が勤務時間外メールへの対応に追われていると答え、幹部クラスになると、その数字が44%に上っていたことが発覚した。 歯止めのきかない状況の中、労働法第55条第3項にある「労働における男女平等と労働の質」が見直され、昨夏、オランド大統領の「働き方改革」の一環として、新法が改正労働法に組み込まれた。 同法は、従業員50人以上の企業が対象で、運用は各社の判断に委ねられる。メールやSMSなどが勤務時間外に送られてきても、読む読まないは社員の自由。メールを開封しなくても罰せられないのが特徴である。(iStock) ECサイト「プライスミニスター」に勤務するアレクシア・ルフブル氏は1日に数百通のメールを受信する。「仕事メールは、週末も含めて毎日、休まずに読める」と皮肉り、「敢えて、読まない時間を作らなければならない」と答えた。 同じく、勤務時間外メール禁止法が施行されたことで、恩恵を受ける労働者は多い。 テレコム会社「ウーロップ」に勤めるビルジニ・レブレ氏(32)は、公共ラジオに向け、「プライベートをきちんと楽しむことによって、仕事に集中でき、効率も上がる。働き続けるためのモチベーションになる」と話し、仕事のめりはりの重要性を訴えた。 しかし、デジタル情報化社会の中で、勤務時間外のメールに応じないことで生じる問題も懸念されている。 26万人の従業員を持つフランス郵政公社「ラ・ポスト」に勤務するフロリアン氏(42)は、こう話す。 「会社のメールに勤務時間以降に対応しない場合、緊急の郵便に間に合わないことがある。結果として、仕事が翌朝に溜まってしまう」 パリ大学のグザビエ・ジュニゴ社会学教授は、ラジオ局「フランス・キュルチュール」の番組で、「必ずしも、(仕事を忘れ)思考をオフの状態にしておくことが良いとも言えない。次にメールを開けた瞬間にもっとストレスになる可能性もある」と指摘した。 大手食品会社の元幹部、ジャン=ジャック・フレッジ氏(51)は、「従業員をデジタルハラスメントや燃え尽き症候群から守るためには画期的な法だ。しかし、立法者側がどれだけ各企業のマネジメントを理解しているかは、甚だ疑問だ」と示唆した。さらに「時差のある海外企業と取引があれば、この法自体がナンセンスになる」と釘を刺した。 今回の法律は、そもそも勤務時間外に残業することに対して、フランス人が日本人以上に抵抗感を抱いているからこそ成立した法律だと言えるのではないか。 労働時間を減らし、仕事から解放される時間を多く持つことが、果たして幸福の証なのか─。フランス人と日本人の労働に対する考え方には、根本的な違いがあるのかもしれない。

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    電通社員の過労死、労働時間より業務内容を見直せ

    員電車に乗らないだけでも精神的、肉体的に楽になるし、閑散期には週休2日にこだわらないようにするなど、働き方を見直すことも、精神的負担の緩和につながる。この事件を機に日本企業がよりよい方向に進むことを願ってやまない。

