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    「女性蔑視」森喜朗辞任騒動のわだかまり

    森喜朗氏の「女性蔑視」発言による東京五輪・パラリンピック大会組織委員会会長辞任を受け、橋本聖子五輪相が新会長に決まった。首相経験もある森氏の発言への批判は当然だが、撤回や謝罪を経ても収まらなかったバッシングの嵐も異様だ。時代錯誤な政界重鎮と不寛容社会。わだかまりの残る森氏辞任騒動の根本を考える。

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    森喜朗たたきは言葉狩り、多様性尊重派は自己矛盾に気づいているか

    にたたきのめして何が悪い。それが正義だ」とでも思っているのだろう。 森氏が発言したのは2月3日、日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会の席上である。マスコミは、森氏の40分の発言のうち、「女性がたくさん入っている理事会の会議は、時間がかかります」「女性っていうのは競争意識が強い。誰か一人が手を上げて言うと、自分も言わなきゃいけないと思うんでしょうね。それでみんな発言されるんです」というあたりを最も問題視しているようだ。 だが、ネットでは、この発言は切り取られているとして、「全文を読もう」と呼びかける声が多い。にもかかわらず、彼の長い発言全部を正確に再現した文章はないのではないか。各メディアが掲載したのは要旨である。したがってそれぞれ微妙にニュアンスが異なっている。 ともかく朝日新聞が小さく掲載した要旨を読んでみたが、まず、女性を一くくりにして語るのがいけないようだ。いまでは普通の会話の中でさえ、「女性はこうである」といった属性に基づく決めつけをしてはならないというのが、ジェンダー平等を実現するための「常識」のようである。 しかしこれ、男性だけの問題か? 公の場で誰憚(はばか)ることなく、「男って」「おっさんって」と一くくりにして揶揄(やゆ)したり、笑い飛ばしたりする女性はたくさんいる。男性の側からすればこれも偏見、差別だが、特にお咎(とが)めなしである。 肝心のその中身だが、「女性が入っている会議は時間がかかる」というのははたして女性蔑視になるのか? 意識の高いフェミニストから叱られそうだが、私はただ、「それだったら、40分も話している森さんも話が長いでしょ」とツッコミたくなっただけである。 反面、「女の話は確かに長い。森さんは事実を言っただけ」と肯定する女性も多い。次の「女性っていうのは競争心が強い。誰か一人が手を挙げて言うと…」の発言は、これだけ聞くとネガティブな印象だが、他のメディアが公開したものには、「女性っていうのは優れているところですが、競争意識が強い」となっている。「優れている…」を朝日新聞が意図的に省いたなら、質の悪い印象操作だ。この言葉一つでニュアンスがガラっと変わる。 むしろ気になったのは、「女性の数を増やしていく場合は、発言の時間をある程度、規制を促していかないとなかなか終わらないので困ると言っておられた」の部分である。ここの部分は森氏ではなく、だれかの発言のようだが、伝聞にせよ、「規制」という言葉を使うのは不適切ではないか。女性だけに「規制」を求めるのは、確かに差別と受け取られかねないからだ。  ところが、この朝日新聞の要約を読み通すと、最後の部分で組織委の女性委員たちのことを褒め、「欠員があるとすぐ女性を選ぼうということにしているわけであります」と締めくくっている。東京五輪・パラリンピック組織委の理事会と評議員会の合同懇談会で辞任を表明し、一礼する森喜朗氏=2021年2月12日、東京都中央区(代表撮影) つまり、伝聞の内容を最後の部分で否定して、「いやそういう声があっても女性をすすんで登用しますよ」と結んでいるのであり、ここに彼の真意がある。反語表現などめずらしくない。これのどこが女性蔑視なのか。ところが追及の急先鋒である朝日新聞や毎日新聞、テレビは、結びを意図的に無視して前半の反語部分だけを執拗に攻撃している。まさしく曲解であり「切り取り」だ。つるし上げの怖さ 新聞社の記者たちに私は聞きたいのだが、記者だって自分の書いた記事に難癖をつけられることがあるはずだ。そんなとき、「いや全文を最後まで読んでください」「最後に私の言わんとしていることが書いてある」などと弁明しないだろうか。ところが、その彼らが森氏に対しては一切弁明を許さない。全体として、女性を蔑視したり差別する意図や悪意は全く感じられない。むしろ、発言を撤回して謝罪した人をここまで追い込むことのほうが異常だ。 はっきり言うが、特にどうということもない部分を取り上げて言葉狩りをすることがマスコミの仕事なのか。同様に感じている女性は少なくないが、マスコミは全く取り上げない。勝手に差別認定した後は、両論併記の原則さえ捨てるようだ。 そもそも私が今回の事件にこだわるのには理由がある。私は過去に2度、差別を理由にメディアリンチが起きた事件に遭遇している。一つは、2004年、福岡市で起きた、いわゆる「いじめ教師事件」である。同市内の小学校で教鞭をとる男性教諭が、9歳の男児にいじめや体罰を繰り返したとして、「週刊文春」に、「史上最悪の殺人教師」と書き立てられた。 当時、新潮社の月刊誌「新潮45」に寄稿していた私は、編集者から文春の記事の後追いを依頼され、福岡に向かった。すでに地元マスコミの報道が過熱していたところに、「週刊文春」の記事は火に油を注ぐ結果となり、教諭へのバッシングはピークに達していた。ところが、当の教諭をはじめ関係者を取材して判明したのは、教諭が男児に行ったとされるいじめや体罰は事実無根であり、全くの冤(えん)罪であるということだった。 なぜ、ここまでマスコミが暴走したのかと言えば、この男児は米国人との混血で、それを知った教諭が人種差別からいじめや体罰を行ったとされたからである。「人種差別」と「いじめ」に過剰反応した記者たちは、男児の母親の虚言を全く疑わなかった。結局、米国人との混血というのもウソだったのである。最終的に冤罪が晴れるまでの間、私は教諭の苦悩を間近に見てきたが、寄ってたかって一人の人間をつるし上げる怖さを身にしみて感じた。 もう一つは、このいじめ教師事件のルポを載せた「新潮45」を巡る「LGBT(性的少数者)差別」事件である。2018年、同誌に自民党衆院議員の杉田水脈氏が、「『LGBT』支援の度が過ぎる」と題する論文を寄稿した。その中に、「LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない。つまり『生産性』がないのです」という文章があり、これが猛バッシングを浴びた。 杉田氏は、欧米の過激なLGBT差別撤廃運動がなんの異論もなくわが国に上陸したことに懸念を持っていた。そもそも日本では同性愛者が迫害された歴史はなく、状況が異なっていたからだ。そこで、いささか辛口のLGBT批評を載せたのだが、「生産性」という言葉にマスコミや野党政治家が激しく反応。LGBT当事者も杉田氏と同誌の責任を追及し、世間は批判一色になった。 ところが実際は、当事者の中にも異論や反論が多数あり、「新潮45」を擁護する声も少なくなかったのである(私は後に詳細に取材している)。ところが、そうした声を新聞やテレビは黙殺した。今回と全く同じパターンである。 結局、同誌は事実上廃刊に等しい「休刊」となったが、私は、だれもが抗えない「差別」の2文字に、人々や組織がいかに萎縮してしまうかを思い知った。と同時に、気に入らない人や組織を追い落とすツールとしてこの2文字が非常に有効であることも理解した。 今回の森氏への異常ともいえる攻撃にも、私は同様の臭いを感じている。私は、日本にも女性差別がいまだ存在することを否定しない。男尊女卑の気風も色濃く残っているとは思う。しかし、欧米由来の行き過ぎたポリティカルコレクトネス(政治的、社会的に公正で中立とされる言葉や表現を使用すること)や、過激で排他的なフェミニズムの手法には疑問を抱く。普通の常識で考えて特に問題とも思えないことを、ことさら「差別だ、セクハラだ」と攻撃して相手を強引にねじ伏せる風潮に危ういものを感じる。東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗氏の女性蔑視発言を巡り、JOCが入る建物前で抗議活動を行う人たち=2021年2月9日、東京都新宿区 米国人の芸人、厚切りジェイソン氏は、TBSのワイドショーに出演し、こう証言している。「(森さん発言に)海外はけっこう怒っている。特にアメリカは敏感。失言一つで仕事ができなくなるシビアな状況だから」。恐ろしいではないか。女性の一人として 2017年以降、ハリウッドの女優たちを中心に世界中に広がった「#Me Too」運動というのがある。過去のセクハラ被害を告発する運動で、何人もの男性が、何十年も前のセクハラ疑惑で糾弾された。もちろん悪質なケースがあったことは否めないが、多くは一切の弁明も許されず、正式な裁判を受ける前に社会的に抹殺された。 この事態に、「このような正義はリンチにつながる」と、次第に運動の行き過ぎを批判する声が上がるようになった。驚くべきことだが、運動の中心にいた女優が過去、共演者の若い男優に性的暴行をしていた、と米メディアが報じ、一方的に糾弾された男性たちも声を上げるなど泥仕合の様相を呈している。 森氏の発言で、「日本は外国に恥をさらした」「わが国はジェンダー後進国であることが分かった」などと言う人は少なくない。しかし、ジェンダー先進国の米国で吹き荒れているのは、中世の魔女狩りや人民裁判まがいの人権侵害である。森氏へのメディアリンチ、つるし上げとも思える今回の騒ぎには既に色濃くこの影響が現れている。いやこれが欧米の常識だ、世界のすう勢だと言われても私は納得できない。 「異端審問官」が闊歩するような社会は御免である。そもそも、ジェンダーを巡るこのトレンドが普遍的なものかどうか分からない。少し時代が下って顧みたとき、あれは行き過ぎだった、間違っていたと否定的に捉えられる思想や価値観はいくらでもある。その代表格が共産主義だろう。 2019年のラグビーW杯の日本招致、台湾の李登輝元総統の葬儀への参加など、森氏には内外に大きな功績がある。その森氏に対し、日本の古い男尊女卑の価値観が染みついていて、多様性を理解せずもはや矯正不能だとの声がある。しかし、多様性とは本来、そうした異なる価値観の人々をも包摂し、その寛容の精神で共存することではないのか。一方的に差別者の烙印を押し、糾弾し、社会的に葬り去ることが多様性なのだろうか。 だが、森氏を口汚く罵(ののし)る人たちは、差別者は別だ、異なる価値観の範疇にも入らない、共存などできるわけがないと言うだろう。事実、ある社会派ブロガーと称する女性はツイッター上で、「このクラスの男性たちは、中国共産党がやっていたような再教育キャンプに入れたほうがいい」と発言した。 自分は間違っても「差別者」の側には立たない。そう信じている人は多いだろう。しかし実はいとも簡単に“そちら側”に転ぶ危険がある。故筑紫哲也氏と言えば、リベラル派に今も人気の高い著名なニュースキャスターだったが、その彼が一時、「差別者」とされていた事実をご存じか。 彼は、1989年、自身の名を冠したTBSのニュース番組の中で、比喩として1回「屠殺(とさつ)場」という言葉を使ってしまった。翌日、彼はすぐに同番組の中で謝罪したのだが、一部の屠場労働組合から抗議があり、その後、部落解放同盟も加わり、9回にも及んだ「糾弾会」への出席を余儀なくされた。 「糾弾会」とはどのような場か。大勢が一人の人間を取り囲んですさまじい怒号を浴びせ、言葉でも徹底的に追い込んでいく。それが長時間行われる。この修羅場に、過去、筑紫氏だけでなく有名無名多くの人が引き出された。その大半が、とても差別意識があったとは言えない言葉尻をとらえられ、「差別者」認定されてしまったのである。こうした糾弾が社会に何をもたらしたかと言うと、「同和団体は怖い」「関わりたくない」という忌避感と新たな差別感情である。 先ほど米国の過激なフェミニズム運動について触れたが、その米国で似たような現象が起きている。企業の男性管理職の多くが、トラブルを恐れて女性を避ける傾向にあるというのである。問答無用の徹底的な糾弾は、双方に不幸な結果しか生まない。ちなみに、現在の部落解放同盟の「糾弾」に昔日の勢いはないそうである。東京五輪・パラリンピック組織委の理事会と評議員会の合同懇談会を前に言葉を交わす森喜朗氏(左)と川淵三郎氏=2021年2月12日、東京都中央区 森氏が2月12日に会長職の辞任を表明した後、後継指名を受けた元日本サッカー協会会長の川淵三郎氏も結局辞退、紆余曲折の末、2月18日にようやく新会長に橋本聖子五輪相が選出された。しかし、この混迷を招いた責任は森氏だけにあるのか。私には、森氏を「差別者」と決めつけて世の中を扇動したマスコミにも多くの責任があると考えている。女性の一人として私は、森氏から差別を受けたとは思っていない。

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    森氏辞任を後押しした経済界 五輪スポンサー企業の”影響力”とは

    が不遜だったことから、SNSはさらに盛り上がった。 それでも森会長の辞任は「あり得ない」ことだった。オリンピック開催まであと5か月、3月には開催か中止かの最終判断が下る。この段階でトップが退くことは、運営上大いに問題がある。謝罪会見の翌日、森会長はいったん辞意を表明するが、それを周囲が押しとどめたのもそれが理由だ。 そのためIOCも「謝罪会見をもってこの問題は終わった」としていたが、2月9日になると一転、「森発言は完全に不適切」と批判に転じ、その後、辞任は避けられないムードが醸成されていく。この間、何があったのか──。 そのヒントとなるのが、2月10日に開かれたトヨタ自動車の決算会見での一コマだった。 この会見で長田准執行役員は、「(森会長の発言は)トヨタが大切にしてきた価値観とは異なっており誠に遺憾」との豊田章男社長のコメントを読み上げた。写真はイメージ(ゲッティイメージズ) トヨタはワールドワイドスポンサー(TOPパートナー)という、オリンピックの最上位のスポンサーとなっている。TOPパートナーは現在、世界で14社。日本企業としては他にパナソニックとブリヂストンの2社、そのほかではコカ・コーラやGEなど世界的企業ばかりが名を連ねている。 TOPパートナーは全世界で五輪マークを使ったCMやキャンペーンを展開する権利を持つが、それだけに契約するには300億円以上が必要だと言われている。なかでもトヨタは、2018年の平昌冬季五輪から自動車会社として初のTOPパートナー契約を結んだが、そのスポンサー料はTOPパートナーの中でもダントツで、1000億円を大きく超えたとも言われている。NFLでの事例 豊田社長のコメントは、IOCにとって最大のスポンサーの発言なだけに大きな意味を持つ。その前日にIOCの態度が急変したのも、トヨタを筆頭としたスポンサー企業の意向を受けたためと考えるとわかりやすい。 現在のオリンピックは非常に大きなお金が動く。それだけにスポンサー企業の意向は無視できない。 これはオリンピックに限った話ではない。米国で圧倒的人気を誇るアメリカンフットボールリーグ「NFL」。このNFLに「ワシントン・レッドスキンズ」という老舗チームがあった。「あった」と書いたのは、このチームは昨年のシーズン開始前、「レッドスキンズ」が先住民族に対する差別だとの批判を受け、前季は「ワシントン・フットボールチームズ」という仮のチーム名で戦わざるをえなかったからだ。 レッドスキンズに対する批判は以前からあった。しかしチームオーナーは「絶対に変えない」と拒み続けていた。しかし昨年、「BLM(黒人の命も大切)運動」が起こり、それがレッドスキンズにも波及。最後はフランチャイズスタジアムのネーミングライツを持つフェデックスや、NFLと関係の深いナイキなどがチーム名変更を求めたため、オーナーも従わざるを得なかった。 この時は、80以上の投資家グループがスポンサーに対し書簡を送り、影響力を発揮するよう求めているが、その背景にはSNSなどで盛り上がった市民の意向を、スポンサー企業が無視できないという現実がある。仮に無視を続ければ、不買活動につながりかねず、企業業績悪化につながりかねない。 これは五輪スポンサーにも当てはまる。事実、豊田章男コメントと前後して、多くの五輪スポンサーが森発言に対する批判を表明している。 五輪スポンサーには、前述のTOPパートナーと、リージョナルスポンサーの2種類がある。TOPパートナーはIOCと契約するが、リージョナルスポンサーは、大会ごとに大会組織委員会と契約する。写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 東京2020の場合、組織委と契約した企業数は60社以上。そのスポンサー料の合計は、推計で4000億円を超える。過去の大会でのスポンサー料は1500億円前後、東京2020はオリンピック史上、最大の“集金”に成功している。 このスポンサー集めに力を発揮したのが、森会長だった。首相経験者ということもあり、森氏の人脈は政財官・スポーツ界など、至るところに広がっている。しかも、通常、スポンサー契約は1業種1社だったものが、組織委はIOCを動かし、1業種複数社の契約を可能にした。スポンサーが恐れたもの たとえば銀行では三井住友銀行とみずほ銀行、航空会社ではANAとJALが揃ってスポンサーになっている。新聞社にいたっては、読売、朝日、日経、毎日、産経、北海道新聞の5社にものぼる。 組織委はこれらスポンサー企業の顔色をうかがった。コロナ禍により大会が1年延期されたことで、大会運営には追加費用が生じている。その経費をまかなうにもスポンサー企業の協力が必要だ。事実、国内スポンサー全68社は昨年12月、計220億円を超える協賛金の追加負担を受け入れたばかり。 しかも大会が無観客で行われた場合、チケット収入がゼロになるため、その補填も必要だ。それを考えると、組織委としてはスポンサー企業の意向は最大限、尊重する必要がある。 そのスポンサー企業が恐れたのは、SNS上で激増した不買運動の呼び掛けだった。実際「消費者から苦情や抗議を受けるなどの影響があった」と打ち明ける関係者は多く、スポンサーを降りるべきだとの声が寄せられた企業もあったという。 このままでは企業イメージの低下にもつながりかねない事態に、「まさかコロナに加えて、こんなドタバタに巻き込まれるとは……」と困惑するばかり。これを鎮めるには森発言を否定するしかない。こうしてスポンサー企業からの批判が相次ぎ、発言から9日後の2月12日、森会長は無念の中で辞任を表明したのである。 いま、森会長の後任選びが急ピッチで進められているが、スポンサー企業からは冷ややかな視線が向けられている。写真はイメージ(ゲッティイメージズ)「組織委の立て直しや森氏の後任選びは早急にやっていただきたいが、今さらスポンサー契約の見直しもできない中、われわれとしては何とか東京五輪が開催されて成功することを願うばかり。そのためには誰が後任になっても構わない」(スポンサー企業関係者) 結果的には、多くのスポンサーを集めたことが、森会長の辞任を後押ししたのだから皮肉というほかない。このまま巨額の協賛金を支払ったスポンサー企業が割を食う形になるのか──。残された時間はわずかだ。関連記事■森喜朗氏の長女が告白「父が問題を理解するのは年齢的に難しい」■「無報酬」と胸張った森喜朗氏 五輪納入業者などから年6000万円献金■森喜朗氏 通常数分程度の来賓挨拶でいつも30分以上話していた■「五輪は中止せよ」と明確に書かない五輪スポンサーの大新聞■絶対に五輪中止は避けたい大新聞 開催なら広告売上増は数十億円単位

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    森氏発言に見る「インクルージョン・ライダー」の重要性

    するシリーズ。今回は、当面はくすぶり続けそうな森喜朗氏の女性蔑視発言問題について。 * * * 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長を辞任してもなお、森喜朗氏への批判が止まらない。あれだけの女性蔑視の発言をしたのだからもはや擁護のしようもないけれど、森氏への批判に対して「いじめ」だの「不寛容」だのという発言があると知って、これはまだまだ声をあげていかなくてはならないと思った。 話が長い男性だっているし、話が短い女性だっているし、論議すべき議題があるなら話が長いのは非難されることでもない。あらかじめ根回しされた議題を形だけ会議にかけるのが習慣になってしまって、挙げ句に意見のやり取りを話が長いと感じるようになったのだろうか。 森氏いわく「話の長い」ラグビー協会の女性委員に対して、JO Cの女性委員は「わきまえている」のだそうだ。「わきまえる」とは、すべきこととすべきではないことのけじめを心得ることで、その上には「身のほど」という言葉がよく使われる。つまり森氏の発言は、JOCの女性委員たちは自らを強く意見すべき立場ではないと自覚して、おとなしくしているとの意味に取れる。女性男性に限らず委員なら誰でも意見を持つべきだし、それを発信するべきだ。女性だからといって意見を引っ込めるのが美徳のような感覚は差別もはなはだしい。 この発言一つからも、JOCの空気が手に取るようにわかる。私も何度か体験した。意見を持つだけで強い女扱いされ、うっとうしがられ、あれでは結婚相手が見つからないなどとからかわれる。強い女はかっこいいと思うけれど、強かろうが弱かろうが意見はあっていいのに。どうしてこんな普通のことを感じだけで「いじめ」で「不寛容」などという人が出てくるのだろう。写真はイメージ(ゲッティイメージズ) Twitterでは、#わきまえない女というハッシュタグがトレンド入りした。もはや私たちはわきまえている場合ではないのだと思う。 そんな中、日本オリンピック委員会理事の山口香さんが声をあげた。インタビューを受け、大変恐縮ですけれど、と前置きした上で、「森会長が自ら外れていただけたら、五輪に希望が残る」といった(恐縮なんかする必要などないはず)。これに続く関係者はいないのだろうか。もちろん続くのが女性である必要はない。むしろ男女ともに続く人が現れれば、日本の男尊女卑のイメージを少しは変えられるのではないだろうか。ジェンダーギャップ指数121位の日本のイメージを。多様性のとらえ方 私が「インクルージョン・ライダー」という言葉を知ったのは2018年3月のアカデミー賞授賞式の中継だった。主演女優賞を受賞したフランシス・マクドーマンドは、スピーチの途中「どの賞であれ、ノミネートされている女性たちは立ち上がって!」と促し、そしていった。 「私たちには伝えるべき物語がある、資金を必要としている企画があるんです」。多くの女性たちを勇気づけたスピーチだった。その最後に今夜残しておきたい言葉として「インクルージョン・ライダー」と述べたのだ。「包摂条項と訳されるそれは、契約を結ぶ際キャストやスタッフについて人種や性別などの一定の割合を条件にできるものだ。 遠いハリウッドの世界のことと思わずに、私たちもこの発想を取り入れるべきではないだろうか。 件の森氏の発言は、JOC委員会に文科省から女性の比率を40%という指導があって、それについて出たものと報道されている。数だけ合わせても仕方がないという意見もあるが、私はそう思わない。例えば、もし今書いているような内容を男性性10人の中で一人で述べるのと、半分が女性の場で述べるのとでは明らかにプレッシャーが違う。どんなに正しいことだと信じていても、同じ立場の人がいなければ気持ちは揺らぐ。私を含めてたいていの人はそんなに強くないと思うのだ。 件の「女性は話が長い」という発言の際、笑い声があがったという。そんな中で異を唱えたくても、唱えにくい空気だったことは安易に想像できる。異を唱えようという人が男性だってそうだ。写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 多様性というフレーズを、単なる流行りのものとしてではなく、意識高い系などとからなったりせず、きちんと受け止めなければならない。世の中には男性と女性がいて、それぞれ異性愛者、同性愛者、両性愛者がいてトランスジェンダーなどさまざまな有様の人がいる。男性、女性、両性の三種類ではない。謝罪の記者会見で女性登用について考えを問われ、「女性と男性しかいないでんすから。もちろん両性というのもありますけどね」と答えた森氏は、おそらく自分の理解できない有様をすべて「両性」とひっくるめてしまったのだろう。あまりにも雑な言葉遣いである。 自分とは違う有様の人がいること、そしてそれを尊重することが大切だと思う。オリンピックが中止になっても開催されても、開催されたとしてそれが終わってからも。■松本人志の発言は置いてけぼりの昭和世代ハラスメント?■昭和世代にいまだはびこる「仕事をするならまずは飲み」■ジェンダーギャップ後進国を地でいくあるレストランの話■コロナ騒動の中で振り出しに戻ったハラスメントリテラシー■“ちょっとやんちゃなモテ男”の大いなる勘違いハラスメント

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    東京五輪は「夢」のままでいいのか

    新型コロナ感染拡大に歯止めがかからないゆえ、海外メディアも含め東京五輪の今夏の開催に否定的な報道が相次いでいる。だが、こうした中でもスポーツ大会の成功例は多い。選手にとっては人生がかかった大会だけに「夢」のままでは、あまりに無情だ。スポーツに詳しいフリーライターの清義明氏が、開催可能な理由を解説する。

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    東京五輪は開催できる!中止論過熱で見失いがちなアスリートの明日

    清義明(フリーライター) 今夏に延期された東京五輪・パラリンピックの開催に、またも暗雲が垂れ込めている。 政府は開催を進めていくとの立場を崩していないが、最新の共同通信による世論調査では、開催に否定的な意見が約80%となっている。 昨年末にかけて新型コロナウイルス感染者が激増し、その対策が後手に回ったとして菅義偉(すが・よしひで)内閣の支持率が急落したこともあり、政府内部からも世論を踏まえた上での慎重論がチラホラと出てきてさえいる。 はてして、東京五輪の開催は不可能なのか。筆者の結論から言えば、東京五輪は条件付きではあるが十分に開催可能だ。その理由は大きく2つある。 一つ目は、ワクチンがもうすでに世界での流通を開始し、接種が進んでいることだ。 もちろん、五輪開催の夏までに日本国内の集団免疫が完成するほど接種が進むのは無理だろう。だが、選手と関係者全員にワクチン接種することはさほど難しいことではない。 イスラエルでは1月20日時点で、国民の約3割(約270万人)がワクチンを接種し、実際にその効果も良好なことが報告されている。米国の大統領に就任したジョー・バイデン氏は、政権スタートから100日以内、つまり5月の初旬までに1億回分のワクチン接種をするとも表明している。 東京五輪の場合、33競技339種目の選手数は約1万人。関係者と報道陣など含めれば、この何十倍の人数が競技場に集まることになる。だが、この人数に絞ってワクチン接種することは、ワクチンの供給の展望を考えると不可能ではない。なお、日本では2月末には、ワクチンの接種が開始される。 こと選手に関しては、国の威信をかけて行われるスポーツ大会であるから、それぞれの国で接種することで問題ないだろう。その他の関係者は、ワクチン接種、または抗体証明書があることを義務付ければ特に問題はないはずだ。 また、マイクロソフトやオラクルといったIT系の有志連合がスマートフォンアプリを使った世界共通の国際電子証明書「ワクチンパスポート」の開発を開始している。おそらく今後はPCR検査と隔離期間を義務付けている、条件付きの入国緩和措置「ビジネストラック」や「レジデントトラック」もこのワクチンパスポートの所持によってスムーズになるだろう。検品されるファイザーの新型コロナワクチン そして五輪が開催できる二つ目の理由が、現在でも世界各地で実際に国際的なスポーツ大会が行われているという点だ。サッカーであれば先月まで、カタールのドーハでアジア最強のクラブチームを競う「アジアチャンピオンズリーグ」が開催されていた。 「厳しい制限がありましたが、実際に世界各地からスポーツチームが集まって大会をして、何も問題は発生しなかったのは確かです」と出場チームの担当記者は言う。 もちろんPCR検査で陰性だった人だけが渡航でき、入国後も選手たちは入国後に外部と接触しないようにホテルなどに隔離措置される。しかし、練習は普通に行うことができ、試合もほとんど通常通りだった。コロナ禍での実績 気分転換もできないまま、ホテルと練習場、本番の会場だけで大会の期間を過ごすのは窮屈かもしれないが、そもそも五輪のような大会であれば選手村での生活が一般的だ。 それゆえに、五輪選手の環境は従来とそれほど変化はないだろう。アジアチャンピオンズリーグでは、帰国後も政府の特例措置「スポーツマントラック」が選手に適用され、検査の上で問題なければ隔離期間もなく、そのまま帰国後に試合出場することも可能だ。 なお、日本国内では、11月に日本体操協会が主催する国際大会が開かれた。選手は毎日PCR検査を義務付けられていたほか、さまざまな対策が採られながら観客の入場も可能だった。そして本大会でも、問題は特に発生していない。 このようなコロナ禍での世界のスポーツ大会の実施状況を鑑みるに、五輪開催自体は必ずしも無理なことではないことは分かってもらえただろうか。 さて、開催するのは可能だとしても、ここから先が思案のしどころである。「大会組織委員会は、五輪で観客を入れるか否か」という点である。 アジアチャンピオンズリーグでは、記者は原則として同行できずに無観客で行われた。ここまでやれば開催は可能だが、五輪ではやはり観客がいたほうがいいだろう。 もっとも、現在の日本における緊急事態宣言や欧州各国のように都市ロックダウンが行われている状況が続くのであれば観客を入れることはできない。また、海外から大規模な観客を迎え入れるのも難しいかもしれない。ただし前述の通り、ワクチンパスポートや抗体証明書を条件にして入国や観戦は可能にすることもできるかもしれない。それでも、この部分の見通しは難しい。 ただ、実際のところ、現在でも日本国内でスポーツ大会は開催されていることを忘れてはいけない。感染対策を十分にし、ソーシャルディスタンスのための席配置をした上で、都内では大相撲初場所が開催され、Jリーグも12月までは観客を入れて開催していた。プロ野球も然りである。 したがって、現在の指数関数的ともいえる感染者数の激増と、それに伴う病床の確保ができていない段階を抜け出ることができ、昨年の秋くらいの状況にまで落ち着くということを前提にすれば、観客を入れて五輪を開催することは不可能ではないのだ。会談を前にグータッチを交わす菅義偉首相とIOCのバッハ会長(左)=2020年11月16日、首相官邸(春名中撮影) ただし事務的な部分も含めて、現実的に考えると日本国内の観客のみを入場可とし、海外からの観客は原則として許可しないというのが賢明かもしれない。 なお、観客をまったく入れない場合、チケット収入が得られない収益的な懸念はあるだろう。それでも、すでに五輪というビジネスは多くのスポーツと同じくスポンサー収入がその収益の大半であるから、それが決定的なネガティブ要素になるわけではない。見逃せない選手の気持ち 東京五輪の大会組織委員会によれば、大会収入予算7210億円のうち、スポンサー収入は約57%の4160億円。一方で、チケット収入は900億円と10%少々というところだ。五輪の組織委員会としては、苦しくなるとはいえ最悪無観客の開催でも大会中止に比べれば、さほどの影響とはならないのだ。 以上のように、東京五輪が開催可能であるという筆者の考えを述べたが、一つ追記しておこうと思う。実を言うと筆者は元々、東京五輪の招致に反対の立場だった。 現代における五輪は、国威発揚や経済的な効果として政治的に重要なものとされている。しかし、この30年くらいのスパンで見てみると、五輪やそれに匹敵するスポーツイベントであるサッカーワールドカップを開催した国や地域が、その効果と恩恵を得られたとは言い難い。 五輪で言えばアテネのギリシャやリオデジャネイロのブラジル、ワールドカップだと南アフリカやロシアなどの国々が、その投資に見合うだけの経済成長を得られたかというと、むしろその負債に苦しんでいるのが実情だ。この30年間で五輪開催のリターンが得られた国といえば、大きな経済成長を遂げている中国くらいしかないのではないか。 とはいえ筆者個人としては、東京五輪はすでに投資と準備がここまで進んでしまったということもあり、「せっかくだから開催する方向で考えてみるべきでは」というくらいの感覚が正直なところだ。 しかし、五輪が事実上アスリートたちの目標として重要なステージとなっていることはやはり見逃すことはできない。ゆえに、いたずらに「中止にするべき」と声高に唱える気持ちにはならないのだ。 あるサッカーメディア関係者は「昨年、東京五輪が1年間延期が決まったときも、悔しがっている選手は多かった」と述べた上で、次のように説明してくれた。 「五輪を目標にしているのは、サッカーのみならずアスリートでは当然のこと。サッカーだと、海外から注目が集まる大会ですから、そこを海外への雄飛のチャンスと考えている選手はたくさんいます。年齢制限があるサッカーの五輪代表は、1年延期になることによって規定の年齢を超えてしまうこともあるので、彼らにとっては1年延期は気が気ではなかったのではないでしょうか。これで出場できなくなったり、ましてや大会中止となった場合はショックでしょうね」とのことだ。 確かに、この選手たちの気持ちは分からなくもない。そして、これはサッカーに限った話ではないのだ。全日本体操の男子決勝、種目別鉄棒の結果が発表され、笑顔の内村航平(左)。右は個人総合で優勝した萱和磨=2020年12月13日、群馬・高崎アリーナ(代表撮影) 五輪中止を求める声があるのも理解できる。新型コロナウイルスの伝染病の猛威を強く訴えるのもいいだろうし、現実的な対応策を進めることを政府に求めるのもいい。だが、それによって押しつぶされる声にも耳を傾けることが必要なのではないだろうか。 もっとも、冷静な意見が聞かれるようになるのは、今続いている首都圏を中心とした緊急事態宣言が解除される頃だろう。昨年の五輪開催延期の判断の時期を鑑みると、今年3月までに緊急事態宣言が解除されれば、そちらのほうへシフトしていくはずだ。

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    走らない姿こそ至高、東京五輪で満喫したい競歩のロマン

