重村智計(東京通信大教授)

 ソウル中央地裁は1月8日、元慰安婦や遺族ら12人に一人あたり約1千万円の賠償を日本政府に支払うよう命じた。これは「主権免除」という、国家には他国の裁判権が及ばないという国際法の原則に反した判決となっただけでなく、1965年の日韓基本条約で交わされた請求権協定を否定する内容だ。もっとも、そのような重大な判決を一介の地裁の裁判長が下せるわけがない。

 韓国政府は「司法の判断」と述べ、責任を司法に押し付けているが、三権分立の民主主義であるならば、行政府として司法判断に対抗し「韓国政府が責任を持って支払う」との方針を明らかにすればいい。

 それをしないのは、文在寅(ムン・ジェイン)政権がこの判決を支持、あるいは黙認したということになる。そもそも、韓国の司法の歴史では、日本のように「司法の独立」が確認されたことはない。

 韓国における司法の歴史を調べれば、「司法は権力の僕(しもべ)」と称され、重大判決は常に大統領府の指示を受けて下されたと考えるのが普通だ。

 一連の「反日判決」を下す裁判官は、左翼系裁判官による「ウリ法研究会」のメンバーだと韓国紙は報じているが、これは文大統領が支持する団体でもある。

 今回の判決と文政権の態度は、過去の日本の努力を無に帰するものだ。これまで日本は1995年に「アジア女性基金」を設立し、資金を提供している。また2015年には日韓外相会談でなされた慰安婦問題の日韓合意に基づき、10億円の資金を提供し、財団も設立した。

 ところが支援団体や一部の元慰安婦たちが「日本政府の公式謝罪」を要求したことで受け取りを拒否したばかりか、その後に文政権は日韓合意を事実上破棄した。要するに、これまでの日韓双方の努力を知らないわけはないのに、それを無視して判決を下しているのである。

 もちろん、日本政府にも問題はあった。93年、河野洋平官房長官が慰安婦への日本軍の関与を政府として初めて認め、謝罪した。韓国側から「軍の関与を認めてくれたら後は問題にしない」という提案へ、安易に応じてしまった。これ以後、韓国は胸を張って「日本政府は軍関与を認めた」と主張できるようになった。

 実際、韓国最高裁は18年に、日本製鉄(旧新日鉄住金)に対し「元徴用工」一人あたり約1千万円の賠償命令を下した。この判決でも、少なくとも大統領への忖度があったと思われる状況証拠が数多く存在する。

 それはまず、最高裁長官に地裁の裁判長だった左翼系の判事を、文大統領が長官に抜てきしたことだ。判事は先に触れた「ウリ法研究会」の会員で、文大統領は以前から徴用工への賠償判決を支持する立場を明らかにしていた。最高裁長官は、文大統領の意向を受けたと考えるのが普通だ。
ソウル市内で新年の辞を発表する韓国の文在寅大統領=2021年1月11日(聯合=共同)
ソウル市内で新年の辞を発表する韓国の文在寅大統領=2021年1月11日(聯合=共同)
 また、過去の経過を見ると、言うまでもなく文政権は「反日政権」だ。今回の賠償判決の狙いは、来年3月に実施される大統領選のための支持率回復、そして「文在寅世代」の喪失したアイデンティティー復興がある。

 いまや30%台に落ちた文大統領の支持率では、与党候補の勝利は難しい。そのため与党代表は、懲役20年が確定した朴槿惠(パク・クネ)前大統領の赦免も考えている。赦免すれば、野党は「朴支持派」と「反朴派」で分裂するため、左翼候補が勝利するという「悪知恵」な策を練っているためだ。