ただ、アスリートである大坂の政治的発言に対し、批判の声も上がった。しかし、それに対して彼女は「イケア(家具メーカー)で働いていたら、ソファの話しか許されないのか」と反論し、さらにはボーイフレンドが集会で逮捕される事件さえ起きた。

 そして8月23日夜、今度はウィスコンシン州ケノーシャで黒人男性のジェイコブ・ブレーク氏が警官によって銃撃され、重傷を負った事件が起きる。翌24日には、大坂はW&Sオープン緒戦を突破し、25日には3回戦で年下であるダイアナ・ヤストレムスカ(ウクライナ)に圧勝、翌26日の準々決勝ではアネット・コンタベイト(エストニア)に逆転勝ちを果たした。

 なおこの26日には、米プロバスケットボール(NBA)と米大リーグ機構(MLB)の一部チームが抗議行動に賛同して試合が中止(延期)となっている。そしてその26日の夜に、大坂は自身のSNSで棄権を表明したのだ。翌27日(木曜日)には、エリーゼ・メルテンス(ベルギー)との準決勝の日程が発表されていたにもかかわらずである。SNSで彼女は、次のような趣旨の投稿をした。 

 私は明日(27日)の準決勝でプレーすることになっていました。私はアスリートである前に黒人女性です。黒人女性として、いまは私のプレーを見るより注意を喚起しなければいけない大切なことがあると思います。私がプレーしないことで劇的な変化を期待はしていませんが、白人中心のテニス界で議論が起きれば、正しい方向への第一歩となるでしょう。

 「大坂なおみがBLMを叫んで大会を棄権」という、ネットを通じて発せられたメッセージはたちまち世界中に拡散した。この発信から数時間後、今度は全米オープンを主催するUSTAとプロテニス選手協会(ATP)および女子テニス協会(WTA)から、国際テニス記者協会(ITWA)と各報道機関にメールが届いた。そのメール(意訳)には、以下のように書かれていた。

 テニス界は総体として、目の前の合衆国で再び起きた人種的不平等、社会的不義に対し一貫して反対する立場にあります。USTA、ATP、WTAは機を逸することなく、27日(木)の大会を中止することを決定しました。大会は28日(金)に復帰します。

 そして翌27日(日本時間の28日)、大坂は一転して出場すると発表し、28日の準決勝でメルテンスに勝利。試合後の会見で、彼女はSNSでの棄権表明について以下のような趣旨の発言をした。


 準々決勝の後でNBAの抗議行動を知り、私も声を上げるべきだと思い、マネジャーを通してWTAと電話で話しました。みんなが私の考えに賛同して、1日ずらすということになったので、あのSNSを出した。私は棄権するとは言っていません。次の日にプレーしないと言っただけで、それは水曜日、今日は金曜日です。だからプレーしました。

女子シングルス3回戦でダヤナ・ヤストレムスカを下した大坂なおみ。準々決勝に進んだ=ニューヨーク(共同)
女子シングルス3回戦でダイアナ・ヤストレムスカを下した大坂なおみ。準々決勝に進んだ=ニューヨーク(共同)
 日本国内のメディアは、彼女が棄権することに対して当初同情論に偏って大騒ぎになった。しかしその当人から直接「棄権」を否定されたとあって、メディアはあっと驚くどんでん返しで2度も仰天することになった。ただ、そもそも当初の「棄権」という報道は誤報だったのだろうか?

 確かに、大坂の最初のSNSでは「棄権(withdrawもしくはwalkover)という言葉は使っていない。だが、準決勝の日程が出た後に彼女は「By not playing(プレーしないことで)」とSNSで発言している一方、WTAと相談したことやその後1日延期になった経緯には触れていない。