    復旧を模索している。プロ野球が無観客ながら6月19日に開幕するが、気になるのは1年間延期となった東京オリンピックの行方だ。 既に代表を決めた選手たちは、あの手この手で「3密」を避けながらGOサインを待つ。そんな中「ぼくたちは恵まれていますね」と話すのは、東京大会50キロ競歩代表の川野将虎(まさとら)だ。 川野は東洋大陸上部所属の4年生。昨秋、いち早く50キロ競歩代表の座を手にし、同じ部に所属する同級生の池田向希(こうき)も今年3月に20キロ競歩の代表になった。 バルセロナ、シドニー代表だった日本陸連の今村文男強化コーチも東洋大OBだ。東洋大は、ロンドンの西塔(さいとう)拓己、リオデジャネイロの松永大介に次いで、3大会連続で現役学生をオリンピック代表に送り込んだことになる。 陸上部の酒井俊幸監督は箱根駅伝の指揮官として知られているが、実は大の「競歩ファン」でもあり、現役時代を振り返って次のように述べている。 (私の現役当時は)特に指導者がいなくとも競歩は強かったですね。陸上部では、われわれの長距離と同じブロックだったので仲も良かった。歩行の腰の使い方に興味があったし、歩形のきれいな選手が好きでした。 酒井監督はコニカミノルタでマラソンを走った後、一時は郷里の福島に戻って教員生活に入った。その後、母校・東洋大の指導者として迎えられたのが2009年の春である。 それから2012年にかけて、「山の神」柏原竜二を起用して箱根ブームを作り上げる一方、酒井監督は競歩でも実績を積み重ねていた。だが、これは酒井監督だけの力ではなかった。それは監督の妻であり、陸上部コーチでもある瑞穂さんの存在だ。 監督と同じ福島県出身である瑞穂コーチは、高校と大学で競歩選手として活躍した。「歩形」、すなわち歩く姿勢がきれいな選手として人気があり、酒井監督は大学時代から瑞穂コーチの写真を撮りまくっていたと言われる。 ただ酒井監督は「いや、それは、ちょっとニュアンスが違うんです。当時はスマートフォンがなかったから、フォームの参考になればと思って撮っていただけです」と言う。それはそれで微笑ましいエピソードだ。 瑞穂コーチは東洋大で、当初は競歩選手のアドバイザー、そして現在は競歩担当コーチとして夫唱婦随でオリンピック代表を育てた。東洋大の(左から)酒井俊幸監督、酒井瑞穂コーチ(中央)から指示を受ける川野将虎(鈴木智紘撮影) 競歩は競泳などと違って、特別な施設も用具もいらない。500メートルの平坦な道があればよく、練習は一人のみで密閉も密集も密接もない。冒頭で記した「恵まれている」という川野の言葉はそういうことだ。だが、実際には「人の目」を最も必要とするところに、競歩の奥深さと面白さがある。 いまやマラソンを抜いて日本のお家芸とまで言われる競歩だが、二つの規則、すなわち「ベント・ニー(膝を曲げる)」「ロス・オブ・コンタクト(両足が地面から離れる)」があること以外、ほとんど知られていない。 ただ、「彼らはなぜ走らないのか」という根底的な疑問は、恐らくマラソンの普及した日本ならではの疑問であろう。そして世の中に耳を傾けると「走った方が速い、速い方が偉い」と思っている人のなんと多いことか! なお競技種目が表舞台に登場したのは、1896年の第1回アテネオリンピックでマラソンが採用されたのが始まりだ。ただ当時は、走る距離が40キロであった。競歩の原点 もちろん、オリンピック以前にも競走自体はあった。だが、その競走概念は時間よりも距離に重きが置かれていた。「40キロをどれだけ速く走るか」ではなく、「12時間で何マイル、6日間でどれだけの距離を踏破できるか」に人々の興味が注がれた。これは「ペデストリアニズム(Pedestrianism)」と呼ばれた。 そしてこのペデストリアニズムを一大ブームに巻き上げたのが、米国のボストンに住んでいたエドワード・ペイソン・ウエストンという男だ。米大統領選でエイブラハム・リンカーンが第16代大統領に選ばれた1860年、ウエストンは友人との賭けでリンカーンの落選を予想した。 負けたら大統領就任式に合わせてワシントンまで歩くという、初めは冗談のはずだった。だがウエストンは、翌61年3月4日の就任式に向けて478マイル(769キロ)を歩き出した。雪と雨に打たれ、泥道をかき分けて、10日と10時間もの間、歩き続けた。 彼は就任式には6時間届かなかったものの、晩餐会には招かれている。時代はマスメディアの夜明けで、新聞が連日ウエストンの動向を報じて国中の話題になっていた。まさに「歩くウエストン見たさに人が集まる」のだ。 当時はバスケットボール誕生前のことで、室内競技場はまだ存在せず、当時流行していたローラースケート場でペデストリアニズムの興行が行われるようになった。 現在はボクシングの世界戦や米プロバスケットボール(NBA)の試合で使われるマディソンスクエアガーデンでも、頻繁に6日間ぶっ通しのぺデストリアニズム興行が催された。 「歩くだけ」という、今思えば何が面白かったのか分からない。だが、これが押すな押すなの大盛況で、ぺデストリアニズムが近代スポーツの最初の観戦競技だったのである。何せ、歩こうが走ろうが自由なのだ。 そしてロス・オブ・コンタクトが採用され、初めて現在の競歩の形をとったと言われているのが、1875年11月15日の真夜中にスタートしたシカゴ博覧会場でのレースだ。その500マイルレースでウエストンは若いダン・オレアリーの挑戦を受け、敗れている。 オレアリーに負けたウエストンは、今度は舞台を英ロンドンに移す。そして現在のロンドン地下鉄エンジェル駅近くの旧農業センターで興行するなど、ペデストリアニズムのブームは大西洋を越え、世界的になっていく。 競歩の人気は、産業革命前夜の活気に先駆けた熱気であり、その特色は都市にあり、観衆の目にあり、そして人の持つ耐久力の追求にあった。この不思議なエンターテインメントは、やがてベースボールの娯楽性やマラソンが提起した時間の概念に押し流されていく。だが、機械の前に人間の力があり、競争にはルールがあるという共通認識が、今なお世界で競歩が行われ続ける理由であろう。 ただ、競歩については、「ロス・オブ・コンタクトは無意味」とか「どの選手の足も浮いている」という指摘がよくある。それでも、競歩は多くの競技が採用するビデオ判定を導入せずに、全て審判の目視に委ねている。走らないという「約束」が、この競技の命綱だからだ。機械ではなく「自分自身で約束を守る」ことが、彼らウォークマン(歩き人)たちの使命なのだ。世界陸上男子20キロ競歩、給水ポイントで帽子を受け取る池田向希(右)=2019年10月、ドーハ(共同) 東京大会の延期で、アスリートたちは不安な日々を過ごしている。東洋大も6月20日まで合宿所が閉鎖され、インターネットやLINEを駆使してチームを維持している。ちなみに池田は6位に入った昨年の世界陸上で、最も歩形のきれいな選手と言われた。 瑞穂コーチは、池田も川野も気持ちをうまく切り替えていると述べた上で「監督は、競歩は自立と自律だと言います。池田君もコロナに周りを見るチャンスをもらったと、新しいトレーニングに取り組んできました」と話す。 沿道の目、内なる目に己の歩形をさらしながら、求められる「約束」を守り切る。何というロマンチストたちであろう。オリンピックの開幕を祈らずにはいられない。

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    延期すら危機ゆえに思う、五輪でこそ醍醐味溢れるスポーツはこれだ!

    にも臨時病院として多数のベッドが設置されているのが現実だ。世界ツアーを展開するテニスの動向から来年のオリンピック・パラリンピックの先行きも見えてくる。 国内でもプロ野球が開幕できず、夏の高校野球もまったく見通しが立たない。現在が止まっていると、過去も未来も書く気にも読む気にもならないもので、スポーツはナマ物ということを改めて知る。 ところで、80年代にスポーツのプロ化が一気に進み、それまで限られた地域、階層、性別の特権だったスポーツが全世界、全社会、全世代に溶け込んだ。 スポーツのプロ化は冷戦構造崩壊の象徴であり、スポーツは「不要不急」から生活の一部になった。オリンピックの4年に1度の祭典という位置付けも変わっていることを再認識する必要があるだろう。 こういう指摘はタブーのようだが、東京大会の開催は無理だ。未曽有の災害とはいえ、祭に延期はない。平和裏にどう中止に落とし込むか、その手続きが慎重に進められているのだと私は思う。東京都庁(左)と東京五輪2020年のロゴ(gettyimages) 野球やテニス、サッカー、ゴルフはオリンピックでなくともその醍醐味(だいごみ)を味わうことができる。陸上競技も4年に1度の開催でスタートした世界選手権が今や隔年での開催で定着し、世界記録のほとんどはオリンピック以外の舞台でつくられている。 それでも、オリンピックでなければ見られない種目も多い。私が特に楽しみにしていたのは、主に重量挙げやフェンシングだった。 重量挙げは孤独な競技だ。筋肉の量によってこれだけの重量が上がるはずだという数値が弾き出される。ウエイト・リフターは、その数字と目の前に冷たく横たわる鉄塊に立ち向かうのだ。80年代を代表する重量挙げ選手の砂岡(いさおか)良治は無口で温厚で顔立ちもいい好青年だった。重量挙げの醍醐味 彼は1984年のロサンゼルスで銅メダルを獲得し、ソウルは6位、最後のバルセロナは失格という成績だった。そのバルセロナ大会ではプラットホームの脇に大型スクリーンが据えられ、カメラがウエイト・リフターの表情だけでなく、膝の裏や手首を大きく映して驚いた。 ヨーロッパのテレビ局はツボを押さえているとつくづく感心したもので、このバルセロナ大会からいろいろなことが変わったように思える。 重量挙げには、日常に逆行している面白さがある。砂岡が垂直跳びで104センチも跳べることなど競技を見ていても分からない。バーベルを持ち上げるのではなく、バーベルの下に潜り込む運動神経がカギと言われて感心したものだ。 それを知った上で重量挙げを見るとたまらなく面白い。 2000年のシドニー大会では雑誌社から切符が余っていると渡され、その全てが重量挙げだったのには笑った。私は喜んで毎日出かけた。 思い出深いのはその会場だ。そこは室内音楽スタジオぐらい狭かった。プラットホーム上で選手が薄く目を閉じて集中し、会場が静まり返る。さあ、というところで誰かの携帯電話が鳴り響いた。しかも着信メロディーは「ポパイ・ザ・セーラーマン」だ。 嘆息とざわめきがあったのは当然だが、東欧系のその男が慌てながらも大声で電話に応対したのに私はびっくりした。選手も立ち上がり、物憂げに天井を見上げてから再び集中した。 その後、クロアチア代表のニコライ・ペシャロフがフェザー級クラスで優勝すると、応援団が狭い会場を練り歩き始めた。なお、その先頭で国旗を持っていたのは、テニスのグランドスラム(四大大会)で優勝したゴラン・イワニセビッチとイバ・マヨリだった。重量挙げ全日本選手権兼シドニー五輪代表選考会、スナッチで135キロのバーベルを持ち上げる池畑大=2000年6月、埼玉県上尾市 ただ、そのクロアチアに同大会最初の金メダルをもたらしたペシャロフはそもそもブルガリアの選手で、この年にクロアチアが政治的に「入手」した代表とは後で知った。 日本代表の池畑大(ひろし)も忘れられない。1996年のアトランタ大会前の北京遠征に同伴した際、中国協会の計らいで万里の長城を見物に出かけたときのことである。入り口に着くなり「トイレに行った方がいい」と言われた女子代表選手たちがすごすご帰ってきたのを目にした。 当時はいわゆる「ニーハオ・トイレ」といったもので、仕切りがないものだった。そのため彼女らの「我慢する」という乙女心に少し驚いた。一方、池畑たちは浦和にある野球場の誰もいないダッグアウトで合宿していた。 絶対に目標を上げなければいけないという日には、コーチはさっと目の前に千円札を置くという。選手は必死に持ち上げ、怒ったように千円札をひったくっていく。 もちろん、金が欲しいわけではない。池畑たちなりの、覚悟の表れであろう。池畑が「人の大勢いるところでやりたい」と言ったので、当時の専務理事に東京駅でできないものか相談したことがあるそうだ。今なら、できるかもしれない。ぜひやってほしい。フェンシングへの想い 昨今人気が高まっているフェンシングだが、私自身これに興味を持つのが少し遅れたという残念な思いがある。 アメリカの伝説的なスポーツライターであり、後に小説家として『スノーグース』『ポセイドン・アドベンチャー』で有名なポール・ギャリコはある本の前書きに「フェンシングは年齢に関係なくやれる」と書いていた。彼はフェンシングをやっていたのだ。 東京でフェンシングとなると台東区が盛んだ。当時、私は同区内の谷中に住んでいたから、一念発起して体育館へ見学に出かけた。だが、小中学生が多いので戸惑ったのがいけなかった。私自身はそっとやりたかったのだが、やろうか迷っているうちに北京大会で太田雄貴が銀メダルを獲得し、たちまちフェンシングが人気になってしまった。 この競技はもともと決闘の手段だから、危険が伴う。過去には競技中に死亡例もある。だが、シドニー大会の前後に透明のバイザーマスクを取り入れた時期があった。フェンシングのマスクは通常金属メッシュで顔を覆っているが、その目の部分にオートバイのヘルメットと同じ強化プラスチックの窓を取り入れた。 「フェンサーの目が見たい、あの眼光が最大の魅力なのだ」と。 これもテレビディレクターの要望だったと聞く。その後、バイザーが割れる事故で2014年以降は全面禁止になり、眼光は再び想像の世界に戻った。 知り合いの剣道家は「剣道は絶対にオリンピックに入らない」と言う。「精神であり記録ではない」と、柔道と比較しながら力説する。そうかもしれない。フェンシングはスポーツ性も面白いから、それもそれでいいだろう。北京五輪フェンシング男子フルーレ個人準決勝で、サンツォ(イタリア)から決勝のポイントを奪う太田雄貴(右)=2008年8月13日、国家会議センターフェンシング館(共同) 北京大会で銀メダル、2015年の世界選手権では個人フルーレ優勝を果たした太田は32歳にして、日本フェンシング協会会長の座に就いた。今でも日本の競技団体で最年少のリーダーだ。今回の未曽有の災いが、彼らの年代が日本のスポーツを引っ張っていく機会になればいいのだが。 スポーツは止まっている。いつ動き出すかも分からない。だが、スポーツはもう生活の一部になってしまい、私たちの心から消えることはない。アスリートにもそのことには確信があるはずだ。

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    東京五輪「1年延期」に安堵するなかれ

    新型コロナウイルスの感染拡大で、東京五輪・パラリンピックが「1年延期」となった。ただ、安堵感が広がる一方で、懐疑的な声も少なくない。「中止よりマシ」なのだろうが、種目によっては選手に多大な負担増を強いかねず、経済的側面もやり方を誤れば大損失を招くだけだ。「1年延期」にどう対峙すべきなのか。

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    ボクシング元世界王者が危惧、階級制種目「五輪1年延期」の重み

    界ライトフライ級王者) 2020年7月24日に開会式を迎える予定だった東京五輪・パラリンピック。国際オリンピック委員会(IOC)は新型コロナウイルスの感染拡大を受け、延期を発表した。それに伴い、大会組織委員会、東京都、政府、IOCで協議し、来年7月23日開幕で合意した。 過去、五輪が中止となった例はあるが、それらは戦争が理由によるものだ。五輪の延期はこれまでになく、極めて異例の事態である。延期の影響でさまざまな問題が挙がっている中、選手たちにとって最大の不安は「代表選手選考」だろう。 当初の開催予定まで4カ月を切った段階で、全競技の6割の選手が代表に内定していたが、その他の選手の選考大会については中止または延期となっていた。IOCの発表によると、2020年東京五輪の代表に決定している選手に関しては自動的に2021年大会の出場資格を得られるようだ。 こうした中、ボクシングに関しては、IOCの発表より前に日本ボクシング連盟が、いち早く選手選考について発表していた。日本ボクシング連盟の内田貞信会長は「ボクシング競技はアジア・オセアニア予選が終了しているので、この結果(代表選手決定)については不動だと信じている。したがって、国内枠の選手も内定している通りで進めたい」と語った。 日本は、男子4人、女子2人の開催国枠があり、代表選手は以下の選手が内定している。【男子】 田中亮明(フライ級/52キロ) 成松大介(ライト級/63キロ) 岡澤セオン(ウェルター級/69キロ) 森脇唯人(ミドル級/75キロ) 【女子】 並木月海(フライ級/51キロ) 入江聖奈(フェザー級/57キロ)  この他に下記の選手が国内の代表となり世界最終予選での五輪出場を目指す。【男子】 堤駿斗(フェザー級/57キロ) 梅村錬(ライトヘビー級/81キロ)【女子】 濱本紗也(ライト級/60キロ) 鬼頭茉衣(ウェルター級/69キロ) 津端ありさ(ミドル級/75キロ)  世界最終予選がどのような方法で、いつ開催されるのかは未定だ。さまざまな課題が残されているが、日本での記念すべき五輪開催だけに、私としては1人でも多くの選手に出場してほしいという思いがある。ボクシング五輪予選の男子フライ級1回戦で、キルギス選手(右)を攻める田中亮明=2020年3月、アンマン(共同) では、五輪を目指す選手にとって、この1年の延期がどのような影響を与えるだろうか。私自身、ボクサーとしてアマチュアで7年、プロとして10年ほどリングで戦っていたので、その経験などから、考察してみたい。 そもそも、アスリートの寿命は恐ろしく短い。私も心身ともに充実してピークの状態で戦えていたのは、5年くらいだった。加えて、ボクシングのような階級制スポーツは減量があるため、他のスポーツに比べ「年齢による影響」は大きい。しかも、これは若い選手ほど顕著にあらわれる。選手の経済的救済も必要 そして、日本のボクシング代表選手のほとんどが20代前半だ。彼らの体はまだ成長している段階のため、厳しい減量が求められている。たった1年ではあるが、今年と来年の開催では、選手のパフォーマンスも大きく変わってくるだろう。  また、「身体的な影響」に伴い「精神的な影響」への懸念もある。日々の節制や、体重コントロール、毎日のハードな練習など、ボクシングに限らず、アスリートには多くのプレッシャーがかかる。 そこから早く解放されたいという思いもあるだろう。また、新型コロナウイルスがどこまで長引くか先行きが見えない不安もある。彼らの不安を解消するためにも、一刻も早い今後のスケジュールの決定が求められる。 延期が決まったことで、選手活動を続ける上での「経済的な影響」も出てくるだろう。五輪延期に限らず、経済的な不安を抱える選手は多い。特にマイナースポーツなどではスポンサーもつきにくく、仕事をしながら競技を続けている選手も少なくない。 アルバイトを続けながら練習に励み、休みの日には、自らスポンサー営業を行うという選手もいた。そのため五輪が1年先延ばしにされたことで、競技を続けるための資金集めに苦労する選手も増えるだろう。 新型コロナウイルスの影響で企業への救済措置は多いが、選手のための措置はあまり聞かない。今回の影響で五輪への夢が閉ざされ、引退する選手が出てもおかしくない。選手への救済措置も検討すべきだろう。 近年はビジネスが先行した「商業五輪」と呼ばれている。五輪開催は大きな経済効果をもたらすため、スポンサーや放映権など、「カネ」を生み出す企業の意向が重視される傾向にある。 だが、五輪で主役となるのは企業でもスポンサーでもない、選手たちだ。選手ファーストを掲げるのであれば、選手たちの意見にもっと耳を傾けてほしい。  今回の一連の騒動が始まった当初、選手たちは困惑を隠せなかったようで、「ベストな状況でできるなら延期した方がいい」との声も聞かれた。日程が決まらなければ、それに向けての準備や調整などの計画も立てられないからだ。東京五輪延期を受けて発足した「大会実施本部」の第1回会合に参加する室伏広治スポーツディレクター(中央)ら=2020年3月、東京都中央区(矢島康弘撮影)  冒頭でも指摘したが、特にボクシングのような階級制で減量が不可欠な種目の選手は、調整が非常に難しくなる。 五輪は世界最高峰の選手たちが集まり、最高のパフォーマンスを見せてくれるからこそ価値がある。主役である選手のことを第一に考え、安心して競技に専念できる環境を整えてほしい。2021年の東京五輪が、選手ファーストで開催されることを切に願う。

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    日本のオリンピック招致、もう「夢見る」だけでいい

    後の招致の在り方に焦点を当てながら、五輪のさらなる未来について論じたい。 2020年1月29日、日本オリンピック委員会(JOC)は2030年の冬季五輪・パラリンピックについて、札幌市を国内の候補地とすることを決めた。 JOCが札幌を国内の候補地として決定した際、北海道の鈴木直道知事は「五輪が道内で開催されることは、北海道の魅力を全世界に発信することなどにより、地域の活性化や観光振興につながる。連携を強めて取り組みたい」とコメントした。しかし、五輪開催が地域の活性化や観光振興につながるかは極めて疑わしい。 経済学者で米スミス大のアンドリュー・ジンバリスト教授は、著書『オリンピック経済幻想論:2020年東京五輪で日本が失うもの』で、五輪による経済効果を検証し、地域の活性化や観光振興につながらない点をデータに基づいて示した。事実、前回と前々回の冬季五輪・パラリンピック開催地、韓国・平昌(ピョンチャン)とロシア・ソチも、大会終了後に人はあふれていない。 また、政治学者で米パシフィック大のジュールズ・ボイコフ教授が著書『オリンピック秘史』で指摘したように、五輪は民間企業に利益をもたらす一方、納税者にリスクを負わせる偏った公民連携の構造を有する。近年、住民投票の結果から招致撤退が相次いでいることは、五輪開催後に重くのしかかる財政負担から、地域活性化や観光振興につながらない証左となっている。 JOCが札幌を国内の候補地に決定した1月時点で、新型コロナウイルスの影響は、日本国内で顕在化していなかった。ところが早くから感染者が確認され、全国の中でも多くの感染者が確認されている北海道では、拡大防止のための厳しい戦いが続いており、とても招致活動どころではない。日本オリンピック委員会(JOC)の理事会であいさつする山下泰裕会長(右から3人目)。同4人目は田嶋幸三副会長=2020年1月(代表撮影) ただ、北海道や日本で新型コロナウイルスが終息した後も、札幌は招致活動を再開すべきではなく、また、日本に暮らすわれわれも活動を支持すべきではない。まず上述したように、五輪が地域の活性化や観光振興につながらないからだ。 それに、札幌のある北海道には、07年に財政再建団体に指定された夕張市が存在する。鈴木知事も11年から夕張市長を2期務め、約353億円の赤字解消を進めた。市職員の給与カットや人員削減、医療機関の縮小、小中学校の統廃合、図書館や公衆便所の閉鎖といった歳出カットだけでなく、水道料金の値上げといった負担も市民に課された。結局、ツケを支払う日本国民 市庁舎は経費節減のため午後5時になると暖房が切られるため、室温が氷点下まで低下することもあるという。市のホームページには現在も「借金時計」が示され、市民の厳しい生活環境が伝わってくる。 札幌市の秋元克広市長は鈴木知事と同様に「JOCとともに国や競技団体と連携を進め、オール北海道、オールジャパンによる招致体制の構築に取り組んでいきたい」と五輪開催に意欲を示していた。「オール北海道」という掛け声のもと、招致活動に多額の資金が投入されることで、道の夕張市への支援が削られることを懸念する。 秋元市長はオールジャパンによる招致体制構築のため、2月6日に萩生田光一文部科学相を訪れ、活動支援を要望した。当然のことながら、招致活動の支援には、税金が投入される。ただ、JOCの竹田恒和前会長が、東京五輪招致の際に不正な支出を行ったという疑いから退任に追い込まれたように、今も招致活動には不透明な支出も存在する。これも招致活動に反対する理由である。 さらには、東京五輪の男女マラソン・競歩コースの札幌移転で明らかになったように、追加的な財政負担が必要になった際に、国際オリンピック委員会(IOC)が負担を行うことはない。「オリンピック競技大会の組織運営と開催について、なんら財政的な責任を負わない」という五輪憲章第36条をもとに、IOCは開催都市や開催国に負担を押し付けるだろう。 これらの問題が解決されないまま招致活動を進めれば、多くの負の遺産を生むことになる。この点は、札幌や北海道に限定されず、他の自治体においても同じ話である。 72年札幌五輪でつくられた施設の再利用が可能な北海道が他の自治体と比較して、五輪の招致や開催に伴う痛みを最も軽減できるだろう。だが、五輪に伴う経費の中で、施設の建設に関わる費用は一部である。 今回の東京五輪でも明らかになったように、開催都市が計画した予算内で大会が実施されることはなく、それも大幅に予算を上回る結果となる。ボイコフ氏は、1960年から2012年までに開催された五輪が例外なく予算を超過しているという英オックスフォード大による研究成果を紹介している。結局、ツケを支払うのは国民である。 日本国内には、夕張市のほかに財政再建団体に陥る可能性がある自治体も存在する。五輪による一時の熱狂よりも優先されるのは、医療機関や学校、図書館といった公共サービスの充実だ。今回の新型コロナウイルスの影響から、医療機関の充実がいかに重要であるかを、われわれは改めて認識させられた。北海道の鈴木直道知事(左)と札幌市の秋元克広市長(右)を表敬訪問したJOCの山下泰裕会長=2019年10月、札幌市中央区 特に、北海道は、その重要性がさらに高まったであろう。そして短期的な経済効果よりも、水道料金の引き下げや税負担の軽減が国民の幸福につながる。 五輪を招致し、開催する資格があるのは、財政的な余裕がある都市や国である。現在の北海道と日本には立候補する資格がない。今こそ、立ち止まる勇気を また、周知のように、急激な景気悪化から、今後、政府が大規模な財政出動を検討している。さらに、五輪の延期に伴い、全国的にさらなる人的、財政的負担が強いられる。今こそ、進む勇気ではなく、立ち止まる勇気が求められている。 筆者は五輪やIOCを全面的に否定する立場にはない。中高の部活動でバスケットボールに取り組んだきっかけは、92年のバルセロナ五輪で結成された米国のドリームチームに集い、卓越したパフォーマンスを見せるマイケル・ジョーダンやマジック・ジョンソンに心を奪われたからだ。また、大学で取り組んだトライアスロンでは五輪出場を夢見た時期もある。 ただ当時は、五輪にまつわる問題は一部の人間だけが知り得る話であり、顕在化していなかった。現代になって、多くの人々が五輪の招致・開催に多くのリスクがあることに気づいており、今回の延期によって、さらに痛感させられたことになる。 仮に、札幌市への招致を強引に行って開催までこぎつけた際には、オリンピアンやパラリンピアンも批判の対象となりかねない。あなたたちのせいで税負担が増し、受けられるべき公共サービスを削られることになってしまったと。このような結果を看過するようでは「アスリートファースト」とは到底呼べない。 上述のように、現在、住民投票の結果から招致撤退が相次いでおり、五輪の招致は売り手市場ではなく、買い手市場になっている。IOCも危機感を持っており、立候補都市を増やすため、立候補にかかる手数料の減額や複数の都市での開催を容認し始めている。 19年6月、招致活動から撤退した都市が相次いだ26年冬季五輪の開催都市について、IOCはイタリアのミラノとコルティナダンペッツォの共催を決定した。決選投票で敗れたスウェーデンも、ストックホルムとオーレの共催を提案していた。 これまでの五輪の中で、IOCの苦境を見極め、成功を収めたことで有名なのが、1984年のロサンゼルス五輪である。大会委員長のピーター・ユベロス氏による巧みな戦略にもあって、五輪の商業化が本格化したと言われているが、実は開催にあたり立候補した都市がロサンゼルスだけであったことはあまり知られていない。華やかだった1984年ロサンゼルスオリンピックの開会式(共同) 76年のモントリオール五輪で、モントリオール市が抱えた莫大(ばくだい)な負債がその後の立候補都市の減少に拍車をかけた。そのような買い手市場で、ロサンゼルス市は赤字が出た場合には、IOCに補償させる取り決めを行ったのである。 IOCのさらなる変革が期待される中、札幌や他の自治体がIOCの顔色をうかがって立候補に乗り出すことだけはあってはならない。

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    ウイルス戦争に終わりなし!五輪延期で「稼ぐ」逆転シナリオ

    平野和之(経済評論家) 東京五輪・パラリンピックがおよそ1年延期されることが決まった。ただ、安倍晋三首相が、新型コロナウイルス禍をめぐり「長期戦」を強調した中で、この「1年延期」について懐疑的な人も多い。経済的な打撃が避けられないとはいえ、なんとか中止を免れた東京五輪だが、この未曽有の危機に日本はどう対峙すべきなのか考えたい。 関西大名誉教授の宮本勝浩氏といえば、スポーツ経済効果測定に定評がある。彼が、東京五輪中止の経済損失は4・5兆円、延期でも6400億円の経済損失が発生すると分析し、先日報じられたが、これには、当初の予定通りの「強引開催」の損失提示がなくイマイチしっくりこない。 本来は「中止」「延期」「強引開催」という三つの比較があってしかるべきであり、まず、これら3パターンで比較検証してみよう。 東京都が誘致段階で出した試算は、「コンパクト五輪」で事業予算3千億円、経済効果は10年で3兆円だった。ところが、事業予算が膨れ上がり、10倍に膨れ上がった。 たしかに、事業予算が3兆円なら3兆円以上の経済効果は見込めるが、3兆円を使って、経済効果が3兆円では意味がない。回収できない予算は、会社でいえば、工場を一つ1千億円で建てて、売上が1千億円で、結局利益ゼロみたいな話だ。 1千億円を回収しようとすれば、5年なら200億円、10年なら100億円といったリターンを生み出さなければ投資対効果は生まれないし、やる意味がない。 行政支出は単純に利益で回収する話ではないので、同じ土俵では語れないが、少なくとも事業予算があれば、経済効果は10倍程度必要というのが意思決定のコンセンサスである。 そして、東京五輪の経済効果を算定し直してみれば32兆円という見方もある。これはどれだけサバ読んでいるのかという額だが、効果の中身は、これらの行政財産が将来生み出すレガシー効果を加味したようだ。とはいえ、本来公共資産はレガシーコスト(負の遺産)を算出するのが基本である。※画像はイメージ(ゲッティイメージズ) 現実は維持費もかかる。新規の公共投資が、高齢化社会や人口減少社会でどのように推移するだろうか。そもそも行政には減価償却という概念も、将来の維持更新計画という概念もない。つまり、経済効果というもの自体、さじ加減でいくらでも増えるし、減るものでもあり、あてにならない。 こうした中で、五輪の経済効果は数兆円程度と試算した民間シンクタンクは多かった。損失は100兆円? 一般的に目に見える直接的な効果は、外国人客と日本人客の宿泊、交通費、グッズの売上などだ。五輪を見に行けない人は、大画面テレビを買い、スポーツバーに行くなど、である。見えない間接効果も多分にある。 例えば、派遣人材の需要が生まれたり、これらに従事する仕事が生まれたりする。さらに、グッズなら、原材料メーカーなどまでその効果の恩恵を受ける。 これらにメインスポンサーになる会社は、そのブランド力強化の効果が生まれ、スポーツ選手は、五輪が「展示場」となり、試合後にプロスカウトからのオファーが相次ぐなど報酬面なども増えるといった効果もある。 どこまで使うかはともかく、人それぞれである。広い意味でいえば、すでに五輪誘致が決まってから、ホテルの建設ラッシュや施設整備費では、建設業界は活況を呈していた。  今回の新型コロナウイルスの拡大が本格化した1月中旬の段階で、私は、五輪開催は現実的に見て厳しいとの考えを示していた。それは、1月17日に今年の「春節」(同月24~30日)に伴う外国人観光客の受け入れを決めた時点である。 五輪を成功させるためには、中国の習近平国家主席を国賓として招き、いまや外国人観光客の3割、今年は2兆円程度の効果を出してくれる予定だっただけに、受け入れ拒否はできなかったのだろう。それだけ、アベノミクスが失敗だということが証明されつつあった中では、なおさらである。参院決算委員会でマスクを付ける安倍晋三首相=2020年4月1日、国会・参院第1委員会室(春名中撮影) では、そもそも「コロナショック」の経済損失はどの程度になると考えればよいだろうか。私がこれまでにメディアで語ってきたのは、1月時点で50~60兆円だが、今、まさに、こうした次元になりつつある。今や、100兆円以上も視野に、想定する必要性がある。 予定通り、東京五輪を開催すれば、まず選手の強化ができないことに加え、外国人観光客が来ない。すべて「ゼロ」になる。宮本氏による中止の損失予測は4・5兆円だが、無理に開催した場合の損失は、4・5兆円では終わらなかっただろう。 なぜなら、効果は本当にゼロになるだけではなく、「コロナ放置国家日本」「隠ぺい国家日本」との批判が免れない。福島第1原発事故をめぐる放射能問題しかり、「原発はアンダーコントロール」も含めて信用度はさらに下がることになり、その損失は莫大になる。 ただ、中止の損失4・5兆円、延期で6400億円なら、延期開催の経済効果が、仮に当初の試算で5~8兆円とすれば、4~7兆円程度はあることになる。これはあくまでも開催年の効果であって、実際には、副次的な効果が加味されていない。「ショック」ではなく「心停止」 いまや世界的なパンデミック(広範囲に及ぶ流行病)、先進国はヘリコプターマネー(中央銀行が市中に貨幣を大量投入する)でアメリカが220兆円、日本も56兆円、世界中で1千兆円の財政出動でこれを食い止めようとしている。 今回のコロナ禍による経済は「ショック」ではなく、「心停止」であり、酸素を送るしかないのは一目瞭然だけに、妥当ではある。 新型コロナウイルス感染拡大のピークは4~5月、もしかしたら1年続くなどもありえるが、1年後に東京五輪を開催するなら、世界中は不況のどん底でも日本はヘリコプターマネーの五輪効果を来年享受できることになる。 とはいえ、本当は来年より2年後の方が危険度は低いと思うが、中国発のウイルス禍は今回の新型コロナウイルスに限らず、ネズミが媒介する病原体「ハンタウイルス」などもあり、いたるところに脅威が存在する。 これらのショックを踏まえれば、中国も「全治1年」とはいかないので、五輪開催は2年後としたいところだろう。延期した分、東京での「コンパクト五輪」から一転、「分散化五輪」にやり直すことも可能だ。 政治的思惑も見え隠れするが、東京のブランドを落とさずにむしろ再起をかける「ブランド・エクイティ」、グローバル都市間競争力を高める効果は、延期した場合の6400億円の損失を、他の国と都市が苦しんでいる分、吹き飛ばせるだろう。 そもそも論だが、経済効果を的確に算出するなど不可能なので、総じてどんぶり勘定で大体のイメージを描くしかないのだ。 今回の新型コロナウイルス禍を踏まえれば、次の五輪は、世界がウイルスと永遠に向き合う社会で行うこととなる。そうなれば、大規模な換気システムが必要になる。もし、カネがなければ扇風機を改良した換気システムを配置するしかない。マスク姿が目立つ通勤者=2020年3月、大阪市北区(安元雄太撮影) 噴霧式の加湿器に消毒剤となる次亜塩素酸を注入したものを街中に配置し、アルコール除菌だけでなく、飛沫感染防止のガラスを装備するなどしたオフィスに必要になる関連家具のほか、テレワーク、在宅医療、在宅教育などによる遠隔公共サービスといった次世代型装備の開発が求められる。こうした需要を踏まえ、企業が事業転換を図れば、当初予測していた経済効果をはるかに凌駕できるだろう。  要するに、日本は将来、「何で飯を食っていくか」という視点の転換が必要だ。当然、自動車産業だけでは飯は食えず、サービス、観光産業もウイルスにはお手上げである。ただ、よく言われるのは「ピンチはチャンス」だ。 本来は政治主導で食品衛生法などを改正し、新型コロナに関する「対策マニュアル」を法制化するなどすべきである。日本は、国民性と文化性、衛生感覚を活かせば、対「ウイルス禍」に役立つシステムなどをサービス化して海外に売るという一つの成長産業の起点にできる。 政策の本質を今回のコロナショックをきっかけに転換し、今年の財政出動は、環境公共投資を主としたグリーン・ニューディールならぬ、衛生公共投資の「クリーン・ニューディール」にフォーカスしてほしいものである。