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    ニッポンの中間管理職は「ジタハラ」で地獄をみる

    働組合の勉強会で講演する日々が続いている。それだけでなく、経済団体からも講演依頼が増えている。皆、「働き方改革」の根本的・普遍的矛盾に気づき始めたからだ。 「働き方改革」については、厚生労働省が裁量労働制について検討した際のデータが不適切だった件が、国会で問題となっている。当初、2月中の予定だった法案提出も3月にずれ込むことが濃厚だ。 法案は長時間労働是正や、同一労働同一賃金、裁量労働制の拡大や高度プロフェッショナル制度などが抱き合わせになっている。包括的な対策だとしつつも、労使にそれぞれ「あめ玉」をしゃぶらせつつ、反対する項目を飲ませようという意図が感じられる。 しかし、「策士、策に溺れる」とはまさにこのことだ。一本化したがゆえに、与党は窮地に立たされている。2018年2月、厚生労働省のデータをめぐり希望の党の山井和則氏(左)に追及される加藤勝信厚労相(斎藤良雄撮影) これに限らず、「働き方改革」なる俗耳に馴染(なじ)むスローガンの正体が完膚なきまでに暴き出されようとしている。例えば、日本能率協会『第8回「ビジネスパーソン1000人調査」【働き方改革編】』では、約8割のビジネスパーソンが職場での「働き方改革」を実感していないということが明らかになった。 また、あしぎん総合研究所の『働き方改革に関する意識調査』によると、『働き方改革」の企業側の認知度は96・3%であるのに対し、就労者側の認知度は41・3%にすぎないことや、実際に取り組んでいる企業は57・3%となっていることが明らかになった。 「働き方改革国会」と言われる今国会だが、皮肉にもここ数年の「働き方改革」の矛盾がこの時期になって、明らかになっているのだ。この取り組みについての違和感を、労使の立場を超えて今、発信するべきではないか。 国会の論戦にも注目が集まるが、問題は「現場」で起こっているからだ。「働き方改革」が現場丸投げになる中、今そこにある問題が「時短ハラスメント(ジタハラ)」である。これは具体的な対策や配慮がないにも関わらず、現場丸投げで「残業するな」と圧力をかけるものである。 2016年12月には自動車販売会社の男性店長が過労自殺するという事件が起こった。のちに労災認定された。会社側から仕事を早く終わらせろと迫られる一方で、従業員は早く帰せといわれた末の事件だった。 ここには「働き方改革」の矛盾が凝縮されている。「働き方改革」の号令がかかる中、現場に丸投げされる。しかも、目標やミッションを変更させられるわけでもない。要するに、今までよりも速く走れと言っているようなもので、労働強化でしかない。400メートル走の選手に、100メートル走と同じペースで走れと言っているようなものである。「働き方改革」で進む労働強化 ここに根深い問題がはらんでいる。「働き方」を見直そうと言われると、総論では誰も反対できない。ましてや、過労死・過労自死などが起こってはいけない。育児や介護などに立ち向かわなくてはならない労働者も存在する。だから国をあげて「働き方」を議論すること自体は取り組むべきことである。 問題は、皮肉にもこの「働き方改革」なるものが、労働者を苦しめているという現実である。現場に丸投げになること自体から、経営者も納得していないのか、具体的な解決策が見えないことが伺える。 ナチスは「平和の維持」というスローガンのもと「戦争の準備」をすすめた。「働き方改革」の美名のもとで、ますます労働強化が進む現実をわれわれは看過してはならない。 では、どうすればいいか。必要なのは具体的な対策である。 「働き方改革」関連の記事を読むと改革に必要なのは「トップのリーダーシップ」「意識改革」などの言葉が並ぶ。これらの取り組みが必要であることを完全には否定しないが、これこそ「昭和の精神論」そのものである。だいたい、これらが足りないがゆえに改革が進まないのであるから、何も言っていないのと一緒である。珍妙きわまりない情勢認識であり、笑止千万の妄言だ。 これよりも、具体的な対策なのである。まず経営者がすべきは、リーダーシップなる美名のもとでの言いっ放しの号令よりは、具体的な投資である。オフィス、IT、人材に投資するのだ。その意思決定をするのだ。岐阜県内のサテライトオフィスで、画面を見ながら東京にいる社員らとやりとりするウェブ会議サービス会社の役職者 さらに、部門間の連動をトップが仕掛ける。よくこの手の件は、経営トップ、人事部、経営企画室などが推進するが、これらは上からの改革そのものである。だが、実は総務やIT、法務、広報などの連動が必要なのだ。さらには現場の巻き込みだ。現場でもプロジェクト化し、営業部門の中にも働き方改革委員を立てるべきだ。 経営者が管理職に、管理職からメンバーにという丸投げの連鎖を断ち切るためにも、各階層の育成は必要だ。特に管理職の疲弊が指摘されて久しい。彼らの育成とフォローこそ必要であろう。 単に働き方改革の号令だけではなく、役割分担のデザイン、多様な人材の登用、人材のスキルとマインドの向上、具体的な投資、そもそものビジネスの見直しがなければ「働き方改革」は成功しない。 いまこそ、「丸投げ」の連鎖による「ジタハラ」の発生を防がなくてはならない。そして、このような現場レベルの問題を政治家や官僚、経営者に問題提起すべきだ。