小林信也(作家・スポーツライター)
ロシアのプーチン大統領訪日から2週間が過ぎた。北方領土問題などの進展を期待する声が大きかったが、ロシア側の厳しい姿勢を明確にされる結果となった。
スポーツライターの立場でこの原稿を書いているのは、いまだ指摘されない側面があるからだ。それは、プーチン大統領と安倍首相が講道館を訪ねたときの、安倍首相の対応についてだ。

講道館で柔道の模範演武を見た後、プーチン大統領が安倍首相に「一緒に畳に上がりましょう」と促す場面があった。安倍首相は苦笑しながらやんわりと断った……と新聞などが報じた。
このニュースに接して複雑な思いにかられた。だがメディアも世間も、この出来事をちょっとした笑い話程度にしか捉えていない。その後もほとんど報道されない。そのことに強い違和感を覚えるのだ。
ひと昔前なら、「とんだ腰抜け!」と大きな罵声を浴びたのではないだろうか。その後、安倍首相は平気な顔で国民の前に出られないくらいの大失態、日本のリーダーとしてありえない弱腰、国際社会で活躍する日本人として基本的なわきまえさえ持たない不十分な人材として表舞台に立つ資格を失って当然ではなかったろうか。
2020年には東京五輪を開催する。私は東京五輪招致に反対していた。その理由はまさにここにある。日本人はスポーツを軽く見ている。オリンピックを東京でやる意義などほとんど語られず、共有されていない。お祭り、イベント、経済効果……。「未来に夢を」といった精神論で美化し、正当化する弊害は大きい。幸か不幸か、エンブレム問題や新国立競技場建設問題をきっかけに東京五輪への世間の視線は厳しさを増し、賭博問題などの不祥事でスポーツ界全体への逆風も強くなった。けれどまだ、日本社会全体のスポーツ観は甘く曖昧だ。
プーチン大統領が柔道を愛し、熱心に稽古を重ねる柔道家であることは以前から知られている。2000年に来日した際にも、森喜朗首相(当時)に講道館で型の演武を披露している。
「柔道は単なるスポーツではない。柔道は哲学だ」というプーチン大統領の言葉を、安倍首相はどれほど実感的に理解しているだろう。