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    東京五輪は「2年延期」がベストだったのか

    輪・パラリンピックは1年程度の延期が決まった。新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、IOC(国際オリンピック委員会)は予定通りの開催を断念。調整を行った上、近々にも新たな大会スケジュールを決定する見込みだが、とにかく難問は山積している。 現状で予想される新たな日程プランを複数出しながら施設の確保、宿泊及び輸送、スタッフとの契約延長など大会運営の根幹にかかわる事項一つひとつの見直しに日本側は着手。東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会が中心となって、これらの〝超難解なパズル〟を何とか組み立てるべく水面下で早くも動き出している。 日本政府の安倍晋三首相はIOCのトーマス・バッハ会長との電話会談を終え、東京五輪の開催時期について「遅くても21年の夏までに、ということで合意をしたところ」と述べた。今のところ、ちょうど1年延期となる2021年7月末の開催が濃厚とみられている。水泳、陸上の世界選手権とバッティングするが、いずれの大会主催側も要請があれば日程を変更する用意があるとの意思を表明済みだ。 2021年春の開催説もささやかれているとはいえ、真夏の酷暑を避けられるメリットだけで推し進める考えには同調できない。延期の期間が短ければ短いほど世界には新型コロナウイルスの脅威に対し、まだどうしてもさいなまれそうな雰囲気が漂う。 実は東京五輪に延期論が飛び交い始めた頃、大会組織委員会やJOC(日本オリンピック委員会)の中からは「1年延期」に難色を示す指摘も少なからず出ていた。その一派が声を大にしながら主張していたプランが「2年延期」である。 たった1年程度で新型コロナウイルスのパンデミックが沈静化し、WHO(世界保健機構)の終息宣言が見込めるとは到底思えない。だからこそ東京五輪に向けて2年延期の長いスパンを設け、史上最凶ウイルスの完全な撲滅に取り組むべき。あくまでも五輪開催は人類がウイルスとの戦いに勝利してからの話である――。その主張を終始一貫し続けていたのだ。 延期リミットとされ、最も実現の可能性が高い2021年夏の開催についても専門家の間では「たとえ、この頃であったとしても新型コロナウイルスの世界的に感染リスクが劇的な形で下がるかどうかは非常に不透明で難しい」と分析する向きがくすぶっている。東京五輪・パラリンピックの延期決定から一夜明け、日時が表示されたカウントダウンクロック 3月25日午前、JR東京駅前(原田史郎撮影) これまで2年延期派が懸念していたのは、2021年の春か夏に延期を決めたものの新型コロナウイルスの蔓延が治まらず、結局今年と同じように大会数カ月前で開催断念という最悪の流れにつながってしまうこと。もし、こうなってしまうと今度ばかりは大会の再延期が当然ながら絶望的になる。 ただでさえ現時点でも東京五輪の延期に伴う莫大な軍資金が必要とされているところに、一度ならず二度までも再延期によって多額のカネを要するとなれば日本はダブルパンチを食らって完全にパンクしてしまう。そういう背景を鑑みれば、東京五輪の2021年大会は開催前に不測の事態が起こったとしても「再延期」はまず不可能で「中止」とせざるを得ない可能性のほうが圧倒的に高いだろう。「1年程度の延期はどう考えても短過ぎです」 アスリートたちにとっても東京五輪の1年程度の延期は必ずしも全員が歓迎している決定事項ではない。新型コロナウイルスの悪影響が続けば、練習環境も整わず満足な調整は延々とできないままということになる。パンデミックに終息の見込みが立たない中、大会本番までのスケジュールには十分過ぎるほどの余裕があるわけでもない。 日本代表に決まっていない候補選手たちも本来であれば実戦を重ねた末に予選へ出場し、何とか夢の切符をつかみたいところだ。 だが政府や行政から出された自粛指令によって今も悶々とした日々を過ごしており、最長で来夏開幕となる東京五輪に向けたシナリオを組むメドすら立っていない。 その挙句、もし延期→中止のダブルショックを受けるとなると精神的に計り知れないほどの大きなダメージを彼らアスリートたちは被ることになるだろう。 おそらく、それはアスリート生命を揺るがせてしまうほどの致命的なものになってしまうはずだ。桜の花と台場の海上に浮かぶ五輪マーク  東京都港区(川口良介撮影) 団体競技で東京五輪の代表権獲得を目指す男子選手は「ハッキリと言いますが、僕は『2年延期』が希望でした。1年程度の延期はどう考えても短過ぎです」と言い切る。そして、こうも続けた。 「アスリートファーストとは言いますが、1年程度の延期に決まったことはどちらかと言えば日本政府や大会組織委員会の思惑のほうに重きを置いた結果なのかなという気がしています。もちろん、2年後になってしまったら今のレベルを保てないという代表選手が多く出てくることも当然でしょう。ただ、それでもコロナを封じ込めるために『1年程度』では、どう考えても足りないのではないでしょうか。そう思っている世の中の人はきっと多いと思いますよ。何となく見切り発車で延期し、結局中止になってしまったら元も子もないです」 コロナショックの勢いに歯止めがかからないことを考えると、明らかに短い1年程度の延期決定にはややギャンブル的な発想も絡んでいるような気がしてならない。

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    1964年の東京パラ 日本の障害者像と異なる外国人選手の衝撃

     いまでは「第2回パラリンピック東京大会」として知られている。現行方式とは異なり、事故による脊髄損傷などで下半身麻痺となった車椅子の人を対象とする国際大会だった。この1964年のパラリンピックについて、『アナザー1964 パラリンピック序章』を上梓したノンフィクション作家・稲泉連氏が迫る。 * * * 1964年のパラリンピックは、出場者や運営を支えた人々に、大きな刺激を与えた大会となった。会場で彼らが交流した車椅子の外国人選手たちの姿が、それまでの日本における「障害者像」とはあまりに異なっていたからである。 例えば、2人の日本人女性選手のうちの1人だった笹原千代乃氏は、「私なんかは日本人選手の中で、いちばんうつむいていたから、彼らの明るさが本当に不思議でねェ」と振り返る。 彼女がとりわけ興味を持ったのが、女性外国人選手たちの脚の美しさだった。脊髄損傷で車椅子の生活を送る人の脚は、どうしても痩せて細くなりがちだ。リハビリの概念が希薄だった当時は尚更そうだった。だが、オランダ人の女性選手たちの脚は太く、それがどうしても気になった彼女は、語学奉仕団の1人に通訳を頼んで話を聞いてみた。すると、ストッキングに綿を入れて綺麗に見せていると言うのである。「彼女たちはそんなふうにおしゃれにも気を使っていてね。それに、聞けばみんな結婚していて、子供もいて、家にはプールがあって、自動車を運転していて…と次々に言うの。私、驚いちゃって」 療養所や労災病院の「入所者」や「患者」だった日本人選手は体格も華奢で、会場ではうつむきがちの者がほとんどだった。 一方で上半身が見事に鍛えられた外国人選手たちは、弁護士や教師、官僚や音楽家といった専門職であることも普通だった。 腕の力でクルリと車椅子を回転させる様子や、ポケットから煙草を取り出して火を付け、実に洒脱な雰囲気で談笑する彼らの立ち居振る舞いは、1960年代に生きる日本人のイメージする「障害者像」を大きく覆したのだった。写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 別府の療養所から出場した近藤秀夫氏もこう振り返る。「とにかく、笑顔もなくぼそぼそと話す日本人選手と比べて、外国人選手たちは誰もが堂々としていました。その姿を見ていると、日本の施設の職員たちが言う『自立』と、彼らにとっての『自立』との間にはかけ離れた何かがあるんだ、と私は思ったものです。 今なら私もその理由が分かる。要するに、社会での生活を自分自身がコントロールしているという自信というのでしょうか。結婚もして、普通の人たちと同じように街の中で生きている、という自信のようなものが、彼らの堂々とした雰囲気の背景にはあったんですね」取材・文/稲泉連関連記事■1964年の東京パラリンピック出場者が振り返る当時の空気感■56年前聖火リレー走った三遊亭小遊三、面倒くせぇなと思った■東京五輪「1年延期」でメダル可能性高まる競技と選手は■稲垣吾郎と高橋尚子氏、パラリンピックイベントで見せた表情■介護業界で働く北原佐和子 女優との共通点について語る

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    五輪延期でどうなる? スポンサー契約、森氏去就、嵐の活動

    サー企業も対応に追われる。「IOCからの正式な連絡が来ていないのでコメントできない」(ワールドワイドオリンピックパートナーのパナソニック宣伝広報部)と、様子見の姿勢だが、あるスポンサー企業の関係者はこう打ち明ける。「スポンサー契約は今年12月で切れるため、来夏開催だと追加の契約料が発生するかもしれない。CMは撮り直さずに使い続ければいいが、出演タレントとの契約延長が必要です。支出がどれほど増えるか、現時点では見当もつかない」 そんな中で最も注目されているのがアイドルグループ・嵐の去就。NHKの東京五輪スペシャルナビゲーターを務めているが、昨年1月、「2020年12月31日をもって活動を休止する」と発表している。五輪とともに嵐の活動も“延長”されるのか。「NHKは会見で変更する考えはないと発言したが、問題はメンバーのモチベーション。芸能界を見渡しても代わりになる存在はいないだけに、もうひと頑張りしてもらうしかないのでは」(芸能評論家の三杉武氏) 活動休止も“延期”となることを期待する声は大きくなりそうだ。関連記事■4月から事実上の「首都封鎖」、その先に待ち受ける事態は?■安倍首相別荘訪問者 小泉、森、榊原に加え“悪だくみ”人脈も■田嶋幸三氏のコロナ陽性発覚で「妻ルート」が心配される理由■韓国で「放射能五輪」キャンペーン 2020年の日韓関係は■昭恵さんに呆れる安倍首相「離婚できるならとっくにしてる」

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    結局カネの懸念だけ、東京五輪「中止か否か」議論の前にやるべきこと

    武田薫(スポーツライター) 7月24日開催予定の東京オリンピックは、新型コロナウイルスの感染拡大によって中止か否かの瀬戸際に立たされている。 残るは4カ月。森喜朗組織委員会会長をはじめ、橋本聖子五輪担当相、小池百合子東京都知事らは「開催以外の選択肢は考えていない」と強調するが、猛威を振るうウイルスの正体がつかめないのだから、「やる」という心意気だけを聞かされても始まらない。 ただ、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が「開催する」と言い続けることには、それなりの意味がある。 オリンピックは過去3度中止した。1926年のベルリン、40年の東京(代替地ヘルシンキも)、44年のロンドンはいずれも大戦によって中止に追い込まれたのだが、これらも大会回数に加えられている。オリンピック運動の本質が選手のパフォーマンスよりも、開催自体に存在意義を置いていることを示唆したものだ。 古代オリンピックがそうだったように、近代オリンピックも大会中は武器を置くという「平和的機関」としての絶対的意義。「今年は都合が悪いから来年に」という相対的な姿勢は、少なくともこれまではとってこなかった。延期という選択肢はなく、残された時間、IOCはギリギリまで開催に向け努力するだろう。 1908年にはローマ開催の予定が、ベスビオ火山の噴火で半年前にロンドンに移されている。ロンドンは近代スポーツの発祥地、まして2大会前に開催しているから、いつでも受け入れは可能だが、今回のウイルス禍は汎地球規模だから会場変更で片付かない。「やる、やらない」という仮定の話より、もっと論議することはあるように思う。 今回の東京オリンピックの最大の課題は、アマプロ問題と考えてきた。オリンピックは84年のロサンゼルス大会でオープン化に踏み切ってアマプロの垣根をとり払った。 ところが、アジア域でリーダー的存在のわが国では、伝統に脚を取られて改革が進まず、いまだにアマチュアリズムが4年に1度だけプロ集団を統括するような変則の形態が続いている。最近も曖昧なアマプロ関係を露呈した例があった。東京五輪に向け、聖火を採火する巫女姿の女性(右手前)=2020年3月、ギリシャ・オリンピアのヘラ神殿(代表撮影) 3月6、7日に兵庫県三木市でテニスの国別対抗戦デビス杯のプレーオフが行われ、日本はエクアドルに3連敗し、ファイナル出場権を失った。課題山積の「選考」 エースの錦織圭が故障明けで戦えないのは分かっていても、格下相手の鉄板試合とみられていたが、第2エースの西岡良仁が直前に渡米し、日本はいわば「飛車角」落ち。西岡の離脱は、新型コロナウイルスの急速な感染拡大によって次のツアーの主戦場である米国本土が封鎖される恐れがあったからだ。 しかし、事情はエクアドル代表も同じである。日本がリスク回避をし、相手はリスクを背負って乗り込んだ―その気持ちの差がはっきり出た。 デ杯を統括する日本テニス協会強化本部は「今年から個人戦を優先させる」(岩渕聡監督)方針に切り替えた。それでも、デ杯は日本のテニスの屋台骨であり続けただけに勝ちたかったが、ここにもう一つ、オリンピックという踏み絵があった。 テニスの場合、オリンピック出場には世界ランク60位内を確保しておく必要があり、西岡はその時点で48位。デ杯の日の丸を捨てて個人戦優先(ランキング)という背後では、オリンピックの日の丸が密着し「(西岡の離脱は)オリンピックのことも考えてくれてありがたかった」(土橋登志久強化本部長)という複雑な心境があった。 日本オリンピック委員会(JOC)から協会への助成金は代表成果に比例し、強化本部のスタッフのほとんどがJOC派遣コーチ、ツアー経験者はいない…。残れとも、行けとも、どちらとも言えない指揮系統。代表としても結果を出したい選手たちが、アマプロの垣根を挟んで、糸の切れた凧(たこ)のような状態になっている。 マラソンでも同じようなことが起きている。オリンピック代表を決めるマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)は話題を呼んだ新方式だったが、多くの問題も残した。マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)でスタートする(左列手前から)大迫傑、設楽悠太ら=2019年9月、東京・明治神宮外苑(代表撮影) 暑さの残る9月15日、本番とほぼ同じコースでの一発勝負はいいアイディアと思われたが、MGC予選が終わったところで腰を抜かした。世界陸連(WA)が出してきたオリンピック参加標準記録が、前回リオの2時間19分を大幅に縮めた2時間11分30秒(男子)だった。 MGCの予想記録は、暑さを勘案して2時間12分前後、〝一発選考レース〟で代表が決まらないという惚けた可能性が出てきた。3カ月後にどうにかMGC5位までの代表入りを認めさせたが、世間知らずを露呈した。国内人気に目を奪われ、海外マラソンが厚底シューズで大幅にスピードアップしている現実を知らなかった。経済の担保はない五輪憲章 確かにマラソンは日本のお家芸だった。60年代前半、2時間20分を切ったランナーがアメリカの1人に対し、日本には30人近くと、現在のケニアの様相を呈していた。 マラソンを支えたのが、戦後に誕生した実業団という形態だ。米国の奨学生制度、社会主義圏の公務員アスリート(ステートアマ)に対峙させたシステムは、戦後の日本のスポーツを飛躍的に強化普及させ、海外選手がうらやんだ。 ところが、91年の世界陸連理事会で胸ゼッケンの社名は広告、実業団はプロと規定された。かつて瀬古利彦を脅かした中山竹通(たけゆき)は「ぼくはプロです」とコメントしてコーチに叱られたそうだが、アマプロ論議をスルーしている内に、マラソンはアフリカ勢によるプロランナーの世界になった。 国内大会に招待されたケニア勢にとってペースメーカーは引っ張る役目ではなく前半を抑える役目。アマチュアに構っていられないと、自分たちで別のレースをしている。 賞金の多寡はあれ、84年以降、あらゆる競技がプロ化を進めてツアー、リーグ、世界選手権などが発展した。陸上競技の現在の世界記録はほとんどオリンピック以外で作られたものだ。 オリンピックの名誉に変わりはないとはいえ、4年というオリンピック単位がまどろっこしくなっているのも事実だ。話は戻るが、そうしたそれぞれの競技日程の点からもオリンピックの延期は難しいことになる。 プロとはカネの話しだけではなく職業意識だ。スポーツはいまや社会生活に欠かせないリフレッシュ機関であり生活風景となっている。 国際大会だけでなく日本独特の大会もあり、箱根駅伝、高校野球、インターハイは今も若いアスリートたちの目標だが、図らずも新型コロナウイルスの急速な伝播が示したように、いまやスポーツも日本国内の規範だけで話しは留まらないところにきている。お台場海浜公園で水上に設置された五輪マークのモニュメント=2020年1月 オリンピックを「やるか、中止か」の議論を聞いていると、話しはまるで経済問題である。オリンピック憲章は経済を全く担保していない。この機会に、アマプロ論議を一歩でも進めないかぎり、スポーツはわれわれの実感から少しずつ遠ざかっていくのではないか、それが心配だ。

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    新型コロナ対中「情報戦」 懲りずに敗北を繰り返す気か

    (人種差別主義)に結びついてしまうほど感覚的、感情的なものなのだ。もちろん、そのような国に虎の子の「オリンピックアスリート」を送りたい国はない。 果たして、日本はどのような経緯をたどったか。2月26日、安倍晋三首相は人が大勢集まるイベントの自粛や延期を、27日にも全国の公立小中高学校の休校などを含む感染拡大阻止行動を国民に要請した。 現在の日本はアウトブレイク(流行)直前の武漢そっくりであり、このままでは武漢と同様の状況に陥る可能性もあるという。それを阻止する最後のチャンスが2週間程度の全国的な活動停止というわけだ。新型コロナウイルス感染症対策本部会合で発言する安倍首相。中国、韓国からの入国者に指定場所での2週間待機を要請すると表明した=2020年3月5日 当然ながら、「唐突過ぎる」という批判を呼んでいるが、私はやむを得ないと思う。ここまできたら、それぐらいやるしかない。武漢と同じ状況に陥ったら完全にジ・エンドだ。 だが、強い違和感はある。初期段階の楽観論は何だったのだろう。インフルエンザと同じように対処すれば十分だという話は何だったのだろうか。手洗いとうがいで対処できるはずではなかったのか。気が付けば「尻に火」 楽観論を広めて国民に「慌てるな」と言い、目先の中国人観光ビジネスを守っておいて、今になって1億総開店休業しろと言うのか。まるで下手な戦闘を重ねた揚げ句に「本土決戦」「一億玉砕」を迫った旧軍部のようではないか。 今ごろになって、ウイルスの本当の危険性を悟ったのか。危機管理としては「下策」のそしりは免れない。初期段階で全力を尽くしていれば、このような事態は避けられたかもしれない。 予想される経済的損失は中国インバウンド(外国人訪日客)どころの話ではない。あの中国がだてに1千万都市を完全封鎖するわけがないではないか。備蓄のマスクや防護服を送っている間に、気が付けば自分の尻に火が付いてしまった。 そして驚くべきことに、全国民に自己犠牲を強いながら、中国からの入国を全面禁止しなかった。これは人数の多寡の問題ではなく、道義的な問題だ。こんな理不尽な仕打ちを受けてもメディアも野党も攻撃せず、暴動も起きない国は日本ぐらいのものだろう。 さらに驚くべきは中国の態度だ。日本と韓国が「中国忖度」を続けるうちに、山東省威海市と北京市が逆に日韓からの入国者全員を14日間隔離するという措置を打ち出した。今や危険なホットスポット(高感染地域)は日韓に移り、他国に感染を拡大させるリスクも中国より高いと言わんばかりだ。 それでいて、中国は日韓への支援を惜しまないという。中国の電子商取引(EC)最大手、アリババグループ創業者の馬雲(ジャック・マー)氏は、日本に100万枚のマスクを送ると表明した。もちろん、巧妙に計算された情報戦だ。今や、世界に迷惑をかける「厄介者」は、日本、韓国、イタリア、イランなどで、中国は慈愛の精神で助ける側に回った「正義の国」というわけだ。 日本の経済的凋落(ちょうらく)は周知の事実だったが、それでも日本は勤勉で、危機管理能力が高い国だと信じられていた。しかし、今回の一件で、実は危機管理能力が極めて低く、中国の属国化した国だとの印象を広げてしまった。国民の命よりも中国の意向を優先したのだ。 この情報戦大敗の構造は、南京大虐殺や慰安婦性奴隷、朝鮮人労働者強制連行の諸問題と全く同じだ。世界がどう受け止めるか、どのような印象を持つか、自国に有利に導くにはどうするべきかを常に考慮して総合的政治判断を下し、即時実行する能力が欠落しているのだ。そして、そんなことには頓着せず、中国にとことん媚びる人間が政権の中枢や霞が関に侵入している。新型コロナウイルス感染拡大の影響で閑散とする成田空港の出発ロビー=2020年3月6日 今から少しでも挽回するためには、中国と韓国からの入国者に2週間の待機を要請するだけではなく、中韓からの入国を全面的に制限すべきだ。 そして、GDP(国内総生産)を大幅に落としてでも日本列島を「開店休業」状態にするからには、たとえ世界がパンデミックに陥っても感染者数と死亡者数を低く抑え、時期をずらしてでも五輪開催を実現することだ。世界の目にはっきりと見えるアクションで結果を出す、それしかないと断言する。

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    コロナショック直撃、救えるのは日銀の「非公式見解」しかない

    をめぐるものだ。中でも、嘉悦大の高橋洋一教授は最も悲観的な予測を提示している。 高橋氏によれば、国際オリンピック委員会(IOC)が開催するか否かの判断時期を5月中に設定する場合、WHOの終息宣言は少なくとも5月下旬がリミットになるが、それまでに本当に終息するかどうか微妙だ、という。もし、東京で開催しないと決定されれば、その経済的影響は計り知れないというものだ。下げ幅が一時1000円を超えて急落した日経平均株価を示すモニター=2020年2月25日午前、東京・八重洲 ただ、高橋氏の「悲観シナリオ」はあくまで一定の前提の上での話であることに注意が必要だろう。WHOや各国政府の終息宣言がいつ出されるか、まだ全く不確定な話でしかないからだ。 五輪やサッカーのワールドカップといったスポーツのビッグイベントの経済効果を、よく言われるようにインバウンド(外国人観光客)消費の増加や公共事業による経済浮揚効果に限定するのは、正しくはない。ビッグイベントに伴うインフラ整備は、開催までにそのほとんどの「経済効果」を使い切っている。あとは、その既存設備がどのように活用され、社会資本として機能していくかだけになる。「三重苦」への経済対策は インバウンド消費も直接面だけを見るのは妥当ではない。五輪などの一時的な観光客増を嫌って、人々が他国や地域に観光に出掛けるかもしれないし、違う形態の消費におカネを使うかもしれない。つまり、混雑効果を考慮しなくてはいけなくなる。 ある実証研究では、五輪の経済効果は、開催国の国際的な信頼性を上昇させることで輸出が増加する効果として現れるという。他方で、五輪などのビッグイベント自体の経済効果よりも、金融政策などのコントロールがうまくいっている方が重要だ、という実証もある。 仮に、高橋氏の悲観シナリオが不幸にして成立してしまえば、日本の「国際的信頼」は毀損(きそん)され、輸出にも影響を及ぼすかもしれない。他方で、増加が見込まれるインバウンド消費や五輪を当て込んだ国内消費や投資などは大幅に失われる。 今回の新型コロナウイルス問題以前に提起されていた東京五輪による経済効果の各種推計を読み解くと、既に2020年は各種インフラ整備への支出はほぼ終わっているため、キャンセル効果は大きくない。インバウンド消費が3~4兆円、国内消費も1兆円程度が失われる。 ただ、本当に「失われる」かどうかは分からない。先ほど簡単に例示したが、五輪の混雑を忌避する観光客の消費増が国内外から発生するかもしれない。もっとも、これも新型コロナウイルスの風評被害がゼロであるという前提に立っている。 新型コロナウイルスの感染拡大が収まらないことで、五輪が中止になれば、日本の「国際的な信頼」が毀損されるだろう。「観光立国」というブランド(があるとして)も大きく低下するかもしれない。 いずれにせよ、上述の悲観シナリオの当否は取りあえず別にしても、「景気下降局面」プラス「消費増税」プラス「新型コロナウイルス」の「三重苦」に対応する経済政策が必要になる。現在の国会で審議されている補正予算だけでは不十分だ。都庁で行われた記者会見で新型肺炎の東京五輪に対する影響について説明する東京都の小池百合子知事=2020年1月31日 では、どのくらいの規模が必要だろうか。現在、審議中の補正予算案は4兆3千億円程度でしかない。これではおそらく「三重苦」の「景気下降局面」プラス「消費増税」、二つの悪影響の、それも3分の2程度しか打ち消すことができないだろう。 やや粗い計算になるが、公表されている日本銀行の需給ギャップ(国内総生産=GDP=ギャップ)推計を利用してみよう。 日本経済の潜在GDP(資本や労働が完全利用されている水準のGDP)と約530兆円ある現実のGDPとの開きは、2019年の第3四半期でプラス1・02%と3四半期連続で悪化していた。この状況に「消費増税ショック」がのしかかるが、14年の増税並みと仮定すると、日銀推計のGDPギャップはおそらくマイナス域に限りなく接近するか、場合によっては小幅マイナスになるだろう。消費増税ショック再び? 「マイナスといっても、小幅だからいいじゃないか」という話ではない。次期日銀審議委員に決まったエコノミストの安達誠司氏が以前指摘していたが、日本経済がデフレ脱却に最も近づいたころが2018年秋ぐらいまでだ。その時期の日銀推計のGDPギャップは2%超だったが、この水準(以上)を目指さなくてはいけないからだ。 仮に、新型コロナウイルスの経済的影響を14年の消費増税ショック並みと見れば、上述の「三重苦」でGDPギャップは最悪マイナス1%近くまで落ち込む。要するに、消費増税が半年足らずの間に2度やってくるようなものだ。 これを打ち消すには、現状の19年補正予算4兆3千億円に加え、6兆円以上の新たな補正予算が必要になるだろう。さらに2018年秋レベルのデフレ脱却可能な水準にまで引き上げるには、さらに6兆円以上の補正予算が求められる。新型コロナウイルスの影響次第だが、補正予算ベースで総額16兆円規模になる。 これらは粗い計算ではあるが、一つの目安ぐらいにはなるだろう。「デフレ脱却を後回しにして、取りあえず経済を『三重苦』から脱却させろ」というせっかちな(愚かな?)要求ならば、10兆円程度になる。新たな補正予算には6兆円超が確実に必要というわけだ。 日銀の政策委員会にはいわゆるリフレ派が3人いる。現状では、若田部昌澄(まさずみ)副総裁と片岡剛士審議委員、そして原田泰審議委員だ。原田氏に代わり、3月26日からは安達氏が委員に就任する。 政策委では、金融政策決定会合で反対票を投じる片岡氏と原田氏がしばしば注目される。しかし、両氏以上に重要なのが、若田部氏の「隠れたメッセージ」を解読することだ。 総裁、副総裁2人から成る執行部は意思統一を強く求められるため、日銀の「公式見解」とずれる内容をなかなか言いにくい。だが実は、若田部氏は読む人がしっかりと読めばわかる大胆な提案を、講演や記者会見で発言している。青森市で記者会見する日銀の若田部昌澄副総裁=2020年6月 最近の講演では、やはり彼が政府と日銀の協調を提起しているところがツボである。黒田総裁なら、しなびたミカンの皮程度のことしか言わないものだ。 日本銀行が大規模金融緩和を継続するもとで、経済情勢に対応して機動的に財政政策が運営されることは、金融緩和と財政刺激の相乗作用を高め、景気刺激効果をより強力なものにすると考えています。一般に、政府が国債増発を通じて政府支出を増加させると、長めの市場金利に上昇圧力が加わり、これが次第に民間投資などを抑制するメカニズムが働きます。これに対して、政府支出が拡大するもとでも、中央銀行が市場金利の上昇を抑制すれば、民間投資などへのマイナスの影響は限られ、景気刺激効果の強まりが期待できるということです。若田部昌澄「最近の金融経済情勢と金融政策運営」2020.02.05 若田部氏のメッセージを実行する、このことが何よりも求められるのである。

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    ゴーン逃亡を許した日本、東京五輪「テロ対策」の盲点はここだ!

    ては、少なくとも事前防止には全責任を持ち、他の省庁を調整するようにしてはどうかと自著『2020年東京オリンピック・パラリンピックは、テロ対策のレガシーになるか?』(近代消防社)で提唱させていただいた。 内閣府には他の省庁に対する勧告権と呼ばれる強い権限がある。例えば警察と国交省、税関と入管の常時の協力もさせやすい。事態室にも勧告権はあるのだが、最大160人が他の業務もこなしながらでは常時のテロ防止は簡単ではない。 内閣府の防災担当が十分に機能していないと言われているが、それは人材不足が原因と思われる。セキュリティ幹事会に関係したような優秀な人材が内閣府に集まれば、事情は変わってくると思う。 しかし、今のところ、そのような話は全くないようである。今回の東京五輪開催時には内閣官房というか首相官邸に「セキュリティ調整センター」が置かれ、首相官邸の地下にある映画『シン・ゴジラ』に出てくるような危機管理センターで、競技場の中に設置された監視カメラの映像だけは、テロなどが起これば、首相が指揮を執るために確認できるようである。だが、街中のソフトターゲットで重大テロが起きても、それを首相が確認できる術はない。 9・11以降の米国であれば、各地方自治体が設置した危機管理センターを通じて、必要なら大統領が、そのような映像を確認することもできる。今回も競技場内に関しては、オリンピック組織委員会や警察を通じて、首相官邸に映像が送られるのである。 これをレガシーとして各都道府県庁などに危機管理センターを設置し、そこが米国と同様に警察も消防も、その他の関係機関にも采配を振るい、また各機関が街中に配置したカメラの映像も、必要なら確認できる。さらに必要なら首相官邸でも確認できるといったシステムも2025年の大阪万博までに整備できないだろうか。首相官邸の外観=東京都千代田区(宮崎瑞穂撮影) ただ、これは日本では難しそうだ。戦前以来の経緯もあって、自治体は旧自治省(総務省)の出向者や補助金を受け入れ、各道府県警は警察庁から同様に受け入れている。消防は基本市区町村のものである。私もいろいろと取材してみたが、どこでも道府県庁と警察の協力はスムーズではなさそうだ。 しかし、建前としては、道府県警(東京都の警視庁を含む)は都道府県のものである。つまり予算は都道府県からくるものが大部分だ。そこで地方の自治体では、道府県警の予算も十分ではなく、警察官の数も不十分なところもあるらしい。大きな日米の意識の違い いま警察庁は全ての警察に、ホテル従業員らに爆発物のにおいを嗅がせて似たにおいを嗅いだら直ぐに警察に通報するよう指導をしている。だが、警察官の人員の関係でできていない警察もあるのではないかと私は危惧している。 そもそも最近の若者は、危険な業務を嫌う以前に、警察に任官された後、県内レベルであっても転勤を嫌がって、市役所を受験する傾向があるという。日本人に自らのコミュニティを守る意識が不足しているのである。 一方で、アメリカには自らのコミュニティを守るためのボランティア団体が多い。それも危機管理センターなどと協力している。日本の消防団より幅広い活動ができるので、若者が関心を持ちやすく参加も多い。日本の消防団の参加者が減り続けている理由の一つは「消防」という狭い業務に集中し過ぎているからではないか。国民保護法ができたときに一度は警察や自衛隊との協力で業務の幅を広げる話が出ているはずである。 そのようなボランティア活動が活発になれば、国民の危機管理意識も少しは高まることも期待できると思う。 このように考えてみても総務省、消防庁、警察庁さらには学校(若者のボランティア)、国土交通省(国道事務所や河川事務所)まで横から調整し、各自治体に予算や人事、政策の観点から危機管理センターを作らせるようなテロ対策本部が、やはり内閣府にあった方がよいように思う。 それができれば道府県庁や警察、消防その他への補助金も、使い道によって統一できる。中央の国交省、警察庁、法務省、税関などの予算も使い道によって統一し、同じ機材や情報を使うようにすることもできる。 つまり、テロ対策本部を作ることは行革に逆行しない。予算などの重複をなくすことで、むしろ促進する。既存の内閣府防災担当と合併してもよい。そこが予定通りに機能していないと批判されるのは人材不足が原因で、それはセキュリティ幹事会に関わったような人材が内閣府専従になれば解決することは前述した。テロによる爆発現場から放射線が検出された想定で、防護服を着た隊員による負傷者の救出訓練が行われた=2019年6月、成田空港(城之内和義撮影) このように考えると災害大国日本にとっては、そのようなテロ対策本部を内閣府に作ることは、テロだけではなく災害の対策のためにも、非常に有用なはずだ。実際9・11以降に米国が作った国土安全保障省は、こうした役割を果たしている(前述のCBPもそこに所属している)。これに関しては自著『911から311へ―日本版国土安全保障省設立の提言』(近代消防社)の中でも詳述させていただいた。 くり返すが、以上のようなことは政府内で話題にも上っていない。東京五輪を契機に真剣に検討されることを望みたい。 【イベントのお知らせ】執筆者の吉川圭一氏が代表を務めるグローバル・イッシューズ総合研究所と一般財団法人尾崎行雄記念財団の共催(協力/産経デジタル「iRONNA」、近代消防社)によるパネルディスカッション「阪神大震災と地下鉄サリン事件から25年-あの時、何が起こったか?あれから何が変わったか?」が、1月21日(火)午後6時~8時に、憲政記念館(東京都千代田区永田町)で開催されます。パネラーは自衛隊元高官の松島悠佐氏と濵田昌彦氏で、日本の危機管理の課題などについて問題提起します。参加費は2千円(当日受付にて)。参加希望者は、氏名・所属・電話番号を「info[a]ozakiyukio.jp」へ電子メールでお送り下さい([a]をアットマークに置き換えてください)。メールで申込み頂いた時点で受付完了となり、財団などから確認の連絡は致しません。急遽中止など緊急の場合のみ連絡致します。

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    東京五輪王者を狙う「インテリジェンス」ボクサー、成松大介の実力

