ドーピングが、検査強化と巧妙な手口のいたちごっこになって、すでに50年以上の歴史を重ねている。ロシアに限らず、ケニア陸連の不正も問題になっているが、競技が商業化し、トップ選手の周りで巨額の金銭が動く時代になってますます、勝つことの意義は高まった。勝利者こそが金のなる木であり、選手自身も勝つことによって、通常の職業では得られない、桁違いの報酬を手にする。ライバルもやっていると思えばなお、自分もやらねばとの思いに走る。周囲もそれをそそのかす。

 もっと端的に言えば、日本のメディアが「極悪な行為」と決めつけているほどに、世界のスポーツの現場でそう認識されているかどうか疑わしい。かつてサッカー界で、「審判に見られなければ、敵のジャージーを引っ張って妨害するのは当たり前」という常識を持つ国や選手も少なくなかった。いまはFIFAのキャンペーンも功を奏して、ずいぶん空気が変わってきた。

 それにしても、最近になってなぜロシアの組織的な不正が問題視されるようになったのか。ひとつ明快なデータがある。

五輪輪男子50キロ競歩で優勝した際のセルゲイ・キルジャプキン。2009年8月から12年10月まで全ての記録が抹消され、金メダルを剥奪される見通しとなった=2012年8月、ロンドン
五輪輪男子50キロ競歩で優勝した際のセルゲイ・キルジャプキン。2009年8月から12年10月まで全ての記録が抹消され、金メダルを剥奪される見通しとなった=2012年8月、ロンドン
 旧ソ連崩壊後、スポーツ界における旧ソ連の国々の存在感は薄らいでいる。冬季五輪のメダル数の変遷を見ると、かつて旧ソ連時代には、冬季大会でもソ連は強さを誇っていた。1988年のカルガリー大会の金メダル獲得数は11で第1位。1994年、 ロシアとして初めて出場したリレハンメル五輪でも金メダル11個で1位。ところが、1998年長野五輪は3位、2002年ソルトレイクシティ五輪5位、2006年トリノ五輪4位、そして2010年バンクーバー五輪では金メダルわずか3個で11位に沈んでいる。4年後に自国ソチでの五輪開催を控えて、尻に火が点いた危機感があったろう。

 それで組織的な不正に拍車がかかったのではないかと推断はできないが、2014年ソチ五輪では金メダル13個、金銀銅合わせて33個を獲得し、見事1位にV字復活している。

 最後に、あまり語られていない、ひとつの観点を伝えたい。

 私自身、国内外で活躍するトップ選手と幾度となくドーピングについて聞く機会があった。驚いたことに、我々が「当然悪い」と決めつけているドーピングに関して、競技力が向上し、自分が到達できていない次元の感覚を体感できるなら、やってみたいと言った選手が少なからずいたそれか、勝ちたいという欲求とはまた別に、自分が追求する特別な次元で躍動したいという憧憬。それを理解できるとは言わないが、ドーピングがなくならないのは、単に勝利を求めるからだけでなく、こうした側面があることも一因かもしれない。そして、ロシアだけでなく、日本も決して他人事とばかり言えない。