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    サッカー西野ジャパンに帯同する「謎の美女医」のカネとコネ

    ちのケアにあたり、国際試合ではベンチにも座る美女医。それが土肥美智子氏(52)だ。 「土肥さんは国立スポーツ科学センターに所属するスポーツドクターです。まだ女医が少なかった1980年代半ばに千葉大医学部に入った才媛で、卒業後は画像診断医として慈恵医大病院などでキャリアを積みながら、スポーツ医学の道へと進んだ」(サッカー協会関係者) 土肥氏は2008年北京五輪、2012年ロンドン五輪、2016年リオ五輪ではメディカルスタッフとして日本選手団に帯同した経験を持ち、日本サッカー協会の医学委員会のメンバーでもある。 「ハリルホジッチ監督のもとでW杯アジア最終予選を目前に控えていた2016年5月に“経験豊富なスポーツ医”という触れ込みで帯同ドクターとなりました。ただ、驚いたのはこの美女医が、その2か月前にサッカー協会会長に就任したばかりの田嶋幸三氏(60)の奥さんだったことです」(サッカー担当記者)出発セレモニーであいさつするサッカー日本代表の西野朗監督。右は長谷部誠選手=2018年6月2日、成田空港 「2人が知り合い、結婚に至ったのは十数年前だといい、当時、日本代表のチームドクターを務めていた慈恵医大の整形外科医の紹介だったそうです。現在もサッカー協会の顧問を務めるこのドクターが2人の結婚にあたっては仲人を務めた」(同前) ただ、いくらスポーツ医としての実績があるとはいえ、代表チームにはもともと、整形外科医のチームドクターとコンディショニングコーチが帯同している。そこに、わざわざ協会会長夫人である土肥氏が、内科医としてスタッフに加わる理由として、当初は「ハリルホジッチ監督がラブコールを送った」という話が強調されていた。 「土肥さんはフランスに留学経験があって語学も堪能であるため、ハリル前監督が求めていた“通訳を介さずに意思疎通できるメディカルスタッフ”の条件に合致したという話で、各紙そう報じた。土肥氏は明るくて周囲に気さくに話しかけるタイプなので、チームにうまく溶け込んでいたようです」(スポーツ紙デスク)不協和音が生じるチーム だが、そうしたなかで今年4月、田嶋会長が「コミュニケーションや信頼関係が多少薄れた」ことを理由に、ハリルホジッチ監督を解任すると発表し、事態は複雑になる。 後任の西野監督率いる日本代表では、当然ながら“フランス語が堪能なドクター”の必要性はなさそうだが、「もともと技術委員長としてチームに携わっていた西野監督ともウマが合うようで、親しいという話を聞く。ロシアにも帯同するとみられている」(前出の協会関係者)のである。  西野監督のもとでは、本田圭佑(31)、香川真司(29)らハリルホジッチ監督が代表から遠ざけていた“ビッグネーム”が招集される一方、海外で活躍中の中島翔哉(23)が外れたことなどに疑問の声も噴出している。 「協会の強引なやり方に疑問を持つ選手やスタッフも当然います。代表に帯同する会長夫人を“お目付役”と受け止める者も出てくる。本来、帯同ドクターはちょっとした体調の異変などを気軽に相談できる存在であるべきなのに、それが会長夫人のままで大丈夫なのか。 会長と名字が違うので、世間一般にはあまり知られていないが、仮にロシアで惨敗すれば田嶋会長批判が高まるのは確実で、この“身内重用”も問題になるのではないか」(同前) 不協和音が生じているチームのさらなる懸念材料になっているというのだ。 協会は土肥氏が帯同ドクターに選ばれた理由を、「内科医としての実績、国際大会における豊富な経験があることから、JFA医学委員会に推挙された」(コミュニケーション部)とする。田嶋会長の妻であることは選任と「一切関係ない」とし、日当は規定額を支払っているという。公益法人のガバナンスに詳しい慶応大学の中島隆信教授はこう指摘する。土肥美智子医師=2016年5月、千葉県内(撮影・斎藤浩一) 「そもそも、様々な税制優遇を受ける公益法人のトップである人の身内が、その法人から報酬を得て仕事を請け負うことに賛成できないし、ガバナンス上、適切だとは思えません。そういう採用をすると、何か問題が起きた時に客観的な評価や説明ができるのかが担保できなくなる。たとえば、医師としての診察に疑念が生じた時に、会長や周りにいる理事がそれを指摘できるのでしょうか。その人の能力の有無は別にして、身内の採用は避けるのが当然です」 協会は、土肥氏がロシアにも帯同するかは「5月31日のメンバー発表に合わせて決定する。現時点では決まっていない」とした。西野ジャパンで“選考基準”が問われているのは、選手だけではない。関連記事■ 本田圭佑が謎の投資セミナー 仮想通貨ビジネスに参画か■ かつての大阪球場 選手から客席の女性のパンツ丸見えだった■ 大谷翔平「風俗店に直筆サイン」騒動で球団が火消しに奔走■ サッカー西野朗監督に“マイアミの内紛”という暗い過去■ 南米の選手に澤穂希モテモテ 南米の美的感覚では澤は超美形

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    涙を見せたスター、ネイマールですら駒になる「最強ブラジル」の秘密

    小澤一郎(サッカージャーナリスト) 試合後のFWネイマールの号泣ぶりが、ブラジルの苦労とエースの苦悩を物語っていた。 今大会のブラジルは数ある優勝候補の中でも「本命」であり、南米予選での勝ち上がりと直前の親善試合を見ても、死角や弱点が少しも見えないほどの強さと安定感を披露していた。 それだけに初戦のスイス戦での引き分け発進は世界中を驚かせた。事実、ブラジルの引き分けスタートは、1978年大会以来40年ぶりだ。ここ9大会連続で初戦勝利を飾っていたのだから、引き分けスタート自体がブラジルにとっては負けに等しいネガティブなニュースだった。 スイス戦ではまた、ケガから復帰したネイマールのキレのなさ、パフォーマンスの悪さも目立った。大会直前のクロアチア(3日)、オーストラリア(10日)との親善試合では、ともにゴールを決めるなど復調をアピールしたが、スイス戦では強引なドリブル突破からのボールロストが何度もあった。 初戦後には再びケガやコンディション悪化のニュースが流れ、このコスタリカ戦前の出場も危ぶまれた。結局スタメンにはネイマールの名前もあり、特にコンディション面での仕上がりには注目が集まった。 対するコスタリカは、初戦のセルビア戦に敗れたとはいえ、「5−4−1」と後方に人数と重心を置くシステムで堅守速攻を打ち出すスタイルで、この日もブラジル相手に見事な戦いを見せるのである。 日本においては「ボールポゼッション(パスサッカー)=善」、「引いて守る=悪」というイメージや価値観が何となく根底に根付いているのだが、サッカーにおいては「絶対に勝てる」システムや戦術は存在しない。であるからこそ、チームや監督が採用するシステム、戦術の狙いを理解し、「狙いが戦いでうまく出ている」か「出ていない」か、という機能性を検証することが大切だ。 その視点で見れば、コスタリカがブラジル相手に用いたシステムと戦術は「機能していた」といえる。自陣で5−4のブロックを敷きながらも、ボールホルダーに対しては近い選手が躊躇(ちゅうちょ)なくアプローチに出て行って自由を奪い、「サイド<中央」という優先順位でブラジルのボール循環を外に追い出しながらサイドで数的優位を作ってうまく対応した。ブラジル―コスタリカ 試合終了間際、ゴールを決め喜ぶブラジルのネイマール。右はコスタリカのGKナバス=サンクトペテルブルク(共同) そうして、サッカーにおいて90分守り続けることが困難であることも理解した上で、特に攻撃重視となるブラジルの左サイドバック、マルセロの背後のスペースを突くカウンターを序盤から意図的に繰り出したのである。しかも、「決定機」という意味では、ブラジルよりも先にコスタリカが前半13分に作っている。 マルセロのサイドを攻略したMFガンボアからのクロスに、MFボルヘスがゴール前で完全フリーのシュートを打つ。ミートせず惜しくも枠を外れたが、決まっていればまた違った試合展開と結果が待っていたはずだ。 試合のスタッツ(データ)上、ブラジルが試合を「圧倒」したのは事実だ。ボール支配率は「66%対34%」、シュート数「23本対4本」、枠内シュート数「9本対0本」と全てブラジルに軍配が上がっている。ネイマール、涙の本当の意味 一方で、最終スコアも2−0にはなったが、ブラジルが90分を過ぎてアディショナルタイムまで得点を奪えなかったのもまた事実だ。この試合を放送した民放局だけの話ではないが、全般的に今大会を中継する日本の地上波においては、すぐに目立つ「個」を「チーム(戦術)度外視」でフォーカスしようとする。案の定、この試合でも「ネイマール対GKケイラー・ナバス」、「ブラジル対ナバス」といったテロップや表現が用いられていた。 確かに、ナバスは欧州サッカー連盟(UEFA)チャンピオンズリーグ3連覇という偉業を達成したレアル・マドリードの守護神で、「わかりやすい個」である。だが、超人的な反射神経から繰り出すシュートストップの前に「コスタリカがエリア内でシュートを打たせないような守備対応」をしていたことについては、中継でほとんど言及されていなかった。 一方、ネイマールだが、個人を評価する前に大会2試合をきちんと見れば、「ネイマールのコンディションがすぐ上がるものではない」ことを前提に、チッチ監督が左サイドのキャスティングやネイマール周辺の選手にうまくタスクを与えているのがよくわかった。 スイス戦に続き、この試合でも91分に貴重な先制点を奪ったMFコウチーニョの左インサイドハーフ起用がまさにチッチ監督のキャスティングの肝だ。コウチーニョも、キレが戻らず縦への突破のドリブルをあまり繰り出せないネイマールを見越して「ネイマールが空けたスペースに動き出す」タスクを忠実に遂行している。 ある意味で、ブラジルの本当の「強さの秘訣(ひけつ)」はコウチーニョほどの圧倒的な個、世界的スター選手がこうしたタスク、チーム戦術を徹底的に実行し、「駒として働く」ことを受け入れている点にある。 ネイマールに話を戻すと、コスタリカ戦の彼は足元でボールを受けるのみならず、相手DFラインの背後に抜け出すスプリントを何度か見せていた。これは彼のコンディションが上がってきている証拠だ。72分に相手のクリアミスを拾ってドリブルから惜しいシュートを放ったシーンにおけるドリブルの初動などを見ても、試合を重ねるごとにいいプレーを披露してくれるのは間違いない。 97分にネイマールは今大会初得点を奪ったが、MFカゼミーロが相手ボールを拾ってドリブルからカウンターを仕掛けた際、中央に待つネイマールは自分ではなく右で待つ「FWドウグラス・コスタにまずボールを出せ」というジェスチャーを出している。 実際、カゼミーロからコスタにボールが出た瞬間にうまく相手マークを外して中央でフリーとなるネイマールの動き出しは完全に「ゴールから逆算した完璧な動き」だった。ここでは2手だったが、ドリブル突破や華麗なボール扱いのみならず、2手、3手先の展開を読んで先読みした動き出し、ボールのないところでの駆け引きのうまさもネイマールの特長の一つだ。ブラジル―コスタリカ 後半、倒れこむブラジルのネイマール。PKがVARによる判定で覆された=サンクトペテルブルク(中井誠撮影) 一度はPKを奪いながら今大会初の「PK取り消し」となったビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)による判定や、イライラからボールを叩いてイエロカードを受けたことなど、ネイマールの「未熟さ」を指摘されるシーンはいくつかあった。それでも、試合後の涙の中には「ブラジルにふさわしい場所に導くことのできる最低限の自分」を取り戻したことへの安堵(あんど)感もあったに違いない。

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    フランス伝説の主将、デシャン監督が「後継者」カンテに求める戦術眼

    河治良幸(サッカージャーナリスト) 優勝候補のフランスが南米のペルーを相手に、難しい戦いを強いられながらも、19歳の新鋭FWムバッペが挙げたW杯代表最年少ゴールを守りきり、オーストリア戦に次いで連勝。勝ち点6としてグループリーグ突破を確定させた。 前半34分、中盤でボールを奪ったMFポグバを起点に長身FWジルーが仕掛け、ディフェンスにスライディングされながらもボールを折り返すと、そこにムバッペが飛び込んで合わせた。 早い時間帯にリードを奪ったとはいえ、ボール保持率が43%とペルーを大きく下回ったフランスの試合展開に、デシャン監督も「なかなかボールを持てなかった」と認めざるを得なかった。それでも、DFバランとDFウンティティのセンターバック2人とGKロリスが慌てることなくペルーの攻撃に対処できていたのは、バランスの取れた組織に加え、中盤である選手のディフェンスが非常に効果的だったためだ。 エンゴロ・カンテ。現在はイングランドのチェルシーに所属しているが、2015-2016シーズンには岡崎慎司とともにレスター・シティで奇跡的なプレミアリーグ優勝の立役者となった。そこからチェルシーで戦術眼を磨き、世界トップクラスのMFの一人と認められる選手だ。そのカンテにとっても初のW杯となるが、全く臆することなく持ち味を発揮して、エンジンがかかり切らないフランスを幅広く支えている。 そのカンテは「4-4-2」のフォーメーションで、ボランチを大型MFのポグバとともに務める。主にカバーリングを担当しながら、機を見て前での守備にも参加する。天才肌のポグバが持ち場を離れて周囲に絡めば、中盤の底を1人で守りながら危険の芽を摘んでいくという役割だ。ペルー戦で競り合うフランスのカンテ(右)=エカテリンブルク(タス=共同) 攻撃に回れば、シンプルにボールをさばくだけでなく、前に持ち出して相手のプレッシャーを吸収して、前を向いたサイドの選手に正確なパスを通すように、カンテが単なる守備的MFではないことは明らかである。実際、この日のフランスが作り出した、そう多くはないチャンスの大半に、カンテが起点や中継点として絡んでいる。 そうでありながらも、カンテが際立つのは、やはり守備での研ぎ澄まされたポジショニングと、ボール保持者へ的確にチェックしていくディフェンスだ。「攻め込まれているようで落ち着いている」 ペルーは「4-2-3-1」のフォーメーションのボランチにジョトゥン、アキノのMF2人が並ぶ。トップ下にはブラジルのサンパウロで10番を背負うMFクエバが構える三角形の布陣で、中盤のセンターが2枚のフランスより多い。その数的優位を生かして高い位置で起点を作ろうとするが、ことごとくカンテのチェックにあってしまった。 そのため、ペルーはボランチが深い位置にポジションを下げて左右のサイドにパスを展開し、そこから右サイドハーフのカリジョとサイドバックのアドビンクラが仕掛けて、前線のFWゲレロにクロスを送る。もしくは、左サイドのフロレスがワイドから中よりに流れて、カンテに寄せられる前にゲレロにパスを出すといった形に活路を見いだすことになった。 そこから何度かピンチもあったが、フランスがペルーにボールを持たれながら守備のブロックを維持してゲームをコントロールできたのは、中央でカンテとポグバが大きな働きをしていたため、ペルーが本来得意とする中央突破をさせなかったからだ。「攻め込まれているようで落ち着いている」という状況はそうして生まれていたわけだ。 51分には左サイドからボールを受けたアキノがディフェンスの手前から放ったミドルシュートがクロスバーに直撃するシーンはあったものの、ペルーの攻撃のキーマンであるクエバも、中央の高い位置でほとんどボールに絡めず、ボランチと同じ高さやサイドに移動して絡むことしかできなかった。 そこで、ペルーのガレカ監督はベテランFWのファルファンを入れて2トップ気味の布陣への変更を余儀なくされ、終盤にはクエバを下げて純粋なFWのルイディアスを投入するというパワープレーに出てきた。 そうした状況でも、カンテは運動量と機動力を落とすことなく中盤の起点を潰し続け、カウンターの起点としても機能した。最後はポグバに代わって入ったヌゾンジに中盤の底を預けて、周囲の守備をサポートする形で試合を締めくくることに成功した。 記者から「ゴールを決めたムバッペがマン・オブ・ザ・マッチ(MOM)を受賞したが、カンテがふさわしかったのではないか」と質問されたデシャン監督は、笑いながら「こういう賞はアタッカーの選手がもらうものだが、カンテはMOMに値する働きを見せてくれたと思う」と答え、その働きを絶賛したのである。主将としてフランス代表でプレーしていたデシャン監督=1998年3月撮影 元フランス代表のキャプテンとして、自国開催だった1998年のW杯に優勝した経験を持つデシャン監督。やはり中盤の守備的な仕事や攻撃面で、司令塔のMFジダンや前線の選手がプレーしやすい状況をサポートしていただけに、カンテの姿を自身の現役時代に重ね合わせているのかもしれない。 これでグループリーグ1試合を残して決勝トーナメントを決めたフランス。ここから優勝に向けて調子を上げていくだろうが、カンテの存在がますます大きな支えとなり、チームの生命線となっていくことは間違いなさそうだ。

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    東京と大阪、熱狂サポーター対決

    サッカー日本代表が南米の強豪コロンビアをW杯初戦で撃破した夜。iRONNAは、ロシアにいる選手たちに「全力」で応援を届ける熱狂サポーターたちを追った。東京と大阪、熱いのはどっち?!■動画のテーマはこちら

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    異次元の数字「56」が示す原口元気、究極の献身スタイル

    藤江直人(ノンフィクションライター) その両目にはうっすらと涙がにじんでいたようにも映った。強敵コロンビア代表を撃破する主審のホイッスルが、ロシア中部のサランスクの空に鳴り響いた瞬間だった。右MFで先発フル出場した原口元気(ハノーファー)は、ピッチ上にひざまずいてしまった。 精も根も尽き果てていたのだろう。走った。だれよりも走った。倒れてもすぐに立ち上がり、歯を食いしばってコロンビアの選手を追いかけた。ゴールはもちろん、アシストもマークしていない。放ったシュート数もゼロ。それでも、スプリント回数で実に「56」と異次元の数字をマークした、原口の献身的な頑張りを抜きには2大会ぶりの白星発進は語れない。 「次こそは絶対に自分が日本代表の中心となって、ワールドカップに出るだけではなく、ワールドカップで勝つための選手になりたいと思ってきました」 ロシア大会に臨む代表メンバー23人が、西野朗監督から発表された先月31日。会見場となった都内のホテルに偶然にも居合わせた原口が、日本サッカー協会(JFA)広報の粋な計らいもあって、隣接する部屋で緊急の囲み会見に臨んだ。その際に放った、第一声通りの90分間を演じてみせた。 出場資格があった2012年のロンドン五輪に続いて、14年のW杯ブラジル大会でもザックジャパンの中に名前を連ねることができなかった。そして、ロンドン五輪後あたりから、原口は自問自答を始めている。「自分に足りないものは何なのか」と。 1991年5月9日に埼玉県熊谷市で産声をあげた原口は、小学生時代から「怪童」として埼玉県下で知られた存在だった。浦和レッズの犬飼基昭社長(当時)の厳命のもと、傘下のジュニアユースに加入した2004年。犬飼氏はジュニアユースのコーチにある指示を出している。 「きちんとあいさつができて、仲間と一緒にプレーできるまでは、ボールを蹴らせなくてもいい」 その真意を後に聞いたことがある。JFAの第11代会長を務めていた犬飼氏は「とんでもないやんちゃ坊主でね」と中学1年だった原口を思い出し、苦笑いしながらこんな言葉を紡いだ。 「1年か2年がたった頃に、コーチから『大丈夫です。ハートができあがりました』と報告を受けたのでボールを蹴らせてみたら、トップチームの選手たちを子供扱いにするくらいの技術を持っていたんですよね」コロンビア対日本の前半で、コロンビア代表のフアン・クアドラードと競り合う原口元気=ロシア・サランスク(中井誠撮影) トップチームへ昇格したのは、高校3年生に進級する直前の09年1月。記録を見れば順風満帆な成長の跡を刻んでいたが、同時に犬飼氏をして「とんでもない」と言わしめた、桁違いの「やんちゃ坊主ぶり」も幾度となく顔をのぞかせている。 練習中の悪ふざけが高じてチームメイトとけんかとなり、蹴りを見舞って左肩を脱臼させ、謹慎処分を科された。途中交代に激怒して試合中にミハイロ・ペトロヴィッチ監督(現北海道コンサドーレ札幌監督)へ詰め寄り、サポーターへあいさつすることなく帰宅し、翌日に謝罪させられたこともある。 紅白戦中に出された指示に激怒し、クーラーボックスを蹴り上げて練習を中止に追い込んでしまったのは12年の夏。その後も根気強く原口を指導した日々を、ペトロヴィッチ監督は「私にとっても闘いの連続だった」と振り返ったことがある。 「私は元気が不得意とする部分を常に求めてきた。彼にとっても簡単な時期ではなかったと思うが、サッカーにおいて何が重要なのかを学んでくれた結果としてプレースタイルが広がり、ボールを持っている時だけでなく、オフ・ザ・ボールの動き、チームのために献身的に守備をする精神を学んでくれた」武器は献身的な泥臭さ ペトロヴィッチ監督がレッズを率いたのは2012シーズンから。ちょうど原口が自問自答を始めた時期と一致する。ドリブルを十八番の武器とする元祖やんちゃ坊主が、ボールを持っていない時に何をすべきなのかを考えた始めた時に、原口の脳裏にはある考えが頭をもたげてきた。 「何度も何度もぶつかりながら、接してくれたミシャ(ペトロヴィッチ監督の愛称)には本当に感謝している。ミシャのおかげで、ストロングな部分だけの選手ではなくなった」 ペトロヴィッチ監督のもとで得意とする左サイドだけでなく、右サイド、トップ下、ときにはワントップも務めた。泥臭いプレーも厭(いと)わなくなった自分自身の変化を喜び、指揮官に心の底から感謝しながらも、今こそが新たなステップを踏み出す時期だ、と強く思うようになった。 そして、レッズのエースストライカーが背負ってきた「9番」を託された2014シーズン。わずか半年で愛着が深く、居場所も約束されたチームを去り、ブンデスリーガ1部のヘルタ・ベルリンへの移籍を決めた心境を原口はこう明かしたことがある。 「自分がこのタイミングでレッズから出ることは、ある程度予測ができていたというか。レッズというチームはいい意味でいろいろと助けてくれるし、悪い意味ではどんな時でも優しく接してくれる人がいた。そういうものがない環境に、自分を追い込んでいきたかった」 ちょうどブラジル大会に挑むザックジャパンが、開幕直前の国際親善試合でコスタリア、ザンビア両代表に連勝し、ファンやサポーターから熱い視線を浴びていた2014年6月上旬。原口は冒頭で記した捲土重来の思いを胸中に秘めて、静かにドイツへと飛び立った。 武器としたのはドリブルと、レッズ時代の終盤に搭載した献身的で泥臭い姿勢。ピッチ上で誰よりもがむしゃらに頑張るプレースタイルの持ち主はヘルタ・ベルリンだけでなく、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督が就任した日本代表でも必要不可欠な存在となる。日本―コロンビアの前半、倒される原口元気(右)=ロシア・サランスク UAE(アラブ首長国連邦)代表との初戦で苦杯をなめさせられながら、その後の4試合を3勝1分けとV字回復。首位でターンしたアジア最終予選の前半戦は、タイ代表との第2戦から左ウイングに定着し、4試合連続ゴールをマークした原口の存在を抜きには語れない。 契約延長の打診を拒否したとして、ヘルタ・ベルリンでは2017―18シーズンの前半戦で実質的な戦力外の扱いを受けた。必然的にハリルジャパンにおける居場所も失いかけたが、今年1月に期限付き移籍したブンデスリーガ2部のフォルトゥナ・デュッセルドルフで再び輝きを取り戻した。 「ヘルタで試合に出られなかった時も、それほどネガティブになっていなかった。僕自身、成長するために毎日の練習へ臨んでいたし、日本代表に呼ばれてもベンチ、ということも多い中で、いい時も悪い時もいろいろなことを勉強させてもらったと思っているので」 来シーズンからはハノーファーへ移籍することも決まった。2021年6月までの3年契約で、サッカー人生では初めてとなる「10番」を背負う。やんちゃ坊主から大人への階段を駆け上がっていくスピードを、さらに加速させた時にロシア大会を迎えたことになる。「誰よりも多く走り、チームのために働くことが僕の大前提。この4年間はすごく長かったけど、4年前と今現在の自分を客観的に比較すれば、いろいろなことを経験してきた分、すべてにおいて成長できたと思う。ロシアの地ではそれを表現したい」究極の「鈍感力」 余談になるが、レッズにおける最後の試合となった2014年6月1日の名古屋グランパスとのヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)予選リーグ。試合後に臨んだ旅立ちのスピーチで、原口は会場となった埼玉スタジアムを騒然とさせている。 「チームメイト、監督、スタッフ、アカデミーのスタッフ、家族、友人、恋人、そしてこの最高の浦和レッズのサポーター。本当に心から感謝しています。ありがとうございます!」 文言を注意深く読んでいくと、思わず「ん?」と再確認したくなる単語に遭遇することがお分かりだろうか。感謝の思いを伝える一人に「恋人」が加えられたことに、公私両面で原口を弟分のようにかわいがってきたDF槙野智章は苦笑いを浮かべるしかなかった。 「結婚していれば家族と言えますけど、なかなか恋人とは言えないですよね」 終了後のロッカールームで、原口はチームメイトたちから「恋人」の件を突っ込まれた。取材エリアとなるミックスゾーンも色めき立ったが、原口自身は不思議そうな表情を浮かべていた。 「ただ単に感謝したい人を思い浮かべていったら、恋人が入っちゃっただけなんですけど。別に僕の中では普通なんですけどね。そういえば、お客さんもどよめいていましたね」 ロッカールームで原口を“事情聴取”した、と再び苦笑いした槙野は、新天地へ旅立つ原口の将来に思わず太鼓判を押した。浦和レッズ対名古屋グランパスの後半で、ゴールを決めた浦和・槙野智章(右)とともに喜ぶ原口元気=埼玉スタジアム2002(中井誠撮影) 「元気に聞いたら、数日前からあのスピーチを考えていたというんですね。考え抜いた中で、あれ(恋人)をチョイスすることが元気は普通だと思っているんですけど、その時点で普通ではないですね。つまり、そういうところが海外向きだと思います」 いわば究極の「鈍感力」とでも呼ぶべきか。いい意味での図太さを存分に発揮できるからこそ、夢にまで見てきたW杯の初舞台で臆することも緊張することもなく、コロンビアを相手に現時点におけるストロングポイントを前面に押し出すことができた。 後半28分に決まった大迫勇也(ベルダー・ブレーメン)の決勝ゴールの場面。右ポスト際には万が一、ボールがこぼれてきた時には押し込もうと、原口がフルスピードで滑り込んでいた。労を惜しまないがむしゃらさと、大舞台でも動じない天性の図太さ。原口のボディに搭載された2つの武器は、2大会ぶり3度目の決勝トーナメント進出を目指す西野ジャパンを泥臭く支えていく。

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    サッカーW杯、日本代表がハンパない

    「半端ない」。この言葉が今年の流行語になりそうな勢いである。サッカー日本代表が南米の強豪コロンビアをW杯初戦で撃破した。ハンパないが代名詞のFW大迫勇也の決勝ゴール。海外メディアも驚愕した西野ジャパンの「番狂わせ」はなぜ起きたのか。

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    あの失点を「川島永嗣のミス」と断罪するのはフェアじゃない

    清水英斗(サッカーライター) フリーキックの守備局面では、フィールドプレーヤーが並んで壁を作り、GKとコースを分担して守るのがセオリーだ。一般的には壁がニアサイドに立ち、GKはファーサイドを守る。このときファーサイドのことを、GKサイドと呼ぶこともある。 なぜ、並べられたフィールドプレーヤーを『壁』と呼ぶのか。それは壁の機能を果たすことが求められるからだ。壁であるからには、その間をボールがすり抜けることは、本来あってはならない。そんな事態が起きれば、コースを分担するという守備の前提が崩れてしまう。 その視点を持った上で、コロンビア戦を振り返ってみよう。前半39分、DF長友佑都のクリアミスからMF長谷部誠が与えたファウルにより、コロンビアはフリーキックを獲得した。キッカーは、MFフアン・キンテロ。左足で蹴ったボールは壁の下をすり抜け、ゴールを割った。前半3分にPKから先制した日本だが、数的優位を生かせないまま、互角で試合を進めてしまい、ついには1-1の同点に追いつかれてしまった。 強いシュートではなく、角度も正面ではなかったので、「何となく防げそうな感じ」がするのだろう。「何だよ! 川島!」と、まるでGKが犯したミスかのように嘆く声が聞こえてくる。そのシーンについて、川島本人は次のように語る。「壁の下を抜けた時点で、かなり厳しいなと。なんとかゴールラインぎりぎりのところで捕れると思っていたけど、難しかったですね」 川島は決して、自分のミスから逃げるような選手ではない。むしろ、積極的に向かい合おうとするタイプだ。その彼がこの失点を自分のミスとは言わず、「厳しい」「難しかった」と表現した。 振り返ってみよう。日本の壁に入った選手たちは、キンテロが蹴る瞬間にジャンプしている。これは相手キッカーが頭越しにカーブさせ、ニアサイドに落とすキックを得意としているからだ。しかし、キンテロはその裏をかき、跳んだ壁の下を狙った。 壁が担当したニアサイドは破られてしまったのである。こうなると、壁の存在はGKにとってはむしろ、目線をさえぎる邪魔者でしかない。川島は反応のタイミングが遅れた。 付け加えるなら、キンテロのキックは、ファーサイドを狙う身体の向きのまま、最後に足首や身体をひねり、インサイドキック気味にニアサイドへ引っ張っている。シュートに勢いがなかったのは、そのためだ。バチーンと足の甲でストレートに蹴れば、もっと強いシュートになるが、その蹴り方はコースを読みやすい。キンテロは蹴り方でも、GKに対して駆け引きを仕掛けていた。日本-コロンビア 前半に同点ゴールを許した(左から)長谷部誠、昌子源、川島永嗣、吉田麻也、大迫勇也=サランスク(中井誠撮影)-壁の下を狙ってくるのは予想していなかった?川島 チームの中で話はしていたが、実際にゲームの中では起きてしまった。それは修正できることだし、今後の相手とも駆け引きになってくる。うまく自分たちで生かさなければいけないと思います。-壁はジャンプしてOKだった?川島 それは今後の試合もあるので言わないです。 この点については、DF昌子源が細かく説明したようだ。日本としては、相手が壁の下を狙ってくるのは予想しており、本来はつま先立ちで背伸びする格好で、壁を作る約束事だった。ところが、試合のテンションに流されたのか、壁は思いっきりジャンプしてしまった。壁が壁の役割を果たしていない。川島としては想定外の行動だった。シュートはその下を抜けてきたのである。「GKミス」はフェアじゃない われわれは上方から見るカメラ映像を元に、シュートの勢いとコース「だけ」を見て、「捕れそう!」と判断してしまうが、GKの目線では違う。そのコロコロのボールは、幾多の駆け引きと味方のミスが重なり、すでに大きなアドバンテージを獲得したシュートだったのだ。 これだけの悪条件にもかかわらず、GKが驚異的な反応で止めていたら、まさしくスーパーセーブだ。その意味では、川島のプレーはスペシャルではなかったかもしれない。身長が195センチ以上あるGKならば、手が届いたかもしれない。だが、それは特別な話でしかない。 少なくとも、この失点を「GKのミス」と断罪するのは、フェアな評価ではない。もし、このプレーで川島を責めるのなら、決定機を外したFW乾貴士や、同じく決定機を外して1得点に留まったFW大迫勇也、クリアミスした長友、ファウルを犯した長谷部も、同様に責められなければならない。 人は叩きやすいものを叩く。サッカーではそれがGKにあたる。 なぜ、筆者がこのシーンを取り上げたのか。それは、GKに対する「不当な炎上」が、日本のGKの成長を妨げる要因になっているからだ。 川島永嗣。特にこのタイプのGKは、日本では評価されにくい。 彼のスタイルは、ボールに対してアグレッシブに向かうことが信条だ。シュートだけでなく、クロスやスルーパスに対しても積極的にアクションを起こす。その結果、飛び出したプレーでミスが起きることは避けられず、「隙が多いGK」のイメージが刷り込まれる。日本―コロンビア 前半、同点ゴールを許すGK川島=サランスク(共同) しかし、実は世界的に、GKのトレンドは川島と同じ方向に進んでいる。いや、正確に言えば、GKの最高峰となるトレンドを、川島が必死に追いかけているのである。例えば、ドイツ代表GKマヌエル・ノイアーを筆頭に、より多くのシーンでアグレッシブにアクションを起こし、広い守備範囲でGKの存在感を高めている。セービングも含め、ボールを待つのではなく、向かっていくGK。それが一流の舞台では当たり前になっているのである。 アグレッシブじゃないGKは、ミスが少ない安定したGKに見えるかもしれない。当然だろう。チャレンジの機会が少ないのだから。相手がフリーでクロスを受け、シュートを打ち、それがズバンと隅に決まったとする。GKとしてはノーチャンスか? …いや、果たしてそうだろうか。 打たれる前に、飛び出してクロスをキャッチできる可能性はなかったのか。そのレベルをGKが目指せば、結果としてミスが増えるのは当然である。日本代表の親善試合で川島のミスが増えるのは、彼がチーム連係の中で、アグレッシブに行けるギリギリのラインを見定めようとしているからだ。「GK大国」ドイツの育成 もちろん、スタイル云々にかかわらず、W杯のような本番ではミスは許されない。その上、川島のスタイルはコロンビアも事前情報として持っているし、直前の親善試合であるガーナ戦などでミスが起きていたことも当然知っている。そこを突かれる恐れはあった。筆者は川島に質問を投げかけてみた。-ディフェンスラインとの連係を突こうと、コロンビアは狙ってきていたと思う。一方、それに対して川島選手は、いつものように飛び出さず、慎重なポジションを取ったように、僕には見えた。どういう意識でプレーしていた?川島 ラインの部分に関しては、ディフェンスとも話をしていました。自分の中で出るところと、出ないところは決めていたので、そういった意味では、逆にはっきりと判断基準を守っていた部分もある。ああいうシーンは絶対に、かなり狙ってくるチームだと思っていたので、落ち着いて、ある程度は対応ができたと思います。 ここが大事なところだ。日ごろのアグレッシブなチャレンジがあり、そして、ここ一番の大事な試合に向けては、相手の分析を踏まえて、プレーが修正された。そのため、ラインとの連係の隙を突こうとしたコロンビアの狙いは空を切っている。 川島のように、普段からアグレッシブに出るタイプのGKが、本番で「行かない方向」に調整するのはスムーズだ。ところが、逆は難しい。普段から「待つGK」が、いきなり本番で「行くGK」になることは出来ない。 何を目指すか。高みを目指すのか。成長という視点、試合の重要度や状況を含めて、日ごろのGKのミスをどう捉えていくべきか。 ドイツはGK大国として知られるが、この国のGK育成において、いちばん強く指導されるのは、「チャレンジできる機会でアクションを起こさなかった場面」だそうだ。待っているだけでゴールを許してしまったら、そのGKは何もしていないのと同じだ。そうして厳しい評価が下される。これはフィールドプレーヤーの守備も同様で、チャレンジしない守備には厳しい目が向けられる。 逆にGKがチャレンジした結果として、ミスが起きたら、それは仕方がない。グッドではないが、バッドでもない。そのチャレンジで、どんな利益を得ようとしたのか。そこが大事なところである。ドイツでは、そのような考え方をするそうだ。 GKとミスは切っても切り離せない危険な関係にある。ミスは極力避けなければいけないが、それを恐れすぎると、チャレンジできないGKになってしまう。守備陣を含めてGKのレベルが一定で止まってしまう。日本―コロンビア 後半、クリアするGK川島(右)=サランスク(共同) だからこそ、ミスのマネージメントが大事になる。なぜ、ドイツがいつの時代も優れたGKを輩出するのか。その理由の一端が垣間見える。 逆に、ミスの炎上に精を出してしまう国からは、残念ながらレベルの高いGKは生まれにくい。GKの見方は、今の日本では最も未熟なところだ。日本のGK育成は、10年以上前から危機が叫ばれていたが、GKの見方について含蓄のある議論が少ないことも状況は連動している。 ミス刈りとは一線を画すGKの話を、この日本で生み出したい。

