周りが浅田真央を利用し、小さな視野で自分たちが稼げればいいと考え、浅田真央を使うだけなら、いまの局面はまさに「引退」だ。常識や周囲に従順な浅田真央だから、現状ならタレント人生まっしぐらに進む可能性が高い。所属エージェントと浅田真央本人の覚悟と見識が試されている。タレント活動は、今後もお姉さんに任せたらいいのではないか。

 浅田真央は、自分自身が生み出したフィギュアスケートのブームに乗って愛される存在になったと同時に、自分自身を追い込み、葛藤を繰り返し、今日に至った。

 2002年ソルトレークシティ五輪に出場したのは村主章枝と恩田美枝だった。村主は5位、恩田は17位。男子は本田武史と竹内洋輔が出場。本田にメダルの期待が大きかったが4位入賞にとどまった。このころ、ゴールデンタイムでフィギュアスケートが放送されることはまれにしかなく、国民的な注目もそれほど高くなかった。キラーコンテンツとなり、中高年の女性たちからも熱い視線を獲得したのは、浅田真央が2005年グランプリファイナルに15歳で優勝、翌2006年のトリノオリンピックで荒川静香が金メダルを獲ってからだ。安藤美姫という才能もいた。

フィギュアスケート世界選手権女子表彰式。メダルを掲げる3位の浅田真央(右)と、優勝した金姸児(キム・ヨナ)=2013年 3月16日、カナダ・オンタリオ州ロンドン(大里直也撮影)
フィギュアスケート世界選手権女子表彰式。メダルを掲げる3位の浅田真央(右)と、優勝した金姸児(キム・ヨナ)=2013年 3月16日、カナダ・オンタリオ州ロンドン(大里直也撮影)
 「引退」記者会見でもよくわかったが、浅田真央は本当に誠実で周囲の期待や助言に従順な人だ。それは得がたい美しさでもあるが、賛美しすぎるのはどうかと思う。苦しんだのは、その生真面目さゆえだったろう。それを素晴らしいとも思う一方、危うくも感じる。そうした柔軟性のなさが、ソチ五輪以降の葛藤と結びついている気がしてならない。

 人はもう少し幅を持ったほうがいいし、裏表という意味でなく、もっと頭で考える以上の予期せぬ出来事を柔軟に受け入れ、明るい気持ちで糧にする大らかさも大切だ。

 五輪で金メダルを獲る、大会で優勝する、といった結果にすべて集約しようとする思考回路と価値観に支配されすぎてはいなかっただろうか。

 母親の死、父親の不祥事など、浅田真央の身に降りかかった出来事は、勝負を遙かに超えた人間としての苦しみや運命の領域だ。それを金メダルの価値観に受け入れるのは無理がある。もっと大きな人生の悲哀だ。すべてを競技の枠の中で生かそうと考えるのはスポーツ選手やメディアの悪い癖で、これも「小さな視野」ゆえの弊害ではないだろうか。

 金妍児(キム・ヨナ)のしたたかさに比べて、浅田真央の従順さはあまりにも頼りなく、もろく感じる。今後の人生において「浅田真央、大丈夫か」と少し心配になる。その悲劇性ゆえ、よくがんばったと見る者は共感を重ねるが、それはある意味無責任で、本当に浅田真央の心に寄り添い、応援したと言えるだろうか。

 浅田真央は荒川静香、安藤美姫らと共に築きあげたフィギュアスケートの人気に自分自身が翻弄され、押しつぶされかけた。