続く準決勝は、WBO世界バンタム級王者のゾラニ・テテ(南アフリカ)と対戦予定だったが、試合直前に肩を負傷して棄権した。このため、代役として出場した世界ランカーのステファン・ヤング(アメリカ)と対戦。ドネアが得意としている左フックが炸裂し、6RのKOで決勝進出を決めた。

 圧倒的な強さで決勝まで進んだ井上に対して、ドネアは運も重なり決勝までたどり着いた感がある。そのため大方の予想では、井上の前半、もしくは中盤でのKO勝利の予想が多かった。だが、ボクシング界のレジェンドだけに、ドネアの奮闘によって予想以上の熱戦となった。

 「井上VSドネア」の歴史的な一戦を見ようと、試合会場のさいたまスーパーアリーナ(さいたま市)には、約2万2千人のボクシングファンが詰めかけた。決勝の2Rにドネアが放った左フックで井上が目の上をカットして出血。(試合後に判明したが、この負傷で右目を眼窩底骨折していた)そこから、両者の激しいペース争いとなった。

 一進一退の攻防が続き、9Rには井上がダウン寸前まで追い詰められた。だが、11R、井上の右アッパーからボディのコンビネーションで、ドネアからダウンを奪う。KO寸前まで追い詰めたものの、ドネアはベテランらしい粘りと技でしのぎ、規定の12Rで勝負がつかず判定に持ち越された。

 判定の結果は、3-0で井上がWBSSトーメントを制した。すでに言い尽くされた感はあるが、海外メディアも「年間最高試合だ」と称賛の嵐だったように、プロボクサーとしてのキャリアを持つ筆者としても歴史に残る一戦だったと思う。

 井上の底力を詳細に分析してみると、最大のポイントは、2Rで骨折というキャリア最大のピンチに陥ったところで、戦い方を大きく変えたことだ。それまでは、前傾姿勢で攻撃的なスタイルだったが、上体を後ろ重心に変えたのだ。

 要するに、相手のパンチが届かない距離を保ちながらチャンスを狙う「アウトボクシング」に切り替え、ジャブを起点に立て直していった。その場の状況に合わせて戦い方を変え、臨機応変な戦いで流れを引き戻した。試合中のけがは、普通ならパニックに陥るものだが、状況を理解し、瞬時に戦法を変えた判断能力も相当高いレベルにあるといえる。
WBSS決勝の第2ラウンドで、ドネア(手前)と打ち合う井上尚弥=2019年11月、さいたまスーパーアリーナ(中井誠撮影)
WBSS決勝の第2ラウンドで、ドネア(手前)と打ち合う井上尚弥=2019年11月、さいたまスーパーアリーナ(中井誠撮影)
 井上といえば、派手なノックアウトばかりが注目されがちだが、今回の試合で、パワーと技術面の巧妙さだけでなく、キツイ場面を乗り越えるメンタルの強さも見せてくれた。骨折した中で12Rを戦い抜くことは、当然だが、容易なことではない。