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    心理学が教える西野ジャパン「成熟した俺たちのサッカー」

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授) サッカーW杯ロシア大会、西野ジャパンが初戦を迎え、2-1でコロンビアを下しました。彼らの戦いぶりは褒めたたえられるものです。実際、試合後はコロンビアの知将、ペケルマン監督も「日本は自信を持っていた」と脱帽していました。ここでは、この勝利を心理学から考えて続くセネガル戦、ポーランド戦のさらなる楽しみ方を探ってみましょう。 この試合を通して感じられたのが、ほぼすべての先発メンバーには一切の迷いが見られずに、組織的な攻撃と守備をしていたことです。代表メンバー発表の際に、西野朗(あきら)監督がGK以外の選手をフィールドプレーヤーと呼んだように、「FW、MF、DFは関係ない」という理念をまさに体現したかのようです。 マイボール時には後ろの選手も積極的に攻撃参加していました。カットされたものの、DF吉田麻也が縦パスを試みる場面もありました。サッカーの定石ではなく、ディフェンスの要の吉田が攻撃の起点になろうと試みたことに、私は「俺たちみんなで勝つ」という熱い思いを感じました。そして、先発メンバー全員が自分の、そしてこのチームのサッカーに迷いなき自信を持っている様子がうかがえたのです。 また、ディフェンス時には全員がDFの意識を持ち、コロンビアの選手に迷いなくアタックしていました。右ウイングのMF原口元気も丁寧なディフェンスをしていましたが、象徴的だったのは1トップのFW大迫勇也のファインプレーです。大迫は、自陣のペナルティーエリアに戻って、途中出場のMFハメス・ロドリゲスの決定的なシュートをブロックしたのです。 実は、大迫はテストマッチのスイス戦後、1トップがファーストDFとして走り回るスタイルについて「30分で死ぬ」と発言していました。ところがこの日、ディフェンスにおいては、トップ下のMF香川真司と役割を分け合って、コロンビアにプレッシャーを掛けていました。前線の守備がより組織的に改善されたことで、このようなファインプレーにつながったものと思われます。 では、西野ジャパンはどうして攻守に全員で自信を持って戦える集団になれたのでしょうか。その答えの一つとして、西野監督の「自分たちで問題解決をさせる」というアプローチにあったと思われます。日本-コロンビア 後半途中出場し、仕掛ける本田圭佑。(左から)ハメス・ロドリゲス、大迫勇也=サランスク(中井誠撮影) 西野監督はガーナ戦から始まった三つのテストマッチを通して出てきた問題を、成熟した大人の選手たちに対し、自分たちで話し合って考えさせたと言われています。トップダウンで指示を受け続けると、心理的リアクタンス(自由を奪われる不快感)が発生して、誰でもスムーズに動けなくなります。場合によっては、リーダーに対する感情的な問題にも発展します。チーム作りに時間の制約がある中で、西野ジャパンがこのような事態に陥るのは致命的です。 そこで、西野監督は最終登録メンバーで、自分が指示を出して戦わせる選手ではなく、経験豊富で先行きが見通せる選手、さらには人間的にも成熟し責任感も協調性もある選手を選んだのでしょう。結果的に、一部で「年功序列ジャパン」「おっさんジャパン」と揶揄(やゆ)されるような平均年齢の高いメンバーが集まりました。 ですが、心理学の常識として、経験値は問題解決能力の必要条件です。だからこそ、西野監督は自発的に問題発見と解決法の探索ができるメンバーを集めたわけです。ガラリ変わった「俺たちのサッカー」 問題解決能力に優れた選手を集めれば、課題に直面するごとに自分たちに最適な解決法、すなわち「自分(俺)たちのサッカー」を見つけ出すことができるはずです。コロンビア戦を見る限り、西野監督の賭けは大成功でした。選手たちは自信を持って、「課題を乗り越えて自分たちで見つけた、俺たちの最善のサッカー」をプレーできたのだと思われます。 ところで、「俺たちのサッカー」で日本は4年前に玉砕したはずです。当時のW杯直後には自分に酔いしれているだけの「俺たちの○○」という言葉が、悪い意味で流行語にもなりました。確かに、当時は「俺たち(一部の主力選手)がやりたいだけのサッカー」を、からかいの意味で「俺たちのサッカー」と呼んだこともあったようです。ブラジル大会からの主力選手たちにはその反省が深いのかもしれません。 コロンビア戦では、現実的な問題や弱点をみんなで解決するために考え抜いた「成熟した俺たちのサッカー」が披露されたように思えました。4年前の反省があるからこそ、テストマッチで見えてきた問題に真剣に向き合い、「みんなでどのようにプレーするべきか」を考え抜いて、本当の意味での「俺たちのサッカー」を見つけ出したように思えます。 実は、心理学では「協力し合えなければ解決できない問題」を共有することで、人は仲間になれることがわかっています。このチームは、日本人にフィットするのか疑問視されたハリル前監督の戦術や、監督交代、戦術の喪失、結果の伴わないW杯出場国とのテストマッチなど、多くの課題をともに乗り越えてきた仲間がベースとなっています。その仲間で作り上げた「自分たちのサッカー」だからこそ、団結して自信を持って試合に臨めたのだと思われます。 こうして考えると、試合を決定づけたともいえるコロンビアMFのC・サンチェスのハンドは、ある意味で必然だったのかもしれません。世界最高峰のスペインリーグで活躍する32歳のベテランが、不用意に手を伸ばしてしまったことは驚きをもって見られています。 しかし、世界中のメディアが西野ジャパンについてネガティブな印象しか語らない中で、ひそかにポジティブなチームの醸成が進んでいたのです。察するに、コロンビアは日本には絶対に負けない、すなわち勝ち点3を計算に入れて試合に臨んでいたのではないでしょうか。 その中で開始3分もたたないうちに、立て続けに強烈なシュートを受けるとは思ってもいなかったのでしょう。どんなに経験豊富な人であっても、想定外の出来事には弱いものです。経験は次に何が起こるかを予測させてくれる力ですが、意識的に使わないと何の役にも立ちません。日本―コロンビア 前半、ハンドの反則を犯すコロンビアのC・サンチェス(左)。日本がPKを得て先制した=サランスク(タス=共同) もしかしたら、C・サンチェスは自分たちのピンチを予想しておらず、驚きと負けたくない気持ちが交錯して思わず手を伸ばしてしまったのかもしれません。もしそうなら、ハンドは単なる不運ではないように思われます。 最後に交代出場のMF本田圭佑だけはプレーに少し迷いがあるように見えました。決勝ゴールのアシストは見事でしたが、本田らしくないパスミスも見られ、試合後のインタビューも一部では「お通夜状態」と報じられるほど元気なく見えます。これが次戦に向けての「勝ってかぶとの緒を締める」であってほしいと願うところです。 次のセネガル、そして最終戦の相手であるポーランドも難敵です。西野ジャパンがコロンビアを破ったことで、油断することなく攻めてくるでしょう。その中で成熟した「俺たちのサッカー」がどこまで通用するのか、その中で潜在力をまだまだ発揮しきれていない本田、出番のなかった宇佐美などの選手がどのように入っていくのか、楽しんで見届けたいと思います。

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    ロシアW杯、注目したい選手の「狂気」

    由 ――代表チームの試合だけがゴールデンタイムに地上波のテレビで生放送され、Jリーグはニュース番組のスポーツコーナーで結果のみ伝えられる、という状況は、サッカーを応援しているのか、それともナショナリズムの発露として代表チームを応援しているのか、複雑な状況です。とは言ってもワールドカップグループステージ第1戦のコロンビア戦は6月19日に迫っています。サッカーに普段興味がない人でも、選手の「狂気」や背景を知ることで、試合観戦が楽しみになると思うのですが、日本代表の注目選手について教えてください。 清水:連載コラムに書いた個々の狂気には、僕が共感するものと、共感しないものがありました。たとえば、「ワールドカップ優勝」と大言壮語で自分にプレッシャーをかける本田圭佑のやり方は、理解はできるけど、真似はしたくない、というのが率直な感想です。また、自分のやり方を、結果的にチームに押し付けてしまうことも良くない。サッカーのような団体競技ではなく個人競技なら、好きにやればいいと思いますが。 僕自身はGKの川島永嗣のように、結果にとらわれず、自分のやることに日々充実感を持って取り組み、結果は後からついてくるもの、と考えるほうが性に合っています。他人の評価によって結果が決まる世界なので、逆に本田のように結果にモチベーションの源を置きすぎると、自身がブレてしまう。僕は自分に集中したいので、それは嫌だなと。GK思考に近いのかもしれません。この辺りはスポーツ心理学の考え方がもとになっています。 そういう共感、非共感も、本書の面白いところかなと思います。そんなマジメな話ばかりではないですが。――思考が共感できる選手だと感情移入しやすく、応援したくなりますね。私個人としては、Jリーグも見ていることもあり、最近の試合で存在感が増している大島僚太選手に注目していますが、残念ながら本書ではまだ取り上げられていませんでした。 清水:まだ彼の狂気がよくわからず、ズバッと書く自信もなかったので、取り上げていません。連載中のヤングチャンピオンで、彼だけに限らず、まだ取り上げていない選手について近日中に書くことになると思います。練習に臨む、本田圭佑(左)と乾貴士(中央)=オーストリア・ゼーフェルト(中井誠撮影) ――日本代表に関しては、盛り上がり具合も、結果に関しても悲観的な予測を多く目にします。それでは日本代表を離れ、今回のワールドカップ全体に目を向けて、清水さんが特に注目している試合はありますか? 清水:やはり、ネイマール擁するブラジルとドイツの再戦ではないでしょうか。前回のブラジル・ワールドカップ決勝では1-7の大差で、母国開催にもかかわらずブラジルは大敗を喫しました。プライドを傷つけられたサッカー王国が雪辱に燃えています。最注目ですね。決勝トーナメント1回戦か、決勝で当たる可能性があります。(編注:ブラジルはグループE組、ドイツはグループF組、グループステージでブラジルが1位、ドイツが2位なら7月2日に行われる決勝トーナメント1回戦で、グループステージでブラジルが2位、ドイツが1位なら決勝に進むまで対戦はない) ――最後に出版後の反響や、あえて本書を薦めたい人たちについて教えてください。 清水:出版後の反響はまだ少ないのが現状です。『アホが勝ち組、利口は負け組』というわかりづらいタイトルが、若干敬遠されているのかもしれません。でも、読んだ人は100%面白いと言ってくれます。ですから、多くの人にオススメしたいです。ほんだ・かつひろ ライター。1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。

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    本田圭佑 孤高の存在どころかチームのムードメーカーに

    ある宇佐美貴史(26・デュッセルドルフ)に奪われかねない。そんな危機感を覚えていてもおかしくない」(スポーツ紙デスク)関連記事■ 本田圭佑に唯一ツッコめる槙野智章、控室BGMの選曲も担当■ 合宿中の西野J、高級リゾート地で和気藹々と英気養う■ サッカー西野ジャパンに帯同する「謎の美女医」のカネとコネ■ 西野ジャパンで流行「ハセベる」という単語の意味■ 本田圭佑が謎の投資セミナー 仮想通貨ビジネスに参画か

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    「不思議ちゃん」評の香川真司 ストレスは長友の歌声か

     5月31日に行われたサッカーW杯日本代表のメンバー発表で注目されたのが、本田圭佑(32・パチューカ)、香川真司(29・ドルトムント)、岡崎慎司(32・レスター)の“ビッグ3”の去就。結果的には3人ともメンバー入りしたが、2大会連続で10番を背負う香川は存在感を示せずにいる。「本人も焦っているのか、練習後もチームの輪から離れ、居残り練習を繰り返しています。元々、周りの選手からも“不思議ちゃん”と評されていて、交流は苦手です。隣の部屋の長友佑都(31・ガラタサライ)の歌声が聞こえてくるのがストレスだと報道陣にコメントしていましたが、冗談か本音かわからず、現場は微妙な空気が流れた。 代表復帰のガーナ戦で決定力不足を露呈した以上、チームメイトの信頼を得られなければ試合でどれだけパスが回ってくるかもわからない」(現地記者)パラグアイ戦でチーム4点目を決めた香川真司(右)を祝福する長友佑都=オーストリア・インスブルック(中井誠撮影) それゆえ、香川はベンチスタートが濃厚とされているが、本田が「俺と真司の共存もあり得る」と“監督”のような発言をし、起用法を巡る波風が立ちそうだ。一方、岡崎に至っては左足首故障の回復が遅れ、練習では控え組に回っている。「西野(朗)監督でなければ、選ばれることもなかったでしょう。本番にも間に合うとは思えません」(同前)関連記事■ サッカー西野ジャパンに帯同する「謎の美女医」のカネとコネ■ サッカーW杯代表選手を支える平愛梨ら妻たちの献身■ 本田圭佑 孤高の存在どころかチームのムードメーカーに■ 合宿中の西野J、高級リゾート地で和気藹々と英気養う■ 本田圭佑に唯一ツッコめる槙野智章、控室BGMの選曲も担当

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    「サッカー人生の大逆転」日本代表を勝利に導く香川真司の誇り

    藤江直人(ノンフィクションライター) データは冷酷な現実を突きつけてくる。W杯の出場国数が現行の「32」となり、4チームずつ8つのグループに分かれた中で上位2位まで、合計16チームが決勝トーナメントに進出する方式となった1998年のフランス大会以降では、例えば「91・25%」という数字がはじき出されている。 何を表すデータかといえば、過去5大会で決勝トーナメントへ進出した延べ80チームの初戦における結果だ。初戦で勝利したチームが「51」、引き分けたチームが「22」をそれぞれ数える。要は80チームのうち、初戦で勝ち点を獲得したチームが、実に「73」を数え、確率は「91・25%」となる。 逆に見れば初戦を落としながら短期間で立て直し、グループリーグを突破した例はわずか「7」で、確率は「8・75%」に激減する。2010年南アフリカ大会を制したスペイン代表や、日本代表のバイド・ハリルホジッチ前監督に率いられた前回ブラジル大会のアルジェリア代表が該当する。 日本代表の歴史を振り返っても、初戦が持つ重要性がはっきりと伝わってくる。ベルギー代表と引き分けた2002年日韓共催大会、カメルーン代表を撃破した南アフリカ大会はともに決勝トーナメント進出を果たしたが、黒星発進した残る三つの大会はすべてグループリーグで姿を消している。 特に攻撃的なスタイルを掲げ、期待値が非常に高かった前回ブラジル大会はMF本田圭佑のゴールで先制しながら、コートジボワール代表による怒涛(どとう)の猛攻の前に、後半の3分間で2ゴールを奪われた。グループCの最下位に終わった理由を、DF長友佑都がこう振り返ったことがある。「ブラジルの前は完全に力んでいましたよね。先ばかりを見て、ものすごく高くジャンプしようとしていた。一気に飛んでいきたいくらいの気持ちでしたけど、物事はそんなに簡単にはいかない。自信が過信に変わっていて、そこを相手に突かれて足元をすくわれたというか。足元をしっかり固めないと、うまくいかなくなったときに崩れるのも早い。土台となる部分がどれだけ大事なのかが、ブラジル大会までの4年間で学んだ部分だと思っています」 いかにして勝ち点を手にするか。ロシア中部サランスクのモルドビア・アリーナで、日本時間19日午後9時にコロンビア代表との初戦に臨む西野ジャパンのテーマは明確だ。勝利はもちろんのこと、負けないという観点で見れば、引き分け発進でもベターと言っていい。 もっとも、前回大会得点王ハメス・ロドリゲス、「点取り屋」ラダメル・ファルカオを擁するコロンビアを相手に自陣に引く形で耐え忍び、引き分けに持ち込むプランは現実的ではないだろう。ワールドクラスを誇る攻撃力の脅威にさらされ続けた揚げ句、守備網が決壊する光景が目に浮かんでくる。 コロンビアの武器の一つでもあるカウンターに細心の注意を払いながら、相手のゴールネットを揺らす。難しい戦い方を演じる上でカギを握る選手が、西野ジャパンが発足3戦目で初勝利を挙げた、12日のパラグアイ代表との国際親善試合(オーストリア・インスブルック)で見えてきた。パラグアイ戦の後半、4点目のゴールを決め喜ぶ香川=2018年6月12日、インスブルック(共同) 西野ジャパンとして臨んだガーナ代表戦、スイス代表戦でともに途中出場だったMF香川真司は、パラグアイ戦ではトップ下で先発フル出場した。1点のビハインドで迎えた後半、香川はMF乾貴士の連続ゴールをアシストしただけでなく、アディショナルタイムに約8カ月ぶりの一発となる代表通算30得点目をたたき込んだ。変なことは考えたくない 相手に囲まれた密集状態の中で正確なテクニックとスピードを見せ、確かなる戦術眼を発揮する。右からのグラウンダーのクロスに対して、右足のアウトサイドを軽くタッチ。微妙にコースを変えながら、フリーで走り込んできた乾の目の前に落とした2点目のアシストには、香川のセンスが凝縮されていた。 攻撃面で確固たる数字を残した香川だが、守備面での貢献も見逃せない。1トップのFW岡崎慎司とのコンビネーションで、パラグアイのボールホルダーへ執拗(しつよう)にプレスをかけ続ける。ロシア大会出場を逃しているパラグアイのモチベーションが落ちることを差し引いても、「10番」の存在感は際立っていた。 自身にとって初めてのW杯だった前回ブラジル大会。シュート0本のままコートジボワール戦の後半途中でベンチへ下がった香川は、ギリシャ代表との第2戦はベンチスタート。先発に戻ったコロンビアとの最終戦では、最多となる5本のシュートを放つもすべて「空砲」に終わった。 胸中を覆い尽くした悔しさ、ふがいなさに涙した香川は後になって、ブラジル大会に臨むまでの1年間に「問題があった」と自己分析している。「あのときはまだ25歳で、今考えればまだまだ未熟だった部分がたくさんあった。そうした経験を得たからこそ、メンタル的なところですごく安定していると、今は感じている。個人的な技術やスキルに関しては積み上げてきたベースがあるし、劇的な変化を僕自身が望んでいなかったので」 2013-14年シーズンは英マンチェスター・ユナイテッドで出場機会を失い、セレッソ大阪でプロになった2006年シーズン以来、初めて無得点でシーズンを終えた。自分自身に対して自信を持てず、悪い流れを引きずったままブラジル大会を迎えるまで、立ち直るきっかけすら得られなかった。2014年06月、ブラジルW杯のコロンビア戦の後半、シュートが枠を外れ悔しがる香川真司(吉澤良太撮影) だからこそ、ブラジル大会後に電撃移籍した古巣ボルシア・ドルトムント(独)で通算6シーズン目となる、2017-18年シーズンをとりわけ重視したのである。左肩の脱臼で出遅れても決して焦らず、指揮官がピーター・ボスからペーター・シュテーガーに代わった昨年末を機に、先発出場の回数を一気に増やした。 香川が求めたのはピッチ上で発揮されるテクニックではなく、どんな困難に直面してもブレることのない強い心だった。前出の長友のコメント内でも言及された「土台となる部分」を極めたいからこそ、昨秋あたりから同じ言葉を繰り返すようになった。 ちょうど日本代表がロシア大会の出場を決めながら、香川がハリルジャパンから遠ざかりかけていたころだった。幾度となく耳にした「集大成」という言葉に込められた真意を聞くと、29歳で迎える2度目のW杯へかける、不退転の熱き思いが返ってきた。「年齢を含めていろいろなことを経験して、感じたこともたくさんある。それらを踏まえて来年(のロシア大会)があるわけで、自分の集大成となるW杯だと思っているし、どのように迎えるかという意味でも、個人的には徹底してやっていきたい。もちろん(ロシア大会の)次は正直、分からないし、その次があるとか変なことは考えたくないので」もう前を向くしかない ドルトムントで何度も見せた傑出したプレーが、日本代表ではなかなか見られない。日の丸を背負うたびに笑顔と輝きが消え、ファンやサポーターに失望感を与えてきた原因をメンタルの弱さに求めた香川は、自らを追い込むために、2022年のカタール大会へと通じる道をあえて遮断した。 しかし、「好事魔多し」と言うべきか。いよいよ好調をキープしていた矢先の、今年2月10日の独ハンブルガーSV戦で左足首を負傷してしまう。すぐに復帰できる、という当初の見込みはどんどん先送りにされ、最終的には5月12日のホッフェンハイムとの最終節まで、約3カ月もの長期離脱を強いられた。 ガーナ戦へ向けたメンバーの中に香川を招集した西野朗(あきら)監督だったが、ロシア大会に臨む23人に選ぶか否かに関しては、歯切れの悪いコメントに終始した。「香川については彼の選手生命というか、本当にデリケートに考えないといけない。彼の状態を期待しながら、このキャンプで最終的に確認したいということ。間違いなく代えの利かないプレースタイルを持った選手ですから、トップフォームに戻ることを期待したい」 5月下旬から千葉県内で行われた代表合宿でも、主力組ではなくリザーブ組で戦術練習に臨む時間が圧倒的に多かった。それでも自らに言い聞かせるように、香川は「左足に関しては、まったく問題がない」とメディアに、そして西野監督に言い続けてきた。「ドルトムントでもずっと練習はできていた。だから今回の合宿でもネガティブな思いは排除して、常に『自分なら必ずできる』と言い聞かせてきた。それは今後も同じこと。もう前を向くしかないので」 言葉通りに23人の中に名前を連ね、西野ジャパンで初先発を果たしたパラグアイ戦で見せたパフォーマンスで、西野監督が描く青写真において、相手ゴール前におけるスピードと運動量に欠ける本田との序列を逆転させた。2018年6月1日、ロシアW杯を前に、報道陣の取材に応じる日本代表MFの香川真司(吉沢良太撮影) コロンビア戦を直前に控えた今現在の偽らざる思いは、日本を発つ前に残したこの言葉に凝縮されている。「今は『香川真司』としての誇りを持ってプレーするだけだと思っている」 かつて名波浩や中村俊輔の象徴だった、日本代表の「10番」を託されて8年目。退路を断って臨むロシアの地で、自らの背中をゴールとコロンビア戦での勝ち点獲得への羅針盤に変える瞬間から、毀誉褒貶(きよほうへん)が激しかったサッカー人生を大逆転させるための香川の挑戦が幕を開ける。

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    天才メッシを封じた小国アイスランドの「団子サッカー」

    清水英斗(サッカーライター) 「メッシは育てられたのではない。天から降ってきたのだ」。どうやってリオネル・メッシを育てたのか。その秘密をアルゼンチンで聞くと、このような答えが返ってくるかもしれない。天才は育てるものではなく、見つけるものだ、と。南米ではこのような考え方をよく聞く。 そして、天才を輩出するための重要ポイントは、なんと言っても競技人口だ。わずか100人からメッシを探すよりも、1万人から探したほうが、見つかる可能性は高い。 アイスランドの人口は約33万人。東京都新宿区の人口とほぼ同じだ。サッカー競技人口は約2万人にすぎない。一方、アルゼンチンの人口は約4000万人。サッカー競技人口は260万人もいる。そこには100倍もの差があり、後者は実際に、メッシを見つけた。 サッカー小国と、サッカー大国の対決。ロシアW杯3日目、16日に行われたグループDの初戦は、大会初出場のアイスランドが、強豪アルゼンチンに挑む構図となった。 試合はアルゼンチンがポゼッション率(支配率)72%をキープし、一方的に攻撃を仕掛ける展開だった。その流れの中、先制にも成功した。 前半19分に左センターバックのマルコス・ロホが、ボールを持ってフリーで持ち上がると、思い切りシュートか、あるいはシュート性の縦パスと思われるボールを蹴った。これをゴール正面でセルヒオ・アグエロが受け止め、相手のマークから離れつつ、左足で強烈なシュート。ゴール上隅に突き刺し、先制弾を挙げた。 ところが、先制されても、ボールを持たれっぱなしでも、アイスランドはへこたれない。すぐに前半23分、得意のサイド攻撃からシンプルに右サイドを突破し、クロスを上げた。こぼれ球を再び左サイドから折り返し、さらにこぼれ球をもう一度、右サイドからクロス。右から左から、しつこく攻め立てられたアルゼンチンの守備は後手に回り、最後はギルフィ・シグルズソンのクロスを、GKウィリー・カバジェロがはじき、こぼれ球にアルフレッド・フィンボガソンが詰めて1-1の同点に追いついた。 その後も「4-4-2」システムで整った守備ブロックを組むアイスランドが、アルゼンチンの攻撃に粘り強く対応し、1-1をキープした。アイスランドのハミル・ハルグリムソン監督は、その戦術的な狙いを、次のように語っている。アルゼンチン-アイスランド 後半、アイスランドの選手に囲まれるアルゼンチンのメッシ(中央)=モスクワ(共同) 「アルゼンチンは素晴らしいスキルを持った選手が、攻撃を仕掛けてくる。彼らと1対1で戦うのではなく、チームが一つになって、ピッチ上のすべての場所で団結して戦うようにした。11人全員が守備に走り、選手たちもそれに納得し、よく頑張ってくれたと思う。彼らを称賛したい」 アルゼンチンはメッシにボールを集めて仕掛けてくるが、アイスランドは緊密なブロックチェーンを作り、どこか一カ所がやられそうになっても、すぐにその門を閉じて対応した。脱却できない「メッシ頼み」 時に、ペナルティーエリア内は子供たちの試合でなりがちな「団子サッカー」のように密集したが、アイスランドはそこまで徹底して、ドリブルのコースを消し切った。そして、内をガチガチに締める一方、外から入れてくるクロスに対しては、自慢の高さと強さではね返す戦略を徹底していたのである。 「メッシ頼み」。一方、タレントを多く集めるアルゼンチンだが、南米予選でもメッシ依存の傾向は強く出ており、この試合も同様だった。メッシ1人で11本ものシュートを記録したが、狭いスペースをワンパターンで突破する攻撃に対し、アイスランドは11人で耐えた。 アルゼンチンのホルヘ・サンパオリ監督は「アイスランドが非常に守備的に戦ったため、メッシはスペースを見つけられず、快適な状況ではなかった。前半はプレーテンポが遅く、後半は改善してスピードと創造性を増したが、ゴールを割ることはできなかった」と語っている。ホイッスル後のメッシの表情からも、彼がこの試合で受けたストレスは明らかだろう。 それでも、アルゼンチンにとって千載一遇のチャンスは、後半19分に訪れた。PKを獲得した場面だ。キッカーは当然メッシ。アイスランドのゴールマウスを守るのは、GKハネス・ハルドルソンである。  「メッシのPKを研究した。自分のPKにおけるプレーも振り返った」と語るGKは、メッシが蹴るぎりぎりの瞬間まで我慢し、右へ跳んだ。そして見事にセーブ。「思い描いた通りだった」と語るハルドルソンが、大きな仕事を果たした。ハルドルソンはマン・オブ・ザ・マッチ(MOM)にも選出されている。 ハルグリムソン監督は「時間と共に快適になった」と、守備がはまっていく手応えを感じていた。さらに攻撃についても、一定の評価を与えた。「守備だけではなく、私たちはいくつかのチャンスを作ることもできた。本当はそれ以上に、彼らの裏のスペースを使いたかったけれど…。でも、ボールを持たなければ、それは難しいことだ」と振り返っている。アルゼンチン-アイスランド 後半、PKをGKに阻まれたアルゼンチンのメッシ(中央)=モスクワ(共同) 試合はそのまま1-1のドローで終了した。クロアチア、ナイジェリアと、くせ者ぞろいのグループDにおいて、初戦から勝利を飾りたかったアルゼンチンだが、残念ながら引き分けに終わった。 逆にアイスランドは大興奮だ。ハルグリムソン監督は「これはアイスランドにとって大きな成功だ。アルゼンチンは間違いなく、今後も勝ち進むチームだと信じている。だからこそ、われわれにとってはファンタスティックな結果だったんだ」と喜びを語っている。 初出場チームがアルゼンチンと対戦する構図は、1998年のフランスW杯で、日本も経験した。当時の日本は0-1で敗れたが、強豪との対戦経験がなかった日本とは違い、アイスランドは欧州のハイレベルな予選でもまれている。2016年の欧州選手権でもベスト8に躍進し、彼らは自信に満ちあふれていた。  メッシを望めない人口33万人の小国が、一致団結し、至高の天才を生み出したサッカー大国と、勝ち点1を分け合った。これ以上、見事な結果はないだろう。

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    ロナウドの「個」より輝いた欧州王者ポルトガルの「献身力」

    以上に、個が輝くために確実に監督やチームメイトが用意している「戦術」に注目してもらいたい。 他の団体スポーツであれ、ビジネスの世界であれ、本当の意味で「個人」が活躍するためには、そのチーム、グループとしての行動規範(サッカーにおいては戦術、プレーモデル)があり、その中で個人に求められるポジションやタスクが明確化されていなければいけない。 このスペイン戦のポルトガルのプレーモデルはざっくり説明するとこういうものだった。 「ボールはスペインに持たせた中で、奪ったボールを素早く前線2トップのゲデスに入れる。スペースがある場合にはゲデスを走らせてのカウンター。スペースがない場合はゲデスの胸か頭に入れて、ロナウドに落とす。それをロナウドが突破かシュート」 88分のロナウドの直接FKからのポルトガルの3点目も中盤のウィリアン・カルバーリョから2トップめがけて入ったロングボールをロナウドが収め、相手DFにファールを受けたことがきっかけだった。つまり、上記のポルトガルのプレーモデル通りの攻撃の実行に起因している。 試合としてはスペインが一旦は3−2と逆転に成功するもポルトガルが試合終了間際のロナウドの同点FK弾で追いつき、ドローとなったことでスペインにとっては「勝ち点3をとりこぼした試合」に映るかもしれない。 しかし、両チームのプレーモデルから試合内容を評価した場合、逆に「勝ち点3を逃したのはポルトガルだった」と言及しておきたい。 なぜなら、スペインのプレーモデルとは、66%のボール支配率に象徴されるように「ボールを保持しながら敵陣に人数をかけて攻撃し、ボールを失ったとしても敵陣で即時回収して相手のカウンターを封じる」というものであるにもかかわらず、失点シーン以外にもスペインはポルトガルのカウンターを何度も受けていたからだ。ポルトガル-スペイン 後半、2点目のゴールを決めるスペインのディエゴ・コスタ(右)=ロシア・ソチ(ロイター=共同) 実際のスペインの得点の形もディエゴ・コスタの2点はロングボールを前線に放り込んでコスタ一人の力で打開した形と、FKからのものでスペインがこれまで築き上げてきた「攻撃も守備も敵陣で行うサッカー」からの形ではなかった。 ただし、スペインが本来のサッカーを実行できなかったのは監督交代の影響以上にポルトガルという「相手の良さ」が原因だ。このようにサッカーは必ず「相手がある」相対的なスポーツであり、チームの勝ち負け、個人の良し悪しは「相手との噛み合わせ」も含めて判断しなければいけない。 3−3という派手な打ち合い、優勝できる実力国同士の痺(しび)れるシーソーゲームの裏で、サッカーという知的な駆け引きの面白さも存分に垣間見える素晴らしい大一番だった。中でも好発進をしたポルトガルとロナウドには要注目だ。

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    「こぼれ球奪取が勝利のカギ」ロシア圧勝は西野Jのヒントになる