    ることになったが、その過程で「ボクシング競技実施」について審議がなされた。  五輪競技への採用は国際オリンピック委員会(IOC)総会で決定され、その基準はオリンピック憲章に定められている。その中の「国際競技連盟の統治能力に問題がある場合、その競技のオリンピック除外があり得る」という部分にボクシング競技は抵触してしまったのだ。  以前から、統括団体の国際ボクシング協会(AIBA)の審判の選任方法や、財政面の不透明をはじめ、会長が「麻薬に関わる重要人物」として指摘されるなど、協会の不祥事が続発していた。  そのためIOCは、組織運営や財政、審判の不正などで問題を抱えているAIBAに承認団体の資格停止処分を科した。これにより、ボクシング競技の実施が危ぶまれたが、IOCのバッハ会長は「選手の夢を担保したい」と述べ、AIBAではなくIOCの特別チームが主体となって、東京五輪でのボクシング競技実施を決定した。 関係者の間でも、ボクシングの東京五輪開催について不安を抱いていただけに、筆者も含めて胸を撫でおろした。  当然だが、アマチュアボクシングとプロボクシングは、別団体が運営している。しかし、アマで経験を積んだ選手が、プロ入りするケースが多いため、アマの競技衰退は、そのままプロボクシングにも影響する。それだけに五輪競技に採用されたことの意義は大きい。  ボクシングは、プロの頂点が世界チャンピオンになるが、アマチュアの頂点は五輪の金メダリストになる。プロの世界チャンピオンは、1952年に世界フライ級チャンピオンに輝いた白井義男を筆頭に、これまで92人誕生している。だが、五輪でメダルを獲得した選手は以下の5人だけだ。・ローマ(1960年)田辺清(フライ級)銅 ・東京(1964年)桜井孝雄(バンタム級) 金・メキシコシティ(1968年)森岡栄治(バンタム級) 銅 ・ロンドン(2012年)清水聡(バンタム級)銅 村田諒太(ミドル級)金ロンドン五輪のボクシング男子ミドル級決勝で優勝し、表彰式で金メダルを披露する村田諒太=2012年8月、英ロンドンのエクセル(代表撮影) このように振り返ると、五輪でメダルを獲得することの難しさが分かるだろう。そもそも出場するには、国内で勝ち抜き、さらにアジア予選を勝ち抜く必要がある。 プロとアマの違い アムステルダム大会(1928年)からリオデジャネイロ大会(2016年)まで、日本代表として出場した選手は77人。 現在プロで活躍している、3階級王者の井上尚弥、4階級王者の井岡一翔も、予選で敗退し出場権を逃しているのだ。 プロの世界で世界チャンピオンになる以上に、五輪に出場するのは非常に難しい。   一方で、プロボクシングとアマチュアボクシングは別競技ともいえる。大きな違いは「競技時間」だ。プロの世界戦の場合、3分12ラウンドの長丁場になる。それに比べてアマチュアボクシングは、3分3ラウンドと短い。陸上競技で言えば「長距離走」と「短距離走」ほど違う。  筆者はどちらも経験しているが、競技時間によって変わるのは、まず「戦い方」だ。プロは長いため、考えながら戦い方を組み立てられる。前半、中盤、後半で状況が変わるため、状況に合わせた戦略が必要になる。 アマチュアは時間が短く、展開が非常にスピーディーだ。ある程度自分が勝てるスタイルで臨む必要がある。また、プロのように事前に対戦相手が分かるわけではなく、トーナメントが発表されて初めて対戦相手が発表される。  そのため、どのような相手にも対応できる、適応力が求められる。他にもトーナメント制で連戦が続くため、体重調整のコントロールスキルも必須だ。プロの場合、前日計量の1回となるが、アマチュアは試合ごとに計量があるため、大幅な増量はできない。  階級の数もプロはミニマム級からヘビー級まで17の階級に分かれているが、五輪では、フライ級からヘビー級まで8階級と少ない。 では、注目される今回の東京五輪の代表はどうか。まず、日本には開催国枠がある(男子は4階級、女子2階級)。現段階では、まだ正式な代表選手は決まっておらず、これからアジア予選に向かう。  国内の男子代表決定戦は、昨年11月に全日本選手権が行われ、優勝者は下記の通りだ。・フライ級(52キロ)田中亮明(25歳=中京学院大中京高教員) ・フェザー級(57キロ)堤駿斗(20歳=東洋大) ・ライト級(63キロ)成松大介(29歳=自衛隊体育学校所属) ・ウェルター級(69キロ)岡澤セオン(23歳=鹿児島体育協会) ・ミドル級(75キロ)森脇唯人(23歳=自衛隊体育学校所属) ・ヘビー級(81キロ)梅村錬(22歳=拓殖大) 優勝してポーズをとる(左から)田中亮明、堤駿斗、成松大介、岡沢セオン、森脇唯人、梅村錬=2019年11月、阿久根市総合体育館 この中でも、注目となる日本人選手は、成松大介だろう。成松は、リオ五輪のライト級(60キロ)で出場。2018年度アマチュア部門最優秀選手賞の実績を持つ。 昨年11月に行われた、東京五輪の予選代表選考会を兼ねた全日本選手権では63キロ級で優勝し、優秀選手賞にも選出されている。期待できる複数メダル 20代前半の選手が活躍する中、ベテランとして君臨しており、成松のボクシングは、長いキャリアを活かした安定感のあるボクシングだ。加えて、相手によって戦い方を変えられ、自分のペースに持ち込む能力が高い。  成松が所属している自衛隊体育学校でコーチを務め、ロンドン五輪代表の須佐勝明氏は、「インテリジェンスのあるボクサーで全体のバランスもよい。ポイントの取り方もうまく、印象のよいパンチを打つ」と実力を高く評価しているほどだ。実際、国内では負けなしで、もっとも安定感がある王者といえるだろう。 今回の東京五輪では、判定の透明性を高めるため5人のジャッジの採点をラウンドごとに公開し、優勢の選手に10点をつけ、相手に9点以下をつける。これについても須佐氏は「審判への見せ方上手い。要所要所でしっかり抑えて、10-9の採点で10をつけてもらえるような安定感のある戦い方をしている」と話していた。  成松に限らず、代表選考に残った選手は、男女ともにレベルが高い。強化合宿などを通じて、選手たちにはこれまで以上にレベルアップすることだろう。 東京五輪は自国開催ということもあり、当然だが、選手たちの士気は高い。ボクシング連盟やコーチ陣も、選手たちをサポートするための取り組みを積極的に取り入れている。一昨年前から特別コーチとしてウラジミール・シン氏(ウズベキスタン)を招聘した。ウズベキスタンは、リオ五輪で金メダルを含む7つのメダルを獲得し、国別対抗でも1位の強豪国だ。  日本ボクシング連盟副会長の菊池浩吉氏は、トップアマのコーチを呼んだことによる 変化について「影響力がものすごい。技術面や気持ちの面で全体的に向上した」と話している。 ライト級1回戦でサウジアラビア選手(左)に判定勝ちした成松大介=2019年9月、エカテリンブルク(共同) 日本選手団は、日本とカザフスタンで合宿を行い、2月のアジア・オセアニア予選に臨む。 先日、国内の選考会を視察に行ったが、国内で優勝した選手から「予選を勝ち抜き、自力で五輪出場を獲得する」と頼もしい声が聞けた。  アマチュアボクシング改革も大きく進んでいる。その集大成として、大舞台となる東京五輪での複数メダル獲得に期待したい。 

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    「禁煙五輪」パニックは防げない?

    来夏の東京五輪・パラリンピックは「タバコのない五輪」として、関連施設が原則全面禁煙となる。世界標準に照らせば、常識になりつつあり、当然の措置といえるだろう。とはいえ、そもそも五輪はあらゆる価値観を持つ国や地域が参加するだけに、分煙さえ許さない排除は混乱や対立を招きかねない。改めて禁煙問題を考えたい。

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    多様性を排除する「タバコのない五輪」に異議あり

    とに不公平さを感じます。喫煙環境の排除ではなく、分煙設備を設けることを望みます。アスリートに限らず、オリンピックを楽しむ観客も、同時にタバコを楽しむ設備があってもよいではないですか。 もちろん、タバコが身体に悪いことをしっかりと伝えることは必要です。また、喫煙者の周りにいる人が受動喫煙による健康被害を受けるリスクも伝える必要があるでしょう。しかし、身体に悪いことは基本的に気持ちがいいのです。そんなリスクを承知でタバコを吸う人に対し、東京五輪の対応はあまりに酷です。だから僕は「タバコのない五輪」といったキャッチフレーズには大反対です。 僕の趣味はトライアスロンです。泳いで、自転車に乗って、そして走ります。50歳まで金槌(かなづち)でしたが、50歳で健康のために水泳を始めました。凝り性なので、自分の努力に従って上達する、つまり日々進歩する自分を楽しんでいました。そして泳げるようになり、泳げる距離が伸びてくるに従い、他の有酸素運動にも興味を持ち始めました。そして自転車に乗り、ランニングを始めたのです。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 52歳で五輪と同じ距離のトライアスロンを完走しました。1・5キロを泳いで、40キロ自転車に乗り、10キロを走ります。そして凝り性な僕は、合計236キロに及ぶ日本最長のトライアスロンを53歳で完走しました。いろんな生き方あっていい 3・8キロを泳ぎ、自転車で佐渡(さど)を一周して190キロ、そして最後が42・2キロのフルマラソンを14時間ちょっとで完走しました。さすがにここまでの長い距離は身体にダメージを与え、健康にも良くないでしょう。でもその達成感と、それを実現した道のりが自分の人生の宝物になりました。身体に悪いが、気持ちがいい、つまり健康以外の御利益があるということです。 そしてその数カ月後、自転車で転倒し、鎖骨と肋骨(ろっこつ)を数本折りました。救急車で搬送され、たくさんの方にご迷惑をおかけしました。それでも今も続けています。 僕は自分が嫌いなことを一致団結して拒絶する空気感が嫌いです。独善的で自己中心的に思えるのです。いろいろな生き方があり、いろいろな死に方があってよいではないですか。ある程度、人にご迷惑をかけてもよいではないですか。僕は、自分の価値観とは異なる、ちょっと迷惑で困ることがあっても、お互いさまと思って寛容でいられる人でいたいのです。そして多くの人がそんな寛容さを持つことを望んでいます。 タバコは確かに身体に悪です。しかし、糖分の取り過ぎがもっと身体に悪いと僕は思っています。タバコを吸って肺がんやCOPD(慢性閉塞性肺疾患)になる人は少なからずいます。一方で、世の中に溢(あふ)れかえっている甘いもので糖尿病になる人は、それ以上に存在します。 タバコだけを害悪と想定し、ひたすらその害悪を世の中で唯一の害悪の様に宣伝する風潮が嫌いです。そして喫煙は法律を犯しているわけではありません。 10月1日より公益法人愛世会の理事長を拝命しました。公益財団法人愛世会は急性期・慢性期、そして精神疾患の病棟を持っています。また老人保健施設もあります。そして歯科技工士学校と検診業務を行っています。2020年東京五輪・パラリンピックのメインスタジアムとなる新国立競技場。2019年11月30日、東京都新宿区 僕は「いろいろな生き方があっていいし、いろいろな死に方があっていい」と思っています。もちろん健康に悪いからタバコをやめろと言う啓蒙(けいもう)には大賛成ですが、それを承知で吸う人を僕は嫌いにはなれません。 そこで、僕は堂々と喫煙できる病院や老人保健施設をつくりたいと思っています。その喫煙が可能な限られた施設内の職員も喫煙者ですし、患者さんや入所者も喫煙者で、施設内でタバコが吸えるのです。死ぬまでタバコを吸いたいという患者さんや入所者に優しい受け入れ先があってもよいように思うのです。 いろいろな生き方、いろいろな死に方を応援したいのです。東京オリンピックには愛煙家のアスリートも全力を出し切れる環境にしてもらいたいと思っています。また愛煙家の観戦者にも優しい取り組みを望みます。 「タバコのない五輪」などくそ食らえです。

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    「タバコなき東京五輪」をレガシーにするにはココが足りない

    春日良一(スポーツコンサルタント) 私はヘビースモーカーだった。日本オリンピック委員会(JOC)の職員だったころ、事務局での過酷な業務の疲れを、あの一服がどれほど癒やしてくれたか分からない。 4年に1度のオリンピック競技大会とアジア競技大会の開催が近づくと、日本代表選手団の派遣業務が始まるが、心身ともにハードだった。健康診断からユニホームの採寸、渡航手続きや名簿作成に至るまで、時に500人からなる代表選手や役員一人一人の面倒を見なければならないからだ。 多くは事務的な仕事であるが、単純な肉体労働も待ち受けていた。選手団の荷物に大会組織委員会から配布される特別な公認シールを張れば、税関もフリーパスで通れるとあって、さまざまな競技のあらゆる荷物が事務局に殺到する。 そこに選手団本部の荷物が加わる。選手村内に置かれる本部で選手を管理・支援するには、業務を支える備品や食料、医療品など幅広くそろえる必要がある。 大量の荷物をJOCの責任で全て確認して、計量・整理したうえで荷造りしなければならない。さらに、荷物を倉庫から出して航空機にチェックインするまでの搬送に関わる全作業が事務局職員にのしかかった。 夏季大会の場合は、準備期間も暑い時期になるので、文字通り汗まみれになった。大会2カ月前からほとんど毎日残業で、深夜帰宅になる。18時になって冷房が切られると、窓を開けて、タオルを首に巻きながら仕事を続けた。 そんなとき、休憩に吹かす1本のタバコがどれだけ励みになっただろうか。冷たい缶コーヒーを飲みながらショートホープに火をつける。一服を終えれば、「さあ、あともうひと頑張りだ」と気合を入れたものだ。 また、選手団派遣業務では神経をすり減らす緻密な労働もあった。それは選手団のエントリーである。 特に、大会2週間前に行う個人エントリーは「氏名のエントリー」とも呼ばれ、選手一人一人のデータを登録しなければならない。当時は競技団体の代表選考も大会直前というギリギリのタイミングが多く、時間との闘いも強いられた。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) それでもミスを犯すことは許されない。締め切りに遅れたら、選手が出場できなくなる。名前を一字スペルミスしただけで、その選手の努力は水泡に帰す。 いくら念には念を入れても、足りないくらいだ。迫りくるエントリー締め切り日という名のデッドライン(死の線)まで精神を研ぎ澄まして、英文タイプライターで一字一句打ち込む日々が続いた。禁煙に熱心だった「中興の祖」 私にはこの神経をすり減らす仕事の合間にも一服がどうしても必要だった。一時的な現実逃避だったかもしれないが、集中力を復活させられる気がしたのも確かだ。 それに、タイプを打ちながらのくわえタバコは眠気防止のためであった。こうして、私の喫煙習慣は続いた。1日30本から40本、しかもニコチン度もタール度も高いショートホープを愛煙した。 そんな私の喫煙思考にきつい一撃を加えたのが、カナダから届いた1枚のレターだった。1988年カルガリー冬季五輪組織委からの書簡であった。 大会マスコットのホッキョクグマのハイデイとハウディがプリントされたそのレターヘッドには、「カルガリーオリンピックはエアフレッシュ・ポリシーを挙行します」と書かれてあった。会場の禁煙化とタバコ会社からのスポンサードを辞退する「禁煙方針」を打ち出したのである。 この大会は私が五輪に参加する初めての大会であった。選手団本部員として渉外を担当することになっていた。 組織委や各国選手団、そして国際オリンピック委員会(IOC)との交渉が主な仕事だった私は、さすがに選手団本部に缶詰めになることはなかった。それでも、本部の張りつめた空気から解放されるために、一服がどうしても必要だった。 ところが、カルガリーではその一服もままならなくなったわけである。選手村全域が禁煙対象になれば、その中に設置される選手団本部も全面禁煙となるからだ。 組織委の通達を破ることなど、本部員として到底できるわけがない。しかも、先発でカルガリー入りする私は、ほぼ1カ月の禁煙を覚悟しなければならなかった。 結局、カルガリー五輪の「禁煙体験」でも私はタバコから離れられなかったが、大会の間は何とか断つことができるようになった。その後も五輪に参加するたびに喫煙思考の束縛から逃れられるようになり、日常でもタバコと完全にサヨナラをすることができた。禁煙するようになって既に10年以上がたつ。東京で行われた国際オリンピック委員会総会で、1996年の夏季五輪が米アトランタに決定し、あいさつする同委のアントニオ・サマランチ会長=1990年9月18日 そんな「禁煙方針」も含む環境問題への取り組みに熱心だったのが、IOCの「中興の祖」アントニオ・サマランチ元会長だった。五輪を商業化した人物として言及されることが多いサマランチ氏だが、五輪のプロ化や「五輪休戦」の伝統復活などと並ぶ、彼の計り知れない功績の一つだろう。 以前から「スポーツと健康」「スポーツと環境」について意識していたサマランチ氏は1990年、スポーツと文化に加えて、環境を五輪活動の3本柱にすると明言し、95年の「スポーツと環境委員会」の設置につながる。また、国際スポーツ界においても、80年代には既に、喫煙者がスポーツ運営に関わる者として好ましい存在ではないと見なされる空気があり、国際会議でも全面禁煙が常識となっていった。「全面禁煙」唯一の欠陥 こうして、カルガリー五輪で提唱された「空気を新鮮に」政策がその後の大会にも引き継がれていった。2010年にはサマランチ氏の後継となったジャック・ロゲ会長が世界保健機関(WHO)と「健康なライフスタイルの推進」で合意し、「タバコのないオリンピック」の実現を目指すことになった。 このオリンピック運動の築いた伝統を、2020年東京五輪も受け継ぐ。今年2月、大会期間中は加熱式タバコを含めた会場敷地内を全面禁煙にすることを、東京オリンピック・パラリンピック組織委が発表している。 実際、これまでの五輪開催都市では、受動喫煙防止に関する法令が施行されてきた。面白いことに、2020年五輪招致時に東京のライバルであったマドリードやイスタンブールは、立候補の段階で受動喫煙防止法が施行されていた。だが、東京都で受動喫煙防止条例が全面施行されるのは、開幕4カ月前の2020年4月になってのことだ。 五輪の理念を広める「オリンピックムーブメント」は、より良い社会、より平和な社会を作る運動でもある。これまでも五輪を契機として、社会改善のための施策が実行されてきた。 2012年のロンドン五輪では、大会メイン会場を意図的に中心部から外れた東地区に設けた。深刻な土壌汚染と貧困問題を抱える最も治安の悪い地域に、五輪スタジアムだけでなく、競技会場や選手村、プレスセンターも集中的に配置された。 それまで「暴漢に襲われても仕方がない」地域が、大会後にはメイン会場を中心に再開発が進み、今や「イースト・ビレッジ」と呼ばれる市民に人気の場所へと生まれ変わった。五輪が終わった後でも大きな雇用を生み出しているという。 1964年の東京五輪は首都高を生み、モノレールを生み、新幹線を生んだと言われる。ただ、以前から進められた計画に五輪が乗ったと言った方が正しいかもしれない。どれも五輪がなくても実施計画があったからだが、東京五輪が早期実現へと動かしたことは間違いない。 あれから56年が過ぎた2020年の東京五輪が、インフラストラクチャーとして大きなものを残すのは難しい。そのような状況下で、新鮮な空気を東京に残せたとしたら、それだけでも大きな貢献になるだろう。 そこで、組織委による「全面禁煙」方針の欠陥を一つだけ指摘したい。それは「長期間滞在する選手村などに限り、例外的に喫煙スペースを設ける」としている点だ。東京五輪・パラリンピック組織委の森喜朗会長(中央右)へあいさつに訪れた、JOCの山下泰裕会長(同左)。右から2人目は五輪日本選手団の福井烈団長=2019年12月 五輪がモチベーションとなって社会構造に影響を与えるために必要なのは、大会の運営主体が方針の完全実施を決心することだ。それに五輪の精神からいえば、選手村こそ五輪の理想を実現させる場にほかならない。 組織委の決意により、各国代表の選手や役員だけでなく、運営に携わる人々にまで、妥協なき「エアフレッシュ・ポリシー」を行き渡らせる。それが居酒屋での一服を隣に座る人のために我慢する愛煙家の心につながるはずだ。

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    ニコチン入り外国産「電子タバコ」野放しにするつもりか

    ポーツ、スポーツはタバコと無縁でやろう」と提唱して以来、世界のスポーツ界ではタバコ規制が進んできた。オリンピック(五輪)やワールドカップサッカーなどは、完全禁煙が既定方針となり、タバコ産業は大会の公式スポンサーから排除されている。 東京五輪(パラ五輪を含む、以下同じ)では、直前の2020年4月に、改正健康増進法(健康増進法)と東京都の受動喫煙防止条例(都条例)が全面施行される。以下に東京五輪のタバコ対策について、いくつかの問題点を考えてみた。 競技会場内の敷地内完全禁煙は、2018年冬の平昌五輪で初めて実施されたが、規則破りや近隣周辺での喫煙が問題になった。同様の問題は、五輪に限らず施設の敷地内禁煙実施に必ず付随して起こり、根本的な解決策は周囲(五輪の場合は競技会場外)も禁煙にすることしかない。役所が敷地内禁煙になり、役所周辺が条例で路上喫煙禁止になっているため、実質的に地方公務員が勤務時間内禁煙となった例もある。 大会組織委員会のホームページによれば、競技会場は東京都内に限らず、42カ所が予定されている。最近、これに加えてマラソンと競歩が札幌市で開催されることになった。これらの競技では、観衆のいる沿道も競技場内と考えられ、沿道も完全禁煙の徹底が求められる。 喫煙規制が遅れている競技の会場も心配である。プロ野球の球場には、観客用の喫煙所があり、監督・コーチ・選手用にダッグアウト裏の喫煙所があると聞いている。また先頃行われた野球の国際大会「WBSCプレミア12」は、東京五輪の予選とも言える大会だったが、テレビ放映のスポンサーに日本たばこ産業(JT)が入っていた。 五輪の放映には、公式スポンサーから排除されているタバコ産業のCMが入らないことが必須である。バレーボールには男女ともJTのチームがあるし、ゴルフにはJTカップがありJTが多額の賞金のスポンサーだ。 東京都は、健康増進法に上乗せして「受動喫煙を防止しにくい立場の従業員や、健康影響を受けやすい子供を守る」ことを都条例(「子どもを受動喫煙から守る条例」を含む)制定の目的としてうたっている。成立した受動喫煙防止条例について説明する東京都の小池百合子知事(中央)=2018年6月27日、都庁 都条例は加熱式タバコを、より有害性が低いものと位置付け、「指定タバコ専用喫煙室」内では飲食可能としたが、大きな汚点である。諸外国に先駆けて加熱式タバコの人体実験場となった日本で、急性好酸球性肺炎などの重篤な副作用が報告されているからである。ニコチン入り電子タバコ 海外で若者を中心に流行している電子タバコには、ニコチンが含まれているが、日本製の電子タバコにニコチンを含有させることは、医薬品医療機器等法(旧・薬事法)で禁止されている。従って、日本製は健康増進法や都条例でもタバコの規制を受けない。 しかし、問題は海外から大量に持ち込まれるであろう海外製電子タバコの規制である。米国疾病予防管理センター(CDC)は今秋、電子タバコにより2051例の肺疾患が発生し、39例が死亡したと発表した。原因として添加物のビタミンEアセテートによるリポイド肺炎が疑われている。 その被害を受けて全米各州で電子タバコを禁止する動きが広まりつつあるが、メーカー側は一部のフレーバー付き銘柄の製造を中止したのみだ。東京五輪の際に全面禁止になっていなければ、海外製電子タバコの規制は、紙巻きタバコと同様に厳格にすべきで、「指定タバコ」などに分類すべきではない。 競技会場以上に心配されるのが選手村である。選手村は原則禁煙で、動線から離れた場所に喫煙所を設けるとしている。宿舎はプライベート空間ではあるが、五輪後は民間住居として提供されるのであるから、シックハウス症候群の原因となる喫煙は厳禁、違反者にはペナルティーを科すべきである。 加熱式および電子タバコによる肺疾患はすべて急性影響であり、選手村などで使用された場合、急性の重篤な健康被害が生ずる可能性がある。東京五輪では、そのような事態を予防するためにも「加熱式および電子タバコの使用禁止」を明確に宣言し、「初の電子タバコ禁止五輪」とすべきである。 ロシアは世界アンチ・ドーピング機構(WADA)から国ぐるみのドーピング不正を摘発され、国としては五輪に出場できず、潔白が証明された選手のみが個人資格での参加を許可されている。カナダなど大麻が合法化されている国もあり、最近も芸能人逮捕で話題になった合成麻薬のMDMAなど、麻薬の使用も懸念される。もちろん、ドーピング検査により、大麻や麻薬の違反者は摘発される。 また、競技12時間前から競技直後の検査で、ニコチンはカフェインと共に検査される。しかし、検出されてもドーピング違反にならない監視プログラム物質(興奮薬)の中に分類されている。カフェインはともかく、依存性のある毒物ニコチンは違反物質に分類されるべきである。 まず、求められることは競技場内で参加者や観客に、明確に完全禁煙の方針を周知徹底することであり、さまざまなツールや機会をとらえての多言語による広報・発信である。 第二に、スタッフやボランティアが、競技場内外で喫煙しないことは当然だ。そのためにも喫煙者の方々は、ぜひ今からでも禁煙にチャレンジして、五輪を迎えてほしい。次回の五輪からは、スタッフやボランティアは、非喫煙者に限るという方針を採るべきであろう。 第三に、東京五輪のタバコ対策を十分に理解することが求められる。そのための教育プログラムとして、グローバル・スタンダードであるWHOの「タバコ規制枠組条約」(FCTC)について、周知・徹底しておくべきである。日本はFCTC批准国でありながら、東京五輪競技の場内ではFCTC水準、場外ではその水準に達していないことも啓発すべきである。米ニューヨークで電子たばこを使用する人=2014年2月(AP=共同) 悪質な違反に対しては、スタッフやボランティアが、大会本部に申告する制度を設け、度重なる悪質違反者については、大会本部から氏名や国名を公表するなどの不名誉を科すべきだ。スモーキーカントリー日本 屋内分煙では、受動喫煙被害を防止できないことは世界の常識であり、日本は、この点では非常識な国である。FCTC水準の東京五輪競技場を一歩出れば、そこは「スモーキー・カントリー日本」であったという変化に困惑する外国人の姿が目に浮かぶ。屋外では歩行喫煙禁止条例の救済措置、または吸い殻のポイ捨て防止対策として、駅周辺などにタバコ産業協賛の屋外喫煙所があるが、外国人には奇異に感じられるであろう。 受動喫煙によって日本だけで年間1万5千人の死亡と、その他にも重篤な健康被害が明らかになっている以上、「何人たりとも受動喫煙で殺されてはならない」という大原則を忘れてはならない。子供だけでなく、大人を含めた全ての人を守る「分煙を認めず・例外なし・罰則(過料)付き」の受動喫煙条例や法律の制定が絶対に必要である。 まして、日本はWHOのFCTC批准国である。先進国中最低といわれる受動喫煙防止対策を改善すべきだ。東京五輪後の喫緊の課題は、五輪会場内のグローバル・スタンダードのタバコ対策を、日本全国に展開することである。 タバコ産業は「吸う人も吸わない人も心地よい分煙」などという、実現不可能な空間を宣伝し、喫煙者と非喫煙者の対立の構図をあおってきた。 最近では「製品もマナーへ」のタイトルで、火を使わない・煙の出ない・においが付かない「マナータバコ」を目指すと宣言している。JTの宣伝文句を借りれば「ひとつずつですが、未来へ」向かおうとも、タバコ産業が依存性毒物ニコチンをビジネスから手放すはずがない。タバコ産業は過去・現在とニコチンを利用して莫大(ばくだい)な利益を上げてきた依存症ビジネス産業であり、未来もニコチンなしではありえないからだ。 タバコ問題は、趣味嗜好(しこう)の問題ではない。人々をニコチン依存症のとりこにし、WHOによれば毎年世界で800万人の早期死亡者を生み出しているタバコは、喫煙者の「生存権」という最も重要な人権を侵害する依存性毒物である。 タバコ犠牲者のうち、世界で毎年受動喫煙で死亡する120万人は、きれいな空気を吸う権利という「基本的人権」を侵害され、その上「生存権」まで絶たれた悲劇の主人公である。タバコは喫煙者に加えて、周囲の人々をも巻き込んで、人々の「生きる権利」を奪う恐ろしい毒物であり、可及的早期に禁止すべきだ。 悪質な喫煙者の言動は腹立たしいが、脳をニコチンによってマインドコントロールされている結果である。タバコの犠牲者でもある喫煙者との対決の構図は、タバコ産業の思うつぼであり、「タバコを憎んで、人(喫煙者)を憎まず」が大原則である。コンビニ内のタバコ売り場 日本タバコフリー学会は、今後もタバコフリー(=タバコのない)社会の実現を目指して、世界の良識ある人々と共に頑張りたい。そのためにも、日本は東京五輪でタバコ対策を終わらせることなく、その後も継続的にタバコ規制を進歩させ、少なくとも可及的早期にFCTC水準に追いつくことが重要である。

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    トランプが「ビンラーディン息子暗殺」をアピールできないワケ

    恐ろしさは、サウジの石油施設攻撃でも証明された。ネットを使ったテロ誘導の方法もある。そして彼らは東京オリンピックでテロを起こすことで、自分たちの復活をアピールしたいと考えている! 日本は一刻も早く日本版の監視プログラム「ステラウインド」、「軍用装備転用プログラム」、「ウオッチ(監視)リスト」あるいは「レッドフラッグ法」などを整備するべきだろう。私は『東京オリンピック・パラリンピックは、テロ対策のレガシーになるか?』(近代消防社)という書籍も書いているが、そのための取材を通じても、まだ日本のテロ対策は十分とは感じられない。 このまま東京オリンピックを迎えたら、重大テロが発生するかもしれない。それは外国から入って来たテロリストによるものとは限らない。京都アニメーションで起きたような不祥事が、オリンピック開催中に競技場からは遠い場所だったとしても、外国人観光客が多く集まるような場所で起こったら、どうするのか?東京五輪まで1年を迎えた新国立競技場=19日午後、東京都新宿区(本社チャーターヘリから、納冨康撮影) このように考えてみると、ハムザ暗殺は決して世界を安全にしたわけではない。まして東京オリンピックが安全になったわけではないのである。 以上の文章で私が展開した諸々の提言が、オリンピックまでに少しであっても日本でも実現することを願うものである。【iRONNAリアルイベント第2弾を開催!】政治学者で元在沖縄米海兵隊政務外交部次長のロバート・D・エルドリッヂ氏とグローバル・イッシューズ総合研究所代表の吉川圭一氏を講師に迎え、対談形式の講演会を開催します。世界の秩序を大きく変えると共に、貿易交渉や日米安保の見直しなど、日本にとっても大きな影響力を持つ米国大統領、トランプについて激論を交わします。■テーマ「神か? 悪魔か? 米国大統領ドナルド・トランプ」■日時、会場 10月31日(木)午後2時~3時半、産経新聞大阪本社(大阪市浪速区)■定員 50人募集■参加費 3千円■申し込みは産経iDのサイトから。登録(入会金・年会費無料)が必要です。https://id.sankei.jp/※詳細は下記をご確認くださいhttps://ironna.jp/theme/1057■ボルトン解任で「日本の核武装」が現実的になった■宮崎正弘×吉川圭一対談 米国が描く中国崩壊シナリオはこれしかない■「結果的に得する」中国を叩きのめしたいのはトランプだけじゃない

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    「マラソン舐めるな」MGCは陸連にイラつく選手のガチバトルになる

    武田薫(スポーツライター) 東京オリンピックのマラソン代表選考レース、MGCが9月15日に開催される。スタートは午前8時50分(女子は9時10分)、スタート・ゴールが明治神宮外苑(本番は国立競技場)という点を除けば、来年の本レースとほぼ同じコースで、上位2人がオリンピック代表に決まる。予想気温22~25度だから厳しいが、本番は女子が8月2日、男子は9日だから弱音を吐いてはいられない。 MGCとはマラソングランドチャンピオンシップの略で、2年前から国内5大会(女子は4大会)を代表選考会の出場資格を得る指定競技会(MGCシリーズ)にして、最終的に男子30人、女子10人が出場することになった。川内優輝のように出場辞退した選手もいる。 マラソンの代表は3枠で、残り1枠は12月から来年3月までの国内指定大会で、MGCシリーズの最高記録を上回る設定記録(男子は2時間5分49秒、女子は2時間22分22秒)を突破した選手に与えられる。3枠目の名称は「マラソングランドチャンピオンシップファイナルチャレンジ」。新聞記事ではこれだけで3行になり、いかにも大げさなところがMGCの特徴でもある。 日本陸連がこの企画を持ち出した背景はマラソンの低迷だ。 1951年に田中茂樹がボストンマラソンで優勝して以来、日本のマラソンは実業団組織を固めつつマラソンランナーを輩出してきた。64年の東京オリンピック代表となった寺沢徹、君原健二、円谷幸吉がその顔で、80年代に宗茂、宗猛、瀬古利彦、中山竹通らの切磋琢磨(せっさたくま)によって、お家芸としての地位を固めた。 瀬古が福岡国際マラソン3連覇からボストン、ロンドン、シカゴを次々に制した80年代は、国際化とは言ってもいまのグローバル化までは進んでいなかった。90年代のグローバル化の波の中でケニア勢が「市場参入」してから、日本のマラソンは低迷を始める。マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)公式記者会見。フォトセッションに臨む出場選手ら=2019年9月13日、東京都新宿区(納冨康撮影) 1991年の世界陸上東京大会の谷口浩美の金メダル、翌92年のバルセロナオリンピックでの森下広一の銀メダルが分岐点で、この2人が共に実業団連合の老舗クラブ旭化成の選手だったことは意味深長だ。今回のMGCに旭化成は1人も代表を送り出せなかったからだ。 すなわち、日本のマラソンの低迷は単にケニア参入という海外現象が理由ではなく、日本のマラソンの質的な問題だったのではないかということに思い当たる。苦肉の策 女子マラソンにも同じようなことが言える。男子が低迷した90年代から、有森裕子がバルセロナで銀、アトランタで銅、高橋尚子がシドニー、21世紀に入ってから野口みずきがアテネで、共に金メダルを獲得し、他にも鈴木博美、浅利純子、渋井陽子らがメダル獲得や記録更新の話題を次々に提供した。 しかし、この上げ潮は小出義雄、藤田信之、鈴木従道、鈴木秀夫といった指導者の高齢化とともに尻すぼみになった。 女子マラソンのオリンピック加入は84年のロサンゼルス大会で、参加者は50人(男子107人)という後発種目。グローバル化の中で世界に時差を取り戻され、野口が2005年のベルリンで出した2時間19分12秒の日本記録は手の届かないところに行ってしまった――。 日本人に最もなじみ深いマラソンが、東京オリンピックを前に何の話題も提供できない。とにかく、2020年に向けて盛り上げようという苦肉の策が、MGCシリーズである。 マラソンの代表選考が毎回もめるから、一発選考で公明正大にやろうという考えは、とってつけた理由だろう。条件の異なるマラソンで一発選考することが公明正大でベストな手段とは必ずしも言えない。 MGCという一発選考が可能になったのは、単に80年代の瀬古や中山というスーパースターがいなくなったからだ。当時は、大会すなわち主催する新聞社が選手を奪い合い、「一発」に断固反対していたことを忘れてはいけない。 MGCは「東京オリンピックを盛り上げる」手段で、日本のマラソンを強化する目的意識はない。 結果論として、強化につながればいいという日本陸連の「奇策」に過ぎず、この竹やり戦術のような考え方に疑問を抱いている選手も多数いる。オリンピック後、福岡国際マラソンや大阪国際女子マラソンなどの伝統レースはどうなるのか? オリンピックという真夏のイベントに、夏の種目でもないマラソンの将来を預けていいのかとの議論もあるわけで、9月15日のレースには、こうした考え方の違いも潜んでいる。 レース当日の予想気温は22~25度。暑さとの戦いになるが、このレースの最大の特徴は、記録は問わず順位を競うところだ。ペースメーカーもいない。過去の例でも、代表選考レースは相手をけん制し合う消極的な展開になりがちだ。 記録は関係ないから、無理をせずに相手の様子をうかがって35キロ過ぎに勝負をかける戦術で、その先頭集団の核となるのが井上大仁と考えられる。 ジャカルタ・アジア大会で日本勢として32年ぶりの優勝を果たした井上大仁=2019年8月25日、インドネシア・ジャカルタのブンカルノ競技場(松永渉平撮影) 自己ベストの2時間6分54秒は参加する大迫傑(2時間5分50秒)、設楽悠太(2時間6分11秒)には及ばないが、1年前のアジア競技大会で金メダルを獲得するなど安定性が夏の耐久レース向きだ。大迫、設楽、昨年暮れの福岡国際で優勝した服部勇馬(2時間7分27秒)などの有力選手は、井上をマークして展開するというのは妥当な予想だ。だが、そうなるだろうか。 大迫が仕掛けないはずがない こうした常識的な展開予想は、これまでのマラソンからの理屈で成り立っている。今回の見どころは、これまでの理屈がまかり通るのかにある。そのレース展開では、これまでと何も変わらないからだ。そう考えたときにカギを握るのが大迫の走りだろう。 大迫は長野の佐久長聖高校から、早稲田大学、日清食品と一貫して名門チームのエースとして活躍してきた日本を代表するランナーだ。 そのエースが安泰な日本の生活を捨て、4年前に、家族とともに渡米。プロランナーとして、シューズメーカーのナイキが主催するオレゴン・プロジェクトに合流した。かつて瀬古のライバルと言われたアルベルト・サラザールをヘッドコーチに長距離種目のスピードを追求するチームで、ナイキは2017年に「Breaking2」と銘打ったフルマラソン2時間切りの記録会を開き、リオデジャネイロの金メダリスト、エリウド・キプチョゲが2時間25秒で走った。これは非公認記録だが、キプチョゲは昨年のベルリンマラソンで2時間1分39秒の世界記録を作った。 こうした環境に飛びこんだ大迫が、優勝タイムが2時間12分前後と予想されるレース展開に唯々諾々と従うだろうか。あるいは「意識する選手は大迫だけ」とライバル意識をむき出しにする大迫と同学年で今年28歳になる設楽が、大迫に何も仕掛けず代表切符にこだわるだろうか。 この2人は昨年、日本記録を更新して1億円のボーナスを手にしたアマチュアとプロだ。オリンピック代表選考レースではあるが、オリンピック、代表選考レースを度外視した意地がどうぶつかるかが最大の見どころになる。リオ五輪陸上男子10000メートル決勝、序盤に並んで走る大迫傑(左から3人目)と設楽悠太(右から2人目)=2016年8月13日、リオデジャネイロの五輪スタジアム(撮影・桐山弘太) MGCは陸連が来年の東京オリンピックだけを考えた「ドロナワ企画」にすぎない。しかし、選手はその手には乗らない。それぞれの目標を胸に準備してきたはずだ。80年代に瀬古利彦を脅かした中山竹通は、長野の山奥から神戸のダイエーに入ったときのことをこう話したことがある。 「コーチなんか誰でもよかった。練習メニューが欲しかっただけだ。与えられたメニューをことごとく越える練習をやりたかったし、やった」  マラソンを舐めるなよ、そんなレースを見たい。【読者プレゼント】※抽選で5名様に武田薫氏の新著『オリンピック全大会 人と時代と夢の物語』(朝日選書)をプレゼントします。下記よりご応募ください。https://questant.jp/q/QPUVM14N ■「速くも高くも強くもない」オリンピックに何を求めるか■元公務員ランナー川内優輝と「いだてん」金栗四三の共通点■別次元になったサニブラウンは男子リレーに馴染めるか

