日本人選手として2人目のメジャーリーガー、野茂英雄投手がロサンゼルス・ドジャースに入団した1995年は、前年8月から始まったプロスポーツ史上最長のストライキの影響で、ファン離れのダメージは深刻だった。94年シーズンのリーグ収入は約14億ドルでしかなく、NPBの約1300億円と大差はなかった。

 そのMLBが、現在103億ドルまで収益を拡大させ、米スポーツビジネスを牽引(けんいん)している。一方、NPBはその後も大きな進展を遂げることなく2018年シーズンの収益は1800億円程度にとどまる。

 MLBの背中が遠のいた理由には、「リーグ主体の経営体制」によるマネジメントにある。放映権ビジネスの拡大やスタジアムの「ボールパーク化」、スポンサーシップビジネスにおけるアクティビティ化、さらにはITの進化などで後れを取っているからだ。

 ここに、わが国の野球事情で、さらに深刻なのは「野球離れ」に伴う競技人口の減少が加わる。野球人口は5年連続で減少しており、特に中学校の軟式野球部員で顕著である。また、甲子園球場での春夏大会を頂点とする高校硬式野球も盛り上がってように見えるが、部員は約14万人と5年連続で急減している。

 一方で、現在の野球統括団体は18団体を数えるが、とても連携が取れているとは言い難いのは、わが国のスポーツ組織の特徴でもある。

 日本における「野球離れ」の起源として、94年に発足した日本プロサッカーリーグ、Jリーグによる影響は大きい。さらに、近年のプロ化を目的としたスポーツリーグの設立が活発化しており、競技者と観客を含めた子供の取り合いが必死に繰り広げられている。そこに海外サッカークラブも参入するありさまである。

豪快な弾丸ライナーを左翼に放った巨人・長嶋茂雄=1971年5月撮影
豪快な弾丸ライナーを左翼に放った巨人・長嶋茂雄=1971年5月撮影
 現在、アルファベットを頭文字にしたスポーツリーグは既に14団体にも及ぶが、これらに所属するチーム経営は極めて厳しく、本来のプロスポーツの姿とは程遠い。

 わが国のスポーツは明治期以降、富国強兵の一環で「国民的統合」の手段として、帝国主義化の中でのナショナリズムやアマチュアリズムと融合していく。特に、野球は「武士道精神」のもとで「根性論」や「勝利至上主義」、そして「スポーツでお金を儲けてはならない」ことが美学とされ、アマチュアスポーツを次第に崇高させていく。

 「甲子園」という高校野球、さらには「都市対抗」という企業スポーツがメディアの恩恵を受けながらその名残を今も残す。その後も、わが国のスポーツチームは企業の広告手段として、プロスポーツビジネスの発展を拒み続けたアマチュアスポーツのプロ化現象としてはびこるのであった。

 さて、先日行われた私が教鞭(きょうべん)を執る経済学部のゼミナール発表会で、ゼミ生からNPBのボールパーク化と観客動員数との関係について興味深い内容が発表された。2014年から18年までのチーム勝率とボールパーク化指数との関係から、次の四つのセグメントに分類してそれぞれ該当する球団を示したのである。