    河治良幸(サッカージャーナリスト) ロシアW杯の開幕戦は5−0という結果が示す通り、開催国の圧勝だった。試合のデータを見るとボール保持率はサウジアラビアが60%、パス成功率も86%で76%のロシアを大きく上回っている。しかしながら、試合内容を見るとそうしたデータは逆説的な意味を物語っているように受け取れる。 開幕前には3バックが予想されたロシアだが「4−3−2−1」のフォーメーションで「4−1−4−1」のサウジアラビアと対峙(たいじ)してきた。前半の12分に左コーナーキックの流れからMFゴロビンがクロスを入れて、MFガジンスキーがヘッドで合わせて早くも先制したロシアは高い位置からボールを奪いに行かず、中盤まではある程度サウジアラビアにボールを回させ、縦に入れようとするところでタイトに締めてボールを奪う。 そこから前線のFWスモロフに当てて、効率よくゴロビンやMFジャゴエフが前を向いて仕掛ける局面を作り出した。前半の途中に攻撃の要であるジャゴエフが負傷退場したことはチェルチェソフ監督にとっても誤算だったに違いないが、代わりに入ったチェリシェフが個人技の高さを発揮してサウジアラビアのディフェンスを翻弄(ほんろう)したため、ロシアの勢いはさらに高まった。 前半43分の2点目は右サイドバックのフェルナンデスが相手ディフェンスの裏にグラウンダー(ゴロ)のボールを出し、スモロフからパスを受けたMFゾブニンがうまくためて左を走るMFチェリシェフに通すと、DFアルブライクのタックルを鮮やかにかわしたチェリシェフが左足でゴールに蹴り込んだ。後半にもクロスから交代出場で入ったFWジューバのヘッド、さらにチェリシェフの技巧的なシュートによる4点目、ゴロビンの右足FKでダメを押した。 終盤は明らかにサウジアラビアの意気消沈が見られたが、そもそも90分を通して変わらなかったのがデュエル(1対1)とセカンドボールの奪取力の差だ。ロシア―サウジアラビア 前半、パスを出すロシアのゴロビン(中央)=モスクワ(共同) 最終予選後に監督が二度にわたって交代し、現在はチリ代表の前監督、ピッツィが指揮するサウジアラビア。しっかりとトライアングルを作りながらのパス回しはトレーニングされているが、ピッチの前3分の1に入るところから侵入していくことができず、こぼれ球をほとんどロシアに回収された。歴然としたデュエルの差 しかも、そこからロシアはほとんど手数をかけることなくサウジアラビアのゴール前まで難なく運ぶ展開が続いた。それでも何とかペナルティエリアの手前で持ちこたえるシーンが目立ったのは中盤の底に構えるオタイフ、センターバックのオマル・ハウサウィとオサマ・ハウサウィの奮闘によるところが大きいが、彼らが頑張るだけでは厚みのある守備にはなりえず、押し切られるように失点を重ねることとなった。 ロシア陣内まで攻めかかったところからボールを奪われると一気に自陣深くまで押し込まれるという繰り返しの中で、サウジアラビアの攻撃陣はあまりスムーズに上下動できず、ロシア側のボール保持者に対して組織でプレッシャーをかけることもできず、1対1では全くボールを奪えないため、最後に後手後手で体を張るしかない。 デュエルの差はあらゆるシーンで歴然としていたが、それを補おうとするハードワークがサウジアラビアに全く見られなかった。実際データを参照するとロシアのチーム走行距離が118キロだったのに対してサウジアラビアは105キロ。つまり、一人当たり平均1キロ以上も差があったのだ。 これでは勝負にならない。18時キックオフだった試合時の気温は17度、湿度43%と快適だったが、攻めてはボールを持たされる状況でボールを持っていない選手の動き出しが少なく、守備ではロシアの推進力になかなか付いていけなかった。 ロシアとしては勝ち点3がほしい相手から勝ち点3を取り、しかも大きく得失点差を付けて開催国のノルマとも言えるグループリーグ突破に前進した。同組のエジプト、ウルグアイはサウジアラビアより格段に強敵だが、堅守からのカウンターで相手を仕留めることを得意としており、この日のように待ち構えて懐深い位置でボールを奪う戦い方も有効ではあるだろう。 サウジアラビアより前線がはるかに強力であり、攻撃でも開幕戦のように簡単にボールを運ぶことはできないだろうが、最低スコアレスドローを2試合続けても勝ち点5となり、得失点差を考えても突破の芽は大きくなる。ロシア-サウジアラビア 後半、フリーキックでチーム5点目を決め、祝福されるロシアのゴロビン(中央・17番)=モスクワ(中井誠撮影) それにしてもサウジアラビアの惨状は目を覆うばかりで、下手をすればカバーニやスアレスを擁するウルグアイ、プレミアリーグ得点王のサラーを擁するエジプト相手にさらなる大量失点を重ねて敗退する可能性も十分にある。同じアジア勢としては日本も対岸の火事ではすまされないが、スペースの活用の仕方の差に加えて、力が落ちる側がハードワークの部分で相手を下回るとこうなるという事例が示された試合だった。

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    「羽生結弦に国民栄誉賞」舛添要一が素直に喜べない理由

    っている。 既存の内閣総理大臣顕彰は学術文化、防災、社会福祉など6分野で全国民の模範となる者が対象でスポーツが含まれていないこと、また当時37歳であった王は叙勲には若すぎたこと、この二つの理由で国民栄誉賞が作られた。 第一号の1977年から2012年までの受賞者は19人と1団体。安倍政権になってからは、すでに6人にのぼる。これに羽生が加われば7人となり、多すぎるのではないかとの声も上がっている。 第一の問題は、明確な基準がないことである。「民間有識者」の意見は聞くが、最終的には内閣総理大臣が決めるので、首相個人の意向次第になる。首相とて「神ならぬ身」であり、公平な判断ができるわけがない。 また、そのときの「空気」、世論の動向に左右される危険性が大きい。それだけに、時の政権によって人気取りの政治的目的に使われるのではないかという疑問が呈されることになる。 例えば、生存中か死後か、また、現役か引退後かでも大きく変わる。歌手の美空ひばりのように、生きているときに贈るべきだったという批判もあるし、大リーグのイチローは現役中ということで、自ら辞退した。 さらに、羽生はフィギュアとして66年ぶりとなる五輪連覇が理由といわれるが、五輪連覇以上が基準なら、柔道の野村忠宏、水泳の北島康介、体操の内村航平は、それを満たしているのに受賞していない。この不公平の理由を誰も説明できない。五輪2連覇達成を祝い行われたパレードで、沿道に集まった大勢の人たちに笑顔で手を振る羽生結弦選手=2018年4月、仙台市 要は、そのときの大衆のフィーバーの度合い次第であり、それに政治家が便乗するのはポピュリズム(大衆迎合主義)以外の何ものでもない。まさに、「パンとサーカス」の劇場型政治である。パンとサーカスは、為政者が自らの失政を隠し、国民に政治への関心を持たせないようにするための道具である。 実際に平昌五輪の開催中は、テレビ放映の大半が中継で埋め尽くされており、国会開催中でも、国内政治のことは話題にすらならなかった。終わったとたんに、厚労省や財務省の資料の問題が出てきたのも不思議ではない。 今回の平昌五輪でも、カーリング女子選手に対する熱狂ぶりは異常であり、同じ銅メダリストのモーグルの原大智(だいち)がかわいそうなくらいである。これがポピュリズムというものである。 ちなみに、北見市へのふるさと納税が増えているというが、これも変な話だ。北見市へ納税した者が住んでいる自治体は、その分減収となる。自分の財布から寄付金を出すなら大歓迎だ。だが、返礼品も含めて問題が多すぎる。ふるさと納税制度をこのように「悪用」してほしくはない。「立ち小便もできなくなる」 第二の問題は、受賞者にも重荷になるということである。こんな賞をもらうと、国民の模範となるべく品行方正に努めなければならなくなる。特に若いころに受賞すると、その後の人生に「栄誉」を背負っていかねばならなくなる。息苦しい限りだ。プロ野球の盗塁王、福本豊は「立ち小便もできなくなる」と言って辞退したという。 スポーツ選手にとっては、五輪であれワールドカップであれ、メダルだけで結構だ。どこまで記録を伸ばせるか、世界の一流選手と闘って勝てるか、それが最大の問題で、そのために厳しい練習をする。その結果が歴史に残る記録になる。それだけで十分だ。 つまり、純粋にスポーツだけで勝負しているのであって、だからこそドーピングを絶対に許してはならないのである。国民栄誉賞をもらおうなどと思って練習に励む者はいない。記録やメダル以外の「不純物」は不要である。 また、国民に感動を与えるために練習しているのではないし、その過程でけがをしたり、リハビリに励んだりするのは、ひたすら勝つためである。けがを克服したことが国民に感動を与えたなどといわれても、そんな道徳教育の話と勝負の世界は別である。お上に栄誉賞を授けてもらわなくても、国民の喝采があれば、選手には国民が喜んでいることは分かる。スポーツ選手を政治の道具にしてはならない。 極端な想定をすると、引退後に人生を間違えて犯罪者になろうとも、現役時代の記録は不滅である。下手に国民栄誉賞など受賞していたら、それこそ全人格的に否定されて、金メダルまで剝奪しようという暴論すら出てくるかもしれない。 若いころ、スポーツ選手だった人間が、年月を経て政治家や経営者になることはあるが、そのような職業には毀誉褒貶(きよほうへん)がつきものである。国民栄誉賞などを背負っていれば、リスクを冒したくないので、政治活動や経営をのびのびと実行することが不可能となろう。つまり、現役引退後の長い人生で、憲法で定められた基本的人権である「職業選択の自由」すらなくなってしまうのである。フィギュアスケート男子で2連覇を果たし、安倍首相(左、代表撮影)から電話で祝福される羽生結弦選手=2018年2月(共同) 以上のような問題は、すべての「栄典」について共通して言えることである。中でも勲章については、かねてから賛否両論があるし、実際に辞退する者もいる。しかし、国民栄誉賞と違って、勲章は年を取ってから受章するので、いわば「冥土の土産」であり、その後の人生を左右するといったことはない。 勲章については、栗原俊雄の『勲章-知られざる素顔』(岩波新書)に詳しいが、この中で「憲政の神様」尾崎行雄(咢堂・がくどう)の例が紹介されている。尾崎は文部大臣、東京市長、司法大臣などの業績で、1916年7月に勲一等旭日大綬章を受ける。しかし、1942年の翼賛選挙を批判したことから、不敬罪で巣鴨拘置所に留置された。 戦後、「憲政の神様」として一躍時の人となった尾崎は、1945年12月に宮中に召されたが、その際に「けふ(今日)は御所 きのふ(昨日)は獄舎(ひとや) あすはまた 地獄極楽いづち行くらん」という自作の狂歌を昭和天皇に見せたそうだ。そして、翌年5月には勲章を返上している。 私は、モロッコ王国より、2008年11月にアラウイ王朝勲章グラントフィシェに、また2016年3月にフランス共和国より、レジオン・ドヌール勲章コマンドゥールに叙せられている。これらは、モロッコやフランスとの交流に貢献したことが認められたものであり、光栄に思っている。 ところが、2年前の「舛添バッシング」のとき、この勲章にまでケチをつける者が出てきた。大衆迎合主義(ポピュリズム)の怖さである。五輪で優秀な成績を収めたメダリストたちには、同じような嫌な思いをさせたくない。国民栄誉賞は廃止すべきである。

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    西野ジャパンはまだやれる

    スタジアムに響くブーイング、敵将からは同情の声…。「恥ずべき」初陣を飾った西野ジャパンのサッカーW杯メンバー23人が発表された。サプライズのない顔触れ。平均年齢28・17歳は史上最高齢である。ファンの不安は膨らむ一方だが、とまれ8年前の岡田ジャパンの奇跡だってある。もう信じるしかない。

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    西野Jに期待薄ながらも、私は「代表ブス」に徹しようと思う

    佐山一郎(作家) サッカー日本代表チームの最終選考では、今より1人少ない22人だった時代、98年フランスW杯直前の「カズ外し」が回顧の定番だ。だが、これは戦前からの悩ましい問題でもあった。実際、今や監督報酬の3分の1が「選考料」で、残りの3分の1ずつが勝利へと導く日常業務と解任リスクへの慰謝料と言ってもよいくらいだ。 こうした仮借(かしゃく)なきピッチ外の闘いまでをも含めて包摂的に楽しむのがサッカー大衆のはずなのだが、電撃リセットをされたヴァヒド・ハリルホジッチ前監督への同情論が思いのほか強い。   解任理由の一つとされる「コミュニケーション不足」が、ハリルと日本サッカー協会(JFA)との間で最大の争点になるのは当然すぎる話だ。今も気になるのは、田嶋幸三会長が4月9日の会見で語った「選手たちとのコミュケーションや信頼関係が多少薄れていた…」の「多少」の部分だ。惻隠(そくいん)の情が裏目に出て、「多少の薄れくらいなら改善できる余地はいくらでもあった」となってしまうからだ。 ただそれでも、JFAなりに契約・対決社会慣れはしてきている。ハリル側の訴える「名誉毀損(きそん)に対する1円の慰謝料と謝罪広告掲載」の実現性は高くなさそうだし、欧州連合(EU)圏での移籍自由化を促進させた、かつてのボスマン判決の監督版のように、サッカー監督の地位向上につながる波及効果が生まれる可能性も低い。 CM出演にも妙に積極的だったという3年間の高額報酬に対する共感がどこにもないのが、ハリルにとって何より痛いところだ。 しかも海外組を入れた国際Aマッチにおける、秋口からの戦績は1勝2分け3敗、格下相手が多かった通算戦績で38試合21勝9分け8敗となれば、契約解除に抵抗できるわけもない。個人的には「慰謝料1円」ではなく、御縁がなかったということで「5円」にしてほしかったのだが…。 それにつけても、新体制への賛意がこれほどまでに少ないのは一体なぜなのか。私には、ロシア大会を迎える上での物語構造が壊されたからとしか思えない。最後の仕上げに定評のあるらしいハリル采配を見届けたかったところに、2年半も現場から遠ざかっている西野朗新監督を時間もない中で持ってきてどうするのだ、という大方の切迫感はあって当然と言える。 それは同時に「監督解任ブースト(援助・あと押し)」など起きるはずがないという、大きな賭けを否定する物語形成の絵姿でもある。壮行セレモニーで厳しい表情を見せる日本代表・本田圭佑ら=2018年5月30、日産スタジアム(撮影・甘利慈) その上さらに、当落線上だった本田圭佑(31=パチューカ)に対する不要論も根強く存在し、「かわいさゼロ」の自信家ぶりを傲慢(ごうまん)と受け取る人たちも増えていた。チームごとコンディショニングに失敗した前回ブラジル大会での期待外れっぷりが、サポーターの残像として消えていないようなのである。外されたあの3選手 その後のW杯アジア予選でも、不用意なボールロストや守備局面でのポジショニングの誤り、閉めるべき所を閉めない「おサボり」などに関して、厳しい本田批判はあった。ミスの一つ一つが妙に際立ってしまう、キャラ立ちならぬ「ミス立ち」と無縁でいられぬのが、3大会連続初戦ゴールの期待がかかる本田ならではの光景なのだろう。 8年ぶりの自国民代表監督の誕生で、本田と同じように当落戦上から救われたのが香川真司(29=ドルトムント)だった。ブラジル大会で同じ2列目のポジションを任された香川もまた、前回大会での期待外れが尾を引いている。 マンチェスター・ユナイテッドから古巣に戻って来た香川が、ドルトムントで調子を落として臨んだ2014年大会の時と同じように、2月上旬に始まる左足首の故障から精彩を欠き続けている。2大会連続の不安材料の多さにサポーター自身が心のどこかでさじを投げ、期待値が上がらない面がある。 「監督解任ブースト」による選手意識のチェンジは、9日間の国内キャンプ中に新布陣3-6-1を試すことで前に進んだかに見えた。5月30日の対ガーナ戦後に選考がなされ、結果として、MF三竿健斗(22=鹿島)、井手口陽介(21=クルトゥラル・レオネサ)、FW浅野拓磨(23=ハノーバー)ら3名の選手がメンバー外となり、平均年齢をさらに押し上げた。 あのまま田嶋会長がハリル体制を容認していたら、本田はもちろんのこと、たぶんFW武藤嘉紀(25=マインツ)や香川の目もなく、代わりにFW久保裕也(24=KAAヘント)やFW中島翔哉(23=ポルティモネンセ)らが選ばれていたかもしれない。 もっとも、西野新監督が予備登録で呼んだMF青山敏弘(32=サンフレッチェ広島)とMF今野泰幸(35=ガンバ大阪)、FW小林悠(30=川崎フロンターレ)の3人が負傷による辞退をしていなかったら果たして…とも考えるべきで、23人選考なるもののタラレバ感がさらに浮かび上がってくる。会見に臨む西野朗監督=2018年4月12日、東京都文京区(撮影・加藤圭祐) とまれ、今度のロシア大会に参加する23人は、(期待薄ながらも)J1、J2、J3の54クラブと国外で活躍するおよそ1700人からなる日本人プロサッカー選手の中で、ポジションごとのチャンピオンと最強挑戦者ばかり。 遅すぎた感のある西野ジャパンの誕生を歓迎している「コットン・ゲームシャツ世代」の私としては、「サポーター」ではなく、米語ながらも同じように熱心なファンの意味を持つ「ブースター」を標榜(ひょうぼう)しようかと思っている。ただ、その場合の略称は「代表サポ」ではなく、「代表ブス」。そこもまた解任ブーストに期待をかけざるを得ない者ならではの、つらいところなのである。 日本丸の辛航は続く。

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    西野ジャパンの命運握る「ラッキーボーイ」はこの人しかいない

    藤江直人(ノンフィクションライター) サプライズのない顔ぶれが、ひな壇の中央に座った日本代表の西野朗監督から一人ずつ読み上げられていく。むしろ誰の目にもコンディションが不十分に映った岡崎慎司(レスター・シティ)、千葉県内で行われてきた合宿で別メニュー調整を強いられた乾貴士(エイバル)が選出されたことが、逆の意味でサプライズと言ってよかったかもしれない。 都内のホテルで5月31日午後4時から行われた、ワールドカップ・ロシア大会に臨む日本代表メンバー23人の発表会見。ガーナ代表に0-2の完敗を喫した前夜のガーナ代表とのワールドカップ壮行試合でベンチ入りした26人から、浅野拓磨(シュツットガルト)、三竿健斗(鹿島アントラーズ)、井手口陽介(クルトゥラル・レオネサ)の3人が選外となった。 浅野と井手口は日本代表が6大会連続6度目のワールドカップ出場を決めた昨年8月31日のオーストラリア代表とのアジア最終予選でともにゴールをゲット。前者は23歳で、後者は21歳。西野監督をして「将来有望な若手」と言わしめる存在だったが、所属クラブで出場機会を失っている状況がネックとなり、本大会までにゲーム勘などが戻らないと判断された。 もっとも、ガーナ代表戦で与えられた背番号を見れば、22歳の三竿を含めた、リオデジャネイロ五輪世代の3人の序列が当初から下だったことがわかる。浅野が「25」番、三竿が「26」番、井手口が「27」番で、ガーナ代表戦でピッチに立ったのは途中出場の井手口だけだった。 けがで無念の離脱を強いられた青山敏弘(サンフレッチェ広島)が背負う予定だった「6」番を空き番号として、ガーナ戦ではGK川島永嗣(FCメス)の「1」番から順に26人が背番号を与えられていった。この時から出来上がっていた経験と実績が重視された序列が、最後まで覆らなかったことになる。 一方で同じくガーナ代表戦に出場せず、当落線上にいると見られた植田直通(鹿島アントラーズ)が23人入りを果たした。ガーナ代表戦で採用された3バックを本大会でも導入する、という見方に立てば左から槙野智章(浦和レッズ)、長谷部誠(アイントラハト・フランクフルト)、吉田麻也(サウサンプトン)で組む主力組をバックアップする選手が必要になってくる。ガーナ戦に臨む日本イレブン。(前列左から)長谷部、長友、宇佐美、大島、山口蛍、(後列左から)GK川島、原口、吉田、槙野、大迫、本田=2018年5月30日、日産スタジアム(撮影・中井誠) 槙野のバックアップが昌子源(鹿島アントラーズ)、長谷部のそれが遠藤航(浦和レッズ)、吉田のそれが植田と考えれば合点がいく。しかも遠藤は右ストッパー、ボランチ、4バックで戦う場合の右サイドバックと複数のポジションを務められる、いわゆる「ポリバレント(多様性)」のある選手でもある。 左右のウイングバックおよびサイドバックでプレーできる酒井高徳(ハンブルガーSV)、もともとはサイドアタッカーながら今回の合宿では右ウイングバックでもプレーした原口元気(フォルトゥナ・デュッセルドルフ)、フォワードに加えて一列下のシャドーも務められる岡崎らを含めて、ポリバレント系の選手を多く招集したのも、本大会中に起こり得る不測の事態を想定したからに他ならない。変幻自在の前回大会得点王 6月2日に離日する日本はオーストリア・インスブルックで事前キャンプを張り、ルガーノに移動して8日にスイス代表、再びインスブルックに戻って12日にパラグアイ代表との国際親善試合を実施。13日にロシア国内のベースキャンプ地・カザンに入る。 ガーナ代表戦を含めて、いずれも4月7日に電撃解任されたヴァイッド・ハリルホジッチ前監督時代に決められた強化スケジュールである、ガーナ代表はセネガル代表、スイス代表はポーランド代表、そしてパラグアイ代表はコロンビア代表と、ロシア大会のグループリーグで対戦する3カ国を想定したマッチメークでもあった。 しかし、この日の記者会見に臨んだ西野監督はガーナ代表戦やスイス代表戦を含めて、6月19日のグループリーグ初戦で対峙(たいじ)するコロンビア代表を見すえた戦いだと力を込めた。初戦を勝てば、グループリーグを突破する確率が8割を超えるというデータがあるだけに、前回ブラジル大会のグループリーグ最終戦で1‐4の惨敗を喫した難敵コロンビア代表戦は大きなウエートを占めてくる。 コロンビア代表の陣容を見れば、左ひざの大けがから復活を果たした1トップのラダメル・ファルカオ(モナコ)の周囲を、まるで衛星のように前回大会得点王のハメス・ロドリゲス(バイエルン・ミュンヘン)が変幻自在に動き回る。 ワールドクラスの脅威を放つ2人の点取り屋を数的同数の状態、つまり2人のセンターバックで迎え撃つのは相当のストレスをため込む仕事になる。一転して最終ラインを3枚にして、所属クラブでもリベロを務め、高い評価を得ている長谷部を従来のボランチから一列下げれば、数的優位の状況を作り出すことが可能になる。 西野監督はロシア大会において、3バックに固執するとは言っていない。第2次岡田ジャパン、ザックジャパン、アギーレジャパン、そしてハリルジャパンで採用されてきた4バックにはいつでも対応できるという認識のもと、特にコロンビア代表との初戦をみすえて、オプションになり得る3バックへの対応を合宿26日からスタートさせてきた。 カバーリングだけでなくラインコントロールも担う、まさにキーマンとなる長谷部は決して守備的ではなく、むしろ「中盤と前線で数的優位を作れる」という観点から、西野流3バックを攻撃的と位置づける。そのためにも、ガーナ代表戦で言えば左の長友佑都(ガラタサライ)、右の原口の両ウイングバックができるだけ下がって来ないように、最終ラインの3人が横ずれを繰り返さなければいけない。 その上でロシア大会の目標を、各試合でポイント(勝ち点)を積み重ねてのグループリーグ突破に置いた西野監督は、大舞台で披露するサッカーをこう表現した。「日本チームらしいサッカーをやりたい、という大きな目標を強く持って、そういう数字(各試合でポイント)が残せれば、日本のサッカーをある程度表現できるんじゃないかと思っています」試合後、サポーターに挨拶する岡崎慎司、本田圭佑、長友佑都、香川真司ら=2018年5月30日、日産スタジアム(撮影・中井誠) 日本らしいサッカーとは、ハリルホジッチ前監督が標榜(ひょうぼう)した前方のスペースに速く攻め込むスタイルとは対極の位置にある。中盤におけるポゼッション(ボール支配)を高め、サイドあるいは中央から自在に仕掛ける。その意味で本田圭佑(パチューカ)が、そして左足首痛からトップフォームを取り戻しつつある香川真司(ボルシア・ドルトムント)がメンバー入りしたのも必然だった。 「落ち着いている印象を受けますし、ある程度選手のアイデアを尊重してくれている部分も、シチュエーションによってはあるのかなと。そのへんのコミュニケーションの部分では今後、自由にやれるんじゃないかと思いますね」 西野監督のマネジメントに対してこんな感想を語っていた本田は、ガーナ代表戦では1トップの大迫勇也(ベルダー・ブレーメン)の背後で、宇佐美貴史(フォルトゥナ・デュッセルドルフ)と左右対でダブルシャドーを組んだ。もっとも、真ん中から果ては反対側の左サイドと、文字通り神出鬼没状態で自由に動き回った。化けたらヤバイあの選手 ただ、忘れてはいけないのは気分よく、自由自在にパスを回すあまりに、相手が危険と感じないゴール前での崩しが少なくなる点だ。前回ブラジル大会では、得意とするパス回しが「自分たちのサッカー」という言葉とともに独り歩きし、それが封じられた時に修正することができなかった。 ガーナ代表戦でもボール支配率で58.1%対41.9%と圧倒しながら、最後までゴールネットを揺らすことができなかった。2日前に来日し、時差ぼけに苦しんでいたガーナに、ボールをもたされていたと言ってもいい。だからこそ、相手に恐怖心を与えるプレーが必要になる。メンバーを見渡してみれば、宇佐美に「化けて」ほしいと願わずにはいられない。 実際、ガンバ大阪監督時代にユース所属だった宇佐美をトップチームへ、いわゆる「飛び級」の形で昇格させて重用した西野監督は、26歳になったかつての愛弟子(まなでし)をこう評している。 「彼の魅力はやはりフィニッシャーとして、いろいろなシュートのバリエーションを持っているところですね。相手ゴールに近いところでのプレーが彼の特徴だし、ドイツでも発揮されている。ゲームを作るだけではなくフィニッシュに絡む回数を増やして、意外性やイマジネーションに富んだプレーを期待したい」 ならば、ガーナ代表戦はどうだったか。左イングバックの長友との好連携でチャンスを演出したものの、放ったシュートはわずか2本。ガーナ守備陣の脅威にはなり得ず、後半開始からは香川との交代でベンチへと下がっている。試合後には自身を奮い立たせるように、こんな言葉を残している。 「フィニッシュの精度に関しては、もう練習していくのみですね。そこで感覚を研ぎ澄ませて自信をつけることで、実際の試合中における冷静さも生まれてくる。イメージや頭の中で決めようと思っても、そんなに甘い世界ではないので」 代表メンバー23人の平均年齢は28.17歳で、6大会目のワールドカップにして初めて28歳を超えた。最年長となる35歳の川島を筆頭に、30歳以上のいわゆるベテラン勢が7人も選出されたのも初めてであり、南アフリカ、ブラジルに続く3大会連続出場が5人、連続出場が11人を数えた。 経験と実績が重視された結果と引き換えに、ロシア大会以降につながる流れをある意味で断ち切った人選と言ってもいい。それでも、西野監督は反論するように力を込めている。 「中堅でも力のある選手はいます」 26歳の宇佐美は、まさに中堅となる。開幕前の芳(かんば)しくない下馬評をひっくり返し、決勝トーナメント進出を果たした2010年の南アフリカ大会は不慣れな1トップに大抜てきされた本田が2ゴールをマーク。驚異的な運動量で左サイドを制した長友も、大会後にセリエAのチェゼーナへ移籍した。厳しいマークを受ける宇佐美(中央)=2018年5月30日、日産スタジアム 当時24歳だった本田や長友のように、大会中に味方を驚かせるほどの変貌を遂げる選手が出てくるかどうか。南アフリカ大会を指揮した岡田武史監督は、「ワールドカップのような舞台では、ラッキーボーイ的な選手が出て来なければ厳しい」と言い切る。 宇佐美や走力と頑張れる力に長(た)けた27歳の原口らが、特に重要となるコロンビア代表との初戦で眩(まばゆ)い輝きを放たない限り、いずれも格上と戦うグループリーグで西野ジャパンは劣勢を余儀なくされる。

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    西野ジャパンには超守備型「日本版カテナチオ」の秘策がある

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授) サッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会に臨む日本代表が発表されました。MF本田圭佑(パチューカ)やMF香川真司(ドルトムント)、FW岡崎慎司(レスター)、DF長友佑都(ガラタサライ)、MF長谷部誠(フランクフルト)といった前回のブラジル大会の主力が順当に選ばれました。ここでは代表を率いる西野朗監督の決断を心理学的に考えて、ロシアW杯の楽しみ方を探ってみましょう。 今回の代表チームはまず27人が選ばれ、発表前日のガーナ戦を経て23人が選ばれるという流れでした。27人が発表された段階で話題を集めたのが、ベテランのMF青山敏弘(広島)の選出と、昨シーズンの欧州でブレークしたFW中島翔哉(ポルティモネンセ)とMF堂安律(フローニンゲン)の落選でした。 中島と堂安の活躍はめざましく、欧州でもW杯の出場を期待する声がありました。実際に代表に呼ばれれば、新たなスターとして日本のサポーターも専門家も注目する楽しみな選手になったことでしょう。 ですが、西野氏は2人のいない日本代表を選んだわけです。活躍を楽しみにしていた専門家やファンからはがっかりされています。また、「ビッグ3」と呼ばれる本田、香川、岡崎など実績が豊かな選手を選んだこともあって、「名前で選んだ」と批判的に受け取る声もあります。 ただ、この決断を意思決定の心理学から考察すると、少し違った側面が見えてきます。意思決定の心理学では難しい決断を迫られると「損害回避バイアス」が発生することが知られています。損害回避バイアスとは損害が利益の何倍にも大きく感じられることです。結果的に、利益を追求するよりも損害を回避する決断が下されます。2018年5月31日、サッカーW杯ロシア大会のメンバー発表会見にのぞむ日本代表の西野朗監督=東京都港区のホテル(吉澤良太撮影) このバイアスは、特に失敗できない投資や大金を賭けたギャンブルのように緊張感が高い場面ほど強く働きます。選手選考もチーム作りも、投資やギャンブルではありません。 しかし、失敗できないプレッシャーは投資やギャンブル以上のものがあると思われます。その中で損害回避バイアスが働くことはやむを得ない状況といえるでしょう。 では、西野氏が避けようとした「損害」はいったい何だったのでしょうか。サッカーが点を取り合うゲームである以上、最も避けたい損害は「点を取られる」ことです。 W杯グループリーグでの対戦相手、コロンビア、セネガル、ポーランドはいずれも世界的なストライカーを有しています。世界有数の攻撃力を持つチームと同組になってしまったのです。西野氏が導入した「3バック」の意味 実際のところ、「全試合で大量失点という悪夢も起こり得る」と考える識者もいます。決断を迫られた将は、まずはこの悪夢を避けることを最優先に考えざるを得ないでしょう。 中島も堂安も類まれなアタッカーです。欧州での実績を考えれば、代表の即戦力といえる実力はあるでしょう。単純な比較はできませんが、それぞれポルトガル1部、オランダ1部で実績を出したことを考えると、ドイツ2部など下部リーグで活躍した選手よりも優れたアタッカーかもしれません。 ですが、監督の意思決定として、期待のアタッカーの活躍という利益を求める決断は難しかったことでしょう。「点を取られる」という損失を回避することが重視されてしまうからです。 「点を取れる選手より、取らせない選手」、言い換えれば「ゲームを仕掛ける選手より、ゲームを終わらせられる選手」を重視する選考になったものと考えられます。いかに欧州で期待されていようと、日本のサポーターが楽しみにしていようと、中島と堂安を選ぶことは難しかったといえるでしょう。 逆に、結果的に右膝のけがで辞退してしまいましたが、青山は経験豊かな試合巧者です。サッカーには自分たちがリードしているときには、自分たちも点を取れないけど相手にも取らせない試合運びが戦術として知られています。言い換えれば、ゲーム時間にかかわらず「試合を終わらせる」戦術です。そして、そのような試合運びが巧みな選手は「ゲームをクローズさせる選手」という意味で「クローザー」と呼ばれます。 例えば、青山のようなクローザーとして期待できる試合巧者を中心にチームを作れば、「負けないチーム」を作ることができるのです。実際、日本のFWも岡崎のほかにも、大迫勇也(ブレーメン)、武藤嘉紀(マインツ)とビッグリーグで活躍しています。それでも、ロシアでの対戦相手と点の取り合いで勝てるとは思えません。 そうなると西野氏は、相手にとってのゲームを早々に終わらせて、相手が攻め疲れた「マイアミの奇跡」のように1点でも取れれば…というゲームプランを考えるが現実的でしょう。その意味で、損害回避バイアスを感じられる選考は「W杯で勝つ確率を1%でも、2%でも上げるため」という日本サッカー協会の趣旨と一致しているといえるでしょう。2018年5月30日、ガーナ戦の後半、長友(5)に指示を出すサッカー日本代表の西野監督。右奥はベンチに下がる本田=日産スタジアム 今回、西野氏が導入した3バックにもゲームを早々に終わらせる意図が感じられます。実際、「1-0」の勝利を理想とするイタリアサッカーの守備重視戦術「カテナチオ(かんぬき)」を思わせるという声もあります。 ガーナ戦ではボール支配率58%と日本が押し込めるゲーム展開だったので、ウイングバックのFW原口元気(デュッセルドルフ)や長友が攻撃参加する形になりました。しかし、グループリーグの対戦相手のとの力関係を考えれば、ウイングバックは自陣深くに押し込まれる展開が続くでしょう。日本は真の「試合巧者」になれるか おそらく、4バックの後ろでリベロの長谷部がリスク管理に走り回るような展開になるのではないでしょうか。さらに、その前で山口蛍(C大阪)がスイーパーとして敵の攻撃の芽を摘み、ゴールにさらに強力なカギをかけると思われます。 カテナチオは華麗な攻撃に憧れる日本サッカーではこれまで積極的には導入されて来ませんでした。しかし、組織力と選手の献身性が自慢の日本代表なら、本家に負けず劣らぬカテナチオを実現できる可能性は十分にあります。 報道されている長谷部らの発言を見る限り、選手は3バックに前向きなようです。ガーナ戦では3バック初戦で相手が1トップということもあってチグハグぶりを露呈しましたが、本番ではより機能する可能性が十分にあると思われます。 このように、W杯での西野ジャパンに新進気鋭のアタッカーが強豪に果敢に立ち向かうといったスペクタルや、華麗なパス回しで敵を翻弄(ほんろう)するようなファンタスティックなサッカーを期待することはできないようです。では、私たちは西野ジャパンの何を楽しめばいいのでしょうか。  私が注目したいことは二つ、それは「チーム再生の物語」と「試合巧者ジャパン」の誕生です。前者の「チーム再生の物語」とは、西野ジャパンは、2カ月前のハリルホジッチ監督解任という危機的な状況で立ち上がりました。危機感は人を集中させる効果があります。上手に使えばチームを一つにまとめるアドバンテージになるのです。 ハリルホジッチ氏は1対1の勝負である「デュエル」と、「縦に速い攻撃」を強調していました。強調するあまり、選手がバラバラな印象が強かった日本代表ですが、本当のチームとして再生できるかどうかが見どころです。ガーナ戦に向けて調整する(左から)香川、酒井高、本田、吉田、宇佐美=2018年5月21日、千葉県内 今のところ、練習中に選手同士で声を掛け合えるというハリルホジッチ時代にはなかったメリットを挙げる選手もいます。チーム再生が進んでいることが感じられます。西野氏のチーム運営で崩壊していたチームが再生すれば、サッカーに限らず組織運営の一つのモデルになることでしょう。 「試合巧者ジャパン」については、これまで日本サッカーは「ボール扱いはうまいが、マリーシア(ずる賢さ)がない」などと言われ、試合巧者の要素が乏しい印象がありました。今回は試合運びが巧みな選手を中心に難敵に挑むわけです。 確かに、勝機は単に「サッカーがうまい」ことを追求するだけでは訪れません。その中で歴戦の勇者たちが仕掛ける試合運びがはまって結果が伴えば、日本サッカーが世界と伍(ご)するための新しいスタイルが見えてくるかもしれません。ロシアでどのような試合が展開されるのか、楽しみに西野ジャパンを応援したいと思います。