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    「速くも高くも強くもない」オリンピックに何を求めるか

    武田薫(スポーツライター) この度、『オリンピック全大会』(朝日選書)という本を書いた。最初の本は2008年の北京大会の前に出し、今回は北京、ロンドン、リオデジャネイロ3大会を加えた増補改訂版だ。幻に終わった1940年、前回の64年、目前に迫る2020年、三つの東京大会の比較考察も書き加えた。高価な本(税込1994円)だから宣伝して買ってもらおうと思ったわけではなく、書かなかった幾つかのことを思い出したのだ。 私はスポーツ新聞に11年、勤めていた。野球部、整理部と回り、運動部にいたのは3、4年で長くはなかった。1983年に退社しようとしたら、世話になった先輩に「運動部にとって一番大事なオリンピックが終ってからにしてくれ」といわれ、計画を1年延長し、85年1月に退社してポルトガルに行ったのだ。 退社の話が進んだ頃、私と同じころに運動部長になった上司から電話がかかってきた。 「本当はな」と言われたことには、84年のロサンゼルス大会に私を派遣しようと思ったそうだ。デスク全員の反対でそれはかなわなかったと言う。上司の気持ちは有り難かったが、オリンピックはわずか2、3年の経験者を送り出す舞台ではないという理由はもっともだ。何か違うことをやりたかったそうだ。新しい部長にも慰留され、振り返れば、あんなに人に惜しまれたことはその後にはない。 私は整理部時代、勤めの合間に近くの上智大学でポルトガル語を勉強していた。日本のポルトガル語といえばブラジル関係だが、私はポルトガル本国をイメージしていた。そしてある時、『トラック&フィールド』という雑誌をめくっていたら、ポルトガルが出てきた。 当時はマラソン全盛で、84年のロサンゼルス大会では瀬古利彦の金メダルは間違いなしと言われていた。福岡国際、東京国際、ボストンと5連勝し、その対抗馬が、いま大迫傑のコーチであるアルベルト・サラザールやロバート・ド・キャステラだった。 雑誌では、83年のロッテルダムマラソンで優勝したド・キャステラが「ポルトガルのロペスは要注意だ」とコメントしていたのだ。カルロス・ロペスという名前は聞いたこともなく、上智大教授(当時)のジャイメ・コエリョ神父に現地の新聞を見せてもらい、大使館にも行って話を聞いた。当時の大使館の文化担当は映画監督のパウロ・ローシャで「あのヒトは~、すっごいぞ」と教えてくれた。根拠までは言わなかった…。 そして私は「瀬古に強敵出現」という記事を書き、別に社内では評価されなかったが、瀬古の師匠だった中村清監督が電話をかけてきた。正確には村尾慎悦マネジャーから「どこで調べた」と聞かれた。ロサンゼルスオリンピック、男子マラソン、力走する瀬古利彦選手(中央)。しかし魔の35キロ地点から遅れ、14位に落ちた。 ロペスは76年のモントリオール大会の1万メートルでの銀メダルを最後に音信が途絶え、82年にいきなり復帰してヨーロッパ記録を出していた。マラソンをやるという話までは聞こえていなかったのだ。 ロサンゼルス大会で、その37歳のロペスが優勝した。私はレースを池袋の喫茶店のテレビで見た。瀬古が帽子を脱ぎ捨てたのも覚えているが、それをリスボンで見ていたはずだった。翌年の5月、38歳のロペスが2時間7分12秒の世界記録を作ったニュースをリスボンで聞き、86年の東京国際マラソンは途中棄権、それが引退レースになった。速くも高くも強くもない 私はスポーツライターになろうと思って会社を辞めたわけではなかった。向こうに着いてすぐ世界クロスカントリー選手権がリスボン郊外で開かれ、澤木啓祐団長が日本選手団を引き連れてきた。日本陸連から世話をしろと連絡があり、特にその必要もなかったが、そこでロペスやロザ・モタ、フェルナンド・マメーデといったトップ選手と親しくなったのだ。 テニスの全仏オープンに出掛けたのも85年のリスボンからだ。それからテニス記事を書き始め、週刊朝日で池波正太郎らの担当編集者だった重金敦之さんの目に止まって、朝日ジャーナルのノンフィクション大賞に「カルロスが走るまで」を書くことになる。それが佳作に引っかかった縁で連載を書き、書籍化された『ヒーローたちの報酬』(朝日新聞社)を読んだフジテレビのプロ野球ニュース編集長・矢野順二さんに長いこと世話になり…。 『オリンピック全大会』は1896年のアテネ大会から書いている。もちろん見たわけではない。私が取材したのはソウル、バルセロナ、アトランタ、シドニーで、バルセロナとアトランタは辞めた新聞社が派遣してくれたから、よほどの幸せ者だ。 読者には見てきて書いたような印象があるかもしれない。それは各大会をストーリーとしてとらえているからで、それがこの本の特徴といえば特徴かもしれない。多くのオリンピック書は記録を中心に書かざるを得ないが、スポーツライターの私には、スポーツの興味はとどのつまり記録ではないと考えているフシがある。 オリンピック憲章の「より速く、より高く、より強く」は知られている。しかし、もはや100メートルもマラソンも、棒高跳びも走り高跳びも、オリンピック記録は世界記録とかなりの差がある。 「より強く」にしろ、年齢制限のあるオリンピックのサッカーはワールドカップから見れば格下だ。それでも開催することに意味があるということになる―。男子マラソン1位でゴールし、日の丸を手に笑顔の井上大仁=インドネシア・ジャカルタのブンカルノ競技場(撮影・松永渉平) 来年は酷暑の大会が懸念されているが、それはとっくに分かっていたこと。私の懸念はマラソンの日本代表だ。体調不良に陥ったとき、日の丸で埋まった沿道で棄権できるだろうか。マラソンは2時間15分前後だが、テニスは3時間超えもある。錦織圭は「鍛えられた選手よりお客さんが心配だ」と話す。「速くも高くも強くもない」なら、オリンピックは何を求めているのか。 リスボンで会った澤木さん、2度も遊びに来た友人で作家の関川夏央さん、重金さんも「労作だな」と言ってくれた。あいつ、まだやっていたのか、そう驚いたのだと思う。【読者プレゼント】※抽選で5名様に武田薫氏の新著『オリンピック全大会 人と時代と夢の物語』(朝日選書)をプレゼントします。下記よりご応募ください。https://questant.jp/q/QPUVM14N ■別次元になったサニブラウンは男子リレーに馴染めるか■元公務員ランナー川内優輝と「いだてん」金栗四三の共通点■大坂なおみは今のメンタルで戦い続けられるか

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    eスポーツが五輪などおこがましい

    対戦型ゲームを競技として行う「eスポーツ」に注目が集まっている。インドネシアで開催中のアジア大会では公開競技になり、米国では負けたプレーヤーが腹いせに銃乱射事件を起こした。五輪の競技化を目指す動きもあるが、とまれeスポーツは「スポーツ」なのか。現役大学生の問題提起を元にiRONNAでも考えたい。

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    巨額マネー動くeスポーツ 「五輪競技化」は中国のためのもの?

    て、錦の御旗になるのは五輪である。2017年10月にドイツ・ローザンヌで行われた五輪サミットで、国際オリンピック委員会(IOC)は「eスポーツの五輪競技化」に向けて前向きに検討を行う旨を発表した。2024年パリ大会から、eスポーツが五輪の正式種目になるかもしれない。 国際的なスポーツイベントでeスポーツを採用する流れはすでにできている。2022年に中国・杭州で開催されるアジア競技大会では、eスポーツが公式メダル種目になると表明されている。eスポーツ推進派の論者は、五輪を錦の御旗に掲げて「2018年はeスポーツ元年」と主張する。 しかしながら、五輪という威光をかさに着たことで反作用も起きている。「汗をかかないeスポーツ(=コンピューターゲーム)はスポーツではない」という、eスポーツ懐疑派からの素朴な批判にさらされているのだ。 「五輪種目だ」VS「スポーツではない」。こんな水掛け論が、今日も日本のどこかで展開されているのではないだろうか。本稿で筆者はゲームの専門家として、eスポーツなるものの歴史的・文化的背景についてつまびらかにしたい。推進派にとっても懐疑派にとっても、新しい視点でeスポーツを考えるきっかけとなることを期待したい。 eスポーツはどこからやってきたのか。eスポーツとはそもそも何なのか。それを知るためには長いゲームの歴史をひも解く必要がある。東京ゲームショウの会場で開かれた「eスポーツ」の対戦=2017年9月、千葉市美浜区(宮川浩和撮影) eスポーツの原点は1980年代、アメリカで自然発生的に生まれた「LANパーティー」とされる。LANとはローカルエリアネットワークの略である。ゲーム好きの複数人が所有するパソコンを誰かの家に車で運搬して集い、それらをLANケーブルで直結してプレーをする文化がアメリカに出現した。 初めはロールプレーイングゲームがよく遊ばれていた。だが、90年代に入り、銃で撃ち合う3Dシューティングゲームが登場すると、LANパーティーの愛好者は一気に増えた。撃ち合いは勝負が刺激的で、ルールも分かりやすかったからである。 このムーブメントに目をつけたのが、半導体メーカーのインテル社だった。瞬間を競う対戦型のゲームでは、パソコンの性能が良い方が有利である。そのためLANパーティーに参加するゲーマーたちは、高性能パソコンの顧客層となったのだ。韓国政府はeスポーツを広める必要があった インテルのライバル企業であるAMD社は、さらにゲーマーの心をつかむ作戦を考えた。ゲーマーのプロ連盟をつくることを発案して、1997年にプロフェッショナル・ゲーマーズ・リーグ(PGL)を結成したのだ。同連盟は「テレビゲームの父」と呼ばれ、世界初のゲーム会社、アタリの創立者でもあるノーラン・ブッシュネルを初代コミッショナーとして迎えている。このような経緯から、eスポーツの原型はアメリカで生まれた。 場面は急転換する。舞台は韓国である。 1997年、この年に韓国は通貨危機となり、国際通貨基金(IMF)からの資金支援を受けることになった。国家破綻の危機に瀕した韓国は、国ぐるみで産業の構造改革が迫られる。そこで、かつて重化学・自動車・鉄鋼産業を育成してきた国家戦略は、IT産業の振興へとシフトした。 韓国政府がIT産業の発展のため、高速ネットワークを国内に整備したことで生まれた副産物が「PC房」である。房は「バン」と発音し「室」の意味がある。PC房は日本でいうところのインターネットカフェに近い。 このPC房が急速に増えて、2000年のピーク時には3万店近くまで膨れ上がった。「PC房」は「ゲーム房」と呼ばれることもあり、どの店舗にもオンライン・ゲームが用意されていた。中でも最も多く設置され、韓国の若者たちの間で大ヒットしたのが『スタークラフト』という戦略ゲームだった。 この『スタークラフト』ブームの最中に、すなわち1999年辺りから韓国内で「eスポーツ」なる用語が使われるようになる。2000年には日本の文部科学省に相当する韓国文化観光部(現在の韓国文化体育観光部)の長官が、ゲームのことを「eスポーツ」と呼び、一部には「政府がゲームをスポーツと公認した」という見方もある。※この画像はイメージです(GettyImages) そして韓国では2000年に世界で初めての国際的eスポーツイベント「World Cyber Games」のテスト大会が開催された。この大会の賞金総額は20万米ドル、世界17カ国から174人のプレーヤーが参加したとの記録がある。 その後、韓国では今と比べても遜色がないほどeスポーツの環境が整備されていく。eスポーツのためのプロリーグ、プロチーム、中継専門チャンネルなどが2000年代の前半に立ち上がり、韓国は自他ともに認めるeスポーツのパイオニアとなったのである。ちなみに、世界のeスポーツを統括する国際eスポーツ連盟は2008年に設立され、本部は韓国・釜山にある。日本の特殊な2つの背景 このような歴史的・文化的背景を知れば、日本でeスポーツが流行しなかった理由が分かるだろう。日本にはどこの国とも異なる独特のゲーム文化があった。それはゲームセンターとファミコンに象徴される。日本ではゲーム好きが集まる場所として昔からゲームセンターがあった。他者とゲームをする場としてLANパーティーもPC房も必要がなかったのだ。 また、日本は任天堂とソニーの本社がある国でもある。ファミコン、スーパーファミコン、プレイステーションがどこの国よりも早く普及したので、伝統的にコンピューターゲームのユーザーが少ない。子供も大人もマリオ、ポケモン、ドラゴンクエストなどを好んで遊んできた。大人が真剣勝負するコンピューターゲームには、そもそもなじみがなかったのである。 すなわち、あるスポーツが栄えるか否かはその国の地理、歴史、文化がかかわっている。雪が降る国ではスキー人口が多く、当然ながら雪が降らない国では少ない。それぞれの国の歴史と文化が相まって、クリケットが盛んな国があれば、野球が盛んな国もある。ゲームの世界でも同じことが起きているのだ。 eスポーツを考えるにあたって、ゲームを離れて一点だけ付記すべきことがある。それは日本人のスポーツ観もまた、世界の中では特殊だということだ。 スポーツの語源はラテン語のdeportare(デポルターレ)とされる。この語は、日々の生活から離れることが原意であり、そこから転じて気晴らしをする、休養する、楽しむ、遊ぶなどを意味する。スポーツとは日々の生活から離れるための行為であり、ヨーロッパの各国ではチェスもスポーツの一種とされる。このように高い思考能力を用いて競われるゲームを、時に「マインドスポーツ」と呼んで区分する。「ストリートファイターV」の大会で対戦する人たち=2018年2月10日午後、千葉市の幕張メッセ(共同) ところが日本ではスポーツのことを「運動」と訳す。小学生の頃から「体育」の授業を受け、進学すると「運動部」や「体育会」で活動するように、「マインドスポーツ」の対義語ともいえる「フィジカルスポーツ」のみをスポーツと捉える傾向が強い。つまり、日本はそもそもスポーツの定義が他国とは異なる。この点もeスポーツを論じる上で踏まえておくべきことの一つである。 以上、eスポーツをめぐる歴史的・文化的背景を解説してきた。さて、そのeスポーツが五輪と接近していくきっかけをつくったのは中国である。儲かるのはあの中国巨大企業 アメリカ、韓国と比べると遅れたが、中国経済が成長し、インターネットなどの環境が整うと、eスポーツの愛好者が増えた。こうした流れに沿って、2008年の北京五輪では、eスポーツ大会「Digital Games」がウエルカム・イベントとして開催されることになった。この時はまだ公式種目ではないが、同大会は五輪ロゴの使用を認められたeスポーツ大会となった。 以後、中国でeスポーツの人気はさらに高まる。eスポーツと中国のゲーム文化や国民性は相性が良かったのだろう。だが、それ以上に経済的な後押しがあったことが、中国でeスポーツが発展した最大の原動力となった。平たく言えば、巨額なマネーが動き、eスポーツにかかわる人々が儲(もう)かる仕組みが中国ではあっという間にできたのである。 2011年、中国トップクラスの大富豪、ワンダグループ(万達集団)会長の王健林(ワン・チャンリン)の一人息子である王思聰(ワン・スーツォン)が、資産を投じてeスポーツチームを創設、運営した。すると、若き資産家たちはこれに憧れ、名誉と実利を求めてeスポーツチームをつくるようになった。日本で言えば、プロ野球球団のオーナーになるようなものだ。 チームに所属する選手たちは、賞金のほかに自分が着たユニホームやキーボードやマウス、オリジナルグッズを中国最大の通販サイト「淘宝網(タオバオ)」で販売すれば、多額の副収入を得ることができる。また、ゲーム実況者や解説者も中継番組の放映権販売やスポンサー収入で稼げる。このように中国では、eスポーツで儲かる仕組みがどの国よりも短時間、かつ高度なレベルで完成したのである。 その中国にあって、テンセント(騰訊)の動向は特に注目すべきである。テンセントは中国の巨大なIT企業で、その株式時価総額は世界の企業の中で5位である(2018年1月時点)。1位はアップル、2位はグーグルの持ち株会社アルファベット、3位はマイクロソフト、4位はアマゾン・ドット・コムに続く。昨年、6位のフェイスブックを抜いたことでも話題になった。ジャカルタ・アジア大会の「eスポーツ」でタイチームと対戦する中国選手=2-18年8月26日(共同) テンセントは自社でゲームを開発と販売を行うが、世界の名立たるゲーム企業を買収、または大型出資も行っている。近年、同社が行っている買収と大型出資案件は明らかにeスポーツの将来性を見越してのものと分析できる。 テンセントは2011年からライアットゲームズ社の筆頭株主になっている。同社は世界で最もプレーヤー数の多いコンピューターゲームで、eスポーツの種目となる『リーグ・オブ・レジェンド』を発売している。 さらにテンセントは2015年に同社の未保有株のすべて取得、完全子会社化した。2016年には同年世界で1番ヒットしたモバイルゲーム『クラッシュ・ロワイヤル』を運営するスーパーセル社の株式84・3%を86億ドルで取得。事実上、同社を傘下に収めた。IOCは五輪精神とカネを両立できるか そこで気になるのは8月18日からインドネシアの首都、ジャカルタで開催されている第18回アジア競技大会である。今大会ではeスポーツが公開競技として実施される。その競技種目は次の6タイトルである。『ウイニングイレブン 2018』(コナミ)『スタークラフトⅡ』(ブリザード・エンターテインメント)『リーグ・オブ・レジェンド』(ライアットゲームズ)『ハースストーン』(ブリザード・エンターテインメント)『クラッシュ・ロワイヤル』(スーパーセル)『アリーナ・オブ・ヴァラー』(テンセント) 6タイトル中、テンセントが直接リリースするタイトルが1タイトル、前述の傘下企業がリリースするタイトルが2タイトル、また、出資先でもあるブリザード・エンターテインメントのタイトルが2タイトル。6タイトル中5タイトルにテンセントが何らかの形で関与しているのである。つまり、今夏のアジア大会でのeスポーツは、テンセントによるテンセントのための競技といえなくもない。中国・北京で開かれたイベントで設置されたテンセントのブース=2017年4月(ロイター=共同) 今回のアジア競技大会では何の議論も起きずに前述6タイトルが決定されたが、仮に五輪でeスポーツが正式種目になるならば、競技に用いるゲームは厳正に選ぶべきだ。五輪憲章「IOCの使命と役割」の項には次の一文がある。 「スポーツと選手を政治的あるいは商業的に悪用することに反対する」 まとめていくと、日本は「eスポーツ発展途上国」「他の国と比べて遅れている」と言われることがあるが、eスポーツの普及に早い、遅いという価値観はそぐわない。もちろん、eスポーツが栄えていることは、良いことでも悪いことでもない。国によってゲームの歴史と文化は異なり、スポーツの定義も違うのだ。双方の違いについて理解し、双方を認め合うことが真の国際人の態度である。 ゆえにeスポーツ推進派は五輪を錦の御旗にするだけではなく、日本特有の文化になじむようなロジックと手段を考えるべきだ。また懐疑派は「eスポーツはスポーツではない」と叫ぶだけでは世界では通用しないことを知るべきだろう。 なお、一部報道で「日本オリンピック委員会(JOC)はeスポーツをスポーツと認めていない」「アジア大会で派遣されるeスポーツ選手は日本代表選手ではないため開会式に参加できない」という趣旨が伝えられたが、これは誤解のようだ。 JOC広報・企画部長の柳谷直哉氏によれば、eスポーツの競技団体である日本eスポーツ連合から加盟申請を現時点で受けていない。また、過去に公開競技の選手団は開会式には参加しないのが通例とのことだった。(一部敬称略)

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    「ゲームがスポーツ?」小生もまた、首をかしげる一人である

    玉木正之(スポーツ文化評論家) eスポーツ(コンピューターゲーム)は紛れもないスポーツであり、五輪の正式競技となっても不思議ではない。しかし…。 2020年の東京五輪・パラリンピックの開催がいよいよ2年後に迫り、競技場の建設工事が急ピッチで進んでいる。真夏開催による酷暑と熱中症の問題や、都心の鉄道・クルマの混雑問題など未解決の諸問題もあり、あと2年間のうちにどのような解決策が具体化されるのか、少々心配ではある。 が、一方で、五輪に関する話題で、少々首をかしげたくなる事態も進行している。 それは東京大会でのことではない。6年後のパリ大会から、新しい競技が正式競技として採用されそうなのだが、それが「eスポーツ」だというので、正直言って驚いている。 「eスポーツ」とは、「エレクトロニック・スポーツ(electronic sports)」のことで、つまり「電子工学(エレクトロニクス)」を用いたスポーツのこと。早い話が、コンピューターゲームのことなのだ。 この情報を既にご存じの方でも、「あのオタクたちのゲームが、五輪の正式競技になるとはねえ」と首をひねる人が少なくないと聞く。初めて耳にした人は、「えっ!?モニター画面を見ながら、コントローラーをカチャカチャ動かすゲームが、五輪競技に!?」と仰天するのではないだろうか?  「ゲームがスポーツ?」と首をひねる人たちは、身体を(指先しか)動かさず、椅子に座ってモニター画面の映像を見続けるコンピューターゲームなど、不健康の極みであり、到底「スポーツ」とは呼べない、と考えているに違いない。対戦型などのゲームでプレーヤーが腕を競う「eスポーツ」、格闘ゲーム「ストリートファイター5(スト5)」のエキシビションマッチ技=21日午後、千葉・幕張メッセ(宮川浩和撮影) しかし今やeスポーツは、全世界的にプロの競技者(ゲーマー)が存在し、賞金総額が20億円を超す超ビッグな大会も催され、億単位の年収を稼ぐ競技者も出現しているという。 また、欧米の「SPORTS」の感覚で「スポーツ」の概念を考えた場合、コンピューターゲームは決して一概に「スポーツではない」などと斬り捨てることができないのも事実なのだ。 2020年には、東京大会だけで実施される正式競技として、サーフィン、スポーツクライミング、野球・ソフトボール、空手、スケートボードの5種類が選ばれた。 が、立候補した競技の中には、チェスやコントラクトブリッジ(トランプを使って4人でテーブルを囲んで行うゲーム)などもあり、残念ながら落選したとはいえ、それらのゲームも正式なスポーツと認められ、選考の対象になったのだ。 またアジア競技大会では、チェス、ビリヤード、競技ダンス(社交ダンス)のほか、囲碁や中国象棋(シャンチー)が正式競技として実施されたこともあった。もちろん、それらはすべて「SPORTS」なのだ。 「SPORTS」とは、もともとラテン語の「DEPORTARE(デポルターレ)」から生まれた言葉で、「日常生活(労働や仕事)から離れた遊びや祭りの時空間」という意味だ。「ゲームがスポーツ」理屈は分かるが納得できない だから今でも英和辞典でsportという言葉を引けば、「スポーツ、運動、競技、体育」といった訳語のほかに、「娯楽、遊び、遊技、冗談、おふざけ」といった言葉も書かれている。 つまり、労働や仕事など日常行う生産性を伴う作業以外の「非生産的行為」は、すべて「SPORTS」というわけなのだ。 だから椅子に座りっぱなしで、モニター画面で動くアニメーションを見つめ続け、コントローラーのキーをカチャカチャと押し続けることも、立派なスポーツというほかないのだ(逆に男女の交わりは、基本的に人間の動物的本能に根差した生産的行為であるので、「SPORTS」とは呼べないのだ)。 いや、そんな書き方は、eスポーツに取り組んでいる競技者に極めて失礼な表現といえるかもしれない。 なにしろ彼らは、インターネットで結ばれた相手と延々と数時間もかけて対戦し、雌雄を決する勝負に挑んでいるのだ。そのため一流の競技者は、常日頃からランニングでスタミナをつけ、腕や指先に疲れが生じないよう筋力トレーニングにも励んでいるという。決してソファに寝転んでポテトチップスをつまみながらできる競技ではない(らしい)のだ。 eスポーツには、2対2で闘うダブルスや、チームで争う団体競技もあるという。そして一流のプロたちが集うレベルの高い(賞金の高い)世界大会には、数万人もの観客が押し寄せ、会場の各所に設置された大型スクリーンで競技者の動かす画像(アニメーション)を見つめ、会場は大歓声や大拍手に包まれるらしい(すいません。筆者はまだeスポーツの現場に足を運んだことがなく、その興奮の実態を知らないのです)。 今年、日本のスポーツ界には大きな改革的出来事があった。まず「日本体育協会」が「日本スポーツ協会」と改称。2年後の東京五輪をきっかけに「国民体育大会」は「国民スポーツ大会」に、「体育の日」は「スポーツの日」に変わることも決まった。 スポーツとは、体育だけでなく知育も徳育も含まれる文化であり、体育にとどまらないさらに大きな意味を持つ概念なのだ。だから、このような言葉の変更には基本的には大賛成である。 しかし、eスポーツが五輪の正式競技に…と聞くと、小生はやはり首をかしげてしまう。「スポーツの本義に照らせば、明らかにスポーツの一種である」と認めるのはやぶさかではないのだが、何やら賛成しかねる意識が働く。「eスポーツ」でアジア大会の予選に出場した日本代表選手=2018年5月、東京都内(ゲッティ=共同) eスポーツを五輪の正式競技にしようとする背景には、巨額のカネを動かす世界のゲームメーカーの強大な圧力がある、という人もいるが、陸上、水泳、サッカー、球、ボクシング、柔道等々、今や巨額のカネの動かない世界的スポーツなど存在しない。ならば、巨大な産業資本がバックにあるからといって、eスポーツを排除する理由にはならい。 そこまで分かっていても、小生はeスポーツが五輪の正式競技になることに、納得がいきかねる。 それは小生が、時代遅れの古臭い年寄りになってしまっただけのことなのか。

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    「ゲームオタクが輝ける場所を」eスポーツは彼らヒーローに変える

    ることも検討されました。さらに2024年のパリ五輪では、eスポーツが正式種目になる可能性があり、国際オリンピック委員会(IOC)では本格的な議論が始まっています。eスポーツ五輪種目化は当然の流れ eスポーツが五輪の種目、というと違和感がある方もいらっしゃると思います。しかし五輪の歴史をひも解くと、かつて五輪は開催すると大赤字になるため、各国が押し付け合うような状況でした。この状況から脱するため、1984年のロサンゼルス五輪で大々的なスポンサー制度を導入したことにより黒字に転換し、それ以降、誘致合戦が活発に行われるようになりました。いわゆるスポーツビジネスがそこから発生し、拡大していったのです。 現在のIOCには、インテルやアリババなどeスポーツと関係の深い企業がスポンサーとして入っています。こうしたビジネスの面や若者からの支持が圧倒的にあることを考えれば、eスポーツが種目化するという動きは至極当然のことだと思います。 日本におけるeスポーツは「世界から7年遅れている」と私は考えています。欧米や中国、韓国とは大会の規模、社会での認知などに大きな差がありますが、2、3年で追いつきたいと考えながら活動しています。 私はかつて、ゲーム制作の仕事に携わっていた時期がありました。当時、頭の中にあったのは面白いゲームソフトを作り、それが売れるかどうかだけで、その先のことは考えていませんでした。しかし、スポーツ(競技)として真剣にゲームを楽しんでいる人たちと関わる中で、日本では彼らへの評価が不当に低いことに気づきました。 小学生の頃は、ゲームがうまい人はみんなヒーローです。それが中学、高校と続けて技術を高め、ゲームの大会で活躍しても、いつの間にか「オタク」呼ばわりされ、後ろ指を指されてしまいます。 野球が得意な人がプロ野球選手になり、サッカーがうまい人がプロのサッカー選手になるのと何も変わらないはずです。彼らは「野球オタク」であり「サッカーオタク」であるはずなのに、ゲームに情熱を傾けて懸命に取り組んでいる若者だけが、不当に扱われるのはおかしいと思います。彼らが輝ける場所を作らなければいけない。その思いが、私がeスポーツを日本で発展させたいと考える最大の理由です。「eスポーツ」と五輪をテーマにした公開討論会に臨むIOCのバッハ会長=2018年7月22日、スイス・ローザンヌ(IOC提供・共同) 読者の皆さんは、ゲームにあまりいいイメージを持っていないかもしれません。しかし、自分の能力を最大限に発揮して競い合い、勝負がついた後は相手をたたえる。そこには、とてもすがすがしいスポーツマンシップがあります。eスポーツに夢中になって、それを突き詰めようとする人たちを、ぜひ偏見のない目で見ていただきたいと思います。

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    eスポーツは五輪の「壊し屋」か、「カネのなる木」か

    春日良一(スポーツコンサルタント) オリンピック競技大会は創設以来成長し続けてきた。1896年に開催された第1回のアテネ五輪、競技種目数は9競技42種目に過ぎなかった。それから120年後の第31回リオデジャネイロ五輪では、28競技306種目に増えている。 この「巨大化」の流れについて、主催者である国際オリンピック委員会(IOC)も危機を感じていた。1992年のバルセロナ五輪の後、時のIOC会長、アントニオ・サマランチは「今後の大会では選手上限を1万人とする」と宣言した。しかし、現実にはその後も1万人に収まることはなく、リオでは1万1237人に膨れ上がった。 そして、2013年9月にIOC会長に就任したトマス・バッハは、打開策として中長期指針「アジェンダ2020」を発表した。これは巨大化による大会開催経費の増大問題や、それに伴う開催立候補都市の減少を意識したものであり、招致段階からの経費削減を図る姿勢も示されている。そして、夏季五輪については、選手1万500人、役員5千人、そして種目数310を上限とする指針を定めた。 しかし、2年後の東京五輪では、上限を超える33競技339種目が決定している。参加選手も、上限の1万500人を超えることも間違いないだろう。 理想と現実は違うと言ってしまえばそれまでだが、なぜこのような現象が起こるのか。実は、この現象に、現在IOCで検討されているeスポーツの五輪競技化の鍵が隠されている。国際オリンピック委員会の第7代会長、アントニオ・サマランチ=2000年9月撮影 その一つに、1984年のロサンゼルス五輪がある。76年のモントリオール五輪は、閉幕後、市民がその負債を何年も背負わなければならない事態に追い込まれ、それ以降の大会運営の見通しは決して楽観できるものではなかった。だが、ロサンゼルス五輪の組織委員会は、米政府や都市の援助を一切受けずに、五輪を黒字に導くという離れ業をやってみせた。 黒字の立役者として、組織委会長で実業家のピーター・ユベロスの功績がたたえられているが、実は、その裏にサマランチの手腕があった。それまで商業的利用を一切禁じてきたオリンピックシンボル、あの青・黄・黒・緑・赤の五輪マークを商業利用することに踏み切ったのである。求められ始めた「二兎」 それは五輪の理念である「スポーツで平和な世界を構築する」、いわば平和運動を支えるための資金を自らの努力で得ていくことを表明した瞬間であった。サマランチの決断によって、五輪は今後も開催される「持続可能性」を広げたのである。 五輪の「持続可能性」を支える商業利用は「オリンピックマーケティング」と呼ばれている。トップスポンサーと呼ばれる企業が巨額な資金を投じ、自社製品を五輪のポジティブなイメージで売り出し、世界展開させることに成功したのが良い例である。 さらにテレビ放映権や入場券収入なども取り込むことで、オリンピックマーケティングが進化していく。その過程で、人気のある競技の採用も求められるようになる。 「サマランチベビー」と呼ばれるトライアスロンやビーチバレーなどはこうして五輪種目に追加されてきたのである。その一方で、サマランチによる「選手1万人宣言」は、結果的に実現が遠のくことになった。W杯ボルダリング第5戦 準決勝に進んだ野口啓代=2018年6月 アジェンダ2020を提言したバッハが会長に選ばれた五輪総会で、折しも東京開催が決定したが、東京五輪でも追加種目が認められた。若者たちをターゲットとした種目が求められ、五輪の肥大化を回避することはできなかった。なぜなら、東京大会から採用されたスケートボードやスポーツクライミングは、アジェンダ2020が求める「五輪の持続可能性」にとって欠かせない種目でもあったからだ。 要は、五輪の「持続可能性」を考えた場合、資金調達とともに次世代である若者の参画が重要になるということだ。参画にはアスリートとしての参加はもちろん、観客としての応援も含まれる。そのためには、若者が関心を寄せやすい新たな競技が求められる。 資金調達と若者の参画、この二つを同時に解決することができる競技はないか。そこで浮かび上がってきたのが「eスポーツ」なのである。IOCに渦巻く賛否両論 eスポーツの定義を簡単に言えば、対戦型コンピューターゲームだ。 インドネシアで行われている第18回アジア競技大会では、公開競技としてeスポーツが実施され、日本からも代表が参加している。IOCでは、このeスポーツを五輪競技として正式採用するかどうかの議論を始めており、あるIOC幹部の話によると、現在、賛成と反対が半々ぐらいだという。 賛成派は、オリンピックマーケティングの観点から、すでに世界で1億人以上の「競技人口」を持ち、コンピューターゲームを開発する大企業がスポンサーで大会賞金額が100億円を超えるeスポーツは、非常に価値が高いと見る。 一方、反対派の意見はこうだ。五輪の理念で、アスリートは心と体のバランスを考えた向上を目指すことを推奨しており、この考えの根本には、スポーツは身体活動を伴うものであることが前提とされている。五輪を支えるのは自らの肉体を通じて、その限界に挑むアスリートである。そこには、五輪の原点、古代ギリシャのヘレニズム時代にあった「人間賛歌」の思想が隠されている。 つまり、自らの肉体を努力によって最善の状態に導くことが求められるため、十全とした身体活動を伴わないeスポーツはそもそも五輪の理念と矛盾するのではないか、という意見だ。 さらに、五輪を支える哲学であるオリンピズムは、「人間の尊厳の保持に重きを置き、平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てる」ことをゴールとしている。コンピューターゲームの多くは相手を征服するゲームであり、戦争型のものが多い。これは五輪の平和運動と相いれない。アジア大会で公開競技となるeスポーツの選手を育成する大阪市内の通信制高校=2018年8月(前川純一郎撮影) だが、五輪競技に参入していないものの、チェスの国際競技連盟は古くからIOCの承認団体であったし、中華全国体育総会は「(中国)将棋」を、陸上や水泳と同等の競技団体に当初から加えている。筆者はかつて、そのことを直接中国にただしたことがあるが、彼らの答えは「チェスや将棋は頭という身体活動を使うから」という、いたってシンプルなものだった。この理屈から考えれば、指も頭も使うeスポーツを加えてもおかしくはない。五輪参入の可能性は? そもそも日中韓が加盟するアジア・オリンピック評議会(OCA)が主催するアジア競技大会は、アジア特有の伝統スポーツにも門戸を広げることをよしとしてきた。実際、1994年の広島アジア大会では「足のバレー」セパタクローや「インドの国技」カバディが新たに実施された。 五輪でも、かつての実施競技で、綱引きがあったことはよく知られている。今やすっかりおなじみとなったスノーボードが長野冬季五輪から競技に入ったときにも、日本では驚いた人が多かったのではないだろうか。東京五輪ではサーフィンも登場する。 過去を振り返れば、第1回のアテネ五輪では、女性アスリートは参加できなかった。今、アジェンダ2020では、男女の参加人数が「平等」になることを目指している。また、五輪はアマチュアのアスリート以外は参加できなかったが、至高のスポーツ大会を目指し、プロの参加も当たり前になった。 このように五輪史を見れば、コンピューターゲームの進化と生活様式の変貌により、eスポーツを五輪競技とすることを普通に受け入れる日が来ないとは言い切れない。だが、五輪の原点が、あくまでも人間の身体を基礎としていることは忘れてはならないのではないか。 身体を鍛え、「より速く!より高く!より強く!」(「オリンピックモットー」)を求める努力の中で、人間は自らの限界とそれを超える力を学ぶのである。身体活動を理想的な状況に持っていくための日々の努力がその人の心を育て、そして競技を通じて、闘う相手を敬うことを「身体的に」学び、そこから国を超え、人種を越え、政治を超えた人と人の和が生まれる。これこそがスポーツに与えられた特権である。 だから、筆者はeスポーツに同じ経験を求めるのは難しいのではないかと考えている。だが、あえて五輪参入の可能性を探るなら、「スポーツでの平和構築」という五輪の理念を体現することが必要だろう。具体的には、バトルゲームからの転換を果たすことであり、さらに、リアルなスポーツが生み出す経験を疑似的に提供できればいいのかもしれない。アジアで初めてIOC委員に就任した嘉納治五郎 もし、参入が実現すれば、デジタル化時代における五輪競技「eスポーツ」が新たなスポーツの形と可能性を示すことができるだろう。五輪とパラリンピックが共存しているように、eスポーツもリアルスポーツとの共存が、大きな一歩につながるはずである。 日本の五輪運動の創始者、嘉納治五郎が唱えた理念「精力善用」と「自他共栄」は、柔道という身体活動から生まれた。全力で社会のために尽くし、相手への尊敬と感謝の念を忘れず自他共に栄える世の中にする努力を積み重ねることの大切さを示したものだ。 この哲学が、今回のeスポーツ五輪参入問題を解決するヒントになるのではないか。五輪の本質が問われている今こそ、嘉納の理念を生かすことが求められる。(文中敬称略)

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    なぜ今、サマータイム導入なのか

    最高気温が40度を超えても、さほど驚かなくなったのは気のせいか。こんな猛暑の国で2年後には真夏の五輪が開催される。さすがの政府も、サマータイムの導入を本気で検討し始めたようだが、国民生活への影響が極めて大きいこの議論を拙速に進めてホントに大丈夫か?

