それに加え、さらに5億ドルを支払ったことが報じられた。つまり、金総書記との面会料は、1回につき約1千億円に達することになる。ただ、この年に受賞したノーベル平和賞の代価と考えれば、安いのかもしれない。

 07年に金総書記と会談した盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領も同じように北に支払ったとされる。とすれば、文大統領も同額かそれ以上の面会料を約束したと考えるのが常識だ。

 これまで、南北首脳会談は大小含めると3回行われているので、少なくとも約3千億円の巨額な支払いが約束されたことだろう。今回は面会料が届いていないというのが北朝鮮の不満の正体だ。

 与正氏は声明で「韓国が約束を履行していない」と糾弾している。南北は首脳会談で、民族による問題解決と外国勢力の干渉排除を約束した。これは北朝鮮の昔からの南北統一戦略である。

 それを文大統領が受け入れたのだから、開城工業団地や東部の金剛山(クムガンサン)観光など経済協力事業を直ちに再開すべきであった。そうすれば、北朝鮮には200億円もの資金が入る。

 ところが、文大統領は国連安保理による制裁と米国の独自制裁を理由に、何の動きも見せようとしない。北朝鮮からすれば、「そんなことは最初から分かっていた。それでも、おまえは約束したではないか」と指摘し、それなら最初から約束しなければいいと激怒したのである。

 かつての南北交渉や日朝交渉では、北朝鮮が相手を手玉に取ってきた歴史がある。それを、今度は南にしてやられたから怒っているわけである。

朝鮮労働党本部で記帳する韓国の文在寅大統領(左)をサポートする金与正党第1副部長(右)=2018年9月(平壌写真共同取材団)
朝鮮労働党本部で記帳する
韓国の文在寅大統領(左)をサポートする
金与正党第1副部長(右)
=2018年9月(平壌写真共同取材団)
 ところでこの間、与正氏は声明を出していても、金委員長や北朝鮮の軍や党、政府幹部の発言が全くないことにお気づきだろうか。北朝鮮の指導機関の機能不全に陥っている事実に、日韓米の情報機関は重大な関心を寄せている。

 それに、労働新聞が6月初旬に何の前触れもなく「党中央」という言葉を含む記事を3回報じた。党中央とは1970年以降「後継者」を意味する固有名詞であり、勝手に使うことはできない。

 しかも、1回ならともかく、3度も使用した事実は、朝鮮半島問題の専門家に「意図的であり、上層部の指示があった」と判断される。このため、金委員長の健康状態が回復不可能で「後継者を準備せざるを得なくなった」という分析が広がったのである。

 もう一つの問題は、与正氏に人民軍の政策や部隊移動を命じる権限がないことだ。あくまで、彼女は対南関係の責任者でしかない。