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    最先端のサッカーから遠ざかる本田圭佑の「柔軟力」

    清水英斗(サッカーライター) MF青山敏弘(広島)の負傷による招集辞退を受け、ガーナ戦のサッカー日本代表は26人に減った。試合の翌日、ロシアワールドカップ(W杯)に行く最終メンバー23人が発表され、FW浅野拓磨(ハノーバー)、MF井手口陽介(クルトゥラル・レオネサ)、MF三竿(みさお)健斗(鹿島)の若手3人が落選となった。その一方、ケガの不安があったMF香川真司(ドルトムント)、FW岡崎慎司(レスター)、MF乾貴士(エイバル)らは、全員選出されている。 これでロシアW杯へ挑む日本代表23人の開幕時の平均年齢は、28・2歳となった。前回のブラジルW杯では、平均年齢のトップはアルゼンチンで28・5歳だった。この傾向を踏まえると、西野ジャパンはW杯出場国の中でも、平均年齢の高いチームになる。 浅野と井手口は、W杯出場を決めたオーストラリア戦でゴールを挙げた、最終予選の「功労者」だった。西野朗監督は「トップパフォーマンスという意味では、自分の中で確証を持てなかった」と落選の理由を語っている。 確かに、彼らは所属クラブでベンチ外が続くなど、状態は悪かった。しかし、コンディションで言えば、彼ら以外にも怪しい選手はいる。ケガの不安が残る香川、岡崎、乾らを選出した一方で、浅野と井手口を外したのは、なぜだったのか。 西野監督の言葉は、冗長で伝わりづらいが、「ゲーム勘」というキーワードは出していた。コンディションには、フィジカル面の状態だけでなく、メンタルや感覚に関わる「ゲーム勘」もある。単純なケガなら、リハビリで正しい負荷をかけ、計画トレーニングを行えば、復帰のめどは立つが、ゲーム勘はより厄介だ。 戻るか、戻らないか。それは本人にしかわからない。「確証が持てなかった」と西野監督が言うのも、わからなくはない。井手口はガーナ戦に後半31分から出場したが、そのラストチャンスであまり良いプレーをせず、むしろ、西野監督に落選の確証を与えることになってしまった。2018年5月30日、ガーナ戦の後半、パーティー(5)と競り合う井手口陽介=横浜国際競技場(蔵賢斗撮影) 結果として、MF本田圭佑(パチューカ)や岡崎、香川、乾など、バヒド・ハリルホジッチ前監督に冷遇されたベテラン勢は、全員が西野ジャパンに招集されたことになる。 西野監督は「いろいろな戦い方、システムの中で、ワールドカップという舞台への対応力が、間違いなく求められる」と彼らへの期待を語った。「対応力」は会見のたびに繰り返されているので、西野監督の中でもキーワードなのだろう。 確かに対応力は重要だ。日本の対戦国であるコロンビア、セネガル、ポーランドは、W杯出場が決まって以降、積極的なプレッシングと引いた守備ブロック、あるいは3バックと4バックなど、戦術の使い分けにトライしてきた。 日本もそうした対戦相手の戦術に対応する術を身に着けなければならず、ガーナ戦の3バックも、そのトライの一環だった。時間帯、相手の出方に応じて、柔軟に戦えなければならない。柔軟性とベテランの奇妙な関係 ところが、この対応力を重視しすぎると、メンバーは必然、ベテランだらけになってしまう。本田はガーナ戦の前半、本来の右サイドから、反対側の左サイドまで出て行き、フリーダムっぷりを見せつけた。その自由なポジショニングについては、「全部そうやって動く、という意味ではないです。相手による。相手のウイングやサイドバックのタイプによって、動く幅を変えている」と本人が説明している。 つまり、それはこういうことだ。ガーナ戦は日本の右サイド側で、相手ウイングの守備意識が高く、MF原口元気(デュッセルドルフ)や本田がマークされやすい状況だった。そこで本田は、自分をマークしてくる相手サイドバックから離れ、左サイドへ出張することで、相手の守備の基準をずらそうとした。 相手サイドバックは、マークする相手を見失い、逆に他の地点では、マークの手が足りず、困惑することになる。それが本田の狙いだった。 その流動性が高すぎるポジショニング、奪われたときにカウンターを食らいやすいなどの妥当性はともかく、本田としては相手の出方が見えており、筋の通った「対応力」を見せた。このようなプレーを個々の選手が出すことを、西野監督は求めている。 本田のように、チームの仕組みから離れたプレーを自分の決断で行い、味方ともコミュニケーションを取って微調整する。それができるのは、特に日本ではベテランの仕事、ということになる。今回外れた22歳の三竿が本田に対して「おい! 動きすぎだ! ポジションに戻れ!」と一喝できるかといえば、できない。 柔軟な対応力を重視した結果、西野ジャパンが、経験を積んだベテランだらけになることは必然だった。 ところで、世界のやり方も、西野ジャパンと同じ方向性を志向しているのかと言えば、それは違う。最先端のサッカーでは、監督がコントロールする部分がより精緻になっており、選手の自主性に任せる部分はどんどん少なくなっている。2018年5月30日、ガーナ戦の前半、ゴール前で相手に倒され宙を舞う本田圭佑=横浜国際競技場(中井誠撮影) 例えば、ゾーンディフェンスにおいて、味方同士の間隔は8メートル、ボールに対して身体の向きをある方向にする、といった細かい約束事は、十数年前のサッカーから存在した。かつて日本代表で指揮を執ったアルベルト・ザッケローニ元監督も、そのような細かい指導を行い、選手を驚かせている。 その細かさが、現代サッカーでは攻撃、つまりボール保持にまで広がってきた。味方に対して、どうポジションを取るか。相手FWが1枚でプレスに来たら、センターバック2枚で剝がす。2枚でプレスに来たら、ボランチを下げて3枚で剝がす。それに応じてサイドバックが上がる―といった具合に、攻守にかかわらず、監督によってポジションの動き方がシステマチックに決定される。 その場合、経験値は必ずしも重要ではなく、監督の指示と、自分の判断のバランスを取ることが求められる。また、スピード、高さ、強さといったわかりやすいスペックのある選手のほうが、戦術肌の監督にとってもゲームプランを考えやすい。ハリルジャパンも、このような現代サッカーの考え方がベースだった。柔軟より自動のほうが速い このトレンドの中では、本田ほど即興判断で自由に動くなんてことは起こりづらく、起きても本田ほど大きくは動かない。あるいはそこまで大きく動くのは、1人のみに限定するしかない。 また、現代サッカー式と西野式の違いは、選手の平均年齢だけでなく、スピードにも表れる。2002年W杯で指揮を執ったフィリップ・トルシエ元監督の時代には「オートマティズム」という言葉がはやった。 監督の細かい指示によって「自動化」されたチームは、組織的に動くスピードが速い。しかし、西野ジャパンのように選手個々の即興から、周りがすり合わせていく形になると、相対的に遅くなる。 柔軟より自動のほうが速い。そのわずかな差が、カウンターがすり抜ける一瞬の速さの差となる。西野ジャパンが、果たしてW杯の「ゲームスピード」について行けるか。ここは不安材料だ。 さらに、西野ジャパンのようにベテランが増えるデメリットとしては、フィジカル面の負担も挙げられる。どうしても年齢を重ねると、若手ほど連戦の負担に耐えられなくなりがちだ。単純なスピードや身体のキレでも、若手のほうが速かったりする。 例えば、守備面で言うと、ガーナ戦の本田は、逆サイドのMF宇佐美貴史(デュッセルドルフ)とは少し違うポジションを取っていた。本来の右サイドの守備よりも、やや前目にいて、隙があれば前にプレッシングをかける、あるいはカウンターに行くチャンスをうかがっていた。 しかし、いざその隙が見えても、本田の瞬発力ではどうしても遅い。予測はできるが、予測しても間に合わないか、特にアフリカ系の選手にはスルッと抜け出されてしまう。ガーナ戦に向けた練習を見守る西野監督。右は本田=千葉県内 西野ジャパンのチーム作りに、一定の方向性はある。しかし、フィジカルの負担、スピードへの適応、といったベテラン勢ならではの不安要素をクリアできるかどうか。 また、対応力と実行力がバッティングする可能性もある。「船頭多くして船山に登る」という言葉もある。本田はこう、香川はこう、岡崎はこうと、それぞれが違うアイデアで動き始めると、面倒になる。これらを2~3週間でまとめて、形にすることができるか。 課題は山積み。それをクリアしても、フィジカル負担やスピード適応の不安が消えるわけではない。2カ月で準備して挑む、前代未聞のワールドカップ。日本の末路はいかに…。

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    「ポゼッションは封印せよ」西野Jを勝利に導くベスト戦術

    河治良幸(サッカージャーナリスト) 「狙いとしてできたところと、そうでない部分の中で、こういう結果が出た」 サッカー日本代表は5月30日に行われたロシアW杯メンバー発表前の最後の親善試合でガーナと対戦して0-2で敗れ、西野朗新監督は初陣を飾ることができなかった。 本大会に2カ月と迫ったタイミングで解任されたバヒド・ハリルホジッチ前監督に替わり、4月に就任した西野監督は5月21日にスタートした国内最終合宿で「3-4-2-1」という新システムを採用してガーナ戦に臨んだ。もともと本大会を戦うベースとして固めるというより、まずはトライして可能性を探る目的があったとはいえ、ホームでW杯出場を逃したガーナに完敗を喫し、内容的にも乏しいものになったことは「想定内の誤算」とも言える。 ハリルホジッチ前監督を技術委員長として支える立場だった西野監督は前監督から多くのものを継承できると語っており、実際に今回の合宿に招集した27人のメンバーのほとんどがハリルホジッチ前監督に近年招集された選手たちだった。 唯一、ハリルホジッチ前監督の「初陣」となった15年3月の試合を最後に事実上の代表引退をしていたブラジルW杯経験者の青山敏弘(サンフレッチェ広島)の選出が「サプライズ」だったが、残念ながら本番直前の5月20日にJリーグの試合で右膝を痛め、一度は合流したもののメディカルチェックの結果、離脱となった。 西野監督は「デュエル」(フランス語で決闘を意味する1対1の強さ)や球際で戦うところ、相手の裏を素早く狙ってゴールを目指す意識などは、ハリル監督から引き継ぎながら、選手たちが臨機応変に判断できる環境を作っていると思われた。しかし、ガーナ戦で蓋(ふた)を開けてみればショートパスを起点に攻める形が非常に多く、守備はボールを奪う位置がかなり低かった。サッカー日本代表のハリルホジッチ監督(左、当時)と西野朗氏=2017年8月、さいたま市内 そうした展開になった要因としては、ガーナに早い時間帯に先制され、そこから自陣に引かれたこともあるが、筆者の見込みから考えるとポゼッション(ボール支配)の方に比重が偏りすぎた感も否めない。 本大会で対戦するコロンビア、セネガル、ポーランドは典型的に引いて守ってくるチームではなく、このガーナ戦のように早い時間帯でリードでもされない限り、日本が中盤でボールを持つ時間はそう多く作れないだろう。 仮に「3−4−2−1」をベースに臨む場合も裏を狙う形とパスをつないで攻める形を併用するプランを想定しておかないと、ガーナ戦のようにボールを持たされるような展開もあれば、逆にボールを無理につなごうとしてそれを阻まれ、守備でも相手にボールを回されて後手後手になってしまうような事態も起こり得る。4年前、ブラジルW杯で逆転負けを喫したコートジボワール戦は後者だった。3バックを封印するか 西野監督がガーナ戦後に語った「戦略的なところもコロンビアにすべて合わせた中で、チームを持っていく必要がある」という言葉通り、19日のコロンビア戦にどういうプランで挑むかを基準にトライしていく方針を示している。 その中で、ガーナ戦の内容と結果を受けて「3バックに対しては修正をかけたい」と率直に語っており、やはり前体制と同じ4バックをベースにして、3バックは封印し、終盤に守り切るために5バックを使うようなプランも考えられる。 もう一つ注目されるのはコロンビア戦に向けたレギュラー争いだ。31日に発表されたメンバーは以下の通り。<GK>川島永嗣(メッス)、東口順昭(G大阪)、中村航輔(柏)<DF>長友佑都(ガラタサライ)、槙野智章(浦和)、吉田麻也(サウサンプトン)、酒井宏樹(マルセイユ)、酒井高徳(ハンブルガーSV)、昌子源(鹿島)、遠藤航(浦和)、植田直通(鹿島)、長谷部誠(Eフランクフルト)<MF>本田圭佑(パチューカ)、乾貴士(エイバル)、香川真司(ドルトムント)、山口蛍(C大阪)、原口元気(デュッセルドルフ)、宇佐美貴史(デュッセルドルフ)、柴崎岳(ヘタフェ)、大島僚太(川崎)<FW>岡崎慎司(レスター)、大迫勇也(ブレーメン)、武藤嘉紀(マインツ) 合宿に参加していた26人の候補からは23歳の浅野拓磨(ハノーバー)、22歳の三竿健斗(鹿島アントラーズ)、21歳の井手口陽介(クルトゥラル・レオネサ)という若い3選手が外れ、ポルトガルリーグで10得点12アシストを記録し、3月のベルギー遠征でも活躍した23歳の中島翔哉(ポルティモネンセ)や最終予選で本大会出場に大きく貢献した24歳の久保裕也(ヘント)も選ばれなかった。練習に臨む(左から)本田圭佑(左)と香川真司 =千葉県内(撮影・蔵賢斗) その一方でシーズン終盤をけがで欠場していた岡崎や足首に負傷を抱える乾、やはり負傷の影響で復調途上の香川などが選ばれており、選出基準に批判的な声も少なくない。しかし、決まった以上はこのメンバーでチャレンジしていくしかない。それぞれの選手が最高のコンディションに持っていくこと、そして短い準備の中でもベストの戦術プランで挑むことが求められる。 ここから6月8日にスイスのルガーノで行われるスイス戦、12日にオーストリアのインスブルックで行われるパラグアイ戦を経て、19日のコロンビア戦にどんな顔を見せるのか、注目していきたい。

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    「西野ジャパン」の目標はスターに活躍の場を与えることなのか

    赤坂英一(スポーツライター) サッカーに興味があるのとないのとにかかわらず、またスポーツマスコミが正しい決断だと賞賛しているのとは裏腹に、まだ多くの日本国民が腑に落ちない思いを解消できないでいるのではないだろうか。なぜ日本代表のバヒド・ハリルホジッチ監督が突如解任され、前技術委員長の西野朗に取って代わられなければならのかったのか、について。 日本サッカー協会の田嶋幸三会長は9日の記者会見で表向き、「選手とのコミュニケーションや信頼関係(の問題)が出た」からと説明している。が、ハリルホジッチはすでに3年間も日本代表を率い、6大会連続のW杯出場を決めた指揮官だ。「選手とのコミュニケーション不足」なら、過去の外国人監督にもたびたび指摘されてきたこと。その程度の問題が、ロシア大会の2カ月前という非常に切羽詰まったタイミングで首をすげ替える理由になったとは、とても思えない。 大体、「コミュニケーション不足」だったとは、選手の誰と誰との関係を指して言っているのか。例えば、川島永嗣は自身のブログで「2カ月後に迫っているW杯を3年間共に目指してきた監督と一緒に戦えなくて心から残念に思う」と、ハリルホジッチへの感謝と解任に対する無念の思いを、このように切々と綴っている。 「ヴァイッド(筆者注:バヒド)の要求は僕にも厳しかった。褒められたことは一度もない。代表も外された。お前は代表に呼ばれる立ち場にないとも言われた。 でも、キャリアの中で、成長するきっかけをくれたのは、いつだって自分にNOと言ってくれる人だった。 (中略)ヴァイッドはとても厳しかった。でもいつだって選手が成長する事を考えている監督だった。その裏にはいつも選手を想う愛があったし、ピッチの外ではお茶目なおじいちゃんのようだった」(原文ママ) 川島と同様のコメントをしている選手は、長谷部誠や槙野智章など、ほかにも少なからずいる。そういう選手とハリルホジッチの間に、いったいどんな「信頼関係」の問題があったのか。あったとするなら、それはハリルホジッチが重用しなかった本田圭佑、香川真司、岡崎慎司ら、一部のスター選手との間だったのではないか。もっと言えば、ハリルホジッチが彼らを日本代表から外す可能性のあったことが、協会の不興を買い、マスコミに再三批判され、ついには解任される要因になったのではないだろうか。ウクライナに敗れ、顔に手をやるサッカー日本代表のハリルホジッチ監督=リエージュ(共同) 言葉の壁によるコミュニケーション不足の問題が存在していた、という協会の言い分にも疑問符が付く。現に川島は、先に紹介したブログの中で、「フランス語で彼(ハリルホジッチ)が放つ言葉とその裏にどんな意図があるのか、それがわかっていた」とも述べているのだから。バッシングを跳ね返す 自分の理論、戦術、指導方針を選手に押しつけた監督も、何もハリルホジッチが初めてではない。1998年フランス、2010年南ア大会の岡田武史、2002年日韓大会のフィリップ・トルシエ監督は、何よりも自分で決めた選手起用に徹し、そのために三浦知良、中村俊輔のようなスターであっても敢然と日本代表から外して、ともにベスト16進出という過去最高の成績を残している。 ちなみに、岡田は1997年10月、突如解任された加茂周監督のあとを受けて初めて日本代表監督に就任したとき、約40分間に及んだ最初のミーティングでこう言い放った。 「おれは、おれの思い通りにやる。納得できないなら出て行ってくれ」 そのときの心境と真意を、10年後になって私のインタビューに答え、こう語っている。 「何の実績もなければ、カリスマ性もない。そんなぼくが選手を一つの方向に引っ張っていくには、ロジックしかなかった。その理論を押し通すために、選手たちとは一線を引きました。選手とコーチでは立場が違う。それまでは一緒にメシを食ったり、酒を飲んだりは当たり前。仲人をやる監督さえ珍しくなかった。しかし、それでは采配に情が混じる。いざというときに、外せなくなるでしょう」(月刊WEDGE2007年5月号掲載『SPORTS突き抜けた瞬間(とき)』第4回) この類い稀な厳しさが史上初のW杯進出、さらにフランス大会直前にカズ三浦を外す決断へとつながった。サッカー協会やマスコミの批判は十分承知の上で、「日本が勝つためには、やはりカズを外すしかないと」(同前)決断したのだ。 ハリルホジッチもまた就任当初から岡田、トルシエらと同様、「性格があまりに頑固」「選手の声に耳を貸さない」と、主に日本のスポーツ紙から人格否定と言ってもいいほどの批判を浴びてきた。6大会連続のW杯進出を決めた昨年8月のオーストラリア戦の直前には、日刊スポーツのように「引き分け以下で解任」とまで書いた新聞もある。ガーナ戦の前半、本田圭佑(左)に指示を出すサッカー日本代表の西野朗監督=2018年5月30日、日産スタジアム(撮影・甘利慈) ハリルホジッチはそういう逆境をものともせず、様々なバッシングを跳ね返してオーストラリアに勝った。しかも、日本のマスコミの多くが主力としての起用を提言していたスーパースター・本田圭佑をベンチに置き、井手口陽介や浅野拓磨ら一般的には無名と言ってもよかった若手を抜擢して、である。私はそのとき、孤立無援の外国人の老将が、排他的な日本のマスコミに痛烈なしっぺ返しを食らわせたような気がして、むしろ痛快にさえ感じたものだ。 日本のサッカージャーナリズムや元スター選手のコメンテーターたちはいま、新監督の西野朗は「選手との距離が近い」「選手の気持ちがよくわかっている」と、大いに期待をかけている。しかし、そういう監督が過去に岡田やトルシエを上回る実績を残しているのか。日本の本来の目標は、一部のスター選手に活躍の場を与えること以上に、W杯で勝つことのはずである。

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    解任劇で明暗のハリル氏と本田 「W杯後」に笑うのはどちらか

    じゃない。W杯ってこんなレベルじゃないんで」とコメント。 さらにハリル会見翌日の28日にはメキシコのスポーツ紙『マルカ・クラロ』(電子版)のインタビューでは、「いま31歳で、W杯の期間中に32歳になる。W杯後は新しいことにチャレンジしてみたい」と、まるでW杯日本代表に選ばれることを前提にして語っていた。 本田はハリル解任により、“W杯出場”が近づいたと受け止めているのだろうか。しかし、必ずしも明るい未来が待っているというわけではない。本田はすでにパチューカからの退団が決まっているものの、W杯後の所属先は未定だ。「ある海外メディアは、中国やタイ、フィリピンといった“新興国”への移籍の可能性に言及するなど、ピークを過ぎた選手という扱い。本人はメルマガで〈一起業家という形でこれから成功していきたい〉(4月25日配信)と語っているので、思うようなオファーがなければ現役を引退してチームのオーナー業などに専念するかもしれない」(サッカー記者)ウクライナ戦の前半、指示を出すサッカー日本代表のハリルホジッチ監督。手前は本田=リエージュ(共同) 一方、失意のどん底にあるはずのハリル氏は引く手あまた。すでに10チームからオファーが届き、うち3つは代表チームだという。「ハリルさんが不当解雇を主張し、訴訟もチラつかせているのはクビになったというイメージを払拭し、『自分は悪くない』という主張を世界にアピールするため。あの会見は、自分の商品価値を下げないための“戦術”だったのです」(スポーツライターの杉山茂樹氏) さて「W杯後」に笑うのはハリルか本田か。関連記事■ 怒り心頭のハリルホジッチ氏にまさかの「韓国監督」の可能性■ 本田圭佑が謎の投資セミナー 仮想通貨ビジネスに参画か■ ハリル電撃解任を仕掛けた更迭直訴状と“リエージュの夜闘”■ サッカー西野新監督 緊張に滲む日本流サッカーへの思い■ ハリル監督解任 スポンサー離れに危機感じた協会の忖度も?

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    直撃!日大広報やっぱりヒドかった

     日大アメフト部の「悪質タックル」問題について、内田正人前監督らが会見を開いたが、仕切った「広報マン」の対応に非難が集まった。日大広報部はどういうつもりなのか、iRONNA編集部が直撃取材した。■動画のテーマはこちら

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    「刑事責任逃れ」日大経営陣の矛盾を立証する術は2つある

    ていない」と強調した。これはまさに、言葉の解釈で言い訳して逃れようとする典型例といえるだろう。 大学スポーツの現場は、指導者次第で部内の環境が変わるため、時には常識を超えたものになりやすい。選手たちはみんな若く、監督ら指導者の力を信じて入部するだけでなく、チームのために多大な献身を繰り返し、指示に応じて過酷な練習を繰り返す特殊な環境だからだ。 こうした環境で、選手は監督の指示なら何でも従うのが当然と思い込むようになる。その上、選手として結果を出すには、監督にどうにかして認めてもらい、試合に出させてもらう必要がある。また、スポーツ特待で大学に入学した場合、活躍の場も就職の機会も部活動の大きな影響を受けるため、逃げ出すことが難しいのも事実だ。 その中で、試合などで思い余って起きる不祥事に対し、学校がよく切り出すのが「そんな指示は出しておらず、選手が指示の解釈を誤った」という言い訳である。学生を切り捨てることで、部や監督への責任追及を回避しようとするのである。  そもそも本件の危険タックル行為は世間の批判を集めただけではなく、傷害罪が成立し刑事責任を問われる可能性がある。人を傷つけるような危険行為であっても、スポーツでその行為が許されている理由は、スポーツ中の行為は「正当業務行為」とされ、違法性がないと考えられているからである。関西学院大学との定期戦での反則行為の問題で会見する、日本大学アメリカンフットボール部の内田正人前監督=2018年5月23日、東京都千代田区(松本健吾撮影) 今回のような悪意のあるルール違反については、もはやスポーツの域を越えるただの暴力であり、正当業務行為とはいえない。傷害罪が成立する場合、タックルを行った選手は実行者であることから、刑事責任を回避することは困難だろう。 これに対し、監督ら指導者の刑事責任に関しては、選手にルール違反のタックルを指示して実行させたといったような状況であれば、傷害罪の共謀共同正犯に該当する可能性がある。 ただ、内田前監督は会見で「信じていただけないと思うが、私の指示ではございません」と改めて関与を否定している。その一方で「フィールドで起こったことなので、すべては私の責任です。申し訳ございません」とも言っている。「内部証言」の積み重ね この発言は、「自身の指示」で選手が悪質なタックルをやったのではなく、「選手が勝手に」行ったことを示唆している。 つまり、内田前監督は、刑事責任の問われるような指示については知らないが、法的ではない道義的な責任は負うと述べているのである。 そしてさらに問題を悪化させる要因となるのが、大学側が指導者を守ると一度決めてしまえば、言い訳が通じないような状況になっても、事実を認めることができなくなってしまうことだ。 このような指導者側が責任を認めないケースで言い訳をなくすためには、以下のような二つの方法が考えられる。 一つは、証拠を精密に積み重ねていくことだ。そのためには、反則行為について関与しておらず、指示を出していない監督が通常取る行動と、今回の内田前監督の実際の行動との「ズレ」を想定する必要がある。 もし、何も指示を出していない監督の前で、あのような事態が生じていれば、まず本人にその場でなぜそのような行動を取ったのかと理由を聞くだけでなく、関西学院大側に即謝罪を行うなどの動きがあってしかるべきだ。 ただ、実際の日大と関学大の試合ではこうした行為はなかったという。さらに、内田前監督は会見で「ボールの行方を見ていたので、反則行為は目に入らなかった」と説明している。だが、選手の行動に関して、反則内容やプレーの対応については、監督のもとに情報が随時入るはずだ。ラフプレーが続くようであれば、本来その場で指導が入るべきだろう。 こうした、監督の話と矛盾する事実の積み重ねを、証拠によって適示することができれば、見解を改めさせることができる。 もう一つは、他の部員や関係する指導者たちの「内部証言」を集めることだ。内田前監督らは、焦点となっている「つぶせ」という言葉の意味について、「試合前によく使う言葉であり、『最初のプレーから思い切って当たれ』という意味」と説明している。記者会見を開いた日大アメフト部父母会の会長(手前左)、副会長(同右)=2018年5月24日、東京都港区(鴨川一也撮影) これについて、もし、他の選手が内部事情を証言すれば、監督ら指導者発言の本来の意味が解明されるはずだ。つまり、「抽象的な指示を選手が勝手に解釈した」という状態から、「反則してでも相手選手にダメージを与えてこいという指示を選手が受けた」という状態に変えられる可能性が出てくる。集められた証言が、大きな力を持つことになる。日大広報の黒幕がヒドい 一方で、内田前監督の会見で司会を務めた日大広報部の米倉久邦氏の姿勢についても批判が出ており、適切な対応とは言い難い。米倉氏は「みんな同じ質問、何度も繰り返されても迷惑ですから」「いいですよ、もうしゃべらないでください」などと述べ、記者の質問を遮る場面があった。 報道陣から同じ質問が繰り返されたことに対して、質疑を遮ったようだが、繰り返し質問することは決して無駄ではない。話術を相当訓練している人でもない限り、1回限りの話で言いたいことをすべてまとめて話すことは困難だからだ。むしろ、人は繰り返し話していく中で、言いたいことがまとまることが多い。 同じ話題でも話すたびに、言葉の内容に少しずつ誤差や揺らぎが生まれ、この誤差や揺らぎを確認することで、事の本質やその人の考え方の深いところをのぞけることがある。 そもそも今回の一連の会見は、自分の青春をささげてきたアメフトを「もうやらない」と断言してしまった優秀な選手や、限りある選手生命を治療にあてなければならない被害を受けた選手がいるだけに、世間の注目が集まっていた。 そんな注目度の高い会見で、日大広報は、内田前監督らに余計なことを言わせないようにしたいという思惑をさらけ出してしまったのである。日本大学アメリカンフットボール部の内田正人前監督(右)と井上奨コーチ=23日午後、東京都千代田区の日本大学会館(宮崎瑞穂撮影) また、今回の会見は、発言内容からも法律上の責任を問われないようにする配慮が随所にあり、弁護士による法的な考察を入れて行われたものであることは間違いない。 しかし、学校を守るために必要な法的手当をしている一方で、在学生の不安やアメフト関係者、世間からの疑問や批判に対する手当ができていなかったと言わざるを得ない。 本来、大学は指導者の暴走を収めることのできる「安全弁」であり、学生が信じる指導者の適正性を保証している。そのことを考えれば、時間制限や司会進行についても一歩踏み込んだ会見こそが求められていたはずである。  対照的に、学生側の会見は記者からの疑問にしっかり向き合っていた印象があった。この違いは、今回の会見の意義を、日大経営陣や対応している弁護士がどのように考えていたかをうかがわせる。 これだけ世間から注目を集め、マスコミ対応が重要な結果をもたらすことが予想できたはずだが、こうした結果を招いた日大経営陣は、今まで保護者や学生の声にどう対応してきたのか疑問を抱かざるを得ない。宮川選手が「危険タックル」という反則行為に出なければならなかった気持ちが分かるような気がする。

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    日大はどこで間違ったのか

    「お前らがしっかりしないから!」。ようやくお出ましになった日大学長の記者会見に突如乱入した女性の言葉は、一連の危険タックル騒動を象徴する。遅きに失した日大の対応。日大はどこで間違ったのか。

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    「マジギレ司会者」米倉久邦氏を記者バトルに駆り立てた脳と心の関係

