現役時代から清原は、結果を恐れ、結果を出さねばならない使命感と脅迫観念から、依存的な傾向に陥っていた。ニンニク注射はそのひとつだ。試合前、東京ドームのベンチ裏でしばしば医師から注射をうってもらっていた。それが合法的な注射であっても、注射に頼り、その効能によってホームランをうつことが理想的な姿勢と言えるだろうか。ニンニク注射だけでなく、多くの薬を服用していたことは関係者が語っている。現役時代すでに、清原は道に迷っていた。その迷路から救ってくれる存在は清原にはいなかった。そのこともスポーツ界の大きな問題点だ。そして、結果を出す、ホームランを打つ以外に清原が自分も世間も納得させる方法を持たなかった。

清原和博被告の初公判後に取材に応じる佐々木主浩氏
=5月17日、東京・霞ヶ関の司法記者クラブ(蔵賢斗撮影)
清原和博被告の初公判後に取材に応じる佐々木主浩氏 =5月17日、東京・霞ヶ関の司法記者クラブ(蔵賢斗撮影)
 佐々木主浩さんの出廷には、もちろん敬意を覚える。終始一貫、佐々木さんの発言は清原へのエールに貫かれている。だが、これを報じるメディアや、受けとめる側があまりに美談に酔ってはいないかと案じる。

 薬物依存者社会復帰施設「ダルク」の茨城ダルクを主宰している岩井喜代仁さんは、その実態を同出版の季刊誌「道」の対談や著書で語っておられる。その中で胸を衝かれたのは、岩井さんが学校から依頼を受けて講演する際に話すという次のエピソードだ。要約する。

 「友だちが悪い人と付き合い、覚醒剤に手を出しているとわかったらどうしますか」
 岩井さんは子どもたちに問いかける。多くの子どもたち、ことに学校で「マジメ」と言われるタイプの子どもはたいてい次のように答える。
 「やめるよう説得します」
 学校の先生たちも同じように言う。しかし、岩井さんの助言は正反対だ。
 「近づくな。そんな友だちに近づいたら、あなたも仲間にされる。だから、そうとわかったら絶対に近づいてはいけない。それくらい、覚醒剤は怖いものだ」
 学校教師のマジメな道徳論が通用するほど甘くない。「逃げろ!」が鉄則だ。ミイラ取りがミイラになる。その話が強烈に刻まれているから、初公判後の報道がぬるま湯というか、美談に仕立て上げられた幻想に感じられてならない。

 清原は罪状を認め、終始、謝罪の姿勢に徹している。それはもちろん、必要な姿勢だろう。だが、本当はもっと清原らしい、強烈なメッセージを発信してほしいと願う気持ちがある。
 「オレみたいになるな!」「野球界でチヤホヤされたら、オレみたいになる可能性がある」「オレは何を間違えたのか。自分は何を学び、志すべきだったのか」
 もっと切実に自分をさらけ出し、見つめ直すこと、問題を社会と共有することが大切な清原和博の使命ではないだろうか。そのために周りの誰かを巻き添えにすることは避けたいだろうが、ただ謝るだけでは解決しない深い問題がそこにある。これは、清原が罪を償った後にしかできないことかもしれないが、清原だけが悪者にされてこの問題が収束するのは違うだろう。