確かにマラソンは日本のお家芸だった。60年代前半、2時間20分を切ったランナーがアメリカの1人に対し、日本には30人近くと、現在のケニアの様相を呈していた。

 マラソンを支えたのが、戦後に誕生した実業団という形態だ。米国の奨学生制度、社会主義圏の公務員アスリート(ステートアマ)に対峙させたシステムは、戦後の日本のスポーツを飛躍的に強化普及させ、海外選手がうらやんだ。

 ところが、91年の世界陸連理事会で胸ゼッケンの社名は広告、実業団はプロと規定された。かつて瀬古利彦を脅かした中山竹通(たけゆき)は「ぼくはプロです」とコメントしてコーチに叱られたそうだが、アマプロ論議をスルーしている内に、マラソンはアフリカ勢によるプロランナーの世界になった。

 国内大会に招待されたケニア勢にとってペースメーカーは引っ張る役目ではなく前半を抑える役目。アマチュアに構っていられないと、自分たちで別のレースをしている。

 賞金の多寡はあれ、84年以降、あらゆる競技がプロ化を進めてツアー、リーグ、世界選手権などが発展した。陸上競技の現在の世界記録はほとんどオリンピック以外で作られたものだ。

 オリンピックの名誉に変わりはないとはいえ、4年というオリンピック単位がまどろっこしくなっているのも事実だ。話は戻るが、そうしたそれぞれの競技日程の点からもオリンピックの延期は難しいことになる。

 プロとはカネの話しだけではなく職業意識だ。スポーツはいまや社会生活に欠かせないリフレッシュ機関であり生活風景となっている。

 国際大会だけでなく日本独特の大会もあり、箱根駅伝、高校野球、インターハイは今も若いアスリートたちの目標だが、図らずも新型コロナウイルスの急速な伝播が示したように、いまやスポーツも日本国内の規範だけで話しは留まらないところにきている。
お台場海浜公園で水上に設置された五輪マークのモニュメント=2020年1月
お台場海浜公園で水上に設置された五輪マークのモニュメント=2020年1月
 オリンピックを「やるか、中止か」の議論を聞いていると、話しはまるで経済問題である。オリンピック憲章は経済を全く担保していない。この機会に、アマプロ論議を一歩でも進めないかぎり、スポーツはわれわれの実感から少しずつ遠ざかっていくのではないか、それが心配だ。