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授) 日本大アメリカンフットボール部の反則指示事件を受けて、大学教育のあり方が問われています。ただ、事態は内田正人前監督の反則指示をめぐる記者会見を経て、思わぬ方向に展開してしまいました。内田前監督の会見内容や大学当局の姿勢に、各界から厳しい批判が向けられただけではなく、司会の日大広報部顧問による報道陣への不遜な態度にも非難の声が集まっています。  司会を務めた米倉久邦氏は、会見から1時間半を回ったところから会見の打ち切りに入ったとされています。司会者は会場のタイムテーブルや登壇者の心身の安全に配慮する義務を持っています。会見内容はともあれ、内田前監督や井上奨(つとむ)前コーチの疲労やタイムマネジメントを考えれば、終了を企図することそのものは間違ったことではないでしょう。 しかし、参加者が納得しない形で強制的に打ち切るとなると、話は別です。場が荒れないように配慮する義務も司会者にはあるからです。ところが米倉氏は、井上前コーチが「心の痛みはありませんか?」という質問に答えようと考えている最中に、突然「もうこれで終わりにしたいと思います」と切り出しました。 まだまだ聴きたいことがある記者たちが乱暴な打ち切り方に納得するはずがありません。「会見を続ける、続けない」をめぐって双方が激しい舌戦となり、司会者自らが場を荒らすことになりました。 「会見の主役は司会の米倉氏だった」と皮肉めいた評価も受けています。ここでは、「大学広報部のミッション」「大学風土」「人が不遜になる脳」をキーワードに、心理学的背景からこの問題について考えてみましょう。 米倉氏は元共同通信社の記者で、在職中は経済部長やニュースセンター長、論説委員長といった要職も務めた経歴を持っています。定年退職後は、フリーのジャーナリストとして多くの著書もあります。どのような経緯で日大の職員になったかわかりませんが、「マスコミ対応のプロ」として採用されていると察することができます。日本大アメリカンフットボール部の内田正人前監督の会見後、報道陣に囲まれる司会を務めた広報部の米倉久邦氏=2018年5月23日、東京都千代田区(松本健吾撮影) 本来、大学の広報部は大学のブランドイメージを向上させることが任務です。果たして、米倉氏は日大の期待通り、マスコミ対応のプロとして日大のイメージを守ることができたのでしょうか。 司会者は場で流れる情報をコントロールする役割です。米倉氏は日大広報部所属として司会をしたので、もちろん日大に不利な情報が流れそうな局面は避ける必要があります。あのまま会見を続けると、監督が日大のブランドイメージを大きく損ねる発言をしそうな状況だったら、打ち切りに向けて和やかに場を誘導することは間違ってはいないのです。これこそがまさに広報部の任務です。戦略なき「マスコミ対応のプロ」 ですが、内田前監督も日大当局もすでに激しく批判されている状況です。しかも「心の痛みはありませんか?」という問いだったので、これ以上イメージを悪くする情報が流れるとは考えにくい場面でした。となると、広報部のミッションとして打ち切りに向かう必要があったとも考えにくいところです。 大学のイメージを守るという意味で、米倉氏は「あなたの発言で日大のブランドが落ちるかもしれないんですよ」と心配する記者の声にも「落ちません!」と断言してしまいました。人は確信のある人間に引かれますが、日本は自信過剰な人間が嫌われる「謙遜の文化」です。 したがって、米倉氏の発言は、大学の広報部職員として適切でない、大変リスキーのように思えます。つまり、強引な打ち切り方もその後の舌戦も「大学広報部におけるマスコミ対応のプロ」として戦略のある行動ではなかったと考えられます。  では、何が彼をこのような行動に駆り立てたのでしょうか。私には大学という風土と彼自身の個性が掛け合わされていたように見えます。 まず、企業風土という観点から大学を考えると、一般的には「長期目標を持ち相対的に従業員の自由度が高い」「伝統や慣習に誇りを持って尊重する」という特徴があります。私はこのような風土を「仲良しクラブ型」と呼んでいます。 変化が乏しく仕事にスピード感を求められないのでお互いを気にする余裕があり、仲良くしていないと居心地が悪くなるのです。特に誇り高い企業の場合は、視野も狭くなり「わが社には揺るぎない地位がある」という大企業病のようなマインドが漂うこともあります。東京都千代田区にある日本大学=2018年5月23日(佐藤徳昭撮影) 日大は数々の「時代への挑戦」を打ち出している大学なので企業不全病、いわゆる「大企業病」には陥っていないと思います。ただ、圧倒的な伝統と規模を誇る大学なだけに、病に陥りやすい要素があったかもしれません。 日大全体としては健全だと思いますが、ここまで規模が大きいと、ごく一部には大企業病的なマインドが生まれていたのかもしれません。まさに企業風土の問題の表れだったのが、米倉氏の「落ちません!」発言ではないでしょうか。「上から目線」する脳と心の関係 もう一つ気になるのが、彼が共同通信に在職中から「上から目線の発言をしてしまう」という評判が報じられています。私たちの脳と心の関係を動物に例えて表すと、自己中心的で快楽を好み我慢を嫌う「ワニの脳(脳幹)」、同じく自己中心的で好き嫌いが激しい「ウマの脳(大脳辺縁系)」、自分の立場や評価を気にする「サルの脳(内側前頭前野)」、課題達成や計画性を担う「ヒトの脳(外側前頭前野)」から成り立っています。 立場をわきまえた発言や先を読んだ行動はサルの脳、ヒトの脳の役割です。ただ、人に気を使うのも(感情労働)、難しい課題を解くのも(頭脳労働)、長く続くと疲れますよね。 米倉氏は記者として華々しい経歴と実績を持っているので、彼のサルの脳は大学広報部として記者を迎える立場を認識しながらも、一部では「自分はこの記者たちより上だ」という認識があったかもしれません。また、1時間半も決して穏やかでない会見が続くと疲れてもきます。 感情労働の限界を迎えて、相対的に我慢を嫌うワニの脳が強くなり、自分を上位者と勘違いしたサルの脳と連動して、一連の不遜な態度になったように見えます。現役記者時代の評判を考えると、逆に1時間半もよく我慢できたといえるのかもしれません。 この反則指示事件により、当事者の学生双方が将来に大きな傷を負いかねない事態に追い込まれました。彼らだけでなく、現役の日大生、卒業生も大きく誇りを損なわれた「被害者」といえます。 日大にはその救済や補償を懸命に考えている誠意ある教職員もいるはずですが、悪いことほど面白く取り上げられるものです。この司会者が注目されるのも、こういった現象の一つでしょう。(iStock) まずは、監督や大学当局の責任を追及することが当事者を救うためには不可欠です。同時に、善良な学生や卒業生、そして誠実な教職員にもっと注目してもらえればと思います。 理想論ですが、不遜な態度や慢心の居場所がない大学組織が作れれば、学生も卒業生ももっと幸せになれるでしょう。日本最大規模の日大がそのような大学になることは、きっと日本全体の幸せに貢献するはずです。

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    日大アメフト会見は企業広報にとって「最高の見本」である

    尾関謙一郎(ジャーナリスト、広報アナリスト) 5月23日に行われた日本大アメリカンフットボール部の内田正人前監督らの記者会見を見た企業広報の関係者は異口同音に「あきれた」と語る。広報部の司会者と記者のやりとりについては「記者会見は火消しの意味もあるだろうに、あれでは火に油どころか火にガソリンだ」との声もあった。ある企業では広報責任者が部下の二十数人全員に日大の会見の動画を見るように命じたという。もちろん、反面教師としてである。 日大広報の立ち遅れは目に余る。まず、最初は同月6日に動画サイト「ユ―チューブ」に動画が上がったときに、広報が誰も気が付かなかったことだ。「大学の広報だから迂闊(うかつ)でもやむをえない」という言い訳はできない。日大は学生数8万人弱のマンモス大学である。 次いで、同月12日の関西学院大の鳥内秀晃監督らによる抗議会見などもあり、テレビを中心に大々的に報道されるも、日大側は木で鼻をくくるコメントを出しただけだった。本来であれば、大学法人幹部、学長といわないまでも副学長のいずれかが、素早く会見するのが広報の常道だ。 日大も世間も驚いたのが、同月22日に行われた日大アメフト部、宮川泰介選手の会見だ。通常では選手が矢面に立ち、会見を開くなど考えられない。弁護士もこれまでなら「訴追の恐れあり」として止めるだろう。彼の弁護士はその点、広報マインドがあったと思われる。実名でしかも堂々と記者会見を開かせた。弁護士間に広報マインドが高まることは、広報関係者には朗報である。この会見は今後、見本の一つとなるだろう。記者会見する日大アメリカンフットボール部の内田正人前監督(右)と井上奨コーチ=2018年5月23日、東京都千代田区(宮崎瑞穂撮影) 一方、日大は翌日、慌てて内田前監督らの記者会見を開く。司会者の言動や会見の内容から見て「Q&A集(想定問答集)」が詳細に作られた形跡はない。もっぱら、内田前監督側、大学側の訴追を恐れる姿勢がありありと感じられた。弁護士の考え方に沿ったアドバイスはあったのだろうか。 こうした日大の姿勢、会見を開かず、また開いても逃げに徹するという考え方は、過去に田中英壽理事長をめぐる疑惑が報じられた際の日大広報の姿勢が継続されていると見ることができる。広報は「地下にこもって騒ぎが過ぎ去るのを待つ」姿勢だ。これまでの日大だったなら、それでも通用したのかもしれない。しかし、こうした姿勢が今後も通用するとは考えにくい。大学広報のメインは入試広報 大学の広報には企業広報に見ることができない言葉がある。それが「入試広報」だ。受験生をできるだけ集まるために広告を打ち、入試方法などの改革についてメディアにリリースを配り、高校を訪問したり、各種セミナーを開く。大学の広報はこれがすべてだ。カリキュラムや教授の研究を広く知らせる教学広報や、危機管理は二の次である。 産経新聞によると、受験期の18歳人口が大きく減り始める「2018年問題」以前から大学経営を取り巻く環境は厳しさを増している。私立大で入学定員充足率が100%以上の学校数の割合は、平成8年度には96・2%に上ったが、29年度には60・6%に低下。4割程度で定員割れが慢性化しており、入学者数が定員の半数に満たない大学も10校程度ある。 経営難などで他大学と統合するケースも相次いでおり、文科省によると15年度以降、全国で私立大14校が6校に統合され、10校が廃止された。大学がこうした厳しい環境にあるという認識は残念ながら広報部も含め、教職員には共有されていない。「うちの大学だけは大丈夫」という認識だ。 学生や教授の不祥事に大学広報が対応失敗する例が頻発しているにもかかわらず、広報部や広報室をなくす私立大学まである。20年前のバブル崩壊後に「うちだけは大丈夫」と語っていた銀行関係者を思い出す。「入試広報」のみに走り、危機管理を疎かにすると、その入試広報、受験生にも影響する。 今回の日大記者会見で広報部職員の米倉久邦氏が述べた「日大のブランドは落ちない」との言葉は、単なる売り言葉に買い言葉ではない。日頃から「日大は大丈夫だ」という過信があった。今回の広報対応の失敗により来春の受験者数が激減したら責任はだれがとるのか。大学広報にも企業広報の構えが必要である。2018年5月25日、アメフト部の選手による反則タックル問題に関する大塚吉兵衛学長の会見前、日本大学会館に集まった大勢の報道陣(桐山弘太撮影) 私の考える企業広報の条件は①トップと直結②現場の把握③会見では目的は一つ④記者が来る広報⑤マニュアルに頼るなというものだ。 今回、田中理事長は週刊誌の取材に対し、「まったく知らん」と答え、重要コンテンツであるアメフト部で起きたことを広報が把握していない(と見える)。会見では謝罪か言い逃れか、説明なのかはっきりせず、前述した企業広報の条件にことごとく外れている。広報は平社員にして平にあらずなのだ。常になぜ広報が重要なのか、考えないといけない。 また、広報は企業の生命線なので周囲の理解も必要だ。広報部自身の理解はもとより、会社など経営陣の理解、社内の現場の理解、関連会社、外郭団体、フランチャイズ、取引先などが広報の重要性を理解することだ。今回の日大広報の対応を見て、他の大学広報が他山の石として、自らの改革に乗り出せば、日大の失敗も無駄には終わらないだろう。

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    監督、コーチは「実行犯」 組織と呼べない日大首脳陣のバラバラ感

    たと思われます。25日に大塚吉兵衛学長も会見しましたが、遅きに失したと言えるでしょう。 もともと私はスポーツにおけるラフプレーには、かなり寛容な方です。アメリカンフットボールのようなフルコンタクト系(選手同士が直接身体でぶつかる)ではなく、サッカーやバスケットのようなセミコンタクト系のスポーツでも、反則ギリギリの接触で有利にプレーするのは、暗黙の了解でもあります。 しかし、今回の対関西学院大戦で、日大の宮川泰介選手が行った危険行為は、「スポーツにおける反則」とは違う次元の、犯罪や暴行に相当する事件でした。 野球で言えば、打席に相手側のエースピッチャーが立ったとき、頭をめがけてデッドボールを投げる行為のようなもの。相撲で言えば勝負がついた後、控え室に戻ろうとする力士に、追いかけていって飛びかかるようなもので、もはや犯罪です。 それだけに23日の日大アメフト部の謝罪会見は、スポーツ界全体からも一般国民からも、大きな注目が集まっていました。そもそも会見を開くのに3週間も日数をかけていること自体、対応のまずさを示していますし、前日の宮川選手本人による誠意を感じさせる会見があって、それを受けるかたちで遅れて会見を開いたというのも段取りが悪すぎます。 記者会見で問題にされる要点は、宮川選手本人が、自らの選手生命を絶つ覚悟までして告白したものです。「クオーターバックをつぶしてきます、と監督に言え。そうしたら試合に出してやる」という指示を受けたこと、そして「試合が始まってから、できませんでした、では通用しないぞ」というプレッシャーを与えられたことです。これは監督、コーチが直接問題の危険行為を指示していた、ということを意味しています。それを明らかにするための記者会見だったのです。日大の田中英壽理事長=2014年5月(小倉元司撮影) しかし、記者会見が始まってみると、「クオーターバックをつぶすくらいの気持ちで、全力で試合に臨めという言葉は激励にすぎなかった」とか「相手選手にけがをさせるようなプレーは指示していません」といった監督自らの保身、責任逃れに終始する、およそスポーツマンらしからぬ異様な展開になっていました。 司会を務めた日大広報部の米倉久邦氏の、とんちんかんな司会進行の声が目立ち、しきりに質問を食い止めようとする姿から、それが逆に記者たちに不信感を植え付けることになりました。  日大の中でも田中英壽理事長、常務理事で実質ナンバー2である内田前監督、そして広報も含めた組織としてのバラバラなコーポレートガバナンスが、その背景にあると思います。組織の力は組織を守る方向で作用します。保身一辺倒になってしまった日大の首脳陣は、スポーツマンとしての健全な思考感覚を完全に失っていました。監督、コーチは「実行犯」 とてもスポーツマンである監督やコーチの記者会見とは思えず、政治家や官僚の言い訳だらけの答弁のように私には見えました。責任者が責任を取ろうとしない。部下や現場に責任を押しつけて、自分は「直接指示した覚えはない」と主張する。この卑劣な手口は国会での答弁で見慣れている気がします。あるいはそれを大学の組織がまねをしているのでしょうか。 責任者が責任を取らない時代へと、いったい日本はいつから落ちぶれてしまったのでしょうか。トップの人間が下の人間、現場の人間にプレッシャーを与えて悪事を働かせておいて、いざそれが表面化すると、自分自身の関与は否定する。現場の人間が「忖度」(そんたく)したのだろう、と開き直る。このような体制においては、トップの責任は永遠にうやむやのままです。 現場に問題があったときに、その管理責任を問われるのが、責任者です。ましてや現場に対して直接指示をしていたともなれば、管理責任だけではなく、命令、指揮の責任を取るのが当然です。 この基本的な原理を失ってしまった組織は、もはや組織とは呼べません。輝かしい伝統を築き上げてきた日大アメフト部ですが、この体制では復活は難しいかもしれません。 また、大学は教育の場でもあります。部活動を通して、強い精神力と豊かな人間性を育むことが、そもそもの狙いであるはずです。その意味でも犯罪とさえ言えるほどの危険行為を故意に行わせたことは、致命的な立場に日大経営陣を追い込むことになるでしょう。 23日の会見では、その重い責任さえ、当事者がまるで意識をしていないかのようでした。重大な危険行為さえ、反則に毛が生えたものという甘い認識を、言葉の節々から感じました。自分たちは熱心に指導しただけで、その思いが適切に選手に伝わっていなかっただけだ、と最後まで言い逃れをしていました。あたかも宮川選手個人に問題があったかのような、不遜な言い分です。 記者会見の場に、責任者がなかなか出てこない。ようやく会見に出てきても、ひたすら保身に走るだけで、自分は現場に指示していない、もしくは現場を動かすような指揮監督は行っていないと関与を否定する。このような風潮が国民の中に蔓延してくると、人々は責任者のわざとらしい言い逃れに、だんだん慣れっこになっていくような気がするのです。私はそれが一番恐ろしいことだと思います。2018年5月25日、日大アメフト部の選手による反則タックル問題に関して会見する日大の大塚吉兵衛学長(桐山弘太撮影) どんなことであろうと、「トカゲの尻尾切り」は絶対に許してはなりません。現場に責任をなすりつけてはいけません。体育会はスポーツマンシップを大切にすると同時に、強い縦社会でもあります。 監督やコーチの言うことは絶対です。その体育会で、悪事を強要された選手が、これに逆らうことはできませんから、今回の日大アメフト部の事件は、監督やコーチが実行犯と言えます。選手は教唆(きょうさ)されたというより、駒に使われたというべきでしょう。 組織は実体をごまかすのではなく、世に開示して、責任の所在をはっきりさせる義務があります。その過程を経ずして、日大のアメフト部を復活させることはできないのではないかと思います。 そして我々国民の側にも、あいまいな責任逃れの言い訳は、絶対に認めないという強い覚悟と、真相を徹底追求する姿勢が、今求められているのではないでしょうか。

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    日大アメフト内田前監督は「次の理事長」ともいわれた実力者

     日本大学アメフト部が起こした悪質タックル事件は、監督を辞任することを表明した内田正人氏(62)が“首謀者”とされたことで、混迷を極めた。問題のプレーは5月6日、関西学院大学との定期戦で起こった。パスを投げ終えて2~3秒後の無防備なQBに、日大選手が背後から猛タックル。倒れた選手は全治3週間のケガを負った。 タックルをした選手は、「“(反則)やるなら(試合に)出してやる”といわれた」と周囲に話していたことが相次いで報じられ、内田氏の指示が疑われている。日大選手は関東学生連盟から処分を受け、内田氏は辞任を表明した会見で「一連の問題は全て私の責任」と語ったが、反則を指示したかについては語らず、関学大側に文書で回答するとしている。 日大は、本誌・週刊ポストの取材に対して「監督についてはラフプレーを指示した事実はありません。ですから、現在は責任を問う状況になっていません」(広報部)と話していたが、結局は辞任に追い込まれた形だ。大学側がそこまで擁護し続けた内田氏とは、どういった人物なのか。 スパルタで知られる日大の名将、故・篠竹幹夫監督のもとでQBとして活躍し、後にコーチとなって支えた。2003年に監督に就任すると、大学日本一を決める甲子園ボウルに5度の出場を果たす。昨年は27年ぶり21度目の日本一に導いた名将である。 監督であると同時に、日大卒業後は大学に就職した職員でもある。保健体育事務局長という役職から、理事を経て、現在は5人しかいない常務理事となっている。日大関係者が明かす。「内田さんは出世街道を歩んできた“日大エリート”です。日大には体育会の入部人数や予算を差配する保健体育審議会があり、その事実上のトップが内田さん。前トップが今の田中英壽理事長で、このポジションは日大の出世コースといわれています。 内田さんは人事部長も兼ねていて人事権も持つ。学内では田中理事長の側近と見られており、“理事長に万一のことがあれば次は内田”といわれている実力者です」2018年5月、アメリカンフットボールの悪質な反則行為問題について、羽田空港で取材に応じ、うつむく日大の内田正人監督 アメフト部の監督は辞任したが、大学の常務理事という立場は続くことになる。関連記事■ 日大アメフト部の危険タックル試合映像を心理士が解析■ アメフトの世界選手権に唯一全大会出場する46歳パナ人事部長■ ポロリ頻発の下着フットボール 元アスリートの本気勝負■ 相撲協会 八角親方を理事長選出で「貴乃花理事長」遠のく■ 相撲協会理事長選 八角理事長が浮動票固め帰趨決したか

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    日大悪質タックル問題 醜聞にまみれた米名門大の「前例」

    しない思いが残った。立教大学体育会野球部に所属していた過去があり、現在も立教大学非常勤講師として、「スポーツビジネス論~メジャーリーグ1兆円ビジネス」の教鞭を執るスポーツジャーナリストの古内義明氏が指摘する。* * * 5月22日に日本記者クラブで、日本大学アメリカンフットボール部の当該選手の会見を見て、胸が痛くなった。日本中が注目し、社会問題となる中、彼は身分を証し、自分の言葉で謝罪する決断をしなければならなかった。会見場には日大アメリカンフットボール部はおろか、日大の関係者の同席もない中で、20歳の若者一人が350人を超えるメディアの前に立つような状況に、なぜ追い込まれてしまったのか、大学スポーツに関わる身として、激しい憤りを感じざるを得なかった。 コンタクトスポーツの世界において、彼が行った故意によるラフプレイは許されるものでは決してない。しかし、彼が発した「事実を明らかにすることが、償いの第一歩」という真摯な態度は関西学院大学アメリカンフットボール部のクオーターバックの選手とそのご家族、そして関係者の方々に届いていたと信じたい。 私はアメリカの大学院に進み、スポーツ経営学の修士課程で学ぶ中で、全米大学体育会協会(NCAA)の存在意義、そして、カレッジスポーツの関係者と話す機会に幾度となく恵まれた。その経験から今回の問題で、真っ先にNCAAの歴史に汚点を残したペンシルベニア州立大学のスキャンダルを思い出した。 ペンシルベニア州立大学アメリカンフットボール部は「ビッグ10カンファレンス」に所属する強豪であり、2度の全米チャンピオンに輝く名門校だ。陣頭指揮を執るジョー・パターノ監督は46年間もサイドラインに立ち続けたカリスマ的な名将であり、カレッジフットボールの殿堂入りも果たしている。ペンシルベニア州立大のビーバー・スタジアム(iStock) 2011年、その名将の右腕のアシスタントコーチだったジェリー・サンダスキーが15年間に渡り、8人の少年に性的虐待をしていたことが発覚し、全米を震撼させた。大学理事会の対応は迅速だった。事の重大性に鑑みて、元FBI長官のルイス・フリー氏を長とする外部委員会を設置し、調査を依頼。出来上がった報告書によると、「パターノ監督が事件の隠蔽工作を積極的に指揮していた」という衝撃的な事実が明らかになった。 パターノ監督はシーズン終了後の辞任を表明していたが、大学理事会はそれを許さず、伝説的な名将は解任された。と同時に、学長、副学長、体育局長という大学の要職も解任したのだ。さらに、10万6572人を収容するビーバー・スタジアムの前に立つパターノ監督の銅像も重機によって撤去された。日大と世論「乖離」のワケ 統括団体となるNCAAの制裁措置は関係者の予想を上回る徹底したものだった。まずは、パターノ監督が「不祥事を知り得た時点」までさかのぼって、それ以降に記録した111勝は抹消された。これにより409勝の通算勝ち星は298勝となり、「歴代最多勝利監督」という栄誉も剥奪された。また制裁金として、当時のレートで約48億円という巨額の罰金の支払いを命じ、4年間に渡ってプレーオフ進出禁止と毎年10人分の奨学金停止も通達された。 同校のあるペンシルベニア州のステートカレッジは4万人という小さな町であり、ペンシルベニア州立大学フットボール部はおらが町の誇りだった。スキャンダルが与えた経済的損失はもちろんのこと、何よりも名門校が受けたイメージダウンは避けられないものとなった。それでも、ペンシルベニア州立大学は高等教育機関として、ゼロからの出発を選んだ。監督はもちろんのこと、大学トップをも解任して、自らの襟を正す決断をしたのだ。 だからこそ、今回の日本大学とアメリカンフットボール部の対応、そして世論との間にこそ大きな「乖離」があると言わざるを得ない。 立教大学では「RIKKYO ATHLETE HANDBOOK」を作成し、体育会51部56団体に所属する2400人のすべての部員に配布している。この中には、立教大学の体育会活動を支える考え方をまとめた「立教大学体育会憲章」が掲載され、体育会学生であることの心構えが記載されている。学生は内容を習熟することで、スポーツ活動と学業を両立させる文武両道の精神のもとに、人間性を養うことがうたわれている。 その憲章の中にある第7条(監督・コーチとの関係)では、「体育会各部の監督・コーチ(以下「指導者」という。)」は、体育会員に技術を指導し、スポーツを理解せしめ、その心身の健全なる育成を行う」(原文ママ)とある。指導者とは技術指導はもちろんのこと、学生に対してルールに基づいたスポーツの本質を教えることで、社会のためになる人間形成が求められている。 23日夜になって日本大学アメリカンフットボール部の内田正人前監督と井上奨コーチがようやく会見を開いた。だが、該当選手の会見と、内田前監督や井上コーチの会見を聞き比べると、やはり何か釈然としない。また、2人の指導者が質問に対して、的確な回答をせず、どこか他人事であり、全て保身に走る内容という印象が残った。結果、該当選手か、指導者のどちらかが嘘をついていると言わざるを得ない歯切れの悪さが残る会見となった。5月19日に伊丹空港で取材に応じた後、報道陣に背を向ける日大の内田監督 今回の一連の問題で、大学は誰のためにあるのか、指導者は誰を守るのか、という本質論が浮き彫りになった。学生スポーツに関わる大人が、「選手に対して、自分の息子、娘のように考えられるか、どうか」。いま、その姿勢そのものが問われているような気がしてならない。【PROFILE】古内義明(ふるうち・よしあき)/立教大学法学部卒、同時に体育会野球部出身。ニューヨーク市立大学大学院修士課程スポーツ経営学修。立教大学では、「スポーツビジネス論~メジャーの1兆円ビジネス」の教鞭を執る。1995年の野茂英雄以降、これまで二千試合を取材するスポーツジャーナリスト。著書に、『メジャーの流儀~イチローのヒット1本が615万円もする理由』(大和書房)など、これまで14冊のメジャー書籍を執筆。(株)マスターズスポーツマネジメント代表取締役、テレビやラジオで高校野球からメジャーリーグ、スポーツビジネスまで多角的に比較・分析している。関連記事■ 日大アメフト内田前監督は「次の理事長」ともいわれた実力者■ 日大アメフト部の危険タックル試合映像を心理士が解析■ 【アメフット】選手と指導陣の食い違い鮮明に コーチ、「潰せ」発言認めるも負傷させる意図は否定■ 【アメフット】後手の対応“火に油” 内田正人前監督は「裸の王様」■ 『月刊PLAYBOY』人気企画 米名門大の女子学生が…?

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    「醜悪、保身、責任回避」日大広報部のおバカ対応に思う

    小俣一平(武蔵野大学客員教授) 今回の日本大学アメリカンフットボール部、内田正人前監督、井上奨(つとむ)コーチが出席した記者会見を見ていて思ったことがある。2人の記者会見は大人の醜悪さ、保身のための言い繕い、責任回避に終始していた。それは、前日の潔く、真摯(しんし)に記者会見に臨んだ宮川泰介選手の態度とはあまりにかけ離れたものだった。 それだけに、アメフト部だけでなく、日大全体のイメージを失墜させるものだった。くしくも日大は来年、創設130周年を迎える。卒業生114万7千人、在校生7万3千人にとって、日本最大の学園の記念祝典に泥を塗った格好となった。  日大は、どこで重大な間違いを犯してしまったのか。それは初動対応のまずさに他ならない。本来、まずケガをした関西学院大の選手や家族、監督、学校関係者に公式の場で謝罪する。何よりも入院中の選手を見舞い、直接謝り、家族やアメフト部、大学にも同様の対応をすべきであった。つまり「即謝罪」という根本原則を見失って、後回しにしている点にある。 それがとうとう最後まで悪あがきをしたあげく、嫌々謝罪に行ったと多くの人の目には映った。日大側の対応に全く誠意が感じられないと受け止めたのは、関学大関係者ならずとも多くの国民が感じたことだろう。しかも監督、コーチの2人は言い訳に終始するばかりで、心から謝罪をしている姿はただの1度もない。これでは、関学大関係者の神経をさらに逆なでするのは当然であろう。 次に広報部門の対応のまずさである。この間の日大広報部の傲岸(ごうがん)不遜、横柄さ、木で鼻をくくったような対応は、大学のイメージダウンを増幅させるものがあった。とりわけ23日の監督、コーチの会見終盤に突然横やりを入れた日大職員の対応は酷かった。本来、「主役」であるはずの監督、コーチそっちのけで報道陣に逆ギレした対応は「素人広報」の感さえあった。 調べてみると、この傲慢(ごうまん)な広報担当、米倉久邦氏は共同通信社の論説委員長を務めたことのある人物だという。それに引き換え、関学大アメフト部ディレクターは元大手新聞の出身で、そのシャープさ、歯切れの良さ、対応の堅実さ、終始理路整然とした追及、どれをとっても秀逸であった。それだけに日大広報のアラ、ひどさが余計目についた。2018年5月23日、日大アメリカンフットボール部の内田正人前監督らの会見後、報道陣に囲まれる司会を務めた広報部の米倉久邦氏(松本健吾撮影) それにしても、日大は2016年に「危機管理学部」を新設して、こうした案件も対応できそうなはずだが、これが機能していないとすると「紺屋(こうや)の白袴(しろばかま)」のそしりを免れまい。いや、むしろ「宝の持ち腐れ」なのかもしれない。優秀な教授、准教授陣を結集しているのにもったいない。  さて、私たちは、過去の事例から、こうした後味の悪い対応を幾度となく見てきた。企業の不正行為や隠蔽(いんぺい)が露見したときの対応一つとっても、ずるずる引っ張ってよかったためしはまずないと断言していいだろう。「ゴネ得」狙う筆頭への情けなさ つい先ごろも、セクハラ問題を指摘された東京都狛江市長が知らぬ存ぜぬの一点張りだったが、被害者が実名で現れた途端、万事休すと辞任する始末だ。先般、iRONNAで論じた福田淳一前財務事務次官も同様、こうした事例は枚挙にいとまがない。 どうして素直に謝らないのか、非を認めないのか。孔子の教えに「過ちては則(すなわ)ち改むるに憚(はばか)ること勿(なか)れ」がある。言い繕いやしらばっくれず、過ちを素直に認め、サッサと謝罪してやり直すというのが、日本人の美徳の一つでもあったはずだ。いつから「ゴネ得」を狙う輩が増えたのか。 私たちは今、その典型を日本の総理大臣に見る不幸を共有している。こうした往生際が悪い筆頭が、あろうことか日本の総理大臣というのは情けない。安倍晋三総理が加計学園の獣医学部新設に口利きしていることは、愛媛県の資料公開によって明々白々となった。 利害関係のない愛媛県が、ワザワザ「ウソの報告」を書く必要がどこにあるのか。しかも、前回の愛媛県の資料でも、柳瀬唯夫元総理秘書官のウソが後日覆された事実からして、同様のケースであることは論をまたない。「天網恢恢(てんもうかいかい)疎にして漏らさず」の例え通り、いずれ世論に抗しきれず、ウソでは逃げおおせなくなるだろう。 不幸なのは、総理のウソによって有能な日本の官僚たちが、軒並み保身のためとはいえ、ウソの連鎖を繰り返さざるを得なかったことだ。さらに不幸なのは家族である。「お父さんはウソと分かっていても、私たち家族のために(ウソを)ついているのよ」と、母親が子供たちを説得しているのかもしれない。 総理の100倍も1000倍も優秀なお父さんを「嘘つき」にした安倍総理の行為は、家族にとっては犯罪的とも言える。国のトップリーダーであるべきはずの総理大臣が、この1年言い逃れに終始し続けていては、国民もそれをまねてしまう。2018年5月、参院予算委に険しい表情で臨む安倍首相(左)と麻生財務相 これが子供たちにも伝播(でんぱ)して、証拠を並べられてもガンとして嘘を突き通すことが最良、最善の策と思わせてしまうのではないか。かつて「嘘つきは泥棒の始まり」と戒められたものだが、今や…もう止めよう、これ以上は蛇足である。 今真剣に日本の将来を考える若者たちは、ますます政治不信を深めている。どの世界でも、リーダーは引き際が肝心である。内田前監督が大学を去ることと同じように、安倍総理も公約通り国会から去る時期を迎えているのではないか。

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    日大「危険タックル」 内田監督、あなたに指導者の資格はない