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    サマータイムが「東京五輪のレガシー」とは安易すぎやしないか

    れぞれ、午後4時、午後1時、午後9時となる。どちらがよいかは、各地の視聴率にもよりけりであるが、国際オリンピック委員会(IOC)が午前7時に決めたのは、その要素を勘案した上でのことだと思う。2018年8月、猛暑の中、皇居(こうきょ)の近くを走るランナー。政府などが暑さ対策でサマータイムを話し合っている 1984年のロサンゼルス五輪から、商業主義を五輪に取り入れたため、今では五輪収入の半分を放映権に依存するようになっている。極論すれば、競技日程もテレビ局の都合次第ということになる。 森会長のサマータイム案だと、東京が午前5時になっても、ニューヨーク午後6時、ロサンゼルス午後3時、ロンドン午後11時は、そのままである。私の案では、さらに2時間の時差が生じてしまう。IOCとのトラブルを避けようとすれば、森案の方がよいことになる。ところで小池さんとの関係は? 7月27日、森会長は安倍首相を首相官邸に訪ね、「2020年に限ってでも良いのでサマータイムを導入する法改正を検討してほしい」と申し入れた。その後、8月7日に、森会長は遠藤利明組織委副会長、林芳正文部科学相、鈴木俊一五輪相らと官邸を再訪し、安倍首相に正式に申し入れを行った。これに対して、安倍首相は自民党内で検討するように指示したという。 申し入れの席で、森会長は「地球環境をどう維持するかという大きな見地に立ち、五輪を日本のレガシーとして使ってほしい」と述べたという。27日の提案以来、サマータイム反対論が続出したため、「五輪のレガシー」というロジックを使ったのであろうが、やはり「五輪の暑さ対策」のためという「にわか仕立て」の印象がぬぐえない。 「2020年限り」から一気に「レガシー」、つまり永続的にという飛躍には多くの国民がついていけないのではあるまいか。しかも、先述したように、欧州では廃止論が強まっているという報道が相次ぎ、サマータイム導入論は風向きが悪くなっている。 ところで、五輪反対派を説得するために、これまでさまざまな論理が使われてきた。1964年の東京五輪のように、戦後復興、経済成長をうたうのは、発展途上国で開催する場合の常套(じょうとう)手段であった。ところが、開催費用の高騰で先進国以外の開催が難しくなると、この論理は使えなくなる。そこで、2012年のロンドン五輪で「レガシー」というスローガンが導入されたのである。 私は、都知事のとき、海外で「1964年は新幹線を残した。2020年は何をレガシーとして残すのか」という質問をよくされたが、私は「水素社会」だと答えていた。しかし、電気自動車が主流になり、水素自動車の普及が遅れている今日、この答えのままでよいのかと自問している。 このように、「レガシー」という言葉で五輪の目的を定めるのは、実は難しいのである。新幹線や首都高速道路といったハードの公共財については分かりやすいが、サマータイムをレガシーとするという考え方は安易にすぎる。2018年7月、東京五輪・パラリンピックのマスコットデビューイベントに出席した森喜朗組織委会長(左)と小池百合子東京都知事(飯田英男撮影) また、8月7日の首相官邸での森・安倍会談をテレビニュースで見ていて、実は不思議に思ったことがある。それは、小池知事が同席していなかったことである。「五輪の暑さ対策」という重要な問題を首相と正式に議論するのに、開催都市である東京の知事が参加しないでよいのであろうか。 森・小池の関係が悪いのか、小池知事がサマータイムに反対なのか、理由は分からないが、サマータイムについて小池知事の考えが全く聞こえてこない。組織委と東京都がこのような関係で、果たして東京五輪は問題なく実行できるのであろうか。 私が都知事のときは、意見の相違があると、正面から森会長に直言した。森会長は「生意気な奴だ」と思ったであろうが、理のある意見はきちんと受け入れてくれた。 五輪も人間が運営するものである。2020年大会の成功のためにも、組織委と東京都、森会長と小池知事の意思疎通が円滑になることを期待している。

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    デメリットはあれど、サマータイムはやはり導入すべきである

    あえて断行するということにはなりにくいのだ。 そうした中で、最近の異常とも言える猛暑と2年後に迫ったオリンピックの開催がきっかけとなり、日本でサマータイムの問題が再度盛り上がっていることは興味深い。この論議の行方は分からないが、なぜ私がサマータイムに賛成の立場か、改めて整理してみよう。 私が初めてサマータイムを経験したのは、23歳の時、留学先の米国であった。その時の印象は、不思議な生活感覚であるということだ。朝から夕方6時ぐらいまで忙しく大学院生の課題をこなして、夕方になってもまだ日が高いところにある。それから9時近くまで明るい。友人とバーベキューパーティーをやったり、公園の中をゆっくり散歩したりした。なんだか1日が倍になったような得をした気分だった。 夏の日の出は早い。それに合わせて起きるように生活を変える。日の出とともに起きるような生活をすれば、明るい日差しの中で夕方の時間を有効に使えるし、それだけエネルギーの節約になると、その時に知った。確かに夕方以降の照明の電気コストが節約できるようだ。「これがサマータイムの時計よ」と子供が指差す1時間早い時計(右)と標準時の時計=2004年7月21日、札幌市 日本の猛暑への対応ということでは、サマータイムの制度は効果がない、という意見もある。朝早くから活動を開始するのはよいとして、夕方になってもまだ日が高く、冷房費がかさむのでは効果が少ないという意見だ。そのような面はあるかもしれない。ただ、サマータイムは7月と8月だけではない。米国のように3月の中旬から11月初旬までとするなら、期間全体としての省エネ効果は大きい。日本は先進国か、途上国か 日本が地球の環境問題にどのように取り組むのかという姿勢を明確にするためにも、サマータイムを導入することのメッセージは大きい。オリンピック開催のレガシーとすることができるのなら、それも好ましいことである。 サマータイムにすると、日が高い分だけかえってダラダラ長く働くことになる、という否定的な議論もある。しかし、働き方改革を真剣に実行しようとするなら、むしろサマータイムをうまく活用して、日の高いうちに仕事とは別の活動をするというライフスタイルを模索すべきではないだろうか。 ところで、世界の先進国のほとんどはサマータイムの制度を採用している。日本はその例外であると言ってもよい。他の国がやっているので日本も採用すべきであるというのは、必ずしも説得力のある意見ではない、と思われるかもしれない。 ただ具体的にみれば、メリットとデメリットが共存する中で、結果的に大半の先進国が採用しているということの事実は重い。多くの先進国が結果的にサマータイムを選択しているのには、それだけの理由があると考えるべきだ。 アジアではどの国もサマータイムを採用していない。だからアジアモンスーン気候の日本も採用する必要はない、という議論がある。でもサマータイムを採用していないのは、アフリカや南米など途上国や新興国も同じであり、採用するか否かの線引きは先進国か途上国かにあるようだ。 最近は、欧州などでもサマータイムをやめるべきだという意見もある。ただ、その議論を積極的にしているのはフィンランドなど北の国のようである。白夜があるような国ではそうした意見が出るのはもっともだが、これが先進国の主流の意見とも思えない。北欧デンマークの首都コペンハーゲンで、人魚姫の像を眺めて夏の一日を楽しむ観光客。EUではサマータイム廃止が検討される=2017年8月(共同) また、サマータイムに反対する意見の中には、電車の時刻表や情報システムのソフトウエアなどを毎年2回変えることのコスト負担が大きいというのがある。確かにそうしたコスト負担はあるだろう。ただ、欧米ではそうしたコストを取り込んでサマータイムの仕組みが回っている。 コンピューターの調整が難しいのでサマータイムの導入は難しいという議論を聞いていると、レジのシステムの対応が難しいので、1%ずつ小刻みに消費税を上げるのは難しいという議論を聞いているのと変わらない。もっと言えば、システムの都合に制度を合わせるような議論である。これは正しい議論ではない。あるべき制度をまず議論して、それに合わせたシステム設計を行うという考え方でなくてはいけない。

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    サマータイム導入「2019年問題」で日本は大パニック?

    加谷珪一(経済評論家) 猛暑の中での開催が確実視される東京五輪の暑さ対策として、サマータイム導入論が急浮上している。サマータイムは過去、何度も議論の対象となったものの、導入が見送られてきたという経緯がある。サマータイムの導入について議論することは大いに結構だが、五輪の暑さ対策として、拙速に導入するというのはあまりにもリスクが大きい。 このところ酷暑ともいえる状況が続き、各地で熱中症の被害が相次いでいる。こうした中、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長は安倍晋三首相と会談、暑さ対策としてサマータイムの導入を要請した。これを受けて政府・与党内ではサマータイム導入の是非について議論が行われている。 サマータイムは、日照時間が長い夏季に限定して標準時よりも時間を進める制度で、欧米では広く導入されている。朝の涼しい時間帯を有効活用できるほか、外が明るい時間帯に仕事を終えられるので、個人消費も活発になるといったメリットがある。 今回は、こうした全般的なメリットを考えてというよりも、猛暑対策として涼しい時間帯を活用したいという部分が大きいと考えられる。 夏の期間だけ1時間もしくは2時間、時間を早めれば、ある程度の暑さ対策になるのは間違いない。だが、五輪という一大イベントのためということであればなおさらだが、想定されるリスクの大きさを考えると導入は見送った方が賢明だろう。 サマータイム導入に伴う最大のリスクは情報システムのトラブルである。 あらゆる情報システムは、何らかの形で時間を認識して作業を行っている。コンピューターのプログラムというのはすべて時間をベースに動いていると思ってよい。2011年6月、東京電力福島第1原発事故をきっかけに、企業で導入されたサマータイムで午前8時前に出社する女性(鳥越瑞絵撮影) だが、どのような方法で時間を認識するかはシステムによって異なっている。システム内部に時計機能があって、そこで時間をカウントするものもあるし、衛星利用測位システム(GPS)を使って時間を取得するシステムもある。サマータイムを導入する場合には、ある期間だけその時間を早め、その後、元に戻すという作業が必要となるので、時間をシフトする機能を実装していないシステムの場合にはシステム改修が必要となる。 日本では過去、何度もサマータイムが議論されてきたので、情報システムの中には、サマータイムに対応できるよう時間をシフトする機能をあらかじめ組み込んでいるものもある。だがすべてのシステムがそうではないため、いざ導入ということになった場合には、あらゆるシステムを検証し、必要なものについては改修を実施しなければならない。貧弱なインフラもリスク 現代では、複数の情報システムが互いに連携して動作しているので、一つのシステムが時間認識で不具合を起こすと、連鎖的にその影響が広がる可能性がある。既存システムの維持・管理の業務や新規のシステム構築業務に加えて、全システムについて夏時間対応の検証や改修を実施するのは、コスト的にも人員的にもかなりの負担となるだろう。 今、筆者は情報システムと述べたが、業務用の情報システムだけが改修の対象となるわけではない。家庭用の録画装置やエアコン、自動車に搭載されている各種機器類など、身の回りにある、ありとあらゆる機器類について対応が必要となる可能性がある。 家庭用機器の場合、時間がずれても致命的な問題にはならないので、一部の製品については利用者に諦めてもらうという選択肢もあるかもしれない。だが、そうはいかない製品も数多くあることを考えると、このリストアップだけでも大変な作業量だ。 しかも2019年には、天皇陛下の譲位に伴う皇太子さまの即位による改元が予定されており、システム会社はこの対応に追われている。ただでさえ人手不足で苦慮しているところにサマータイムも入るということになると、システム業界は相当な混乱となるだろう。 それだけではない。万が一、情報システムに不具合が発生した場合、社会や経済に対する影響があまりにも大きいという現実を見過ごすわけにはいかない。 東京は各種のインフラが貧弱であり、五輪開催時に大量に押し寄せる観光客をスムーズにさばけるのか心配する声も多い。こうした中で、システムの不具合による鉄道や航空機のダイヤの乱れなどが発生すれば、それこそ目も当てられない状況となる。 大きなリスクを背負ったとしても、得られるメリットが極めて大きければ、取り組む価値があるという考え方もある。だが、サマータイムによって得られる効果が限定的であることは、多くの人が実感しているはずだ。 酷暑となる日は、夜半過ぎになっても気温は下がらず、かなりの高温状態で日の出を迎えることが多い。1時間から2時間、時計の針を進めたとしても、競技中の平均気温を大きく下げることは難しいだろう。皇室会議により、譲位と即位、改元の日程が決まったこの日、皇居周辺に集まった大勢の観光客=2017年12月1日 一部では今回の議論をきっかけに、本格的にサマータイムのメリットについて検討し、恒久的な制度として導入を検討すべきという意見も出ているようだ。だが、サマータイムについては欧米でも賛否両論があり、総合的なメリットとデメリットを検討するには、相応の時間が必要となる。 今回のサマータイム導入が東京五輪の暑さ対策として浮上してきたのであれば、あくまで論点は五輪に絞った方が、議論は混乱しない。五輪の暑さ対策に的を絞り、抱えるリスクの大きさと得られるメリットを比較した場合、得られる結論は、導入見送りということにならざるを得ないだろう。

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    サマータイム導入はやはりデメリットが大きい

    のであるが、政策を評価する上では、政策の目的と政策の手段とが整合的か否かが重要となる。 つまり、国際オリンピック委員会との間で日本時間の朝7時以前にはマラソン競技を開始してはならないという取り決めがあるのなら別であるが、種々の競技開始時刻が朝の早い時間に前倒しできるのであればそれで対応すればよいだけであろう。しかも、競技によっては開始時間が前倒しされることにより、サマータイムが導入されない場合に比してかえって暑い環境下で競技が行われることになることも見逃せない。 そもそも、東京五輪・パラリンピックは建前上は東京都が責任を持つべき大会であり、極端な話、残りの46道府県には全く関わりのない話である。にもかかわらず、サマータイムなどという全国を巻き込む、場合によっては東京五輪・パラリンピックまでの時限立法的なその場しのぎの対応を是認できる国民はどれだけいるだろうか。 また、就業時間終了後様々な余暇活動に時間を費やすことで消費を喚起すると見込むことはそれが実現すれば睡眠不足をもたらすことになるし、サマータイム開始時及び終了時に時計の針を進めたり遅くしたりすることで睡眠障害をもたらすなど、健康を害するリスクを考慮しなければならない。東京五輪ではマラソンや競歩の会場となる皇居外苑で、穴の開いたチューブから散水を行い、暑さ対策の実証実験が行われた=2018年8月13日、東京都千代田区(川口良介撮影) 実際、ロシアではサマータイム移行時に心筋梗塞患者が増加したため結局サマータイムを廃止したし、オーストラリアでは、サマータイム移行時に男性の自殺が増える傾向があることも指摘されている。つまり、サマータイムの実施により消費が喚起され経済効果が得られたところで医療費が嵩み、人命が失われることになれば、経済ばかりでなく社会的にもメリットがデメリットを上回るとは言い難いだろう。気になるご都合主義のエリート姿勢 サマータイム推進派は、サマータイムの導入が、東京五輪・パラリンピックの一部競技の成功を目的とする以外に、エネルギー節約・温室効果ガス削減、消費喚起、労働時間の短縮といった日本が抱える構造的な課題に対して、これまで論じてきた様々なデメリットを考慮したとしてもなお抜本的な解決策になり得るのだという客観的かつ説得力のある根拠を示せないのなら、東京五輪・パラリンピックを口実としたなし崩し的なサマータイム導入への国民的な合意を得るのは非常に困難であると自覚すべきだ。 以上のように、自民党での検討が予定されているサマータイムの導入がわれわれの生活に与えるメリット・デメリットについて、5つの論点を取り上げ検討したところ、メリットに比してデメリットの方が大きく、特に、システム修正にかかる企業負担や、システム修正に失敗した場合に起こり得る経済・社会の混乱が深刻なリスクを孕んでいるとの結論に達した。 サマータイム導入の目的が、オリンピックを成功させるためというだけの矮小化されたものではなく、日本人の働き方やライフスタイルを時計から解放するのが目的であるならば、夏に限らず一年中太陽のサイクルに合致するよう労働時間を柔軟に変更・調整できるような仕組みを各企業なり組織が採用しやすくなる法的枠組みを整備すればよいだけではないだろうか。プレミアムフライデーで百貨店を訪れた経団連の中西宏明会長(左から2人目)=2018年7月27日日、東京都中央区(大塚昌吾撮影) サマータイムの導入が労働効率を上げ残業時間を減らすとの期待は、2016年に政府が勤務時間を1時間程度前倒しして朝早くから働き夕方からは家族や友人との時間を大事にする「夏の生活スタイル変革」を目論んだものの残業時間が増えただけに終わった「ゆう活」の失敗、さらには消費喚起に関しては、政府や企業団体の大号令にもかかわらず所定の効果を上げておらず迷走を続けるプレミアムフライデーの失敗から教訓を得、学習した形跡が政治家や政府、経営トップ層に全く見られず、国民の事情を考慮することなく自分たちの都合だけを一方的に押し付ける日本のエリート層の姿勢が個人的にはとても気になっている。

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    桂米丸や杉下茂ら、70年前に体験したサマータイムへの反発

     93歳になった落語芸術協会の最高顧問、4代目・桂米丸師匠が、約70年前の“苦い記憶”を振り返る。「前にサマータイムが導入されたのは、ちょうど私が師匠・古今亭今輔の前名である桂米丸を襲名した頃でした。“社会全体が能率的になる”という話でしたが、寄席では厄介なことが起きましたよ。始まる時間を勘違いして1時間遅れで会場に来てしまうお客さんが、大勢いたんです。そうしたお客さんたちから、“もう終わっちまうのか”と不満をいわれ、閉口しましたよ」 大混乱を日本中に巻き起こすことになった原因は、1948年に導入されたサマータイム制度だった。「占領統治下にあった政府は当時の電力不足を緩和するため、GHQ経済科学局電力班の指示を受けるかたちで『夏時刻法』を制定した。4~9月までの間、時刻を1時間早めるという法律でした(1950年からは5~9月)。ところが実際に導入されると、国民からは不評ばかりで、結局、占領が終わる間際の1952年4月に、わずか4年で廃止に追い込まれました」(経済部記者) 1951年に政府が行なった〈サンマータイムに関する世論調査〉(※編集注・当時の表記ママ)によれば、「やめた方がよい」が53%と、「続けた方がよい」の30%を大きく上回っていた。だが、70年の時を経て、そんな「不人気政策」が甦ろうとしている。落語家の桂米丸=2017年9月9日(栗原智恵子撮影) その理由は2年後に迫った東京五輪の「暑さ対策」だ。午前7時スタートの男女マラソンでは、選手がゴールする9時過ぎには、気温35度前後に達する見込みだ。“死者が出るかも”といった懸念が百出したことを受け、森喜朗・五輪組織委員会会長が、導入を呼びかけた。「森会長が『時計の針を2時間進めればより涼しい時間帯にスタートできる』と導入を要請すると、安倍晋三首相は、『一つの解決策かもしれない』と応じて与党に検討を指示しました。推進派は、秋の臨時国会で関連法案を成立させ、2019年からの実施を目指している」(自民党関係者) あまりに大袈裟である。選手の暑さ対策が目的なら、競技ごとに開始時間を変更すればよいだけではないのか──。アスリートから見ても「効果なし」 かつての“サマータイム体験者”からは、今回の唐突な導入論への反発が相次いでいる。導入2年目の1949年に中日ドラゴンズに入団した元プロ野球選手の杉下茂氏(92)は、アスリートの立場から「サマータイムは暑さ対策にならない」と話す。「当時のプロ野球は、デーゲームしかありませんでした。試合開始は午後3時。とりわけ名古屋はやたら気温が高くて、とにかく暑かった記憶しかない。試合の時間が1時間や2時間ズレたところで、選手にとってあまり変わりはなかったですよ」 当然ながら、東京五輪ではマラソン以外に昼間、屋外で行なわれる競技も数多くある。杉下氏のようなアスリートの観点からの指摘が、政府・与党に届くことはあるのだろうか。 累計200万部超のベストセラー『思考の整理学』著者で、“知の巨人”とも呼ばれる御年94歳の英文学者・外山滋比古氏(お茶の水女子大学名誉教授)も憤りを隠さない。「70年前は、たしかに時計を1時間早めたぶんだけ、日が高い夕方に余暇時間ができました。でも結局は、多くの人が生活のリズムを崩すだけだった。私の周囲の人たちも、“いつもより早起きになる上に、夜もなかなか寝つけない”と睡眠不足に陥って、疲弊していたと記憶しています。杉下茂臨時投手コーチ=2017年2月、北谷公園野球場(撮影・塚本健一) そもそも北海道から沖縄まで南北3000kmに伸びる日本は、地域によって日照時間が全く違う。法律で一律に夏時間を導入して何かの効果を期待するなどナンセンスで、混乱を招くだけだったのです」 戦後の混乱期だけの話ではない。近年になって地域限定で実施されたサマータイム制度でも、弊害が明らかになっている。 2003年夏、始業時間を繰り上げることでサマータイムの実証実験を行なった滋賀県庁では、職員を対象にしたアンケートで、41%が「労働時間が増えた」と回答(回答数1231人)。北海道内で札幌商工会議所が主体となって役所や企業が参加した実証実験でも、従業員の27%が「労働時間が増えた」と答え、22.6%が「体調が悪くなった」という(同1万780人)。 こうした経緯は、日本版サマータイムがいかに“悪手”であるかを物語る。関連記事■ 高須院長 東京五輪に苦言「死者が出る。10月にずらすべき」■ サマータイム導入 家庭の16時台電力需要増え節電に逆効果■ 蓮舫氏も提案したサマータイム 本当に効果あるか試算■ 東京五輪の「暑すぎ問題」、危険なのは選手よりも「客と馬」■ 東京五輪マラソン暑さ対策に不安 完走さえ難しくなるかも

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    東京五輪の「暑すぎ問題」、危険なのは選手よりも「客と馬」

    録的猛暑で、2020年に迫る東京五輪の開催を危ぶむ声が高まり、海外メディアまでもが報じ始めた。 国際オリンピック委員会理事会で承認されたマラソンの日程案は、当初計画では女子(8月2日)・男子(同9日)ともに朝7時30分スタートとなっていたが、東京五輪組織委員会は暑さ対策のため、朝7時スタートに繰り上げた。併せて競歩、トライアスロン、ゴルフなども開始時間を前倒しすることとなった。 もっとも、競技中の選手に対する暑さ対策については、進められているほうかもしれない。だが、熱中症に詳しい桐蔭横浜大学大学院スポーツ科学研究科の星秋夫教授は「危険なのは選手よりもむしろ観客やボランティア」と話す。「競技の開催場所は屋外競技場が圧倒的に多い。観客は会場に入るため炎天下で列を作って待ち、屋根のない競技場で2~3時間観戦する。マラソンでも、沿道で場所取りのために数時間前から待ったうえで観戦する。 過去のデータから東京五輪での気温を予測すると36度前後と推測されます。そんな中で3~4時間も立ちっぱなしだと、熱中症を発症するリスクは非常に高い」(星教授) 暑いといわれた2008年の北京五輪でも最高気温は30度前後だった。36度が想定される東京五輪は史上最も過酷な大会になりうる。「競技開始時間の変更に加えて、暑さ対策として植樹して日陰を作ったり、アスファルトにクール舗装をしたり、ミストシャワーを設置したりすることが挙げられていますが、いずれも観客には関係ありません。かなりの人が熱中症で倒れ、運悪く亡くなられる方も出てくる可能性があります」(同前) 大会組織委の森喜朗会長は、日刊スポーツ(7月24日付)のインタビューで暑さ対策について「想像上ではなく今、現実にある。実際に試すため、生かさない手はない」「ある意味、五輪関係者にとってはチャンス」と猛暑が日本人選手に利するというポジティブすぎる考えを語った。 しかし、もはや日本の選手が勝てるかどうかの問題ではない。さらに猛暑五輪の被害を受けるのは人間だけではない。馬術競技には馬も“出場”する。※画像はイメージです(GettyImages) 7月24日に行なわれた世界遺産・闘鶏神社(和歌山県田辺市)の「田辺祭」では、神輿などを引く馬の4頭中1頭が熱中症をおこし、交代する一幕があった。 日本馬術連盟の広報担当者は「馬が暑さに強くないのは事実です。暑さよりも寒さに強い動物ですから」という。そこで、組織委員会に馬の暑さ対策について訊いた。「馬の暑さ対策はもちろん必要で、現在のところ早朝や夕方以降のスタートにすることが決まっています。あとは個別の会場で暑さ対策をすることになりますが、現在はまだ詰め切れていません」(戦略広報課) もし2020年も今年のような猛暑に襲われれば、選手だけでなく観客、ボランティア、そして馬もバタバタと倒れる──史上最悪の大会として語り継がれることになりかねない。関連記事■ 今年の猛暑は秋口までか、38℃以上は「獄暑」と呼ぶべき■ 2100年の天気予報 東京43.6度で沖縄は「避暑地」になる■ エアコン設定温度は27℃で結論? 一日中つけっぱなしが重要■ 小中学校エアコン設置で広がる「夏休み短縮」はアリかナシか■ 認知症の女性、暑さと寒さがわからず冷房設定を16℃に

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    「LGBTなんて言葉なくなればいい」元女子高生の僕が伝えたいこと

    杉山文野(フェンシング元女子日本代表) 「それはお前がいい男に抱かれたことがないからじゃねえか?」。僕が「本当は男なんです」とカミングアウトしたとき、フェンシングのコーチからこう言われました。 僕はLGBTの中の「T」、トランスジェンダー(心と体の性が一致しない人)です。幼稚園のころから、自分は男だと思って男の子たちとサッカーをして遊んでいました。でも、小中高と女子校に入ることになり、周りには女の子しかいない状況に「なんだかおかしいぞ?」と自分の性別に対する違和感を意識するようになったんです。 昔からスポーツが好きでしたが、その中でフェンシングを続けるきっかけになったのも、ユニホームに男女の差がほとんどなかったからなんです。当時、剣道は女子だけ赤胴に白袴、テニスはスコートが主流でしたし、バレーボールもブルマー。男女の差がはっきりと出るユニホームを着るのが本当に嫌だったんです。 小学生のころは、男子相手でもテクニックで打ち負かしていました。でも中学校に上がるころになると、第2次性徴が始まり、一気に体格差が出てくるようになりました。こうなると、ついこの前まで簡単に勝てていた男子の体があっという間に大きくなって、力もスピードも勝てなくなりました。それに比べて、自分の体はどんなにトレーニングをしてもなかなか筋肉がつかない。さらに、生理が始まって体調の変化もあるし、「体の変化」で男女の差が出てくるのは、自分にとってとても悔しいと感じるようになりました。 フェンシングは一般的に貴族のスポーツのように言われますが、実際はボクシングと変わらないくらい泥臭いスポーツなんです。フェンシングだけではないと思いますが、フェンシング協会もクラブチームもかなり体育会系で、男尊女卑というか、男性優位な風潮が当時はありました。 例えば、合宿に行っても食事の準備や洗濯は女子がやって、男子の先輩は練習が終わればパチンコに行ってしまう、なんてこともありました。男子選手が筋トレで体力がもたなかったりすると、「お前オカマかよ!」とか、「情けねえな、女じゃあるまいし」とか、そういった発言が当たり前のようにありました。もっと言えば「お前は女なんだから」と、どうしても女性を見下すような雰囲気がありましたね。元フェンシング女子日本代表の杉山文野さん(撮影 iRONNA編集部、松田穣) でも、当時のフェンシング仲間はすごく楽しくて良い人たちばかりでした。ただ、良い人であることと、差別的な表現をしてしまうことは、まったく別軸にあったように思います。誰も悪気はなく、男尊女卑のような表現をするのが当たり前だったんです。当時はジェンダーやセクシュアリティに関する情報がほとんど出ていなかったからなんだと思います。 2004年にフェンシング日本代表入りを果たし、世界選手権に出場した1年後に引退するまで、自分はずっと「僕」だと思っているのに、「女子」の部に出ているのはなぜなんだろう、と葛藤を繰り返していました。別に悪いことをしているわけでも、ドーピングをしているわけでもないのに、常に罪悪感のようなものが自分に付きまとっていたんです。アスリートとしての道をこのまま進んでいれば、自分らしくなれないし、かといって男性ホルモンの投与や性別適合手術を受ければ、選手を続けることができない。当時はその二者択一しか選択肢がなかったんです。自分にもあった「男尊女卑」 今振り返れば、100%競技に集中しているつもりでも、それと同じぐらいのエネルギーを、性別違和の悩みに使っていたんじゃないかと思っています。白いTシャツ1枚じゃ胸が透けてしまうけれど、ブラジャーはつけたくなかったし、スポーツブラをつけていても違和感が常にありました。女性用の更衣室でシャワーを浴びるにも、他の人と一緒の時間に入らないようになんとか時間をずらしたり、練習後に男子選手が気持ちよさそうにTシャツを脱いで裸になってパタパタ仰いでいるのをうらやましく思ったり、ホントに些細なことなんですが、いつも性別違和と向き合っていました。 そんな現役時代でしたが、実は本当に身近な人にはカミングアウトをしていました。クラブチームの仲間は「文野は文野だよね」と受け入れてくれましたが、だからといって単純に心が晴れやかになるわけではありませんでした。 なぜなら、自分が本当は男で、これから男に移行していきたい、みたいな話をしているのに、女子選手に負けたりすると、僕の心の中にもある種の男尊女卑的な部分があって、「女子なんかに負けてしまって」と思ってしまうんです。かといって男子にはかなわない。だからフラストレーションはたまる一方でした。周りは自分を受け入れてくれたにもかかわらず、自分の方が逆に居場所がないように感じることがありましたね。 それでも、自分にとって師匠と呼べるような人にカミングアウトしたときは「何があっても俺がお前の師匠であることは変わりない」と言ってもらって、すごくありがたいと思いました。一方で、別の信頼していたコーチをはじめ、大半の人からは、冒頭の言葉のように「いい男に抱かれたことがないから、そんなこと言うんじゃねえか?」というような反応が多く、やっぱりスポーツ界でカミングアウトするのは難しいなと実感しました。フェンシング現役選手時代の杉山文野さん こんな自分の体験を踏まえても、いま現役選手がカミングアウトするのは難しいと思います。本当はカミングアウトしたからといって、解決するわけじゃないんですよね。カミングアウトすることで、逆に居場所がなくなってしまうこともあります。僕は引退したから言えますけど。 メダルをとった選手で、実はLGBTだという人を個人的に何人か知っていますが、「やっぱり言えないよね」と言っていました。なぜなら、特にメダルをとった選手は、家族にとっても自慢の息子や娘だし、地元やファンにとってもヒーローという期待が膨らむ中で、もしカミングアウトしてしまえば、それ自体が裏切り行為になってしまうのではないかと不安を抱えてしまうからです。 だから、カミングアウトするということは、本当の自分をオープンにすると同時に、「これまで黙っていたのは、みんなに嘘をついていた」と言うのと同じなんです。東京五輪はチャンス もちろん、わざと嘘をついているわけではないし、嘘をつかざるを得ない状況に追い込まれていた事情があるからなんですが、これは社会の責任だと僕は思っています。でも、はっきり社会の責任だと声を大にして言いづらいのも事実です。自分のせいだと、責任や罪悪感を強く感じてしまう状況でカミングアウトするのは、とてもハードルが高いんです。 その一方で、スポーツは社会を変える力があると信じていますし、2020年の東京五輪は大きなチャンスになり得ると思っています。リオ五輪の時には、パラリンピックと合わせて50人以上がカミングアウトしたり、試合後に公開プロポーズしたり、いろいろなことがありましたよね。なぜそういうことをするかというと、五輪という世界中から注目をされているときに発信しなければ、私たちの声を取り上げてもらえないからです。だから、タイミングを見計らって情報発信するんですよね。 東京五輪では、実は取り組みの一つとして、世界初のLGBTパレード「アジアンプライド」をやってみたいと思っています。「ワールドプライド」という世界規模のLGBTパレードは既にありますが、アジアという枠組みではやったことがないので、台湾や韓国など、アジア各国と連携してできればと考えています。「世界初のLGBTパレード『アジアンプライド』を実現したい」と語る杉山文野さん(撮影 iRONNA編集部、松田穣) また、2020年に向けてアライ(LGBTを理解し、支援する人)アスリートの人たちにも、表に出てもらいたいと考えています。現役選手がカミングアウトするのはまだまだ難しいけど、それを理解してくれる人、支援してくれる人を可視化することで、スポーツ界でも発言しやすい環境をつくっていくことから始めていけたらと思っています。 スポーツ選手って、子供たちの憧れの的じゃないですか。そういう人たちがカミングアウトできるようになったら、それは本当に大きな夢と希望になります。僕だって、会う人会う人に「元女子高生です」なんて言いたくないですから。でも、言わないと「いない人」になってしまいます。近い将来、LGBTなんて言葉がなくなればいい。そのために、今はまだ言わなきゃいけない時代なんです。(聞き手 iRONNA編集部、中田真弥)すぎやま・ふみの フェンシング元女子日本代表、株式会社ニューキャンバス代表。1981年、東京都生まれ。早稲田大大学院教育学研究科卒業。LGBT(性的少数者)の支援に取り組むNPO法人「東京レインボープライド」共同代表理事、NPO法人「ハートをつなごう学校」代表として、講演会やメディア出演など活動は多岐にわたる。日本初となる渋谷区・同性パートナーシップ証明書発行に携わり、渋谷区男女平等・多様性社会推進会議委員も務める。著書に『ダブルハッピネス』(講談社)。

