韓国においては徴兵制とそれによる兵役は、多くの国民が共有できる話題であり、常に大きな関心の対象となる。言うまでもなくその代表的な事例が、5年に1回行われる大統領選に向けての各候補者、あるいはその家族の兵役を巡る問題である。

 例えば、1997年の大統領選では、当初、保守派(右派)の与党・新韓国党の前代表だった李会昌(イ・フェチャン)が圧倒的な支持率を誇っていたが、中途で子息の兵役逃れ問題が浮上したことにより支持率を急落させ、結果、進歩派(左派)の野党・新政治国民会議の金大中(キム・デジュン)に敗北する、という事態が起きている。

 つまり、韓国においては徴兵制を巡る問題は、大統領選の帰趨を決めるほどの巨大な影響力を持つものなのである。そしてこのような事態は、進歩派(左派)の文在寅(ムン・ジェイン)政権の下にある現在においても変わっていない。

 昨年秋に勃発した「曺国(チョ・グク)事態」では、当時の法務部長官であった曺国の米国生まれの息子が米韓両国の二重国籍状態にあり、これを理由により5度に渡って入営を延期していたことが大きな問題となった。そして曺国の後を受けて法務部長官に就任した秋美愛(チュ・ミエ)についてもまた、兵役中の息子に特別待遇を受けさせた疑惑が提起され、一時期、世論を大きくにぎわした。

 それではなぜに韓国では政治家やその家族の兵役に関わる問題が、常に大きな議論の対象となっているのか。それは何よりもこの徴兵制が実施されてきた69年間に、韓国人の多くが兵役を経験し、兵役とは苦役である、とする認識が深く浸透していることにある。

 しかもそれは必ずしも軍隊における経験が、彼らにとって大きな肉体的あるいは精神的負担をもたらしたからだけではない。20代における、兵役の経験は、すなわち、教育や実務で経験を積むことができる貴重な時期における経歴の断絶を意味しており、これを回避できるか否かにより、その後のキャリアパスが大きく違ってくるからである。

 結局そのことは、多くの韓国人、とりわけ男性にとって兵役が、できるなら「避けたい」あるいは「避けたかった」ものと認識されていることを意味している。

 ゆえに、この自らが「避けたい」「避けたかった」行為を、何かしらの方法に回避した人々には、強い怒りと、何よりも妬(ねた)みの感情がぶつけられる。すなわち、それはこういうことだ。兵役は苦役であり、貴重な若い時期のキャリアを断絶される辛いものだ。

 だからこそ、自分が経験せざるを得なかったこの苦難を、他人がこれを回避することは許さない。こうしてすでに兵役を終えた人々が自らよりも若い人たちに、同じように兵役に就くことを要求する、というスパイラルが誕生する。つまり、徴兵制はいったん長く施行されると、それにより仮にその制度が不必要になってからも、これを容易に撤廃できない状況を作り上げるのである。


 加えてこのような状況は、徴兵制の対象となっている今の若年層にとっては、新たな意味合いをもって現れている。
※写真はゲッティイメージズ
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 今日の韓国では経済的格差が急速に拡大し、若年層の就職難が続いている。格差に苦しむ彼らの怒りは、時に、格差の中で利益を貪る「特権層」へと向かう。彼らにとって、恵まれた社会的背景を持つ人々による、例えば外国籍の取得や大学院進学、さらには徴兵に代わる専門的業務に就くに足る知識の獲得の結果としての兵役回避は、階層拡大が進む韓国社会の象徴として映っている。だからこそ、彼らはこのような機会を得た人々に激しい憎悪をぶつけることになる。そこにあるのも再び深い怒りと妬みの感情に他ならない。