産業界としては、その新規雇用増は非正規労働者などを採用してなんとか間に合わせるにしても、トータルで人件費コストの大幅増加が避けられない。文大統領の机上の計算は外れ、生産性が伴わないサービス産業などでは採算が合わず赤字転落で事業の撤退に追い込まれている。これも雇用を減らす作用をもたらしている。

 トドメを刺しているのが法人税増税だ。韓国の法人税は18年に22%から25%に引き上げられている。韓国のメディアですら「海外の企業を誘致するどころか、韓国から企業を追い出すのか」と嘆いたものだ。

 あわせていえば、所得税も富裕層への増税を強化している。加えて労働組合の争議を支援する姿勢を明らかにしている。そして、過去50年にわたり無労組だった財閥企業トップのサムスン電子に19年11月に労働組合を結成させている。

 法人税の世界のトレンドでいえば、法人税減税競争が進行しているが、その流れに堂々と逆行する動きをとったわけである。欧米などの先進国なら産業界も「世界の流れに逆行する法人税増税が行われるならわれわれは祖国を捨てなければならない」と本社、工場の海外移転などをメディアで発信して政府にブレーキをかけるところだ。法人税は海外で払い、雇用も海外に移す、という強い覚悟や決意を示すのが産業界の一般的な増税対抗手段である。

 しかし、韓国では産業界にそうした言論の自由はない。政権に少しでも逆らった発言をすれば税務・法務などで徹底して虐められる可能性がある。世界的な法人税引き下げ競争の中で文大統領の韓国は法人税増税を断行したのである。

 文大統領の「所得主導成長」は、徹底した「反サプライサイド」経済政策ということができる。サプライサイドとは供給側、すなわち企業・産業サイドのことだ。企業・産業を優遇して、企業・産業の競争力を強化するというのがサプライサイド経済政策である。

 文大統領が行っている経済政策は、その逆で企業・産業を目の仇とする「反サプライサイド」である。格差の拡大を解決するためにサムスン電子など財閥企業が過剰に貯め込んだ巨額資金を労働者階級などに“所得移転”を図るというものだ。

 最低賃金の大幅アップ、労働時間の大幅短縮、法人税増税、富裕層への所得税増税、労働組合支援など、文大統領は「反サプライサイド」をこれでもかと断行したということができる。文大統領は、左派(社会主義)を信奉しているのだから当然の帰結であるといえるわけだが、それにしても古典的な社会主義を信奉しているようにも見える。古典的というか、「絵に描いた社会主義」といった方が的を射ているかもしれない。
ソウルの韓国大統領府で年頭記者会見を開き、報道陣の質問に答える文在寅大統領=2020年1月(共同)
ソウルの韓国大統領府で年頭記者会見を開き、報道陣の質問に答える文在寅大統領=2020年1月(共同)
 文大統領による「所得主導成長」の異彩・異色ぶりは、中国の習近平主席による「中国製造2025」と対照すると際立っている。「中国製造2025」は、中国の中央政府・地方政府が自国の製造業企業に巨額補助金を注ぎ込んで、半導体などを筆頭に中国製ハイテク製品の競争力をひたすら強化・育成するというものだ。2025年にはハイテク製品の世界市場で中国がトップに立つという野心的な経済政策である。

 巨額補助金注入の優遇策で、中国ハイテク関連企業は極論すれば“原価ゼロ”で半導体などを生産できる状態になっている。米国のトランプ大統領の「アメリカファースト」に対抗する「中国ファースト」政策だが、それが長期に及んだ米中貿易戦争を引き起こしている要因の一つになっている。