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    東京五輪は「閉じた世界」LGBTの集大成となるか

    ナル」というネットワークも生まれることとなりました。「プライドハウス」設置への苦闘 そして同年、国際オリンピック委員会(IOC)がオリンピック憲章を改定し、「根本原則」第6項において「性別および性的指向」に関する差別禁止を表明したのも、これら一連のソチ冬季五輪期間に行われたさまざまな活動が大きな契機となってのことでした。 私が初めて「プライドハウス」と出会ったのは、2015年夏にカナダで開かれた「プライドハウス・インターナショナル」の会合でした。パンアメリカン大会(南北アメリカ大陸の各国が参加)に合わせ、トロントのLGBTセンター「The 519」が期間限定で「プライドハウス」となり、2016年のリオ五輪、2018年の平昌冬季五輪での設立を目指すチームも参加しました。 私が代表を務めるLGBTの支援団体「グッド・エイジング・エールズ」が、シェアハウス、カフェ、街のステーションなどの企画運営、職場づくりのカンファレンスやランニングイベントの開催をしていたこともあり、2020年の東京五輪に向け、日本での「プライドハウス」立ち上げを勧められました。 会合では、「プライドハウス」の過去の取り組みや課題、実施に至るまでのノウハウがシェアされると同時に、各国各地の地域性・独自性を活かしながら、いかに持続可能な取り組みとして、その都度、バトンを渡していくことができるかについて議論されました。 また、直近のリオ五輪、平昌五輪、そして2020年東京五輪での「プライドハウス」においては、施設としての大小や形にとらわれず、ホスピタリティ、情報発信、自由参加可能なスポーツ企画、教育プログラムという4つの機能の実現を目標にしたい、という緩やかな意志の共有もありました。 個人的には、ブラジルから参加したジェフ・ソウザさん、韓国から参加したキャンディー・ダリム・ユンさんとは意気投合し、「お互いのプライドハウス実現をサポートし合おう!」と誓い、トロント以降も連絡を取り合う仲となりました。昨年のリオデジャネイロ五輪で設置されたLGBTの拠点「プライドハウス」で写真に納まる松中権さん(右)(筆者提供) そして2016年夏、仕事の関係でリオに滞在していた私は、五輪開催に合わせてジェフさんたちが立ち上げた「プライドハウス」のオープニングイベントに参加しました。その際、ジェフさんから、国外に発信されるブラジルの陽気なプライドパレードのイメージとは裏腹に、国内でのLGBTなどへの政府や自治体や企業のスタンスは非常にドライだと聞きました。最終的にどこからもサポートを得られず、「プライドハウス」はトランスジェンダー女性のシェルターの一部を借りて実施するなど、苦労が多かったようです。東京五輪が集大成になる とはいえ、リオ五輪では「カミングアウトしたオリンピアンが過去最大数」「試合後に同性カップルのプロポーズ」など、明るいニュースが報道されました。ただ、現在も年間数百人のトランスジェンダー女性がヘイトクライムで殺害されているなど、ブラジルのLGBTの実情についてはほとんど語られることがなかったのも現実です。 こうした流れの中で開かれた平昌五輪は、キャンディーさんをはじめとする韓国チームが、五輪に向けて、いくつもの取り組みを実施してきました。あまり報道されていませんが、平昌五輪の倫理憲章に記された、LGBTなどのコミュニティーへの差別禁止条項の周知や、期間中の差別被害のモニタリング機能を果たすことを宣言したほか、具体的な被害状況を寄せられる通報フォームも立ち上げました。 また、「正しい表現や単語を使う」「存在を居ないことにしない」「HIV/AIDSの正確な情報を提供する」など、オリンピック史上初めて、LGBTなどに関するメディア向けの表現ガイドラインの提供も行っています。 その一方で、韓国ではキリスト教信者や保守層のLGBTなどに対する根強い抵抗によるコミュニティーとの衝突もあります。文在寅(ムン・ジェイン)大統領が選挙前に「同性愛に反対」と発言したことへの抗議活動で逮捕者も出ており、国内で強力な支援体制を得ることができず、本格的な「プライドハウス」の設置には至りませんでした。左からプライドハウスインターナショナルのケフ・セネットさん、韓国プライドハウス担当のキャンディーさん、松中権さん(筆者提供) そして迎える2020年東京五輪はどうでしょうか。世界各国で相次ぐ同性婚の合法化の流れ、IOCによるトランスジェンダー選手の参加条件の明確化など、国内外を合わせてもLGBTなどに関する社会的関心が高まっており、集大成の時期になると言えるでしょう。 だからこそ、日本でも設立を目指す「プライドハウス」は、専門家や企業、自治体、教育機関、メディアなど、より多くの機関が関わっていくべきだと考えています。差別や偏見を具体的に取り除き、来場者に「安心」をいかに提供できるか。実際に起こっている被害をキャッチし、当事者を守り、いかに「救済」することができるか。そして、社会が性に関する多様性を受け止め、いかに多くの人が互いを「祝祭」し、リスペクトしあえる場を作りあげることができるかが重要です。 これらの役割を担える「プライドハウス」を模索しつつ、組織委員会と連携し当事者選手に向けた取り組みだけでなく、五輪後も形を変えて機能を継承していけるよう、みなさんとともに議論し、実現していきたいと考えています。 先日、東京都議会での一般質問を受けて、東京都としてオリンピック憲章の理念に基づく条例を制定する動きが出てきたというニュースが飛び込んできました。単なる理念条例にとどまることなく、LGBTなどに関する担当部署の設置を視野に入れ、2018年度内の成立を目指すようです。こうした2020年東京五輪に向けた動きを生かしていくことが、私たちの使命だと考えています。

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    「フェアな東京五輪」への道は甘くない

    鈴木知幸(国士舘大客員教授、元16年東京五輪招致推進担当課長) 「2017年版オリンピック憲章(JOC日本語版)」のオリンピズム根本原則には、「すべての個人はいかなる種類の差別も受けることなく、オリンピック精神に基づき、スポーツをする機会を与えられなければならない。オリンピック精神においては友情、連帯、フェアプレーの精神とともに相互理解が求められる」とうたわれている。この「いかなる種類の差別」とは「人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、国あるいは社会のルーツ、財産、出自やその他の身分などの理由」と個別的に列挙されている。 この差別禁止事項は、2003年版の憲章まで「オリンピック・ムーブメントの目的は、いかなる差別をも伴うことなく…」とだけ書かれていて、個別事例は列記されていなかった。しかし、2004年版から「人種、宗教、政治、性別、その他の理由に基づく国や個人に対する差別」と、初めて4つの個別事例が書き込まれるようになった。 その後、2014年2月に、ソチで行われた冬季五輪の開会式において、前年成立したロシアの「反LGBT法(反同性愛法)」は人権侵害だとして反発した米、英、仏、独など欧米諸国の要人が開会式を欠席したことで世界が注目した。だが、日本の安倍晋三首相はプーチン大統領に配慮して出席しており、日本は人権問題への意識が低いのではないかとの批判もあった。2014年2月、ソチ冬季五輪の開会式に出席した安倍晋三首相(中央、代表撮影) これを機に、2014年12月の国際オリンピック委員会(IOC)総会において、事前にIOCが提言していた「オリンピック・アジェンダ2020」を踏まえて、憲章の「いかなる種類の差別」の中に、「性的指向(Sexual Orientation)」が書き加えられたのである。その憲章改正を受けて、2020年の東京五輪・パラリンピックの大会基本計画にも多様性を認め合う対象として、性的指向が明記されている。 したがって、東京都がダイバーシティ(多様性)を表明しているなら、東京五輪の開閉会式で、ロンドン五輪と同じくLGBTなどの性的少数者の権利をテーマの一つに加え、日本も積極的に取り組んでいることを世界にアピールしてほしいと願う関係者は多いはずである。その上で、このテーマを具現化するためには、大会中ではカミングアウトした人々だけでなく、すべての参加者が、相互理解のもと安心して使用できる更衣室、トイレ、宿泊機能などの整備を推進するとともに、それを保証する法整備や制度設計を整えることは言うまでもない。パラリンピックで浮上する異論 もちろん、大会開催中に該当者の利便性を確保するだけで終わってはならない。大会後に日本国民がLGBTの権利を理解し支持するようダイバーシティへの啓発を進めて、社会的レガシーにしていくことこそが、五輪開催の意義の一つとして評価されることになるだろう。2017年7月、LGBT自治体議員連盟を発足させた東京都豊島区の石川大我区議(左端)ら地方議員 憲章における「差別禁止」は、五輪の大会運営全般に差別があってはならないという趣旨だ。さらに、前述した「フェアプレーの精神とともに相互理解が求められる」とは、競技者同士が公平性について相互理解することが、スポーツのフェアプレーであると解することができる。 IOCと国際競技団体(IF)は、五輪競技者の公平な参加条件を定めるために、さまざまなアンチ・フェアネスと戦ってきた歴史・経緯がある。特に、アンチ・ドーピングは五輪の公平性を守る戦いそのものだと言っても過言ではない。 もともと、ドーピングは競技者の健康・生命を守ることで取り締まりを始めたが、すぐに健康を害しないドーピングが現れた。現在は、薬物などによる競技能力の操作は、インテグリティ(高潔性、正義)に反するとして厳格に対処しているところである。しかし、すでにゲノム編集による遺伝子ドーピングなど、先天的に優位性を操作できる懸念にまで及んでおり、ドーピングのアンフェア排除の限界説までささやかれ始めている。 また、両足義足のパラリンピック選手が五輪種目に出場を希望したときには、義足の反発力が走力を高めているとして出場が拒否された問題も公平性が争点になり、現在も続いている。なお、パラリンピックは、国際パラリンピック委員会(IPC)が、競技の価値として「公平(Equality)」を挙げており、「多様性を認め、創意工夫をすれば誰もが同じスタートラインに立てる」とアピールしている。その公平性の確保のためにIPCは、パラリンピック競技を身体機能別に細かく区分し、種目数(メダル数)を大幅に増やす創意工夫をしている。例えば、東京パラリンピックでは22競技537種目まで区分されているのである。 したがって、身体機能の区分に異論を訴えられた事例はあるが、男女の所属判定に翻弄されたケースは、まだ表面化していない。ただ、近年のパラリンピックは競技レベルが向上し、メダル合戦も熾烈(しれつ)になりつつあり、いずれ五輪のような男女区分にも異論が出てくることは否めない。メダル争奪戦の弊害 一方、五輪競技は、男性と女性(混合は男女一緒という意味)の区分しかできず、東京五輪の場合は、33競技を男子、女子、混合の339種目に区分してメダルを設定している。このため、競技性の公平性を厳密に確保しようとすれば、男女の区分へ異論が集中することは必然である。 現在の五輪は、近代オリンピック創設者のクーベルタン男爵が「オリンピックは参加することに意義がある」と言っていた時代ではない。賛否は別にして、1分1秒を厳しく争う国家ぐるみのメダル争奪戦になっており、競技者はメダル獲得によって人生が激変する時代である。だからこそ、勝つためにはどのような不公平も許せないことは競技者共通の思いであり、IOCも公平性確保を厳格化しているのである。皮肉にも、健常者がパラリンピック選手と同様のハンディを設定すれば、パラリンピックに出場できるのかという反論もあり、これではパラリンピック大会の存在意義さえ問われかねない。 その他には、競技ルールの変更や競技器具の開発制限、イスラム教下での女性スポーツ制限など、競技の公平性にかかわる問題は枚挙にいとまがない。したがって、あらゆるスポーツ競技者が、相互理解を踏まえて公平な条件でスタートラインに着くということは、そう簡単なことではないのである。2016年8月、リオデジャネイロ五輪の陸上女子800メートルで優勝した南アフリカのキャスター・セメンヤ(中央、桐山弘太撮影) 憲章で差別が禁止されている性的指向の中で、スポーツ競技力に大きな影響を及ぼすのは、LGBTのトランスジェンダーと、両性具有者である。 特に、生物学的な男女の運動能力的な差異は、陸上競技の短中距離や投擲(とうてき)競技のように、走力、重量対応力、瞬発力などによるパフォーマンス差に大きく表れる。その影響は男性ホルモン量に最も起因するといわれている。そのため、サッカーのようなチーム競技やスキルが中心の競技ではなく、個人の身体能力をシンプルに競い合う陸上競技などの成績において顕著に表れるのである。とりわけ、競技力の公平性の議論に一石を投じたのが、両性具有と診断された陸上中距離のキャスター・セメンヤ選手(南アフリカ)である。セメンヤ選手に対しては、さまざまな擁護と反発の見解がある。 擁護する見解には、オリンピズムにおいて最も守らなければならない根本原則は「スポーツをすることは人権の一つ」であり、先天的な有意差をとがめてホルモン調整を強要したり、競技条件を厳しくして排除することは、人権無視も甚だしいという理由による意見が多い。「旧優生保護法」への懸念 一方、現に五輪競技が男性種目と女性種目に区分されていることは、競技能力を区別することであって差別ではない。したがって、公平な条件でスタートラインに立つことを保証するために、ホルモン調整などさまざまなコントロールを参加条件にすべきである。それを怠れば明らかに逆差別となり、新たな不公平を生むという見解である。その懸念が表れたのが、リオデジャネイロ五輪で、セメンヤ選手が女子800メートル走で驚異的な記録で優勝したときである。その時に2位以下の選手から異論が噴出したことは察するに余りある。 もちろん、IOC、国際陸上競技連盟(IAAF)、スポーツ仲裁裁判所(CAS)とも静観したり、手をこまねいていたわけではない。苦慮したうえでそれぞれの判断を下しているのである。特にIOCは、現在のところ、男性選手が女性選手として出場する場合には、性別適合手術を受けていなくても、性自認が女性であることを宣言して4年間変更しないこと、および、テストステロン値(男性ホルモンの一種)が、過去12カ月の間一定レベルを下回っていることを証明することとしている。しかし、この現行案でも、すべての参加者に相互理解が及ぶことは程遠く、不可能に近い。 だからこそ、東京五輪におけるLGBT対応は、大会中にすべての人々が快適に五輪を享受できるよう、行動や生活などすべてのバリアフリーを徹底することが前提となる。実際に、東京都はLGBTを担当する部署の立ち上げをようやく表明した。4月から担当課長を置いて、五輪憲章の理念に沿った条例の制定を目指すという。また、大会組織委員会も十分な対策を検討しているところである。2017年10月、東京五輪の開幕まで1000日となり、カウントダウンボードをお披露目。小池百合子東京都知事(後列左から3人目)もイベントに参加した その上で日本が、世界に向けてさまざまな人権問題に取り組み、その制度設計や法改正を進めていくというメッセージを発信する必要がある。ただその際に、個人的に懸念しているのが「旧優生保護法」への対策である。日本では現在、旧優生保護法に基づき不妊手術を受けた被害者に対する救済処置を巡って議論が続いている。もし、この現状を放置したまま、東京五輪でLGBTの積極的な救済を訴えても、国民も世界からも懐疑的に見られる懸念を拭い去れない。 何より、大会後の継続が最も重要であり、日本国民が2年後の東京五輪におけるLGBT対応への理解を通じて、ダイバーシティ社会の構築が加速され、未来に向けた社会的レガシーになっていくことを期待したい。その一方で、五輪の持続可能性には、スポーツ競技の公平性を絶対的価値として維持していくことが重要であることも共有すべきである。 憲章を通じて、いかなる差別も廃止する根本原則と、スポーツの本質である競技の公平性には、どうしても二律背反に陥るところが生じてくる。IOCはその現実を認めつつも、個人の尊厳と競技の公平性を両立していく議論を続けてほしいと願うばかりである。

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    寂しすぎる平昌五輪の経済効果、文政権は「宴の後」に苦しむ

    スやチームプレー、また各国選手との交流など、多くの日本国民は感動に包まれたことだろう。宴が終わると「オリンピックロス」の感情がいやでも芽生えてくるが、他方で経済的なロスも気になるところだ。燃え上がる平昌冬季五輪の聖火=2018年2月(共同) オリンピックやサッカーのワールドカップはその開催地域だけではなく、一国全体にも大きな経済効果を与える。開催が決定されれば、会場や道路などインフラ投資が活発化し、また五輪関連投資などで海外からの旅行客も次第に増加していくと考えられるからだ。この事象だけ捉えれば、開催国の経済浮揚に貢献することが多い。だが、五輪が終わればブームも一段落し、経済が減速しないかが話題の焦点になる。 では、平昌五輪の経済効果はどのくらいだろうか。韓国経済全体に与える影響をみると、過去の五輪開催国の「平均像」に比べてかなりパフォーマンスが悪いことがはっきりしている。この点について、日本銀行が公表した「2020年の東京オリンピックの経済効果」という展望論文が参考になる。過去の五輪開催国では、開催前の5~2年にかけて実質国内総生産(GDP)成長率が有意に上昇し、また開催年までに実質GDPの水準も累積で10%ほど上昇するという実証研究が紹介されている。 開催5~2年前というのは、2013年から16年の4年間である。この間の韓国実質成長率の平均は約2・9%である。リーマン・ショックの影響を受けた09年、そしてその反動増ともいえる10年を除いて、21世紀の韓国の実質成長率の平均は4・2%程度なので、この数値と比較するとそれほど高くはない。 また細かくみると、2014年に3・3%をピークにして低下している。このときから失業率も悪化傾向にあり、特に若年失業率は2桁前後に留まったままである。朴槿恵(パク・クネ)前大統領が失脚した背景には、この雇用不安や不満があったと思われる。ちなみに実質GDPの累積増は、従来の五輪開催国の中ではかなり高い。もちろん、この累積増も五輪開催以前の実質成長率の平均値が高いので、五輪の経済効果が目覚ましいとするには寂しすぎるのである。平昌五輪の経済効果が「寂しい」理由 五輪経済効果の「寂しさ」の原因の一つは、韓国の輸出が2014、15年と大きく減少したことにあるだろう。韓国は経済規模の半分ほどの輸出額がある、いわば「輸出依存国家」だ。だが、肝心の輸出が15年に前年比7・9%減、16年も同5・9%減と落ち込んだ。2017年に入ると輸出は堅調で、また実質成長率も3・1%に回復している。だが、回復を主導したのは投資であった。五輪効果が直近でようやく出てきたというよりも、韓国銀行の金利引き下げなどの緩和政策が効果を発揮している可能性がある。実際に輸出の堅調は、ここ数年では最もウォン安が進んだことに原因がある。ただし、雇用情勢の方は相変わらずで、17年も失業率・若年失業率ともに悪化したままである。 韓国にとって平昌五輪の経済効果、それ自体は「寂しい」。さらに五輪開催の最大のメリットともいえる、海外からの観光客数も17年から減少傾向にある。今年の数値はまだ分からないが、17年は約2割の大幅減だった。その主因は「THAADショック」による中国からの観光客の減少である。 韓国政府は米軍の最新鋭迎撃システム、高高度防衛ミサイル(THAAD)を北朝鮮の脅威への備えとして配備することを決定した。中国がその報復として、団体旅行客の訪韓を禁止したからだ。その後、昨年末の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の北京訪問、そして習近平国家主席(総書記)との首脳会談によって「雪解けムード」が生まれた。韓国も平昌五輪開催に併せた中国観光客のビザなし来韓を可能にした。だが、いくつかの報道をみる限り、中国人観光客が大幅に増加しているという感じではなさそうだ。2017年3月、韓国・ソウルの繁華街、明洞。中国語表示の看板が目立つものの、中国人団体観光客は姿を消していた(桜井紀雄撮影) このように平昌五輪における韓国経済への「事前効果」は目立つものではない。では、「宴の後」はどうだろうか。もともと五輪の経済効果に目ぼしいものがないのだ。しかも、17年の実質経済成長率が3%台に上昇したのは、むしろ金融緩和政策が限定的に効果を発揮したからだろう。 ところで、いま「限定的」としたのは理由がある。韓国の金融緩和政策は経済全体を好転させるには、かなり不足した状況にあるからだ。特に雇用状況の改善には一段どころか二段ぐらいの緩和措置が必要だ。だが、韓国銀行は昨年末に11年以来の金利引き上げを行った。事実上の緩和政策の転換であろう。現状の韓国のインフレ目標である2%を達成していて、その意味では金融政策は「合格点」とみなす向きもある。だが、このインフレ目標水準は、韓国の雇用改善には低すぎるのである。韓国経済の命運を握っているのは?2017年4月、韓国・釜山で開かれた就職説明会に参加した若者ら(聯合=共同) 韓国では2桁前後の高い若年失業率を構造的問題に求めるのが「通説」だ。一般的には、大卒の若者たちが大企業に就職希望を集中させる「雇用のミスマッチ」や、定年の延長効果によって新規採用が手控えられたことが指摘されている。だが、ここ数年の若年失業者の9~10%台への上昇は、経済成長の減速、そしてそれに伴う物価水準のデフレ傾向と歩みを同じくしていた。例えば、インフレ目標の中央値が3%であり、なおかつそれを上回るインフレ率であった当時の若年失業率は、高いとはいっても平均して7~8%台だったのだ。つまり、今でもインフレ目標を3%に高めれば、若年失業率を押し下げる余地がある。その意味で一段の緩和が韓国経済にとって効果的だろう。 ただ、筆者は、さらに「一段」緩和が不可欠だと考える。文政権は公的雇用の増加や最低賃金引き上げに伴う企業への補助の大規模な財源が必要とされている。この財源調達においても、積極的な金融緩和政策が力になるはずだ。それが難しいのは、韓国政府が金融緩和政策をより進めると、自国の抱える対外債務がウォン安で膨らむことを懸念しているからだ、というのが「通説」である。だが、この種の懸念は賢明ではない。実際にインフレ目標が3%だったとき、韓国では対外経済危機が生じただろうか。むしろ韓国経済は輸出に大きく牽引(けんいん)されて好調だったのである。 一方、貿易構造が似ていた日本の輸出企業は韓国のライバル企業に苦戦していた。なぜなら、当時の日本は事実上デフレ政策を採り、円高スタンスだったからだ。だから、今の韓国銀行が低いインフレ目標を採用し、金利引き上げスタンスを維持するならば、日本の競争企業にとっては幸運だろう。言い換えれば、韓国の輸出企業にとっては苦難を意味するのである。 要するに、韓国にとって平昌五輪の経済効果はほとんど大したことはない。むしろ金融政策のあり方が、今までも、そしてこれからも韓国経済の命運の多くを握っていることになる。 文政権は五輪期間中、「ほほ笑み外交」をはじめ、北朝鮮寄りの人気取り政策へあからさまに傾斜した。その政治的な成果は国際的には否定的だろう。それどころか、70%を超えていた大統領支持率が一時50%台に急落した世論調査でも明らかなように、韓国国内でも同様である。文政権の行方は、むしろ不十分な金融政策と、北朝鮮への過度な「融和」的姿勢の行方にかかっている。

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    羽生結弦「異次元の強さ」の秘密

    高く、そして美しい。日本人アスリートのあまりに華麗な演技に魅了され、会場は割れんばかりの拍手と歓声。演技後、氷上の真ん中で両手を広げ、「どうだ」と言わんばかりの表情をみせた彼は、まさに絶対王者であった。「異次元の強さ」をみせつけた男子フィギュア、羽生結弦。その強さの秘密に迫る。

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    くまのプーさんと羽生結弦「本番に強い」心理を生む2つのコト

    藤井靖(明星大学心理学部准教授、臨床心理士) まさに完璧な演技だった。羽生結弦選手の繊細かつ大胆な演技の裏に、心理的な強さを垣間見た。 もちろん今回の結果は、われわれフィギュアスケートの門外漢にはイメージし得ないほどの厳しいトレーニングと、大けがからの復帰をかけるプレッシャーと常に戦う日々を積み重ねてきた結晶であることは自明の理である。 しかし、世界におけるトップ・オブ・トップの戦いの中では、技術の高さはもとより、いわゆる「本番に強い・弱い」、「大舞台に強い・弱い」といった違いが結果に影響することは想像に難くない。男子SPの演技を終え、歓声に応える羽生結弦=江陵(共同) そのため、多くのプロスポーツ選手はメンタルコーチを帯同させるなど、メンタルコンディションの管理は、もはや目標を達成するための当たり前の準備として認知されている。 羽生選手は今回、まさに「本番に強く、大舞台に強い」を強靱(きょうじん)な精神力をもって体現した。彼の心理的な強さはどこにあるのだろうか。これまでの言動や振る舞いから、その要素を探ってみたい。 一つは、「精神的な孤独力」のように思える。 現代における彼と同世代の青年の友人関係をみると、自分が必要だと思った以上に深く人間関係を築こうとしないが、一方で自分だけが孤立することを恐れるが故に、「なんとなく群れる」傾向が認められる。つまり、自分の周りには誰もいない、という状況よりは、それほど親しいとはいえない友人であっても身近に誰かがいる状況を求める傾向にあるのだ。 これは、対人関係における他者との適切な距離感をつかむことの苦手さともいえ、現代型うつ(非定型うつ)や社会的ひきこもりの一因とも考えられている。 当然のことながら、人間は社会的な動物であり、人と交わりながら、協力しながら、時に支えあいながら生きている。そのため、他者の存在を求めるという心理は至極当然ともいえる。 一方で、人間関係に疲れたり、自分への期待感に押しつぶされそうになったり、他者に対するマイナスの感情に心が支配されることもある。それが、仕事でのパフォーマンス発揮や課題克服の妨げにもなりうる。羽生を支える二つの要素 とりわけ羽生選手のように超有名で、ましてや前回五輪のディフェンディングチャンピオンともなると、周囲からの期待が時に重圧になったり、他者からの批判やねたみの声が聞こえてくることもあるだろう。さらにいえば、今回は直前にけがを負って練習ができない時期もあった。その時の雑音は相当なものであっただろう。 こうした際に自分を支える一つの要素は、英国の精神科医、ドナルド・ウィニコットが言及した「一人でいられる能力」である。羽生選手のこれまでの「自分について語る姿」から、この力がしっかり備わっているように感じられるのだ。 「一人でいられる能力」とは、実際に社会的に孤立していることを指しているのではない。誰かと一緒に過ごしながらも、自分と他人とを違う「個」として受け入れ、自分の中で区別したり、他者との心理的距離感を適切に保った状態である。フィギュア男子SP、演技を終えた羽生結弦のもとには無数のくまのプーさん人形が投げ込まれた=江陵(松永渉平撮影) この能力が高いと、周囲の雑音はそれはそれとして距離を保ったり、自分が目標を達成するために他者の助言を受け入れながらも、常に自分の物差しで物事を考えていくことができる。そのプロセスは、氷上でたった一人で最初から最後まで演技を完結することには当然プラスに働くのではないかと考えられる。 なお、「一人でいられる能力」の高さは、5歳までの親の育て方に起因すると考えられている。その意味では、今回の結果は羽生選手の養育者(父母などの家族)の成果ともいえるのかもしれない。 二つ目は「マインドフルな心の状態」を作る力である。 これは、「今自分がやるべきこと」に、限りなく100%に近く意識を集中できる能力である。人間は誰しも、過去と未来を抱えながら「今」を生きている。しかし、プレッシャーがかかる場面や緊張する状況においては、過去や未来のことに意識が及ぶことが多い。 例えば、会議の前に「あー、こないだの会議でプレゼン失敗しちゃったな…」とつい考えてしまうのは過去へ意識が及んだ状態であるし、大事な面接の前に「うまく受け答えができなかったらどうしよう…」という思考が頭を支配してしまうのは、未来に関する不安が高まった状態といえる。羽生から全く感じられない「囚われ」 いずれにしても、過去や未来に心が囚(とら)われた状態では自分のパフォーマンスを十分に発揮することにはつながらない。 「競技への集中力の高さ」は羽生選手の演技を見ていれば誰もが感じるところであるが、当然のことながら、彼も過去や未来への囚われと戦いながら日常を生きているだろう。 しかし、演技中の彼からは、その囚われは全く感じられない。競技中にマインドフルな心の状態を保つ術を身につけているのであろう。 もしかすると、彼が愛してやまない「くまのプーさん」は、その一翼を担っているのかもしれない。過去や未来に意識が及んでしまって、「今」目の前にある課題に集中できなくなっているときは、身体の五感を使って、自分の身の回りの環境を体感することが、マインドフルな心の状態を高めるとされている。男子SPの演技を終え、ブライアン・オーサーコーチ(手前)と抱き合う羽生結弦=江陵(共同) 例えば、演技前にプーさんのぬいぐるみやグッズを触って、その感触を確かめたり、弾力を感じたりする。視覚を使って、その愛らしいフォルムを眺める。あるいは、時に匂いを嗅いでもよいだろう。  そのほかには、観客の歓声を一つの環境音としてただただ聞いたり、周りを通る人の足音に傾聴したり、シューズで地面の感覚を足の裏で感じてもよい。彼は数十個のイヤホンを所有するほどこだわりを持っているようだが、周りの音をシャットアウトして好きな音楽を聴くことがその機能を持っているのかもしれない。  つまり、過去や未来への心配や不安に気持ちが及んでも、とにかく「今」自分の身体や周りに起こっていることに注意を向けることを意識するのである。 もちろん、実際に彼がどんな形でマインドフルな心理状態を作り出しているかについては、誰にも分からない部分があるし、仮にプーさんに触っていたとしても彼にとっては一つのルーティンであり、経験的に学習された準備の一つであろう。  いずれにしても、五輪の大舞台でいかんなく力を発揮した彼の精神力は、心理学的にみても、ただただ驚かされるばかりである。

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    羽生結弦、異次元の強さを支える「硬質には表れない野生」

    してここまで揺るぎのない完璧なスケートができたのでしょうか」 羽生は柔らかな微笑のままに答えた。 「オリンピック(という舞台)を知っています。元(ソチ五輪)のチャンピオンでしたから」 その言葉は、異なる次元の自信を口にしたように思えた。 あの言葉は、こんな風に訳すことができないだろうか。「以前は雲の中しか歩けなかったのですが、今は海の上も歩けるようになっています」 改めて言うが、大怪我をして平昌五輪出場が危ぶまれた羽生は、もう一人の羽生のことだったのだろう。 少しの不安もなく、何の問題も抱えていないどころか、試合に出たくて仕方のない羽生が今、氷上にいることは間違いない。 以前、彼と同じようにとんでもない自信を見せ、本番でとびきりの強さを見せたアスリートを取材したことがある。 アテネ、北京と五輪二大会連続で金メダルを獲得した競泳の北島康介である。「人間丸ごとの闘い」 実はその北島を五輪候補選手として平井伯昌(のりまさ)コーチが推したとき、所属先のコーチ全員が反対していたことをご存じだろうか。 理由は単純明快だった。北島よりも速い選手が他にもいたからである。では、なぜ平井コーチは北島をオリンピックの看板選手に育てたいと思ったのか。 「メンタルの強さです。五輪は人間の総合力の勝負の舞台です。タイムは表に出るので惑わされる。しかし国際舞台での勝負は、人間丸ごとの闘いなのです」北京五輪・競泳男子100メートル平泳ぎ決勝、世界新記録で二連覇を達成し、ガッツポーズで雄叫びをあげる北島康介=2008年8月(浜坂達朗撮影) そして平井コーチはこうも言った。 「練習を重ね、だんだんタイムが出て速くなっていくと、さらに野性が増して、メンタルが強くなっていくと思いがちですが、そういう訳にはいかないことも多い気がしていました」 つまり、持って生まれたメンタルの強さや野性味を減らさないようにすることの方が大切らしい。 羽生結弦というアスリートは他人に対してとても優しい。「くまのプーさん」も大好きで、ぬいぐるみを眺めているときなど、「ゆず君」「ゆずちゃーん」という声がかかると、そちらを向いて、ニコッと笑顔を返す。それはリラックスをしているときの彼であって、他人にはほとんど見せない練習中は、鬼のようにストイックらしい。 あるドキュメンタリー番組で、羽生が怪我をした瞬間を見たが、納得ができずに、ずっとずっと気が遠くなるほど、長時間のジャンプ練習を繰り返した中で起きたものだった。 その映像で鬼気迫るほどの野生が羽生を支えていたことがわかった。 しかも、彼の持ち味である、彼のとびきりの自信は表面的には硬質には表れないのも特徴だろう。 羽生のコーチであるブライアン・オーサー氏は大会前、平昌五輪への期待を聞かれ、こう言っていた。 「…羽生をみくびってはいけない」 たぶんオーサー氏は、「野生」を源にしたケタはずれのメンタルを羽生が持っていることを、身をもって知っていたのである。

