重要な会議や会合では、常に「金国務委員長が指導なされた」との最大級の敬語が使われている。北朝鮮では幹部や国民を「指導」できるのは、金委員長しかいないのだ。

 北朝鮮では、金委員長が側近の意見を聞いて方針を決めることはない。全ては金委員長が「指導なさる」のだ。指導者にアドバイスできる人物はいない、という統治システムだ。

 だから、自宅で夫人に「指導者の軍事知識は俺が教えている」と語った軍幹部が逮捕、処刑されたのも当然だ。自宅に盗聴器があるのをうっかり忘れていたようだが、この発言は「唯一指導体系」違反にあたる。

 8月5日に労働党中央委員会政務局会議が開催されたが、この会議について、朝鮮中央放送は翌日、「金正恩委員長が参加し、司会された」と報じている。以前なら使っていたはずの「指導なされた」という言葉が消えてしまったのである。

 「参加し、司会」しただけなら他の政務局委員と同格になるわけで、明らかに金委員長の権威をおとしめる表現だ。6月、与正氏による対韓国の軍事行動計画の要請を「保留」として潰した党軍事委員会の予備会議についても、「指導なされた」という表現を使わず、次のように報じられた。

 朝鮮労働党中央軍事委員会の予備会議が、6月23日画像(注:テレビかインターネット)会議で行われた。朝鮮労働党委員長であられ、朝鮮労働党中央軍事委員会委員長であられる金正恩同志が司会なされた。
 予備会議は、最近の情勢を評価し、朝鮮人民軍総参謀部が党中央軍事委員会に提起した対南軍事行動計画を保留した。


 党政務局は、以前は「書記(秘書)局」と呼ばれていたが、16年の党大会で政務局に改称された。実は、書記局時代も政務局に変更されてからも、会議開催が報じられなかったどころか、開催自体がなかった。

 「唯一指導体系」では、報告は必ず指導者に対して直接行われ、指導者も個別の書記に直接指示した。こうして、指導者と幹部は常に縦の関係で結ばれていたのである。
朝鮮労働党政治局拡大会議に臨む金与正党第1副部長(前列左から2人目)。北朝鮮の朝鮮中央テレビが2020年7月3日放映した(共同)
朝鮮労働党政治局拡大会議に臨む金与正党第1副部長(前列左から2人目)。北朝鮮の朝鮮中央テレビが2020年7月3日放映した(共同)
 したがって、書記や政治局員が勝手に集まって相談することは禁止されていた。2人や3人で会合を持つ場合でも、常に指導者に報告するか許可を受けていた。クーデターや反乱防止のためだ。

 それなのに、幹部を集めた会議を開き司会をして、みんなの意見を聞いて決めたとすると、指導者の権威が失われる。つまり、最近の北朝鮮の幹部会議に関する報道は、明らかに指導者の権威を失墜させているのである。

 「指導なされた」の表現が消え、「司会された」が多用されれば、首都平壌(ピョンヤン)の市民は敏感に変化を感じる。平壌は噂が先行する街である。言論統制の国では、市民は噂で真実を知ろうとする。