当時から、まだ世界的に知られてまもないナイキのシューズで走る姿が印象的だった。そしていま、自分が果たせなかった金メダルの夢を指導者としてかなえている。

リオ五輪陸上男子5000メートルで優勝し、金メダルを獲得したモハメド・ファラー(イギリス)。1万メートルとの2大会連続2冠を達成した=20日、ブラジル・リオデジャネイロの五輪スタジアム (撮影・桐山弘太) 2016年 08月 20日  22
リオ五輪陸上男子5000メートルで優勝し、金メダルを
獲得したモハメド・ファラー=2016年8月20日、リオ
デジャネイロの五輪スタジアム(撮影・桐山弘太) 
 最初にサラザールが指導手腕を高く評価されたのは、イギリス代表でオレゴンプロジェクトに所属するモハメド・ファラーの活躍によってだ。

 ファラーは2010年のヨーロッパ選手権(バルセロナ)で五千メートルと1万メートルに優勝。2011年大邱世界陸上でも5千に優勝、1万は2位。そして、2012年ロンドン五輪で5千、1万の二種目を制覇した。その後は2013年のモスクワ世界陸上、2015年の北京世界陸上、昨夏のリオ五輪と続けて二種目制覇を果たしている。いわば、陸上界のスーパースター。大迫が日本を離れ、オレゴンに練習の本拠を移したのも、ファラーの成長を支えたナイキオレゴンプロジェクトの指導体制や環境に惹かれてのことだったろう。

 一体、日本の環境や指導と何が違うのか? アフリカ勢が圧倒的に優位な長距離界にあって、アメリカのクラブが気を吐いている背景には、さまざまな独自の姿勢が功を奏しているからだと言われている。中でも、最も象徴的なひとつを紹介しよう。それは今回、大迫がボストンを初マラソンのレースに選んだことにも表れている。

 日本の陸上関係者やファンの多くは、大迫自身が2月にボストン出場をネットでほのめかしたとき、怪訝(けげん)に思ったという。なぜなら、4月といえば、その後、トラックレースが盛んになるシーズンだ。マラソンを走る疲労が影響を与える心配が大きいため、日本では敬遠される時期だ。しかも、今年の4月にボストンマラソンを走っても、世界陸上の代表になれるわけでなし、何かの選考のデータにはならない。大きな大会への出場権獲得という価値観からすれば、およそ選択肢にない決断に見えたからだ。

 オレゴンプロジェクトは、「長期的な展望で選手を育てる」という方針が明確に打ち出されているという。そのため、大迫も、今年や来年のためでなく、将来のマラソンの可能性を見据えた挑戦だったのだろう。

 ファラーにしても、いま34歳。25歳のとき、2006年北京五輪5千メートルに出場はしたものの、予選6位で決勝進出を逃している。不動の地位を築きあげるのはその後だ。トレーニングの特徴のひとつは、中長距離であってもスプリント系の練習を重視することだという。ファラーの抜群の強さは終盤の爆発力にある。1万メートルの最後の400メートルを54秒台で走る。ラストスパートの100メートルは12秒台で走る。サラザール自身は現役時代、かなりの距離を走るランナーだったと記憶しているが、それが疲労やケガにつながった反省からか、選手たちには自分の半分程度しか走らせないという。

 強化プロジェクトリーダーの瀬古氏が、かつてのライバル、サラザールに大迫を託し、東京五輪での活躍を期待する構図にははがゆさも感じるが、それが日本の指導陣の現実を表している。