    小林信也(作家、スポーツライター) アメリカンフットボールの日大選手による「悪質なタックル」は監督の指示だったのか、それとも選手の意思だったのか。今回の問題で最大の焦点とされているが、筆者はそれが焦点だとは思っていない。監督の指示があろうがなかろうが、伝統ある関学大との定期戦を汚した蛮行であったと言わざるを得ない。 関学大が提出した抗議文に対し、日大側は「反則行為は監督の指示ではなかった」と文書で回答したという。しかし、悪質なタックルは内田正人監督による日頃からの指導が反映した結果であり、定期戦の目的を選手に伝えてフィールドに送り出さなかった指導者の責任であることは明らかである。 定期戦は、ゲームを通して互いに切磋琢磨(せっさたくま)し、厳しい勝負を戦った者同士にしか生まれ得ない友情を育み、競技への愛情を一層深める舞台ではなかったか。しかも一回きりでなく、長年交流を重ねることで、日本フットボール界のレベルを高め、競技の普及振興に寄与するといった気概もあったはずだ。普通に考えれば、わざわざ関西から訪ねてくれた良きライバルのクオーターバック(QB)を潰すために仕組まれた試合ではなかっただろう。 しかも、内田監督は大きな間違いも犯した。日大側が主張するように監督の指示でなかったのであれば、最初のファウルを見てすぐに相手選手と相手ベンチへ謝罪に走り、ファウルを犯した選手を即刻ベンチに下げるべきだった。それが指導者としての最低限の行動だったはずである。プレー中の反則行為に対し、内田監督が非を認めて上記の行動をしなかった事実は、大学スポーツの指導者として資質を有していないと糾弾されてもやむを得ない。 関学大側が抗議文書を送り、記者会見を開いて正式な謝罪を求めたにもかかわらず、雲隠れを続ける内田監督の態度からは全く誠意を感じられない。彼の頭の中は「勝つか負けるか」「勝てばいい」といった勝利至上主義にいまだ支配され、スポーツの深みに関心を寄せていない現実も浮かび上がって見える。 アメフト指導に携わる関係者に話を聞くと、「内田監督は近代フットボールをほとんど学んでいない、古いタイプの指導者です」と指摘する。関西学院大学の鳥内秀晃監督と握手を交わす日本大学の内田正人監督=2007年12月16日、長居スタジアム 実際のゲームプランや技術指導はコーチ陣に委ね、監督は精神論的な指示や命令だけを発していたという。今回、危険なタックルなどで退場処分となった選手は、Uー19日本代表に選ばれた才能豊かな選手であり、チーム内でも揺るぎない実力の持ち主だった。一部報道によれば、内田監督はそんな彼を決して有頂天にさせず、一段上に成長させるために試合にはレギュラーとして常時出場させなかったらしい。その指導法は言うなれば「精神的に追い込むやり方」だったのである。 ひと昔前の日本スポーツ界では当たり前の指導法だったかもしれないが、今や「パワハラ」そのものである。もっと言えば、人間の尊厳を冒瀆(ぼうとく)するものであり、決してあってはならない指導法である。にもかかわらず、それを当然と思い込んでいる指導者は、今回の問題に限らず日本のスポーツ界にはあまた放置されている。社会全体で「もはや許されない」と声を上げ、即刻退場を促すべきだ。大学経営の中枢を担う内田監督 有望な選手をさらに一段上に導く方法はいくらでもある。スポーツなのだから、技術的なディレクションを与えるのが最も効果的な指導だろう。当然ながら、同じポジションで活躍する米国のプロ選手に比べたら、悪質タックルで退場処分となった日大選手の技術はまだまだ未熟である。目標とする選手のプレーを模倣し、次に習得する課題を決めて取り組むことで、選手として成長の階段を上ることもできただろう。何より彼自身、より一層アメフトの深さを知るきっかけになったのではないか。 本来、指導者とは選手に対してそういう導き方をするのが基本中の基本である。精神的に追い込んで発奮させるというのはあまりにも貧しい選択だ。精神的な未熟さがあったとしても、追い込み続けることで成長するケースは珍しい。もし仮に精神的に追い込んで成長を促したとしても、それは現代スポーツの現場で選択すべき指導法とは認められない。それを「選手のためだから」と思い込んでいる指導者もまだ多いが、はっきり言って認識不足も甚だしい。 今回の問題を受けて、内田監督と日大アメフト部は、関東学生連盟に「8月までの指導自粛」などを伝えたという。また、16日には日大広報部が見解を公表し、「監督が選手に反則をしてでもケガをさせろと指示した事実はない」と監督の指示があったとする疑惑を否定した。これらの対応をみる限り、監督本人がいまだ事の重大さを理解していないと言わざるを得ない。いや、「責任逃れ」と受け止められても仕方がない対応である。内田監督や日大アメフト部の言動は、世間の常識とあまりにも乖離(かいり)している。 監督退任はもちろん、日大アメフト部の存続さえも危うい事態である。指導者が雲隠れを続ける現状をみて、世間が納得するはずがない。 大学スポーツは今、少子化が加速する大学経営の重要な柱である。単にアマチュアスポーツとしての研鑽(けんさん)にとどまらず、少子化という現実の下、厳しい生き残り競争に直面している大学経営にとって、学生募集の重要なチャンネルとして、また学校の知名度や好感度アップにつながる重要な戦略と位置付けられている。 中でも日大は「スポーツ日大」というキャッチフレーズを掲げ、各種競技場など人目のつく場所に多くの広告を出している。スポーツ科学部という学部も新設した。内田監督はアメフト部の監督であるばかりでなく、日大の常務理事として大学経営の中枢を担う立場でもある。それだけに自らが監督を務め、日大スポーツの看板であるアメフト部がどれほど影響力のある存在か、十分認識しているはずではなかったか。インタビューを受ける日大フェニックスの内田正人監督=2017年12月17日、甲子園(鈴木健児撮影) 17日午後、日大アメフト部からの回答を受けて、関学大アメフト部が記者会見を開いた。日大側は回答の中で監督の指示を否定したが、監督の指示と選手の理解に乖離(かいり)があったとも指摘した。だが、それはスポーツの世界でとても認められない言い逃れである。 重ねて繰り返すが、もし仮に監督の指示がなかったとしても、選手があれほどの反則行為を犯せば、その場で相手選手と相手チームに自ら謝罪し、選手をベンチに下げるべきだった。心ある監督であれば、当然の行為である。反則を放置し、3度繰り返すまで行動しなかったこと自体、チームスポーツの指導者の資質を疑う。今回の問題は、日大側が真摯(しんし)な謝罪を拒み、言い逃れを続けたことで、さらに取り返しのつかない事態に発展したと言わざるを得ない。

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    内田監督の絶対的権力に日大「悪質タックル」のヒントがある

    いる。一方で、監督本人は「反則行為を指示したことはない」と、自身の非を否定しているという。 一般に、スポーツ競技では、監督が自チーム選手に対して反則行為を促すことはめったにない。特別な意図がある場合を除いて、反則行為はチームの勝敗に直結するからである。 しかし、とりわけアメフト競技では、QBがチームの要である司令塔の役割を担っているため、選手に対して「QBを『潰せ』『壊せ』」という、ある意味では言葉として抽象的な指示が出されることが珍しくない。その多くが、通常許容されるプレー内での行為に関する指示として、共通言語になっていることも否定できない。一方で、いかようにも受け取れるぼやけた表現なだけに、選手側に具体的な行動への反映における裁量が委ねられてしまう。 つまり、指示の発信者がラフプレーを意図していないとしても、受け手がそうだと判断すれば、その行動は実行に移され、発信者から否定されない限り繰り返されてしまうのである。 今回の事例で言えば、当該選手がラフプレーを行った後、ベンチの対応はそれをねぎらっているようにも受け取れる。指導者と選手の間に、反則行為を否定されないことにとどまらず、むしろ、その行為を褒められたり、認められるという構造が存在する可能性がある。そうなれば、人の行動心理からみて、選手は自身の行動の確からしさを裏付けられ、強化されることになり、今後も同様の行為へと結びついていくのである。2017年12月、アメフト「甲子園ボウル」で関学大を下し、27年ぶり21度目の優勝を果たし、胴上げされる日大の内田正人監督(山下香撮影) とはいえ、曖昧(あいまい)な表現の指示であっても、行動の主体である選手が逸脱した行動を取ることは少ない。確かに、発想や思考のレベルでさまざまな行為を思いつくことはある。 それでも、指導者からの指示を自身の中で消化し、解釈する過程を経て行動に反映する際には、善悪の判断や行動の優先順位をつけ、望ましいと思われる所作を選択するからだ。ただし例外もある。それは、指示の受け手が「思考停止状態」に陥っている場合だ。初心で抱いた「理想像」はどこに では、どのような場合に思考停止状態が生じる可能性があるのだろうか。それは指示者と指示を受ける者の間に、絶対的な主従関係が、権力一極集中的かつ継続的に成立している状況である。 実は、このような状態は、体罰や虐待の背景に認められる。暴力によってコントロールされた部活動は、一見統率が取れており、凝集性の高い優れた組織のように見受けられることもある。虐待が生じている親子関係においても、子供が年齢にそぐわないレベルの「いい子」に見えることがある。 しかし、その裏では、指導者や保護者の一方的な威圧や暴力により、子供自身の考えは去勢され、個性や主体性を失っていく。つまり、正常な思考力や判断力を発揮できない思考停止状態に陥っていくのである。 なぜならば、逆らわず指示に従ってさえいれば、自身がとがめられ、威圧や暴力という罰を加えられることがないからである。そのため、指導者や親が間違った方向に暴走したとしても、すでに自分で判断する力を失っている被指示者である子供は、その流れを止めることができない。 今回の事例も、仮に指導者の直接的に近い指示があったとすれば、強力な指示系統を裏付けにして、選手が盲目的かつ脱個性的に従わざるを得なかった結果だった可能性がある。もしかすると、監督と選手という、作られた既存の一方的な関係性の中で、指導者に怒られないための、試合出場やレギュラーとして認められるための「最適解」を、選手が必死に探した結果が行為に反映されたのかもしれない。 本来であれば、学生指導においては、指導者がそのあり方を自らで客観視することによって、高圧的な態度や一方的な指示の影響性を考慮しておかなければならない。しかしながら、例えば長く絶対的な権力を発揮する構造に身を置いた結果、自身に対する省察が欠如することがある。 英国で外相や厚相を歴任し、精神科医でもあったデービッド・オーエンが提唱した「傲慢(ごうまん)症候群(ヒュブリス・シンドローム)」という概念がある。権力を握ってから、性格が変質し、おごり、傲慢になったり、限度を超えた野心を抱かせたり、助言に耳を貸さなくなる人が少なくない。要するに、権力の座に長くいることで、冷静な判断力を失うことに結びつく可能性にある状態である。写真はイメージです(iStock) 結果、「傲慢症候群」になった人は組織マネジメントに失敗し、最終的には自身の首を絞めることにもつながる。だが、早い段階で本人がそこに気がつくことは、長期的に集団が思い通りに動いていればいるほど難しい。成果が出ているとすれば、なおのことである。 日大アメフト部の「権力者」は、初心で抱いた理想的な指導者像とかけ離れた存在になってはいまいか、改めて自身を俯瞰(ふかん)することが求められている。

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    日大「危険タックル」を糾弾する

    アメリカンフットボールの日本大と関西学院大の試合中に起きた日大選手による「悪質タックル」が波紋を広げている。危険な反則行為に監督の指示があったかどうかに注目が集まるが、いまだ雲隠れする内田正人監督の対応も火に油をそそぐ一因になっている。日大「危険タックル」を糾弾する。

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    「悪質タックル」日大アメフト部員はなぜ暴走したのか

    本郷陽一(論スポ、スポーツタイムズ通信社)(THE PAGEより転載) アメリカンフットボールの関学大対日大の定期戦(6日・アミノバイタルフィールド)において日大の守備選手(3年)が関学のQB選手(2年)に悪質な反則タックルを行い、全治3週間の負傷を負わせた問題についての疑問が今なお判明しない。 日大の守備選手は、プレーを終え無防備な関学のQB選手に背後から“暴力”とも取れるタックルを仕掛けた。スポーツマンシップにもとる極めて悪質で生命にさえかかわる危険な反則タックルが、なぜ行われたのか、という経緯の部分が、明らかになっていないのだ。 日大は記者会見も開かず、内田正人監督が“逃げて”事情を説明しないため、現在、断片的な情報だけが飛び交っている状況。日大が15日、関学大の抗議文に対して返答した文書内で、それが明らかにされているのかもしれないが、そこに監督、コーチの指示があったのか、或いは、選手の自発的な行為だったのか。監督、コーチの具体的な指示がなくとも、選手が、そう受け取るような背景があったのか。 ミーティングを重ね、コーチの指示の下動くアメフットの競技特性と、反則後のサイドラインでのチームの当該選手に対する対応の姿からも見て、当該選手が勝手に暴走しただけとは考えにくい。だが、一方で、さすがに「痛めてしまえ!」までの具体的な指示が監督から“春の定期戦”で当該の守備選手に出ていたとも考えられない。ただ、当該選手が、そういうプレーに暴走せざるをえない状況に、指導者及び、チームの体質が追い込んでしまっていたという可能性は否定できないだろう。 日本におけるスポーツ心理学の権威で、これまでプロチームや五輪柔道チームのメンタルトレーニング部門を担当、アメリカンフットボール部も指導したこともある東海大学体育学部の高妻容一教授は、当該選手の心理をこう分析する。 「ここまでの報道によって知りえた情報とプレー映像を見ての推測であり、あくまでも一般論としての私の意見であることを承知していただきたいのですが、あの選手は悪質で危険なタックルを行った後にも、つかみあいをしているような場面がありました。アンスポーツマンライクコンダクトと呼ばれる反則行為です。選手はキレているように見えました。非常にメンタルの弱い選手に感じました。日大の監督さんの“あれくらいやっていかないと勝てない。私の責任”というコメントなどから察するに、選手は相当なプレッシャーを感じていたと考えられます。もちろん個人差はありますが、チームの指導者がスパルタ式に圧力をかけて、その雰囲気や、空気からメンタルが弱くて精神的に追い詰められてしまった選手は、その行為の善悪を区別することができなくなる場合があります」試合を見る日大・内田正人監督=2017年12月17日、西宮市の阪神甲子園球場(撮影・山下香) 環境や状況、そして精神状態によっては、その行為の善悪さえ判断できない状況に追い込まれるケースがあるというのだ。  日本のスポーツ界には、中、高、大学の“部活”内の体育会系気質が根強くはびこってきた。この体質が、しばしば、暴力問題やパワハラという問題を生み出している。カリスマだった故篠竹幹夫監督 日大フェニックスは、カリスマ的な存在感を持っていた故・篠竹幹夫監督が、レギュラーを全員合宿所に入れて、徹底的にしごく超スパルタ方式で黄金期を作ったことで知られる。「犠牲・協同・闘争」のチーム方針の元、集中力を高め、甲子園ボウルで優勝を重ねて“サムライフットボール”と賞賛された。内田正人監督は、コーチとして故・篠竹監督を支えてきた人物である。 高妻教授は、スポーツ心理学の観点から、選手が「ノー」と言えない日本独特の根性礼賛主義、指導者の古い経験主義などの文化、体質を問題視する。 「私の話で恐縮ですが、空手部時代に指導者に“負けるくらいなら相手をノックアウトしてこい!”と言われて、その通りにしようとしたことがありました。今から40年以上も前の話です。前近代的な指導体系、チーム体質であるならば、選手が“指導者に言われたことをやらなかったときにどうなるか”という例をずっと間近で見ていくことで、よりプレッシャーを強く感じることになります。選手は、“できない”“やれない”と言って信用、立場を失うことを恐れます。ネガティブになります。そうなるとノーとは言えないのです。アメフットやラグビーといったコンタクト競技は格闘技的要素が強いものです。スポーツと暴力の境界線を守るためには、なおさらメンタルコントロールが必要になってきます。本来は、そのプレーをする理由を指導者が説明できなければなりません。私は、それを科学的根性論と呼んでいますが、目的を達するために何をどうするべきかをすべて説明し、選手が理解、納得した上でトレーニングという準備を行い、ミーティングでイメージを高め試合に入ることが必要なのです。そういった作業を省き“チームが勝つために言われたことをやれ!”というのは、何十年も前のティーチングであり、とてもコーチングとは呼べないものです。選手をポジティブな考え方にするには、まず指導者がコーチングを勉強しポジティブな環境に変えることが重要になります」  そして高妻教授は、こうも続けた。 「アメリカのカレッジフットボールの世界では、リーグが練習時間や年間の活動時間を制限しています。しかもコーチはプロです。例えばフロリダ州立大のアメリカンフットボール部では、その限られた練習時間内に、いかに効率的なトレーニングを行い、戦術を磨くかということが先鋭化されています。メンタルトレーニングに関しても時間を割きます。夢や目標を達成するために何をどうすればいいか、学生スポーツの意義とは何かをコーチングしていけば、必然的にスポーツマンシップというものを理解するようになってきます。日大アメフット部の内情をよく知りませんので、あくまでも一般論としてですが、前近代的なスパルタ、間違った根性論がはびこるチームでは、しばしば、こういったメンタルに起因する問題が起きるのです」日大フェニックスのロゴがある練習用具のカバー=2018年5月17日、東京都世田谷区(吉沢良太撮影) 実は、何十年も前から日本の多くのアメフットの強豪校の指導者たちは、毎年のようにアメリカの名門校などに留学して、戦術だけでなく、コーチング、チームマネジメントから、そのリクルート手法までを学んで持ち帰り、チーム強化につなげてきたという歴史がある。立命大のように、全米の大学に学び、クラブハウスやトレーニング施設などの環境までを整えたチームもある。いわゆるインテリが多く、どちらかと言えば学生アメフット界は、古い体育会系の根性論とは一線を引いてきたという傾向があったのだが……それにもチーム差があったのも事実である。  日大の悪質タックル問題が、なぜ起きたかの原因究明は、あらゆる角度から徹底して行わねばならない。関東学生連盟だけに任せるのでなく、全日本協会のレベルで調査、議論を行う必要があると思う。ひいては、それが、日本の学生スポーツ界が抱えている課題や、悪しき伝統を一掃するための重要な問題提起になるのかもしれない。(文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)

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    イエスマンを生み出す体育会系の「悪しき風習」

    吉田良治(大学スポーツマネジメント研究会理事) 昨年11月の横綱・日馬富士による暴力事件から続く大相撲界の暴力問題、女子レスリングのオリンピック4連覇、伊調馨選手へのパワハラ問題など、スポーツ界に根深く残る暴力や人権を損なう行為が、連日メディアを賑わせている。間もなく平成が終わろうとしているいま、日本のスポーツ界はいまだ昭和の悪しき風習に苦しんでいる。 2012年12月23日、大阪・桜宮高校で起こった体罰・自殺事件以降、スポーツ指導者の暴力に伴う体罰について、徐々に改善の空気が流れ始めた。 しかしその後も指導者から女子柔道日本代表選手へのパワハラ問題が発覚し、指導者の解任に発展した。指導者から選手への暴力だけでなく、部活の部員間、とくに先輩から後輩への暴力という、体育会系の悪しき風習が続く。 天理大学柔道部で起こった選手間の暴力問題では、当時主将のオリンピック金メダリストも暴行現場に居合わせたことが発覚し、長期の謹慎を余儀なくされた。 この時期は2020年東京五輪・パラリンピック招致活動と重なり、オリンピック選手や日本代表コーチも暴力問題に関与するという日本のスポーツ界に蔓延る負の歴史が、反暴力を掲げるオリンピックの招致に影響する懸念から、国を挙げてスポーツ界の暴力撲滅の動きが加速された。 体罰を生み出す背景の1つは、大相撲の部屋制度、大学や高校の部活なら合宿生活など、閉ざされた世界が根底にある。指導者と選手、先輩と後輩の関係は狭い世界の中だけで成り立ち、その世界の価値観に偏ることが、体罰を生み出す温床となる。 自立を促すための指導ではなく、むしろイエスマンを生み出しているのだ。違った価値観に触れ、幅広い選択肢と多様な経験をする機会をもち、スポーツという小さな殻を破ることが必要である。  2012年の大阪・桜宮高校の体罰・自殺事件後、大阪府と大阪市は府下の高校教員を対象に、元プロ野球選手の桑田真澄氏を講師に体罰防止研修を実施した。しかし、この研修を受けた教員のなかで、その後体罰をした者も少なくない。なかには97回体罰を繰り返した教員もいた。大阪・高2バスケ部主将体罰自殺問題 大阪市立桜宮高校 =2013年1月13日午前、大阪市都島区(大塚聡彦撮影) そもそも、再発防止という名のもとに行なわれる研修は単発で行なわれ、不祥事が起こった際の決まり文句〝再発防止に努めます〟と、その場を一時的に凌ぐものが多い。受講者も研修後、一晩寝れば次の日に頭の中に残っているものはほとんどないに等しい。定期的、かつ継続的に実践で生かされるプログラムとその環境整備が重要だ。 人は皆、欲をもって生きている。欲という向上心をもち成長するのだ。スポーツの世界でも、「勝ちたい!」という向上心がなければ成功することができない。再発防止に効果なし しかし、この欲が道を逸れると簡単にダークサイドに落ちてしまう。2016年にスポーツ界で起こった賭博や薬物の事件も、アスリートの強みであるはずの欲が悪さをしたのである。指導者の体罰も選手にとって良かれと思って、行きすぎた欲がもたらす結果である。 スポーツにはルールがあり、そのルールに則り競技することが求められる。スポーツは社会の一部であり、指導者やアスリートなどスポーツ関係者も社会の一員である。 当然、社会のルールに則り生活することが求められる。暴力は法律違反であり、いかなる理由があっても(正当防衛などを除き)暴行罪となり、相手を傷つければ傷害罪となる。スポーツ指導の現場も治外法権とはならず、法を犯せば刑事罰を受ける。 桜宮高校の体罰・自殺事件で、生徒に体罰をした教員は傷害と暴行で懲役1年、執行猶予3年の判決を受け、大阪市が遺族に支払った損害賠償のうち、4361万円の支払いを命じられた。また元横綱日馬富士は貴ノ岩への傷害罪で略式起訴、罰金50万円の略式命令を受けた。選手や後輩への躾・指導・やる気を引き出すための体罰も、犯罪として処罰されるのである。 スポーツの暴力は家庭での躾による児童虐待、学校教育での体罰、そして職場でのブラック問題等、そのまま社会の問題と根っこでつながっている。 公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの調査によると、56.7%の大人(20歳以上男女2万人)が子どもの躾に体罰は必要、と答えている。実際に18歳以上の子どもがいる親(1万人の男女)では、70.1%が躾で子どもを叩いたことがあると答えている。 スポーツ界に限らず日本社会には、とくに子どもや若者の躾なら暴力は必要、という考えが一般的となっている実態がある。画像はイメージです(iStock) 子育て、教育、そしてスポーツの指導の現場では、子どものころ体罰を受けた大人の経験がそのまま受け継がれてきたことが、日本社会の体罰文化を形成してきた。しかし家庭の躾や学校の体罰でも、近年、暴行・傷害罪で処罰されるケースも増えており、スポーツの体罰も今後法的に処罰を受けるケースが増えるだろう。 大人が子どもの躾や若者の指導に、暴力という法律違反をしていては、正しく導くことはできない。大人同士なら法律違反の暴力行為が、子どもや若者の指導に使われる時点で、それは教育・子育てが破綻していると大人は自覚すべきである。  私がワシントン大学のフットボールチームでアシスタントコーチをしていたころ、コーチが選手に体罰をする姿を見たことはなく、また人権を傷つけるようなネガティブな対応もなかった。そして日本で不祥事として処分するような問題行動があっても、チームが活動を自粛したり、選手を退部・退学させることもなかった。アメリカで体罰が起こりにくい理由 実際、ワシントン大学が2001年にローズボウル(毎年1月1日に開催される、全米カレッジフットボール王座決定戦)を制覇したときのメンバーには、24名の逮捕歴をもつ選手が含まれていた。 さらに驚くべきは、入学前の高校生が逮捕された際、当時ヘッドコーチだったジム・ランブライト以下数名のコーチが、「われわれがこの若者を正しく導き、社会へ送り出す責任を負う」と、裁判所に情状酌量を求める嘆願書を提出していたことだ。 アメリカのスポーツ指導者、とくに大学スポーツの指導者は“Nation Builder”つまり国づくりを担っている、といわれており、とくに問題を起こした若者を更生させ、社会に送り出す義務を果たしてきた。 元警官でワシントン大学フットボールチームのメンター的存在のアバナ・トーマス(故人)によると、「このチームには大学でフットボールをしていなければ、ストリートギャングになっていたかもしれない若者も少なくない。われわれが社会の中にある問題から目を背け、トカゲの尻尾切りをすれば、この国はますます荒んでいく」と、大学スポーツが果たす役割を示した。 ジョージア工科大学のバド・ピーターソン学長によると、「学生アスリートが過ちを犯してもSecond Chance(更生の機会)を与えることは重要で、時には3度、4度チャンスを与えることも必要」と、アスリートを受け入れた大学が責任をもち、大学を代表するアンバサダーとして社会へ送る義務がある、と話した。 ランブライトは時に過ちを犯した若者と膝を突き合わせ、なぜこのようなことになったのかじっくり話し合い、解決策を若者と共に見出した。時には早朝4時から面談することもあった。「従順な人間を育てるのではなく、自ら考え問題を解決するリーダーを育てること」と、ランブライトはコーチの役割を強調している。ミスをした選手に寄り添うジム・ランブライト氏(左、写真提供:ワシントン大学=筆者) リーダー育成には3つのゴールが必要だ。勝つことを目的にするシングルゴールでは不十分で、選手の人生にも責任をもつダブルゴールと、社会を豊かにするために貢献するトリプルゴールが、国を背負う未来のリーダーという究極のリーダー育成のカギとなる。 この風土で育ったアメリカのアスリートは、次は自分が若者を導く番だと、地域の子どもの良きメンターとなる。 MLB(メジャーリーグベースボール)のシアトル・マリナーズが行なうD.R.E.A.M Teamプログラムがその一例だ。DはDrug Free(薬物防止)、RはRespect(敬意を払う)、EはEducation(教育)、AはAttitude(姿勢・態度・振る舞い)、そしてMはMotivation(やる気)だ。どれも子どもの成長に必要なライフスキルの要素をもっており、Dは薬物防止だけでなくあらゆるリスクマネージメントにつながり、Rはスポーツマンシップの重要な要素となり、いじめなどの問題行動を改善できる。 アスリートはフィールドの内外の立ち振る舞いを整え、子どもたちの模範となることを実践する。チームのエース、フェリックス・ヘルナンデスは教育でとくに読書力を高めることを重視し、自身の絵本をつくり小学生にプレゼントしている。またいじめ防止のプログラムを独自につくり、小学校にプログラムを提供している。チームからの強制ではなく、自ら率先して実行するという、自己モチベーションを子どもたちに示している。体罰にならないための指導法の確立 学生時代にフロリダ大学でフットボールと陸上短距離の二刀流だったジェフ・デンプスは、地元のラジオ局でいじめをする子どもの相談役となり、いじめをやめさせるメンターを務めた。 いじめをする子どもは何らかの問題を抱えており、その問題を解決することなく、罰でいじめをやめさせようとしても根本的な解決にはならない。いじめをしている子どもを正しい道へ導くことは、いじめられている子どもだけでなく、いじめをする子どもも救うことにつながる。  体罰を改める術がたんに犯罪だからだめ、では、体罰と同じく罰という抑止力で押さえ付けるだけで、根本的な解決法とはならない。乳児が泣き止まないと、暴力を振るう親も見受けられる。 言葉で伝えられないから、泣いて親にメッセージを送っているのに、それすら理解せず感情に任せ、わが子が暴行死に至る痛ましい事件も珍しくない。子どもや若者だけでなく、善悪の理解不足や感情のコントロールが未熟な大人も増えている。 人の成長とはすぐに結果が出ないものだ。子どもや若者はまだまだ善悪の区別を理解できておらず、また感情のコントロールも未熟である。大人は気長に若者の成長を見守り、導く気骨が求められる。 体罰のないスポーツ指導について、長年NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)や強豪大学のフットボールチームでヘッドコーチを歴任し、ジョージア工科大学で体育局長として全米初のアスリート教育、トータル・パーソン・プログラムを構築したホーマー・ライスは、「褒美や罰でやる気を引き出すことは、短期的に効果を得るかもしれない。しかし、長く効果を求めるなら、選手自身でやる気を引き出す必要がある。自己モチベーション(インサイドアウト)が重要となる」と語っている。第52回NFLスーパーボウル=2018年2月4日、ミネアポリス(USA TODAY・ロイター=共同) 指導者がすべきなのは、選手の良い面・悪い面を正しく評価し、建設的なフィードバックをすることだ。フィードバックは良い面と悪い面の比率を5:1の割合(魔法の比率)で伝えることが最も効果的である。重要なことは褒めたり叱ったりすることではなく、正しく評価したフィードバックと、それを選手が活かすための環境を整えることが指導者の役割である。 スポーツに限らず人の成長にはE.L.M(Effort,Learn,Mistake)が重要だ。つねに向上心をもって努力し、やるべきことを理解し、失敗してもそこから学び、再度努力する。失敗が成功への糧になる。失敗から何を学び、どう活かすのか、選手も指導者も失敗を成功へのチャンスとポジティブに捉える思考が重要だ。 日本学生野球協会から毎月のように発表される、高校や大学の野球部の不祥事には、指導者や選手間の暴力事案も多い。日本高野連審議委から日本学生野球協会審査室に上申された指導者の暴力は、2013年が68件で2016年には31件と減少傾向にあるが、指導者による暴力は依然2桁以上発生している。「殴り聞かせる」という言葉はありません! 2010年に甲子園春夏連覇を成し遂げた沖縄・興南高校野球部の我喜屋優監督の言葉だ。感情が先走ってはいけない! 言葉で「言い聞かせる」ことが大切! と反暴力の指導を実践すると同時に、興南中・高校の校長兼理事長の立場として、社会人として人生の勝利者になってほしいと願い、いち早くスポーツ偏重のスポーツクラスを廃止した。“Nation Builder” は日本にも存在する。ノルウェーに学ぶスポーツマンシップ  2018年平昌オリンピックでは、ノルウェーが獲得総数38個と最も多くのメダルを獲得した。人口500万人ほどの国がいかに世界最高水準の競技力を維持するのか?  ノルウェーのオリンピック委員会によると、ノルウェーでは子どものあいだでは競争心をあおらないよう指導している。子どもにとってスポーツは楽しいもの、そして友達との関係を良くすることを目的にする。13歳くらいまでは決して勝ち負けや点数の優劣などを意識させず、楽しむことを促す。これこそスポーツが本来あるべき姿なのだ。 2006年トリノオリンピックのクロスカントリー女子チームスプリントの決勝戦で、2番目を走行していたカナダチームの選手がストックを折り4番手まで後退、そのとき近くにいたノルウェーチームのビョルナル・ホーケンスモーエン・ヘッドコーチが、予備のストックをカナダ選手に与えた。 その後カナダは挽回し、2位で銀メダルを獲得した。一時首位に立っていたノルウェーチームは、終盤に失速し最終4位でメダル獲得とならなかった。もし自国コーチがカナダチームを助けなければ、ノルウェーチームは銅メダルを獲得できたかもしれない。 ホーケンスモーエン・ヘッドコーチは「普通のことをしただけ」と、子どものころから教わった「たとえどんな状況であっても、共に走る者を敬い、助け合うことが重要」という言葉を実践したまでと語った。スポーツマンシップはまず指導者が模範を示し実行すること、選手の先頭に立ち背中で選手に教えることが重要だ。 相手を敬うこと、敬意をもつということは、スポーツマンシップの重要な要素だ。スポーツに関わるすべての者は、このスポーツマンシップの精神をしっかり育んでおくことが重要となる。男子滑降で初優勝したノルウェーのアクセルルント・スビンダル=2018年2月15日 (ロイター=共同) 私は現在、追手門学院大学でアスリート教育を担当し、1年生にはライフスキルやスポーツマンシップを基に指導を行なっている。使用している教材「スポーツマンシップ・フィットネス」では、日常生活で実践を通しスポーツマンシップが育まれるよう構成した。スポーツマンシップはスポーツをする上で必須であり、それが社会で生きるシチズンシップに繋がっていく。アスリート教育の重要な位置付けとして、とくに早い段階で実施することが望ましい。 現在国が進める大学スポーツ政策、いわゆる「日本版NCAA」でもアスリート教育はとても重視されている。今年は年明けから日本代表クラスやプロ野球選手トップアスリート(いずれも大学スポーツを経験したトップアスリート)、そしてプロ野球をめざす現役大学選手の不祥事が続いている(カヌー・ドーピング、競泳日本代表合宿暴力、強化費不正受給、ナショナルトレーニングセンター規約違反、元プロ野球選手の暴力事件、未成年飲酒など)。この事実を大学スポーツ界は深刻に受け止め改革していかないと、たんなる掛け声で終わってしまう。仏作って魂入れずだ。 メダルの数という“Cult of Olympic-Medals(オリンピックメダルに熱狂する)” ではなく、スポーツ界が社会を豊かにする責任という、明確な価値観と具体的な実行が必要だ。スポーツマンシップを実践したアスリートや指導者がその役割を全うしたとき、メダルの数は自ずと付いてくる、とノルウェーが示している。(本記事は、『Voice』2018年5月号、吉田良治氏の「スポーツに暴力は必要ない」を抜粋、編集したものです。)よしだ・よしはる 大学スポーツマネジメント研究会理事。1962年、大阪府生まれ。86年、追手門学院大学経済学部卒業。米国・ワシントン大学アメリカンフットボールアシスタントコーチ、神戸商科大学アメリカンフットボール部コーチ、京都産業大学アメリカンフットボール部コーチなどを経て、現在、追手門学院大学客員教授、日本アメリカンフットボール協会指導者育成委員会副委員長、ホーマー・ライスリーダーシップアカデミートータル・パーソン・プログラムファシリテータ。関連記事■ 成功者の共通点「GRIT=やり抜く力」とは?■ 40代の仕事は「I」から「T」に変化するとき■ 片岡愛之助が語る、三谷作品『酒と涙とジキルとハイド』にかけた思い

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    あのヤクザ監督の直言 「ビンタが試合を変えることがある」

    「教育の場」と位置づけられる甲子園で、その敗戦の弁は、物議を醸した。「負けたのは末代までの恥」「腹を切りたい」。6年前のセンバツ一回戦、21世紀枠の格下校に負けた島根・開星高校監督(当時)の野々村直通氏の一言。翌日の謝罪会見には、ど派手な服装で現れ、火に油を注ぐ。2日後、退任。 連日、「ヤクザ監督」と叩かれた野々村氏だが、監督復帰を望む8000人の嘆願書とともに翌年、現場復帰を果たすなど、教え子の支持は厚い。現在は教育評論家として活躍する野々村氏は、萎縮する一方の指導者に大きな違和感を覚えるという。* * * 昔は甲子園に出てくるような高校では、当たり前のように体罰は行われていましたよ。そりゃあ、ビンタぐらいしてるぜ、って。今でも、やってる高校はけっこうあるでしょう。強豪校はどこもギリギリのところで戦っていますから。 ただ、2012年12月の桜宮高校の男子バスケット部のキャプテンが自殺した事件で、潮目が大きく変わったことは確かです。自殺の原因は、監督の体罰にあったとされましたから。「体罰=悪」で、教師は生徒に触れてもいけないってぐらいの状況になった。 文科省もビビったね。事件翌年3月に〈執拗かつ過度に肉体的・精神的負荷を与える指導は教育的指導とは言えない〉という通知を出した。僕に言わせれば、「過度」だから伸びるんですよ。子どもなんて、簡単に満足しちゃいますからね。そこで追い込んで、初めて成長するんです。第82回選抜高校野球 開星・野々村直道監督=2010年3月22日(澤野貴信撮影) リオ五輪で結果を残した選手たちは、体罰があったかどうかは別として、想像を絶する練習をこなしてきているはずですよ。でなきゃ、あんなに人に感動を与えられるもんじゃない。 教育現場は今、歪んでます。ちょっとでも手をあげようものなら、当事者ではなく、第三者がタレ込むようになった。2014年秋にこんな事件があったんです。今治西高校(愛媛)は四国大会の準決勝で、高知の明徳義塾とぶつかった。勝てば、春の甲子園が当確になるという大一番です。 試合中、大野(康哉)監督は、ある選手に「気合入れてください!」と言われ、「よし、わかった!」と3発ビンタをした。それで明徳義塾を逆転して、甲子園の切符をつかんだんです。でも、たまたまそのシーンがテレビカメラに映っていて、視聴者が電話で抗議をした。試合後、高野連は大野監督と当該選手に確認したらしいのですが、選手の方は泣きながら「僕がお願いしたんです! 暴力じゃありません!」と訴えたそうです。でも、高野連は世論を恐れたんでしょうね、大野監督を謹慎処分にし、そのせいで甲子園で指揮を執ることができなかった。 これが体罰ですか? アスリートが気合を入れようとして自分で自分の頬っぺたを叩くことがよくありますよね。それを監督にしてもらっただけのことじゃないですか。 私も試合中、あがって頭が真っ白になっている子に、「勝負してこんかい!」と頬を張ったこともあります。1発のビンタが試合を変えることもある。 がんばれば負けたっていいなんて、教育でも何でもないですから。僕は試合に負けたら練習試合でも怒りまくってましたよ。ずいぶん前ですけど、試合に負けると、センターからホームまで、手だけで這わせた。下半身はぶらんとさせてるから匍匐前進よりしんどい。腕力が弱い選手はたどり着けない。見ていてかわいそうになるんだけど、負ける惨めさを覚え込ませるためにも心を鬼にしてやらせた。 うちの選手は、負けたら俺に殺されるんじゃないかぐらいに思っていましたよ。 今の子どもたちは、簡単に自分で自分を見切っちゃう。俺は無理だって。でも、これだけ追い込んでやれば甲子園に出られるんだというのを示せば、しんどくてもついてきますよ。【PROFILE】野々村直通(ののむら・なおみち)/1951年、島根県生まれ。広島大学教育学部卒。島根県の開星高校野球部を監督として9回、甲子園に導く。美術教師を務めていたことから「山陰のピカソ」の異名を持つ。2012年に定年退職。著書に『やくざ監督と呼ばれて』など。●取材・構成 /中村計(ノンフィクションライター)関連記事■ あのヤクザ監督 「『GTO』みたいな生徒ばかりだったら楽」■ ヤクザ100人調査 生まれ変わってもヤクザになりたい率判明■ 韓国で政治ヤクザ衰退もインテリヤクザと半グレが増加■ 昭和初期のヤクザ 親分が子分引き連れ戦地に赴くことも■ 紳助 旧国鉄職員の真面目な父に反発し伝説のヤクザに憧れる