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    「フィギュアを観る喜びを与えてくれる」観戦マニアが語る羽生結弦

    山真氏インタビュー 政治的な側面ばかりが注目されている平昌五輪が2月9日に開幕した。現在の日本で冬季オリンピックの花形種目といえばフィギュアスケートだろう。今回も宇野昌磨選手、宮原知子選手など注目選手は多いが、とりわけ耳目を集めるのが羽生結弦選手だろう。 しかし「フィギュアスケートは敷居が高い」「採点や見方がよくわからない」という声もよく聞く。そんな方たちのために『羽生結弦は助走をしない』(集英社)を上梓したフィギュアスケート観戦歴38年のエッセイスト、高山真氏に「フィギュアスケートの見方」について話を聞いた。――06年のトリノオリンピックで、荒川静香さんのイナバウアーをテレビで観て、美しいなと思ったことはあるのですが、それ以降フィギュアスケートを観ようと思っても用語がよくわからなかったりと、正直言うと見方がよくわかりません。そういう方って意外と多いと思うんです。2006年トリノ冬季五輪、ジャッジ席前でイナバウアーを決める荒川静香=2006年2月23日、イタリア・パラベラ競技場(撮影・岡田亮二)高山:見方というある種の「作法」は気にせずに、まずは平昌五輪のフィギュアスケートを観てみれば、これまでのスポーツ観戦では味わったことのない興奮や血の騒ぎ方、喜び方が自分の中にあることを発見するかもしれません。こういう本を書いておきながらなんですが、見方という作法よりも、そういった感覚的なことのほうが大事なのではないかと考えています。 また、この本に書いたことは、あくまでも長年フィギュアを観ている私のツボであって、書いたことが必ずしも正解というわけではありません。正解は、人の数だけあっていい。 たとえば、ゴルフが好きな人の中でも、胃がキリキリするような短いパットに興奮する人もいれば、胸がすくようなロングショットに興奮する人もいますよね。同じくフィギュアに関しても、ツボは人それぞれ違いますから。――それでは高山さんのツボとは?高山:フィギュアスケートのそもそもの成り立ちは「氷の上に図形(フィギュア)を描くこと」です。 ジャンプは人目を引きますし、得点配分がいちばん高いのもジャンプではありますが、基本はスケート靴の刃がいかに複雑に、そしてスピーディーかつスムーズに動いて図形を描き続けるかだと思います。私のツボもまさにそこにあるんです。4回転ジャンプだけじゃない魅力――ニュース番組のスポーツコーナーを観ていると、4回転ジャンプなどの大技についての解説が多いので、ジャンプに注目するのが正しいのかと思っていました。高山:テレビや新聞などでは、4回転ジャンプの種類や飛ぶ数、その成否が話題になることが多いですね。 ここでフィギュアスケートの演技をダイヤモンドのネックレスにたとえてみます。1つは、ごく普通の紐でいくつかのダイヤモンドを結びネックレスにしたもの。もうひとつは、ダイヤモンドを見事な細工を施したプラチナのチェーンで結びネックレスにしたもの。ジャンプをダイヤモンドとして、ごく普通の紐やプラチナのチェーンにあたるのが、描き出した図形だと考えます。その図形が複雑にスピーディーになめらかに描かれるほど、プラチナに近づいていく。 どのダイヤモンドも同じクオリティだとしたら、当然見事な細工を施した後者のほうが素晴らしいですよね。ネックレス全体を競い合うのがフィギュアスケートだと私は思っているんです。――フィギュアスケートは採点競技です。採点は、ダイヤモンドであるジャンプなのか、それともチェーンの部分、どちらが大きく影響するのでしょうか?高山:フィギュアスケートの採点は、テクニカルエレメンツとプログラムコンポーネンツの2つを合計した得点で順位が決まります。 テクニカルエレメンツは、ジャンプ、ステップ、スピンの3つの技術のクオリティが加算方式で計算されます。平昌冬季五輪2018フィギュアスケート男子ショートプログラム(SP)で演技する田中刑事=2018年2月16日、韓国・江陵アイスアリーナ(撮影・松永渉平) 一方のプログラムコンポーネンツは「演技構成点」とも呼ばれ、どんなスケートの技術を持っているか、音楽の解釈はどうか、男子のフリーなら4分30秒という時間内で演技のバランスを持っているかなど、簡単に言えばテクニカルエレメンツ以外のスキルを採点します。かつては芸術点と呼ばれていましたが、いまはより細分化され、以前より明確になっていると私は感じています。 先ほどの例で言えば、フィギュアスケートの採点は、ダイヤモンドの見事さそのものもジャッジされますが、結局はネックレス全体の価値を観るものだと私は思っています。 ただ、採点などを気にせずに、はじめのほうに申し上げたようにまずは美ししいと思うかや、血が騒ぐか、自分が味わったことがない種類の感動があるかどうか、というところから入るのがおすすめかな、と。平昌五輪の注目点 おそらくWEDGE Infinityの主要な読者層である40代の男性と私は年齢的に近いと思うのですが、いい大人にもなると今回のフィギュアスケートも含め、新しい物事、いままで知らなかった趣味や芸術に対して腰が引けてしまうのは痛いほどわかります。プライドも高くなり、いまさらなにも知らないところからスタートするのも恥ずかしい、億劫だとつい思ってしまいがちですよね。だから、誰かに見方などの教えを請うのではなく、フィギュアの演技を観て、きれいなものはきれい、カッコイイものはカッコイイというプリミティブな感動を取り戻す楽しさを重視してもいいんじゃないかと。――私も40歳ですが、新しいものになかなかチャレンジできません。高山:そうですよね。私も先日、若い人からスノーボードに誘われたんですが、0.2秒で断ってしまいました(笑)。健康面の理由もありますが、これが25歳くらいなら「やってみようかな」という気持ちになっていたかもしれないなと考えると、肉体以上に精神の老化を切実に感じましたね。 私は、スポーツ以外にも映画を観るのが好きなんですが、なかでもヌーベルバーグの『突然炎のごとく』や『死刑台のエレベーター』などに出演し活躍した女優のジャンヌ・モローさんをリスペクトしています。彼女が、2002年に来日した際に、幸運なことに1対1で1時間インタビューできることになったんです。そこで当時74歳だった彼女に「あなたのように人生の長い時間輝くために、一番必要なことはなんですか?」と聞くと、彼女は間髪入れずに「好奇心」と答えた。そして「好奇心を分かち合える人の存在」だとも。 肉体の老化は仕方がないにしても、精神の老化を止めるには彼女が言うように新しいことへ対する好奇心って本当に大切だと思うんですよね。――2月16日から平昌五輪でフィギュアスケート男子シングルが行われますが、誰に注目というのはありますか?平昌五輪男子SPの演技を終えた羽生結弦=2018年2月16日、韓国・江陵アイスアリーナ(納冨康撮影)高山:私は、フィギュアスケートそのもの、それに打ち込んでいる選手全員を本当にリスペクトしています。そのなかで、毎年倍々ゲームのように新しい「観る喜び」を与えてくれるのが羽生結弦選手。それで書き始めたのが今回の本です。ただ、タイトルに羽生結弦選手の名前は入っていますが、彼一人に絞ったつもりはありません。羽生選手以外の選手にもかなりページを割いています。ただ、好きなスケーター全員を好きなだけ書こうと思ったら、それこそ新書にもかかわらず、広辞苑くらいの厚さになってしまう(笑)。選手の「生き様」を見てほしい だから、オリンピックに出場する選手の誰に注目してほしいというのは難しい。先ほどのネックレスの例で言うならば、ハリー・ウィンストンのネックレスも、カルティエのネックレスも、ブシュロンのネックレスも……とどのネックレスにも目を奪われる。だからあげればキリがない。どのネックレスが好きかも人によって違いますが、私は人の好みにまで立ち入るつもりはないですし。――選手は人生をかけて挑むわけですからね。高山:実は、私は格闘家の友人が多く、たまに招待してもらうので、観に行くことがあるんです。ルールもいまいちわからず、ましてやジャッジたちがどうやって採点いるかなんてまったくわからない。でも、彼らの熱いものを感じます。要するに、生き様が発光している様を観たい気持ちがあるんでしょうね。生き様を発光させられる人なんてそうはいません。スポーツ選手のなかでも選ばれし人たちがオリンピック選手になる。そういったフィギュアスケーターたちの生き様をぜひ観てもらい。『羽生結弦は助走をしない 誰も書かなかったフィギュアの世界』(高山真、集英社) またもう中年だから新しいスポーツを観るのは遅いと思っている方がいれば、もったいないことだと思います。新しい喜びや感動に対し、新鮮で謙虚な気持ちでいることは、新しいスポーツを好きになること以上に大事なのかもしれません。 フィギュアスケートを観て、合わないと思うならそれでいいと思うんです。人それぞれ好き嫌いがあって、合う合わないがあって当然ですから。ただ、ほんのすこしでも面白いと思う気持ちがあるのならば、そのプリミティブな感情にフタをする必要はないし、その感情に少しでもポジティブな影響を、この本が与えられたのだとしたら万々歳かなという気がしますね。ただし、あくまでも「私のツボ」なんですけどね。――早くも3刷りとかなり売れていると聞いていますが、反響はどうですか?高山:この本を読みながら、映像を見返すと新しい発見があるというご意見や、いままで2Dで見えていたものが、この本を読んで3Dに見えるというご意見をいただき本当に嬉しいです。私の本が、読者の方々がお持ちの「好奇心」と、ちょっとだけでも何かを分かち合う時間が持てたのかな、と思える……。それが本当に幸せです。ほんだ・かつひろ ライター。1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。ブログ:http://golazo-sala.cocolog-nifty.com/pinga/

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    スポーツ心理学で読み解く羽生結弦「最強メンタル」の秘訣

    己コントロール」できる能力が抜群に高いといえます。欧米で普及するスポーツ心理学 そもそも4年に一度のオリンピックは、選手にとってなかなかポジティブな精神になれないものです。ポジティブになろうとしてもプレシャーが増幅するだけです。そういう意味でも自分ができることを値踏みできる力が必要になります。自分の状態に見合った意識に変えていくことができるのです。トップ選手の多くはこの能力を持っています。 また、「縦型思考」と「横型思考」があって、普通の人は横型です。今回のフィギュアスケートショートプログラムも、素晴らしい演技をした羽生を目の当たりにしてしまったライバル選手が次々とミスをした。これはだれかと自分を比較してしまう横型なんです。縦型思考ができる選手は、オリンピックのような大舞台で能力を発揮できるケースが多いのです。 一方で、羽生は「発明ノート」という練習日誌をつけていると聞いています。コーチからいわれなくても、自分が練習でできたことやできないことを自己分析して、セルフコーチができるんです。なぜできないのかを逆算して客観評価できる。うまくいかないのは目標の置き方であり、それを再設定できない場合です。男子SPの演技を終え、笑顔の羽生結弦。右はコーチのブライアン・オーサー氏=2018年2月、江陵(共同) これは「ダブルゴール」といって最高目標と最低目標を明確化する手法です。うまくいかないときは最低目標を目指せばいいわけです。仮に羽生が風邪をひいて、徹夜明けでフラフラでも、できるものを最低目標に置くという考え方です。 これまで自己コントロール能力を中心に話しましたが、周囲の人たちをうまく取り込める能力も羽生にはあると思っています。たとえば、絶対に自分を理解してくれる人の存在を大切にする。羽生の場合は、まず、コーチです。調子が悪くて自身の判断で4回転サルコーに変えても理解してくれという安心感です。これは選手に大きな精神的余裕をもたらします。 私はこうしたメンタル面の鍛錬は、一定の知見を持った専門家が指導することによって、生まれながらにその能力が備わっていなくても、可能になると考えています。よく、普段の試合では勝てるのに、オリンピックになると勝てない選手がいますが、欧米では、これらのスポーツサイコロジー(スポーツ心理学)がかなり普及しており、克服しているのが現状です。米メジャーリーグやドイツのサッカーチームなどにも専属の専門家がいるぐらいです。 日本では、まだスポーツサイコロジーを取り入れている選手は少数です。選手一人ひとりの身体能力や、指導力なども日本は向上し、世界に通用する選手は増えていますが、将来的にオリンピックやワールドカップといった大舞台でこれまで以上に勝てるようになるにはこのスポーツサイコロジーをもっと取り入れていく必要があります。 羽生は今日のショートプログラムのように、「獲得型」をうまく活用できれば金メダルは期待できます。さらに、肉体的、身体的な衰えなどがなければ、3連覇、4連覇も現実としてありえるのではないでしょうか。(聞き手、iRONNA編集部 津田大資) ふせ・つとむ スポーツ心理学博士。昭和38年、東京生まれ。スポーツ心理学を応用したトレーニング指導会社「Tsutomu FUSE, PhD Sport Psychology Services」代表取締役。慶応大講師、慶応大スポーツ医学研究センター研究員。ノースカロライナ大グリーンズボロ校大学院にて博士号取得。高校時代、早実野球部で全国準優勝、慶応大野球部で全国大会優勝。これまでに、プロ野球、Jリーグ、社会人、大学、高校のチームや選手を中心にメンタル指導を担った。

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    ショパンのピアノ曲と羽生結弦が相性ぴったりな理由

     フィギュアスケート男子ショートプログラムで66年ぶりの五輪連覇を狙う羽生結弦が、圧巻の滑りで首位に立った。2分50秒の演技中に流れた曲は、ショパンのピアノ曲「バラード第一番」。今季が3シーズン目の使用となるこの曲は、3度の世界記録を出した勝負曲であり、羽生自身が「最も心地よい」と語る相性ぴったりの曲でもある。なぜショパンと羽生の相性はいいのか。ショパン研究家で国立音大大学院の加藤一郎准教授(61)に話を聞いた。 音楽史上で「バラード」という名前をつけて曲を作ったのは、ショパンが初めてでした。19世紀初頭、ヨーロッパでは文学の世界でバラード(物語詩)が流行りましたが、ショパンはそれを音楽に取り入れ、ロマン派と民族主義を融合させた「バラード」の様式を打ち立てました。 ポーランドの国民的詩人、アダム・ミツキェヴィチの詩集をショパンは15、16歳のころに読んだ、と後にシューマンが本に記しています。バラードは計4曲あり、いずれも現実には起こらないようなドラマティックなストーリーです。湖に棲む人魚と、それに恋した狩人の物語。人魚は人間の女性に化身して狩人の心を奪い、最後は湖の中に引きずり込む、といった毒のある部分もあります。 詩の内容をそのまま音楽に描写したということではないでしょうが、ショパンが詩を読んだときのインスピレーション、イメージや情景を音楽化したということは容易に考えられます。 ショパンが書いた4曲のバラードのうち、『第一番』は20代半ばごろの作品といわれていますが、それまでにいろんな詩を読んでいて、詩からインスピレーションを得て、英雄的な要素、物語の持つ神秘的な要素、自分の民族や伝統をこよなく愛し、それを侵略者から守る、というような強い思いがにじんでいるのが特徴です。 ポーランドは悲劇的な国で、ショパンが生きた19世紀初めごろは、ロシア、ドイツ、プロシアによって3国分割されていました。ショパンに限らず、時代に翻弄された芸術家が民族の伝統を受け継ぐために作品を残した例はいくらでもあります。当時はロマン派と民族主義が合体していたとはいえ、ショパンも一人の人間ですから、感情的に民族主義がどうしても強く出る。祖国の英雄を敬うなど、きっといろんな感情が含まれていたのだと思います。演技する羽生結弦=江陵(共同) バラードは、ショパンがもともと持っていた優雅さ、洗練、物語詩というものが融合した世界です。特に『第一番』は若々しくて、英雄の持つ強さ、壮大さがあって、しかもそれに対する敬愛の念が深い。この優雅さや気品は、羽生選手のスケーティングを見ていると、技のキレや、立ち姿ともぴったり合う。ただ、4回転を飛べばいいというのではなく、前後の流れとか、非常に気品があって、ただ力任せで滑っているのとは、まるで違うように思います。 もともとこの曲は9分半ありますが、曲の初めは前口上のような序章です。それが「次に何が始まるのか?」と問いかけるような響きに変わっていく。その後、ノーブルな、テンポの遅い「大人のワルツ」が始まります。子どもが弾くような子犬のワルツじゃなくて、ほの暗い、叙情的な、大人のワルツ。静かな旋律でも、それがだんだん変化を遂げていく。ショパンの場合、変幻自在のパッセージワークも魅力の一つです。音の移ろい、終わった後、次のテーマがしんみりと出てくる。吟遊詩人がリュートを弾くような、私的なメロディが出てきて、暗く激しくなる。 羽生選手の演技では、9分半の曲を2分40秒程度に編集しているので、曲の一部が急に飛んでしまったり、不自然さを感じる部分もありますが、重要なところはちゃんと使っているので、ショパンらしさを感じることができます。羽生とピアニストの共通点 これは感覚的なものですが、羽生選手は、本当に音楽をよく理解しているんじゃないかなと思います。おそらく、とってもこの曲を気に入っているのではないでしょうか。例えるなら、彼自身が音楽の世界に入ってしまった、という感じさえします。 ただ、ピアノ曲は一人でやるわけですから、オーケストラに比べると打ち出しは弱くなる。叙情的なものや優雅さはオーケストラでは出せない。独特の激しさ、エモーション、人間の心がそのまま出てくるような…。ピアニストの個人的な感情も演奏には反映されるので、羽生選手はそれをよく聞き取って、音楽を深く理解しているのではないかと思います。 もっと初心者というか、分かりやすい、誰もがよく耳にする音楽を使う人が多いと思いますが、この曲は彼が使ったことによって、広く一般に知られるようになりました。ただ、「音楽とスポーツの融合」というのは、きっちりとはできないと思います。それでも羽生選手は理想に向かって挑戦し続けているということなんですかね。演奏するピアニストのクリスティアン・ツィメルマン(C)林喜代種 この曲を弾いているのはポーランドのクリスチャン・ツィメルマンです。1975年のショパン国際ピアノコンクール優勝者で、現代のピアニストの最高峰と言えます。演奏回数は、最近は多くないですが、人として善を尽くし、演奏を通して人々に愛を与えることができる孤高の芸術家です。もちろん技術的にも完璧で、こんなピアニストはめったにいません。 ツィメルマンは2011年の東日本大震災で、国外に逃げていく人がいる中、逆に海外から日本にやってきた人の一人で、本当に人間愛にあふれている。この人間愛が音色にも滲んでいるのか、非常に美しく、若いときは「鍵盤の貴公子」と呼ばれたぐらいです。それでも自分の技術をひけらかすことをしないのがツィメルマンのもう一つの魅力です。 こうした愛や美に対する意識の高さは、気品や優雅さにつながっている羽生選手と共通するところがあるのではないでしょうか。羽生選手は動きがきれいでムダがないし、バランスもいい、演技がとても考え抜かれている。まさに一流の演奏と一流の演技が見事にコラボレーションした理想だと、感動しましたね。 要するに羽生選手はよく音楽のことをわかっている人なのです。3拍子といっても、スケートですから、3拍子で滑ることはできません。音楽のプログラムで滑ると、激しい部分でしかジャンプできないことになってしまい、不都合が出てくるのです。 だから、完全に音楽を演技に取り入れることはできませんが、羽生選手が音楽をよくわかっているからこそ、それに乗せたスケーティングが可能になるのです。音楽をそのまま演技にもっていくことは難しい中で、音楽的内容を考えて自分の技を決めているのではないでしょうか。 羽生選手はけがから復活して平昌五輪に臨んだようですが、よほどの精神力がないと、今回のような演技はできないと思いますよ。美しい好青年ですが、内面には非常に強い精神力を秘めている。そもそも世界から注目されている中で、これほどの結果を出すのは簡単にはできません。今後の演技にも期待したいですね。(聞き手、iRONNA編集部 本江希望)かとう・いちろう 国立音楽大学准教授。東京藝術大学卒業、スイス・ヴィンタートゥア音楽院留学。杉浦日出夫、米谷治郎、マックス・エッガー、クリストフ・リスケの各氏に師事。その他、ザルツブルクでタチアナ・ニコラーエワ、デンマークのランダースでコンラート・ハンゼンのマスターコースを受講。各地でリサイタル、オーケストラとの共演、室内楽、伴奏などの演奏活動を行い、NHK-FM等に出演する。著書に『ショパンのピアニスム―その演奏美学をさぐる』(音楽之友社、2004年)など多数。

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    66年ぶりの五輪金メダル連覇狙う羽生結弦を科学で斬る

    玉村治(スポーツ科学ジャーナリスト、科学ジャーナリスト) 平昌五輪最大の関心の一つは、ソチ五輪フィギュアスケート男子の覇者・羽生結弦が、1948年と1952年の五輪で金メダルを獲得したディック・バトン(米国)以来66年ぶりの金メダル連覇を達成できるかにあるだろう。けがで本番に間に合うか気がかりだが、体もメンタルもたくましくなっただけに、身体状況に合わせた戦略を組み立てしっかり調整してくることは間違いない。20歳の宇野昌磨も国際舞台で経験と自信を積み重ねており、五輪の初舞台で思い切った滑りができれば金メダルに手が届くところにある。宇野の躍進は羽生への刺激だけでなく、プレッシャー分散の意味でもとてもいい材料だ。 4回転ジャンプ全盛で、高得点時代に突入したフィギュア男子は、4回転の出来が勝敗を左右する。しかし、それは技術だけではない。完成度、「美しさ」「流れ」が大事な要素を占める。そこを重視した持ち味の演技ができれば、羽生の勝利の確率は高まるだろう。ジャンプ、演技の完成度、メンタルの視点で分析する。 昨年12月に名古屋市で開かれたグランプリファイナルで優勝したネイサン・チェン(米国)と2位の宇野選手の得点表(図1)とグラフ(図2)見て欲しい。宇野は0.5点の僅差で負けたものの五輪への大きな踏み台となった。 詳細な説明をする前に、採点の仕組みを簡単に解説する。 フィギュアスケートの勝敗は前半のショートプログラム(SP、演技時間2分40秒±10秒)と後半のフリー(演技時間4分30秒±10秒)の得点の合計点で決まる。それぞれ、ジャンプ、スピン、ステップの完成度などをみる技術点と、うまさ、流れ、リズムなどを評価するスケート技術、演技構成、振り付け、表現力、音楽の解釈の5つの演技構成点(ファイブコンポーネンツ)で採点される。 男子の場合、技術点はSPで7演技、フリー13演技で採点される。うちジャンプの回数は上限があり、SPは3演技、フリーは8演技で、一つは最低「アクセル」ジャンプを入れなくてはならない。ジャンプ、スピンなどには選手が選んだ技の難易度によって「基礎点」があり、それに、いくつかの観点から評価する出来栄え点(GOE=Grade of Execution)が加算される。GOEは3からマイナス3まで幅広い。演技が回転不足だったり、失敗したりすれば基礎点も減点される。SP、フリーともに演技後半は基礎点が1.1倍になる。そのため4回転ジャンプを後半にまとめることが多い。演技構成点は各10点の計50点満点。フリーでは合計点は2倍される。審判は9人。図1 グランプリファイナルにおける宇野とネイサン・チェンのSPとフリーの採点表図2 得点におけるジャンプの比重が大きいのがわかる このグラフから読み取れるのはジャンプの比重が極めて大きいということだろう。得点を稼ぐには、4回転ジャンプを何回成功したかが大きなカギを握る。4回転全盛のきっかけは羽生だった? 宇野はフリーで4種類5回の4回転ジャンプを試みた。チェンは3種類5回の4回転ジャンプを挑んでいる。ともに後半は疲労からか回転不足と判定されたが、ソチ五輪で羽生がサルコーとトウループの2種の4回転ジャンプ2回(1回転倒)で金メダルを獲得したのに比べ、確実に4回転ジャンプは増えている。まさに4回転全盛が窺える。 4回転全盛のきっかけを作ったのは、実は羽生だ。2010年のバンクーバー五輪から4回転が注目されたが、ソチ五輪でも4回転ジャンプは2回ほど。それがここ数年、4~6回の4回転ジャンプになった。高得点時代に突入したのは、羽生が史上初めて300点台を超えた、2015年11月のNHK杯からと言っていいだろう。この時はSPで100点、フリーでも200点を超え、合計322.4点(現時点では歴代2位)を記録した。世界に衝撃を与えた。 さらに2016年に、羽生は世界で初めて国際大会で4回転ループに成功した。1988年のカート・ブラウニングが4回転トウループ、1998年にティモシー・ゲーブルが4回転サルコー成功に次ぎ、歴史を刻む画期的な出来事だった。 それ以後、2017年12月10時点で、国際大会において300点超えは14回ほどあったが、そのうち5回が羽生、宇野4回、ハビエル・フェルナンデス(スペイン)2回、チェン1回の順だ。日本選手の活躍は目覚ましく、歴代上位3位の座にはいずれも羽生が独占する。 図3は、歴代最高点となった2015年12月のグランプリファイナルと、同3位の2017年4月の世界選手権の採点表だ。図3 羽生のグランプリファイナル(2015)、世界選手権(2017)の採点表 2015年のグランプリファイナルで羽生は2種3回の4回転を、世界選手権では3種4回の4回転を試み、ほぼ完ぺきに成功させている。特にグランプリファイナルでは、GOEの満点3点が2回もある。  羽生に勝つには、4回転を、より多く飛ばなくてはならないと思うのは、自然の流れである。1人が演技する4回転ジャンプは4種~5種、回数も5~6回とエスカレートしてきたのにはこうした背景がある。 図4を見て欲しい。チェンは、今年ループに成功し、5種類の4回転ジャンプをものにした。5種類の4回転を成功したのは、世界で初とも言われる。図4 平昌五輪で有望選手が国際大会で成功(○)した4回転。△は練習などで成功 ライバルらの努力を前に、羽生もさらに進化を目指した。4回転全盛時代に対応しようと、ルッツにも挑戦し、昨年秋にきれいに成功した。しかし、4回転ジャンプは足への負担が極めて大きい。つま先で蹴る「トウ系」ジャンプと異なり、エッジ系は進行方向にエッジ(刃)を垂直方向に向けて、ブレーキをかけそのエネルギーで跳躍するため足に大きな負担をかける。ルッツはエッジ系ではないが、それでも体重の3倍~5倍ほどが足首にかかると言われる。昨年11月、ルッツ成功に向けた練習で、羽生が足首の靱帯(じんたい)を損傷したのもそのためだ。このけがが引き金となり、その後のNHK杯、全日本選手権などの欠場にもつながった。図5 トウループ。右足外側のエッジに体重を乗せた状態で、左のトウ(つま先)を蹴って踏み切る。両足を蹴るため助走のカーブと同じ方向に回転するため、エネルギーが効率よく高さと回転に振り分けられる。トウを蹴らないのがループ(出典:「図解スポーツ百科(悠書館)」図6 フリップ。前向きに助走して踏み切る直前に後ろ向きとなって、トウで蹴って飛ぶ。ジャンプ直前は左足内側のエッジに体重をかける(出典:「図解スポーツ百科(悠書館)」図6 フリップ。前向きに助走して踏み切る直前に後ろ向きとなって、トウで蹴って飛ぶ。ジャンプ直前は左足内側のエッジに体重をかける(出典:「図解スポーツ百科(悠書館)」羽生の4回転ジャンプ、どこがスゴいか 羽生の4回転ジャンプはどこが優れているのだろうか。 4回転を成功させるには、ジャンプの高さが欠かせない。滞空時間を確保するためだ。 もう一つ重要なのは回転速度だ。滞空時間が短くても、回転速度が速くなれば4回転の成功率は高まる。それには、踏み切る前に助走速度を一定以上に高める必要がある。4回転成功の目安は、0.63~0.67秒の滞空時間で、毎秒5.7~6回ほど回転速度が必要だ。 羽生の助走速度に比べ、宇野はそれを上回る。筋肉も含め強靭な身体能力を持っているのが強みだ。ただ、実際のジャンプの見栄えは回転速度だけでなく、体の柔軟性、身のこなし、筋力のバランス、腕などの使い方などが関係する。助走速度だけで決まらないところが難しいところであり、面白いところである。 羽生のフリーの演技の特徴は、ジャンプ時の姿勢の良さ、完成度だけでなく、ジャンプ前後の演技の流れにある。助走速度をあげるため、加速に当てる時間を短くし、演技が止まらない。それが出来栄え点(GOE)の高さに現れる。 図8を見て欲しい。図8 羽生が高得点を挙げた2015年のGPファイナルと2017年の世界選手権の時のフリー技術点とGOE 300点超えなど高得点時の羽生のGOEの高さは突出する。GPファイナル、世界選手権フリーの13演技で、GOEの合計はそれぞれ25.73、22.96。各演技のGOEは最高3点なので、平均1.98、1.77となる。この数字は他の追随を許さない。図9 2017年のグランプリファイナルにおける宇野とチェンの技術点とGOE 昨年のGPファイナルにおけるチェンと宇野のGOE(図9)と比較してみるとその差、すごさは歴然としている。宇野は平均0.27、チェンは0.22しか加点されていない。4回転ジャンプはするものの完成度は低く、さらには演技が流れないということを意味する。 その辺の事情は、1月に出版された『羽生結弦は助走をしない』(高山真著、集英社新書)に詳しく記されている。フィギュアスケートに対する思い入れが深い著者の洞察は鋭く、優れており、そこには羽生の滑りについて、「(ジャンプなどから次の演技に移る)トランジションの密度の濃さ」「足さばきのほとんどすべてを音楽にからめていく見事さ」「助走をしないほど濃密な演技」と評している。羽生は、4回転だけでなく、その前後の演技を考えていることが窺える。羽生のメンタルが強くなった この演技の完成度の高さから五輪本番では、無理して、難度(基礎点)の高い4回転を飛ぶ必要もないという声が上がるのも自然だ。ケガにつながったルッツより、基礎点は低いもの完成度の高いサルコー、ループ、トウループでまとめた方がいいというものである。羽生はサルコー、ループ、トウループは完成度も高く「武器になる」と語っている。ただ、平昌五輪では4回転を4回ほど飛ばなくては優勝できないとも言われている。もちろん4回転を減らし、3回転、コンビネーションの完成度をあげて,着実にGOEを獲得するという戦略はある。ただ、それを羽生が許すか、GOE重視の演技に切り替えるかは、けがの癒え具合とそれで遅れた可能性のある練習不足の度合いにかかっているだろう。 羽生のけがは懸念材料であるが、それをはねのけるほど練習、準備、スケートにかける思い入れ、メンタルはかなり強くなった。 ソチ五輪の後に、羽生の金メダルの裏にスタミナをつけるための食事について解説した。この4年間、食事以外にも体幹を鍛え、けがをしにくい体作りに取り組み、モチベーションの維持などにも苦労はあっただろう。勝って当り前、負け続ければ「終わり」という烙印を捺される、五輪金メダリストという重圧と向き合ってきた。逃げることなく果敢に練習し、さらに準備を続けてきた。平昌五輪フィギュアスケート男子SPの羽生結弦(4回転トーループ)=2018年2月16日、韓国・江陵アイスアリーナ(納冨康撮影) その一端が、ソチ五輪金メダル獲得をサポートした城田憲子さんの近著『日本フィギュアスケート 金メダルへの挑戦』(新潮社)に書かれている。 同書によれば、城田さんは、ソチ五輪後、羽生の4年間の重圧と、身体にかかる負荷の大きさを考え、躊躇することなく「一年間の休養」を提案したという。多種類の4回転ジャンプ時代の突入を考慮してのことだった。 これに対し羽生は「でも、休んだら駄目なんですよ、城田さん」と答えたという。プレッシャーと向き合う覚悟を感じたという。 ルッツの練習で右足首の靭帯を損傷したのは、名伯楽のブライアン・オーサーコーチの「4回転の種類を増やす必要はない」という反対を押し切ってのことだった。先ほども触れたが、ルッツなしのトウループ、サルコー、ループで十分な得点は十分に稼げるからだ。コーチの指導を振り切ってルッツに挑戦したのも「さらなる高みを目指す、自分への挑戦でもあった」からだ。羽生と若きライバルたちの戦い 羽生にとって、4年間は短いようで長く、長いようで短かっただろう。フィギュア男子のSPは2月16日、フリーは2月17日。20歳と若く伸び盛りの宇野は、大会を経験するたびに技が上達している。1月の全米選手権を制したネイサン・チェンは若干18歳。315.23の高得点をマークするなど4回転ジャンプの精度を飛躍的に高めている。五輪は厳しい戦いになることは間違いないが、羽生にとって宇野の頑張りは、自らを発奮させる材料となっている。羽生自身も23歳と若く、「まだ、負けられない」と思いも強いことが推測される。金メダル候補としては、ほかにも中国の金博洋、フェルナンデスらも侮れないだろう。 五輪に臨む羽生のプログラムで、SPは、ジェフリー・バトル振り付けのショパン作曲の「バラード第一番」の調べにのる。フリーはシェイ=リーン・ボーン振り付けの「SEIMEI」。 この二つは、2015年に300点台の得点を記録し、高得点時代を切り開いたNHK杯の時と同じプログラムだ。同じプログラムではあることに危惧する声もあるが、「何よりすべてのエレメント(要素)を支えるスケーティングスキルが、ソチ五輪に比べ、格段にレベルアップ」(「金メダルに挑戦」)しており、問題はない。男子SPで4回転サルコーを決める羽生結弦=2018年2月16日日、江陵アイスアリーナ(松永渉平撮影) けがを癒し、雑念にとらわれず、冷静な滑りができれば確実に得点は向上するだろう。その先には、ディック・バトン(米国)以来66年ぶりの金メダル連覇がある。羽生、同じく金メダルが期待される宇野、さらには田中刑事の滑りに日本だけでなく、世界が注目する日が待ち遠しい。■修正履歴:2ページ目でルッツジャンプをエッジ系と記載していましたが正しくはトウ系でした。お詫びして訂正致します。該当箇所は修正しております。(編集部 2018/02/02 18:22)たまむら・おさむ スポーツ科学ジャーナリスト、科学ジャーナリスト。小学校より野球をはじめ、大学では投手として活躍。スポーツを科学的に分析することを得意とし、バンクーバー、ロンドン五輪、ワールドカップサッカーなどで取材。