大坂は、日本人の母、ハイチ系米国人の父親の間に生まれた。3歳にして米国に移住し、ニューヨークからフロリダで育った。それでもテニスにおいて、全米協会ではなく日本協会にサポートを求めた理由は、米国には同世代に素質があふれており、一方で日本では若手育成に行き詰まっていたからだ。想像の域を出ないが、ハイチ系は国内で少数派という黒人同士の力関係もあるだろう。

 同じ黒人プレーヤーとして時代を作ったビーナス、セリーナのウィリアムズ両姉妹(米国)を手本として育ち、コーチングスタッフに、サーシャ・バイン、ジャーメン・ジェンキンス、アブドゥル・シラーという、ウィリアムズ姉妹の元スタッフを登用し、大坂はメジャー2冠を達成した。彼女自身は、グランドスラム女子シングルスの優勝回数通算23回のセリーナを尊敬し、2年前の全米決勝ではその憧れの人を倒して衝撃のデビューを果たした。しかし、黒人だから一枚岩というわけではない。姉妹らもまた、黒人選手として苦難を味わってきた。

 ただ、そのセリーナも男女差別に関しては攻撃的なメッセージを発しつつ、人種問題にはほとんど触れなかった。セリーナと保守派のトランプ大統領とは古くから親交がある。うがった見方をすれば、彼女の今回の行動には脱ウィリアムズの影が見え隠れする。実際今年5月にはコーチであるシラーとの契約を終了し、ウィリアムズ色が一掃されている。

 28日、大坂はSNS発信の段階でセリーナから連絡があったことを認め、内容は「言いたくない」と言った。また、セリーナは記者会見で「なおみの考えはそれでいいと思う。私は違う。宗教的(spiritual)に別の考えがある」と話している。真実はもはや、闇の中だ。

 そして、大坂は「棄権」を翻して臨んだ準決勝に挑み、勝利した。ただ、その後、右ふくらはぎの故障で決勝を棄権した。ちなみにプレミア大会決勝で棄権した例は、97年の東レPPOでシュテフィ・グラフ(ドイツ)がマルチナ・ヒンギス(スイス)との決勝を避けた例ぐらいしか思い浮かばない。SNS騒動も異常であったが、実は決勝での棄権も特異な事件でもあったのだ。

 大坂は昨年、女性アスリートとして史上最高の約41億円の収入を手にした。抗議ストに出たNBAの80%は黒人選手であり、大リーグも多くの黒人選手の技能に多くを依存している。マラソンを筆頭にした陸上競技など、80年代から拡大してきたプロスポーツ市場は黒人アスリートが大半を占め、そこに差別はない。
夕日を浴びる国立競技場(共同通信社ヘリから)
夕日を浴びる国立競技場(共同通信社ヘリから)

 ゆえにスポーツが「抗議行動へのツール」となったなら、それはスポーツのプロ化の「終着点」とも言える。では大坂が最大の目標とする東京五輪はどうなるのだろうか。

 国際オリンピック委員会(IOC)、あるいは日本オリンピック委員会(JOC)は、もし今回の彼女と同様のことがあったとき、「黒人女性」としての主張、さらには「選手の政治的主張」を受け入れるのだろうか。大坂は昨年、米国との二重国籍から日本国籍を選択した「日本人」である。私たちは米国内の空気は読めないが、いずれ間もなく、今回のような問題も自分事として捉えなければいけなくなる。

 同じ8月28日、実はテニス界には別の衝撃的事件が起きていた。男子世界ランク1位でATPの選手委員会代表を務めるノバク・ジョコビッチ(セルビア)が代表辞退を決め、選手組合は分裂に入ったのだ。コロナ禍の中で、テニス界では新しい波が押し寄せている。

 そしてテニスは常にスポーツの先端を走ってきた。SNSが隆盛しているこの時代、大坂が提起した問題は私たち日本人自身にも、その答えを迫られている。