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    「悪質タックル」日大アメフト部員をどうすれば救済できるか

    ル」問題は、まさにこう言えるケースではないだろうか。 アメフトは、野球やサッカーなどと比べ、マイナースポーツといえる。それだけに妥当性がわかりにくいが、関西学院大のクオーターバック(QB)に対する日大選手の悪質なタックルは、野球ならマウンドに立つピッチャーにわざとバットを投げつける行為で、サッカーならフリーキックを終えた選手にスライディングすることと同様の危険行為である。他の競技であってもほぼ間違いなく一発退場となり、国際試合なら資格停止処分となるだろう。 そして、QBとは、選手の入れ替えが攻守ごとに異なるアメフトにおいて、唯一容易に替えが効かないポジションである。 本場アメリカのNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)において伝説のQBといえば、1980年代に活躍したジョー・モンタナだ。現在61歳だが、アメフトに詳しくない人でも一度くらいは耳にしたことがあるだろう。「伝説のQB」で検索すると現役のトム・ブレイディか、モンタナの名前が間違いなく上位にあがる。 この二人のように、QBは攻撃の司令塔でありアメフトの花形ポジションだ。味方の選手のフォーメーションや守備側選手の位置を瞬時に把握してパスを通すのが仕事である。パスを通し続けることで味方の攻撃は続き、相手陣地により深く攻め込むことになる。このため他の選手たちに比べて比重が桁違いに大きい。野球の投手、サッカーのトップ下どころではない。 そもそもQBがパスを出す前なら、「タックルしてパスを投げさせない」というのはルール通りの行為で、QBの才能のうち「相手選手のタックルを避ける」というのもテクニックの一つだ。 だが、パスが通るなり、失敗するなどして力を抜いた後にタックルするのは明らかな反則(レイトタックル)である。選手生命にかかわるだけでなく、命すら奪いかねない危険極まる行為だ。 報道にある「殺人タックル」という表現は過言でもなんでもない。アメフトが「スタジアム内で行われる暴力」でなく「スポーツ」である証だとも言える。 これを選手個人が意図的に行ったとしたら、たとえ日本代表に選出されるほどの才能を持った選手だとしても、協会から「永久追放処分」されても仕方がない。国際試合で行ったら外交問題にまでなるだろう。第69回甲子園ボウルの関学大ー日大=2017年12月、甲子園球場 ただ、重要なのは実際にタックルをした選手がなぜこうした行為をしたかということだ。この選手は成人年齢だが、学生であることなどを考慮し個人名までは報道されない。だが、ネットで検索すれば容易に判明する。実際に日本代表チームに招聘された名選手だ。しかし、それほどの選手が「過失」でそんな大きなミスを犯すだろうか。 そこで問題なのが、日大アメフト部の内田正人監督の「指示」の有無だ。「QBを殺し(実際の殺人でなく『潰す』という意味)に行け」という指示の内容自体は、アメフトという競技を考えれば防御側の監督やコーチから指示されてもおかしくない。 だが、普通のチームならば「あくまでルールの範疇内で」という意味だと受け取られる。つまり、パスを投げる前のタックルなら、問題ない正当なプレーであることは先に説明した通りで、投げ終わった直後などの微妙なタイミングならば論議にはなるが社会問題化するまでにならない。 それにタックルをされるQB自身も力を抜くこともなく、頭部や背部、腰部といった致命傷を避ける受け身姿勢をとる。そのための防具であり、そうした自己防衛についても選手指導と育成の対象だ。タックル選手にも再起のチャンスを しかし、日大の選手は、明らかに投げ終わった選手が力を抜いてプレーも止まり、グラウンド外に出ようとしている所に背後からタックルしたのだ。そうした状況だとわかっていない程度の選手を協会が日本代表チームに選ぶだろうか。 当時の試合を映像で見る限り、「選手生命を絶ちに行った。結果的に文字通り殺してもおかしくない勢いでぶつかりに行った」と判断されてもおかしくない。ちなみにレイトタックル自体は選手個人に科されるファウルであり、チームファウルではない。 また、報道などによると、タックルした日大選手は、なかなか試合に出してもらえなかったようだ。何が原因かは定かではないが、「監督、コーチからの理不尽な内容の指示に従わない」ことが理由だった可能性もある。 そもそも今回の問題は、日大と関学大という東西の横綱チーム同士の定期戦で起きた。公式戦なら、問題はもっと大きくなり、没収試合になりかねない。加害チームは即敗退となる。 そうなれば加害側の日大の損失の方がはるかに大きくなる。だが、練習試合ということであれば話は別で、別だからこその行為だったとすれば、悪質さは極まりない。 当然、練習試合といえど、真剣勝負ならば事故やけがはつきものである。根底にあるのはそうしたリスクを犯してでもチームの強化を図りたいからであり、学校間の信頼関係だ。要は、日大と関学大は日本一を競い合うライバルという信頼関係にあったからこそ51回もの定期戦を行ってきた。そうした過去の伝統に裏打ちされた特別な試合だったはずだ。 日大の内田監督は「弱いチームだから」と前置きして何でもアグレッシブに行く旨を公言しているが、昨年の大学選手権覇者が「弱いチーム」なら全大学のアメフト部が弱いチームだということになり、何でもアグレッシブにやっていいということになる。 つまり、大学日本一の日大アメフト部相手なら凶器を隠し持っていようが、プロテクターの下に何か仕込んでいようが、審判の目につかない所で相手選手を殴ろうが、なんでも許されてしまうということになる。「スポーツの名を借りた暴力」以外の何物でもなくなる。ただでさえ、少子化でスポーツ部の部員確保が難しくなっている中で、そんな事が起きれば部活動自体、競技自体が消滅しかねない。甲子園ボウルで優勝し、選手らと喜ぶ日大フェニックスの内田正人監督=2017年12月 まだ真相はわからないが、監督、コーチ陣の指導方針に問題の原因があるとすれば、名門チームであっても消えてなくなるべきだろう。まして他のチームの模範となるべき横綱だというなら、なおさらである。角界が土俵外の暴力で、レスリング界がパワハラ問題で揺れている昨今だからこそ、他の競技の指導者に向けても強くアピールするという意味で厳重な処罰が必要だ。 だが、内田監督は日大の常務理事でもあるため、監督を辞任してもそのまま「院政」に移行すると考えられている。ならば、日大アメフト部は即廃部するべきだ。現役選手たちについては、希望するなら他の大学チームへの移籍と出場とを認め、原因となった悪質タックルをした選手については、1年間の謹慎処分と他の日大選手と同じ扱いを適用するということでどうだろうか。 この処分案ならば将来ある選手たちに重荷を負わせることなく、悪質タックルをした選手も救済できる。才能ある選手だけに、再起のチャンスを与えてもいいだろう。 いずれにせよ、内田監督は62歳。先に紹介したジョー・モンタナと同世代だ。海の向こうにいる伝説のQBが日本のこの騒動を聞いたらどう思うだろうか。

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    女子レスリングパワハラ騒動 担当記者が「淡々と書く」理由

    まざまな言動が積み重ねられた結果、競技担当だった記者ほど、淡々と報じる気持ちにしかなれないからだ。 スポーツ紙で五輪担当をしていた記者が「一線を越えた出来事」として振り返るのは、リオデジャネイロ五輪前の出来事だ。「ある記者が、伊調馨さんについての特集記事を書いたんです。その内容は、彼女がレスリングや五輪についてどう考えているのか、何を経験して今の考えに至ったのかなど、五輪四連覇がかかっている選手はどんな人なのかを紹介した内容でした。誰かを批判するようなネガティブな要素は一切ありませんでした。でも、その記事が掲載されたとたん、書いた記者を呼び出して、なぜ伊調を取り上げるのかと詰問したんです。それは30分近く続いたといいます」 同じ競技を担当している記者どうしは、他社であってもよく顔を合わせるので、情報を共有することが多い。この「事件」もすぐに広まり、栄氏は、気に入らない選手を取り上げるだけで恫喝する指導者、という評判が広がった。「記者を呼び出して、伊調さんを取り上げることそのものにクレームをつけたというのがあり得ないです。百歩譲って彼女を報道で持ち上げてほしくない正当な理由があったとしても、五輪四連覇がかかっている選手の人となりを紹介しているだけの記事ですよ。なかなか単独取材を受けない人だけど、一度は紹介しておきたいと考えるのは五輪担当なら当たり前です。囲み取材でも平気で伊調さんへの不満を長々と喋っていたし、今のような状況になっても実績ある指導者だからと肩入れするのは危険だと考えています」日本レスリング協会の福田富昭会長。左は馳浩副会長=2018年4月6日午後、東京都内(共同) だからといって伊調に肩入れしたくなるのかというと、それもないと一般紙の五輪担当記者は苦笑する。接触する機会がなさすぎて、思い入れのもちようがないからだ。「もともと取材を積極的に受けるタイプではないと聞いていましたが、拠点を東京に移してからは、レスリング協会が設定した合宿の取材公開日や大会のとき以外は、ほぼ機会がなくなりました。所属会社に取材申請しても反応がないことが多く、本人が拒否しているのか、別の判断が働いていたのかわかりません。ロンドン五輪で五輪三連覇を達成した直後も、JOC関連で義務になっているもの以外はほとんど断っていて。時間がないと聞かされていたのですが、試合会場をのんびり歩きながら『面倒だから。沙保里さんがやってくれてるし』と言っているのが聞こえちゃって。レスリングのこと以外をアドバイスしてくれる人がいないのは気の毒だなと思いましたが、それだけです」 レスリング関係者の多くは、「うちはマスコミに対してオープンですから」と胸を張って発言する。だが、その「オープン」とは、自分たちに都合がよい宣伝したいことに対してだけ、開けっぴろげだと言えそうだ。 担当記者、元担当記者の多くは、今回のパワハラ騒動について「粛々と取材して記事にするだけです」と語る。栄氏は6月には休養から復帰予定だというが、その頃には建設的な変化が訪れるだろうか。関連記事■ 伊調馨「パワハラ告発」にレスリング関係者が同調しない理由■ 伊調馨 「パワハラ告発」の動機は「コーチの娘」か■ レスリングのパワハラ疑惑 吉田と伊調は一歩も引けない関係■ 伊調馨と栄和人氏 「パワハラ」めぐる主張が正反対の理由■ 花田景子さん 単独で協会と闘う貴乃花に「もう無理…」

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    さらば「鉄人」衣笠祥雄

    小林信也(作家、スポーツライター) 衣笠祥雄さんが亡くなり、野球界だけでなく多くの分野から惜しむ声が寄せられている。現役時代のフルスイング、野性味あふれる躍動ぶりとは対照的に、ちょっとハスキーながら穏やかな語り口と柔らかな物腰、野球選手の中では異彩を放つ紳士的な雰囲気が印象に残っている。その姿には、ひとりの男の人生の到達地点を見る思いがした。 プロ入り当初、衣笠さんは紳士でも一目置かれる存在でもなかった。野球によって社会に認められて自信を抱き、誇りを持って生きる人生を手に入れたようだった。あのころの野球はそれを可能にする世界であったと、遠い憧れのような熱い気持ちが湧き上がってくる。 少年時代に僕が見た衣笠さんは、ヤンチャそうな負けん気あふれる若者だった。私が田舎(新潟)で観ていた巨人戦のテレビ中継に衣笠さんが登場し始めたのは、衣笠さんが入団4年目でレギュラーの座を奪った1968年、ちょうど私が中学に上がった年だった。翌年に大卒で入団し、すぐに活躍を始めるチームメイトの山本浩二、阪神の田渕幸一らはどこかおっとりとしていて、ホームランこそ飛ばすが荒々しさは感じなかった。ところが衣笠は、目の前の自分より大きな動物に下から飛びかかろうとするような猛々(たけだけ)しい気迫を感じさせた。 それが、日本人である母とアフリカ系米国人の父の子に生まれたハーフの身の上、幼いころの心ないバッシングやいじめによって形成された心の奥の思いのためだったのかどうかはわからない。だが、明らかに衣笠さんは常に戦いを求めていたし、まるでボクシングで相手と殴り合っているような雰囲気で野球をしていたように感じていた。 ところが、そんなイメージとは裏腹に、当時から野球選手としては紳士的であった。死球を受けても、静かに一塁に向かう衣笠の姿がいまでも目に浮かぶ。衣笠は通算161個もの死球を受けており、清原、竹之内雅史に次ぐ歴代3位の記録だ。無事これ名馬というが、衣笠さんは死球をたくさん受けながら、休まず試合に出続けたのだ。 衣笠さんといえば、2215試合の連続試合出場記録が真っ先に語られるが、「鉄人」たるゆえんはそれだけにとどまらない。 衣笠さんは長嶋茂雄よりたくさんのホームランを打っており、その数は504本にのぼる。王貞治、野村克也、門田博光、山本浩二、清原和博、落合博満に続く歴代7位。張本勲と同数だ。実は田渕幸一、金本知憲、中村紀洋らのホームラン打者よりも多い。 盗塁も通算266を記録している。1976年、盗塁王にも一度輝いている。500本塁打以上では張本勲(319)に続く数字。長打力と機動力を兼ね備えた強打者だった。広島の衣笠祥雄選手(当時)=1968年6月  ゲッツー(併殺)と言えば、現役終盤のミスター巨人、長嶋の代名詞のように感じるが、ミスター鉄人はゲッツーでも長嶋をしのいでいた。併殺打の歴代1位は野村克也で378。これは鈍足ゆえもあるだろう。野村に続くのが衣笠で267。次いで大杉勝男が266、長嶋と中村紀洋は257で4位だ。三振を恐れないフルスイングの衣笠のスタイルがゲッツーの数に表れている。三振は意外と少なく、歴代9位の1587。1位清原(1955)、5位金本(1703)、6位中村(1691)らがはるかに上を行っている。 衣笠さんは、平安高校で春夏二度甲子園に出場したエリートではあるが、注目度はさほど高くはなかった。ドラフト会議は1965年から始まっているが、衣笠は「自由競争」の最後の年、1964年のオフに広島と契約を交わしている。6球団から誘いを受け、自らの意志で広島カープを選んだと語っている。当時の広島は新人たちがひしめいていた。何しろ、翌65年の第1回ドラフト会議で、広島は18人もの選手を指名している。このうち8人は入団拒否、入ったのは10人だが、衣笠が一軍に上がり、試合に出るには、大変な競争を勝ち抜く必要があった。衣笠の功績 二軍時代のやんちゃな逸話はよく知られている。契約金で買った高級外車を乗り回し、しばしば事故を起こした。深夜まで飲みに出て帰らない衣笠を合宿所で深夜3時まで待ち続け、それから朝までバットを振らせたコーチ関根潤三の逸話も有名だ。 入団3年目、監督に就任したのが根本陸夫だ。その後、西武、ダイエーの監督を歴任、フロントでも辣腕(らつわん)を振るった伝説の人物だ。 「ひと目見た時から、この人には逆らえないと感じました。人生のタガは外しちゃいけないと教えられた」と、後に語っている。その時のコーチが関根だ。 古き良き時代の指導者と、その熱血指導で才能を伸ばした選手。まだ発展途上だったプロ野球を隆盛に導き、日本中を野球の熱気で元気づけていた時代が遠ざかっていく実感がある。 パワハラ問題で揺れる世相の下、野球の指導姿勢も問われ、揺らいでいる。私自身、もはやスパルタ指導は違うと思うし、やらされる指導がプロ野球でも幅を利かせた時代は過去の遺物と思う。しかし、まだ成熟前の野球界で、少しでも世間の関心と好感と尊敬を得ようと必死になって野球に情熱を注いでいた当時の熱さは、子ども心に懐かしく感じられる。 思えば、衣笠がいなければ、いま当たり前になっている本拠地チームを熱く応援するムーブメントの礎も築かれなかったかもしれない。 関西のファンが阪神タイガースを熱烈に応援し、名古屋のファンが中日ドラゴンズを、広島のファンが広島カープを応援するのは当然のように思うファンが少なくないだろうが、赤ヘル旋風(せんぷう)が巻き起こる前は、関西でも名古屋でも日本じゅうで「半分は巨人ファン」というのが語られざる現実だった。 Bクラスが定位置の広島も例外ではなかったが、山本浩二とともに衣笠がカープを押し上げ、1975年には初のリーグ制覇するに至って、広島の誇りは勢いを持った。 Jリーグのホームタウン制が先駆けになったとはいえ、カープ優勝の感激を日本が体験していなければ、プロ野球にも本拠地チーム支持の伝統が今日のように定着するにはもっと時間がかかった可能性がある。その意味で衣笠祥雄は、日本のプロ野球に新たな生きる道を与え、次の夢をもたらした功労者と言えるだろう。衣笠祥雄氏の背番号「3」を掲げる広島ファン=2018年4月24日、横浜スタジアム(撮影・斎藤浩一) 惜しまれるのは、衣笠祥雄ほどの人物が、一度もコーチ、監督として後進の指導にあたる機会がなかったこと。なぜ引退後ユニホームを着なかったのか、これには諸説ある。いわく「球団との折り合いがよくなかった」「指導に興味も自信もなかった」「国民栄誉賞を受賞したために指導者として失敗が許されないと感じていた」といった逸話である。 特徴的な声、博識、歯に衣(きぬ)着せぬ発言も聞く者の心に響いた。評論家としての才覚が指導者への道を阻んだのかもしれない。 指導する「自信はない」と言う一方で、「60歳になったら子どもと一緒に野球をやりたい。全国を回って、そういう機会が持てれば」とも語っていた。プロ野球の指導者でなくても、小学生や中学生のグラウンドに衣笠が立ったら、どんな野球を演出しただろうか。それを思うと、衣笠のもう一つの夢が実現せずに終わったことを残念に思う。 他方で、広島カープ一途に歩み、1979年には悲願の日本一の立役者だった大先輩、衣笠祥雄に、2年連続リーグ優勝という「カープ黄金時代の再来」とも言える隆盛を見せた現監督、選手たちに敬意を表したい。 87年に当時の世界記録2131試合連続出場を達成し、本場アメリカにも日本野球の気高さを伝え、野球界発展に大きなエネルギーを与えてくれた衣笠祥雄さんのご冥福を心からお祈りします。

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    谷岡学長に教えたい「八田イズム」の真骨頂

    小林信也(作家、スポーツライター) 女子レスリングのパワハラ問題に、ようやく一つの動きがあった。日本レスリング協会が委託した第三者委員会の調査報告書が出され、4つのパワハラが認定された。4月6日、協会は臨時理事会を招集し、この調査報告書の内容を認定した。同日、栄和人氏が強化本部長を辞任。そして理事会の後、協会の福田富昭会長ら首脳陣が謝罪会見を行ったが、副会長の一人である至学館大学長、谷岡郁子氏の姿はなかった。 報告書で、パワハラが一部認定され、栄氏が強化本部長を辞任したことは、一つの進展と言えるだろう。だが、栄氏だけが責任を負い、他は謝罪だけで現職にとどまっており、これで十分な検証と再発防止策が構築されたと言えるだろうか。 ただ、協会の理事会及び倫理委員会は、「第三者委員会の報告・認定をそのまま受け入れる」という基本姿勢を明らかにした。それは「誠に潔い」との印象を受ける。ところが、第三者委員会の認定は告発された問題のごく一部に限られ、そのほとんどは栄氏の行為に対するものだった。 一方で、日本レスリング協会や会長、専務理事らは、シロ(もしくはグレーだがクロではない)と判定されている。「決定を全面的に受け入れる」との宣言は、「協会や会長、専務理事に問題はなかった」との報告を受け入れることと同義となる。つまり、結果的にこの騒動はあくまで栄氏個人の問題であって協会の根本的な体質見直しを問うことなく終息しかねない流れになっている。 記者会見では、強化本部長に栄氏を選んだ会長の「任命責任」が問われたが、私は福田富昭会長の責任は「任命」にとどまらないと考える。強化方針や日常の指導姿勢に関して福田会長はおおむね理解し、承認していたと思われるからだ。そもそも監督としての栄氏の指導方針は、日本レスリング協会第3代会長、八田一朗氏にちなんで「八田イズム」と呼ばれ、協会全体が信奉し継承する思想を根底に置いている。東京五輪レスリング金メダリストの花原勉氏、コーチのドガン氏、八田一朗・日本アマチュアレスリング協会会長(左から)=駒沢体育館、1964年10月 八田イズムは、言い訳を許さず、人間的な成長も重視する合理的な教えでもあるが、すべては「勝利のため」、勝利至上主義が徹底して貫かれている。第二次世界大戦の敗戦から立ち直ろうとしていた日本の当時の時代背景を理解しないと、一つ間違えばパワハラそのものと言われかねない極端な精神論を含んでいる。 これが根本的に見直され、新たな時代の指導論が構築共有されない限り、パワハラ問題の根っこはなくならないだろう。協会ホームページのリンクから「伝統の八田イズム」の記述がすぐ読める。そこにこう記されている。 東京五輪で金メダル5個を取り、世界有数のレスリング王国を築いた日本レスリング。その裏には、八田一朗会長(日本協会第3代=1983年没)の独特かつユニークな強化方法があった。 のちの日本レスリング界をも支えた「八田イズム」は、一見して“スパルタ指導”ともとられた。確かに、その厳しさは半ぱではなかったが、極めて合理的なことばかりであり、そのすべてが強くなるために意義のあることだったといえる。日本レスリング協会の強化の基盤であり、世界一になった選手を支え、現代でもその精神は脈々と生き続けている。 八田会長の残したすばらしい偉業と現代でも通じる強化法を紹介したい。(監修/日本レスリング協会・福田富昭会長、同・今泉雄策常務理事) これを見る限り、協会が世界一を目指すことに主眼を置き、普及や健康、生きがい作りといった活動にはそれほど熱心ではない体制も感じられる。「八田イズム」はパワハラそのもの そもそも協会は「底辺拡大」「少年少女への普及」「シニア層の参加」を促進する活動をあまり重視していない。今、スポーツが「一部競技者の活動」にとどまらず、その競技を通じて「健康の増進」「生きがいの創出」「地域コミュニケーション」などが重視される趨勢(すうせい)の中で、協会は「金メダルを取ること」こそが使命だと偏っているように感じる。 福田会長は記者会見で見る通り、スキンヘッドだ。これは2015年の世界選手権で男子が一つもメダルを取れず、リオ五輪の代表権を獲得できなかった責任を取るため頭を丸めたと報じられている。これも八田イズムの一つだ。 上記、《伝統の八田イズム》に付随して、《八田一朗会長の思い出》と題し、福田会長自身がこう綴っている。 八田イズムの教えの中で、勝てる相手に負けたとき、逃げ腰の試合をしたとき、時間に遅れたとき、掟を破ったとき、上下のヘアを剃るペナルティーがあった。東京五輪前後の流行語にもなった「剃るぞ!」である。 頭の毛を剃るだけではない。下の大事な毛も剃る。毛が伸びてくるまでの間、毎日朝晩と顔を洗ったり、風呂に入ったりするときに、自分の何とも言えないみじめな姿を見ることで、その悔しさをエネルギーに変える目的だった。 自発的な行為なら咎(とが)められないだろうが、これに強制的な空気があったなら、パワハラそのものではないのだろうか。 人間的で敬愛すべき存在であったという八田氏への深い信奉、心酔は理解できるが、これを第三者に強いる難しさも、協会は見直さなければいけない時期に直面している。そう考えることが果たして、福田会長、高田専務理事をはじめ協会首脳にできるだろうか。 そして、協会の副会長でもある谷岡氏は、記者会見には同席せず、理事会後も報道陣に対して無言を貫いた。おそらく、3月15日に開いた記者会見に対するメディアや視聴者の反応があまりにもご自身の意向と違い、自分こそハラスメントを受けている被害者だ、との思いを強めているのではないだろうか。 翌日、谷岡氏は文書でコメントを発表し、至学館大レスリング部の指導は今後も栄氏に託す、つまり「栄監督続投」を宣言した。内閣府の調査結果がまだ出ていないにもかかわらずだ。その内容次第ではさらに厳しい責任が追及される可能性もある段階で、この宣言を出す意味は主に二つあるだろう。歪んだ価値観を持つ協会 まず、谷岡氏にとって何より重要なのは至学館大の大学運営と思われる。最初の記者会見も卒業式の直前に行われたものだ。今回は入学シーズン、栄氏を慕って入学、入部してくる新入生やその家族に与えている不安を払拭する必要がある。在校生とその家族の動揺を鎮める必要もある。 同時にこの宣言には、パワハラ認定は受けたものの、栄氏が生徒や選手にしている指導は、基本的に間違っていない、オリンピックで金メダルを取るためには必要な厳しさだ、との思いが込められているように感じる。謝罪の言葉が一切ないのは、その気持ちの表れではないだろうか。まさにこうした考え方、捨てきれない思い込みこそが、日本のパワハラ体質、スポーツに限らず日本社会に染みついている悪しき上下関係、結果主義を改善できない温床だといえる。 こうした状況を踏まえれば、谷岡氏は、「メディアやそれに影響されて自分をバッシングする人々は綺麗事に走っているが、それで金メダルが取れるほど甘くない、事実自分たちはその厳しさを貫いて金メダルを取ってきた、国民は感動したではないか、今後もそうやって金メダルを取ることが自分たちのアイデンティティーだ」と、信じているように感じる。 だが、私たちは目覚めなければならない。もうパワハラ的な指導で取った金メダルは支持しない、感動しないぞ、という考え方が必要だ。そうでなければ、日本のスポーツ界は永遠にパワハラを容認し、金メダルさえ取れば許される歪んだ価値観に蝕(むしば)まれ続けるだろう。 奇しくも、《伝統の八田イズム》の記述の8番目には、『マスコミを味方にしろ』と題し、次の一節がある。 八田会長は早大の後輩でありプロレス・メディアのパイオニア、田鶴浜弘氏との交流の中でジャーナリズムの重要性を学んだ。(中略)「ライオンとのにらめっこで精神力を鍛える」「沖縄へハブとマングースの戦いを見せに行き、戦う魂を学んだ」といった話も有名だが、強化に直接の実効性があったかどうかは疑問。オリ越しににらみ返してくるライオンはいないし、観光客相手の見世物を見て戦う魂がつくとは思えない。しかし、世間の注目を集めることで選手を追い込み、奮起させるに十分な役割を果たした。 耳が痛い記事があっても一切文句をつけず、レスリングに関する記事はすべて歓迎した。新聞記者には「批判記事でもいいから、毎日でもレスリングを書いてくれ」と注文し、周囲には「悪口も宣伝と理解する度量をもたないと、大きな発展は望めない」と説いた。 日本レスリング界が報道規制をほとんどせずマスコミの取材を歓迎するのも、八田イズムの真骨頂。周囲からの注目と応援も強化の大きなエネルギーとして活用した。 協会副会長でもある谷岡氏は、この一文を読んでいるだろうか。もし読んだとしたら、副会長としてこれをどう受け止めるのか。メディア対応も含めて、協会は新たな方針を共有する必要に迫られているのではないだろうか。

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    ハリル「電撃解任」の舞台裏

    ワールドカップ(W杯)まで2カ月に差し迫った中での解任劇に衝撃が走った。サッカー日本代表、ハリルホジッチ監督が更迭され、後任に協会理事の西野朗技術委員長が抜擢されたのである。選手との溝、独善的な采配、協会との軋轢…。憶測が広がるハリル電撃解任の舞台裏を読む。

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    「JFA改革から始まった悲劇」ハリル電撃解任の内幕

    藤江直人(ノンフィクションライター)  いつもはスポンサー企業のロゴマークがずらりと掲出されているひな壇の背景が、青色の無地に変わっている。記されているのは日本サッカー協会(JFA)のロゴマークだけ。ネガティブな衝撃を伴う人事を公表する上で、協賛してくれてきた企業へ施された配慮が、いやが応でも伝わってくる。ハリルホジッチ監督の解任を発表する田嶋幸三会長=2018年4月9日、東京都文京区(撮影・蔵賢斗) 東京・文京区のJFAハウス内で9日午後4時過ぎから始まった、JFAの田嶋幸三会長による緊急記者会見。その日の午前中に開催が告知されるなど慌ただしさが漂う中で、日本代表のバヒド・ハリルホジッチ監督の解任と、JFAの西野朗技術委員長を後任にあてる指揮官交代が電撃的に発表された。 歴史を振り返ってみれば、日本代表監督の更迭劇は決して珍しいことではない。直近の例で言えば2015年2月、八百長疑惑の渦中にあったハビエル・アギーレ監督が解任され、後任としてハリルホジッチ監督が急遽(きゅうきょ)招聘(しょうへい)された。 しかし、ワールドカップイヤーを迎えた中での解任は史上初となる。しかも、ロシア大会の開幕まで2カ月あまりに迫ったタイミングで大なたを振るうに至った理由を、田嶋会長は3月下旬のベルギー遠征でチーム内に生じた、決して好ましくない変化に求めている。 「マリ代表戦とウクライナ代表戦の後に、(ハリルホジッチ監督と)選手とのコミュニケーションや信頼関係の部分が多少薄れてきた。それが最終的なきっかけになったのは事実であり、それまでのさまざまなことを総合的に評価して、今回の結論に達しました」 ハリルホジッチ監督は選手たちに対して歯に衣(きぬ)着せぬ直言の数々を浴びせ、衝突することをいとわないほどのエキセントリックな、場合によっては独裁的と感じられる姿勢を貫いてきた。チーム内には少なからず溝が生じ、試合の結果次第では解任もやむなし、という最悪のケースがJFA内で議論されたのも一度や二度ではなかった。 ピッチ内においても然(しか)り。フランス語で「1対1の決闘」を意味する「デュエル」をキーワードとして、ハリルホジッチ監督は縦に速いサッカーを標榜(ひょうぼう)してきた。3月のベルギー遠征でも「縦、縦、縦」とひたすら繰り返されたベンチからの指示に対して、選手たちがピッチ上で大きなストレスをため込んだことは容易に察することができる。解任の理由に疑問 時間の経過とともに増幅されてきた不協和音が、ベルギーの地で修復不可能な状態となるまでチームをむしばんだ。田嶋会長の会見を総括すれば、歴史に残る更迭劇の理由はこの一点に集約され、最終的には監督よりも選手を取ったことになる。 しかし、ここで疑問として残るのは、指揮官と選手たちの間に入るべき技術委員会は何をしてきたのか、という点だ。時に監督をサポートし、またある時には選手たちをフォローするなど、潤滑油となる役割も担わなければいけなかったが、結果として組織は瓦解(がかい)寸前の状態に陥った。 いかに技術委員会が機能していなかったのかが分かったー会見でこう指摘された田嶋会長は、メディアに対して「全くそんなことはありません」と言下に否定している。 「(協会として)さまざまな選手たちと、話し合いの場を持つなどしてきました。本来は協会ではなく技術委員会や代表スタッフがやるべきこと、というのは誰もがわかっています。ただ、(代表チーム運営が)監督主導だったように見えていたと思いますが、技術委員会もハリルホジッチ監督をサポートしながら、どのように改善していくのかを必死にやってきたのを私も見ていますので」 史上初の外国人監督、オランダ人のハンス・オフト氏が代表監督に就任した1992年3月から、JFA内の技術委員会という組織が時には強化委員会という名称で、歴代の代表監督をサポートし、そして評価する役目を担って表舞台に登場するようになった。 歴代の代表チームで最も緊迫した、要は一触即発の関係にあったのは2002年の日韓共催大会。2度目のワールドカップ挑戦にして初勝利を上げ、さらにはベスト16進出を果たして日本中を熱狂させたトルシエジャパンだった。 エキセントリックかつ傍若無人な立ち居振る舞いで周囲を何度も辟易(へきえき)させてきた、フランス人のフィリップ・トルシエ監督に対して堪忍袋の緒が切れたのか。技術委員会の大仁邦彌委員長(JFA前会長)が「もうアイツとは関わりたくない!」とさじを投げたのは、トルシエ監督の就任から約10カ月が経った1999年7月だった。2002サッカーW杯に関して会見を行ったフィリップ・トルシエ監督(左)と岡野俊一郎・日本サッカー協会会長=2002年5月21日(奈須稔撮影) 代替となる組織として急遽発足したのが、JFAの釜本邦茂副会長を本部長に据えた2002年強化推進本部だった。しかし、こわもての釜本本部長をしてもトルシエ監督のわがままぶりをもて余した。丁々発止のやり取りは日常茶飯事で、怒鳴り合いに発展することも珍しくなかった。西野氏のコメントから分かること 加えて、国際親善試合の成績が低空飛行を続けていた。そうした状況が相まって、トルシエ監督との契約満了が迫ってきた2000年4月下旬には、7人で構成される2002年強化推進本部内で、続投か否かの多数決が極秘裏に取られている。 結果は4対3で更迭派が上回った。もっとも、最終的には会長の専権事項であり、一任された当時の岡野俊一郎会長(故人)が6月になって続投を支持した。 U-20代表をワールドユース選手権(現FIFA・U-20ワールドカップ)で準優勝に導き、U-23代表も2000年のシドニー五輪出場を決めるなど、有望な若手選手を継続的に成長させてA代表に吸い上げている軌跡が高く評価された。 トルシエ監督の続投決定後は、参議院議員としての政務が多忙になった釜本本部長に代わり、2002年強化推進本部の木之本興三副本部長(故人)が実施的なトップを担った。 グッドパスチャー症候群という難病を患いながら、木之本副本部長は日韓共催大会の日本選手団団長を務め上げた。その過程で何度も口角泡を飛ばし合い、胸ぐらをつかみ上げたこともあるトルシエ監督との間に、対立を超えた奇妙な信頼関係が芽生えた、と後に語ってくれたことがある。 お互いが本音をぶつけ合ったからこそ理解しあい、結果として一致団結した雰囲気が生まれ、日韓共催大会での快進撃が導かれた。しかし、メディアを含めた周囲にもひしひしと伝わってきた熱量や緊張感が、ハリルホジッチ監督と技術委員会との間からは感じられなかった。日本サッカー協会の木之本興三強化推進副本部長=2001年4月(大宮正敏撮影) もちろん、状況を好転させるための努力は積み重ねられてきたはずだ。それでも力が及ばなかったのは、田嶋会長の会見から数時間後にJFAを通して発表された新監督、西野氏のコメントの一部が如実に物語っている。 「本来であれば代表監督をサポートしていくポジションであり、このような状況になったことについて、技術委員長として責任を感じています」 もっとも、就任当初のハリルホジッチ監督は、技術委員会と良好な関係を築いていた。当時はハリルホジッチ監督の招聘に奔走した霜田正浩氏(現J2レノファ山口監督)が委員長を務め、指揮官の要請を受けて、2015年6月に幕を開けたワールドカップ・アジア2次予選ではベンチに入っている。 代表監督を評価する技術委員長がコーチ的な立場も務める。それまでの代表チームでは見られなかった光景には、当然ながら違和感が唱えられた。それでも2人の信頼関係の厚さを物語るように、霜田氏は「隣に座っていようが、上から見ていようが評価はできます」と批判をかわしている。ハリル監督の孤立 状況が激変したのは2016年2月。JFAの第14代会長に就任した田嶋氏は、史上初の会長選挙を争った原博実専務理事を理事職に降格させる人事案を作った。霜田委員長とともにハリルホジッチ監督の招聘に動いた原専務理事は最終的にJFAを離れ、空席だったJリーグの副理事長に就いた。 JFAの組織改革のメスは技術委員会にも入れられ、柏レイソル、ガンバ大阪、ヴィッセル神戸、名古屋グランパスの監督として、J1歴代最多となる通算270勝を上げている西野氏が委員長として新たに招聘された。 ナショナルチームダイレクターの肩書こそついたものの、技術委員長から技術委員へ実質的に降格させられた霜田氏は、ワールドカップ・アジア最終予選が折り返した2016年11月をもって辞任している。西野氏の下に役職が重複する自分がいることで、技術委員会とハリルホジッチ監督がコミュニケーションを取りにくくなるのでは、と憂慮した末の決断だった。 霜田氏の後任的な立場の人間は、技術委員会内に置かれないままハリルホジッチ監督の解任劇に至った。西野氏も代表チームのサポートだけでなく、育成日本復活が掲げられたアンダー世代の公式戦などに帯同する機会が増えていった。最大の理解者にして後ろ盾を失ったハリルホジッチ監督は、時間の経過とともにJFA内における孤立感を深めていったのだろう。 オーストラリア代表に快勝し、6大会連続6度目のワールドカップ出場を決めた昨年8月31日のアジア最終予選第9節。埼玉スタジアムの記者会見室で行われた公式会見を、ハリルホジッチ監督はプライベートな問題を抱えているとして、辞意を匂わせながらわずか8分で切り上げる異例の行動に出た。一夜明けた9月1日に急遽開いた会見では続投を表明した上で、こんな言葉も残している。 「ともに仕事をしている全員が、私のやり方に同意したわけではなかった」ウクライナ戦を前に会見に臨む、日本のバヒド・ハリルホジッチ監督=2018年3月26日、ベルギー(撮影・中井誠) 批判的なメディアだけでなく、JFAの技術委員会にも向けられた意趣返しだったと言っていい。トルシエ監督にも似た、エキセントリックで独善的な性格はさらにエスカレート。トルシエ監督を制御した木之本副本部長に通じる存在をも欠く状況で、代表選手たちとの距離も大きく乖離(かいり)してしまい、ついには解任という決断が下されるに至った。火事場の底力に頼るしかない ロシア大会を目前に控えた状況で大混乱を招いた責任を取る立場となる、西野氏を後任に据える異例のオファーを出した田嶋会長は、会見で理由をこう語っている。 「新しい監督については、こういう緊急事態だからこそ内部からの昇格しかないと考え、このチームをずっと見てきた西野さんに決めました。ここまでの代表チームの準備を知っていて、ハリルホジッチ監督をサポートしようと最後まで頑張っていたので」 今でも「マイアミの奇跡」として語り継がれる、1996年のアトランタ五輪のグループリーグ初戦。サッカー王国ブラジルを撃破したU-23日本代表の監督だった西野氏だが、シーズン途中で就任したヴィッセルでは約半年で解任され、グランパスでも結果を残せないまま2年で退任した。 現場を離れて2年半もの時間が経過し、初めて選手たちを手元に集められるのは、最も早くて5月21日となる。それまでは、海外リーグはシーズンの閉幕へ向かい、対照的に開幕したばかりのJ1は週に2試合を消化する過密スケジュールとも戦っていく。 コロンビア代表とのグループリーグ初戦は6月19日。あまりに短い時間の中で代表メンバー23人を選び、対戦相手を分析して戦い方を定め、チームを戦う集団へとまとめていく。名将と呼ばれる、世界中のどのような監督でも遂行するのは極めて困難なミッションだと言っていい。 「確かに(交代の)タイミングとしては遅いかもしれません。ただ、短い期間だからこそ、みんなが集中できるかもしれない。期間が長ければ、また別の摩擦が生まれていたかもしれないので」スタッフ会議後、報道陣の取材に応じるサッカー日本代表の西野監督=2018年4月10日、東京都文京区(中井誠撮影) 田嶋会長が期待をかけた、断崖絶壁に追い込まれた末にわき出てくる火事場の底力的な状況は果たして生まれるのか。短時間での日本代表再建を託された西野氏は急ピッチでコーチングスタッフを組閣し、12日の記者会見で目指すスタイルを含めた所信を表明する。

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    ハリル監督解任、電通「陰謀論」を深読みする

    理店が主導した可能性は否定できない。 とはいえ、既に野球をしのぐ勢いの競技人口を抱え、プロ野球に次ぐスポーツ興行団体となった日本サッカー協会に対して、スポンサーや代理店が、日本代表の選手選考まで口を出すようなことが実際にあるのだろうか。そこは「闇の中」ということになるのだが、よくよく考えてみると、広告代理店にとっても仮に日本代表があっさり負けてしまえば、そのビジネスは元も子もないはずである。にもかかわらず、代表監督人事にまで影響力を行使するというのは、いま一つ、現実味がないように思えるのだが、いかがであろうか。 もちろん、ただの素人が主力選手のスポンサーであったりすれば、ビジネスの成果と日本代表の結果は必ずしもリンクしないだろう。仮にそうであれば、選手選考に介入するというのは有り得るかもしれない。だが、過度にスポンサーに配慮したり、いま流行りの「忖度(そんたく)」をするほど、日本サッカー協会が零落しているとも思えない。日本代表が勝つこと、それは関わるものすべての利害関係に直結しており、それに反する不合理な判断があるとは正直想像できない。 「陰謀論」というのは、説明がつかない不合理な状況に対して、いともたやすく正解を導き出すところに、いわば醍醐味(だいごみ)がある。だが、現実というのは、いつももっと込み入っており、たやすく答えを導き出せるものではない。今回のハリル監督解任の一件も、W杯を控えたこの時期になっても、かつてのように盛り上がりが見えない現状にしびれを切らせたビジネスサイドの人間がいたかもしれない。それをハリル監督のせいにすることもあったのだろう。 いずれにしても、広告代理店やスポンサーが選手選考に圧力をかけてきたり、監督人事にまで容喙(ようかい)してくることが本当だったにしろ、それを聞き入れるか、聞き入れないかの判断は日本サッカー協会にあるのである。一義的な責任はそちらにあることは言うまでもない。 今回の監督人事について、もう少し多角的な視点で考えることもできる。日本サッカー協会の田嶋幸三会長は解任の判断について「さまざまな理由があった」としたが、特に明言したのは「選手からの信頼を失っていた」というチーム内の事情である。しかし、これは本当の理由だったのだろうか。 田嶋会長が選手側の言い分を一方的に聞いて判断したとは考えにくい。とはいえ、この土壇場で「選手からの信用失墜」を理由を挙げるのは、いかがなものかと思う。田嶋会長の「報復人事」 指導者と選手の不協和音や諍(いさか)いは、別に珍しい話でもなく、それは職場の上司部下の関係と同じく、いわば日常茶飯事である。そして私の経験を鑑みて、おおよそサッカーに関して言えば、選手が監督を公然と批判したり、戦術や選手起用をめぐり異を唱えて監督より上位の職責に告げ口をするようなケースは、結果としてうまく行かないのではないかと思う。個人的にはむしろ、「選手のため」と称しながら、協会側に何か別の事情があると考えたくなる。 そうして目を凝らしてみてみれば、今回の解任劇を読み解くヒントとなるものが浮かび上がる。それは先月行われた日本サッカー協会の役員改選である。このとき、田嶋会長は再選している。 同時に岡田監督が副会長を退任した。かつてはメディアに叩かれて解任直前まで追い込まれた岡田氏の退任は一つのヒントとなるだろう。これについて岡田氏は「会長の判断を支持する」とコメントしているが、その心中や、在任中に浮上したであろうハリル氏の監督解任についてどのような意見であったか、コメントからは窺い知れない。 さらにもう一つ、この前段階の話を説明する必要がある。ハリル監督を招聘した原博実氏は、かつて日本サッカー協会の会長選挙に出馬し、現職の田嶋氏と争ったことがある。  結果は僅差で田嶋氏が勝利したのだが、選挙後には田嶋氏が原氏に対して2階級降格を提示し、「報復人事」を行ったと報道されている。これを避けて、原氏は下部組織であるJリーグの副理事長のポストに落ち着いた。ハリル氏の招聘は当時専務理事だった原氏の責任下であり、監督更迭の判断には何らかの障害があったのではないか。それが今年3月の役員改選であり、さらに親善試合2試合での不甲斐ない結果も重なった。しかも、テレビの視聴率は軒並み低迷しており、今回のような電撃解任につながったと、筆者は見ているのだが、読者諸氏はいかがだろうか。 4月10日、原氏が日本サッカー協会の技術委員に復帰した、とのニュースが飛び込んできた。これで新体制で勝っても負けても、責任は原氏が負うことになる。つまり、この体制で勝てば、ハリル氏は「ダメだった」という原氏の任命責任が問われ、仮に負ければ監督を補佐する技術委員として「敗北の連帯責任」となる。何とも言えない協会内の勢力争いの構図が目に浮かぶ。 日本代表という興行ビジネスは、おそらく2002年の日韓W杯から数年がピークであり、そこから少しずつマーケットを縮小させてきた。W杯がもうそこまで来ているのに、世間が全く盛り上がっていない、とはサッカー関係者からよく聞く言葉だ。ハリルホジッチ監督に関する会見に臨む田嶋幸三会長=2018年4月9日、東京都文京区 NHKニュースでは、ハリル監督解任のニュースよりも、米大リーグ、大谷翔平の活躍ばかりを放送していた。この事実を「野球ファンが多いから」と解釈する向きもあるが、至って単純に日本代表とサッカーの話題が、野球と比較して視聴率が取れない、それだけの話だろう。 サッカー日本代表のマーケティング価値は、今やその程度になってしまったということである。それは一つの危機とも言えるだろうが、だからといってハリル監督を日本人監督に代えて一体どんなメリットがあるというのか。さらに、このドタバタ劇を見せつけられたライト層のファンにどんな影響を与えるのか。残念ながら、今の自分には判断できない。6月まで待つことにしよう。

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    ハリル監督になかった日本への敬意「返報性の法則」で読み解く解任劇

    生かすチームが作れるかどうかが、西野氏のチーム作りのカギになることでしょう。サッカーは「だましあいのスポーツ」ですから、西野氏が対戦国をうまくだますチームを作ることを期待したいですね。2017年11月、話をする日本サッカー協会の西野朗技術委員長(右)と日本代表の手倉森誠コーチ=フランス・リール(中井誠撮影) ハリルホジッチ氏の解任を受けて、W杯グループリーグの対戦国、ポーランドのサッカーメディアでは「日本は組織の国なのに…」という批評の言葉がありました。ハリルホジッチ氏は選手に1対1の勝負である「デュエル」の必要性を強調するなど、まるでアフリカ系のチームを率いているかのような采配にこだわったので、日本本来の組織サッカーを壊してしまいました。 でも、世界から日本サッカーを見たとき、アドバンテージになるのはやはり組織力なのです。西野氏は日本の組織力を取り戻せる監督です。もし、チーム作りが上手く進んで、W杯本番で日本中を挙げての応援も得られれば、「西野ジャパン」はいい結果がついてくるかもしれません。

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    ハリル監督解任のチャンスは少なくとも三度あった

    川端康生(フリーライター) サッカー日本代表監督のハリルホジッチの解任が、「遅きに失した」という批判は当然だろう。なんといってもワールドカップ(W杯)まで2カ月しかないのだ。常識的に考えれば、もう手遅れと言いたくなるタイミングである。 しかも、その2カ月のうち、日本代表として活動できる時間は1カ月弱しかない。細かいことを言えば、その1カ月には直前合宿のオーストリアへの移動や、本大会のロシアへの移動も含まれるだけに、現実にはさらに短い。もちろん本番直前にはコンディション調整の期間も必要で、実戦に備えたトレーニングができる日数は限られる。 そもそも前回のブラジル大会から4年もの準備期間があったはずだ。その3年10カ月が過ぎたところで、こんな切羽詰まった事態を招いてしまったのだから、日本サッカー協会が批判されるのは当然である。 同様に「機を逃した」という指摘もある。前監督のアギーレが八百長疑惑で退任し、ハリルホジッチが就任したのが2015年3月。この3年の間に監督交代のチャンスは少なくとも二度、いや三度はあったのだ。 最初は昨年8月、アジア最終予選を突破したときだ。予選突破でW杯出場をつかんだとはいえ、初戦のUAE戦での黒星から始まったその戦いぶりは手応えがなさ過ぎた。 相手によって戦い方を変えると表現すれば順応性があるように聞こえるが、現実にはむしろ硬直的だった。ゲーム中、状況に応じてプレーを変える柔軟性はなく、単調な攻撃を繰り返すばかり。当然、面白みにも欠けていた。サッカーのロシアW杯アジア最終予選のUAE戦で、主審に抗議する日本のハリルホジッチ監督(右)=2016年9月 もちろん、試合にエンターテインメント性がなくても、盤石の安定感があったなら納得できる。だが、その勝ち方はいつも薄氷の上だった。あのタイミングでハリルホジッチに「お疲れさま」と引導を渡す手はあった。 当然、サッカー協会も考えていなかったわけではないだろう。だが、6大会連続出場のお祭り騒ぎの中で、決断を下すことができないまま、楽観的続投となった。それでも、予選後に行われたニュージーランド、ハイチとの親善試合で、再び疑問は大きくなったはずだ。攻守両面において連動性が全くなく、まるで寄せ集めのチームのようなプレーぶりだったからだ。 その後のブラジル、ベルギーとの連戦に完敗したあたりも含めて、やはり監督の首をすげ替えるチャンスだった。しかし、やはり相手が強豪国だったことが仇になり、ここでも引導を渡すことができなかった。高揚感のある非常事態 そして最後のチャンスとしてギリギリのタイミングだったのが、昨年12月に行われた東アジアE-1選手権での韓国戦大敗である。1対4というスコアもショックだったが、ライバルだったはずの韓国との間に歴然とした実力差が開いていることが見えた衝撃的な敗戦だった。しかも試合終盤、韓国の選手たちは完全に「流し」てプレーしていたのだ。 まさに屈辱的なゲームであった。言い換えれば、サッカー協会にとっては最も解任しやすいタイミングであり、あのゲームの後ならば世論も納得しやすい。しかし、動かなかった。そして、まさに直前も直前の時期になって、切羽詰まった事態を招いてしまったのである。 ただ、筆者自身はこの非常事態に少し高揚している面もある。そして、サッカー協会が機を逃し続けたおかげで面白くなったと感じている。日本が初めてW杯出場を果たした1998年のフランス大会(最終予選)での電撃的監督交代を思い出すからである。 あのときも切羽詰まっていた。日本代表は、まだW杯に出場したことがなく、しかも崖っぷちの連続だったため、もしかすれば今回よりもその度合いは強かったかもしれない。 だが、だからこそチームの変貌ぶりはすごかった。選手一人一人の目の色が変わり、チームの団結力が変わった。その結果、ドラマチックなゲームが続き、極上のエンターテインメントを目撃することができた。ゆえに、今回もあのような経験ができるかもしれないという期待感が大きいのだ。 振り返ってみれば、フランス大会後の4大会、日本代表監督だったオシムが病に倒れた南アフリカ大会を除き、一人の監督が4年間続投し、それなりのチームを作り、それなりの結果を残してきた。 もちろん、それなりの面白さはあったが、そこにカタルシスがあったかと言えば疑問だった。W杯までは2カ月しかないが、その短い間にまだまだ事件は起きるだろう。でも、何が起きるかわからないという予測不能感こそが醍醐味なのだ。久々にそのチャンスがめぐってきた、と考えてここは楽しみたい。そんな気分なのだ。 新監督は西野朗に決まった。アトランタ五輪ではガチガチに守った実績がある。ブラジルを破る奇跡を起こしたが、「守備的だ」と批判されて、随分傷ついた。そのリベンジで柏レイソルやガンバ大阪などでは攻撃的なサッカーを展開した。今回はどんな戦術で臨むのか。西野朗氏。ガンバ大阪の監督だった2007年、川崎フロンターレ戦に勝ち、西日本勢初のナビスコ杯優勝を決めた=国立競技場  冒頭でも書いたが、時間はほとんどないのだ。できることなら予定を変更して、短期合宿でも組みたいところだが、JリーグはW杯による中断期間をカバーするため、過密日程の真っ只中だ。5月20日までリーグ戦とカップ戦が週2回のペースで組まれている。Jリーグの日程を動かして実現すれば大したものだが、とても選手を招集できる隙間はない(現行のサッカーカレンダーではほとんど無理)。 そして、最大の懸念は選手の精神的コンディションではないだろうか。何せ、指揮を執る監督が代わったからだ。さらに言えば、誰が選ばれるかわからない。選手にしてみれば宙ぶらりんな状態である。 壮行試合として予定されていた5月30日のガーナ戦が、西野ジャパンのお披露目試合となる。どんなメンバーで、どんなサッカーをするのか五里霧中。やや焼けくそ気味だが、日本代表チームがどう化けるか、楽しみにしておこう。(敬称略)

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    都並敏史が断言! 日本がW杯で勝つためにはココが足りない

    ?勝つためなら「なんでもあり」都並 教えるようなことはできないですよね。学ぶべきものでもない。日本のスポーツは文部省、学校主導で、フェアプレイの精神で健やかな心身を作って行くものです。 マリシアは奨励するものではない。けれども、知っておく必要があります。ワールドカップでは、そういうことをやられるのだから、防御方法を準備しておくべきです。だから海外のチームと試合する意味がある。自分がやるかどうかは個人の価値観です。この日本では必要ない。風樹 試合の中で、やられたことはありますか?都並 さんざんやられましたね。審判がいないところで、殴られるなんて始終です。先ほど話したアルゼンチンの監督パチャメさんがぼくに最初に教えてくれたのは、コーナーキックのときのシャツのつかみ方でしたから。 たとえば「コーナーキックを蹴る前、審判はディフェンスとオフェンスの駆け引きを見ているから、手はパーで待っていろ。キッカーが蹴る瞬間にグ―に変えろ」って、そこまで教えられましたからね。風樹 アルゼンチンサッカーの精神を具現化しているのは、アトレティコ・マドリード監督のチョーロ(スペイン語ではギャング、泥棒の意味もある)と呼ばれるディエゴ・シメオネですね。98年フランス大会でベッカムを徴発し、わざと蹴らせて退場させ、02年日韓大会ではベッカムがPKを蹴る前に、にやにや笑って握手をもとめたのを思い出します。でも、どんなことをしても勝つという精神を注入されたアトレティコは物凄く強くなった。(参照「アルゼンチンサッカーは憎悪の祭典だった」)サッカードイツW杯決勝トーナメント延長後半、レッドカードを受け一発退場となったフランス主将のジダン=2006年7月(共同)都並 日本やブラジルはサッカーをすることが楽しい。でも、アルゼンチン人はサッカーで勝つことが楽しい。勝つことから逆算するから、なんでもありになります。70年代のアルゼンチンは針で太腿を刺したっていいますから。でも、そこまでやったらスポーツにはならない。風樹 汚い言葉での威嚇とかはどうですか?  2006年のドイツ大会の決勝では、イタリアのマルコ・マテラッツィに侮蔑言葉を浴びせられて、頭突きで仕返しをしたジダンは退場処分になっていますが。都並 汚い言葉で駆け引きをする、レフリーにイエローを出させる、熱くさせて殴らせる、そんなのはしょっちゅうです。実は、ぼくもやったことがあります。82年にゼロックス・スーパー・サッカーで全日本がマラドーナを擁するボカジュニアズと3試合やったんです。1対1で引き分けた1試合目はマラドーナは本気出していなくて、2試合目は前半2対0で勝っていたので、後半は本気出してきて、3対2で負けました。なぜ外国人監督を選ぶのか 3試合目も是非本気になって欲しかったんで、スペイン語の侮蔑言葉、一番汚いのを覚えてマラドーナに浴びせかけたんです(日本では「お前のかーちゃん出べそ」を越える隠語だがここでは書けない)。そうしたら、今のペルーの代表監督リカルド・ガレカ他3人に囲まれて、ぼくは土下座して謝ったんです。でも、そこまでして本気になってもらいたかったんです。(一同爆笑)風樹 マラドーナですが、「彼と話しをしたことがある」というのが南米にいるときにぼくが一番誇りにできることです。都並 ぼくもマラドーナと戦ったときの写真をもって南米にいく。アルゼンチンなどでは、印籠ですよ。写真見せたら、泣き出すおじさんもいます。ぼくの宝ですよ。宝! 風樹 Jリーグができてからの代表監督は、日本人は加茂 周さんと岡田武史さんだけです。なぜ日本人ではなく外国人監督なのでしょうか?都並 ぼくの感覚からすると、指導内容、采配面とかまだまだ外国監督のほうがずっと上です。間違いなくです。ただ、日本人の特性、日本人のことは日本人が一番わかるわけですから、もうそろそろ日本人の監督に変わる時期が近付いているのではないかとは思います。2010年7月、南アフリカW杯で指示を出すアルゼンチンのマラドーナ監督(財満朝則撮影)風樹 日本を撃破したコロンビアは、ぺケルマンの元で華麗なサッカーから別のサッカーになって強くなった。でも、同じスペイン語で選手は直接会話できます。通訳は忖度したり、喧嘩になるようなことは訳さなかったりすることがある。都並さんも代表のときはオフト監督の元でプレイしていたわけで、通訳がはいるとコミュニケーションに難があるのでは。その点どうでしょうか?都並 通訳の能力によるのではないでしょうか。空気を読んで、必要なことを言って、不必要なことは割愛するとか。でも、日本人のほうがまどろっこしくてわかりにくいことが多々あります。自分のサッカーを簡潔に分かりやすく伝える言葉、方法論、練習法などは世界レベルの監督さんのほうがまだまだ上です。歴史のある国はサッカーが言語化されています。風樹 たとえばどういうところでしょうか?都並 攻撃でいえば、ツートップの動きについても、日本語では「1人が裏にいって1人が足元でボールを受ける、それを繰り返しなさい」と言うんですが、どの場面でそれをやるのかわかりにくい。でも、鹿島のオリヴェイラ元監督は「8の字を書くように2人で動け」と言うわけです。すると分かりやすい。これが言語化なんです。 防御にしても日本で「チャレンジ・アンド・カバーをして」と言われてもよくわからない。アルゼンチンに行ったときにびっくりしたけど、ディフェンスのブロックは、メディアルナ(=半月)の形、クロワッサンの形を作りなさいって言うんです。「おー、そういうことか、なるほど」って分かるわけです。アルゼンチンでは子供でも知っています。これが歴史の深さです。日本は目指すサッカー像がない?風樹 サッカーはプロになってから25年ほどですから、先輩の野球、あるいは伝統ある相撲、柔道、空手(日本文化の神髄は一対一の対決だ!)などとは違うのかもしれませんね。都並 今治FCのオーナーになった岡田武史さんが「岡田メッソド」というのを作っているところです。日本にはまだサッカーのメソッドがない。プレイモデルがない。だから指導がばらばらになってくる。そこが外人と日本人の違い。友森(「WEDGE Infinity」編集長) JFAや代表に日本の目指すサッカー像ってあるんですか?都並 いや、まだないようです。いろんな勉強をしている段階で、あるときはスペインサッカー、あるときはメキシコサッカー、あるときはフランス。技術委員が変われば全部変わってしまう。それだと、強くなれない。風樹 野球でいえば、野村監督は1対0で勝つ試合が理想だとおっしゃっていましたが、サッカーでも守備こそが大事と思うけど、マスメディアで持て囃されるのはやっぱり点を入れた場面です。たとえば、ブラジル大会では練習試合で3対1で日本に敗れたコスタリカは、ウルグアイ、イングランド、イタリアのいる死のグループを1位抜けして、ギリシアに勝ってベスト8まで進出しています(筆者がスタジアムで見たオランダ戦で0対0延長後、PK戦で敗北)。名キーパーのケイロル・ナバス(現リアル・マドリッド)がいたからだと思いますが、日本でもこうやって点を防いだとか、そういう防御が脚光を浴びるにはどうすればいいのでしょうか?都並 粘り強く守って楽しいというのもあるんですが、そういう守りの文化は簡単には日本では見つからない。2009年5月、日本代表メンバーを発表する岡田武史監督(戸加里真司撮影)風樹 「おしん」みたいな、耐えて耐えて勝つようなのも日本にはありますが。都並 心理的にはありますね。ぼくもそれほど歴史を知るわけではありませんけど、戦争などで何度も攻められた国は、まず守備からはいっていくというメンタリティがあるのではないでしょうか。風樹 国民の半数が戦争で玉砕したパラグアイ(参照「憲法改正を押しとどめたパラグアイ国民の意外な方法」)がまさにそうで、フランス大会では決勝トーナメント1回戦で徹底的な守備戦術で、延長までもつれてフランスを苦しめました。でも、イタリアが引いて守れば伝統のカテナチオといわれるけど、日本やイランなどが守備的にやると弱者のサッカーなんていわれる、おかしいですよ。都並 弱者ということはないと思います。勝つための戦法ですから。でも、今の日本がかつてのパラグアイのように引いて引いて守っても、やられるだけになってしまう可能性があります。風樹 ワールドカップでいえば、開催地によって随分気候なども違う。ブラジルだったら暑くて、広くて各スタジアムは離れている。ロシアはさほど暑くないし、今回はヨーロッパ側にスタジアムが集中してブラジルのときほどは離れていない。次の次のカタールは冬季開催となった模様ですが、ともかく暑い(筆者はワールドカップのための電力供給プラントに一時従事)。暑いと不可能なサッカースタイルもありますね。開催地に合わせたサッカーとかってできないものでしょうか?日本サッカーに足りないもの都並 それぞれ柔軟に対応できるのが理想だけど、現実それが足りないのが日本のサッカーです。監督がうんぬんというよりも気候や環境にあわせて、個人も組織も柔軟に対応できればいいのですが。それができるようになるには、子供のうちからの育成にすべてかかっています。たとえば人工芝のグランドだけでやっていたら、小学校の芝のグランドではうまくできないとか。 アルゼンチンではあえてぬかるみでやる、イタリアでは泥だらけのところを走らせる、スペインでは土のグランドで練習する。わざとそういうこともやらせています。逆にぼくは古い選手だから環境が悪くてもできるということがあった。今はちょっと過保護で、それを取り戻すところなのかな。これも歴史です。風樹 ワールドカップでは、監督や選手が注目されますが、勝負の半分は、スカウティング、キャンプ地選び、医療体制、食事などのマネージメントやロジスティックスにかかっているのではないかと思っています。日本はどういう水準ですか? 前回はキャンプ地が適切ではなかったと批判されていますが。都並 昨今はサッカー先進国を学んでそのような面もかなり配慮しています。でも歴史のある国はもっと奥が深いですね。たとえばですが、クラブハウスにしても、アルゼンチンはイタリアのノウハウを持ってきて、トレーナールームからバスルームまで裸で歩いて行けるとか、動線もファンと混乱なくほどよく接することができるようになっているとか、やっぱりレベルが違うんです。友森 岡田さんが新聞でおっしゃっていたけど、今治でスタジアムを中心とした街づくりをしたいと。都並 ヨーロッパだったらお金をかけることができるし、中南米だったら、お金がなくてもうまくやるわけですよ。メキシコだったら、スタジアムの売店も観客に配慮して作ったり、ハ―フタイムに子供たちのために小運動会をやったり、そのための設備をあっという間に作ってあっという間に撤収するとか、日本では考えられないノウハウがある。ちょっとしたことで大拍手とか、お金のないクラブはとっても参考になる。その点でぼくは中南米が好きなんです。友森 お話をうかがってわかったのは、日本サッカーに必要なのは成熟ということのようですね。報道関係者に公開されたベースキャンプ地のピッチ=2018年3月29日、露カザン(共同)風樹 まだまだお聞きしたいことがありますが、時間がきてしまいました。都並さんの今後の抱負はどのようなものですか?都並 今後もサッカー人としてこだわりをもって生きていきたいですね。サッカーの解説をするのも大好きなので、それが日本のサッカーの発展に貢献すればこんなうれしいことはありません。あとはもう一度監督をやってみたい。今下部組織の選手を見ているので、ブリオベッカがJリーグに上がったときに、もう一度、チャンスがあればいいなと思っています。かざき・しげる 作家、国際コンサルタント。1956年、北海道生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒業。メキシコ留学後、中南米の専門商社を経て、南米アマゾンの奥地でODAプロジェクトの鉄道建設にかかわる。その後は、シンクタンク、研究所勤務などで、首相向けの政策提言、ODA援助、海外投資、NGOプロジェクトに従事。イスラム開発銀行のコンサルタントも経験し、30数カ国を踏査。石油関連事業でカタール、ベネズエラに駐在。

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    香川真司落選で日本代表のユニフォーム問題 adidasの見解

    、自社のホームページで大々的にプロモーションしているんです。タイミングが悪いとしか言いようがない」(スポーツ紙記者) 代わりに代表の10番を背負うことになったのは、エイバル(スペイン)で活躍する乾貴士だ。 ところが7日、新背番号の発表後に「10番は嫌です」「10番は真司のものだと思っている」と発言しているのだ。「乾と香川は同い年で、かつてセレッソ大阪で同僚だった。海外でプレーする現在も互いに連絡を取り合う仲ですから、10番を奪う形になった乾としては気まずい限りでしょう」(同前)ゴールを決め、喜ぶドルトムント・香川真司=2017年12月12日、マインツ (共同) 代表ユニフォームを巡っては、他にも“いざこざ”がある。本田から4番を受け継ぐことになった車屋紳太郎(川崎フロンターレ)は「前回は植田(直通・鹿島アントラーズ)が着けていたので。植田から引き継いだ、そう思っています」と発言している。「選手は、代表の顔だった本田や香川から『背番号を奪った』と思われたくない。2人が代表復帰すれば、背番号を“返上する”ことも考えられる。レプリカユニフォームをどれくらい作ればいいのか、アディダスも頭を抱えているのではないでしょうか」(同前) 当のアディダスジャパンはこう話す。「どのくらい作るかというのは、選手の人気によって変わってくるので何とも言えません。ただ、オンラインショップで注文いただく場合は、10番ですと、香川選手と乾選手のネームを選択できるようにする予定です。(香川選手は)あくまで今回の遠征では代表に選ばれなかったということですので。(プロモーションが)別の選手に変わることはありません」(広報事務局)“背”に腹は代えられないということか。関連記事■ 本田圭佑がメキシコで狙う「一発逆転」と計算ずくビジネス■ 剛力彩芽 日本代表槙野智章のおごりで飲み会、持ち歌披露■ ゴン中山の妻 娘の小学校入学でカズの妻に仁義を通す■ 大谷翔平「風俗店に直筆サイン」騒動で球団が火消しに奔走■ 「イエニスタ土田」「QBK」一度のミスに執着するネット民